第36話 聖都セレスティア①
サブ(フェンリル)を連れた俺たちは、ドランガルへと戻ってきた。
そして今、俺たちは――
獣人王ガイラの玉座の間にて、これからの動きを巡る話し合いの最中にある。
「やっぱり、ガイラはここに残るんだな」
俺がそう言うと、獣人王ガイラ は小さく鼻を鳴らした。
「ああ。俺がいなきゃ、この国を守れるとも思えねえしな。それに――また、ダリみてえな奴が出てきたら困る」
低く響く声には、確かな覚悟が滲んでいた。
「大陸は、俺が命を賭けて守る。おめえらは気にせず行け」
そして最後に、少しだけ口元を緩めて続ける。
「……フェンリルのこと、頼んだぞ」
「オジチャン、バイバイ!」
サバオが大きく手を振ると、ガイラは豪快に笑った。
「おう、サバオ。おめえには、この俺の後継者になれるだけの素質がある。俺のすべてを教えてほしけりゃ、いつでも来い」
そう言って、獣人王ガイラ は愉快そうに笑った。
「ワカッター!」
元気よく返事をするサバオに、俺は思わず小さく呟く。
「……本当にわかってるのか?」
「ああ、きっとわかっているさ」
俺が呟くと、アリシアは笑顔で応えた。
魔装船に戻ると、マリーナがちょうど船の修理を終えたところだった。
「あ!みんなおかえりー!ちょうど船も直ったし、いつでも出発できるよー☆」
「さすがマリーナですね。もう修理を終わらせてるなんて」
エピステーメーがそい言うと、マリーナは少し得意げに笑った。
「まあねー!マジでさ、これもう私の血が通ってるみたいなもんだから、どこが悪いかすぐわかっちゃうんだよね☆」
「ソウジさん、お帰りなさい。留守の間、特に異常はありませんでした」
そう言って、ガリが俺のもとへ報告に来る。
「おう、サンキュー、ガリ」
すると、台所の方からミレアが顔を出した。
「あら、皆さん。おかえりなさい」
ミレアの視線が、サブへと向く。
「……そのワンちゃんは?」
「ワンちゃんじゃない。余はフェンリルだ」
サブは必死に威厳を保とうと胸を張る。
だが――
「ミレアさん、ワンちゃんです!私たちのペットになります☆かわいいでしょう?」
横からあっさりと言い切るリリム。
「まあ!ワンちゃん拾ってきたの?かわいい♡
じゃあ、さっそくご飯を作らなきゃ!」
「いや、だからワンちゃんじゃ……」
「サブ、よかったですね!ご飯が食べられますよ☆」
「いや、だからワンちゃんでは……」
完全に聞き流されていた。
「……おいサブ、もう諦めた方がいいぞ」
こうして俺たちは、ドランガルを出発した。
「なあ、リリム。その女神様の聖域ってのは、どこにあるんだ?」
「はい。女神様の聖域は、“ルーメン諸島”という場所にあります。そこには大きな町があり、女神様を信仰する方々が多く住んでいるんですよ」
「へえ、そうなんだ?でもさ……ルーメン諸島って、地図に載ってないんだよねー」
そう言うと、マリーナが地図を広げて俺に見せてくる。
そこへアリシアも覗き込んだ。
「ふむ……確かに、この地図にはルーメン諸島の表記がないな」
「……そうなのか。俺は文字読めないから、わからなかったけど」
俺が肩をすくめると、リリムが少し考えるようにしてから口を開く。
「そこまで大きな島ではありませんが、女神様の聖域に繋がる扉がある島ですので、念のため地図には載せていないのかもしれませんね」
「アタシはルーメン諸島なんて、初めて聞いたぞ」
カエラが眉をひそめてそう言う。
すると、レイシェルが静かに口を開いた。
「私やミレアは、皆さんよりも長く生きているから……噂程度なら、耳にしたことはあるわ」
その言葉に、マリーナも頷く。
「私も一応船乗りだからさ、噂で聞いたくらいなんよねー」
「なあ、アリシアやエピは知ってたのか?」
俺がそう尋ねると、アリシアは首を横に振った。
「いや……私も“ルーメン諸島”なるものは、初めて聞いた」
その言葉に続いて、エピステーメーが静かに口を開く。
