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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
97/122

告白

 よろしくお願いします。


 一晩明けて。

 煉瓦調で西洋風のちょっといい宿屋でリフレッシュした俺達は、朝も早い時間から件の清光邸に向けて出発していた。


 これも、やっとイエ姉に会えるかもと、期待のあまりどうしても逸る俺の気持ちと。

 強面の宿屋のオヤジさんからの情報で、清光邸はこの町から徒歩で半日程かかる場所にあると、教えて貰ったからで。


「……堂々と会いに行くって、あんたも要約肝が座ってきたわね」


 どこか誇らし気な絹さんは、私のお陰ねと言いたげな雰囲気で頷いてる。


 その一方でバンビは絹さんとお揃いの巫女装束姿を纏い、何故か上の空だった。バンビの様子が気になるけど。


「……イエ姉を攫った理由は未だ分からんけど、二週間と言ったあいつの期限はキッチリ守ったんだ。俺は胸を張って、正々堂々とイエ姉を迎えに行ってやるぜ」


 宣誓の如く、やる気を漲らせている俺。

 俺の勇ましい姿に絹さんはまた満足気に大きく頷いてくれていた。そんな彼女も何気に、フル装備で戦う気まんまんである。


 そんな中、俺達の後ろからちょこちょこ付いてくるバンビに、絹さんは鬱陶しそうに。


「……で、あんたは何なの。バンビは珍しく大人しいけど。あんた、拾い食いでもしてお腹が痛いの? それともオシッコでも我慢してるのかしら?」


 清光邸に向かっている道中、一言も喋らずいつになく物静かなバンビにここぞとばかりに絡みつく。


「子供扱いしないで! あたしは拾い食いなんかしないし、お便所も済まして来たんだから!」


 あ、バンビがキレた。

 意外と元気そうで良かった。

 俺もこいつの事、昨日の晩飯の時から気になってたんだよね。様子が変だったから。


「ふん。子供じゃない。あんた歩き出すとすぐ『疲れたからおんぶして〜』って、いっつもモンジに甘えてるでしょ」

「甘えて何が悪いの! モンジは……。モンジはあたしのモンジなんだから、甘えたっていいじゃん!」


 また始まったよ。

 あたしのモンジってな。

 まあ、それもバンビから言われれば悪い気はせんけど。


「……ケッ、小賢しい女」

「小賢しいってなによ!」


 ボソッと言った絹さんの言葉に、バンビがまた噛み付く。


「小賢しいの意味も知らないの? はあー、ほんとおバカね、あんたは。ズル賢いって意味なのよ、あんたみたいにか弱い女のフリして男に甘えるヤツの事を言うのよ。分かった? お勉強になったわね、お馬鹿ちゃん」

「キーッ、そんなの知ってるし! モンジ、この女があたしをバカにするっ、コテンパンに懲らしめてやって!」


 何で俺が?

 元気なのはいいけど、面倒くさい奴らだな。

 バンビが怒りで顔を真っ赤にしながら俺の腕を引っ張る。

 

 ちなみに、ハト爺とカイは海岸に隠したモーターグライダーの燃料調達のため別行動中だ。

 だもんで、清光邸には俺と絹さんとバンビの三人で向かっている。

 この展開も想定内ではあるが、先の事を考えれば出来るだけ足並みを揃えて貰いたい。


「なあ、俺らさぁ。これから、命懸けの人質引き渡し交渉が控えてるんだぜ。それなのに、なんでお前らが喧嘩してんの? 俺には不安しかないよ。もうちょっと仲良く出来ないの?」


 正々堂々と迎えに行くと言ったが。

 もし荒事になった際にはバンビの瞬間移動が役に立つ。こいつらをいの一番で逃がせる。

 それを考慮してバンビを連れて来た筈なんだけど。


「はあ? 私が悪いの! バンビが辛気臭い顔してるから喝を入れてやったんじゃない!」

「辛気臭い顔なんかしてないもん! 考え事してただけだもん! 絹が勝手に騒いでるだけだもん!」


「なによ!」

「なにさ!」


 犬猿の仲とは言うけれど。

 グルルッと、歯を剥き出していがみ合う二人に頭が痛くなる。


 はあ〜、まったく。

 イエ姉奪還で余裕のない今の俺からすると。

 こんなんならバンビは置いて来た方が良かったかもと思えてしまう。


「絹さんもイエ姉の為だと思ってさ。それとバンビも俺の姉ちゃんの為に、なっ。フリでもいいから仲良くしようぜ、頼むよ」


「ふん!」

「……ごめんなさい」


 もうしんどい。

 俺のお願いに絹さんはプイッとつむじを曲げ、バンビは素直に謝ってくれた。


「……」

「……」

「……」


 広々とした草原に街道は続く。

 奥の方にちらほらと畑が見える。

 それでも未だ開拓途中なのか、街道の周りは草ボーボーで。

 何もない景色を眺めつつ俺達はひたすら無言で歩く。


「……」

「……」

「……」


 天気は上々、文句なし。


 ここでふと思ったんだが。

 ガンガン太陽を浴びてるのに、あんまり暑く感じない。


「……」

「……」

「……」


 風のせい?

