第44話 千年の約束⑤
「……できた。できたぞ」
クサレマグロは、鍛錬を終えたミルキーブレードを手に取り、満足げにその刃を見つめた。
その輝きは、かつてのそれとはまるで別物だった。
「先生……十年もの間、鍛冶場にこもって何をなさっているのかと思っていましたが…」
アンジェラが、半ば呆れたように呟く。
「ルナからもらったこのミルキーブレード……少し手を加えさせてもらった」
「“少し”で済む話ではありませんよ……」
アンジェラは、剣を一目見て息を呑む。
「……ですが、これは……間違いなく……」
「ああ。これならば、問題ない」
クサレマグロは、静かに頷いた。
そして――
「アンジェラよ。早速だが、今後の我の計画……お前に託すことにする」
その声には、これまでにない重みが宿っていた。
「……聞いてくれるか?」
「もちろんです、先生」
迷いのない返答。
アンジェラは、その言葉の重さを理解したうえで、真っ直ぐに頷く。
クサレマグロが語った計画は、ルナとの約束を果たすため、最も重要にして、決して失敗の許されない“過程”であった。
「ところで先生……このミルキーブレードですが、随分と見た目も変わりましたね。名前に似合わない姿になってしまったような……」
アンジェラは、わずかに苦笑する。
「そうだな」
クサレマグロは、静かにその剣を見つめた。
「今日から、これを“星守”と呼ぶことにしよう」
「星守、ですか」
「ああ。ルナという“星”を守る……そういう意味だ」
「なるほど……」
アンジェラは一瞬考え込み、そして口を開く。
「それなら、“月守”の方がそれっぽいのでは?」
「……仕方がないだろう」
クサレマグロは、わずかに視線を逸らす。
「最初に“星守”と言ってしまったのだからな」
「なるほど、言ってしまった以上、引けないということですね」
「……では、アンジェラよ。頼んだぞ」
クサレマグロは、“星守”をアンジェラに託した。
「かしこまりました」
アンジェラは、両手でそれを受け取る。
「あなたの指定された“例の場所”に、“例の形で”……ですね」
「ああ。その通りだ...頼んだぞ」
「……はい」
その瞬間、アンジェラの表情がわずかに変わる。
「……先生」
「なんだ」
「私は、先生から多くのことを学ばせていただきました」
静かに、しかし確かに言葉を紡ぐ。
「本当に……ありがとうございました」
まるで、別れを告げるかのような言い方だった。
「……」
クサレマグロは何も言わない。
ただ、その言葉の意味を、正確に理解していた。
(さすがだ、アンジェラ……もう、感じ取っていたか)
「アンジェラよ」
「はい」
「お前は、この先素晴らしい魔術師になる。いや……きっと人類史に名を残す、“最高傑作”と謳われるほどの魔術師になるだろう」
「……」
「自信を持て」
「……はい。ありがとうございます」
アンジェラは、まっすぐに頷いた。
「では、その“人類最高傑作”と呼ばれる予定の私が……」
わずかに微笑む。
「最高の術で、あなたとの約束……果たしてみせます」
「……頼んだぞ」
クサレマグロは、静かに言った。
「お前たちもな」
「はい、先生」
アンジェラと数名の弟子たちは、“星守”を携え、その場を後にする。
アンジェラたちを見送ったクサレマグロは、窓の外へと視線を向け――
ふう、と静かに息を吐いた。
「……もう少し時間があってもよかったのだがな」
外には何かを予感させるような嫌な風が吹く。
「……やつめ。もう嗅ぎつけて来おったか」
クサレマグロは小さく呟く。
「まあ、相手が相手だ。仕方あるまい」
クサレマグロは、ゆっくりと立ち上がった。
