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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
96/122

君の香り、君の影

 よろしくお願いします。


 眼下に広がるのは黒い大海原。

 

「ねぇねぇ、見て見て! お魚があたし達を追いかけてくるよ!」

「……ああ、あれはイルカの群れだな」


 テンション上げ上げのバンビが俺をパシパシ叩きながら騒いでる。逆に叩かれている俺はテンションだだ下がり中だけど。


「なあ、おい」

「……なぁに?」


「狭いんだよ。それになんでお前はこっち向いて座ってんだよ」


 俺の不機嫌な理由はこいつ、バンビ。

 こいつは得意の瞬間移動で俺達の頭の上に降ってきたんだ。

 急に現れたこいつのせいで、爺も俺も慌ててあわや墜落しそうになったんだが、まあ、それは不問にしよう。

 ただし。

 一つしか無い座席のハト爺と俺の間にこいつはいる。

 それが前を向いて座れば収まりがいいものを、わざわざ俺の方を向いて座ってやがるから、猛烈に狭くて腹立たしいんだ。


「……だって」


 バンビは不満気な表情を見せて、すすっと俺の耳に顔を寄せると、囁くように。


「ハト爺さんにあたしのお胸が当たっちゃうでしょ」


 こうほざく。


 お胸なんて呼べる代物じゃねぇだろ。

 とか、言いそうになったが。

 ギャーギャー喚かれるのも面倒なので言葉を呑み込む俺。


「胸でもなんでも自分の手で押さえて乗ればいいだろ、お前にこっち向いて座られるとマジで狭いんだよ」

「狭いぐらい、いいじゃん別に。それともモンジは、あたしのお胸が別の男の人に触られてもいいって言うの!」


 ああ言えば、こう言う。

 こいつの事、どうしたもんかと思案に暮れていると。


「しっかし、お前さんはどえらい能力を持っておるのう、大した娘じゃな」


 俺達の様子をチラチラ窺っていたハト爺が会話に入ってきた。


「あたしって凄いの?」

「そうじゃな。凄いってモンじゃ無いぞい。どえりゃあもんじゃて」


 おいハト爺、もうそこいら辺で辞めとけ。こいつを褒めても調子に乗るだけだぞ。


 ハト爺に褒められバンビがニマニマしてる。

 せりやあこいつが凄いのは俺も認めるけど、今回みたくいきなり飛んで来られるは勘弁して欲しい。実際、俺ら墜落しかけたからな。


「モンジ見て! ……すごく綺麗」


 嬉しそうにバンビは東の方向を指差す。

 そこに見えるのは、丁度太陽が水平線から登る瞬間だった。


「……そうだな」


 暁に染まる空。

 陽の光を浴びて波打つ大海原が青く煌めく。

 神々しいまでに輝く太陽を見つめていると、燻んだ気持ちが洗われてゆくような感じを受け。

 漠然と何かいい事が起きそうな、そんな気がして、否が応にも気持ちが高まる。


「バリバリ、バリバリ、バリバリ、バリバリ、バリバリ、バリバリ……」


 バリバリとやかましい機内で、悦に浸るのもどうかとも思うが。


 それでも日の出の美しさに感動を覚えた俺は、無意識にバンビの華奢なその体をそっと抱きしめて。

 感動を分かち合えのが彼女で良かったと、心からそう思ったんだ。


 日の出に感動していたら。

 視界の隅に後ろから着いてくる絹さんとカイの乗るモーターグライダーが入り込み。彼女らが俺達より遥か上空を飛んでいる事に気づく。


「なあ、ハト爺」

「なんじゃ」


「俺達、ずっと低く飛んでない? ほら、後ろの絹さんとカイ、もっと高い位置で飛んでんだけど……」


 俺の質問に、操縦桿を握るハト爺はチラッと俺を見て、フッと鼻で笑うとまた前を向き。


「お前さんは馬鹿か? 元々こいつは一人乗りなんじゃぞ。簡単な事じゃよ、単純に定員過多なんじゃ」


 定員オーバーと、こんな怖い事を言う。


「おいおい、大丈夫なんか? こんなんで海峡渡れんのかよ!」

「え、えっ、落ちるの? この飛行機、落ちるの!?」


 俄に騒ぎ出す俺とバンビ。呑気なこの爺さんは、大きく溜息を吐いて。


「うるさいのぅ。じゃからこうして、落ちんよう海風を捕まえる為、必死こいてるんじゃ」


 海風って、おいおい。

 このグライダー自力飛行じゃあ、とっくに厳しいって事か?