 この土地は本土よりも湿気が少なく感じ、風も乾いていて。

 適度に吹き通るこの風が噴き出る汗を吹き飛ばしてくれて、そこそこ快適に感じられる。夏こそおススメしたい穴場スポットに思えた。


「……」

「……」

「……」


 とはいえ、冬になればとんでもない大雪に見舞われるんだろうと予想され、どっちもどっちな感は否めない。


「……」

「……」

「……あのさ」


 すまん。無言のプレッシャーに押し潰されそうだった。


「あのさ、あの山なんていうのかな? こんなに暑っいのに、天辺にまだ雪が残ってんのな。ちかっぱ綺麗だよな」


 有名占い師の「ちかっぱ」で、ツッコまれ待ちをしてみるも。


「……」

「……」


 スルーされ、二人からは無言の返し。


「ほら、俺ら初めて空飛んだじゃん。ちょっと怖かったけど、ワクワクしたよな、なっ!」


「……」

「……」


 反応なし。

 モーターグライダーの感想を求めるも、やっぱり沈黙が帰ってくる。


「えっとぉ、カイって何処の国の人なんだろうね。体の色は浅黒いし、髪型も独特だし、持ってる刀も見た事ないし……。どう思う? バンビさん」


 名指しならどうだ。

 懲りずに話しかける俺に、しょげてたバンビは口を開き。


「……知らない、興味ない」

「……」


 ぬぬ。

 つれない反応。絹さんは相変わらずソッポを向いたままで俺を無視。


「……」

「……」

「……」


 結局、気まずい雰囲気のなか歩くこと一時間ほど。

 遠くに街道沿いから分岐した、右手に細く伸びた道を確認。

 その細道は坂になっていて、小高い場所にある建物へと続いていた。


「なあ、絹さん。あれだよな」

「……そうね」


 見つめた先で気持ちがザワついた。


 細道の奥。

 小高い道を登ったその先にはお屋敷と言うより、外観からして周りに高くそびえて立つ石塀で囲まれていて。


 いわゆる要塞と言った感じの異様な壁が建っていた。

 

 ゴツゴツとした石塀を、呆然と眺めながら歩を進めていく俺達。

 カエルの鳴き声を聞きながら細い坂道を登り、見るからに頑丈そうな作りをした木製の門の前までやって来た。


「おい、お前らはなんだ?」


 門番だろう。

 薙刀を持った仁王像のような四人組の一人に呼び止められた。


「え〜と。森山村から来たモンジという者です。清光さ……。清光に呼ばれて来たので、中に入れて貰えませんか?」

「清光だと! 清光様を呼び捨てになさるとは無礼な! お前らそこに直れ、その首たたっ斬ってやる!」


 秒でいきり立つ四人。

 清光を呼び捨てにしたのが引っかたのだろう。

 恐ろしい顔で凄んでくる。

 俺も清光様って言いかけたけど、意地でも言わんのよ、これが。


 そりゃそうだろ。

 馬鹿じゃないのって感じ。

 誰があんな人攫いに『様』なんかつけるかっつーの!


