第32話 鉃牙砦ドランガル
なんとかドランガルへと辿り着いた俺たち。
しかしアリシアの言っていた通り、この国はよそ者に対して非常に厳しいようだった。
そのためエピステーメーが前に出て、ドランガルの兵士たちに船の停泊許可を求めて交渉を続けている。
だが、その交渉は難航を極めていた。
「……三日間だ。それ以上の停泊は許可できない」
「うーん、三日間ですか……」
エピステーメーはマリーナへと視線を向けた。
マリーナは小さくうなずく。
「だ、だだだだ大丈夫だと思います。三日あれば、なんとかします」
「そうですか。では全員で修復作業に取りかかり、できるだけ早く終わらせるようにしましょう」
一時間ほどに及ぶ交渉の末、俺たちはなんとか三日間の停泊許可を取り付けた。
「よし、それじゃあ早速、船の修理に取りかからないとな」
俺が皆に向かってそう言うと、ガリが一歩前に出る。
「俺は念のため、船の警護に当たります。お手伝いできることがあれば、なんなりと申しつけください」
そう言うとガリはすぐに船の外へ出て、船守としての務めに就いた。
「あ、そういえば食材なんかの買い出しもしたいんだよね。町に入って買い物はできるのかしら?」
ミレアがそう尋ねる。
「必要最低限の物資の調達は可能なようですが、大人数でこの街を歩くのは難しいようです。極力、最小人数で向かった方がよいでしょう」
エピステーメはそう言いながら、クイッと眼鏡を押し上げた。
「それなら、この街は基本的に獣人たちが暮らしている場所だ。私たち人間だけで歩くよりも、レイシェルやミレア、サバオを含めた方が、怪しまれることは少ないだろう」
アリシアがそう言うと、
「あら、それじゃあ姉さんとサバオくんが一緒に買い物に来てくれるのかしら?」
ミレアが嬉しそうに微笑む。
買い物と聞いたサバオも、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいた。
「ええ、もちろん私も買い出しに付き合うわよ。ね、ソウジくん」
「え、俺も行くのか?」
「当然よ。だってソウジくんは私の……」
「いや、お前、今アリシアの話聞いてただろ? なるべく人間は行かない方がいいんじゃないのか」
「うふふ。ソウジくんなら大丈夫よ」
「……何を根拠にだよ」
結局、俺はレイシェル、ミレア、サバオの三人と一緒に町へ買い出しに向かうことになった。
まさに“異種族チーム”といったところだ。
ドランガルの町の中を歩いていると、アリシアの言った通り、「獣人」と呼ばれる種族の姿が数多く見られた。
彼らは見た目こそ人間と変わらないが、頭には獣の耳があり、腰のあたりには立派な尻尾が生えている。
中にはサバオのように頭に角を生やしている者や、背中に羽を持つ者の姿も見える。
「なんというか……いろんな姿の人がいるんだな」
「そうね、一口に獣人といっても、そのルーツによって外見はそれぞれ異なるみたい。基本的には、獣の耳と尻尾を持つ者が最も多いようだけど……」
レイシェルは周囲を見渡しながら続けた。
「中には、竜の系統の獣人や、鳥の系統の獣人などもいるのよ」
「へえ……」
俺は思わず感心したように声を漏らした。
「ところで、ソウジくん」
レイシェルがふと楽しそうに笑みを浮かべる。
「こうしてサバオくんを連れて歩いていると………うふふ♡ 私たち、まるで家族みたいね」
「えーっと……さすがにドラゴンの子どもは生まれないと思うけどな」
俺が苦笑しながら答えると、
「……姉さん、私がいること、すっかり忘れてるわよね」
ミレアが呆れたように小さくつぶやいた。
やがて俺たちは町の商店を見つけ、そこで食材の買い出しを始めた。
すると店の店主が、興味深そうにこちらを見ながら声をかけてくる。
「人間にエルフに……そっちの子は獣人か?面白い組み合わせだな、あんたら」
「あはは……まあ、その、なんというか……」
俺が曖昧に笑ってごまかそうとした、そのときだった。
レイシェルがするりと腕を絡ませてくる。
「うふふ。私たち、家族なの。今は新婚旅行で世界中を回っているのよ」
「……姉さん。それ、私たちのことなんだけどね」
ミレアがぼそりとツッコミを入れる。
「へえ、あんたら仲がいいんだな。愛は種族を超えるってやつか?ははっ」
