表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
98/122

長い夜の始まり

 

 大変失礼しました、完成です。よろしくお願いします。


 時刻は早朝、荒れる北海。


 立ち込める霧で辺りが白く煙る。

 やや冷たい潮風が垂直の岸壁に当たり、断崖に掛かる巨大な天幕をバタバタとはためかせていた。


 高さ三十メートル、横幅三十メートルと、この巨大な茶色い布は、壁の一部を覆うように垂れ下がっている。


 そんなおり、巨大な幕の隙間から二人の男が姿を現した。


 まず一人目は。

 逆巻く赤い髪と真っ赤で派手な衣装を纏う、容貌魁偉の偉丈夫。

 もう一人は、この男とは対照的に。

 ハゲた頭と低身長、鼠色の地味な作務衣姿で腰の曲がった形容枯槁(けいようここう)の老人だ。


 でこぼこな二人が靄のかかる砂地を歩いてゆく。


「……ドム爺。この調子だと、いつ飛べるんだ?」


 足をとめた赤毛の男が、後ろの老人に問いかける。


「……何を申される。首尾は上々、いつでも飛べまするぞ」

「は、ははん。そうか、でかしたぞ」


「……じゃが、清光様も人が悪い。この老骨めに、こんな短時間で、しかも五艘もの飛行船のメンテナンスを押し付けるなんて、正気の沙汰とは思えんて。ワシとて、ちと骨が折れましたわい」


 曲がった腰を叩きそうボヤく老人は、言葉とは裏腹に嬉々とした表情を浮かべていた。


「はっ、横文字なんぞ使い爺がホザくか」

「おや、何を申す。こう見えてもワシは異国生まれぞ。されど余りに遠い記憶過ぎて、どこぞの生まれかは忘れてしもうたがのう。ふおぅ、ふぉ、ふぉ」


 薄笑みで笑い軽口を叩くドム爺に、苦笑いを作る清光。そして。


「……今夜出航するぞ」

「おお!」


 清光は水平線より昇る朝日に目を細める。


「準備を怠るなよ」

「おほぅ!」


 獣面に邪悪な笑みで清光は、笑った口元に鋭く尖った犬歯を光らす。


「おほほ〜! いよいよですな、清光様」


「ああ。国取りの開始だ、祭りを始めるぞ。盛大に、ド派手に、この国ごとぶっ壊してやる」


 奇声をあげ小躍りするドム爺に鼻を鳴らした赤毛の男、清光。


 ついっと、帝の住まう南方の方角に深紅の視線を流した彼は、その岩のような拳を硬く握り締めていた。


「咲……」 


 亡き妻の名を呟き。


「お前と瓜二つの娘がワシのもとにおる。これは因果かのう」


 憂い帯びた声で立ち止まる清光。


「あの娘の目を通してお前に必ず見せてやる。あの時の、十年越しのお前の恨みを、今夜このワシの手で晴らすところをのう」


 その身を震わせ、彼が唯一愛した女に誓いを立てた。


 握り締めた彼の拳から血が滴り落ちる。

 歩き出す彼の足跡をなぞり、灼熱色の血痕が点々と続いてゆく。


「……九郎よ」


 深紅の眼光が私恐で燃える。


「主ならば、ワシのこの姿を見れば、笑うか。……はっ、否、怒り狂うのであろうの」


 全身紅を纏いし彼の体に荒ぶる海風がぶつかり、彼そのものを怨嗟の炎塊へと変える。


「のう、九郎よ。……このワシを、止めてくれ」


 たった一つの良心の欠片。

 鬼籍に投じた朋友に縋る彼は、その獅子面を醜く歪ませた。


 しかし、賽は投げられた。

 後戻りは叶わぬと、怨恨を焚べる彼の業火は勢いを増してゆく。


 辺りに白く朝靄が漂う。

 彼岸の縁にも似たその景色が、夢幻の如くに彼自身が炎と足らしめる幻を見せていた。





 一夜開け、今は昼前。

 俺達は昨日の約束通り、清光邸の門前に来ていた。


「またお前らか……。性懲りもなく……」


 こいつら、俺の顔を見るなりボヤきやがった。

 