 見ればハト爺、職人の技の如く操縦桿を小刻みに動かし、機体を微調整中だ。


「……それと」

「まだあんのかよ!」


「……ワシ、一人乗りで燃料を計算しておっての」

「……まさか」


「途中で墜落する可能性は大じゃ」


 歯抜けた口でニカッと笑うハト爺。この爺さんの横に目を移せば、アクセルレバーは全開だった。


「いやいや、ヤバいだろ。どうすんだよ!」

「なんとかなるじゃろ。……たぷん」


 たぶんって、ちっちゃく言いやがったこの爺さん。

 唖然とする俺。ここでバンビと目が合う。


「……なあバンビ。……お前、泳げる?」


 一拍、間が空き。


「ヤダヤダ、あたし捨てられるのヤダ! そんな酷い事を言うモンジが勝手に飛び降ればいいじゃん!」


 いやいやしながらグライダーの支柱にしがみ付くバンビ。こいつが暴れたせいで、大きく左に傾くグライダー。


「静かにせんか!」

「すんまそ!」


 揺れる機体にブチギレるハト爺。

 海上スレスレをふらふらしながらも、何とか体制を立て直した。


 安定した機内で未だ支柱にしがみ付くバンビに視線を移す俺。


「いや、お前を捨てるとかそう言うんじゃなくて、墜落した時には当然海に投げだされるだろ。そうなりゃあ泳ぐハメになるんだから、事前にその事を聞いたんだよ」


 そう諭すように語り、何とも言えない表情をしてたらこいつは。

 狐につままれたような顔をして、次に思い付いたみたく二ヘラと笑い。


「……エヘヘ、早とちりしちゃった。テヘ、ゴメンね」


 と、可愛く取り繕い。


「あと、泳げません」


 そうだろうと思ったから確認したのに。全く、こいつときたら。


「はいはい、別にいいけど。泳げ無いんだったら、もし落ちた時は迷わず俺にしがみ付くように。俺も泳ぎは得意じゃないけど、浮く事ぐらいはできっから」


「……うん。だったら、落ちる前からモンジにくっついとく」


 そう言って、上目遣いで俺の様子を窺いながら、おずおずと俺に抱きついてくるバンビ。

 殊勝な態度の美少女に、俺も悪い気はせんけどな。


「さっきから聞いとれば此奴ら、縁起でも無いことをほざきおって」


 墜落前提の俺達の会話に、ハト爺はへそを曲げてる。


「まあまあ、ハト爺。どんまい、どんまい」

「なんや知らんが。……その言い方、腹が立つのぅ」


 俺なりに爺さんを元気づけようと思っただけなのに。


「……ねえ、どんまいってどう言う意味なの?」

「どんまいか。まあ、気にすんなって意味だな」


 俺の言葉を覚えたがるバンビに、早速教えておく。


「そっか。どんまいっ、ハト爺」

「ヤメい、その言い方! 腹が立たしいと言っとるじゃろ!」


 そんなこんなで、爆音を奏でながら海上を飛んでる俺達。

 左に津之領を眺めつつ、北へと続く空の旅をそれなりに楽しんでいた。



♦︎



 山稜より朝日が昇る草むらの中。


「っぷは!」


 高く伸びた雑草の合間から錆色の物体が突き出た。

 ショートボブの癖のある髪に、大量の葉っぱを乗せたイエが姿を現した。


「……フク」


 側にある木の枝から、茶色い真鱈模様の(ふくろう)が彼女の元に飛んでくる。

 差し出した彼女の腕に羽ばたきを数回ホバリングをしてからフクは、スピードを殺してそっと彼女の腕に脚をかけた。


「……フクのおかげ。ありがとう」

「ピュル」


 泥で汚れた顔に笑顔を滲ませるイエ。

 フクの手引きで、清光邸から脱出できた彼女は現在、街道脇の草むらに潜んでいた。

 敢えて草原を進む理由は、追ってに見つからない為の安全策に他ならない。


「……また、道案内。お願い、いい? ゴメンね」


 この先の街道は三股に別れていた。

 彼女は海峡を渡る船を調達すべく港町を目指している。その港町は、飛行船に乗った際に偶然見つけた町だった。


「ピュルルー!」


 元気な鳴き声をあげてフクはイエの腕から飛び立つ。飛んだ先は三股の左の道だ。


「……フクは賢い、いい子」


 親バカな気持ちでそう呟くと。

 イエはまた草むらへと身を隠し、慎重に歩きだした。





「見て見てモンジ! お魚がいっぱい、付いてくるよ!」

「だからあれはイルカだっつーの。なんだよこのデジャヴ」


 白髪を潮風になびかせ、バンビがはしゃいでいる。


 俺達は荒れ狂う海峡を渡っていた。

 海面すれすれを滑るように飛行する俺達のグライダー。時折吹く強風に煽られ、この機体は右へ左へとグラついている。


「ねえ、ねえ。あのお魚に乗っかれば、楽々北の大地まで行けると思うの」

「かもな。だけど、そんな芸当出来んの、城み〇るか海のトリ〇ンぐらいしか俺は知らんけどな」


「誰、それ。城〇ちる? 海の〇リトン?」

「ああ、みちるはイルカの歌が上手い歌い手さんで、トリトンはイルカに乗った漫画のキャラな」


「漫画のキャラ?」

「あー、そうだよな。バンビは漫画なんて見た事無いもんな」


 ここでコホンと咳払いをした俺はバンビに説明してやる。


「まずは漫画ちゅうもんは、絵があたかも動いているようなに見せる絵と台詞ばっかの本でな、いま言った海のトリト〇は、あの手塚大先生の作品で、ポセイドン族とトリトン族の戦いを描いて作品なんだぜ。それに手塚大先生は六百タイトル以上も作品を書いた凄い先生で、その中でも女の子のバンビにおすすめの作品を挙げると、リボ〇の騎士やふしぎなメルモち〇ん、ジャング〇大帝レオあたりかな、あと鉄腕ア〇ムとどろ〇と火〇鳥シリーズは是非とも読んで欲しい作品だな」