「ぬ、お前はどこかで見覚えがあるが……」


 あいつらの一人がバンビを見てる。

 髭もさもさのおっさんだ。顎に手を置いて目を細め、首を傾げていた。

 指摘されたバンビは無言で、ささっと俺の背中に隠れた。


「おい!」

「なんだ、クソ餓鬼!」


「汚ねぇ面でバンビをナンパしてんじゃねぇぞ、コラ! イワすぞ」

「ああ"っ! 誰に物言ってやがるこのガキ、こ生意気な! そうだな、まずはてめぇに礼儀ってもんを教えてなきゃならんようだな」


 俺主観だが。

 バンビにいやらしい目を向けた髭もじゃが、無性に腹が立たしかった。

 なので、当初の目的そっちのけで、おっさん等と睨み合う俺がいた。


「あんた、なに興奮してんのよ。邪魔よ、ほらっ、どいて!」


 喧嘩越しの俺に見兼ねて、絹さんがしゃしゃり出てきた。


「ねぇ、私達は清光様に直接(、、)呼ばれて、はるばる常之領から来た客人なの。愚鈍でムサいあんたらじゃあ埒があかないから、人語の通じる相手を呼んで頂戴」


 俺を押し退けて出張った割には、あんたも大概な言い草だな。


「なんだと、このアマ! 切り刻むぞ!」

「通じてないようね。私、豚語は話せないのよ」


「なんだと! もっぺん言ってみろ、くそアマ!」


 四本の薙刀の刃先が一斉に絹さんへと向けられた。


「はいはい、そういうのはいいから。早く話せる相手を呼んで来なさい」


 時々思うけど。

 この人の心臓、鋼の毛でも生えてるんじゃなかろうかと、全く怯まない彼女に俺は感心してしまう。


 一歩も引かない絹さんに、只事では無いと思ったのか、四人組の一人が門の中へと消えた。


「……モンジ、あたしお腹痛くなってきた」

「バンビ、ごめん。ちょっとだけ、我慢してくれるか」


 白い顔を青白くさせてバンビが訴えてくるが、申し訳ないが構ってられない。


「……うん。もうちょっと我慢する」

「ごめんな」


 無手で腰に手を置く絹さん。残った三人は臨戦体制のままだ。暫くして……。


「お待たせしました」


 幼い声が修羅場然とした門前に響く。

 小口の門から出て来たのは、バンビとさほど変わらぬ年頃の女子だった。


 やや垂れ目で丸顔の女の子。

 勝手な印象としてひと目みて、子ダヌキを連想してしまった。


 彼女の格好こそ、侍女か使用人風の灰色で地味なナリをしているが、卒なく丁寧なお辞儀とその所作から、いい所の生まれなんだろうと思える。


 そんな彼女が俺達を見据え。


「大変なご足労恐れ入ります、モンジ様。当館の主より、モンジ様のお話は伺っております、私『杏子(あんず)』という者です。それと、折角お越し頂いてなんですが、あいにく主は不在のため後日、日を改めてましてご足労願えれば幸いです。すみませんが、今日の所はお引き取り願います」


 丁重な言い草で、あっけなく門前払いを食らった。


「はあ!? 何言ってんのよ、あんた! こっちはあんたらの飼い主の約束を守ってここまで出向いてんのよ! 清光が帰るまで待たせて貰うわ!」


 杏子さんを怒鳴りつける絹さんは拳を握る。

 それを見た門番達が瞬く間に移動。

 薙刀を構えて杏子さんの前に立つと、絹さんへの警戒を強めた。


「……イエ姉は。イエ姉は無事なのか?」


 正味、清光なんかどうでもいい。

 一番の懸念は彼女の事だ。俺は一刻も早くイエ姉の安否を知りたかった。 


「……もちろんです。清光様より大切なお客様と伺っておりますので、それなりの対応はさせております」


 主観だが、淀みなく語った彼女の言葉に嘘は微塵も感じられず。それならと俺は。


「……だったら、会わせてくれ。イエ姉に今すぐ」


 この目で確かめたい。


「それは無理です」


 しかし、キッパリと断られた。


「先程も申し上げた通り、清光様よりイエ様は大切なお客様と伺っておりますので。主不在の今、私の一存ではそのような判断は決めかねます。大変申し訳ございませんが、今日の所はお引き取り下さい」


