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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
94/122

尊いお方

 よろしくお願いします。


 この日予言者のシノは、鏡のように磨かれた床板の上を、落ち着かない様子で歩いていた。


「なあ、なあ、四季さま」


 おどおどと。

 シノは、前を歩く白銀の狩衣姿の少年に声を掛けた。


「ん、どうしたの? おしっこかい?」

「おしっこじゃねぇべ、失礼でねぇが! そっだらことじゃねぇべ、此処どごだってことだべさ!」


 優雅な微笑みを湛える彼から、思いも寄らぬ返しを受けてシノは、拳を握っていきり立つ。


「全く、はー。昨日の晩にわだすの家に来てさ、急に会わせたい人がいるって言ったはんで、のこのこ着きてきて見れば、はー。わだすば、どごに連れてく気だべさ、この人だば。ほんに期待してまったべさ」


 独特のイントネーションと東北訛り全開で額に手を置くシノ。そんな彼女の様子にクスクスと上品に笑う四季は、柔らかな眼差しを送る。


「シノちゃんは何を期待したのかな?」

「決まってんべさ! あんだの親御さんに紹介して貰えると思ったんだべさ! おなごに言わせんな、こんのほんず無す!」


 トボける四季に、ダンダンと地団駄を踏むシノは声を荒げた。


「ふふ。期待にそぐわなくてゴメンね」

「全くだべ。夜中に頑張ってさ、わだすひーこら言ってこのお面ば磨いたのにさ。まんず意味ながったべ」


 梵字紋様の民族衣装に、原色で彩られた不気味なお面を被るシノ。

 彼女は大袈裟に肩を落として、胸元まで隠れる巨大なお面を、細くしなやかな手で優しく撫でている。


「先に言って置くけど、僕の親はもう他界しているから……」


 ほんのり影を滲ませた四季の表情に、わちゃわちゃしていたシノの動きが止まる。


「えっ、やっ、うぅ。これは悪いこと言ってまっただ。いやはや面目ねぇ、まんず許してけろ」


 今度は大きなお面を押さえてシノは、ペコペコ頭を下げてきた。


「別に気にしてないよ。説明不足の僕も悪いんだし」

「んだども……。ま、は、そう言って貰えれば、まんず、こっちも助かるべ」


 お面越しにも分かるくらい、表情と動きを忙しなく変えるシノに、四季はニコリと微笑み返して。


「その代わりと言っては何だけど。ある意味、僕の親なんかよりも、もっと尊いお方を紹介するよ」

「……尊いお方だが」


 彼にとっての特別な存在を匂わす。

 思いを汲み取れず、シノが何の事やらと首を傾げていると。


「これは四季様。お待ちしておりました」


 金箔のあしらわれた雅な襖の続く先から。

 長い廊下の前方、曲がり角から、二人の侍女を引き連れてその女性は現れ、声をかけてきた。


「これは、夏菜様。お久しぶりです」


 普段の調子で挨拶をする四季。

 優雅に、気品溢れる仕草で会釈するこの女性。


 (うるわ)しげな容姿も然り。

 艶やかな黒髪を後ろで束ね、その髪には煌びやかなかんざしが飾られていて。

 羽織る紅梅色の長羽織は、緻密な刺繍で編み込まれた戯れる鷺の絵柄が描かれていた。


 長羽織の結び目から覗く帯は白桃色、帯紐は金色と。

 赤を基調とした羽織り物も相まって、一見派手に思われる配色も、細かな飾り刺繍により一段輝きが抑えられており、上品な色合いの装いとなっていた。