「僕は書物で読んだことがある程度です。ですが、実在しているかどうかまでは分かりませんでした」
「俺もルーメン諸島は初めて聞きましたよ」
ガリも続けてそう言った。
「そうなんだ。じゃあ、本当に未知の大陸って感じなんだな」
俺が呟くと、アリシアがマリーナへ視線を向ける。
「しかし、マリーナ。地図に表記がないとなると、どのように航路を進めているのだ?」
「それなんだよね……」
マリーナは少し困ったように頭をかいた。
「噂で聞いた位置が“この辺り”っていう、かなり曖昧な情報しかなくてさー。一応、その方向に向かってはいるんだけど……」
「大丈夫ですよ、マリーナちゃん。女神様の力が、少しずつ近づいてきている感じがします。今向かっている方向で間違いないと思います」
リリムが穏やかにそう言う。
「そ、そんなカジュアルな感じでいいのか……?」
俺が思わず突っ込むと、リリムは気にした様子もなく続けた。
「ルーメン諸島の近海に入ると、大きな霧に包まれるはずです」
「霧?」
「はい。これは悪しき者が聖域に立ち入らないようにするための結界のようなものです」
「うわ、霧かぁ……で、どうやって突破すんの??」
「大丈夫ですよ!私もいますし、サバオやサブもいますから☆突破すること自体は、問題ありません」
「なるほどな。女神様の巫女に、神に仕える竜、それに神の番犬……突破できない理由はないか」
「はい。これでもし突破できなかったら――私たちは破門されたことになりますね☆」
にこやかな笑顔で、とんでもないことを言うリリム。
「いや、そんな明るく言う話じゃないだろ……」
「まあリリムの場合、破門されてもおかしくない節はあるがな……」
カエラがぼそりと呟いた。
そして、ドランガルを出航してから約一週間が経った頃だった。
「ねえねえ、リリムっち。まだルーメン諸島って見えない感じなのかな?」
マリーナが軽い調子で尋ねる。
「うーん、そうですね……女神様の存在は、かなり近くに感じます。そろそろ霧が出てきてもおかしくないはずですが……」
リリムがそう言いかけた、その時だった。
「おーい!」
船首にいたカエラが、大きな声でこちらに叫ぶ。
「正面になんか島が見えたぞ!あれってそうなのか?」
その報告を聞いた瞬間、リリムの表情が凍りついた。
「え……あれは……聖都セレスティア……?」
信じられないといった様子で、呟く。
「そ、そんなはずは……私たちまだ霧にかかってないのに!?」
「たまたま今日は天気が良くて、霧が晴れてるとかじゃねえのか?」
「そんなわけありません。あれは結界の代わりに張られている霧です。天候に左右されるものではないはずです」
場の空気が、一気に張り詰める。
「……どうやら、穏やかではなさそうだな」
アリシアが険しい表情で呟いた、その時――
「おい、何か……攻撃されてないか?」
カエラの言葉に、俺たちは一斉に目を凝らす。
「本当だ…爆発してる……!」
遠くに見える聖都セレスティアの周囲で、いくつもの閃光と爆煙が上がっていた。
「おい、急ぐぞ!」
魔装船は一気に速度を上げる。
俺たちは、その異変の渦中へと船を突入させようとしていた。
「これは、いくつかに分かれた方が良さそうだな」
アリシアがそう言うと、エピステーメーが静かに頷いた。
「確かにそうですね。この船を守る者、街とその周囲を抑える者、そして女神様の元へ向かう者、そう分かれるべきでしょう」
そう言いながら、エピステーメーは眼鏡を押し上げる。
すると、その時、背中のクサレマグロが声を上げる。
「それならば船を守る者と、街を荒らしている不届き者共を制圧する者の二手に分かれるでいいのではないか?先ほどロリっ子も言っていたが、女神の力はまだ感じるのであろう。それであれば、そちらを優先した方がいい」
俺たちは全員、疑いの目でクサレマグロを見る。
「いやいやいや、待て待て。マジでマジで」