 深々とお辞儀をする杏子さんは、最後に何故か俺の後ろにいるバンビを見つめ、その瞳をすがめた。


「モンジ、お腹痛い。お願い、もう帰りたい」


 彼女に萎縮するかのように、バンビは帰宅を迫ってくる。


「ごめんなバンビ。もうちょっとだけ、ほんとにちょっとだけだか、我慢してくれ」


 イエ姉も心配だが、脂汗を流すバンビも見過ごせない。

 どうする、俺。

 苦虫を噛み潰したような顔でバンビに我慢を強いる俺は。


「……いつ戻るんだ? 清光はいつ戻るんだよ」


「はい。明日の午後には館に戻ると聞いております」

「分かった。……明日は必ず、約束だからな」


 本人不在では埒があかないと判断して。

 こうして、また半日かけて館町まで戻る羽目となった。


 町に着いた頃には、もう陽も沈みかけている夕方で。

 あれからずっとあっさり引き下がった俺と、敵である清光の文句を吐き散らしていた絹さんは、疲れた表情を晒し。体調不良のため俺におぶさるバンビは終始無言。


 賑やかな喧騒に包まれた町並みに反して俺らは、どんよりとした雰囲気を纏っていた。


「おう、おう、ここじゃ、ここじゃ。やっと戻ってきたわい!」


 表通りを歩いていたら、昨日の宿屋の前でアルミ缶に座るハト爺が手を振ってきた。


「遅いわい、お前ら。ワシをこんな時間まで待たせおって、昼飯も抜きで待っておったんだぞ」


 俺らの重苦しい雰囲気も気にせず、普段通りのハト爺。


「遅いわいって、俺らは交渉に行ってたんだから、そもそも今日帰れるかも分かんなかっただろ」


「何を言っておる。お前らが門前払いを喰らうのは明白じゃろ。元より清光なんぞ話しの通じる相手では無かろうに」


 知ってて交渉に行ったんじゃろ、と見透かされたように言われてしまった。


「ねぇ、昼飯抜きって、ハト爺にはちゃんとお金渡したよね」


 怖い顔で絹さんがハト爺に詰め寄る。

 一文無しのこの爺さんに彼女は、それなりのお金を渡していたらしい。


「ふ、ふ、ふ、これじゃ。見つけたんじゃよ。大変じゃったわい。しかも、こいつの所為でまた一文無しに逆戻りじゃ。のう、カイよ」

「……ウス」


 ふ、ふ、ふ、と。

 椅子にしている一斗缶を踵で蹴りつけ、不敵な笑う爺さん。隣りでうんこ座りのカイも相槌を打つ。


「一文なしって。……あの飛行機って乗り物、とんでもない金食い虫じゃないっ、たく!」


 どんだけ渡していたのだろう。絹さんは絶句していた。


「まあまあ、そんなにプリプリしなさんな、別嬪さんが台無しじゃぞ。それより腹が減って死にそうなんじゃ、なんか食わしてくれ」


 あらやだと、間に受ける絹さんはチョロすぎだろ。

 爺に別嬪とあからさまなおべっかを言われ、「しょうがないわねぇ」と、満更でもない様子だ。


「どう? バンビはまだ調子悪い? 飯は食えそうか?」


 こいつらはどうでもいい。

 俺は静かなバンビが気がかりでしょうがなかった。


「ごめんね、モンジ。……お姉さんのこと。あたし、迷惑かけちゃって……」


 どうやら彼女、急な体調不良を気に病んでいたらしい。


「ハハ、気にすんな。バンビのせいじゃないよ。もともと話し合いでどうにかなる相手だなんて、これっぽっちも思って無かった訳だし」


 嘘です。

 強がりです。

 爺にも言われたけど、俺的には話し合いでなんとかなるとか、マジで思ってた。そんな甘っちょろい奴なんです、俺は。


 当然の結果だけど、現実の厳しさにヘコんでしまう。


「……あたし。……ごめんね」

「だから、もういいって。……それより、どう? ご飯、食べれそう?」


「……うん。……ごめんねモンジ。……あとでちゃんと話すから」


 何度も謝罪する彼女の言葉は尻すぼみとなり、もごもご言ってるせいで、後半は何を言っているのか聞き取れず。

 それでも元気ならそれでいいかと、このまま聞き流してしまった。


 このあと。

 昨日と同じ宿屋の宴会場で夕飯を済ませ、人の目もあるから明日からの行動は部屋に戻ってからという事で。

 先にお風呂でもと、離れにある大浴場で一人まったりとお湯に浸かっていた時だった。


 ガラガラと引き戸を引いて浴場に入る人影。

 湯気で見えないその人影は、てっきりハト爺かカイかと思っていた。


「モンジ、いる?」


 だがしかし、バンビだった。


「お前、また。こ、こっちは男湯だぞ!」


 思わず声が上擦る。


「エヘヘ。来ちゃった」

「エヘヘ、じゃねぇよ。誰かが入って来たらどうすんだよ!」

 

「大丈夫だよ。入り口に清掃中の札を下げて来たもん」


 漫画みたいなことしやがって。

 しかもだ。

 前は湯着を纏っていたのに、今日はすっぽんぽんのまま、堂々と裸体を晒して入ってくる。

 

「お、お前、裸じゃねぇか!」

「当たり前じゃん。お風呂だもん」


 そりゃそうだ。

 いやいや、そうじゃなくて!

 バンビさんは、あっけらかんと、おっしゃる。


「ほら、前に着てたアレ。湯着みたいなヤツ。アレを着ろよ!」

「あ〜、あれ。あれを着てると洗い辛いからイマイチなんだよねぇ」


 そうおっしゃるバンビさんは、てくてく近づいてきて、湯船の近くにある小っこい椅子に腰掛けた。


「ねぇ、モンジ。こっちに来て。またこの前みたく、背中を流してあげる」


 全裸の美少女が、自分の前にある椅子をトントン叩いて催促してくる。


 なんだ、このシチュ。

 今日に限って大胆すぎやしないか、この子。

 乱雑に飛び回る俺の目線と、混迷、困惑する思考。

 なので……。


「……無理です」

「え〜。じゃあ、あたしがそっちに行くから、モンジは背中出して」


 不満気に言う彼女は立ち上がろうとする。全裸のままでだ!


「アバババ。お、俺から行くから、立つな!