 数秒かけ、ゆっくりと(おもて)をあげた夏菜様と呼ばれた女性。


 年の頃は二十代前半だろうか。

 柔和で淡麗、且つ古風な美形。まさに、慈眉善目といった言葉がぴったりの、品位溢れる麗人だ。


「……早速ですが四季様。先程より『帝』も貴殿のご来訪をとても心待ちにしておりましたので、急ぎ参りましょうか」


 長い回廊から、清涼とした美しい声音が届く。

 彼女から発せられる高貴な雰囲気に、シノは緊張からその身を竦めてしまった。


「はい。では急ぎましょう。ほら、シノちゃんも行くよ」


「うふふ。『帝』も四季様のお話は心が躍ると申しておりましたよ」


「僕は地方への出張が多いからね。行く先々の噂話はしっかりと拾ってくるから、話しのネタには自信があるよ」

「それは、それは、帝もさぞお喜びになる事でしょう」


「ちょっ、ちょっと待ってけろ! いま『帝』って言ってなかっただべか!?」


 和やかかな会話を切り裂き、聞き捨てならないとシノは声高に物申す。


「……四季様。失礼ですが、このお方は?」


 柔和な面差しに翳りを見せた夏菜の言葉に、慌ててお面の口元を押さえてシノは黙る。

 

「すいません、彼女の紹介が遅れましたね。この女性は僕の婚約者でシノと言う者です。度々お目にかける機会も増えると思いますので、以後お見知り置きを」


 笑みを滲ませる四季に紹介され、シノはブンブンとお面を縦に振る。


「……四季様の婚約者様であられますか。これは、大変失礼しました。(わたくし)の自己紹介が遅れましたことを深く陳謝致します。わたくし時政神王が妻、夏菜と申します」


「時政神王の奥さん!? 皇后様でねぇが!」


 深々とお辞儀する夏菜に、「へへぇー」と平伏すようシノも大きく腰を折る。


「シノちゃん、シノちゃん。そんなにシャチホコばらなくても平気だよ。僕と夏菜様は幼馴染で友達だからね」


「バガこくでねぇ! 幼馴染でも相手は皇后様でねぇが! おめぇこそへチャラけてねぇで、あだまさ下げろ!」

 

 隣りでヘラヘラしている四季に怒鳴りつけるシノ。


「ふふふ。四季様とは幼少期より見知った間がら、どうかシノ様も、そんなに(かしこ)まらないで下さいまし」


 愉快と言いたげに。

 お付きの女性二人と同様に夏菜は、白魚のようなその手を口元に添えてシノを気遣う。


「ほら、夏菜ちゃんもそう言ってくれてるし。いい加減シノちゃんも腰を伸ばして」

「皇后様をちゃん付けで呼ぶでねぇ! ほんず無すか、おめぇっ!」


 舐めた口調を叱りつけるシノに、たじたじになる四季。


「ぷふ、ぶふふふ……」


 その息を殺した笑い声に、やっと顔をあげるシノ。


「……も、申し訳御座いません。ぷふ、可笑しくて」


 堅苦しい雰囲気を崩し、一般人のように笑う皇后様の姿に多少の親近感を覚えたシノは、いままでの緊急感を解していった。


「シノちゃん良かったね 。夏菜様に気に入って貰えたようだよ ♪」


 奇抜なお面の下で愛らしい顔をニンマリさせてシノはモジモジする。


「コホン。……失礼しました。それでは立ち話もなんですし、参りましょうか」


 そう促し、優美に踵を返す夏菜とお付きの二人。四季とシノも前を歩く三人についてゆく。


 行燈の灯りに照らされた雅な廊下だ。

 右手は雄大な自然が描かれた板壁と、左手は自然に戯れる動物が描かれた襖絵が、長い廊下を永遠と彩る。


(……なあ、四季様)


 小声で問い掛けるシノ。


(ん。なんだい、シノちゃん? おしっこかい?)