「またって、昨日あのチビと約束してたんだけど、昨日の今日で忘れたのかよおっさん。脳味噌トロてんじゃねぇのか?」


 昨日もいた髭に舐めた事を言われたので、喧嘩越しの俺がいた。


「なんだとクソガキ!」


 カレーに数日漬け込んだみたいな、真っ黄色な歯を剥き出しにしたこいつ、髭もじゃが吠えてやがる。


「まあまあ、落ちつけ。おい、杏子(あんず)を呼んこい」


 薙刀を俺に向ける髭もじゃをハゲたおっさんが宥める。ハゲはデブのおっさんに指示を出す。

 

 つーか、ハゲ、髭、デブ、カッパとこの四人共、昨日と全く変わらぬ面子だった。


「ねぇ、モンジ。事が起きたら例のあいつ(九郎)を降ろしても構わないから。少し気が引けるけどやむ無しね、存分に暴れてもいいから」


 髭もじゃと睨み合う俺に、絹さんは耳打ちをしてくる。


「ああ、分かってる。時間稼ぎは任せて……」


 俺もボソッと小声で返す。


 交渉とあって、現在丸腰の俺ら。

 何も無策で挑んで来た訳じゃない。

 ここまでの道中、街道の途中に、ハト爺とカイをモーターグライダーごと潜ませている。


 一日猶予が出来たんだ、バカな俺でも作戦ぐらいは考えるさ。


 現在進行中の作戦はA作戦。

 作戦と言っても、至極単純なもので。


 説明すると。

 荒事が起きた際には閃光弾一発で助っ人が現れる。

 助っ人と言ってもハト爺とカイな。


 左手ピカドンでハト爺とカイが上空から俺達の武器を落下。俺らがそれを拾って、俺が壁となり大立ち回り。

 俺が敵さんの目を引いてる間に、絹さんとバンビで強引にイエ姉を攫って、バンビのルーラでトンズラって寸法よ。どう、完璧だろ。


 てな事で、待つ事数分。


「お待たせしました、モンジ様」


 おいでなすったな、子ダヌキ。

 現れたのは昨日より明るい柄の着物を着ている、杏子ってチビだ。


「……約束通り来たんだ、まずは人質交渉がしたい。早速清光に会わせてくれ」


 逸る気持ちを抑え、杏子と相対する。


「その事ですが、今朝方清光様からの使者が参りまして、今宵も戻らないとのこと。それ故、ご足労をかけて申し訳ありませんが、今日もお引き取り願います」


「何言ってんのよあんた! 昨日と話しが違うじゃない!」


 仰々しく頭を垂れる杏子に絹さんがブチギレる。


「……私に言われましても。当館の主は気まぐれでして、誠にすみません」


「だったら、清光なんかどうでもいい。せめて屋敷の中に入れてくれ、イエ姉に会わせてくれ」


 怒れる絹さんの前に出張り、謝る杏子に俺が食ってかかる。


「昨日も申した通り、主不在の際はお客人とはいえ全てお引き取り願っております。それ故、そのような要望はお受け出来ません」


 ハッキリと告げてきた杏子は、断固として俺らを拒む。そんな中、後ろに隠れていたバンビが俺の前に出てきて。


「……杏子。嘘を言ってるでしょ」


 蒼い瞳を吊り上げ、杏子を見据えた。


「シカク、あなた。……は、何を根拠にそのような事を。私が嘘を吐く理由はございませんが」


 バンビの鋭い目線に当てられ、気後れした様子を見せる杏子ではあったが、すぐに平静を装う。


「ほら、それ!」


 バンビは視線を落とし、彼女の足元を指差し。


「杏子はいつも嘘つくと、爪先をもじもじさせる癖があるじゃん。それが何よりの証拠だよ!」


 犯人はお前だ!


