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戦国タイムトンネル  作者: サクラ近衛将監
第三章 出陣

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3ー11 大阪本願寺攻め その二

 『石山合戦』の史実では、天正8年四月になって顕如が織田軍との和睦に応じて大阪本願寺から退去しているんやが、その動きに応じずに、なおも織田軍に敵対しようとした者が多数いるんや。

 一向宗門徒の()り所が、大阪本願寺以外には無いとの切迫感があったのかもしれないが、そのまま大阪本願寺に居残った連中がかなりいる。


 史実では、荒木村重の反乱が鎮圧されるなど周囲の状況変化もあって、最終的に近衛前久公の説得に応じて、反対派も天正8年8月には大阪本願寺を退去することになるんやが、その際に大阪本願寺本殿等から出火、伽藍(がらん)は三日三晩燃えて焼失したという事実がある。

 一方で俺のいる現状では、天正7年の走りだから、佐久間は自分の将兵を後方に置いて、与力である客将の部隊を矢面に立たせているだけで、大阪本願寺攻めは膠着(こうちゃく)状態なんや。


 積極的な攻撃が無く、守勢に近い包囲戦だけに、強力(ごうりき)を指示された与力の将も消耗を強いられて大いに不満に思うだろうし、その指示命令を聞かなくなるやろな。

 話は石山合戦ではないけれど、荒木村重の反乱もあるいは、与力で強力して働かされるばかりで中々実績を認めてもらえないという不満の鬱積(うっせき)に原因があったのかもな。


 史実では、荒木村重が三木城の包囲軍から離脱するのは天正六年十月で、それから一年籠城して頑張るんやが、俺がいるこの世界では荒木村重は反乱を起こしてはいない。

 自分の目の前で三木城があっけなく陥落(かんらく)したのを見ているからやろな。


 蒼龍隊の不思議な武器で攻められたら、自分の保有する城郭での籠城は無理だと悟ったのやろう。

 三木城陥落の後も、但馬や丹波の攻城戦の噂が届いているやろから、秀吉軍就中(なかんずく)秀長軍との戦闘は絶対に避けたいはずなんや。


 従って、三木城攻略後には、荒木村重も信長公の指示で大阪本願寺包囲網に加わっているんやで。

 佐久間信盛は、織田勢の中では柴田勝家らとともに最も古参の武将格なんやが、彼も東奔西走(とうほんせいそう)しつつ多数の戦に飛び歩いている人物だ。


 その意味では信長は、ブラックな上司だったのやろうな。

 使えるとわかると、とことんこき使うという奴や。


 そうして、信長の場合、織田家の家督を天正三年には長男信忠に譲っているんやが、嫡男に家督を譲るのは至極当然としても、畿内全域を一門衆で固めようとしていた節があるんや。

 そのために羽柴、明智、柴田、丹羽、滝川などの有力な家臣を畿内から遠くの最前線へと押し出しているようにもみえる。


 従って、放置していても、いずれ長浜城(羽柴)や坂本城(明智)は、一門衆などへ譲られることになっていたやろうな。

 何しろ信長の子供は多いからなぁ。


 その代わりに、武将格の者は、遠隔地により大きな領地を与えられることにはなるんやが・・・。

 生憎と荒木村重や松永久秀は、根っからの畿内の豪族であったがために、あるいは領地に固執していたので厚遇されなかった嫌いがあるのやもしれん。


 二人の反乱は、そのような状況を嫌い、毛利とのつなぎを得たから起きたのやろうと思うんじゃ。

 時まさに、信長包囲網が出来上がっていて、信長自身もかなりの危機感を持っていた時期だったから、彼らも千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスと捉えたのやろう。