(はー。あんだば、わだすを何だど思ってるんだば)


 隣りを歩く美少年然とした四季に、ガッカリするシノ。


(おしっこでねぇべさ。さっきさ、夏菜様だば『帝』が待ってるって仰っていたべ。ありゃあ、どういうこったべ)


 右へ左へと折れ曲がる回廊を歩みつつ、シノは先程抱いた疑問を呈す。


(……そのままの意味だよ)


 サラッと答える四季に、シノはグッと身を寄せた。


(だってさ、わだす。さっきさ、帝ば見かけたべ。あの端麗なお顔立ちは間違いねぇべ。だはんでありゃあ、どういう意味だべって意味だべさ)


 詰め寄るシノに、爽やかな笑みを浮かべて四季は。


(あれは、影武者だよ)


 サラリと答えた。


(影武者ってなんだべさ。んだば、さっき爺様共と小難しいこと喋ってたのはありゃあ、影武者なんだば)

(そうだよ)


(そうだよって、はー。なんだべそのツルッとした反応ば。帝が居だがらおかしいと思ったべ。……んで、ここはどごだべさ)

(あれ、言ってなかったっけ? ここは都の中枢、帝の住まう皇居だよ)


 にこやかに答える四季に唖然とするシノ。


 そうここはこの国の政治の中枢、最重要拠点とも呼べる場所。


 裏口より通されたシノ達ではあったが、彼女はこの建物の雰囲気に圧倒されたのは記憶に新しい。

 それもそのはず、この建物自体の外観も特殊だからである。

 広い敷地に建てられた二階建ての建造物で、この国では珍しい洋風な白亜の豪邸だったからに他ならない。


(こ、皇居って!? なすてわだすば、こったらどごに居るんだば!)

(なすてって。シノちゃんは僕の奥さんになる人だからね)


 四季からの告白に照れた様子でシノは、その身を縮める。


(それでも、それでもだべ! ───」


 何かを訴えかけようとした矢先に。

 シノは、眩い光りに包まれた。

 お面の隙間から差し込むこの光に、視界を奪われた。


 目を細めるシノ。

 徐々に目も慣れて来て、広がる彼女の視界には。


「は〜、綺麗だべ〜」


 思わず感嘆の声が漏れるほどの、豊かな大自然が広がっていた。


 抜けるような青空の下、視界の奥には霊峰『御霊山』を望む。手前にある凪いだ蒼い湖『玉水湖』の水面に、見事なまでの逆さ御霊山を映していた。


 まさに絶景と呼べる光景が目の前に広がっていた。


「四季様、シノ様。着きましたので、どうぞ中へ……」


 感動で浮ついたままのシノ。

 夏菜に促さるまま、四季とシノは開かれた襖の奥へと進む。すると、そこには……。


「やあ四季、待っていたよ」


 布団から上半身を起こして、にこやかに微笑む男性の姿が。


「久しぶりだね、元気にしてた? 今日は君に吉報を持ってきたんだよ ♪」


 四季の軽口が耳を素通りしてゆく。

 