「とはいえ……ここを戦場にするわけにはいかん」
一歩、踏み出す。
「我から出迎えてやろう」
そのまま、部屋を後にする。
その背には、迷いはなかった。
そう、それはまるで……
最後の戦場へと向かう男の背そのものだった。
後に天獣の座と呼ばれる場所にて。
そこに、一人の謎の男が静かに降り立った。
神々しい光をまといながらも、どこか禍々しい気配を放っている。
「……盲点だったな」
男は、低く呟く。
「何か様子がおかしいとは思っていたが……あちこち探し回っても、まったく気づけなかった」
ゆっくりと周囲を見渡す。
「まさか……世界の“裏側”に、新たな世界を作り出すとはな」
口元が、わずかに歪む。
「何が狙いかは知らんが――」
くつくつと、喉の奥で笑う。
「まあ……退屈しのぎには、ちょうどいい」
その男は、見たこともない存在でありながら――
確かな“異質”を、この場に刻み込んでいた。
「さて……まずは何から手をつけてやろうか」
男は、ゆっくりと視線を巡らせる。
「新しき創造の女神ルナ……奴からか」
「それとも――この世界ごと、消してしまうか……」
その時――
「悪いが、そのどちらも遠慮してもらおうか」
低く、静かな声が割り込む。
謎の男の前に立ちはだかったのは――
クサレマグロだった。
「……貴様は?」
男は、わずかに興味を示す。
「ふん……貴様にとっては、我など有象無象の一つに過ぎんだろう」
クサレマグロは、わずかに口元を歪めた。
「ほう……」
男は、薄く笑う。
「その“有象無象”が――この私に、何の用だ?」
「この世界から出て行け。二度と来るな――と言いたいところだが」
クサレマグロは、ゆっくりと剣を構える。
「……そんな気は、毛頭ないのだろうな」
次の瞬間――
クサレマグロから膨大な魔力が、解き放たれた。
「ほう……最初から私とやる気だったようだな」
男は、楽しげに目を細める。
「面白い。少々、遊んでやろう」
――こうして。
謎の男とクサレマグロの戦いの火蓋が、切って落とされた。
――聖域
ルナは、はっと顔を上げた。
「……っ!?」
「女神様、どうなさいました?」
ルナのただならぬ様子に、シャロンは慌ててルナのもとへ駆け寄る。
「クーちゃんが……」
ルナの声は、かすかに震えていた。
「……え?」
「……死ぬわ」
「……!」
ルナは、ぎゅっと胸元を押さえる。
「クーちゃん……」
その感覚は、決して外れることがないものであった。
――天獣の座。
クサレマグロと謎の男の、激しい打ち合いが続いていた。
次の瞬間――
轟音とともに放たれた衝撃波が、空間ごと切り裂く。
「――っ!」
クサレマグロの左腕が、宙を舞った。
血が、遅れて噴き出す。
(……クソ……やはり、この体では通じぬか……)
歯を食いしばる。
(本来の力の……半分も出せぬ……)
それでも――
クサレマグロは、倒れなかった。
(……だが、今こいつを止められるのは、我しかおらぬ。ルナのため……ここで退くわけにはいかん!)
「どうした、人間よ」
謎の男は、余裕の笑みを浮かべる。
「もう終わりか?人間にしては、なかなか楽しませてもらっているがな……くくく……」
「……ふん」
クサレマグロは、残った腕で剣を構え直す。
「元より我は……人間の域にあらず」
その眼に、揺らぎはない。
「だが……貴様だけは、さすがに一筋縄ではいかぬようだな」
クサレマグロは今、自らに残されたすべての魔力を――
そして、ついには生命力までも――極限まで集中させていた。
その身が、まばゆい光を放つ。
「ほう?貴様、何を企んでいる」
謎の男が、わずかに眉をひそめる。
「相打ち覚悟か?
