第3話
玄関に置かれたダンボール箱を開けた瞬間、悠也は奇妙な感情に襲われた。
中身はナイキのロゴが入ったスニーカー。Air Jordanの最新モデル。真っ白なボディに赤と黒のラインが走る。抽選でしか手に入らない、いわゆる“プレ値”がつくモデルだった。
「ほんとに……当たるんだな」
Xで見かけた物販垢が、やたらと紹介していた抽選サイトに登録し、半信半疑で応募した。会員登録、住所入力、クレカの登録。いつものネットショッピングと変わらない作業だった。
そして昨日、「当選のお知らせ」がメールで届いた。クレカに3万5千円の請求。正直、今月の家賃が怪しい。
でも、Xに載っていた「相場価格」は5万8千円だった。もし売れたら、差額2万3千円。バイト3日分の収入だ。
「マジで……売れるのか?」
悠也は新品のスニーカーを手に取り、角度を変えて眺めた。ロゴが正面に映るように、スマホで撮影。白い背景の画像と並べて、メルカリに出品する。
『新品未使用/Air Jordan OGモデル』
『即日発送可/正規店当選品』
『58,000円(送料込み)』
指が震えていた。出品ボタンを押す瞬間、頭のどこかで「やめとけ」と言う声がした。でも、それをねじ伏せた。
出した瞬間、数十秒で「いいね」がついた。
その日はバイトが休みだった。クーラーのないアパートの中、汗をかきながらスマホの通知を待った。
10分後――《売れました》の通知が鳴った。
「……は?」
一瞬、バグかと思った。アプリを開いて、もう一度確認する。
売却済:Air Jordan OGモデル → 58,000円
売れた。マジで売れた。
現実感がなかった。なんなら怖かった。こんなものが、たった10分で売れるのか?自分が、何か“悪いこと”をしてる気すらした。
だが、怖さと同時に、今まで味わったことのない感情がこみ上げてきた。バイトでレジを打っても、棚を詰めても、時給は変わらない。怒られても褒められても、せいぜい深夜手当がつくだけ。
なのに、これはたった1回の「応募」と「出品」で、バイト3日分。
「……アホらし」
コンビニの制服が、急に安っぽく思えた。
翌朝、バイト中。アイスケースの補充をしながら、悠也は無意識に笑っていた。店長が小言を言っていたが、耳に入ってこない。
ポケットの中のスマホが震える。
《購入者からメッセージ:発送よろしくお願いします》
《メルカリ売上に+55,300円が反映されました》
気づけば口元が緩んでいた。
店の監視カメラを一瞬気にしてから、バックヤードでスマホを取り出す。
「……これ、本物だ」
画面には、自分の残高と“取引完了”の文字が並んでいた。
帰宅後、すぐにダンボールにスニーカーを梱包し、発送手続きへ。レターパックを差し出す手に、もうためらいはなかった。
「ちょろいな……マジで」
悠也は、Xに戻り、別の物販アカウントの投稿を漁り始めた。
「次はどれを狙えばいい?」
「どこで抽選してる?」
「なにが“売れる”んだ?」
タグには #即売れ #物販初心者歓迎 #誰でも稼げる といった文字が並んでいる。
実際に稼げた。自分にもできた。
たった1回の成功が、確信へと変わっていく。
その晩、久しぶりにコンビニの飯じゃないものを食べた。Uber Eatsで頼んだ牛タン弁当。1,800円。いつもなら絶対に躊躇していた。
「まあ、今日は売れたしな」
その一言が、すべてを正当化してくれる。
そしてまた、Xを開く。
「この人、今月50万ってマジかよ……」
「え、PS5ってまだ高く売れるんだ」
「これ、ゲームしないやつにはただの金の箱じゃん」
次第に、視界に映る物すべてが「いくらで売れるか」という目で見えてくる。通勤途中の人混みも、コンビニの棚の商品も、夜勤のバイト仲間も。
価値は定価ではない、市場価格だ。
スマホを握る手に、力がこもる。次はもっと、うまくやれる。これはただのスタートだ。たったの2万円の利益なんて、小手調べにすぎない。