 的な感じで、杏子に嘘を証明する証拠を示唆する。

 昨日の告白以降、どこか吹っ切れた感じのバンビに指摘され、当の本人、杏子は。


「う、嘘なんかついてません! さ、さっさと帰って下さい!」


 態度を急変させ。

 思いっきり嘘だとバレる態度で、逃げるようにして門の中へと引っ込んでしまった。


 それを見てこいつら。

 ハゲ、髭、デブ、カッパのおっさんら四人が、さっさと帰れと言わんばかりに、俺達を野良犬でも追っ払うようシッシッと手で追い立てやがる。


「おい、バンビ。お前、やりすぎだ」

「もう、まったく。あんたって子は……」

「エヘヘ、まさか帰るとは思わなかった。……ごめんね」


 交渉決裂だ。またしても門前払いを食らっちまった。

 

「仕方ない、出直すとするか……」

「……そうね」

「本当にごめんなさい」


 とか言いながら。

 腹の中で舌を出す俺達。


 別に構わんさ、俺だってバカじゃない。次なる作戦を結構するまでよ。

 

 厳つい門番共に背を向けつつ、バンビと絹さんにコソッと。


「作戦B発動」

「ラジャー」

「私は言わないわよ、カッコ悪い」


 ノリのいいバンビとノリの悪い絹さんを引き連れて俺は、一旦街道脇に作った秘密基地へと戻る事とした。



♦︎



「もう、シカクったら、あの子勝手な事を! まさか寝返ったんじゃないの!」


 屋敷の中、女の園、奥院へと続く廊下にて。

 床板をドンドンと踏み鳴らして、お怒りの表情を見せる杏子がいた。


「ねぇ、杏子。ちょっといいかしら?」


 廊下に沿って連なる客間のひとつ。

 一番奥の客間から艶のあるお声が掛かり、杏子の表情は一瞬で強張り、肩が跳ねた。


「これは胸骨さん。お戻りになられてたんですね」


 客間の壁に寄りかかる胸骨。

 豊満なバストに腕をくみ、黒を基調にした大人びた着物を纏う彼女に目を止めた杏子は、その愛らしい目元をピクピクと引きつらせた。


「あんた、何やってんのよ勝手に!」


 いきなり怒鳴られ、耳を塞ぐ杏子。


「勝手じゃあ、ありません。あたしは暴漢を撃退していただけです!」


 白々しくとぼける杏子は、爪先をもじもじさせていた。


「ふ〜ん、暴漢ね〜。随分可愛らしい暴漢に見受けられたけど。あれが暴漢ね〜、ふ〜ん」


 胸骨から白い目を向けられ、耳を塞いだままの杏子が目を泳がす。


「み、見た目よりも手強い奴等でして。も、門番達では手に負えず。あたしも加勢してやっと追い払ったんです」


 嘘に嘘を重ねる杏子。冷や汗が止まらない。


「ふ〜ん。あれがイエちゃんの弟ちゃんなのね〜。モンジって言ったかしら? 可愛い子じゃない」


 色香漂う男好きしそうな表情の胸骨に図星をつかれ、杏子は目を見開く。


「見てたんですか!」

「おバカね。カマかけただけなんですけど」


 してやられた。

 ぐぬぬと、身を縮める杏子は何とも言えない表情だ。


「ふ〜ん。それで、どうして追い返したりするのかしら?」

「そ、それは……」


「清光様はあの男の子が来たら教えろって、言って無かったっけ?」

「そうですが……」


「そうですが? その先を聞かせて頂戴」


 胸骨に流し目で見据えられ、俯いていた杏子は顔を上げて。


「イエ様がお屋敷を抜け出したときに思ったんです。イエ様を盗られたくないって。あたしは……。あたしはイエ様とずっと一緒に居たいんです!」


 観念したように、開き直った。


「ぶふっ! なんなのその理由。ぶふふ、面白いのね、あなた。ぶぷ、ぶふふ」


 吹き出して笑う胸骨に、杏子の眉がキリキリと吊り上がる。


「面白くないです。あたしは全然面白くないですよ!」

「はいはい、分かったわよ。杏子ちゃんはイエちゃんが大好きなのね」


「悪いですか?」

「悪いだなんて言って無いでしょう。ぶふ」