だが、その程度で私を消し飛ばすことなど不可能だぞ」
「消し飛ばす……か」
クサレマグロは、低く笑った。
「くくく……面白いことを言う」
「だが――」
その眼が、鋭く光る。
「我の狙いは、そこではない」
――とある場所
アンジェラは、はっと顔を上げた。
「先生……!」
胸騒ぎが走る。
「みんな、急いで!早くしないと、間に合わなくなる!」
「はい!」
アンジェラと弟子たちは、必死に術式を完成させていく。
「先生……お願い……!」
普段は冷静なアンジェラであるが、必死の形相であった。
「あと少し……あと少しだけ、耐えて……!」
ーーーーー
「行くぞ」
クサレマグロが、静かに告げる。
「これが百年の時をかけて完成させた、我の切り札だ」
その瞬間――
クサレマグロの姿が、ふっと消えた。
「……なにっ!?」
次の瞬間。
ズルリ――
空間の“裏側”から、腕が伸びる。
「な、なんだと……!?」
それは、謎の男の背後から現れた。
「さあ来い」
クサレマグロの声が、すぐ後ろで響く。
「我と共に――どこまでも行こうぞ」
「貴様……!」
そのまま、男の身体を掴み――
空間ごと、引きずり込む。
「ここは、裏と表の世界の狭間――」
歪んだ空間が広がる。
「ここから貴様を、どこかも知らぬ場所へと飛ばす……二度と戻れぬほど、遠くへな」
「くっ……人間風情が……!」
クサレマグロは、最後の力を振り絞る。
「消えろ――ッ!!」
激しい閃光が放たれると、男の身体が光の彼方へと消えていく。
「覚えておれ……!貴様が消えた後も……いずれ、この世界は……!」
その声もまた、消えた。
「……終わったか」
クサレマグロは、力なく呟く。
「……さて、あとは……どうなることやら……」
その身体が、徐々に崩れ始める。
塵となって、ほどけていく。
「ルナ……」
かすれた声。
「ルナ……必ず……また……会おう………」
その言葉を最後に――
クサレマグロの存在は、世界の狭間の闇の中へと消えていった。
――とある場所
「……できた!」
アンジェラが、息を切らしながら声を上げる。
「なんとか……間に合った……!」
すると、石碑に突き立てられた“星守”が
ボンッ!!と、強烈な光を放つ。
やがて、その光はゆっくりと収まっていく。
「先生……」
アンジェラは、静かに目を閉じた。
「どうか……ゆっくり、お休みください」
「必ず――」
強く、言い切る。
「必ず、あなたが愛した女神様と……結ばれる日が来ます」
「……」
「……さあ、行きましょう」
アンジェラは、踵を返した。
その時――
「……俺は、ここに残る」
「え……?」
弟子の一人が、立ち止まる。
「俺は……アンジェラさんたちみたいに優秀じゃない。この先、一人で何ができるかもわからない」
「だから……」
石碑を見つめる。
「ここに残って、先生を見守ることにする」
「……そう」
アンジェラは、静かに頷いた。
「それが、あなたの選んだ道なら」
わずかに微笑む。
「……元気でね」
――聖域
「……クーちゃん」
ルナの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
「会いたいよ……」
その声は、かすかに震えていた。
「女神様……」
シャロンは、静かにその様子を見つめる。
「クーちゃんは……」
ルナは、言葉を詰まらせる。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
その瞳には、もう迷いはなかった。
「……シャロン」
「はい」
「クーちゃんを失った今……この世界を守る者は、もういない」
「え……?」
「だから――」
その声は、力強く変わる。
「私たちが守るの!」
「女神様……」
「女神の巫女となる者をさらに探し……この先の未来に訪れる災いに備える」
「……はい」
シャロンは、深く頭を下げた。
「承知いたしました」
ルナは、静かに前を見据える。
「クーちゃんが守ってくれたこの世界、クーちゃんが守ってくれた未来……今度は私が守る」
――その目は、すでに“女神”のものだった。
そして――
“我を信じろ”
その言葉を胸に。
ルナは今日まで――
女神としての責務を、果たし続けてきたのだった。
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ーー現在のルナの聖域
「フフ、“色々”あったけど、クーちゃんは千年経った今、こうやって私に会いに来てくれた……まあ、そんな姿だけど、私はこの日をずっと待っていたのよ」
『ルナ……』
クサレマグロはルナの目を見て確信した。
ルナはもう全て知っている。
あの時何があったのか、自分が何をしようとしたのか、どのようにしてルナとの約束を守ろうとしていたのか。
千年の時を経て、立派な女神となったルナ。
しかし、あえてそれを語らないルナ。
『我も、もはやこれ以上は何も言うまい。ルナ、我が愛した女が、お前で良かった』
「ウフフ♡私も、あなたに愛されて良かった」
二人の間に言葉のいらない穏やかな空気が流れる。
しかしーー
『……お前ら、何だ?その顔は……』
「あ、いや……」
「何かもうギャップ萌えとかそんなのも通り越えて……」
クサレマグロの背負っていた大きな運命、そして大きな愛。
あの日……クサレマグロを引き抜いたその瞬間から、
俺はその全てを引き継いだのだと、改めて思うのであった。
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ーーおまけ小話ーー
【浮気は許しません】
「すげぇな……クサレマグロ、お前マジでかっこいいよ」
「でもクサレマグロさん、アリシアさんとあわよくばイチャコラしようとしてましたよね☆」
『ばっ……おまっ、ロリっ子ぉぉ!!』
「へぇ……(笑顔)」
ーーバチバチバチッ!!!
『ぎゃああああ!!!!!』




