第29話 エルフを救え⑥
――その頃、エピステーメーとサバオは俺たちと合流するため、急ぎ足で森を進んでいた。
「ふむ……とてつもない魔力を感じますね。サバオ、急いだほうがよさそうです」
「ワカッター!」
その時、エピステーメーはふと足を止めた。
「……これは?」
建物の周囲には、兵士や悪魔を思わせる石像が無数に並べられている。どれも不気味なほど精巧で、どこか生々しい存在感を放っていた。
「これは……一体なんでしょう?」
「オニンギョウサン!」
「いずれにしても、こんな場所にこれほど多くの像が置かれているのは不自然ですね。……何かあると見て間違いないでしょう」
エピステーメーは眼鏡をクイッと押し上げ、少し考え込む。
「……よし。サバオ、この石像をすべて粉々に破壊してください。できるだけ急ぎでお願いします」
「ハーイ!」
サバオは楽しそうに飛び出すと、次々と石像を木っ端微塵に砕いていった。
「キャッキャッ!」
「うーん……凄まじい力ですね……」
やがて無造作に並べられていた石像は、すべて瓦礫の山と化した。
「これで全部のようですね。さあ、サバオ。先を急ぎましょう」
こうして二人は再び足早に進み、俺たちの元へと急いだ。
――対ネメルヴァ戦の最前線。
「はわわわわ……!なんだかソウジさんが、とてつもなくイケメンでかっこいいお方に見えるんですけど☆」
リリムが落ち着かない様子でおろおろしている。
「え、えーと……お前は本当にソウジなのか?」
「ああ、体は相棒のものだ。だが中身は我――クザレ・マクロイヤーだ」
「どういうことだ?」
「このまま相棒を放っておけば、そのまま命を落としていただろう。だから我がその体に入り込み、今は奴に抉られた心臓を修復し、出血を止めているところだ。少々時間はかかるが……これで相棒は助かるはずだ」
「そうか、よかった……クサレマグロ殿、感謝する」
アリシアは涙をにじませながら安堵の表情を浮かべた。
「主……よかった。私はまた大切な人を失うところだった…」
カエラも涙ながらに続ける。
「うーん……でもクサレマグロさんの方がかっこいいですし、もうソウジさん、このままでいいんじゃないですか?」
『いや、よくねえだろ!』
剣の中から俺は思わず叫ぶ。
「あれ?ソウジさん、いたんですか?」
『なんかよく分かんねえけど……俺、今、剣なのか?』
「ああ、そうだ。壊れることはないから安心しろ、相棒よ。ただ……少々凄惨な光景になるだろうがな。しばらく我慢して見ていろ」
『え?』
クサレマグロはゆっくりと剣を構えた。
「……これはクサレマグロ殿の戦いを見られる貴重な機会なのでは…」
アリシアは真剣な表情でそう呟き、その一瞬たりとも見逃すまいと、鋭い視線で戦場を見据えた。
「聖剣を持つ者……まずはお前からだ――」
ネメルヴァは再び姿を消し、クサレマグロへ襲いかかった。
「……うっ……やはり、あなたは運命の人……ごめんなさい……見えません。先が……見えないんです……」
「どういうことだ?」
苦しげに言葉を吐くレイシェルにアリシアは問いかけた。
クサレマグロは静かに目を閉じ、集中する。
「――甘い」
一歩踏み出しただけで、ネメルヴァの攻撃は紙一重でかわされる。
同時に振り上げられた剣が閃いた。
次の瞬間、ネメルヴァの右腕が宙を舞う。
「馬鹿な……!」
だがネメルヴァは嗤う。
「……ならば、これならどうだ」
無数の魔力の糸が空間に張り巡らされ、一斉に襲いかかる。
「これで貴様に逃げ場はない。粉々に切り刻んでやる!」
だが、目にも留まらぬ剣気が走り、すべての糸が一瞬で断ち切られた。
「馬鹿な……魔力の糸だぞ。なぜ、こうも容易く……!」
「甘いな――化け物よ」
ネメルヴァは次の手を考えるように身構える。
クサレマグロが追撃するには十分な時間はあったが、彼はあえて待った。