 すらすらと手塚先生の作品を紹介した俺。

 さして興味が無さそうに俺の話しを聞いてたバンビは。


「……ふ〜ん。でも、早口のモンジ……ちょっとイヤな感じ」


 だそうで。

 熱弁内容とは関係なく、俺自身への感想を述べた彼女。


「……漫画かぁ、懐かしいな」


 説明したものの。

 それ以前にこの世界ではもう二度と読めない作品ばかりなので、それを考えるとかなりヘコむ。

 あれだけ続いたワンピ〇スの最終話も、この世界じゃあ読めんし。と、感傷に浸る俺。そんなおり。


「のう、モンジよ」

「なんだよ」


「いい知らせと悪い知らせがあるんじゃが、お前さんはどっちから聞きたい?」


 ハト爺の問いかけに、あからさまに怪訝な表情を浮かべ。


「……なら、取り敢えずで、いい知らせから」

「そうかい。そうじゃな。いい知らせは、あと四半刻ほどで北の大地に到着予定、と言う所までは来ておる」


 前に陸地が見えていたから、そうだろうとは思ってた。


「……で、悪い知らせは?」

「……もう、燃料が底をついたわい」


 ハト爺がそんな事を口走った矢先に、先程まで轟音をかき鳴らしていたエンジンが、プスンプスンと怪しげな音を出し始め、間を置かず二枚羽のプロペラが止まりやがった。


 目が点になる俺とバンビ。


「おいおいハト爺っ、どうすんだよ!」

「ギャー! 落ちる、落ちるっ、どこ掴まればいいの! どこ掴まればいいのっ!!」


 途端にパニックに陥るバンビ。


「おいバンビ、落ち着け! ハト爺っ、惰性で滑空してなんとか陸地まで持たないのかよ!」


 俺も焦っていた。

 俺らに振り向いたハト爺はニカッと笑い。


「高度が足りん、無理じゃ」


 いい顔で諦めやがった。


「ギャー! もう落ちる、もう落ちるよ!」

「頑張れ、諦めんなハト爺! 痛い、痛い、頭によじ登んな!」


 パニくるバンビは少しでも高い所へと俺の体をよじ登り出し。ハト爺は操縦桿から手を離して自分の荷物を腰に巻いてる。


「あー、もう!」


 気付けば海面すれすれ。

 肩に乗っかるバンビを鬱陶しく思いながら、俺も急いで風呂敷包みの自分の荷物を腰に巻く。


「一つ提案なんじゃが、着水する前に飛び降りた方が賢明じゃぞ。おそらく衝撃で機体はバラバラになると──」

「分かってるよ!」


 この期に及んでしたり顔のハト爺を一喝し、肩乗りバンビを支えて俺は。


「ハト爺もさっさと飛び降りろよ! バンビ行くぞ!」

「え、え、えっ!」


「南無三!」

「ええええええええ!」


 ふらふら蛇行する機体から、荒れた海へと飛び込んだ。


 それから三時間ほどかけて。


 ヘロヘロになった俺達は、やっとこ辿り着いた砂浜で膝から崩れ落ちていた。


「……バンビ、生きてるか?」

「……死んでる」


「ハト爺は?」

「……あの世の婆さんに手招きされたわい」


 波打ち際で倒れる俺達。

 思わぬ遠泳を強いられ、体力もとうに限界を超えていた。

 見渡せば辺りはすっかり暗くなり、既に夜の帳が下りていた。


「ったく、あんた達は何やってんのよ!」

「……ウス」


 なけなしの体力で首をもたげると。

 カイを従え、腕組みで怖い顔の絹さんがそこにいらっしゃる。


「どんだけ待ったと思うのよ! あと、バンビ。あんたは後で説教だからね!」


 鬼の形相でバンビを睨む絹さん。


「モンジ、助けて」


 泣きそうな顔で救いを求められるが。


「いや無理。素直に怒られなさい」


 微笑みと共に、冷たく突き放す。


「ほら、あんたはこっちに来なさい!」

「ヤー、ヤダヤダ! 絹、叩くからヤダ!」

 

