第2話
バイトが終わると、太陽がすでにジリジリと照りつけていた。
ビニールのように熱を帯びた空気が、駅前のコンクリートにまとわりついている。悠也はコンビニの裏口から抜け出し、タバコに火をつけた。いつもより一服が長い。
スマホの通知が鳴る。またあの動画だ。昨日のやつが拡散されて、今度は切り抜きバージョンがバズっていた。
《スマホ1台、物を流すだけ。学歴もスキルもいらない。》
《情報を知ってるかどうかで人生が分かれるってマジ》
《副業初心者が月30万→俺の周りじゃ普通です》
字幕とともに、黒のTシャツを着た男が、ルームツアーと称して自室を映す。
ベッドの上にずらりと並ぶダンボール。カメラはそれを誇らしげに舐めるように移動し、次にスマホの画面へ。「売上画面」と称するスクショには、確かに「今月:312,550円」の文字がある。
「……マジかよ」
独り言が、吐き捨てた煙と一緒に空へ消えた。眉をひそめながらも、指は動画を何度も繰り返していた。
アパートに帰ると、部屋の中は蒸し風呂のようだった。ボロボロの壁紙、カビ臭いカーテン、ベッド代わりのマットレス。この部屋に、あと何年住むんだろう…、という考えを打ち消すように、悠也はスマホをいじりながら床に寝転んだ。
YouTubeを開くと、先ほどの男のチャンネルが出てきた。タイトルは、
《【完全解説】バイトから脱却する物販の始め方|知識ゼロでもOK》
再生ボタンを押す。淡々と語る声が流れ始める。
「今あなたがこの動画を見てるってことは、少なくとも“このままの生活じゃ終われない”って思ってるはずです」
「……はあ」
「僕も昔はバイト三昧の毎日でした。手取り15万、家賃で飛んで、休みの日は寝るだけ。でも、ある日こう思ったんです。『誰かが売ってる物を、俺が売っちゃダメな理由って何?』って」
「仕入れ→出品→発送。これだけ。誰でもできます。やるかどうか。それだけです」
動画が終わったころには、悠也はすでに別の動画を3本見終えていた。
「せどり」「物販」「副業」「BASE」「無在庫販売」「即金性」
知らない単語ばかりだったが、不思議と抵抗はなかった。
どれも簡単そうに見えた。スマホを持っているだけで、金が入るようにすら思えた。
現実より、可能性の方が心地よかった。
ベッドに仰向けになる。天井の染みを見ながら、動画の言葉を反芻する。
『誰かが売ってる物を、俺が売っちゃダメな理由って何?』
……確かにな。
これまで何度も見てきた、コンビニの納品作業。ダンボールを開けて、バーコードを読み込んで、棚に並べる。それだけ。あの作業を「買う側」からじゃなく「売る側」に回ったら?自分が“並べる人間”じゃなく、流す人間だったら?
脳の奥で、何かがカチッと噛み合う音がした。
「よし……」
悠也は起き上がり、スマホの画面で検索をかける。
《ポケカ 転売 初心者》
《せどり 始め方 2025》
《Switch2 定価 再販日》
情報が洪水のように流れてくる。
今まで見たことのない世界。だけど、入り口はあまりにも簡単で、スマホの中に全部収まっていた。
ブログ、Instagram、X、Discord…。
「仲間募集」「初心者歓迎」「やる気ある人だけ」。みんな教える側を装っているが、その奥には違う匂いがした。稼いでる側の目線、という軽くて冷たい視線。
それでも悠也の指は止まらない。
気づけば3時間が経っていた。コンビニのバイトで得た8000円分のうち、4500円が「情報商材」に消えていた。販売ページには「LINE登録者限定で実践マニュアル配布中」「今すぐ稼ぎたい人だけ」と書かれていた。
怪しい? うさんくさい? ……でも。
「バイトしてたって、どうせ月12万だしな」
悠也は天井を見上げ、にやりと笑った。
その笑みには、焦りも不安もなかった。ただ、自分だけが気づいた、という奇妙な確信だけがあった。