 未だ笑いを堪えている胸骨に、杏子はプイッと目を背けて、真っ赤な顔でほっぺを膨らませた。


「……分かったわよ。清光様には内緒にしといてあげる」

「えっ、いいんですか?」


 仕方ないわねと言いたげな胸骨に、途端に瞳を輝かせる杏子だ。


「だって私もイエちゃんのこと、好きだし……」

「きょ、胸骨さん!」


 感極まった様子で、全身で飛び込んでくる杏子。

 胸骨はその豊満なバストで彼女を受け止め、少女の頭を優しく撫でていた。


「胸骨さん、あたし……」

「いいのよ。あなたは私の可愛い妹分なんだから」


 普段の傍若無人な態度とは違う、お姉さんぶる胸骨の温もりに、強張っていた杏子の面差しも徐々にほぐれていく。


「ねえ、あんたも行く。清光様の所に」

「い、いいんですか?」


「もちろん。イエちゃんも一緒に行くし、彼女から離れたく無いんでしょう、あなた」

「はい、ずっと一緒にいたいです。胸骨さんとも、ずっと一緒にいたいです」


「ふふ、言うじゃない」


 弾ける笑みの杏子に胸骨もほだされ。

 二人は年の離れた姉妹のように肩を組み、イエの待つ部屋まで歩いていった。





 昼下がりの街道脇。

 二体のお地蔵様がいらっしゃるその後ろには、雑草が生い茂る草原が広がっていた。


 慈愛に満ちた表情をした二体のお地蔵様。

 その横に大人の腰ほどの高さに伸びた雑草を、掻き分けて進んだ後が続いていた。

 獣みちのようなこの道を暫く進むと、一人の少年と二人の少女がその身を隠すように屈んでいる。

 

「ぷりきゅあ」

「オオスギダロ」


 大人の背丈ほどもある草の塊の前だ。

 少年モンジが声を出し、それに応えるように草の塊から片言の言葉が帰ってくる。


「……何なのそれ」


 モンジの隣にいた絹が呆れた顔をしている。


「知らないの? 秘密基地の合言葉だろ」

「違うわよ、ぷりきゅあよ」


「‥‥美少女戦士」

「は?」


「世界を守る美少女の戦士だよ!」

「世界を美少女が守っているの? おっさんじゃくて、は?」


「……いいじゃん。可愛いし、応援してんだから」

「……意味分かんない。……それに気持ち悪いわ、今のあんたの顔」


 絹に汚物を見るような目を向けられモンジは涙目だ。


「気持ち悪いって、架空の物語の話しなのに……」

「……しかも何よこれ、秘密基地って、ただの草の塊じゃない」


 グダグダ文句ばかりの絹に、地面にのの字を書くモンジ。とうとう拗ねてしまった。


「秘密基地って響きがいいね。それと合言葉ってワクワクするね」


 空気も読まず、うんこ座りのバンビがキラキラした目で俺を見てくる。


 ふぅ、気持ち悪いはヤバかった。

 イエ姉救出前でメンタル微妙だからな俺。

 絹さんの強い当たりでヤバかった、思わず泣きそうになったもん。バンビにマジで救われたぜ。

 マジ天使だなあいつ、それともあいつはぷりきゅあ白で俺が黒ってことかな。初代のぷりきゅあは確か、白と黒だもんな。


 気を持ち直し、調子に乗る俺。


「……だな、秘密基地は秘密の場所にあるのもそうだけど、自分のお宝を隠す場所でもあるんだぜ」


「お~~お宝! たとえばっ、例えばどんなの?」


 興味津々といった様子のマイスイート天使ちゃんに、更に調子づく俺。


「そうだな~~。お菓子やジュースとかの保存食も然り、暇つぶしの漫画本とか、山で拾ったぐでぐでになったエロ本とかエロDVDとかも置いてたな」


「お~~。そのエロ本とかエロDVDってよく分かんないけど、それもお宝なのか?」


「ああ。子供は買えないし、親に見つかると強奪されるお宝だからな」


「親なのに子供のお宝を奪うのか……。とんでもないお宝なんだね、そのエロ本とエロDVDって」


 お宝のワードに興奮気味のバンビは想像を巡らせ、難しい顔で考え込んでしまった。

 