立つんじゃねぇ、ジョ〜!」


 焦った〜。パニくって、なみだ橋の丹下でちゃったぜ。


「……じょう? じょうって誰?」


 ちんまい椅子でキョトンとしているバンビ。


 でも、どうしたんだこいつ。

 昨日から様子がかなり変だし……あ。

 ここで一人、極悪人の顔が脳裏を掠めた。


 絹さんか? また絹さんの変な入れ知恵か?


 あんのアマ。

 こんないたいけな少女に妙なこと教えやがって。

 風呂からあがったら、小一時間ほど説教してやる。

 

 こう硬く心に決め。

 手ぬぐいで前を隠しつつ湯船から出た。

 彼女の指定先に腰を下ろす俺の目線はもちのろん、ずっと天井を見上げたままだ。


「ねぇ、恥ずかしい?」

「おま、おまえっ、恥ずかしいに決まってるだろ」


 大人びた彼女の言い方に、童貞臭ぷんぷんの俺は困り果てていた。


「……エヘヘ。肌身離さず着けてくれてる」


 たぶん俺のネックレスことだろう。これ以外はすっぽんぽんの状態だし。


「そりゃあ、まぁ。……貰って嬉しかったし、無くしたら嫌だし……」

「へへ。嬉しいな」


 楽し気にこう言って、優しく俺の背中を洗ってくれるバンビさん。


「モンジの体って、傷だらけだね」

「しょがないじゃないか。俺、弱っちいもん」


 ちょっと、えなり口調になっちまった。

 急に出た妙ちくりんな俺の声に、バンビがクスクス笑ってくれる。認知度ゼロでもウケてるよ、えなりスゲーな。


「……傷だらけ、だよな」

「ごめん、気にしてた?」


「いや、別に……」

「? ……」


 改めて自分の身体を見下ろす。

 うん、アザだらけだ。

 正直、自分でも引くぐらい俺の体はボロボロだった。


 左手が無いのは慣れたけど。

 本音を言えば、木下砦で清光にひん曲げられた指とアバラがまだ痛む。腰もイワしてるしな。


 その後も幾度となく修羅場を潜り抜けて、気づいたら体中のあちこちが生傷だらけで。

 与一郎に薬は貰っているが、未だ傷も癒えきれず、じゅくじゅくしているカサブタも何箇もある。

 なので基本俺は、包帯まみれのミイラみたいな姿をしている訳なんだが。


「……弱っちいのに。いっつも無理するんだよね、モンジって」

「悪いかよ……」


 背中を洗ってくれている彼女の手が止まる。

 

「── 悪いよ」


 真面目な声だった。どこか冷たい声でもあった。


「っえ……」


 彼女らしからぬ声に驚いて、振り返ろうとしたけど、躊躇した。

 振り向けんかった。なにせ彼女も素っ裸だから。


 モジモジしてたらバンビの方から身を乗り出してきて、俺の耳元で。

 息のかかる距離で俺の横顔を見つめてきたから、ギョッとさせられた、彼女の目に。


 横目ではあるが彼女の瞳は暗く蒼く。

 真冬の氷みたいに冷たく感じてしまい、俺は身を竦めてしまったんだ。


 余談でもう一つギョッとした話しなんだが。


 さっきから俺の背中に柔らかな感触が当たってる。

 これは間違いなくバンビのお胸だろうと推測され。

 この状態をラッキーと受け入れるべきか、はたまた注意すべき案件、もしくは払い退けるアクシデントと処理するべきか。う〜ん、非常に悩ましい所だ。


 珍しく難しい顔をしていたら。


「……お湯、流すね」

「う、うん」


 何事も無かったように、ニッコリと微笑んでまた後ろに戻るバンビさん。

 手桶で湯船からお湯を掬い、俺の背中を流してくれた。


 ここからは俺の出番だ。スピードが試される番だ、秒の勝負をいざ征かん。


 レディ、ゴー! 

 チキ、チキ、チキ……センキューと爽やかに手を挙げ、お終いとばかりに、疾風の如く湯船に戻る、ハイッ! お湯に入るまで、およそ三秒の早業だった。やるな俺。


「ふい〜〜〜」


 見ず、見せず、見誤らずと、多大な緊張感を乗り越え、俺は解放感からか湯船で(とろ)けていると。


「あたしも湯船に入りたいな」


 タイムアタックをした俺を呆然と見ていた彼女はそう呟き、手にしていた手ぬぐいでおもむろに自分の身体を洗い始めた。


「背中でも流そうか?」


 ふふん。

 やられっぱなしの俺は、断られる前提でバンビにやり返す。俺の視線は天井に貼り付けたままだがな。


「っえ、ん〜〜」


 体を洗い終え、手櫛ですくように髪を洗う彼女は悩む素振りを見せて。


「お願いしていいの?」


 な、なぬ!