慌てて言い直すクサレマグロ。
「それに、聖都を襲うということは、もしかすると女神の居所を探している可能性もあるだろう?下手に動いて後をつけられ、女神の元へ辿り着かれたら厄介だ。それであれば、不届き者どもを制圧する方が先であろう」
※クサレマグロ必死の弁明
「まあ、それも一理あるが……」
アリシアがぽつりと呟く。
すると、エピステーメーがリリムへ問いかけた。
「リリム。女神様の聖域への扉というのは、わかりやすい場所にあるものなのですか?」
「いえ。聖域への扉は、普通の人にはわからない場所にあります。クサレマグロさんのおっしゃった通り、私たちの後をつけられると、確かに厄介です」
「そうすると、今、聖域への扉の場所を知っているのは……」
エピステーメーがそう問いかけると、リリムは静かに答える。
「確実な場所と、扉の開け方を知っているのは、私です。それと――聖都セレスティアには大聖堂があり、そこの大司教様は……言い伝えの域かもしれませんが、扉の場所をご存じの可能性があります」
「なるほど……」
エピステーメーは眼鏡をくいっと上げる。
「そうなると、敵の正体は不明ですが――大聖堂を襲い、大司教を連れ出そうとしている可能性は高いですね」
「よし、それじゃあ二手に分かれよう。どういう編成にするか――」
俺がそう言いかけた、その瞬間だった。
アリシア、カエラ、レイシェルの三人が、一斉に俺へしがみついてくる。
「え、えーと……?」
「私はソウジを守るという使命がある。だから、片時も離れるつもりはない」
アリシアがきっぱりと言い切る。
「アタシは主に仕えてる身だ。主から離れるわけがないだろ」
カエラも当然のように言い放つ。
「ソウジきゅんは私の運命の人。一時たりとも離れるつもりはないわ」
レイシェルは微笑みながらも、力強く宣言した。
「……えーと、こういう場合は普通、戦力をうまく分散するものでは……?」
エピステーメーが、眼鏡をくいっと押し上げながら呆れたように呟く。
「ああ、それでしたら私も。女神様にソウジさんを紹介したいので、私もご一緒しますね」
リリムが当然のように言い出す。
「いや、お前は後から合流で――」
俺が止めようとした、その時。
「……ソウジさん。主人公の真横にヒロインがいなくて、どうなさるおつもりですか?」
「いや、いつからお前ヒロインになったんだよ。しかも自称かよ……」
思わず即ツッコミを入れる。
「……魔術師よ。お主たちはいつもこうなのか?」
サブが呆れたように、エピステーメーへ問いかける。
「……お恥ずかしながら、平常運転です」
エピステーメーは淡々と答えた。
「とりあえずさ、船の方は私とガリガリ君がいれば、何とかなるんじゃね?」
マリーナが元気よくそう言い放つ。
「いや、某アイスかよ……」
やがて港が近づいてきた頃、リリムがマリーナに声をかける。
「マリーナちゃん。正面の港ではなく、あちらの左手側へ向かってください」
「オッケー☆何かあるの?」
「そちらには、セレスティア地下港に通じる入口があります。こちらの方が敵に見つかりにくく、万が一の時も守りやすいかと思います」
「オッケー、了解☆」
マリーナはリリムの指示通り、船の進路を左へと切った。
「よし、着いたな」
静かに呟くと、マリーナが振り返る。
「じゃあ、船は私とガリに任せて☆みんなは行ってきなー!」
「ソウジさん、船のことは俺に任せてください」
ガリが力強くそう言った。
「ああ、頼んだ」
俺は短く頷く。
「じゃあ、このまま行くぞ」
俺たちはそのまま、セレスティアの地に降り立つのであった。
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ーーおまけ小話ーー
【料理の鉄人ミレアさん】
「サブ、いっぱい食べて大きくなるんですよ☆」
「おかわりあるからねー!」
(くそぅ!美味い……美味すぎる!!!)