 と、そこにまた悪魔の囁きが。


「バンビ。このバカの言うこと真に受けるんじゃないの。どうせエロなんとかって、しょうもないもんかイヤラシイ物なんだからね」


 ググ、ぐうの音も出ねぇ。


「そんなことないよ! 親が子供から奪いとるぐらいの物なんだよ。金ぴかで七色に光るお宝なんだよ、きっと。ねっ、そうだよね、モンジ」


 バンビのお宝への妄想はどこまで膨らんでいるのだろう。


「おおう、うん、まあ、そんなとこかな……」


 曖昧に答えてしまった。

 瞳を輝かせているバンビに、今更いやらしい物だと言えなくなってしまった。どうしよう。


 架空のお宝に胸を躍らせるバンビに俺は、その気まずさからかそっと目を逸らした。


「何をお前らは入り口の前でギャ―ギャ―と、ホントうるさいのう」


 モグラ叩きゲームみたく。

 草の塊からひょっこり頭を出した爺が、凄く迷惑そうな顔を見せる。


「これじゃあ、合言葉の意味もなかろう、ったく」


 ごもっともで。

 パッと見、ポケモンのフシギダネみたいな格好の爺に叱られ、肩を竦める俺とバンビ。

 隣の絹さんは私の所為じゃないと言いたげに、素知らぬ態度をキメ込む。


「ほれ、ボーとしとらんでお前らも早く中に入らんかい」


 そう言って、秘密基地の入り口を開くフシギダネ。

 ぶっちゃけ秘密基地といっても、モーターグライダーを布で覆って、そこらへんの草をまぶしただけの簡単なものだ。


 ハト爺に言われるまま中に入る俺達。


「超、狭っ!」


 入ってすぐに叫んでしまった。

 外観から予想はしていたが正味、埼京線の朝の通勤車内並みの狭さだ。


 チッ、このグライダーが邪魔なんだよ。


 とか思いつつも。

 今の俺達には必要不可欠なものなので、文句も言えない。

 仕方がないと諦め、グライダーと天幕の隙間に体をねじ込んで体育座りの俺。バンビも俺の隣にぴったりと寄り添い腰をおろした。

 だけど、絹さんはなかなか中に入ろうとしない。秘密基地にケチを付けた事を気に病んでいるのかと、勝手に解釈し。

 

「どうしたの、絹さん。そこ、まだ入れるよ」


 バンビの横のスペースを顎で教えてやる。


「……私はいいわ」


 気難しい表情の絹さん。


「なんで……」


 俺が聞くと。

 スンッと鼻を鳴らし、鼻っ柱に皺を寄せる絹さん。


「……なんか」

「なんか?」


「……なんか、臭いわ」

「……」


 鼻の下を人差し指で塞ぎ、そんな事をのたまう。


「なんじゃ、絹はガソリンの匂いが苦手なのか。情けないのう」

「うっさいわね。・・・でも、これがガソリンの匂いなの? 本当に最低の匂いね。なんていうの、こう腐った油と獣臭さが混ざった感じ? 本当に最悪、頭がくらくらするわ」


 日頃の恨みでもあるのか、ハト爺は鬼の首を取ったように高笑いで、絹さんはしかめっ面を晒す。

 

