3ー10 大阪本願寺攻め その一
そんなこんなで、姫路における蒼龍隊水軍が何とか稼働できるようになったのは、天正六年の11月半ばのことやった。
ところで史実の織田軍と大阪本願寺との攻防では、天正六年霜月(11月)、木津川河口において九鬼水軍と毛利水軍が交戦、織田の鉄甲船の登場で一応毛利水軍が破れてはいるんだが、木津における本願寺の陣所に武器食糧等は届けられており、必ずしも完勝したわけではないんや。
特に、この後、史実では織田勢の九鬼水軍が堺での補給がうまく行かなくなっていることから、ある意味で引き分けに近い形で終わっているようでもある。
但し、信長公のもとへは海戦での勝利という形で報告がなされており、その結果として信長が一時はそのつもりになっていた毛利との和睦の話が流れたのも事実である。
そうして、信長公から中国攻めが左程進展していない状況を見てか、またも秀長軍ご指名で大阪本願寺攻めに加わるように指令が届いたのは、天正6年12月のことや。
この頃、明智光秀軍が一万の兵を引き連れて丹波から因幡に向かって侵攻を始めており、トト様と俺は、それと入れ替わるようにして丹波朝来から姫路回りで摂津へ向かうことになった。
秀長軍は蒼龍隊の戦闘部隊も入れて3500ほどの軍勢じゃが、二万の軍勢から3500も取られれば身動きもなかなか取れなくなるので、秀吉叔父貴の愚痴ること、愚痴ること、・・・。
姫路へ出陣の挨拶に行った際に久々に対面したが、嚙みつかれそうじゃったわい。
『姫路』と言う地名は、播磨風土記にある「日女道丘」からきているようで、令和に残る姫路城は日女道丘(若しくは姫山という)にあるようじゃ。
その姫路の城は、黒田氏が造ったもので、城郭に近い城ではあったが、未だ本格的な城ではなかったようやな。
秀吉の中国攻めの際に黒田官兵衛が姫路城を明け渡したとされている。
秀吉は、それから城普請をして本格的な城郭となし、江戸時代になって池田輝政が更なる改修整備を行なって令和に残るシラサギ城が完成したようじゃな。
◇◇◇◇
姫路の話は、さておいて、本願寺の城塞がある場所から南方向に和泉の国、東方向に河内の国がある。
現在の泉州方面が和泉の国のはずで、泉佐野や堺あたりが代表的な地域になる。
姫路経由で大阪に向かう途中、俺の率いる蒼龍隊の一部は、水軍基地に立ち寄り、例のミサイル艇に乗船して海路で大阪に向かったんや。
トト様には事前に話をしてあったのじゃが、初っ端に、木津川河口にある毛利水軍と本願寺側が守る砦を奇襲することにしているんや。
この物資の集積地を潰しておけば、簡単には物資補給ができないことになるはずじゃ。
史実によれば、本願寺が第二次木津川口海戦の後も頑強に籠城できるのは、毛利水軍と雑賀の水軍がせっせと補給を継続していた証拠でもある。
九鬼水軍の鉄甲船は確かに頑丈ではあるのやが、速力が遅い上に小回りが利かない船なんや。
しかも数が6隻ほどしか無かったから、夜間に海上封鎖の穴を抜けて行ける小型船はいくらでもいたということやろう。
で、蒼龍水軍が出張って、雑賀と毛利両方の水軍を抑えることにしたわけや。
何しろミサイル艇の最大速力は45ノットにもなるから、姫路の水軍基地から大阪の木津川河口までは、わずかに半時で到達できる。
航続距離は、40ノットの速力だと約600カイリ(約1110キロ)なので約15時間は動けるし、低速の11ノットでは航続距離が1200カイリ(約2000キロ)にも延びるので、大阪湾や燧灘程度であれば、どこにでも行って活動ができることになる。
毛利水軍と雑賀水軍の密輸船対策としては、外部からでもわかるように相応の監視装置をミサイル艇に搭載しているんだぜ。
一つは嗅覚センサーで、大量の食糧や火薬が有ればわかるようになっている。
今一つは、赤外線センサーで、船内に隠れているような人物を簡単に探し当てられる。
特に、西と南から大阪湾へ入ってくる船は、要注意なんや。
少しでも疑いが有れば、乗員全員を後ろ手に拘束して船内捜索をかけることにしている。
海上で臨検をして、乗り手を全員確認し、なおかつ積み荷を確認する。
無論、行先が本願寺とわかれば船そのものを拿捕してしまい、乗員乗客も捕縛することになっている。
刀剣類や鉄砲などの発見は、金属探知機の出番だな。
このほか、臨検時、最初の乗員確認の段階で甲板に出てこない奴は、射殺しても良いことになっている。
蒼龍隊では、何よりも隊員の安全を重視しているからな。
臨検をする隊員は、フルフェイスのヘルメットにケプラー繊維の防刃装束で全身を覆っているんや。
それに加えて一着一着の防具に強化付与をかけているから、例え槍で突かれようと、防具で守られている部分は怪我を負わないことになる。
臨検は完全武装の四人一組で実施し、必ず二人がセーフティレバーを外した状態で自動小銃若しくはUZIを構えていることになっているし、後部ハウス上部に設置してある20ミリファランクスが容疑船乗員に狙いをつけてスタンバイ状態だ。