「あら、店主さん、よくわかってらっしゃるわ。もう、もっといっぱい買っちゃおうかしら♡」
「いや、何おだてられていい気になってるんだよ……」
俺は思わずため息をついた。
「あ、そうだ。あんたら、ここへ来るのは初めてかい?」
「ああ、はい。そうですけど」
店主の問いかけに俺が答えると、店主は少し声の調子を落として続けた。
「いつまでいるのか知らねえが、気をつけろよ。明日の夜は満月だ」
「満月……ですか?」
「ああ。満月の夜になると、“覚醒”する獣人がいるんだ。話くらいは聞いたことがあるだろうが、獣人ってのはな、人間を嫌っているやつも多い。そんな連中が満月で覚醒したら……人間の姿を見かけたとき、何をするかわかったもんじゃねえ」
「それは……恐ろしいな」
思わず俺が顔をしかめると、レイシェルも真剣な表情で口を開いた。
「ソウジくん。本当に覚醒した獣人は危険よ。それこそ、アリシアさんやガリでも太刀打ちできるかどうかわからないくらい……」
「そ、そうなんだ……。じゃあ満月の夜は、出歩かないようにしないとな」
その話を聞いた俺は、一刻も早くこの国を出たいという気持ちに駆られていた。
買い出しを終えた俺たちは、足早に魔装船へと戻っていた。
「あ、あの……ソウジさん。なんだか少し歩くの早くない?」
ミレアが心配そうに声をかけてくる。
「だってさ、さっきの話を聞いたら、この町にいるのがどうにも落ち着かなくて……。俺は一刻も早く、みんなのところへ戻って安心したいんだよ」
「大丈夫よ、ソウジくん。私もいるし、それにサバオくんもいるでしょう?」
レイシェルがやわらかく微笑む。
「ムフフ、ボク、ツヨイ!」
サバオも得意げに胸を張った。
「いや、まあ……それはそうなんだけどさ」
俺が苦笑した、そのときだった。
「そこのお前たち、止まれ!」
突然、男に呼び止められる。
胸の奥に、嫌な予感が広がった。
「げ……なんか呼び止められたんだけど。これって、俺たちのことなのか?」
「まあ、他に私たち以外いないものね」
俺たちは足を止めて振り返る。
そこには、屈強な体つきをした獣人の男が立っていた。
するとレイシェルが一歩前に出る。
「……何かご用かしら? 私たち、別に悪いことなんて何もしていないわよ」
しかし獣人はレイシェルには目もくれず、まっすぐサバオの方へと歩み寄っていく。
そして、その獣人はサバオをじっと見つめた。
「……ん?サバオくん、知っている人なのかしら?」
ミレアが不思議そうに小さくつぶやいた。
「ホエ?」
生まれてこのかた、ずっと俺たちと一緒にいたサバオが、この獣人を知っているはずもない。
「な、なんか用か?サバオが何かしたのか?」
俺がびくびくしながら獣人に尋ねると、次の瞬間、獣人は片膝をつき、サバオに向かって深く頭を下げた。
「……やはり、あなたはセラフドラゴンですね」
「え……?」
その光景に、俺たちは思わず言葉を失う。
「申し遅れました。私はこのドランガル衛士団の団長を務めているダリと申します。突然お呼び止めしてしまい、申し訳ありません」
ダリは顔を上げ、落ち着いた口調で続けた。
「街の見回りをしている際、この街の者ではないあなた方の姿を見かけましたので、少し様子をうかがわせていただきました。ですが……そちらの少年は、どう見ても普通の獣人には見えない。擬人化したセラフドラゴンでいらっしゃいますね?」
「えっ……そんな見た目だけで分かるものなのか?」
俺が戸惑いながらつぶやくと、レイシェルが小さく説明する。
「ソウジさん。獣人の方たちは、嗅覚や気配を感じ取る力に優れている人が多いの。だから、サバオちゃんが擬人化したセラフドラゴンだって気づいたのかもしれないわ」
「な、なるほど……」
俺は思わず感心したようにうなずいた。
「皆さま。もしよろしければ、我々の王にお会いいただけないでしょうか」
「ん? 獣人たちの王に、ってことか?」
「はい。我々を導いてくださっているお方――獣人王ガイラ様でございます」
そして俺たちは一度船へ戻り、事情を皆に説明した。
ガリとミレア、マリーナを船に残し、俺たちはダリ率いる衛士団とともに、獣人王ガイラのもとへ向かうことになった。
「こちらになります」
ダリに案内されてたどり着いたのは、城というよりも、砦や要塞といった雰囲気の建造物だった。