 戦国武将ってのは、ある意味で博打打ちやからね。

 これぞ好機と思った時には命も賭けるのじゃ。


 いずれにせよ、史実と若干異なり、松永久秀は死に、荒木村重は今のところ服従に耐えて生き伸びている状況やな。


 ◇◇◇◇


 俺達が着陣して半月、一向に進まない大阪本願寺攻めなんやが、俺がしびれを切らして、トト様をつつき、大阪本願寺攻略の作戦をトト様から提案してもらったよ。

 秀吉叔父貴なら俺が上申してもさほど文句は言わないやろけど、ここは佐久間信盛が主将となっている他所の軍団やからねぇ。


 若輩者の俺が言うと色々と角が立つんじゃ。

 作戦の骨子の第一弾は、ミサイル艇からのMk.75 76mm単装速射砲による攻撃やな。


 ミサイル艇の場合、120発の砲弾を保有しているので、毎分12発を撃っても、10分で無くなることになる。

 それでも、四班16隻のローテーションで、二時間に一度480発の3インチ砲弾を浴びせれば、朝から初めて夕刻には大阪本願寺の内部の建物はあらかた破壊できるやろな。


 俺が式神とドローンを使って着弾点の指示を行うから、船体動揺が左程無ければ間違いなく当たるはずや。

 まぁ、余程海象模様が悪ければ日延べするだけなんやけどね


 無論、攻撃前には、籠城側に警告を与え、降伏するように勧告する。

 警告のために、西側石垣上部に向けて四隻から各一発を同時発射する予定や。


 石垣の真上に上物があれば、間違いなく崩れるやろな。

 その上で一刻(二時間)の猶予を与え、降伏の意思が無ければ、一刻刻みで三インチ砲弾を雨霰(あめあられ)と浴びせることになる。


 既に、佐久間信盛以下の諸将は、沖に浮かぶ妙な姿の船が羽柴秀長麾下の蒼龍隊水軍と承知していた。

 但し、その性能を詳細には知らないわけや。


 佐久間信盛が言った。


「羽柴殿、お手前が言うほどの攻撃が為せるのか?

 木津川河口の荷上場が殲滅(せんめつ)されたのは聞いておるが、沖から城塞までは少なく見ても8町ほどもあろう。

 最寄りの川からでも6町とは下らぬ。

 その距離が届く鉄砲や大筒(おおづつ)があるとは思えぬのだが・・・・。

 もし、それが可能ならば、お手前の作戦に乗っても良いが、単なる脅しだけでは城塞に籠る一向宗は()らぬぞ。」


「死ねば極楽を唱える一向宗ですから、佐久間殿が仰せのように単なる降伏勧告には応じない可能性が大ですな。

 そのため、警告のために水軍から威嚇の砲撃を加えます。

 それでも降らぬなら、一刻刻みで集中砲撃を加えて一向宗が望むように死を賜るまでのことにございましょうな。

 某としては、敵方にしろ人の命に変わりはございませんから、無駄な犠牲は避けたいとは思ってはおりますが、斯様(かよう)に滞陣が長引けば、諸将も維持経費が(かさ)むことにござりましょう。

