第37話 聖都セレスティア②
聖都セレスティアの地下港に到着した俺たち。
早速、街中へと通じる通路へ向かおうとした、その時だった。
「おっ、リリムちゃんじゃねえか!久しぶりだなあ!!」
「……あ、おじさん、お久しぶりです☆」
気さくに声をかけてきた男に、リリムがぺこりと頭を下げる。
「リリム、知り合いか?」
俺がそう尋ねると、リリムは軽く振り返って答えた。
「はい。この街では、ソウジさんと出会う前に少しお世話になっていたので……何人かは顔馴染みなんですよ」
「へえ、そうだったのか」
そんなやり取りをしていると、男がニヤリと笑う。
「その様子だとよ、女神様に言われた“手伝いしなきゃいけない相手”ってのは、もう見つかってるみてえだな?」
「はい、おかげさまで☆」
リリムはにこやかに頷き――
「とっても雑魚でポンコツですけど、毎日楽しいですよ☆」
「サラッとディスるな!」
「ところで、おじさん。なんだか街の方が大変なことになっていそうでしたけど……何があったんですか?」
リリムがそう尋ねると、男は顔をしかめて答えた。
「ああ、急にマブロス帝国の連中が攻めてきやがったんだ」
「マブロス帝国だと……?」
アリシアが鋭く反応する。
「それも……海からじゃねえんだよ、あいつらは」
「……どういうことですか?」
エピステーメーが問い返す。
「空からだ。急に、帝国の連中が降り立ってきやがったんだ……爆撃と一緒にな」
「空から……?!」
その言葉に、場の空気が一気に張り詰めた。
「まあ、空からと言っても……あの霧を突破できるとは思えねえ。いったいどうやって入りやがったのか、大司教様も頭を抱えてたぞ」
男の言葉に、リリムが静かに口を開く。
「おじさん……それが、その霧が晴れていて……私たちも、ここへ来る途中、霧にかからなかったんです」
「なんだと!?」
男が目を見開く。
「ってことは……帝国のやつらが何かしやがって、霧を吹き払ったってことか」
カエラが腕を組みながら呟く。
「マブロス帝国に、そこまで強力な魔術師がいるとは思えないが……」
「ええ」
アリシアの言葉にエピステーメーも頷く。
「ですが、あの魔晶アーマーのようなものを作り出している以上、技術的な介入は考えられます。それに……“空からの襲撃”という点も気になりますね」
場の空気が重くなる。
「とにかく急ごう。街の人たちも危ない」
「ここも一応、隠れた場所ではありそうですが……そのうち帝国に見つかってしまうでしょう」
「おじさん、それなら私たちの船に隠れていてください」
リリムがそう言うが、男は首を横に振った。
「いや、そうはいかねえ。俺はこの港を任されてるんだ。そんな俺が隠れるわけにはいかねえだろ」
その覚悟に、場が一瞬静まる。
「……わかりました」
一歩前に出たのは、エピステーメーだった。
「それでしたら、僕がここに残り、貴方と共にこの港を守りましょう」
そう言って、眼鏡をくいっと押し上げる。
「わかった。エピ、頼んだぞ」
「お任せください。ソウジたちもどうかお気をつけて」
俺たちはエピステーメーと別れ、すぐに地下から地上へと出た。
そして、聖都セレスティアの街中へと降り立つ。
「リリム。さっきも言っていたが……この街の土地勘はあるんだな?」
アリシアが確認するように問いかける。
「はい、お任せください!」
リリムは自信ありげに頷く。
「まず、そこの角にあるパン屋さんですが、クイニーアマンが絶品です☆それから、その先のカフェでは週末限定のスイーツが……」
「いや、食いもんの話じゃねえよ!」
場違いなほど平和な説明に、緊張感が一瞬だけ崩れた。
ーー聖都セレスティア・大聖堂
「大司教様、街の住民はすべてこの大聖堂内へ避難させることができました」
一人の兵士がそう報告する。
「……わかりました。それでは、これよりこの大聖堂に結界を張ります」
静かにそう告げると、大司教は両手を掲げた。
次の瞬間――
大聖堂を中心に、眩い光が広がる。
それは周囲一帯を包み込むように展開され、外界と遮断する強固な結界となっていった。
「大司教様……怖いよ」
「大司教様、僕たち……どうなっちゃうの?」
不安げな声を上げながら、多くの子供たちが大司教のもとへと集まってくる。
彼らは皆、身寄りのない孤児たち。
この大聖堂で、大司教に見守られながら暮らしてきた子供たちだった。
「大丈夫ですよ」
大司教カテリーナは優しく微笑む。
「私が、皆さんを必ず守ります」
「カテリーナちゃん……でも、相手はあのマブロス帝国だろ?