 生半可な俺の反撃など意に介さず、まさかの了承。これには参った。


「ん、お願い……」

「ぉおおう、うん」

 

 パパッと髪を洗ったバンビさんは、キスを迫るような感じで目を瞑り、こっちを向いて座りやがった。ヤバッ、オッパイ見てもうた。


「……はふぅ。バ、バンビさん。向こうむいて欲しいんですけどぉ」

 

 日和る俺、内心はもっと凄い事になっていた。


 こほ〜、こほぅれぇはぁ〜。

 お、お胸の膨らみの先っちょぉ、ちんまい桜色のポッチがぁ、眩し過ぎルルルルゥ。


 羞恥に耐えきれず意図的に目玉をグルグル回す俺。図らずも今のセクシーショットが脳裏に焼き付いた。


 でも見つけたぜぇ〜。

 俺のやる気スイッチは何処にあるんだろうと思ってたけどぉ〜。

 スイッチ求めて自分探しの旅に出掛ける寸前だったけどぉ〜。

 灯台下暗しじゃないけどぉ〜。


 俺のやる気スイッチはここにあったんだぜえ〜、ヒャッハーッ!


 ゲフッ、ゲフッ!

 お、落ち着かねば。

 あれは押していいスイッチなのか?

 いやいや、あれは押しちゃあならんスイッチだ。

 そんなの分かってる。分かりきっている。

 冷静に冷静を保て、あれは最終兵器のボタンだと思え。押したら最後、押したら最後で……ん。どうなるんだ?


 少なくともバンビがキレるだろうな。

 もし、俺が女だとしても、いきなりポチッと押されたらマジギレするもん。


 カップルだといいのか?

