第42話 千年の約束③
創造の女神ルナが誕生した。
それと同時に、聖域内の敵はすべて消し去られる。
さらに、聖域そのもののコードが書き換えられた。
これにより、ルナが認めた者以外はこの聖域に入ることはできないのだ。
「クーちゃん!」
「ルナよ……無事に使命を果たしたようだな……」
命を賭してルナを守り切ったクサレマグロ。
しかし、その身体はすでに満身創痍だった。
「クーちゃん……死んじゃやだぁ!!」
「ルナよ……我は……」
「クーちゃん?」
「……我は、女神となったお前と……一発……」
「……」
ルナは、抱きかかえていたクサレマグロをそのまま床に落とした。
「痛ァ!」
「とりあえず元気そうだから、クーちゃんは後で相手してあげるわね♡」
そう言い残し、ルナは旧女神のもとへと歩み寄る。
「ルナ……いいえ、創造の女神ルナ。私はここまでです。あなたの誕生、確かに見届けました」
「女神様……」
「私の名前はユリス。きっとどこかで生まれ変わり、またあなたたちと会える日を楽しみにしています」
ユリスの身体は、静かに光の粒となっていき――やがて消えた。
「そうか……あの女、ユリスって名前だったのか」
ルナに治癒魔法をかけてもらいながら、クサレマグロはユリスから聞いた話を頭の中で整理していた。
(とにかく、ユリスから聞いたことをルナに知られるわけにはいかん。だが……我はコイツの前で嘘をつき続けることができん)
「ねえ、クーちゃん。私が継承している間、何があったの?」
「ん? あ、ああ……。どうやら神族の中には過激派がいるらしくてな。お前の継承にちょっかいを出そうとしてきたから、追い払っていたのだ」
「そう……」
(……無理があったか?)
「ウフフ♡クーちゃんは、私のこと守ってくれたのね?」
「あ、当たり前だ!」
(なんとか誤魔化せただろうか……)
そう思ったクサレマグロだったが、
千年後、ルナの方が何枚も上手だったことを、嫌というほど思い知らされることになる。
「ルナよ、頼みがあるのだ」
「何かしら?」
「一つは、この聖域から絶対に出ないことだ」
「えーと……お腹が空いても、ご飯食べに行っちゃダメなの?」
「女神って腹減るのか?」
(……何にせよ、ルナの身の安全を考えれば、まずこれは最優先だ)
「……わかったわ!クーちゃんがそこまで言うなら!」
「それと、もう一つ……」
「あら? 欲張りね。ウフフ、いつも一回って言いながら、一回で終わらないものね♡」
「うぐっ……いいか?もう一つは……」
「……随分と壮大なお願いね?」
「創造の女神であるお前なら、可能だろう?」
「ええ。少し時間はかかると思うけど……問題ないわ」
「決して誰にも知られぬようにな。そして、そこが我らの未来を築く、安住の地となるのだ」
「ウフフ…どれだけの時がかかるかしら?」
「約束だ。たとえ千年かかっても……な?」
「それじゃあ、早速取りかかるわね!女神になって最初の仕事が、クーちゃんのお願いだなんてね♡」
「フッ……我がお前と出会った理由が、ここに来てようやくわかった気がする」
「身も心も、すっかりクーちゃんに奪われてしまったものね♡」
「い、いいから早く取りかかれ……!」
「ウフフ♡あ、少しの間クーちゃんの相手ができないけど……」
「問題ない。我も我らの未来のために、やるべきことがある。少しの間、出かけてくる。どのみち人間の身で長くここに留まることはできんからな」
「そう……ちょっと寂しいけど、わかったわ」
「ああ、頼んだぞ。ルナ」
「ええ、いってらっしゃい――アナタ♡」
「お、おい……」
こうして、クサレマグロは聖域を後にした。
ルナはすぐさま瞑想に入り、その願いを叶えるために力を巡らせていく。
(ルナ……次にこの身で会えるのがいつになるかはわからん。だが――お前と、我らの世界は……必ず守る)
――そして、三年の月日が流れた。
「……ルナ、さすがだ。わずか三年でここまで作り上げてしまうとは……」
今クサレマグロが立っているのは、現在ソウジたちが存在する世界であり、元の世界の“裏側”にあたるもう一つの世界だった。
それこそが、クサレマグロの願い。
すなわち、
現在の世界の裏側に、新たな世界を創り出すこと。
そして、セレスティアと聖域を含めた大陸の一部を切り取り、こちらへ移動させること。
二人の未来を築くための世界。
安住の地として、共に生きるための場所。
だがその約束の裏には――