 この国に住む誰もが知っている方だったから。

 義を重んじ、哀を尊ぶ慈悲王と名高いそのお方。

 百年前にこの国を統べた英雄王『時正神王』の生まれ変わりと称されるほどのお方だ。


「なんて、こったべ……」


 シノは絶句した。

 近年の乱れた世の中と政治の迷走ぶりに、その原因は此処にあると、彼女は納得してしまった。


 かのお方は、青白い顔色と骨と皮ばかりのその身を彼女に晒していた。


 変わり果てた姿の『現帝和合王帝 時政神王』に、予言者であるシノはお面の下で奥歯を噛み閉めていた。


「国の一大事にわだすは何をしてた。わだすの予言は何の為にあるんだべ……」


 不甲斐ない己に対する自責の念。

 軽口を交わす四季と時政神王を横目にシノは、自らの存在意義を己に問い掛けていた。





 この爺さん、どこまで知ってやがる。


「……どうじゃ。お前さんなら分かるじゃろ」


 歯抜けの爺さんの物言いに俺は困惑した。なので……。


「……ふゅ〜、ひゅ、ひゅ〜。なんの事やら、サッパリでげす」


 吹けない口笛を吹いてシラを切る。


「ふゅ、ひゅ、ひゅ、ひゅひゅう、ひゅう、ひゅ〜……」


 曲は時空要塞マク〇スの挿入歌。

 リン、〇ンメイちゃんの持ち歌『愛〇おぼえていますか』を口笛でノリノリな感じで奏でた。これは、いい歌でげす。


「……」


 牛乳瓶の底みたいな眼鏡の奥から、俺を疑いの眼差しで見てくるハト爺。

 グライダーに腰掛けるカイもひゅ〜ひゅ〜と、俺の下手くそな口笛を真似している。


「……ひゅ、ひゅ、ひゅう、ひゅう、ピュー!」


 あ、ちょっと上手く吹けた。

 そう思った矢先だ。


「ガッハハハ! 消去法でカマをかけたんだが、お前さんも頑固じゃなあ、ガハハハッ!」


 しかめっ面から一変、ガチャ歯を剥き出し笑う爺さん。


「カマかけたって、どういう事よ!」

「いやな、お前さんの言動と村での行動を鑑みてワシなりに考察してみたんじゃが、どうも的が外れたようじゃな」


 恐ろしい考察力だな、この爺。普通、別世界から来たなんて発想、まず出ないだろ。


「それで、別世界から来た俺にコレを見せてどうするつもりだったんだ? そんでもちろん俺は、SFでもファンタジーの住人じゃあねぇから、この世界の住人だからな」


 一瞬、俺の事情を唯一知っている絹さんを疑ってしまった。

 が、しかしだ。

 どうやらあの女、性格に難はあるが口は硬いらしい。


「……えすえふにふぁんたじーねぇ。ふ〜ん」


 ヤバッ、調子に乗りすぎた。


「……まあ、いいわい」


 ふ〜、セーフ。

 元々いまの仲間の関係性を壊したくないから、イエ姉を助けるまでは嘘を突き通す事に決めていたからな。


 ただ、それもアレだ。

 棚上げにしてきた問題を先延ばしにしているだけなんだけど。

 でも、全てが終わったら皆んなにも、正直に打ち明けようとは思っている。……たぶん、だけど。


 勝手に気落ちしている俺を横目に、ハト爺は閉じていた口を開く。


「ふむ、ワシはお前さんの意見を聞きたかっただけじゃよ」

「……俺の意見?」


「そうじゃ。先見の明というか、未來人であると予想したお前さんのその眼で(、、、、)、見て貰いたかったんじゃ」

「えっとぉ、なんで?」


「今の外国の技術力が、どの程度なのか知りたくての。それを踏まえて、この国の現状を確認したかったのじゃが……」

「ふうん、そう……」


「ふうん、そうって、それだけかい?」


 なんとなく聞いていたら、ハト爺の顔色が変わった。


「お前さん、この事実を脅威に思わんのかい?」

「……はぁ」


 ぶっちゃけ、興味がないのよ。

 外国とかこの国の事情とか、どうでもいいのよ。目の前の事で精一杯で正直、勝手にしてくれって感じなんだよね。


「……思ってたよりおヌシ、おつむテンテンじゃな」


 俺の心情を知ってか知らずか、俺への評価はおつむテンテンなんだと。


 不貞腐れる俺に、あからさまにガッカリした様子のハト爺は、吐き捨てるように。


「お前さんは紛れもなくモンジじゃ。ただの墓守りのモンジじゃよ。こんなヤツに、変に期待をしたワシが馬鹿みたいじゃな」


 こんなヤツって。

 自分で言うのいいけど、人に言われると結構へこむのな。


「期待を裏切ったみたいな言われようだけど、そもそも勘違いしたのはハト爺だし」

「はいはい。もういいから。シッシッ、モンジッ、邪魔じゃ! ── お〜い、カイ! もう、帰るぞ〜」


 犬コロみたいな扱いしやがって。

 

 不機嫌な俺とハト爺を他所に。

 鬱蒼とした林の中では、カイの下手クソな口笛だけが明るく響いていた。

 




 林からの帰り道。

 天気も良く、歩いてたら機嫌も良くなり、ハト爺に色々質問してみた。


 まず、ハト爺にあの飛行機飛ぶのって聞いたら、まだ飛ぶって言ってたな。

 それと、飛行機の調達をハト爺に依頼したのは変態陰陽師『立花 四季』とか言ってたな。


 なんでハト爺なんだろうねって聞いたら「ワシ、天才だもん」って、ナイスなジョークが返ってきたしな。ウケるわ。

 マジ笑いしたら、小突かれたけどな。


 それで、林に隠してあった飛行機の入手した経緯も聞いてみた所、この爺さんの話しでは。

 四季から託された護衛の二人の手引きで、すったもんだのすえ、なんとか手に入れたんだと。

 それも筋肉の塊みたいな二人が、なんちゃらつー外国の船で大立ち回りして、あのグライダーを強奪したんだとかで、しかも二機。


 それって、ただの泥棒じゃねぇか!


