第26話 エルフを救え③
エリアスを連れた俺たちは、ヴェルディパークを出発し、ハモスの町へと向かっていた。
エリアスは早速ガリを伴い、さらに大勢の護衛を引き連れている。
やがてエリアスは、馬車の中から俺たちーーではなくアリシアとカエラへと声をかけてきた。
「君たちも一緒に馬車の中に乗ったらどうだい?」
「断る(即答)」
「〇ね(即答)」
二人は同時に、間髪入れず言い放つ。
「ええー……」
エリアスの情けない声が、馬車の中から漏れ聞こえてきた。
今回、ハモスの町へ向かうにあたっては、危険を伴う可能性が非常に高い。
そのためマリーナは、魔装船で留守番をすることになった。
しばらく進むと、やがてハモスの町並みが見えてきた。
ヴェルディパークとは違い、どこか荒れ果てた印象を受ける。
治安が悪いと噂されるのも納得できる光景だった。
ハモスの町に近づいたそのときだった。
背中に背負ったクサレマグロから、不意に声が響いてくる。
『相棒よ、少々待て』
「ん? どうしたんだ、クサレマグロ」
町へ入ろうとしたところで足を止め、俺は背中越しに問いかける。
『東の方を見ろ。森のような場所があるだろう?あそこへ向かってくれないか』
「いいけど……どうしたんだ。そこに何がある?」
『かすかだが、まだ息はある。誰かが死にかけているようだ。急いだ方がいい』
「……わかった!」
俺はすぐに仲間たちへ事情を説明し、東に見える森のような場所へ向かうことを伝えた。
そして一行は進路を変え、全員でそちらへと向かい始めた。
森のような場所へたどり着くと、そこにはぽつんと小さな小屋が建っていた。
手入れの行き届いていない、どこか荒れ果てた様子の建物だ。
そのとき、アリシアがはっとしたように足を止め、小さくつぶやく。
「……血のにおいだ」
俺たちは顔を見合わせると、すぐに小屋の中へ駆け込んだ。
中にあったのは、首を失った無惨な死体。そして、そのすぐそばに倒れている、今にも息絶えそうなエルフの少女の姿だった。
「大丈夫か!?しっかりしろ!」
アリシアは倒れているエルフの少女の体を支えながら声をかけた。
だが少女は何かを言おうとしているのか、かすかに唇を動かすだけで、すでに限界が近いように見える。
「おい、エピ!なんとかならないか」
俺がそう呼びかけると、エピステーメーは申し訳なさそうに首を振った。
「すみません。僕には治癒魔法は……」
「……私が見ます。どいてください!」
リリムが慌てた様子で駆け寄り、俺たちを押しのけるようにして少女のそばへ膝をつく。
そして傷口にそっと手を当て、小さく何かをつぶやいた。
すると次の瞬間、傷口がふわりと淡く光り――
みるみるうちに塞がっていった。
「え……? リリム、お前そんなことできたのか?」
思わず目を丸くして尋ねると、リリムは当たり前のように答えた。
「私は女神様の巫女ですよ?この程度の簡単な治癒魔法が使えるのは当然です」
(……こいつが何かの役に立ってるところ、初めて見た気がする)
やがてエルフの少女は意識を取り戻し、はっとしたように体を起こした。
「姉さん……姉さんは!?」
ふらつきながら立ち上がろうとする少女を、アリシアがすぐに抱きかかえる。
「待て!まだ傷口が塞がったばかりだ。無理をするな」
「しかし……姉さんが……」
少女の必死な声を聞きながら、俺はふと別のことに気づいた。
床に横たわる、この首のない死体の存在だ。
視線を巡らせると、少し離れた場所に転がっている首が目に入る。
そしてその顔を見た瞬間――俺は思わず息をのんだ。
この顔に見覚えがあったのだ。
(この死体の切り口、エルフの傷口……まさか?)
