第27話 エルフを救え④
俺たちがネメルヴァのアジトへ向けて出発した頃、
すでにレイシェルを連れたネメルヴァは自身のアジトへと到着していた。
見えない糸によって手足を拘束されたレイシェルは、衣服を乱され、床一面に魔法陣が刻まれた石造りの部屋へと押し込まれる。
「キャッ!」
冷たい床に膝をつきながらも、彼女は必死に抵抗しようとするが、その拘束はまるで鋼のようにびくともしない。
「ククク……今宵は満月」
ネメルヴァは夜空を仰ぎ、不気味な笑みを浮かべた。
「蒼月の光、ハイエルフの血、そして…この魔晶アーマー。全てが揃った。ついに……私の念願が叶う時が来たのだ」
床の魔法陣が淡く脈動し始める。
「満月が現れるまで、あと数時間だ。せいぜい最後の時間を味わっているがいい」
そう言い残し、ネメルヴァは静かに部屋を出て行った。
絶望的な状況の中でも、レイシェルの胸にはかすかな希望が灯っていた。
(きっと……あの方が……)
レイシェル左の瞳が静かに光を放ち始め、彼女はその光る目で何かを見ていた。
――その頃。
俺たちはネメルヴァのアジトへ向け、全速力で走っていた。
「なあ、そのレイシェルってエルフ、無事なのかな?」
俺がそう疑問を口にすると、アリシアが力強く答える。
「わからない。しかし、わずかでも望みがある限り、
諦めるわけにはいかないだろう」
アクタが息を整えながら言う。
「もちろん時間の猶予はないっす。ただ、奴が事を実行するにはまだ早いはずっす」
「どういうことです?」
エピステーメーが問い返す。
「奴の儀式は決められた時間でしか発動できないっす。
満月が最も明るく輝く瞬間、それがタイミングっす」
「ということは、まだ少し時間があるのか」
「はい。でも急ぐに越したことはないっす」
やがてアクタが振り返る。
「ネメルヴァのアジトはもうすぐっす」
「よし、みんな、あと少しだ」
その時だった。
「皆さん待ってくださいっす!止まってください!」
轟音とともに、巨大な影が目の前にそびえ立つ。
「な、なんだこいつは……」
「これは……ゴーレムですね」
エピステーメーが眼鏡をくいっと押し上げる。
「現在の魔法技術では、この規模のものを具現化するのは困難なはずです」
「ネメルヴァの仕業だろう。侵入者を防ぐ見張りってところか」
カエラが武器を構えると、俺の背中から低い声が響く。
『待て、破廉恥娘。ゴーレム相手に正面から物理戦を挑むのは分が悪すぎる』
「破廉恥って……アタシの事か?」
カエラが首を傾げる。
「じゃあどうしたらいいんだよ」
俺がクサレマグロに問い返すと、
『まあ……我が出張れば早いのだが……』
「それはどう考えても不可能だろう」
アリシアが冷静に突っ込む。
『ナルシス、お前はゴーレムの特性を理解しているな?』
「書物で読んだ程度ですが、ある程度は」
『ならばこの場はお前とトカゲに任せようではないか』
「え? 大丈夫なのか?」
『むしろゴーレムを手っ取り早く片付けるならこの二人しか有効打がない。時間がないのだろう?お前たちは先へ行け』
エピステーメーが言う。
「ソウジ、ここは我々にお任せください。必ず後から追いつきます」
「ボクガンバルー!」
サバオが拳を握る。
「よし、それじゃあ任せたぞ」
その言葉を合図に、エピステーメーの火炎魔法が炸裂した。
閃光と爆煙がゴーレムの視界を奪う。
その隙に俺たちはその場を突破した。
残されたのはエピステーメーとサバオ、
そして巨大なゴーレム。
「さて……始めますか」
エピステーメーが水魔法を一点に収束させる。
強烈な水圧が槍のようにゴーレムへ突き刺さる。
「サバオ、今です!」
「パーンチ!」
気合いとともに、サバオは地面を蹴って一気に跳び上がった。