 絹さんに首根っこを掴まれ、ジタバタするバンビ。

 全力で駄々をこねる姿に、意外と元気だなと俺はひとまず安心する。


「それと、簡単だけど食事の準備をしといたから勝手に食べなさい。……あったまるわよ」

「おお、それは助かる。ここの海の水は冷たくてのう。爺のワシには堪えるんじゃ」


 バンビを捕まえてる絵面はアレだが。

 ハト爺の前だからか、いつになく優しい絹さんに違和感を覚える俺。


「でも砂浜で火を焚いてくれて助かったよ。暗くて方向を見失いかけたからな」


 絹さんに感謝の言葉を送ると。


「あー、あれ。あれはカイが勝手に焚き火して、丁度お腹も空いていたから、お昼に持ってきたおにぎりを雑炊にかさ増したのよ。その残りをあんた達にもお裾分けってこと」


「……ウス」


 うん。いつもの絹さんだ。

 無愛想な見た目に反して気の利くカイは、万が一に備えて鍋を持参していたらしい。


 その後、ヨロヨロと焚き火の前に移動した俺達。

 びしょ濡れのバンビが絹さんに説教を受けてる傍らで、俺とハト爺はふんどし一丁になり。

 濡れた服を乾かしついでに、荷物のチェックをする。


 ……首にぶら下げた蒼い石もある。

 短刀とパチンコと黒の式神もOK。

 風呂敷包みの中身も、濡れた着替えと義手のスペアと皮袋に入れておいた火薬も無事と。チェックは完了。


 ややあって。

 暗い表情で戻ってきたバンビと焚き火を囲んで、やっと俺達は食事にありついた。


「あったまるね」

「ああ、そうだな。なぁ、それよりお前のその格好、絹さんに借りたのか?」


 米と得体の知れない葉っぱだけの雑炊をはふはふ頬張るバンビ。

 彼女はいま、白の小袖と赤い袴姿で巫女さんの衣装を纏っていた。


「これ? ……似合うかな」


 照れ臭そうに聞いてくるバンビ。

 普段の灰色で地味な旅装姿からの変身だ。

 美少女の巫女さん姿……。

 これがまた可愛らしく絵になり、正直似合い過ぎて困った。


「まあ、まあまあかな。そうだな、うん。……似合うんじゃない?」


 ふんどし一丁でぎこちない返しの俺。


「なにバンビにトキメいてんのよ、あんた。気持ち悪いわね」


 辛辣な物言いの絹さん。

 だよな。側から見ればそうなるよな。バンビはまだまだチビッ子だし。

 絹さんのキツい一言で、ロリコンで気持ち悪い俺はシュンとする。


「絹うるさいっ、黙れ!」


 俺の様子に感化され、バンビがすかさず絹さんに噛み付く。


 シャーと敵を威嚇する猫みたく、バンビは絹さんを威嚇して、俺の手を握り真剣な眼差しで。


「絹の事は気すんな。あたしはモンジに褒められて嬉しいんだから、似合うって言ってくれて嬉しいんだからな」


 こう言って、絹さんを鋭い目で牽制する。

 一瞬怯んだ絹さんはすぐに鼻で笑い、バンビのクセに生意気ねと、指の骨をポキポキと鳴らす。

 バンビも負けじと頭に両手を乗せて、ガードの構えで対抗した。


「なぁ、二人とも。絹もバンビちゃんも、いい加減仲良くせんかい。まったく、のう、カイもそう思うじゃろ」

「……ウ、ウス」


 急に振られて戸惑うカイ。

 爺さんはそんなカイに表情を崩し、話しを続けた。


「ワシとカイも十日ほど一緒におるが、ケンカなんぞした事がないぞ。それに比べてなんじゃ。あんたらは苦労を重ねて、ここまで辿りついた仲間なんじゃろうに」


 こう言って歩み寄る爺さん。


「ほら、形だけでも握手して、仲直りでもしてみせんかい。ほら」


 腕を取ろうとするハト爺に、絹さんは嫌な顔を見せて。


「だって、この子──」

「だってもヘチマもないぞ。絹の方が年上なんじゃから、ほれ、お前さんから手を差し出すんじゃ。ほら、早くせんかい」


 嫌がる絹さんと戸惑うバンビの腕をとり、ハト爺は半ば強引に握手をさせる。


「ガハハッ! これで仲良しこよしじゃ! おおう、まるで美人姉妹のようじゃなっ、ガハハ、ガハハハッ!」


 おべっかまで使い、ご満悦の爺さん。

 カイもドレッドヘアーを揺らして、うんうん頷いてる。……なんだこの茶番劇。


「それでどうすんの、これから……。近くに町とかあんの?」


 話しが進まないので。

 俺がしらけた顔で誰ともなく質問してみると。


「おう、そうじゃった。カイよ、どっちだったかのう、確か港町があった筈じゃが……」


「……ウス。トンデルトキ、ミタ。アッチ」


 カタコトの言葉でカイは、北東の方角を指差す。


「ワシはここで一泊してもいいが。お前さんらは、どうするんじゃ」


 含みのある言い方の爺さんに、絹さんは迷わず。


「町に行きましょう。潮で体がベトつくからお風呂に入りたいわ」


 北東を向いてキッパリと言い放つ。

 俺とバンビもハト爺に目を向けられ、コクリと頷くだけ。


「おし、決まりじゃな。ワシも仕方無しにお前さんらに付きあってやるわい。そういう事なので、宿賃はお前さんら持ちで頼むぞい。ガハハハッ!」


 現金な爺さんだ。

 だが俺は動じない。

 何故なら、事前にモモからお金を借りてたからな。

 ふふん、一両だぜ、一両。

 流石は俺達のモモえもんだ。

 二、三日は豪遊できる金額を気前よく貸してくれたんだぜ。


 どれどれっと、確か着物の袖口に突っ込んどいた筈だよなっと……!?