 時と場合によるな。

 そういう行為の最中なら、流れでイジくられるのも受け入れられるが、平時でふざけ半分で押されたらガチギレしそうだ。鬱陶しいもん。


 それに、美少女のポッチをポチッとしたなんて皆んなにバレたら、ヤバい、大変な事になる。ド変態の烙印を押されてしまう。


 それは困る。

 非常に、困る。

 もう少しでイエ姉に会えるだ。

 ド変態がどのツラ下げてイエ姉と会えばいいんだって、話しになる。


 触らぬ神にタリラリランのこにゃにゃちは、なのだ。


 苦渋の思いでやる気スイッチを一旦諦め、俺は頭を振って邪念をふり払った。


 そして……。

 源泉かけ流しの湯船から出てバンビの背後に立った。……あ。


「お前も着けてるんだ」


 彼女の首にも銀色のネックレスがぶら下がっており。


「エヘヘ、貰って嬉しかったから。無くしたら嫌だし……モンジとお揃いだもんね」


 こいつは俺と同じ台詞に色を付けてきた。

 クソ、ちょっと嬉しいやん。


 小癪な真似をと思う反面、それ以上に嬉しい気持ちが上回る。

 だがいまはアホヅラで全裸の俺だ。全身で喜びを表現するには憚れる。なので普通を装い。


「こ、こっち見んなよ。いま丸出しだからな」

「……恥ずかしがってる。可愛いね、モンジちゃん」


 小馬鹿にしやがって。


 何が楽しいのか。

 含み笑いで肩を震わせるバンビの後ろに座り。

 失礼かも知れんけど、チン隠しで使った手ぬぐいで彼女の背中をそっと擦った。


「……もっと強くてもいいよ」

「お、おおう」


 やや力を込める俺。

 自分で蒔いた種だけど緊張する。

 だってさ、目の前には泡雪みたいな柔くて白い背中があって。少しでも力を入れたら壊れてしまいそうで。


 無理だよ。傷つけたらどうしようって、思うじゃん。


「ごめん、これが精一杯」

「え、これで?」


「うん……」

「ん〜、でも気持ちいい。ありがとう」


 濡れた白髪を片手を使い肩で束ねる彼女。

 細くて白いうなじが仄かに赤みをさす。

 彼女からほんのり乳臭い、いや、これは甘いバニラの香りだな。甘くて気持ちが休まる香りがする。


「あのさ。バンビって、いい匂いがするよな。ずっと嗅いでいたいくらいのいい香り」


 何気ない俺の一言に、彼女は更に首筋を赤く染め。


「も、もう! モンジは……もうっ、お終いっ! 早く背中を流して!」


 さっと、両手で体を隠して、初めて照れた様子を見せた。


 両腕で自らを抱く彼女を前に、俺も恥ずかしさを覚え。

 急いで桶で湯船から湯をすくい、バンビの背中を流して、さっさと湯の中へと逃げこんでしまった。


 湯気の立ち込める浴場。

 白い湯けむりが彼女の裸体を包み込む。


「……隣り、いい?」


 濡れ髪を頭上に巻いてるバンビが聞いてきた。


「ど、どうぞ……」


 ゆっくりとつま先からお湯に浸かるバンビ。


「……ふぅ」


 広々とした浴槽なのにわざとだろ。

 こいつは俺のすぐ隣りに腰を下ろしやがった。


 隣りで頬を上気させる彼女と肩が触れ合う。

 生唾を飲んで横にズレる俺。

 彼女に視線が向かわぬよう、波打つ湯船に視線を泳がす。


「……気持ちいいね」

「……うん」


 屈託のない笑みで微笑みかけてくるバンビさん。

 まるで天使のようだ。

 数秒見惚れてしまった俺はハタと我に帰り。


 頭に数学式を思い描く。


 これは緊張防止策の一つだ。

 男なら分かるよな。アレがアレしてあーならない為の予防線を必死で張る。


 視界が眩むくらい脳を回転させろ俺。

 何デシリットルのお湯が流れ出たのか、おおよその計算式を頭の中で組み立てる。

 確か、浴槽の計算式は縦×横×高さ÷1000=だよなぁ、なんて苦手な暗算にも進んでチャレンジだ。


 やるしかない。算数で煩悩を蹴散らすんだ!


「ねぇ、そっちに行ってもいい?」


 はひ!

 彼女の問いかけに、気を紛らわす為の計算式がぶっ飛んだ。

 だが負けんな俺。騙されるな。

 ラッキーなスケベなんて、俺になんかある訳がない!


「でもでも、裸同士だし不味いっしょ!」

「……よっこいしょ」


 有りました!

 何の為の確認だったのか。

 俺の忠告をガン無視してバンビは湯船で上気させた体で近寄り、胡座をかいてる俺の膝の上にちょこんと腰を下ろした。


「ちょっ、ちょっと、バンビさん!」

「いいじゃん別に。ご飯の時もこうだし、落ち着くもん」


 確かにそうだけど!

 それとこれとは訳が違う。

 だって今の状況は俺の生足の上に彼女の生尻が乗ってる状態だよ。生のおケツだよ。


 カッチカチは防いではいるものの。

 罷り間違っても俺の汚いモンを彼女のお尻にくっ付けてはならん。


 と、全力で腰を引いてるワタクシです。


「……あのね」

「……なんですか」


 俺の苦労も知らず、持たれかかってくる彼女。濡れた横顔から艶っぽい流し目を向けてきた。





「……あのね」

「……なんですか」


 敬語のモンジ。なんで?


「……あのね、あたし」

「は、はい……」


 モンジがお湯の中でもぞもぞしてる。なんだろう?


「……ごめん、何でもない」

「は? なんだよ。言いたい事があるなら言えよ」


 あ、いつもの言い方に戻った。

 でも怒ったかな?

 モンジにはちゃんと言いたいけど。

 ……言いたくない。


「モンジ、怒るから……」

「怒るも何も聞かなきゃ分からん。……ふぅ、分かったよ。怒んないから、喋れ。もやもやすんじゃん」


 ずっと上を向いてるモンジがそう言って、天井から滴る水滴を眺めている。


 あたしなんかに気を使って、あたしを見ようとしない。……別にいいのに、見たって。優しいんだよね、このひと。傷つけちゃうかな?


 でも、言わなくちゃ。


「あのね、あたし。……モンジを騙してたんだ」


 あたしは彼に甘えていたから。


「騙してたって、どういう意味だよ」


 だから、全てを洗いざらい言わなくちゃ。

 全部聞いて欲しい、あなたに。


「あたしね、清光様の命令でモンジに近づいたの」

「……」


 モンジ、あたしね。


「……怒った?」

「……怒ってない。怒ってないけど……。全部、今までの事も全部、演技だったのか?」


 あなたに一緒に旅が出来て楽しかったの。


「……仕事だったの。これがあたしの仕事。清光様が放った刺客なのあたしは。……あたしはモンジを観察して、場合によっては殺せって、命じられていたの」

「……」


 あたしはあなたに会えて良かった。

 だけど嫌いになるかな? あたしのこと。


「でもね、モンジって馬鹿みたいにお人好しでしょ。笑っちゃうぐらいチョロくて……」

「……」


 胸が張り裂けそうで痛い。


「……不思議なのが、清光様がモンジを気にかけていた点。腑に落ちないのよねぇ。モンジってこれと言った特筆すべき点も見当たらないし、弱いのに……」

「……」


 もう嫌だ。やっぱり辛い。モンジにあたしの汚い所見せたくない。……吐きそう。


「……調査に値しない凡人なのに──」


「お前、なんで泣いてんだ?」


「……え」


 あたし、泣いてる?