クサレマグロがルナを守るための、もう一つの意味があった。
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――現在の女神の聖域。
「な、なんだよ……裏の世界って、こないだ聞いた気がするけど……」
「私も初めて聞きました……」
「リリムは巫女として、まだ日が浅いですからね。このお話はしていなかったのかもしれません」
「クサレマグロ様は、女神様と…この世界のアダムとイブになろうとしたのですか?」
エピステーメーは、眼鏡をクイッと押し上げる。
「あらあら♡クサレマグロさん、女神様が壊れちゃうわよ?」
「私はいつでも準備できてましたけどね♡」
『お前ら……我を何だと思っているのだ』
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「よし……我の方も準備は整った。内臓、生殖機能――いずれも問題なし」
クサレマグロは、すべての準備を終える。
「ルナよ……お前との約束を守るため、我は禁術を使う。この術を用いた肉体では、おそらく聖域には戻れまい……」
「だが、それでもいい。お前との約束――必ず守ろう」
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それから、百年以上の時が流れた。
王都ゼニス、ネブリナ国、ヴェルディパークなどの、現在の大都市。
表の世界から転送されたそれらの前身となる集落は、時を経るごとに発展を続け、今や現在の形に近づきつつあった。
そして――
クサレマグロは、およそ百六十歳という年齢を迎えていた。
「先生のおっしゃっていた術式……このような形でいかがでしょうか」
一人の若い魔術師が、クサレマグロのもとへ歩み寄る。
「……これであれば問題ないな。見事だ。さすがは我が一番弟子、アンジェラよ」
「お褒めにあずかり、光栄です。先生」
クサレマグロには、このアンジェラをはじめ、数人の弟子がいた。
とはいえ、それは単なる師弟関係ではない。
己の技を後世に残すためのものでもなければ、弟子を育てるためだけのものでもない。
彼らは、ルナとの約束を果たすために行動を共にする、いわば“同志”だった。
「ですが先生、この術……どこに器を置くおつもりですか?」
アンジェラが、わずかに表情を曇らせる。
「正直、生半可なものでは……」
「そうだな……」
クサレマグロは、わずかに目を細めた。
「それについては、まだ時間もある。ゆっくり考えるとしよう」
「……わかりました」
アンジェラが部屋を出ていくと、クサレマグロはふう、と小さく息を吐いた。
「ルナ……」
ぽつりとその名を漏らし、静かに目を閉じる。
彼の思考は、ただ一人の存在へと向けられていた。
クサレマグロの外見は、驚くべきことに、
百年以上の時を経た今もなお、
ルナと最後に会ったあの日から、まったく変わっていなかった。
そしてクサレマグロは外見だけでなく、ルナへの想いもまた、何ひとつ変わっていなかった。
それどころか、百年以上の時を経た今、その想いはさらに強くなり続けている。
そして、その想いは……
きっとルナも同じであると、彼は信じて疑わなかった。
――聖域
「ねえ、シャロン。今日はこの聖域に立ち寄ろうとした者はいたかしら?」
「女神様……」
シャロンと呼ばれた女性は、わずかにため息をつきながら首を振る。
「クザレ・マクロイヤー様でしたら、本日もいらしておりません」
「え?あ、いや……クーちゃんだけじゃなくて……その...」
「あの……女神様」
シャロンは、少しだけ呆れたように続けた。
「私、あなたからその“クーちゃん”のお話を、一体何万回聞かされていると思っているのですか?」
「うぅ……」
「残念ながら、本日もいらしていません。それに……」
「...クザレ・マクロイヤー様がもし今も生きているとしたら、いったい何歳になるとお思いですか?」
「……」
「そんな人間、存在しないと思いますよ?」
「でも……クーちゃんは……」
ルナは、小さく呟く。
「クーちゃんは……きっと来てくれるもの」
その瞳は、百年以上の時を経てもなお――
何ひとつ変わらぬ想いを宿していた。
「……とはいえ、不思議なものですね」
シャロンが、静かに口を開く。
「クザレ・マクロイヤー様のものと思われる魔力は、いまだに消えていないのです」
「……」
「女神様が“まだ生きている”と信じたくなるお気持ちも、理解できますが……」