万が一船内で反抗があった場合は、乗員全員を射殺しても良いと明確に指示をしている。
これは戦だからな。
どんなことで命を奪われるかわからない。
警戒を厳にするのが当たり前の世界なんや。
第一陣の四隻のミサイル艇は、天正六年師走の七日午前中には、木津川河口に到達していたよ。
ミサイル艇は沖で遊弋しつつ、木津川河口の砦に向かって拡声器で恭順若しくは降伏を促した。
砦とミサイル艇は200mほども離れているから、仮に砦から火縄銃を撃っても滅多に届く距離ではないし、これだけ距離を置くと殺傷力もなくなる。
こちらの勧告は、折からの西風に乗って、向こうにもしっかりと届いているようや。
ファランクスは、本来は毎分4500発の発射ができるんやが、弾の無駄やから、実は毎分3000発に調整をしている。
この制限はスイッチ一つで元に戻せるし、なおかつ、現状では5秒間でいったん連射は止めるようにしている。
それでも一度に250発の弾が飛び出て行くわけやからね。
20ミリ弾は、太い柱であっても一度の斉射でぶち抜けることになるから、四隻でほぼ十秒間隔で射撃を繰り返せば二分後には砦がハチの巣になっていたな。
当然ながら、そんな中でまともに生き残っている奴なんかいるはずもない。
これを朝夕の二回行えば、荷物受け取りための中継所(砦)に近づいて来る者は居なくなる。
次の日には、接近するミサイル艇の姿を見た途端、皆が奥の方へ逃げ戻って、隠れるようになった。
夜間も暗視スコープやレーダーで監視しながら哨戒していると、本願寺側の他の集積地が確認できるので、翌朝にはそこを襲撃するという手法をとっている。
Mk.75 76mm単装速射砲を使えば、本丸と言うか本願寺本殿があるところまでぶちかませるんだが、その辺はトト様が来るまで様子見やな。
この間に式神を上空に飛ばして敵情視察をしながら、あらかじめ標的を調べて行く。
ミサイル艇は一応12時間交代なので、最初の二日だけ最前線で指導をしておいて、二日目の夕刻には最寄りの海岸にゴムボートで上陸、トト様の部隊と合流したよ。
必要に応じて、蒼龍隊は、陸でも海でも戦うことにしている。
但し、船の場合は慣れと言うものが必要や。
時化ると船は揺れに揺れるから、体調が悪くなる者も当然に出て来る。
そのために予め船員に適していると思われる人材を選抜してはいるんだが、当初はこの船の揺れに慣れない者も少なからずいるはずなんや。
これは、ある意味で個人の素質みたいなもので、天賦のものだから、他の者がどうにかできる代物じゃない。
乗り物酔いの薬は一応準備はしているんだが、こいつが効くとは限らないんや。
本当に時化た時は、瀬戸内海でも2m以上の波高ができる。
長さ40m、50トン程度の飛馬級ミサイル艇なら木の葉のように揺れるし、海面に叩きつけられることもあるんだぜ。
船は頑丈やから壊れもせんやろうが、そんな状態の中にいる者は、自分の身体を保持するだけで精一杯で、酔い止め薬も全くあてにはならんのや。
左右に30度ずつも振り子のように傾き、十数秒に一度、船首がぐっと持ち上げられて次の瞬間には海面にドドーンと叩きつけられる。
船体がそのたびにびりびりと震え、軋むんだよ。
神様か仏様にでも祈りたい気分になるけれど、そこはひたすら耐えるしかないんや。
そうかと言っても、俺も死ぬほど頑張れとは言わないぜ。
体質的にどうしても船に向いていない奴が居れば、配置交代にするまでの話や。
まぁ、瀬戸内海と大阪湾での沿岸部での航海に過ぎないから、野分(台風)でも来ない限りは普通は大丈夫なはずやな。
因みに今のところミサイル艇の休息場所は、姫路にある水軍基地だけにしている。
そうして巡視警戒中に風速が15mを超えるようであれば、基地に戻っても良いと言ってある。
仮に毛利水軍なり雑賀水軍なりが頑張ったにしても、風速15m以上の風の中では安全な海上輸送などできはしないやろう。
だから、蒼龍隊もその時には待機休養するんや。
天候の変化は、俺が式神を飛ばして鋭意確認をしているし、水軍基地や大阪本願寺を囲んでいる本陣でも確認できるからな。
◇◇◇◇
今日も取り敢えず、大阪本願寺の沖でミサイル艇を遊弋させているわけやが、本願寺攻めの作戦立案がさっぱり進まないな。
多分、リーダー役の佐久間信盛さんがちょっと消極的な所為かも知れないな。
囲んでいれば本願寺も気ままにはできないし、無駄な戦をしないで済むと安易に判断しているのかもしれないが、信長公からは数年来の宿敵でもある大阪本願寺を取り潰せとの指示を受けている筈なんや。
特に織田家方面軍の中では最も大軍を率いているのが、佐久間信盛やから・・・。
にもかかわらず、自分の判断でのんびりとやっているのは宜しくないよな。
別に俺が交戦的というわけではないのやけど、放置しておけば、また牙をむくのが一向宗や。