「ったく。ふざけんなよ! 誰だよ、俺のバンビを泣かせヤッ!」


 ‥‥俺の──


「解せぬな。美少女を泣かすヤツは解せぬ。……絹さんか?」

「……違う」


 ── 嬉しい。


「じゃあ、清光のハゲか。あのハゲ、どうしようもねえヤツだな。イエ姉の分とバンビの分で二回ぶんなぐらねぇとダメだな。それと小一時間キツめの説教でもしねぇと気が済まねぇ」


 けど、話しが噛み合わない。


「……モンジ、あたしの話を聞いてた?」


「失礼な、ちゃんと聞いてたよ。バンビが俺に嘘ついてた話だろ」


 何を言ってるの、このひと。いろいろビックリして涙も引っ込んじゃった。


「嘘って。……嘘なんて、そんな軽いもんじゃないよ!」


 あたしの話し、半分も聞いてないよっ、この人はっ! 真剣に告白したあたしがバカみたいじゃない。……段々ムカついてきた。


「裏切ったんだよ。ずっとモンジの信頼を裏切っていたんだよ、あたしはっ!」


「なに急にキレてんだよ。訳わかんねぇよ」

「訳わかんないって……」


 ……あぁ、そうだ。


「お前さぁ、聖人君子じゃあるまいし、嘘なんて誰でも言うもんだぜ。そんなこといちいち気にしやがって──」


 この人は、こういう人だった。


「── 裏切ったとか、お前こそ大袈裟なんだよ」


 この人、いい意味で人の話しを聞かない。


「なんだよ。それでへこんでたのか? ほんと、バカちんだな」


 あたしに期待してないとか諦めてるとか、そうじゃない。これって──


「山が噴火した時もそうだし、チリチリ女の時だってそうだ。お前は演技で命なんか掛けれねぇよな。そうだろ、バンビ」


 ── 信頼なの?


 一度信頼を寄せるとこの人は、何を言っても、裏切られたとしても──


「う、うん」

「お前はいつだって俺を助けてくれたんだ。言うなれば、お前は俺のヒーローみたいなモンなんだぜ」


「そ、そんな……」

「謙遜すんな、事実を言ったまでだ。それとお前が俺を騙したつもりでいたかも知れんけど、俺はこれっぽっちも騙されたつもりは無え。だからお前は無罪だ。WIN-WINの関係だ。それに前も言ったと思うが、お前は俺の命の恩人で未だに勇者様なんだからな」


 ── この人の信頼は揺るがない。


「だから、あんま気にすんな」


 モンジ。

 あたしを救ってくれたひと。

 あたしの家族を救ってくれたひと。

 馬鹿がつくほどのお人好し。


「……許してくれるの?」


「許すも何も、お前に落ち度は見当たらねぇ。悪いのは全部あのハゲ散らかった清光だ。まあ、お前の悪い所、いや欠点だな。強いて挙げるなら、お前はとんでもなく足が遅いって事ぐらいかな」


 本当のおバカさん。


「一緒にいてもいいの?」


 だけど、この人に出会えたのは奇跡だと思う。


「なんだよ今更。す、好きにすればいいじゃん」


 異国の絵本の王子様を思いだす。

 教会にあって、好きだった絵本の王子様。

 その人は勇敢で、優しくて。

 とてもハンサムで。


「……こんなあたしだよ?」


 目の前にいるこのひとは。

 

「何度も言わせんなよ、恥ずいな。……ずっと一緒に居ればいいじゃん」


 恥ずかしがり屋で、意地悪で。

 弱くて、イジるとすぐに拗ねるけど。

 とっても強くて優しいひと。


 猫毛で綺麗な緑色の瞳の男の子。


 この人があたしの王子様。


 あたしだけのモンジ。


「……一生付き纏ってあげる!」

「付き纏うって、言葉おかしいだろ」


「……なら、お嫁さんになって、毎日美味しいご飯を作る!」


「お嫁さんはいらんけど、美味しいご飯は嬉しいな」


「むー、モンジのクセに生意気な事を言ってる」

「クセには余計だろ!」


「ぷふ、ふふ、っあははは!」

「ハハ、アハハハハハハ!」


 ねぇ、知ってた。

 あなたと過ごして、あたしは変わったのよ。

 あなたがあたしを変えてくれたんだよ。


 だからモンジ、あなたにチュウしたい。


「な、なに? なんなの急に!」

「いいじゃん、減るもんじゃないし! んむう〜」


「お、おい。恥ずいって、恥ずい……ん」

「んむぅ〜……チュッ」


 憂いも晴れて生まれ変わったあたしは、嫌がり抵抗する彼の唇にチュウしをしたの。

 

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