 なんて、無粋なツッコみは我慢して。

 キンニくんの二人組は? って質問したら。

 逃げる際に逸れたから、そのまま置いて来たってさ。


「人でなしじゃねぇかよ!」


 流石にこれは酷い、思わず叫んじまったぜ。

 ハト爺を怒鳴りつけたらカイに睨まれたが、頑張って無視してやったぜ。

 ホントこのアラジン擬き、ドレッドヘアーの隙間から睨みを効かすから不気味なんだよね。


「いやいや、四季にな、この二人は使い捨てにして構わんと言われておったのじゃよ!」


 言い訳ジジィ、まじウザ。


「は? 使い捨てにしていい人間なんて、居るわけねぇだろ! 頭、おかしいのか!」


 俺の剣幕に、カイは睨みを効かせて腰の曲刀に手を置く。俺は、ほっぺたをヒクつかせて全力でカイを無視する。


「人じゃ無いんじゃ、あの二人!」

「はあ!?」


「ワシも見せて貰ったから断言できるわい。護衛の二人の元の姿は、文字の書かれたペラッペラの紙切れじゃ!」


「……まじか?」

「……マジじゃ」


 俄かに信じがたい話しだが。

 曇りなき(まなこ)でハト爺をジッと見つめる俺。


 ……牛乳瓶の底のような眼鏡が邪魔して、爺の目が良く見えん。

 代わりに両方の鼻の穴から飛び出している、大量の鼻毛が気になった。


 ジジィの荒ぶる鼻息でゆらゆらとそよいでいらっしゃる。


「ぷふっ、グ、ググ……」


 込み上がる笑いをグッと耐え、俺はカイへと視線を流した。俺の視線に気づいたカイは、首を大きく縦に振っていた。

 

「はあー。それで、何でハト爺はここにいるんだ?」

「おおう。信じてくれたのか!」


 冤罪容疑の晴れた、元容疑みたいな顔のハト爺。

 まあ、なんだ。信じるもの何も、俺もあの変態陰陽師から黒の式神なる不気味なもんを貰ってるしな。


「……で、なんでいるの? ここに」

「そうじゃな。……アレの所為じゃよ」


 そう言ってハト爺は遠くに見える、未だ噴煙を巻きあげている荒部山を指差した。


「……空路を絶たれたのか」


「そう言うこっちゃね。……燃料が潤沢にあれば、海から周ってもいいんじゃが。あの飛行機の燃料は、ガソリンなんて聞いた事の無い燃料じゃからのう。しかもここまでで、燃料計が半分を切っておったからの」


 暫くは様子見じゃと、表情を曇らす爺さん。


「でも、何で四季はこんなもん必要なんだ?」

「はあー。だからおヌシはおつむテンテンなんじゃ」


 まだ言うか。

 俺を馬鹿だと思っているからハト爺は、流暢に話してくれてはいるんだろうけど。なんか、微妙。段々腹が立ってきたんですけど。


「……空を取られたら、と仮定してみろ」

「……空を?」


「そうじゃ。もしも、この瞬間に外国が攻めた来たと仮定して。……海戦、陸戦ならこの国の軍事力でもそれなりに対抗出来るだろうな」

「……確かに」


 こちとら島国だからデカい船は無くとも、船の数では圧倒的に有利なはず。陸戦、本土決戦にしても、ちまちま船で兵隊を送ってくる外国勢より、仮に火力で劣るとして兵隊の数だけは、こっちに分がありそうだし。