小さな体からは想像もできないほどの勢いで拳を振りかぶり、バーンナックル……ではなく、強烈なパンチをそのままゴーレムの巨体へと叩き込む。
轟音が響き、衝撃が周囲の空気を震わせた。
巨体はぐらりと揺れ、
石の破片がぱらぱらと地面へと崩れ落ちる。
その衝撃は凄まじかったようで、先ほどからぱらぱらと石の欠片を落としていたゴーレムの巨体が、
次の瞬間――
ガラガラガラッ、と大きな音を立てて崩れ始める。
やがて支えを失ったように全身が崩壊し、
粉々の瓦礫となって地面へと散らばった。
静寂が戻る。
「相変わらず……とてつもない力ですね、サバオは」
エピステーメーが感心したように呟く。
「ムフフー。ボクエライ!」
胸を張って得意げに笑うサバオの姿に、
緊張していた空気が少しだけ和らいだ。
しかし――次の瞬間だった。
先ほど粉々に崩れたはずのゴーレムの瓦礫が、
突如として大きな音を立てながら震え始める。
ゴゴゴ……と重々しい響きとともに、
散らばっていた石片が次々と引き寄せられ、
まるで意思を持つかのように元の形へと組み上がっていった。
「……フッ。やはり、そう来ましたか」
エピステーメーはメガネをクイッと上げる。
「エー、マダウゴクノー?」
サバオが目を丸くしながら声を上げた。
復活した巨体が、再び二人の前に立ちはだかる。
戦いは、まだ終わっていなかった。
「いいですか、サバオ。このゴーレムには“核”となる部分がどこかに存在するはずです。それを破壊しない限りこうして何度でも再生を……」
エピステーメーが説明を続けようとした、その時だった。
「パーンチ!」
話を聞き終えるより早く、サバオは再び地面を蹴り、勢いよくゴーレムへと突進する。
振りかぶった拳が、容赦のない一撃となって巨体へ叩き込まれた。
轟音が夜の静寂を打ち破る。
「……話を最後まで聞いてください」
エピステーメーは小さくため息をつく。
そして、ここから何度も同じ光景が繰り返されることとなる。
サバオの拳が叩き込まれるたびに、ゴーレムの巨体はガラガラと大きな音を立てて崩れ落ちる。
だが――次の瞬間には、散らばった石片が再び引き寄せられ、元の姿へと再生していく。
「パーンチ!」
轟音。崩壊。
そして、再生。
「パーンチ!」
轟音。崩壊。
そして、また再生。
「……このままでは一生終わりませんね」
エピステーメーはメガネをクイッと上げる。
それから――同じ攻防が、何十回も繰り返された。
崩壊。再生。
崩壊。再生。
重い衝撃音と石の擦れる音だけが、静寂に響き続ける。
「……おや?」
エピステーメーが何かに気付く。
「心なしか……ゴーレムが小さくなってきている気がしますね」
サバオの猛攻によって何度も破壊され、そのたびに再生を繰り返していたゴーレム。
だが、あまりに急激な再生を優先していたせいか、
散らばったすべての破片を回収しきれていないようだった。
その結果、再生のたびに巨体はわずかずつ縮み、存在感を失っていく。
今やその姿は、エピステーメーより少し大きい程度のサイズにまで小型化していた。
次の瞬間、ゴーレムが大きく咆哮した。
すでにその体は、かつてのような巨人と呼べる大きさではない。
迫力こそ幾分薄れていたものの――その破壊力は健在だった。
唸りを上げて振り下ろされた拳を、エピステーメーとサバオは同時に身を翻して回避する。
直後、ゴーレムの拳が叩きつけられた地面が、轟音とともに大きく抉れた。
土砂が弾け飛び、衝撃が周囲の空気を震わせる。
「ふむ……破壊力は衰えていないようですね。直撃すれば、ひとたまりもありません」
「キャッ♫キャッ♫」
エピステーメーは冷静に状況を分析しながら、
