第28話 エルフを救え⑤
エピステーメーたちにゴーレムを任せた俺たちはネメルバのアジトへ向かって急いでいた。
「ここっす、ここがネメルヴァのアジトっす。まだ満月が出てないので、きっとそのエルフのお姉さんも無事だと思うっす」
ネメルヴァのアジトは広大な敷地に、ポツンと佇む廃墟のような建物であった。
「よし、まずはそのレイシェルってエルフを助けよう、でもどこにいるんだろう?」
「やっぱ王道は塔のてっぺんっすよ、塔の最上階に美しいエルフが幽閉されててってやつっす!」
と目を輝かせるアクタ。
「お前はアホか、これのどこが塔なんだ、どう見ても小さな廃墟だろ」
とカエラから冷静なツッコミが入る。
そんなやり取りの最中に俺の背中から声が聞こえる。クサレマグロが何かを感じたようだ。
『相棒よ、どうやらこの建物の地下に何かあるようだぞ。妙な力を感じる』
「そうか、なら地下へ向かおう」
俺たちはネメルヴァのアジトの敷地へ足を踏み入れる。
しかし敷地内は見張りもネメルヴァの姿もない。
「逆に不気味だな、ここまで誰の気配もないとは」
「おそらくここは奴の隠れ家的なアジトっす。あの計画は誰にも知られたくないはずっすからね。だから自分以外の人間が近づかないようにしてるんだと思うっす」
「なるほど。まあその方がアタシたちには好都合だな」
「そうだな。ではそのネメルヴァが戻ってくる前にレイシェルというエルフを助け出すとしよう」
アリシアの言葉と同時に建物内に入る。
すると、そこには異様な光景が広がる。
「うっ……なんだこれは」
アリシアが顔をしかめる。
そこには実験器具や死体や白骨が散乱していた。
「ここが奴の研究スペースってところっすかね。さあ早く地下を探しましょう」
俺たちは地下への入口を探し始める。
「ソウジさん、ここに何か不自然な跡がありますよ」
リリムが床の色の違いを指摘すると、俺の異世界RPG大好き脳が反応する。
「…これは隠し階段だ」
「隠し階段?」
「きっとどこかに開ける仕掛けがあるはずだ」
「で、主。その仕掛けはどこにあるんだ?」
「……それは分からねえ」
「ソウジさん、せめてそこまでわかってから言ってくださいよ」
「うるせえ!一度でいいから言ってみたかったんだよ」
と言いながら、俺は適当に壁へ手をつくと、『ズズズ』と壁が沈む。
「ん?なんだ?」
『ゴゴゴゴ』という音とともに地下へ続く石階段が現れる。
「……あのソウジさん、こういうのってもう少し緊張感のある演出で現れるものなんじゃないですか?」
「仕方ねえだろ!俺が一番びっくりしてるんだよ!!」
「と、とにかく地下へ進んでみようじゃないか」
俺たちは慎重に階段を降り、そこには外観からは想像できないほど広い地下空間が広がる。
「なんだ…地下はずいぶん広いじゃないか」
と呟いたその時。
中央の魔法陣の中に一人のエルフを発見する。
「あ、君は……」
「あなたは……」
互いに言葉を交わしかけて立ち止まる。
間違いない。このエルフはユーダイモニアで見かけた彼女だと確信する。
近くで見ると本当にこの世のものとは思えない程の美人で、俺は思わず息を飲む。
「えっと、君がレイシェルだよね?」
「……やっぱり、やっぱりそうなのね!」
「え?」
俺はレイシェルから確信めいた眼差しを向けられる。
「――私の運命の人!!」
レイシェルは立ち上がり強く唇を重ねてきた。
「ーーーーーーッ!?(声にならない衝撃×4)」
「ちょ、ちょっと待って――」
「ふふ……私の運命の人。あのときユーダイモニアであなたを見かけてから、きっとまたお会いできるとずっと信じていました」
本気の顔を向けられ、背後から三方向の怒りの気配を感じる。俺この後死ぬんか?