「……だがな、空はいかん。今はまだ空だけは手付かずの状態なんじゃよ」


 ようやくおバカな俺でも分かってきた。俯く俺にハト爺は話しを続ける。


「陸、海、空と同時に攻め込まれたら。……お前さんなら、どうなると思う?」


 この爺さん、ニヤケ面で恐い質問をぶつけて来た。

 ……考えるまでもねえ。


「……あっと言う間に、終わる」

「……そう言うこっちゃね」


 話し込んでいたら白磯村が見えてきて。

 この話しの続きは、宿屋で茶でも啜りながら皆んなの前で話すよと、ハト爺に会話を強制終了させられてしまった。


 ズンと体に重たい鉛でも乗せられた気分だった。


 戦争の脅威に晒されている現実に言葉が出ない。


 俺はただ、森山村の皆んなと楽しく暮らしたいだけなのに……。


 会話も途切れ、白磯村の表通りを進む俺達。

 時折聞こえるハト爺とカイの会話も上の空で、この二人の後ろを気落ちしたまま歩いていると。


「あ、モンジ! お帰りっ!」


 女性用の飾り屋台の前でバンビに声をかけられた。


「……うん。ただいま」


 どんよりしている俺を見て、バンビの蒼い瞳がキリキリとあがる。


「……なんか変。誰かにイジメられたのか? あたしが代わりにとっちめてくるから、何処の誰にやられたのか教えて」


 早口で息巻くバンビに、慌てる俺。


「そんなんじゃないから。そんなんじゃあ……」


 バンビのちっこい手に目が止まり。


「なあ、バンビ。手ぇ、握ってもいい?」


 不安な気持ちを少女で癒そうとする俺も大概だけど。

 バンビは俺の右手を包み込むように、両手で握ってくれたんだ。


「……ギュって、抱きしめようか?」


 はにかむ彼女の手は暖かく、天使の囁きで俺を惑わす。


「……恥ずいから、それはいい」


 少し落ち着きを取り戻した俺は理性が上回り、往来の目を気にして断る。


「っあたしがしたいの!」


 と、お断りをしたにも関わらず抱きついてくるバンビちゃん。それはそれで嬉しいから厄介だよな。


「モンジには勿体ないぐらいの可愛い彼女じゃの」


 ひやかすハト爺に、どこか強気の彼女は。


「お上手ですね、お爺さま。このまま真っ直ぐ行くと絹が恐い顔で立ってますので、そこが今日のお宿です」


 他所行きの顔で、軽い脅しと今日の宿の場所を教えていた。


「絹がまた怒っておるのか! そりゃあ、急がにゃならんな。ではなモンジ、ワシ等は先に行っておるぞ!」


 カイを引き連れてハト爺は、そそくさと退場した。

 爺さん達に、にこやかに手を振るバンビを見て、見抜く。


「……お前、絹さんが怒ってるって嘘だろ」


 ギクッと笑顔を固めるバンビ。


「……だって、モンジと二人っきりでデートがしたかったから」


 小悪魔発言にクラクラきた。


「デートって……。はあ〜」


 この溜息は照れ隠しな。

 俺だって美少女にこんなこと言われて、悪い気がしないもん。


「そんで、バンビはこんな所で何してたの?」

「エヘヘ。別に欲しいとかそう言うんじゃないけど」


 そう言う彼女は、飾り屋台に目を落として否定する。


「……じゃないけど?」

「……綺麗だなぁと思って、見てただけ」


 確かにな。

 ニヤニヤと俺達を見てくる店主の前には、高そうな赤いマットが敷かれており。

 その上に所狭しと、綺麗な模様の付いた櫛やキラキラのかんざしやアクセサリーっぽいのも並んでいた。