「……あっ、無い! お金が無い!!」


 焚き火の前で干していた俺の着物の袖口をまさぐり、慄き愕然としてしまった。

 すぐに四つん這いになり、焚き火から波打ち際まで目を凝らして懸命に探すも……。


 やっぱり、無い。


 モモから袖の内側にボタン付きのポケットまで作って貰ったのに。そこに大事に仕舞い込んでいたのに、この体たらくだ。


 だぶん、海に落ちたとき……。


 ボタンごと金の入った巾着袋を無くして、その場にへたれ込む俺。


「はあー、まったく。これだからあんたは。……お金なら、私もモモから渡されているから大丈夫よ」


「おおう、神よ! 助かったよ〜、モモえも〜ん」


 急激に元気を取り戻す俺。

 イスラム教徒の礼拝の如く、夜空にモモの微笑みを思い描いて土下座をした。


「モモえも〜ん。はは〜〜」


 絹さんとバンビから若干、引いたような目を向けられるが気にしない。

 砂浜で俺は妄想のモモに向けて、何度も感謝の祈りを捧げていた。



♦︎



 『館町』と書かれた港町の入り口に、イエは立っていた。


「……はあ、綺麗な、町」


 アーチ状の門の上に佇むフク。 

 目を下ろすとその先には、絢爛豪華な町並みが続いていた。


 表通りを一歩中に入ると、この国らしからぬレンガ調の建物の並びに、物珍しさからかイエは目を奪われてしまっていた。


「それに、明るい……」


 通りを照らすのは、真鍮製で細工の凝ったガラスの街灯。まるでお上りさんのように、辺りをキョロキョロしながら、彼女は表通りを進んだ。


「キャッ!」


 夜とはいえ、ひと通りの多い表通り。

 注意散漫、四方八方へと視線を彷徨わせていた彼女は、すぐ横のいかがわしい店から出てきた三人組の男達にぶつかった。


「チッ! なんだてめぇは、オラ!」


 左目に刀傷のある男がイエを怒鳴りつける。

 両隣にいる輩も派手な格好をした、如何にもと言ったチンピラ風情だ。


「す、すいま、せん。すいません」


 自分の不注意を平謝りするイエ。


「なあ、サジの旦那。こいつは、かなりの別嬪さんじゃあないか?」


 ザンバラ髪の痩せた男が、刀傷のある男に耳打ちをする。


「ふふん。おかちめんこ共の花芸も、とうに飽き飽きしてた所だしな」


「この女しどけない格好をしてやすし、在郷者(田舎者)ですぜ、きっと。……攫っちまいやしょう」


 こう言ったのはタヌキ腹で小太りの男だ。

 (ねぶ)るような目付きでイエを眺め、図に乗りだす。


「ほう〜、拾いもんにしちゃあ、上玉だよな〜」


 サジと呼ばれた刀傷の男も、いやらしい目をイエに向けて。


「よし、決めた。今夜はこの娘でちんちん祭りだ」

「ヤッホー、ちんちん祭りだぜ!」


 ゲスの発想で歓喜する小太り。

 乱痴気騒ぎでイエの腕を掴もうとする小太り男に、難色を示して身を竦める彼女。と、そこに──


「──つッ! なんだあ、こいつは〜!」


 稲妻の如く一羽の梟が小太りの男に襲いかかった。

 フクは鋭く爪を立てて、イエに伸ばした男の腕を斬り裂いていた。


「チッ、クソ鳥が!」

「ピューッ、ピュー!」


 忌々しいと言いたげな顔を晒し、噴き出る鮮血を片手で押さえる小太り男。

 フクは地面に降り立ち、イエの前で壁となり、小太り男を威嚇する。


「おい娘。このクソ鳥、てめぇの鳥かは知らんが、仲間の血を見せられちゃあもう容赦はしねぇぞ」


 ドスの効いた声でサジが吠える。

 腰の刀に手を置き、慣れた手つきでスルリと抜き去った。


「フク! ゴメン、なさい! ゴメンなさい!」


 ほぼ条件反射でフクに覆い被さるイエに、サジはお構いなしに彼女諸共斬り裂こうと刀を振り挙げる。


「……どけ。さもなくば、お前ごと斬り殺すぞ」


「ピュルルー! ピュルルルー!」

「ごえんなさい! ごえんなさい!」


 剣呑な雰囲気が辺りに漂いだす。

 表通りのケンカ騒ぎに人だかりが出来てゆく。


「……こいつはマズいな」


 遠目に見ていたザンバラ髪の男が慌ててサジの横に並ぶ。


「サジの旦那、ヤるならさっさと済ました方が懸命だぜ。うかうかしてると憲兵共が来ちまう」


 早口で捲るザンバラ髪の男に、サジは表情を歪め。


「クソが! おい娘、お前ごと斬り裂くぞっ、いいのか?」


「ごえんさい! ごえんさい!」


 なかなか退かないイエに業を煮やすサジが、眉を逆立て二の足を踏む。


「サジの旦那!」

「ああ、分かってる!」


 もう待ってられぬと。

 サジは振り挙げた刀に力を込め、その刀をイエの頭上に振り下ろした──

 