『おい相棒よ、いつの間にそんな美しい嬢をたぶらかしたのだ?』
「違ぇよ、俺だって何が起きてるのか分かってねえんだよ!」
「あれ?この声って……」
レイシェルは聞き覚えのある声に反応する。
「あの、この声クザレ・マクロイヤーさんですよね?」
「え?」
『……お前なぜ我のことを知っている?』
「知っているも何も、私たち以前お会いしているじゃないですか?まあもう千年以上も前の話になりますけれど」
『……その瞳、我を助けてくれたあの時のエルフか?』
「はい、そうです。思い出しましたか?」
レイシェルは優しい笑みで頷く。
「そうか、エルフの寿命は果てしなく長いから、クサレマグロ殿が生きていた時代に彼女と出会っていたとしても不思議ではないということか」
アリシアが呟く。
「ん?クサレマグロ?あなたはクザレ・マクロイヤーさんではないのですか?」
レイシェルは首を傾げる。
『間違いなく我はクザレ・マクロイヤーだ。今はクサレマグロなどと呼ばれている。ただそれだけのことだ』
クサレマグロは威厳を保ちつつ答える。
「感動の再会は後にしろ。こんな薄気味の悪い場所とっとと出るぞ」
カエラが地下を出ようとする。
「……あ、でもなんだか縛られているみたいで動けません」
『相棒よ、我をその娘の手足に当ててみるがよい』
言われた通り星守を触れさせると拘束が解ける。
「ああ……運命の人ありがとうございます!」
レイシェルは俺に抱きつき、また強く唇を重ねてきた。
「んんっ!!」
「私、あなたに一生ついていきます!この身も心も全て、あなたのものです」
「え、えぇ……?」
「……あらあらソウジさん?これでまたハーレム計画が一歩前進しましたね」
「ふーん、主は複数でするのが好みなのか?」
「アホか!!いいからさっさと出るぞお前ら!」
「………」
「あ、アリシアさん…出ましょうか?」
俺は何とも言えないオーラを放つアリシアに恐る恐る声をかけた。
「…ああ」
(俺やっぱりこの後死ぬんかな?)
そして俺たちは地下から脱出。
「おい、そんなにくっついていなくてもいいんじゃないか?」
カエラは突き刺すような目でレイシェルに牽制する。
「え?だって彼は私の運命の人ですもの。もう一ミリたりとも離れたくありません。私の愛しいソウジきゅん、このまま私をどこか遠くへ連れ去って……」
「みんなで逃げるんだよ!!」
「アリシアさん、エルフって恋愛とか結婚とかそういうことにはあまり執着しない種族じゃなかったでしたっけ?」
「…どうやら例外もいるようだな」
リリムとアリシアに不思議そうに見つめられる中、俺は邪念と葛藤していた。
(や、ヤバい…レイシェル可愛すぎるんだが?信じられないくらい美人だし)
「と、とにかく皆さんこんなところは早く出るっす、ネメルヴァのことは後で考えるとして……」
アクタが扉を開けようとした瞬間、
「――あ、待って!」
レイシェルはアクタを止めようとするが間に合わず。
『ザンッ!!』
という鋭い音とともに、彼の胸は何かに貫かれ崩れ落ちる。
「アクタさん!」
リリムはアクタに駆け寄る。
「……ネメルヴァか」
カエラは扉の外に視線をやる。
「これから私の長年の念願を果たすための大事な儀式だったのだ。誰にも邪魔をされぬよう色々手を施して戻ってきてみれば……まさかネズミが入り込んでいたとはな」
低い声が響く。
俺たちは武器を構える。
「アクタさん大丈夫ですか?」
「へへ……油断したっす。でも大丈夫っすよ、このくらいならまだなんとか――」
「今すぐ治癒魔法をかけますね。動かないでください」
リリムはアクタの治療を始める。
「……お前はカエラか?まだしぶとく生き延びていたとはな」
「あのときお前がとどめを刺さなかったからな。アタシが生きている限りお前の好き勝手にはさせない」
『お前たち、むやみに奴の懐へ飛び込むなよ?』
「どうしたんだクサレマグロ?」
『奴は今何かを生成している。不用意に踏み込めばたちまち細切れにされるぞ。破廉恥娘も以前その手でやられたのだろう?』
「とはいえこいつを倒さなきゃ話にならないよな?頼むぜ、クサレマグロ!」
『ん?相棒よ、何をする気だ――』
「オラァァッ!!」
星守を横薙ぎに振ると剣圧でネメルヴァを壁ごと外へ吹き飛ばした。
「よし外へ出るぞ!」
「ほう……聖剣・星守とはな……」
怪しく笑いながら立ち上がるネメルヴァ。
「貴様、それは魔晶アーマーだな?何故貴様が所持している?」
アリシアは剣を構えながら、ネメルヴァに問いかける。
「…帝国に協力するという名目で皇帝から譲り受けた。もちろんそんな気はなかったがな」
「皇帝から?」
ネメルヴァは魔晶アーマーから力を吸い出す。
『気をつけろ。奴の気配が変わったぞ」』
クサレマグロの声に俺たちは再び武器を構えると、魔晶アーマーが妖しく光る。
「な、なんだあれは……」
「はわわわわ……お肌の色がどんどん青くなっていきます!アバターでしょうか!?」
「なんでお前がアバターを知ってるんだよ…」
「これが魔晶アーマーの力の使い方だ」