カエラは何かを考え込んでいた。
「この死体……ユーダイモニアでエルフを連れていた占い師だ」
「この方が、ソウジさんの話していた人物なんですね?」
「ああ……間違いない」
重い沈黙が小屋の中に落ちる。
「では……このエルフの方が?」
エピステーメーが俺に問いかけようとすると、エルフの少女は静かに口を開いた。
「……あなたが見かけたのは、私の姉のレイシェルだと思います。私は……妹のミレアです」
小屋の中の空気が、さらに重く沈み込む。
「一体ここで何があったのか……説明してくれるかな?」
エリアスは優しく微笑みながら問いかけた。
ミレアの話によると、彼女と姉のレイシェルは、エルフたちが暮らす隠れ里で生活していたという。
その一族の中でも、レイシェルはあらゆる面で群を抜いた存在だった。
とりわけ弓の腕はエルフ随一と評され、さらに特別な能力を持っているとも語られていた。
「君のお姉さんは……ハイエルフなんだね」
エリアスが穏やかな口調で問いかける。
「はい……そうです」
ミレアは小さく頷いた。
そんなある日のこと、彼女たちの暮らす隠れ里が、エルフ狩りを行う者たちに見つかってしまったという。
里のエルフたちは次々と捕らえられ、連れ去られていった。
だがレイシェルは、エルフ随一と称される弓の腕で襲いかかる者たちを退けていった。
しかし――
「……私が、この男に捕まってしまったのです」
ミレアは震える声で語った。
「姉は……私の命と引き換えに、この男に従うことになりました」
それから姉妹は二人とも監禁されるようになり、やがて姉の特別な能力に気づいたこの男は、各地でその力を利用して金儲けを始めたのだという。
「この男は、ずっと私の命を握っていました。姉はそれを分かっていたから……逆らうことができなかったのです」
「なんと……卑劣な」
アリシアの顔に怒りが浮かぶ。
「こんなことが……世界のあちこちで起きていたなんて……」
エピステーメーも痛ましげに顔を背けた。
「それで……君はこの男に何かひどいことをされなかったのかい?」
エリアスが静かに問いかける。
「私は……ただここに監禁されていただけでした。近いうちに奴隷商へ売り飛ばされるようでしたが……」
重たい沈黙が流れる。
「……数時間ほど前のことです」
ミレアは再び語り始めた。
「この男が姉を連れて戻ってきた後、いきなり扉が開きました。そこに立っていたのは、赤い目をした黒い鎧の男でした」
その男は「そのエルフをよこせ」と言うと、この男の首を一瞬で落としたという。
「そして姉を連れて行こうとしたので、私が呼び止めたら……」
ミレアはここで言葉を詰まらせる。
「カエラ……」
アリシアが低く名を呼ぶ。
「ああ……赤い瞳に黒い鎧。間違いない」
カエラは険しい表情で頷いた。
「話してくれてありがとう。辛かっただろう」
エリアスはミレアに歩み寄る。
「僕は、君たちのようなエルフを保護している者だ。エリアスという。まずはヴェルディパークにある僕の館でゆっくり体を休めるといい」
そして護衛へ指示を飛ばした。
「――誰か。この子を至急館へ連れて行ってくれ。療養の手配を頼む」
ここでエピステーメーが、静かに話を整理する。
「つまり……ソウジが見かけたというそのエルフの方は、“ネメルヴァ”という者に連れ去られた、ということになりますね。
そしてハモスの町のブラックマーケットには、まだ多数のエルフたちがいる可能性が高い……」
重苦しい空気の中、エリアスが口を開いた。
「では、ここからは二手に分かれよう。僕はこのままハモスの町へ向かい、ブラックマーケットでエルフたちの解放とブラックマーケットの壊滅を進めてくる」
そして俺たちを見る。
「君たちはネメルヴァの足取りを追い、連れ去られたエルフを助け出してほしい。……カエラ、その居所は見当がつきそうか?」
「奴の以前の拠点なら把握している。だが今もそこにいるかは分からない。用心深い男だ。一度こちらに居所が割れている以上、拠点を変えている可能性は高い」
「……となると、また一から捜索ということになりますね」
エピステーメーは眼鏡をクイッと上げる。
「しかし……ここに留まっていても始まらない」
アリシアがきっぱりと言う。
「奴が行きそうな場所、立ち寄りそうな場所――どこでもいい。まずは公道へ出て、手がかりを探そうじゃないか」
その言葉に背を押されるようにして、俺たちは小屋を後にした。
エリアスの背中が遠ざかっていくのを見送った、その時だった。
アリシアが静かに口を開く。
「さて……先程から、ずっとこちらを見ている者がいるな?そろそろ姿を見せたらどうだ」
「え?」
俺たちは思わず周囲を見回した。
そんな気配にはまったく気づいていなかったが、どうやらアリシアは最初から察していたらしい。
すると木立の陰から、軽い調子の声が響いた。
「いやあ、すごいっすね。俺、これでも隠れんぼにはかなり自信があったんですけど」