「── ッキン!」


 刹那の間。

 喧騒に金属音が響いた。

 振り下ろしたサジの刀に、弾丸のように飛来した直刀が当たり、軌道を逸らされサジの刀はイエの横、地面に鋭利な刃先を突き立てた。


「誰だっ、ゴラアアアアア── ごふっ!」


 人だかりの頭上をヒラリと飛び越えて来たのは黒い塊。

 真っ黒なその塊から放たれた拳打がサジの顔面に炸裂し、叫びざまにサジは人だかりへと吹き飛ばされていた。


 どよめく観衆の中。


「はあ、はあ、はあ、ここにいましたか」


 目の前には肩で息を切らす黒装束の男。

 汗だくでイエの前に立ちはだかるこの人は……。


「はあ、はあ。イエ様、はあ、はあ、お怪我はありませんか?」

「……せ、せぼね、さん?」


 金髪碧眼の美丈夫。

 胸骨さんのお兄さんで、紛れもなく背骨さんだった。


「なんだテメェは、おいっ! ぶっ殺すぞ、おいっ!」


 群衆の輪の中で、激昂に任せて小太りの男は怒気を喚き散らす。

 些事とばかりに、背骨は淀みない仕草で直刀を拾い上げると、すっと剣先を小太り男に突き立て。


「……お前らは清光様の兵か?」

「そうだよっ、それがどうした! ははん、読めたぞ、清光様の威光に畏れをなしたかっ、この毛唐風情が!」


 視線と共に剣先を落とす背骨。

 小太り男からの罵声に無表情を貫く彼は、直刀を鞘へと戻し、ついで西洋式の拳闘スタイルを取った。


「お前らはこの拳ひとつで許してやる。ふ、清光様に感謝するんだな」


「舐めやがって、毛唐が!」


 野次馬の集まりだしたリングの中央、闘技場の様相を呈す。


「……フンッ」


 罵声を鼻を蹴散らす背骨。

 ボクシングスタイル、インファイトの構えの背骨と、刀を中段に構えるチンピラ二人が相対する。


杏子(あんず)! イエ様を安全な所にお連れしろ!」

「はい、イエ様こちらです!」


 群衆の足元から小柄な杏子が現れイエの手を引く。


「あんず、ちゃん」


「っさせるかよ!」


 イエの声を皮切りに、片手で刀を構える小太り男が背骨へと斬りかかった。


 猛進する小太り。

 振り上げた刀は、中段からの袈裟斬り。 

 空に白銀の線を描いて、背骨に斬りかかる。

 