 確かにそうだ、油臭い。

 密閉されてたせいか秘密基地の中は、あの独特のガソリン臭で満ちていた。

 けど、獣臭さはたぶん、俺達の体臭だと思う。


「バンビは大丈夫? 臭く無い?」


 バンビは平気そうにしてるが。

 こいつ変な時に、変に我慢する癖があるからな、早めに聞いておかないと。


「あたしは大丈夫。モンジで慣れているから」

「……」


 どういう意味だそれ。

 今すぐこいつを小一時間ほど問い詰めてぇ。


「仕方がないのう。絹はそこで聞いておれ」


 やれやれといった様子で。

 ひとり悠々とグライダーの座席に座るこの爺さんは、これ見よがしに肩を落としてこっちを向き。


「それで、交渉の方はどうなったんじゃ」


 誰よりも傲慢な爺は、俺に問いかけてきた。


 ちなみに未だ影の薄いカイは。

 天幕の後ろ、グライダーのプロペラの横で俺みたく体育座りで、体をゆさゆさ揺らしながら隅っこ暮らしを満喫中だ。


 おっと、爺の質問だったよな、答えてやるか。


「言わずもがなだろ。こんなに早く戻って来たんだから……」


「そうじゃな、その通りじゃ」


 吐き捨てた俺の言葉に、どこか楽しげな爺さん。


「……だったら、強行突破で行くかい」


 この爺さんは、煽るような不敵な笑みを作り。


「作戦Bの発動だな……」


 俺もそれに乗っかる。


 作戦Bとはこれ如何に。

 爺の言う強行突破の言葉だけでは、暴力的で語弊があり、コンプライアンス的にアレなので説明すると。


 第一に俺は血が嫌いだ。

 だもんで俺らにも敵さんにも流血沙汰はあまり好ましく無い。なのでルパンよろしく、隠密行動の作戦となる訳だ。


 作戦内容は、まずは夜まで待ってだな。

 夜の闇に紛れて俺とバンビの二人で瞬間移動を使い屋敷の内部に侵入。

 侵入後は、元清光の配下であったバンビの記憶をフル動員して、イエ姉の囲われているだろう場所をリサーチ。

 イエ姉を見つけ次第三人仲良くサクッとルーラで脱出する。

 その後、外で待ち構えているハト爺にイエ姉を渡して、モーターグライダーで森山村までひとっ跳びって寸法よ。


 まあ、残された俺達はどうするかって事だけど。それも何とかなる算段だ。

 なにせ別動隊のモモ達が海路を使って北の大地に向かっているんだから。館町でモモ達と合流すれば、行ってこいでそのままこの地からトンズラ出来る。


 どうよ。

 隙が無いだろ。

 三国志の董卓の軍師『買詡』にも勝るとも劣らぬ戦略だぜ。天才だろ、素晴らしいだろ。笑いが込み上げてくるぜ。


「グフフ、ゲヘへ、ガハハハハハッ!」


 おっと、ハト爺に先に笑われてしまったぜ、俺も負けずに。


「ケケケ、ケケー、ケケケ! ケケーッ、ケケケケッ! っげふん!」


「「ッゲフン、ゲフン! ごほっ、げほっ!」」


 不敵っぽく思いっきり笑ったら、ガソリン臭さが喉に染みて、爺と一緒にむせかえってしまった。


「モンジ大丈夫!」

「・・・ウス」


 バンビが俺を、カイがハト爺を介抱してくれている。そんな中、呆れ顔の絹さんは天幕から自分の荷物を取り出し。


「モンジはともかく。ハト爺もいい歳して、ホントおバカなんだから……。ほら、お昼の支度するわよ。バンビとカイも手伝って」


 どうやらお昼ご飯を作ってくれるらしい。


 草ボーボーの草原を平らにならすカイ。

 ギャーギャー騒ぎながら昼食の準備を進めるバンビと絹さん。

 ハト爺はひとり、天幕の中でモーターグライダーのメンテナンス中。


 なので、俺は基地の入り口横で装備品の確認だ。

 今夜の作戦は失敗出来ない。何故ならイエ姉の命が掛かっているから、これは一発勝負なんだと気を引き締める。

 

 武器類を包んでおいた風呂敷を地面に広げ、ごちゃ混ぜになった装備品をひとつひとつ丁寧に並べていく。


 まずは。

 バンビにあげて出戻ってきた、勇者兼天空の剣。

 黒の式神と、ハト爺お手製のスリングショット。まあ、パチンコだけど、でも飛び道具は何かと役に立つから無くさないようにしないとだな。

 おっと、小石も後で拾っておかないと。屋敷に侵入したあと、いい感じの石コロが見つからんと洒落にならんから。


 それと、赤と青の巾着袋が一つづつ。

 最初に赤い方の中身はと……。

 閃光弾が五発分と煙幕が三つ、鶏のマークが入ったマッチと、マッチが湿気た時用の火打ち石。火器類はこれで全部。

 

 次に青い方は。

 釣り針と釣り系と重り。

 釣り系が結構な長さがあるから、これだけでパンパンだな。


 そして最後に。

 これは怪我の功名じゃないけど。

 昨日、門前払いを食らったお陰で雑貨屋で見つけたコイツ。俺好みのもの。それは……。


 鉄パイプ風、鉄製の物干し竿だ。


 今まで使っていたヤツは竹製だったから、折れやすくて気を使ったけど。

 これならひん曲がることはあっても、折れる心配が無いから思う存分ぶん回せる。ちと重いのがたまに傷だけど、しゃあない。


 しかもだ。

 店主の話しでは「三十年前から同じ値段で売ってます」てなこと言ってたしな。

 そんな何十年もお値段据え置きで商売してるなんて、いや〜、店主の心意気に俺は感服したね。商売人の鏡だね。頭が下がるよね、あのハゲ店主には。


 こんないい物だよ。

 絹さんに無理くり駄々こねて買ってもらったかいがあるってもんよ。


 ……ん、んん?