この街も、この大陸も……これまでずっと、あの霧の結界に守られてきたんだ。やつらに対抗できる戦力なんて……」
不安を隠しきれない声が、大聖堂に広がる。
「……ええ、そうですね」
カテリーナは一度、静かに頷いた。
「しかし、私は女神様に仕える身です。何があっても、命に代えてでも、あなた方をお守りいたします」
大司教カテリーナは、揺るぎない意志を込めて、力強く言い放った。
その時だった。
大聖堂の外から、マブロス帝国のものと思われる声が響いてくる。
「おやおやぁ……?大司教様ァ、結界など張られて籠城作戦ですか?実に可愛らしい」
嘲るような声。
「ですが、我々マブロス帝国にかかればこの程度の結界など……」
次の瞬間――
バチンッ!!
大きな衝撃音と共に、外にいた兵士たちが弾かれる。
「むう……これは、なかなか厄介な結界のようですね」
それでもなお、余裕を崩さぬ声。
「しかし、我々にかかれば、この程度の結界……すぐに突破してみせましょう」
その言葉に、大聖堂の中の空気が凍りつく。
「大司教様……」
誰かが不安げに呟いた。
「……くっ」
カテリーナは唇を噛む。
(このままでは……時間の問題でしょう。それでも、それでも私は……)
彼女の瞳には、決して折れぬ覚悟が宿っていた。
その時だった。
大司教カテリーナにとって、生まれて初めての体験が起こる。
――……カテリーナよ。私の声が聞こえますか?
突如、頭の中に直接響く声。
カテリーナは一瞬息を呑み、意識の中で応じる。
(……はい。聞こえています。あなたは……?)
――カテリーナ。いつも厚き信仰をありがとう。
――私はルナ。この地に身を置く女神です。
「……っ!」
思わず、カテリーナの身体が震える。
(女神様……そんな……本当に……女神様の声が……)
――カテリーナ。今、何があってもその大聖堂から動いてはいけません。そして、結界が破られないよう……あと少し、耐えてください。
(……と言いますと?)
――はい。今、あなたたちを救う“一筋の光”が、そちらへと近づいています。
(……!)
――カテリーナ。あと少し……あと少しです。
(……わかりました。ですが、女神様はご無事なのでしょうか?)
――ええ。私は今のところ問題ありません。
その言葉に、カテリーナは深く息を吸い、
(……承知いたしました。それでは女神様のお言葉通り、その一筋の光が現れるまで、全身全霊をかけて、この街の人々をお守りするとお約束いたします)
――はい。お願いしますね、カテリーナ。
その声は、優しく、そして静かに消えていった。
――その頃、聖域では。
「ふう……」
小さく息を吐き、女神はぽつりと呟く。
「私を信仰する大司教とはいえ……まさか私が自ら声を届けるなんてね……」
わずかに苦笑を浮かべながら、ゆっくりと振り返る。
「さて――それで?あなたは、私に何の用かしら」
その視線の先には、一人の影。
黒き仮面の者が、静かに立っていた。
「あなた――確か、帝国の人間だったかしら?」
女神ルナは、静かに問いかける。
「どうして……ここを知っているの?」
黒き仮面の者は、一言も発さないまま……
一歩、また一歩と、女神へと近づいていく。
「あらあら……私の質問に答える気はないのかしら?」
女神ルナは、わずかに眉を上げる。
「まさか、この聖域で……女神である私と戦おうという気じゃないわよね?」
黒き仮面の者は、女神の目の前に辿り着いたところで……
静かに片膝をつき、深く頭を垂れた。
「あら……?」
予想外の行動に、女神ルナは一瞬だけ目を見開く。
「女神様。突然このような無礼を、お許しください」
その言葉に、ルナはわずかに口元を緩めた。
「あら、思ったよりもいい子なのね?