「そうでしょう?そうでしょう!?クーちゃんはね、クーちゃんはね……」
「ああ!もういいです。わかりました、わかりましたから」
シャロンは、迫り来るルナの額を軽く押さえた。
「……やっぱり、もう我慢できないわ!ちょっとだけでも、クーちゃんの様子を見に――」
「ダメです、女神様」
ぴしゃり、と言い切るシャロン。
「あなたはこの聖域から決して出てはいけません。それに……彼とも、そう約束したのでしょう?」
「それはそう、だけど……」
「女神様。私たち巫女が、何のために存在していると思っているのですか?」
「………うぅ」
「そんなに心配なら、私が様子を見に行っても構いませんが」
「ダメダメ!それは絶対にダメ!!!」
「なぜです?」
「シャロン、あなた……その、ほら……かわいいし……」
「はい?」
「もし、クーちゃんが……その……あなたに、変な気を起こしたら……」
「何の心配をしているんですか?」
シャロンは呆れたようにため息をつく。
「だって...だってクーちゃんはもう百年以上私としてないのよ!?もしかしたらものすごーく溜まって……」
「はぁ……そもそも百年以上も経っているんですよ?そんな元気があるとは思えませんし……その前に、本当に溜まっているのであれば、他の色んな女性と肉体関係を持たれてる可能性の方が……」
「やめてぇぇぇ!!!!」
ルナが叫ぶ。
「それだけはやめて!そんなことがあったら、私……クーちゃんを殺して、私も死ぬ……!」
「本当にやめてください」
少し考えた後、シャロンはルナに提案をする。
「それでは女神様、彼に贈り物などいかがですか?」
「あら、贈り物?」
「ええ。女神様の魔力が込められたものであれば、彼も喜ぶはずです」
「確かにそうね……でも、何がいいかしら。うーん……」
「時間はいくらでもあります。ゆっくりお考えになってみては?」
「……そうだわ!!」
「なんですか?」
ルナは、ぱっと顔を輝かせた。
「私は創造の女神。そう、なんでも作れるの。だから……」
嫌な予感がしているシャロン。
「私とまったく同じ身体を作って、それをそのままクーちゃんにプレゼントするの♡」
「女神様……(引)」
「そうすればクーちゃんは、その私でいっぱい満足してぇ♡」
「彼に“お人形遊び”をさせるおつもりですか?」
「あらやだ、お人形遊びだなんて。失礼ね」
「では何ですか?」
「彼はきっと、その私を愛して……」
「……本当にあり得そうなのでやめてください」
「じゃあ、クーちゃんと同じ身体を作って、ここで私が愛し…」
「それこそ本当にやめてください。それじゃあ贈り物にならないじゃないですか」
「むぅぅ……」
「彼が欲しがっていたものや、“こんなものがあればいいのに”と思っていたもの……何か記憶にありませんか?」
シャロンがそう問いかけると、
「うーん……そうね……」
ルナは、ゆっくりと目を閉じた。
すると、とある日の光景が脳裏に浮かぶ。
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カキィン――!
鈍い音とともに、剣が折れる。
「……またか」
「あら、クーちゃん。また折れてしまったの?」
「ああ。業物だったのだがな」
「なかなか、クーちゃんの力と魔力に耐えられる剣なんて……そうそうないものね。というか、この世に存在するのかしら?」
「難しいだろうな。……仕方がない。剣は使い捨てと割り切るしかあるまい」
「うーん……そうね。伝説の聖剣なんてあればいいのにね」
「そんなものがあるなら、真っ先に取りに行くさ」
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「……そうよ」
ルナは、はっと目を開く。
「聖剣……聖剣だわ」
「聖剣……ですか?」
「ええ。何があっても折れない聖剣。きっと、クーちゃん喜んでくれるはずよ!」
その瞳には、確かな確信が宿っていた。
「シャロン、早速……聖剣の創造に取りかかるわ」
「かしこまりました」
こうして、ルナはクサレマグロのため、聖剣の創造に取りかかるのであった。
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ーーおまけ小話ーー
【愛のメッセージ】
「見事だ、ルナ。しかし……この形は……」
『ウフフ♡クーちゃんと私の愛ランドよ♡♡』
ルナの愛をこれでもかと感じたクサレマグロ。