 この物干し竿。

 新商品の札がくっついてるんだけど、どういう意味だ。三十年前の物だよな、んん? ……まあ、いいか。


 とにかく、こいつにも名前は必要だな。

 武器に名前があるだけで、俺のテンションが上がるからな。


 最強の槍(鉄製の物干し竿)だから、それに見合う名前をつけんといかんな。


 まずは、そうだなぁ。

 伝説の武器っぽいヤツかなぁ。

 

 じゃあ、アレ。

 ギリシャ神話の海神ポセイドンの武器、トライデント。あれって嵐や洪水を巻き起こすんだっけ……う〜ん、ちょっと違うかな。

 なら、西遊記の孫悟空が持ってるヤツ、自在に伸び縮みする如意棒……なんか、響きがエロいな。却下だ。

 だったら、キリストさんに最後の一撃を食らわしたロンギヌスの槍……宗教絡みは、勘弁かな。あとがメンドそうだし。


 となると、やっぱここは和の国、国産の槍にしよう。

 

 パッと思い浮かぶのが。

 本田忠勝の蜻蛉切か結城晴朝の御手杵の槍。鬼武蔵と異名をとった森長可の愛槍、人間無骨も捨てがたい。


 う〜ん、う〜〜ん、悩むなぁ。


 俺が使うんだから……。

 やっぱアレかな。

 天下三名槍のひとつ。

 呑み取りの槍とも言われたアレ。


日本号(ひのもとごう)』はどうだろう。

 

 黒田節の歌になるぐらい有名だし。

 俸禄代わりに渡す凄い槍なのに、酒の呑み比べの景品にされた残念なエピソードも、何となく俺っぽいし。ふふ、面白い。


 よし決めた、こいつは日本号だ。


 一旦腰を上げて、日本号(ただの鉄製の物干し竿)を中段に構えて悦に入るモンジ。それも束の間、えって顔のバンビとバッチリ目が合い、照れ臭そうにまたしゃがむ。


 恥っ! 浸ってたとこバンビに見られた、恥っ!


 ……まぁいいや。

 旅の恥はかき捨てって言うしな。早速装備するか。


 広げていた装備品を身に着けるモンジ。

 軽量ではあるが、身にかかる馴染んだ重さが俺に安心感を与えてくれる。とか、また一人で浸っていたら。


「モンジっ、お昼の用意が出来たよ! なにまた、ぼっちで浸ってんの。早くこっちにおいで!」


 バンビめ、あの野郎。

 デカい声で俺をぼっち呼ばわりとは許せんな。

 ほら、皆んなに不憫な目で見られてんじゃん。これで俺が泣いたらどうしてくれんだよ!


 ニヤケ面のバンビに誘われるまま。

 不貞腐れる俺はバンビを無視してやろうと思ったが、空腹には抗えず。

 せめてもの反抗とばかりに仏頂面で昼食を頂くことにした。





 時刻は夕刻、もうすぐ夜の帳が下りる。


「ぬおおおおおおおおっ!」

「………オソイ」

 