 なれば、早期に障害を取り除くだけの話にござります。

 万が一、集中砲撃を行って一晩待っても降らぬようであれば、二段目の攻撃を行って大阪本願寺の城塞をそこに籠る一向宗共々、(ことごと)く破壊しつくす所存。

 佐久間殿のご了解を得られれば、明日にでも決行いたしまする。」


「ふむ、それほどまでに申されるならば、羽柴殿の作戦遂行を認めましょう。

 して、その攻撃が終われば如何いたすつもりかな?」


「おそらくは一日目の攻撃で籠城方は戦意を失いましょう。

 その際は、降伏の意思表明が有ろうかと存じますので、十分な用心をしつつ、城塞の占拠を為してくださりませ。

 仮にそれでも降らぬ場合は、二日目の攻撃で城塞に籠る者達を殲滅(せんめつ)いたします。

 そもそも、一日目の攻撃でも範囲攻撃であって個別の対象を選べませぬから、女子供、僧侶の如何に関わらず城塞内にいるすべての者が攻撃対象になります。

 そうして二日目の攻撃は、それに輪をかけたものになるでしょうから、生き残るのはほとんど無い筈。

 その場合は、生き残った者共にとどめを刺すために軍団を城塞に差し向けてくだされ。

 抵抗力は左程にないものと思っておりますが、念には念を入れて根切(ねぎり)にいたすが宜しきかと。」


 居並ぶ諸将は、その言に寒気がしたと後で聞いている。

 消極的な佐久間信盛も自軍の損害が至って少ないと判断して作戦を認めた。


 その日夕刻には、俺とトト様は武庫川河口へ移動して、迎えに来たゴムボートに乗り、トト様やトト様の側近二人と共にミサイル艇に移乗した。

 無論トト様が側近二人とともにミサイル艇に乗るのは初めてのことじゃ。


 縄梯子で乗船してすぐに、トト様が言った。


秀賢(ひでかた)、如何にして斯様(かよう)な船を手に入れたのじゃ。

 儂も水軍については詳しくはないが、それでも斯様な軍船はそうそう無いであろう。

 しかも、白木の船かと思うたに、この船は金物で出来ておるのか?」


 因みに木津川海戦で使われた九鬼水軍の鉄甲船は、長さ12~13間(21.8m~23.6m)、幅7間(12.7m)とされているから、それに比べればこのミサイル艇はかなり大きい。

 尤も、天正元年に琵琶湖畔にて丹羽長秀が建造した長さ30間(約55m)、幅7件(12.7m)の大船があり、トト様はその船を見ている筈なので、ミサイル艇の長さ40mほどの船は大きさについてはさほど驚くほどのこともないやろう。


 参考までに蒼龍隊の飛馬(ペガサス)ミサイル艇の諸元は以下の通りや。

 俺が材料を強化するなどした上で全体的に軽くしているので、装備を増やしている割には軽量にできているんやで。


 満載排水量:204トン、軽荷排水量:168トン

 全長:40.5m(水中翼折畳時:44.7m)、水線長:36.0m


 最大幅:8.6m(水中翼を含めて14.5m)

 吃水:最大6.7m、(水中翼折畳時:1.9m/翼航走時:2.7m)


「この戦船(いくさぶね)の入手先は秘密にございます。

 船の構造は、内部に一部木造製品もございますが主として金物を使っております。

 その金物は、鉄に非ずして(はがね)よりも強き金物にございます故、毛利水軍が使う焙烙(ほうらく)でも被害を受けることはないでしょう。

 無論、弓矢・鉄砲にても、この船に被害を与えることはかないません。

 万が一、安宅船や鉄甲船が我らが船の側面にぶつけてきても、壊れるのは向こうの船にございましょう。

 少なくとも装甲に関する限りは、日ノ本随一の船と思って構いません。」


「そのような金物の船が浮いていること自体が不思議なのじゃが、なぜ浮いておるのじゃ?

 また重ければ動かしにくいのも道理、安宅船(あたかぶね)は漕ぎ手がおるが、この船にはそもそもそのようなものが見えぬ、どうして動くのじゃ?」


 どうやら、トト様の質問攻めに遭ってしまったようじゃ。

 まぁ、作戦発動は明日になる故、今宵(こよい)は、船で過ごすことになる。


 そのため、陽が沈んでからも差し当たり、支障のない範囲でトト様に情報を公開した。

 但し、側近が二人もいるからな。


 重要な情報は、秘密としておいたよ。

 二人きりになる機会が有れば、もう少しトト様には情報を与えても良いと思って居る。


 因みに船の外装は見せたが、機関室やら兵装の中身は伏せている。

 その代わりに、船橋に入って、種々の機器が有るのは見せたし、今夜の宿泊となる部屋(二段ベッドの四人部屋)にある各種装置も垣間見たはずじゃ。


 トト様は、寝室にある照明と艇内スピーカーそれに艇内電話に随分と驚いていたようじゃな。


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