「旦那、奥さんに一つどうですか? 祭りも今日限りで、この店も今日で店仕舞いでさぁ。旦那、今ならどれでもお安くしておきやすぜ」


 根っからの貧乏人の俺は、閉店セールと聞いて気持ちが揺れる。


「……どうする? 欲しい?」

「べ、別に欲しいとか、そんな……」


 ……欲しいのか。


 感謝の印として前に送った勇者の剣は、ちゃっかり俺の腰に挿してある。

 それもバンビから、「これは、モンジが持ってて」と返品されたからで。


 なので、まだ感謝の印を形として渡せていない事を、俺は気に病んでいた。


「どうしやす、旦那」


 バンビが俺をチラチラ見てる。

 やっぱ欲しいんだよな。

 バンビの為と言うより、自分の為に交渉してみた。


「あのぅ、物々交換は受け付けてくれます?」


 申し訳ない、無一文なので。


「その、物によりますけどねぇ……」


 渋る店主。

 足元みやがって、このハゲ店主。ハゲてないけど。


 俺は体中を弄りまくり金目の物を探した。

 と、ここであの時に拾ったアレを思い出し、腰の巾着袋を弄った。


「あった、あった、これ、これ」


 そう、タヌキ親父を助けた時に片手に収まるサイズの煌めく石コロを拾っていたんだ。

 俺は腰の巾着袋から取り出した石コロを、店主の前に差し出した。


「えっとぉ。コレなんだけど。……拾い物だけど、どうかな?」


 正味、石コロの価値なんか知らん。

 昔テレビで河原の石を売る映画を見た事あるけど、サッパリ分からんかった。


「どれ、どれ……」


 小馬鹿にした感じで、ルーペのような物を使い鑑定する店主。


「……ん、んおっ、こ、これはっ、金剛石っ!? うおっほん! ごほんっ、ごっほん!」


 わざとらしく咽せる店主。


「な、なあ、旦那。こ、こ、この石は何処で拾ったんだい?」


 目に見えて動揺していた。


「なんでそんな事を聞くの?」

「そりゃあ、金剛石っ、ごわほん! げほっ、げほ!」


 バンビの問い掛けに、全力で誤魔化そうとする店主。それを見て悪い顔に変えて俺は。


「命懸けで取って来た金剛石だもんなぁ。大変だったなぁ。タダじぁあ、教えらんないなぁ」


 アカデミー賞主演男優賞ばりに、石の価値をさも知ってる風な演技をした。


「わ、分かったよ。どれでも好きな物を三つ。この大きさの石の価値なら三つが限界だ、どうだ?」


 前のめりの店主は周りの目を気にしつつ、交渉してきた。だもんで。


「はっ、三つ? このシャバ蔵が、こっちは他で交渉しても構わんのだが? それに情報料込みなんだぜ、三つじゃあ安すぎんだろ」


 ぐぬぬと顔を歪める店主に、鼻で笑って強気の態度をとる。

 隣りでバンビのヤツは俺の様子に呆れているが、気にしない。


 だって俺は貧乏サラブレッドだし。

 向こうの世界では、家賃こそ叔父さん持ちだったけど、光熱費と食事代、スマホ代だって日々のバイト代から捻出してたしな。


 ケチ度で言えば、そこいらの主婦に負けない自信はある。


 俺さ新聞屋だったから、バイト先の新聞のチラシをコッソリ盗み見して、食材が一円でも安いスーパーに原チャ飛ばしてたもん。


 店主の顔色から、こちらが有利と見て。

 気を取り直し、交渉の場に立つ俺。


「ググ、四つ……」

「ああ? 四つぅ、たらねぇなぁ。おっちゃんよう、こりゃあ命懸けで仕入れた商品なんだぜ。そんな舐めた価格じゃあ、こっちもやってらんねぇんだよなぁ。あ〜あ、他の店に行こうかなぁ」