「ククク……さあ、化け物よ。次は何をして楽しませてくれる?久しぶりの戦いなのだ。我を思う存分愉しませてくれ」
「はわわわわ……!ソウジさんなら絶対に言えないセリフベスト3に入ります!もうやっぱりこのままでいいんじゃないですか?主人公入れ替えでお願いします☆」
『なんでだよ!』
剣の中から俺は叫ぶ。
『というか……俺、今めちゃくちゃ怖いんだけど。ここ普通に地獄の最前線だろ……』
「ならば――これでどうだ」
ネメルヴァは残った左腕を高く掲げると、
凝縮した魔力の塊のようなものを空へと放った。
「さあ来い……従順な下僕たちよ!」
「……で、何が来るというんだ?」
腐れマグロは退屈そうに肩をすくめる。
「なぜだ……なぜ来ない……!」
「残念ですが、貴方が呼び出そうとしていた石像なら、もうすでにすべて破壊しておきましたよ」
その声とともに、エピステーメーとサバオが戦場へ駆け込んできた。
「エピステーメーさん、サバオ!」
「お待たせしました。……さて、どういう状況でしょうか?」
エピステーメーは周囲を見回し、銀髪となった俺の姿を見て目を細める。
「……あれは、ソウジ?いや……何か違うような?」
すると、リリムがこれまでの経緯を手短に説明する。
「なるほど。どうりで圧倒的な戦況なわけですね」
「くそ……くそぉ……!」
片腕を失い、追い詰められたネメルヴァが歯ぎしりする。
空には満月、最も蒼月が輝く時間となっていた。
「血さえ……ハイエルフの“血”さえあれば……!」
次の瞬間、ネメルヴァは狂ったような形相でレイシェルへ突撃した。
「ッ!?」
だが、それよりもさらに早く――クサレマグロが反応する。
振り払われた星守が閃き、ネメルヴァの足を容赦なく斬り落とした。
「ぐああああっ!!」
ネメルバは地面に倒れ込み、のたうち回る。
「さてと……トドメだ、と言いたいところだが」
クサレマグロは軽く息をつき、剣先を下ろした。
「おい、破廉恥娘。トドメはお前が刺したいのだろう?悪かったな、ここまで遊んでしまって。
あとは好きにするといい」
そう言って一歩退く。
カエラはゆっくりとネメルヴァの前へ歩み出た。
「殺せ……さあ、早く殺せ。どうした、怖気づいたか……」
ほとんど戦う力を失い、瀕死の状態にありながら、それでもネメルヴァは悪態だけはやめなかった。
「……みじめだな、ネメルヴァ。これが悪党の末路ってやつだ」
カエラは静かに言い放つ。
「お前が死ねば、町の人たちの洗脳も解けるだろう?さらばだ、ネメルヴァ!」
そう言うと、彼女は躊躇なくネメルヴァの胸へダガーを突き立てた。深く、抉るように。
刃が心臓を貫く。
ネメルヴァ体はびくりと震え、やがて力なく崩れ落ちた。
「……破廉恥娘よ、仲間の無念は晴らせたか?」
「……ああ」
しかし次の瞬間、異様な気配が周囲に満ちていく。
ネメルヴァの亡骸に、いや……その身を覆う魔晶アーマーに、どこからともなく禍々しい力が集まり始めていた。
「これは……持ち主を失ったことで、鎧そのものが暴走しているのか?」
アリシアが息をのむ。
その時、クサレマグロが一歩前へ出た。
「さあ……こいつは我の楽しみとさせてもらおう」
低く、どこか嬉しそうに言い放つ。
すると――魔晶アーマーは不気味な軋みを上げながら形を変え始めた。
激しい金属音とともにまばゆい光が炸裂し、
次の瞬間、そこに現れたのは――
ネメルヴァそのものではない。
だが、どこか酷似した姿を持つ異形の存在だった。
「……ほう、凄まじい力を感じるな。で、お前は何者だ?」
クサレマグロはどこか楽しげに問いかける。
しかし、目の前のそれは何も答えない。
氷のように冷たい視線。
そこにあるのはただ一つ……
この場にいるすべての者へ向けられた、純粋な殺意だけだった。
次の瞬間。
ネメルヴァに似たその存在は、目にも留まらぬ速さで一気に襲いかかってきた。