「ッシ!」

 光る碧眼の軌跡を残し、俊敏なサイドステップの決めた背骨。銀の閃光は彼の右肩を掠めてゆく。


「っな!」

 目標を失った刀の軌跡は空を斬り裂く。


「ッッシ!」

 ガラ空きとなった小太り男の左のこめかみ。

 背骨は溜め込んた強烈な右ストレートを、男の左側頭部に叩き込んだ。


「パン! あがっ!」


 破裂音がリングに轟く。 

 目の玉を反転させて、小太り男は地面へと豪快に叩きつけられた。


「ッフ、ッフ」


 痙攣する小太りから視線を外し。

 背骨は軽快なステップで次なる相手、ザンバラ髪の男に闘気を向ける。


「……何もんだ、こいつ」


 瞬殺された仲間を目の当たりにして、驚きを隠しきれないザンバラ髪の男。


「フッ、フッ、逃げるなら、見逃してやるが?」


 軽快なステップで問いかける背骨。

 彼の見た言葉も無い華麗な拳術に、表情を固めていたザンバラ髪の男から言葉がでない。


「……クソがッ!」


 ザンバラ男の絞りだした吠声。

 倒れた仲間を一瞥し、奥歯を噛み締め、憤怒の形相を作る。


「── 死ねやーっ!」


 仲間の為にと。

 彼は怨嗟の炎を燃やし、唾を飛ばして刺突の構えで突っ込んできた。


「ふふ、そうでなければ戦場では役に立たん」


 軽く笑みを零して背骨は両腕をガードを高くして、インファイトスタイル、ピーカブスタイルで上半身を右へ左へと高速で揺らす。 


「── んな!」


 高速で揺れる相手に剣先が惑う。

 止まった足に、彷徨う刃。


「ッシ!」

 すかさず背骨は低く身を乗り出し、刀の腹を左のジャブで弾く。


「ッフン!」

 踏み込んだ足に全体重を乗せ。

 間髪入れずにザンバラ男の鳩尾めがけて、腰を入れた豪快な右フックをお見舞いした。


「っふご!」


 くの字に体が折れる。

 刀を落として、蹲るザンバラ男。

 額に地べたに落とし、ゴバァと胃の内容物を盛大に吐き散らした。


「我が名は背骨なり。憲兵共に捕まったら我と戯れていたと、そう申せ。よいな」


 酸味の効いた悪臭漂う群衆の輪の中。

 踵を返した背骨からのこの捨て台詞に、チンピラ三人組はうめき声で答えていた。


「杏子、行くぞ」

「は、はい。ささ、イエ様も参りましょう」


 眼光鋭い背骨の前に、集まった群衆も自ずと道を開く。

 異様な強さを見せつけた背骨を筆頭に、彼等はその姿を人だかりに紛れ込ませていった。





「ほわわ〜、凄いよモンジ〜。別の国に居るみたいだよ〜」


 俺達はガス燈の灯りに照らされた表通りを歩いていた。

 ついさっき通ったアーチ状の入り口の門には『館町』と書かれた看板がぶら下がっていた。


「四角い石でお家が出来てるよ。ほわわ〜、凄いね〜」


 またまた俺は仏頂面をしていた。

 原因は異国情緒溢れる街並みに目を輝かせてるこいつ。

 そう、バンビのヤツは、歩いてる途中で疲れたって言うから、俺は一時間以上もおんぶしてやっとここに辿り着いた訳だが。


「おいバンビ。重たいから降りろ」

「酷い! 女の子に重いって言った! そこの絹、モンジを懲らしめて!」


 こいつは、何度言っても降りてくれない。


「ねぇ、バンビ。そこの絹って、どこの絹の事を言ってるのかしら? まさか、私の事じゃないわよね」


 喋りながらどんどん顔が険しくなっていく絹さん。

 ギョッとしたバンビは絹さんから目を逸らし、知らん顔で吹けもしない口笛を吹きだす。


「おいバンビ。重たいから降りろっつーの。耳日曜日か、お前」


「ああー、また女の子に重いって言った! えーとぉ、麗しい絹様、この不届き者を懲らしめてやって!」


「うふふ。麗しい絹様って私の事かしら?」