ネメルヴァの姿が消える。
「え?」
次の瞬間、アリシアの背後に黒い影が現れる。
アリシアはとっさに身をひねり、間一髪で致命傷は避けたものの、鋭い一撃に右肩を深く抉られた。
「くっ!」
「ネメルヴァぁぁぁ!!!!」
激昂したカエラが一直線に突撃する。
だが、その刹那――ネメルヴァの姿は再び消え失せた。
「くそっ、どういうことだ!」
『どうやらそれが奴の魔晶アーマーの能力らしいな』
「姿を消せるってことか……?」
『おそらくな』
「そんな…敵が見えねえとかどう戦えばいいんだよ……!」
「クククク……見えぬところからじわじわと嬲り殺されていく気分はどうだ?」
闇の中から、ねっとりとした声だけが響く。
「特に――カエラ、お前には最も凄惨な死に方をさせてやろう」
ネメルヴァは姿を見せぬまま、不気味に笑い続けた。
「くそっ……このド変態め!なんとかならねえのかよ……!」
「そうですね…ソウジさん、同じ“変態”なら、何か分かるんじゃないですか?」
「誰が変態だ!!」
「大丈夫!変態でもソウジきゅんは私の運命の人だから…どんなプレイでも受け入れるわ♡」
レイシェルはなぜか嬉しそうな様子で言い放った。
「お前は本当に大丈夫か?」
しかし、焦りと緊張は消えない。
見えない敵を前に、俺たちはただ神経を研ぎ澄ますしかなかった。
「カエラさん!右へ――思いきり武器を突き出してください」
「え?」
突然の指示に戸惑いながらも、カエラはレイシェルの言葉を信じ、全力で右方向へ刃を突き出した。
『カシュッ――ガッ!』
「……え? 当たった?」
次の瞬間、何もない空間からネメルヴァの姿が浮かび上がる。
その体からは噴水のように血が噴き出していた。
カエラはすぐさま後方へ跳び、間合いを取る。
「くそっ……!」
ネメルヴァは再び姿を消した。
その時、カエラはレイシェルの左目が金色の光を帯びて輝いていることに気づく。
「アリシアさん!今度は剣を上へ――思いきり突き上げてください」
「承知した!」
アリシアは迷いなく剣を天へと突き上げた。
『カシュッ――ガッ!』
見えないはずのネメルヴァの脇腹が深く裂け、
まるで血の雨が降ったかのように鮮血が宙へと飛び散る。
「ど、どうなっているんだ……?」
俺が呆気に取られていると、クサレマグロが何かを思い出したようだ。
『ふむ……そういえば、このエルフは……』
「く、くそ……どうなっているんだ……」
傷を負いながらも、ネメルヴァは苛立ったように声を上げる。
「皆さん、大丈夫です。私がいる限り、この男に負けることはありません」
レイシェルは静かに、しかし確信に満ちた声で言い切った。
「すごい……一体どうなってるんですかね」
「わかんねえっす。でも、あのエルフさん……まるで先の動きが見えてるみたいっすよ」
仲間たちの視線が、一斉にレイシェルへと集まった。
「くそおおおっ!」
ネメルヴァは激昂し、その身に宿した力を一気に解き放った。
次の瞬間、奴の姿はみるみる歪み、もはや人の形を保ってはいなかった。
「な、なんだありゃ……!?」
圧倒的な魔力の奔流が吹き荒れる。
アリシアやカエラは衝撃波に弾き飛ばされ、近くの木へと激しく叩きつけられた。
「くっ……!」
『いかん、相棒よ――』
その声を聞いた直後だった。
ネメルヴァの巨大な左腕が、まっすぐ俺の胸元へと伸びてくる。
逃げる間もなかった。
――ズブリ。
確実に心臓を捉えたその一撃は、容赦なく俺の胸を貫いていた。
「……え?」
「ソウジ!!!!」
「ソウジさん!!!」
「主!!!」
仲間たちの叫びが遠くに聞こえる。
視界が急速にぼやけていく。
体の感覚も、どんどん薄れていく。
(あれ……これ……。俺、死ぬのか……?)
「ソウジッ!!!!」
青ざめた顔のアリシアが俺の元へ。
『……これは、まずいな』
そのとき、星守が鋭く輝きを放った。
『仕方がない。相棒よ――しばしお前の体を借りるぞ』
次の瞬間、まばゆい光が爆発するように放たれ、周囲一帯を白く染め上げた。
「ふう……人間の体を使うのは、ずいぶん久しぶりだな」
どこか懐かしむような声が、俺の口から漏れた。
「少々頼りない身体だが……相棒よ、確かにお前の身体、借り受けたぞ!」
ゆっくりと立ち上がりながら、その視線は真っ直ぐネメルヴァを捉える。
「相棒よ、このネバネバとやらは――我が粉々にしておいてやる!」
クサレマグロの意識が入り込んだ俺の体は、もはや俺自身のものとは思えないほど様子が変わっていた。
その顔つきも口調も、普段の俺とはまるで別人だ。さらに、黒かったはずの髪は淡く輝く銀色へと変わっている。
「…………誰ッ!?(×5)」
この後、俺たちは、クサレマグロの圧倒的な力を見せつけられることとなる。
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ーーおまけ小話ーー
【運命の人】
「ソウジきゅん、今すぐここで子孫を繁栄させましょう!」
「だから逃げるんだって!!」
「やっぱりちょっと例外すぎないか?」