 絹さんの真似をして、イラつく演技をする俺。


「くぅー、分かった、五つ。これが限界だ!」


 思わずニヤケてしまった、こんなもんだろ。

 目標としてはバンビとモモ、絹さんとワカメと、女性陣の分として四つは欲しかったので、まずまずの出来だろう。


「よし、交渉成立だな。あんがとな、ハゲ店主」

「いやいや、俺そこまで禿げてねぇし」


 自分の髪を撫でつける店主に感謝を告げて、俺はバンビに笑顔を向け。


「どれにする? どれでも好きなの選んでいいってよ」

「うん。ありがとう、モンジ。え〜とぉ、迷うなぁ」


「モモと絹さんとワカメに一つづつと。そんでバンビは特別に二つね。……俺からの感謝の気持ちね」

「二つも! え〜と、え〜と……」


 特別って言葉が響いたのか。

 満面の笑みでバンビは、俺の腕にしがみ付いてきて、あれこれ商品を品定め。


 彼女のお胸と言うか、アバラだな。

 肋骨がゴリゴリと肘に当たるが、嬉しそうなこの子の顔が見れて、それはそれで嬉しく思えた。


「ムムム〜」


 店主に金剛石の場所を教えている間、彼女は真剣に商品を選んでいた。


「ぬぬぬ〜。うん、決めた!」


「良かった。結構悩んでたから、あんま気に入ったのが無いのかと思ったよ」


 ホッとする俺。

 どれどれと、バンビが手にしていた物を見ようとしたら、パッと隠された。手からはみ出した鎖から、ネックレスタイプの物だと分かったけど。


「……なんで隠すの?」

「……内緒だもん」


 気になる。

 だが、本人が納得して選んだんだ、俺如きが何も言うまい。


 それから俺もバンビの真似をして他の女性陣用にネックレスを三つ選ぶ。


 ちなみに、このネックレスには宝石のような小さい石が一つくっついており。

 俺が選んだネックレスは、モモには栗色で絹さんは黒色、ワカメは焦茶色と、彼女達の瞳の色にちなんだ石が付いた物を選んだ。


「バンビは何色買ったの? 凄い気になるんですけど……」

「エヘヘ。な・い・しょ!」


 人差し指を唇に当てて、トボケるバンビもいと可愛ゆす。


 はぐらかされたまま飾り屋台を後にして、表通りをのんびり歩く俺達。

 お金の無い俺達はウインドウショッピングならぬ、屋台食べ歩き妄想ショッピングを楽しんでいた。


 屋台食べ歩き妄想ショッピングと、長ったらしい名前だが。

 つまりは、食べ物屋台の匂いを嗅いでどんな味か言い合うだけのケチな遊びだ。


 ただ歩くだけの安っぽいデートではあるけど。

 それでも、そんな事でもバンビと二人なら楽しくて、それでいてバンビも楽しそうで。


「ねぇ、モンジ。……少しだけ、目を瞑ってて」


 バンビのお願いを俺が聞かない訳がない。


「うん。いいけど、痛くしないでね」

「……おバカね」


 お約束でちょいボケをかまし、そっと目を瞑る俺。

 バンビの気配が俺の背後に周る。

 パチンと、首の後ろで留め具の音が鳴った。


「もう、いいよ」


 首にかかる軽くて優しい違和感。

 俺の首には先程飾り屋台で彼女が買った、バンビの瞳の色と同じ色の、蒼い宝石の付いたネックレスが掛かっていた。


「モンジはあたし色で、あたしはモンジ色ね。それでね、あたし、この石をモンジだと思って大事にするから、モンジもその石を大事にしてくれたら嬉しいな」


 照れながらもそう言った彼女の細くて白い首元には、俺の瞳の色と同じ、緑色の宝石が光っていたんだ。


 あ〜アカン。

 これは、かなりアカンやつだ。

 サプライズからのキューティーバンビちゃんだもん。

 無防備なとこに、クリティカル攻撃を食らった気分だぜ。


 イエ姉ごめん。

 俺、バンビに結構グラついてるかも。


 気持ちが焦る。

 ……ヤバいのか? ヤバいよな。

 バンビはまだまだチビッ子だし。

 このままだと俺、ロリ認定されちまう。


 背徳感に押しつぶされそうなモンジは、グッタリと項垂れてしまった。

 小悪魔チックなバンビの笑顔に、イエ姉への恋心はもう、KO寸前にまで追い込まれていた。

 ありがとうございました。

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