 長い黒髪を片手でファサァと後ろに流して、絹さんは上機嫌の様子。それも束の間で。


「だ・け・ど。自分の事は自分でなんとかしなさい。チンチクリンのバンビちゃん」


 先程の仕返しとばかりに、大人気ない絹さんだった。


「あー、このブス。またあたしの事チンチクリンって言ったぁー!」

「いまブスって言ったわね。あんた、ブス一回にゲンコツ三発って言ったよね!」


 俺の背中でバタバタ暴れるバンビに、夜叉の形相で詰め寄る絹さん。あー、面倒くせぇなぁ、こいつら。


「お前さんらは、顔を合わせればケンカばかりじゃのう」

「……ウス」


 女子二人に呆れるハト爺と、訳も分からず相槌を打つカイ。そんな中、バタバタしてたバンビの足が止まり。


「ねぇねぇ、モンジ。この通りの先で人だかりが出来てるよ。面白そうだから見に行ってみようよ」


「なに、なに、ケンカ!? ふふふ、久しぶりに腕がなるわね」


「いやいや、もしケンカしてても、絹さんが混ざる理由は無いから…….」


 幻想でも巫女さんは優しい人であって欲しい。

 願い虚しく武闘派なこの巫女さんに、俺は頭を抱えてしまう。


「どれ、ワシも見に行こうかの。ほれ、カイもついて来い」

「……ウス」


 野次馬根性でハト爺はカイを連れて走りだす。


「ちょっと待って、私も見たいから」


 と、絹さんも後を追い。


「ほらほらモンジ、あたし達も行こ!」


 バンビが俺を急かす。そして俺は。


「……ちょっと、待って」

「なに? どうしたの! なにがあるの!」


 微動だにしない俺にヤキモキするバンビ。


 まさかとは思うが。

 この時の俺は、ある懐かしい香りを嗅いでいた。


「……イエ姉の匂いがする」

「は? 何いってんの! こんなに人が居るんだよ、匂いなんか分かる訳ないじゃん!」


 確かにそうなんだ。

 夜とはいえこの町は飲み屋が多く。

 それに伴って人通りも多い。ましてや人だかりに野次馬共が群がり始めていたんだ。色んな人の匂いが混在している……だけど。


「ああ、そうだよな。気のせいだよな……」

 

 そう言いつつも、辺りを見回す俺。


「……ごめんバンビ。俺達も行こっか」


 当たり前だけどイエ姉らしき人物を発見出来ず、バンビを背負ったまま絹さんの後を追ったんだ。



「── ッて」


 わたしの視界を懐かしい人が掠めた、ような気がした。


「どうかなさいました、イエ様?」


 急に足を止めたわたしを気遣ってくれる杏子ちゃん。


「ゴメン、なさい。ちょっと、ちょっとだけ、ゴメンなさい」


 彼女に断りを入れて。

 少しだけ時間を貰いわたしは、人だかりに目を凝らした。

 

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、彼の姿が見えた気がしたから。


 白髪の少女を背負うモンジの姿が、瞬きの間に見えた気がしたから。


「……イエ様、我儘はそのくらいでお辞め下さい。館で清光様もお待ちです、急ぎますよ」


 背骨さんは強引にわたしの手を引く。

 ゴツゴツとした彼の手はとても汗ばんでいて、どれ程の時間をかけてわたしを探していたんだろうと、つい思ってしまう。


 わたしは彼に罪悪感にも似た感情を抱いてしまった。


「……すいません。すみ、ません」


 消えいるような声で謝ってばかりのわたしは。


「……モンジ」


 居るはずの無い彼の名前を呟く。

 

 一人では何も出来無いわたしは、人混みを掻き分ける背骨さんに従い。

 どこか後ろ髪を引かれる想いで、この美しい町をあとにしたんだ。


 ありがとうございました。

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