第43話 千年の約束④
それから、幾ばくかの時が過ぎた――とある日の朝。
クサレマグロは、いつもの場所で、いつものように世界を見渡していた。
そして同時に、何かを“感じ取る”ように、静かに意識を巡らせている。
「……今日も問題はないな」
ぽつりと呟く。
「……それで、先ほどからずっと我の後ろにいるようだが……何か用か?」
振り返ることなく、言い放つ。
「特に殺気はなかったから、放っておいたのだがな」
「さすがでございます。クザレ・マクロイヤー様」
その声とともに、背後の気配が一歩、前へ出た。
そこには、深くフードを被った一人の女性、シャロンの姿があった。
「お初にお目にかかります。私はシャロンと申します」
フードの奥から、静かに言葉が紡がれる。
「創造の女神ルナ様に仕える巫女にございます」
「……ルナの?」
クサレマグロは、ゆっくりと振り返り、シャロンの姿を捉えた。
「……驚きました」
シャロンは、そのまま言葉を続ける。
「女神様のお話を聞く限り、あなたはすでに百六十歳を超えているはず。それなのに、そのお姿……とてもそうは見えません」
「フッ……我に不可能はないからな」
「……そうですか」
わずかに間を置き、シャロンは一歩踏み出す。
「それで、シャロンよ。我に何の用だ?」
「はい。ですが……その前に、一つだけお聞きしたいことがございます」
「何だ?」
シャロンは、まっすぐにクサレマグロを見据えた。
「なぜ……女神様に会いに行かれないのですか?」
クサレマグロは、何も答えなかった。
沈黙が、わずかにその場を支配する。
「……何か、言えない理由でもあるのですか?」
シャロンが、静かに問いかける。
「はっ……ま、まさか……他の女性と結婚したなどと……」
「そ、そんなわけがあるか……!」
クサレマグロはようやく答える。
「我は今も、昔も……そしてこれからも――愛する女は、ルナ一人だけだ」
「……ふふ」
シャロンは、かすかに笑みを浮かべた。
「そうですか。それならば安心しました」
「シャロンよ……ルナは、今どうしている?」
「あら。気になるのでしたら、ご自分で会いに行けばよろしいのに」
「う……今は行けぬ事情があるのだ」
「……そうですか」
シャロンは、わずかに目を細めた。
「私、女神様からあなたのお話を……何万回聞かされたことか」
「……」
「あの頃と変わらず……いえ、もしかするとあの頃以上に、あなたへの想いは強くなっているかもしれません」
静かに、しかし確かに言い切る。
「女神様は、“女神”という立場にありながら……本当に愛しているのは、あなただけだと思います」
「……そうか」
するとシャロンは、静かに一本の剣を差し出した。
「こちらを……」
クサレマグロはそれを受け取り、ゆっくりと手に取る。
「これは……」
「女神様がお作りになられた聖剣――ミルキーブレードにございます」
「ミルキーブレード……」
「女神様から、あなたへの贈り物です」
「……ルナが、我のために……」
クサレマグロは、剣を見つめたまま、静かに呟く。
「何度も剣を折ってしまうあなたのために――“決して折れない剣を”と……」
シャロンは、淡々と、しかし確かに想いを乗せて言葉を紡ぐ。
「長い時間をかけて、あなたのためだけに作り上げられたものです」
「……そうか」
その声は、わずかに震えていた。
「ルナが……我のために……」
そっと柄を握り込む。
「――これは、素晴らしい剣だ」
「喜んでいただけて、何よりです」
「……確かに、ルナの魔力を感じる。何より……ルナの愛を感じる」
クサレマグロは、静かにそう呟いた。
「ええ。女神様は、そのすべての想いを込めて……あなたのことを想いながら、お作りになられましたから」
「……そうか」
そっと剣を握り直す。
「これほどまでにルナの愛が込められているのであれば……我らの愛と同様、そう簡単に折れるものではあるまい」
「……」
シャロンは、わずかに視線を逸らす。
(うわぁ……なんかさぶいこと言ってるこの人……)
「ん? 何か言ったか?」
「いえ、何でもございません」
「しかし……その“ミルキーブレード”とは、どういう意味なのだ?」
クサレマグロは、わずかに首を傾げた。