次の手を探るように視線を巡らせた。
「やはり……核を破壊しなければ終わりませんね」
エピステーメーは小さく呟き、改めてゴーレムの動きを観察し始めた。
「サバオ、頼みがあります。しばらくの間、ゴーレムを引きつけてください」
そして一拍置いて、少し言い直す。
「……いえ。できれば、少し“遊んで”いてください」
「ワカッター!」
サバオはゴーレムの中心へと飛び込んでいく。
その様子を見送りながら、エピステーメーは静かに眼鏡を押し上げた。
「さて……観察の時間です」
サバオは天性の体術を駆使し、ゴーレムの放つ重い打撃を軽やかにかわしていく。
大地を抉るような拳の一撃も、わずかな体のひねりと跳躍で紙一重に回避し、その隙を突いて鋭い反撃を打ち込んだ。
だが、エピステーメーから「遊んでいるように」と指示されているため、決定的な破壊には至らないよう、絶妙な力加減で攻撃を止めている。
まるで稽古でもするかのように、
一定の距離を保ちながらゴーレムと打ち合うサバオ。
その表情には、どこか楽しげな笑みさえ浮かんでいた。
戦いの最中でありながら、
場の空気には奇妙な余裕が生まれていた。
「やはり核を破壊しなければ終わりません。サバオ、しばらく引きつけてください」
「ワカッター!」
やがてエピステーメーが叫ぶ。
その時――エピステーメーが、ふと何かに気づいた。
「む……あの動きは、もしや……」
鋭く細めた視線のまま、しばし思考を巡らせる。
やがて小さく頷いた。
「なるほど。核は……そこに隠しているのですね」
結論に至ると同時に、彼は声を張る。
「サバオ! ゴーレムを蹴り上げてください!」
「ハーイ!」
元気よく返事をしたサバオは、一気に間合いを詰める。
そして低く踏み込み、ゴーレムの体勢を崩すようにサマーソルトキック…ではなく、鋭い蹴りを放つ。
――その瞬間。
危険を察知したかのように、ゴーレムは信じられない速さで大きく後退する。
地面を削りながら距離を取り、二人の間に再び緊張が走った。
エピステーメーの推測は、どうやら当たっているようだった。
「サバオ、股間です!ゴーレムの核は――その部分に埋め込まれているようです!」
エピステーメーが鋭く指示を飛ばす。
「コカンー?」
よく分かっていない様子のサバオだったが、
とにかくもう一度ゴーレムへ向かって突進した。
再び距離を取ろうとするゴーレム。
だが――
その動きを上回る速度で、サバオは一気に間合いを詰める。
身体を大きく回転させながら跳び上がり、渾身の蹴りを叩き込んだ。
次の瞬間――
ゴーレムの装甲の一部が剥がれ落ち、内部から赤い光が露わになる。
「……そこですね」
エピステーメーの瞳が細く光った。
即座に魔力を集中させ、
その光へ向けて強烈な魔法を撃ち放つ。
轟音が夜を震わせる。
ドォンッ――!!
激しい爆発とともに、ゴーレムの体は完全に砕け散り、
瓦礫となって地面へと崩れ落ちた。
今度こそ――
再生する気配はなかった。
静寂が、ゆっくりと戦場を包み込んでいく。
「ヤッター! カッター!」
サバオが両手を上げて喜ぶ。
エピステーメーは眼鏡をくいっと上げる。
「まさか核があのような場所に隠されているとは……
ネメルヴァの策略なのか、それとも作者の趣味か……」
「サクシャ? ナニー?」
「……気にしないでください。急ぎましょう。皆を追います」
二人は月明かりの森を駆け出した。
本当の戦いは、まだこれからだった。
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ーーおまけ小話ーー
【いっそこのまま?】
「パーンチ!」
『ガラガラガラ!!』
(これは放っておけば完全に消滅しそうですね)