この中に、獣人王ガイラがいるという。
「すげえな……。なんかこう、ダンジョンみたいでワクワクするな」
思わず本音が漏れる。
「うむ。普通の城とはどこか雰囲気が違うな。これでは外敵に攻められても、簡単には攻略できそうにない」
アリシアが感心したように周囲を見回しながら言った。
中へと案内され、奥へ進んでいくと、そこが獣人王ガイラの間だった。
玉座には、誰よりもさらに大柄な獣人が、堂々と腰を下ろしている。
「ガイラ様、ただいま戻りました」
ダリは玉座の前で片膝をつき、報告を始めた。
「おう、ご苦労だったな。それで……後ろの連中は何者だ?」
「はい、ガイラ様。この方々ですが――」
「……ん? ちょっと待て」
ガイラはゆっくりと立ち上がり、こちらへ歩み寄ってくる。
「で、でけえ……」
その圧倒的な体格に、俺たちは思わず息をのんだ。
ガリよりもさらに背が高く、体つきも桁違いだ。
やがてガイラはサバオの前で足を止め、じっと見下ろす。
「……セラフドラゴンじゃねえか」
「は、はい。そうなんです。街でたまたま見かけまして、それでガイラ様のもとへお連れしようと思い――」
「なるほどな」
ガイラは腕を組み、俺たちを見渡す。
「それで……なんでお前らがセラフドラゴンを連れている?」
「ええと……なんで、と言われてもな……」
どう説明したものか迷いながら、俺は頭をかく。
“日当たりのいい窓辺に置いてあった卵から、気がついたら勝手に生まれて……そのまま俺になついてきた”
こんな報告でいいのだろうか?そう悩んでいると、
「はい。サバオはソウジさんが卵から孵したんです。それでソウジさんにとてもなついているんですよ。彼は王都ゼニスでは“ドラゴンブリーダー”として認められている方なんです」
リリムが横から説明した。
するとサバオは、ぴょんと跳ねて俺の肩の上によじ登ってくる。
「お、おいおい、サバオ……」
楽しそうに肩車を求めてくるサバオに、俺は苦笑するしかない。
「ふむ……。まあ確かによくなついているようだな。それに……」
ガイラはじっと俺たちを見つめ、
「見りゃ分かる。おめえら、悪い連中じゃねえな」
そう言った。
その言葉を聞いた瞬間、俺はようやく胸をなで下ろしたのだった。
「俺たち獣人族の間には、こんな言い伝えがある。セラフドラゴンが地上に現れるとき、世界には何か大きな異変が起きている……とな」
「えっ……?」
「もっとも、そのセラフドラゴンが、どこからどういう形で現れるのかは誰にも分からねえ。だが、ソウジといったか。おめえのいる場所に、その卵があったんだろ?」
「……まあ、そうだけど」
「それはつまり、おめえが運命を託されたってことだ」
「ええと……そうなのか?」
「でなきゃ、そんなありふれた場所に“神の使い”と呼ばれる竜の卵が転がっているわけがねえだろう」
「た、たしかに……」
俺がうなずきかけた、その時だった。
「でもソウジさん、見つけたときはニワトリの卵だと思って、普通に食材にしようとしてましたよね?」
リリムがさらりと爆弾を落とす。
「やかましいわ!」
「うむ……。今になって思うと、なかなか恐ろしいことをしようとしていたな」
アリシアがしみじみとつぶやいた。
「アンタら…神の使いを食おうとしてたのか…」
「…………」
ガイラはしばし沈黙したあと、低い声で言う。
「まあまあ、そんなことはどうでもいい。セラフドラゴンを連れたおめえたちに、少し手伝ってほしいことがある。頼めるか?」
「構いませんが……私たちは三日間の停泊しか許可されておりません。それでも可能なのでしょうか」
エピステーメはそう言いながら、クイッと眼鏡を押し上げた。
「そんなことは問題にならねえ。誰が依頼してると思ってんだ」
「…フッ、愚問でしたね」
エピステーメは小さく笑みを浮かべる。
こうして俺たちは、獣人王ガイラの依頼を受けることになった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーおまけ小話ーー
【満月の夜のレイシェルさん】
「満月の夜か……気をつけないとな」
「私、満月の夜はソウジきゅんにベタベタ甘えたくなっちゃうのお♡」
「……姉さんはいつもそうでしょ?」