それで?あなたは、何の用があってこの聖域に踏み入ったのかしら?」
「はい。私がここへ来たのは……」
「………………」
「……そして、これは私の独断での行動です。どうか、ご内密に願いたい」
「あら、そうだったの。でもいいのかしら? それが露見すれば、あなた自身も――」
「構いません」
即答だった。
「私の……あの時、救われたこの命。このために使う所存です」
その言葉に、ルナは静かに目を細める。
「……そう」
短く呟き、そして頷いた。
「わかったわ。あなたは帝国の人間で、それもかなりの権力を持つ者。なのに、どこか歪みを感じなかったのだけれど――」
ふっと、小さく笑う。
「そういうことだったのね」
「私は本日、そのことをご報告するために、こちらへ参りました。
ちょうど皇帝から、ルーメン諸島を探し出し、女神様を連れて来るよう命じられておりましたので、自然とここへ辿り着くことができました」
「そう……確かに、“継承者”であるあなたなら、この聖域へ辿り着くのも難しくはないわね」
ルナは静かに頷く。
「ええ」
「それで?私を連れ去ってくれるのかしら?(笑)」
「滅相もございません。聖域への扉はわからなかったと言っておきます」
「そう。あとセレスティアの方は…早く解放してあげてくれないかしら?」
「……承知しました。しかしその前に……あなた様の言う“一筋の光”が、そろそろ到着する頃では?」
「うふ……そうね」
ルナは微笑む。
「では、私はこれで失礼します」
黒き仮面の者が踵を返す。
「……女神様」
「何かしら?」
「その……ソウジ君たちには特に私のことはご内密に……」
「ソウジ君“たち”?ソウジ君ではなくて?」
わずかに興味深そうに首を傾げるルナ。
「……失礼します」
それ以上は語らず、黒き仮面の者は静かにその場を去っていった。
「……ふう」
一人残されたルナは、小さく息を吐く。
「思った以上に……ややこしいことになってきているのね……」
その頃、聖都セレスティアの街中では――
「待て……なんだ、あれは」
仲間の一人が足を止め、目の前の得体の知れない物体を指差す。
「……ん? この紋章……マブロス帝国のものだな。だが、なんなんだこれは」
アリシアも剣に手をかけながら、警戒の視線を向ける。
「私も、こんなものは見たことがない」
その中で、俺だけは違った。
「……あれ、これって……飛空船じゃねえか?」
「飛空船?」
全員の視線が一斉に俺へ向く。
「ソウジ、それはなんだ?」
「ああ……そうか。この世界には飛空船がないのか」
俺は簡単に説明する。
「空を飛ぶ船だ。あれに乗れば、空から移動や攻撃ができるってことかな」
「なるほど……それで空からの襲撃が可能だったということか」
カエラが納得したように頷く。
「しかし、厄介だな。あれに乗って逃げられる可能性もある」
アリシアがそう呟くと、
「だな……帝国のやつら、相当厄介なもんを持ち出してきやがった」
カエラが舌打ちする。
「とりあえず、あの帆の部分に損傷を与えれば飛べなくなるんじゃないかな?」
俺がそう言った、その時だった。
「あら、それなら私に任せてくれたらいいわ」
レイシェルが一歩前に出る。
静かに弓を構え、空を見据える。
次の瞬間――
放たれた矢は、空中で幾重にも分かれ、無数の光となって降り注いだ。
音もなく、正確無比に。
レイシェルの放った矢は、帆を損傷させ、飛空船の中枢、“炎の核”へと突き刺さる。
これにより、飛空船を警備していた兵士たちはパニックになっていた。
「とりあえずソウジくんの言った所はこれでOKよ♡」
「よし、とりあえずこいつはこれでいい」
俺は視線を前へ向ける。
「行くぞ――大聖堂だ」
俺たちはすぐに、次の目的地へと駆け出した。
そして、大聖堂を目前にした時だった。
「うわ……すげえ数だな」
目の前には無数のマブロス帝国兵が陣取っていた。
「どうする?」
「悩んでる時間はない。正面突破だ!」
アリシアの一言で、全員の意志が決まる。
「行くぞッ!!」
俺たちは一斉に飛び出した。
アリシアとカエラが先頭を切る。
「はあッ!!」
「どけぇッ!!」
二人はそのまま帝国兵の群れへと突っ込み、圧倒的な勢いで敵を薙ぎ倒していく。
俺も遅れずに踏み込む。
「らあッ!!」
剣を振るい、目の前の兵士を吹き飛ばす。
次の一撃で、さらに数人をまとめてなぎ払う。
金属がぶつかる音が、戦場に響く。
――ガンッ! カンッ!!
レイシェルが後方から静かに弓を引き絞る。
放たれた矢は空へと舞い上がり、
次の瞬間、無数の矢となって帝国兵たちの頭上へ降り注いだ。
逃げ場のない雨のような一撃がマブロス帝国兵たちを襲う。
続いてサバオも楽しそうに駆け回りながら、次々と帝国兵を殴り飛ばしていく。
その一撃一撃は、見た目に反して凄まじい威力を持っていた。
戦線は、一気に押し上げられていく。
「このまま一気に突破するぞ!」
俺たちはその勢いのまま、大聖堂へと突き進んだ。
そして、大聖堂の目前まで辿り着いたその時だった。
「おやおや……ずいぶんと騒がしいと思ったら、あなたたちでしたか」
ゆっくりと響く、余裕に満ちた声。
その場の空気が一瞬で変わる。
目の前に立っていたのは帝国の指揮官と思しき、一人の男だった。
「……!」
俺たちは思わず足を止める。
「お前は……!」
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ーーおまけ小話ーー
【街の人気者、大司教カテリーナさん】
「この命に代えても皆さんを守っ……」
「ダメよ、カテリーナちゃん!あんたはこれから素敵な男性を見つけて幸せな家庭を築くの!!」
「あ、私はその……僧侶の身でして……」
「ほら、酒屋の息子さんなんかどう?あの子もカテリーナちゃんのことをね……(おばちゃんのマシンガントーク)」
(……このままでは私の結界(操)が突破されてしまうわ)