「ルナらしいといえばルナらしいが……なんというか、我が使うには少々かわいらしい名前だな」
「ええ、ミルキーブレード。その由来ですが――」
シャロンは、ほんのわずかに言葉を選ぶように間を置いた。
「“私たちの愛は、無数に輝く星のようなもの”――と、おっしゃっておりました」
「ほう……」
「……なかなか、ロマンチックなお考えですね」
(ちょっとさぶいこと言ってたけど……)
「ん? さぶい?」
「いえ、なんでもございません」
「……そうか」
クサレマグロは、空を見上げるように視線を上げた。
「無数に輝く星たち、か……」
「だが、その無数の星々輝きも……ルナという星の前ではその輝きを失ってしまうだろうな」
「……」
シャロンは、完全に視線を逸らした。
(うわぁ……この人たち、二人して本気で何なの?………痛すぎるんですけど……)
「ん? 何か言ったか」
「いえ、何でもございません」
「それでは、私はこれで失礼いたします」
「そうか。……近くまで送らなくて大丈夫か?」
「大丈夫です。まさか、あなたがまだこのセレスティアにいるとは思いませんでしたから。目と鼻の先ですよ」
「……そうだったな」
シャロンは軽く一礼する。
「何か、女神様にお伝えしておくことはございますか?」
「……ああ、それでは」
クサレマグロは、わずかに視線を落とし、そして言葉を紡いだ。
「我は絶対に、お前を裏切らない。
少々時間はかかるかもしれないが、我を信じて、待っていてほしい。そう伝えてくれ」
「……かしこまりました」
シャロンは、静かに頭を下げると、足早にその場を去っていった。
「……ルナ」
クサレマグロは、ミルキーブレードの柄を強く握り締める。
「この剣……決して、折らせはせん」
ぐっ、と力を込める。
「――必ず、守り抜く」
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――現在のルナの聖域。
「……これ、今の星守ことだよな?」
「私、女神様から少しだけお話を聞いたことがあります」
「クサレマグロさんのために、作っていたものだったのね…」
「すげえな……その聖剣の誕生秘話が、そんなことだったなんて」
「でもクーちゃん……一度も使わなかったのよね、ミルキーブレード」
『……いや、それは……その…だな』
「ふふ……どういうことかしら?」
ルナは、にこりと微笑む。
「それどころか、私がせっかく愛を込めて、丹精込めて作り上げたミルキーブレードを……
さらに自分で精錬して、“星守”なんて魔剣に改造して……
挙げ句の果てには、自分がその剣に乗り移るなんて」
『そ、それは……』
「……私、そんなつもりで作ったんじゃないのだけれど?」
ルナは笑っている。
だが、その目はまったく笑っていなかった。
「どういうことかしら?」
次の瞬間――
バチバチバチバチッ!!
『ぎゃあああああああ!!』
クサレマグロに電流が走る。
『ち、違うのだルナ! 落ち着いてくれ!
我は本当に……本当に、お前からもらったこの聖剣が嬉しくてだな……!
絶対に壊すまいと……さらに手を加えさせてもらったのだ! すまなかった!!』
「……」
「よくわからないですけど」
エピステーメーが、眼鏡をクイッと押し上げる。
「大切な人からもらった大切なものが、大切すぎて使えず……そのままタンスの奥にしまってしまう、みたいなものでは?」
『それだ!!』
クサレマグロが食い気味に叫ぶ。
『ナルシスの言う通りだ! まさにそれだ!!』
「……」
ルナはしばらく黙り込む。
「……まあ、そういうことにしておきましょう」
ふっと、小さく息を吐いた。
そして、
ここから先、クサレマグロとルナの物語は、一気に加速していくことになる。
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ーーおまけ小話ーー
【似た者同士】
「フフ、愛する人から貰った大切なものを使えずにいたなんて……可愛いじゃない、ねえ?女神様♡」
「そう言われてみればそうね……ウフフ♡クーちゃんは本当に私のこと大好きなのね♡」
『(こいつらの思考は似ているな……)』