 昼食を終えて。

 時間潰しにと、今まで俺はカイ相手に槍の稽古をしていた。


「カンッ! ……参りました」

「……ムダガ、オオイ」


 渾身の一撃をあっさり弾かれ、汗だくで地に平伏す俺。そんな俺を見下ろすカイは涼しい顔だ。


 この野郎、カイの野郎な。

 こいつ、とんでもなく強い。曲刀を自由自在に使いこなしてやがる。しかも剣筋が綺麗で足技も上手い。まさに踊ってるみたいな剣捌きだった。


「ジカンダ、オツカレサン」

「あ、ありがとうございました……」


 だもんで槍術ど素人の俺は、いっそ清々しい位にずっと負け続けてるんだよね。それでも、カイに寸止めされてるお陰で俺の体に傷一つない。


 それがまた悔しいです。


「モンジお水、はい。あたしが汗を拭いてあげるから、モンジはお水を飲んで」

「ああ、悪い。あんがとさん」


 バンビから水筒を受け取り、一気に飲み干す。


 何が面白いのか。

 バンビは稽古の最初から、俺のやられてる様を座ってジッと眺めていた。

 弱い俺に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのは嬉しいが、どこか申し訳無い気持ちにもなる。


「なあ、バンビ。俺っていまいちだよな」

「っえ!」


「いや、自分でもカッコ悪いなぁって、思ってさ」

「……何言ってるの。モンジはいつもカッコ悪いよ。だから、気にすんなって」


 バンビちゃん。いい顔で言ってくれてるけど、全然慰めになってませんけど。


「……ワシ、ムラデ、イチバンツヨイ。モンジ、キニスンナ」


 グッと親指を立てるカイ師匠に、慰められちまった。


「あ、そう。村で一番なのか。……村か、なんか範囲狭いなぁ。それって強いのか?」


「バカニスルナ。ワシラ、セントウミンゾク。ムライチバンハ、セカイデイチバン」


 戦闘民族、サイヤ人かこいつ。

 物凄い圧で話すカイに、ちょっと引いてしまった。


「……そっかぁ、カイは世界で一番かぁ。そりゃあスゲーなぁ、羨ましいなぁ」


 照れ臭そうにまた親指を立てるカイ。

 なんだろう、親指立てるのって戦闘民族の間で流行ってるのかな?


「おい、モンジ! 絹を呼んで来てくれ。弓の稽古っていいながら、山まで行っておるはずじゃ」


 秘密基地から顔を出して、ハト爺が俺に絹さんのお迎えをせがむ。


「また野生の動物の狩に行ってんのかよ。巫女さんのクセに、ホント好きだよねえ、狩」


 面倒くさいので、少しウンザリ気味に答える俺。しぶしぶ山の方へと歩き出そうとしたら。


「ちょっと待ってモンジ」


 バンビに引き止められた。


「なんなん? どうしたん?」


 清光邸の方を向いてバンビは、小さな声も聞き逃さぬよう耳に手を添えて集中している。

 

「だから、なんなん?」

「シッ! ……あっ、あれだ、あの子だ!」


 バンビは空を指差し、そんな事を言う。


「どの子だよ。空に何があるんだよ」


 陽も沈みかけ、曇天の空は赤く色づいていた。

 夕日に目を凝らすと。

 ……あ。


 俺にも見えた。

 清光邸の方角から黒い点が迫ってくる。


「……あれ? かな」


 ゴミみたいな黒い点。

 バンビの指差す方角、同じ物を見つめる俺に、彼女は大きく頷く。


「なんなの、あれ」

「……とり」


「とり?」

「うん、鳥。……すんごく頭のいい子。色んな言葉で、ずっと叫んでる」


 バンビは感心している様子で、鳥を見つめていた。

 そうだった。

 バンビって鳥と話せるんだっけ。

 あんまり話してる所を見た事ないから、そんな設定だった、すっかり忘れてた。


「ちなみに、何て言ってるの?」

「えっとぉ。……モンジさん……待って……今そちらに……行きます。だって」


 鳥との会話が本当か嘘か眉唾もんだけど、取り敢えず信じてみる。


「つーか。なんで俺の名前を知ってんの、あの鳥」

「……さあ?」


 頭に疑問を乗せて、小首を傾げる俺とバンビ。


 ややあって。

 俺達の前に舞い降りてきたのは、一羽の梟だった。

 梟は秘密基地の天辺に止まると、俺の顔をジッと見てきた。


「……こいつ、見覚えがある。確か、森山村で見たな」


 記憶を辿る。

 夢の中で見た気がする。

 イエ姉が攫われたあの日、あと時、『紋次』はこの鳥に乗り移ってイエ姉を助けるって──


「ビュルル、ビュル、ビュルル。ピュルルル」

「森山村の、そうなの。……えっ! この子、凄いこと言ってるよ!」


 梟が急に鳴き出し、俺と会話をしていたバンビも急に慌て出した。


「なになに、なんて言ってんだ、こいつ」


「イエ姉が連れて行かれるって、今すぐ北東にある断崖絶壁の海岸に行け、だって」


 バンビの通訳と同時に、この緑色の目をした梟は大きく頷いた。


 ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