姿を現した男を見て、カエラは驚きの表情を浮かべる。
「アクタ!」
「お久しぶりっすね、カエラさん。ご無事で何よりです」
「ん? カエラ、知り合いか?」
俺がそう尋ねると、カエラは小さく肩をすくめた。
「ああ。こいつはアクタって言ってな。アタシがレジスタンスをやってた頃の……まあ、なんというか、子分みたいなもんだ」
「どうも、アクタっす。初めまして」
男は軽く頭を下げると、真剣な表情へと変わった。
「俺はカエラさんに命を懸けるって誓ってから、今日までずっと……ネメルヴァの動きを監視してきました。
きっとカエラさんが再び立ち上がる日が来ると思って」
「そうか……アンタ、そんな危険なことをずっとやってたのか。まあ、何にせよ無事でよかったが」
カエラは少し呆れたように、しかしどこか安心した声で言った。
「俺はカエラさんに命を懸けてるんす。このくらい、なんてことないっすよ」
「す、すげえ……そこまでカエラのことを……」
思わず俺は感心したように声を漏らす。
「俺はカエラさんのお役に少しでも立てれば、カエラさんが少しでも喜んでくれれば……それが俺の幸せっすから」
「おい、アクタ。恥ずかしいからもうやめろ……」
カエラは顔を赤らめ、そっぽを向いた。
「まあ、そこまでおっしゃるのですから……それなりの情報はお持ちと見てもよろしいのでしょうか」
エピステーメーが静かに問いかけながら、指先で眼鏡をクイッと押し上げる。
「もちろんっす」
アクタは自信ありげにうなずいた。
「あれからずっと奴の周囲を探ったり監視を続けたりしてきました。その結果……一つわかったことがあるんっす」
「わかったこと?」
「まず皆さん、少し考えてみてほしいんす。エルフ狩りをしていたネメルヴァが……一人だけエルフを連れて行き、もう一人はここに残していった。これって、おかしいと思いませんか?」
俺たちは顔を見合わせた。
「確かに……金儲けが目的なら、二人とも連れ去ってブラックマーケットへ売っていたはずだ」
「そうっす。実は奴のエルフ狩りの目的は……金儲けじゃなかったんす」
場の空気が張り詰める。
「奴はずっと、とある研究をしていたんす」
「とある研究?」
「はい。不老不死の研究っす」
「不老不死!?そんなこと、可能なはずがない!」
エピステーメーは即座に否定した。
すると、俺の背中越しからクサレマグロが低く言い放つ。
『まあ、我は180歳まで生きたがな。その気になれば、不老不死に近い生き方もできるはずだ』
「いや……貴方はそもそも特別なので……」
エピステーメーは困ったように言葉を濁した。
「その不老不死の研究と、エルフ狩りと……何の関係があるんだ?」
「奴が狙っていたのは……ハイエルフの血だったんす」
「ハイエルフ?」
「さっきの貴族の方も言ってましたよね?彼女のお姉さんはハイエルフだって。つまり奴の狙いは最初から彼女だけだったってことっす」
重たい疑問が場に広がる。
「奴は研究を進める中で、不老不死に至る可能性を見つけたらしいんす。それが……魔晶アーマーっす」
「魔晶アーマーだと……?」
アリシアの表情が一変する。
「その鎧にハイエルフの血を吸わせ、鎧と自分を一体化させることで、不老不死に近づく……奴はそういう結論に至ったみたいっす」
さらにアクタは続けた。
「奴はレジスタンスを利用するためにカエラさんの元に潜り込み、資金調達という名目でエルフ狩りを始めた。
けど、本当の目的はハイエルフの血だったってことっす」
「アクタよ、その魔晶アーマーなるものは帝国の連中が作った代物だ。なぜネメルヴァが持っている……?」
カエラが低く問う。
「そこまでは分からねえっす。奪ったのか、裏で帝国とつながっていたのか……」
真相は不明のままだった。
「なんにせよ……連れ去られたエルフを早く助けないと」
「おそらく奴は、その血を全部鎧に吸わせるつもりっす。そうなれば……そのエルフの命は……」
「やべえ……急がねえと」
俺は歯を食いしばる。
「アクタ。そこまで調べたんだ。奴の居場所は分かってるんだろうな」
「もちろんっす。ここからそう遠くないっす。すぐ案内します」
カエラの問いかけに、力強く答えるアクタ。
「よし、アクタ。案内してくれ……絶対に助け出す」
俺がアクタ声をかけると、同じく仲間たちも迷いなくうなずいた。
(ネメルヴァ……今度こそ、お前の息の根を止めてやる)
カエラは心の中で静かに闘志を燃やし、拳を握りしめる。
「では皆さん、こっちっす」
アクタが先頭に立ち走り出す。
俺たちはその背中を追い、
ネメルヴァのもとへと急いで向かうのだった。
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ーーおまけ小話ーー
【情報料】
「カエラさーん、俺頑張ったんで、ご褒美はひざ枕で頭撫でてほしいっす♡」
「お、おまっ!対価に身体を求めてくるな!!」
「いや、お前が言うなよ……」