「フンッ!」
クサレマグロは、ネメルヴァに似た異形の存在へ向けて一閃を放つ。
凄まじい衝撃波が走り、相手は一瞬その場に踏みとどまった。
しかし次の瞬間、異形の手元に光が集まり、
やがてそれは剣の形を成す。
そして――
目にも留まらぬ速さの剣技でクサレマグロへと斬りかかってきた。
「ほう……これはなかなか」
クサレマグロは嬉しそうに笑いながら、放たれるすべての斬撃を軽やかに受け流していく。
「こ、これは……なんという剣技の応酬だ……!」
アリシアは目を見開きながら、思わず息をのむ。
「クサレマグロ殿の剣は、とてつもなく基本に忠実だ。だが……その“基本”が、あまりにも高みに達している……。私は、あと何年修行すれば、あの域に辿り着けるのだろう……」
畏敬にも似た表情で、彼女は呟いた。
「大変申し訳ありませんが……これはもはや、我々人間が立ち入れる領域の戦いではありませんね」
エピステーメーは眼鏡をクイッと押し上げながら、冷静に分析する。
「うーん……でも、ウチのサバオちゃんなら二人まとめて吹っ飛ばせますわよ☆」
「ヤル!ヤル!」
当のサバオは目を輝かせて身を乗り出す。
「とりあえず黙って見ておけ……」
カエラが呆れたようにため息をついた。
「さて、異形の者よ。楽しい時間はここまでだ。そろそろ終わりにしようじゃないか」
クサレマグロはそう言い放つと、星守を両手で握り締め、静かに力を込めた。
「さあ、相棒。よく見ておけ!これが我の剣技だ」
『ゔ……うぷっ……』
剣の中にいるはずの俺だったが、その凄まじい光景に、まるで乗り物酔いのような吐き気を覚える。
「――行くぞ」
その動きはあまりにも速く、音すら生まれなかった。
次の瞬間。
ネメルバに似た異形の存在は、パンッという乾いた破裂音とともに、文字どおり木っ端微塵に砕け散っていた。
『……えっと、クサレマグロ。今、何をしたんだ?』
「至って普通のことだ。魔力を込め、剣を何度も打ち込んだだけだ」
『何度もって……?』
「うーん……一秒間に数千回、といったところか」
『マジで怖すぎるって……』
こうしてネメルヴァも、暴走した魔晶アーマーも完全に消滅した。
「さてと、相棒よ。楽しい時間を過ごさせてもらった。お前の負った傷も、もうすっかり治っているようだ」
『え……そうなのか?』
「お前の体を借りた瞬間から、出血した部分と抉られた心臓を、我の魔力で再生していたのだ。
これでもう死ぬことはない。――さあ、元に戻ろうか」
ブンッ、と空気が震える。
次の瞬間、俺の意識は自分の体へと引き戻された。
「はっ……!生きてる……?!」
『だから言っただろう?あ……でもな、相棒――』
「うわああああああああっ!!」
俺はこの世のものとは思えない悲鳴を上げた。
「ソウジ、戻ったのか!どうした!?」
「ソウジくん!」
「主!」
「ソウジさん!」
仲間たちが一斉に駆け寄ってくる。
「い……い……い……」
「い?」
「どうしたというのだ、ソウジ」
「痛えぇぇぇぇ!!体中が痛えぇぇぇぇ……!!!!死ぬ……いや、いっそ殺してくれぇぇぇぇ!!!!!!」
「……(×7)」
『すまないな、相棒。我が……まあ、二割ほどではあるが、お前の体を使って戦ったからな。お前の本来の限界を遥かに超えた力だったのだ。体が壊れかけても不思議ではない』
「先に言えぇぇぇ!!!!!」
こうして――
無事にレイシェルを救出した俺たち。
満月が強く輝く夜。
静まり返った森の中に、俺の絶叫だけがいつまでもこだましていた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
ーーおまけ小話ーー
【やり残したこと】
『あ、しまった!下着娘とロマンスするの忘れてた!!』
「絶対変わんねーぞ?」
「頼むからソウジはソウジのままでいてくれ…」




