歯抜けのジジイ
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
船で一泊した次の日の朝。
キャラベル船だと港の小さな白磯村には接岸出来ないとの事で。
「いってらっしゃい。カツオ、ワカメ、頼んだぞ」
「まかせろ、父ちゃん!」
「……うん」
白磯港の沖合に停泊させたキャラベルの甲板より、手を振る波平さんに見送られた俺達は、小船に乗り換え村まで向かっていた。
「大丈夫ですかね」
「……たぶん」
意気揚々と舟を漕ぐカツオを見やりモモが呟く。俺は曖昧に答えていた。
お仲間の勧誘はカツオとワカメに託し、先日の船同士の接触による修繕作業の為だと、波平さんとヤックルは船に居残りだ。些か不安が残る。
「見てモンジ。派手派手な舟が並んでるよ」
「ああ、そうだな……」
暫く海上を進み港が見えてくると、バンビがはしゃぐくらいに港には、未だお祭りムードが漂っていた。
「わあ〜、綺麗〜」
「結構、圧巻だな……」
まず目についたのは、停泊している二十艘ほどの漁船だ。
小船ほどの漁船は一艘一艘に、色とりどりの大漁旗が飾らせており、目を奪われるほどに艶やかだった。
「見て見て、あの小屋も綺麗だよ」
丘に上がると、漁業関係者の寄り合い所だろうか。
バンビはカラフルな提灯が飾られた長細い建物を指差し、興奮していた。
「だな、行ってみるか?」
「うん!」
「あんた、変な事しないでよ」
「絹さん。いくらなんでもモンジさんに失礼ですよ」
橙色の小袖姿の絹さんに、いつもの割烹着を外した青い小袖姿のモモがたしなめる。
「モンジさんは厄介事を引き寄せる性質ですから、仕方ありませんよ」
「ど、どいは、どいは磁石なのか?」
舐めた事を言う与一郎と、とぼけたおでんを放っらかして、俺とバンビで建物に近寄ると、中から騒ぎ声が聞こえてきた。
「ガッハハハ! ほら、飲め飲め! カ、カ、カッ! 我が領地は氏神さまに愛されているんだ〜! 今年も大漁だ〜! ギャハハハハ! ……ッ!」
「……楽しそうだね」
「……朝から酔っぱらいかよ」
ニコニコするバンビに顔をしかめる俺。
「いいわね。私もご相伴に預ろうかな」
「やめて下さいね、絹さん。モモ達は人探しに来たんですから」
ふざける絹さんに真面目なモモちん。
「……腹減ったな、ワカメ」
「……うん。でも我慢する」
朝食抜きで出てきた俺達。
空きっ腹をさするカツオとワカメに釣られて、俺も腹をさする。
「私達の目的は人探しだし、どうする? 酔っぱらいからでも話しを聞いてみる?」
絹の問いかけに、騒がしい小屋を見やりモモは。
「……この様子だと無理でしょうね。とにかく朝食がてら村まで急ぎましょう」
そうそうに諦め、移動を提案する。
「なあカツオ、知り合いの家って何処らへん?」
「は? おいら知らないよ」
お前、なんできたの?
キョトンとするカツオに一同アングリだ。
「……モンジ兄ちゃん。あたし知ってるから、大丈夫だよ」
出来た妹ワカメがすかさずフォロー。一同が安堵する。
「おでんは、体の方は平気か? なんなら、ここで待っててもいいんだぞ」
「……へ、平気。ま、待ってると。さ、さ、寂しいから」
「寂しいんかい。あ、あれ、与一郎は?」
「与一郎なら、あそこにいるよ」
後ろに居たはずの与一郎が消えていて探していたら、バンビに指摘されてそちらを見ると、あのアホ。
「おい、与一郎。草むしってないで、さっさと行くぞ! バンビ、シレっと俺の背中によじ登るな!」
「……疲れた、おんぶ」
「ちょっと待って下さい! 珍しい薬草『キササゲ』を見つけたんです。この薬草、乾燥させれば『梓白皮』って生薬になるんです」
知らんがな。
「だから、バンビてめぇ、勝手におぶさるな」
「おい、与一郎! 置いてくぞ!」
「いま行きます〜」
「……船酔い。歩くのダルおも」
「疲れたのか船酔いだかどっちだよ。ったく、しゃあねぇなぁ。落ちんなよバンビ。与一郎も先に行ってるからな」
「待って下さいよ〜」
ワカメを先頭に歩き出した一向に、バンビを背負った俺も急いでついて行く。
振り向けばヒョロ眼鏡が慌てているが、勝手にしてくれと放ったらかしだ。
幼稚園児を相手にしている気分にさせられる。
こう騒がしいのも森山村一向のいつもの事なんだが、自由人ばかりで毎回こんな感じだから、ホントに疲れるのよ。
ウンザリしながら村まで移動した俺達。
これより一刻後のお昼時、用事を済ませて港に戻ると。
「……すまんモンジ君。言いづらいんだけど、船……沈んじゃった。ハハ」
港にて、ズブ濡れの波平さんから謝罪を受けた。
「えっ、何? なに言ってんの波平さん。意味分かんない!」
「そのまんまの意味よ! バカじゃないの!」
パシッ!
「あ痛ーっ!」
わちゃわちゃしてたら、絹さんに頭をはたかれました。
「モンジッ、大丈夫っ?」
「ああ、いつもの事だし大丈夫だよ」
バンビが叩かれた頭を撫でてくれてます。ちょっぴり、恥ずいっス。
「大袈裟なのよバンビは。こいつを軽くはたいただけじゃない」
「こいつ? 軽くはたいた? おいブス、モンジに謝れ」
キレるバンビに慌てる俺。
「おい、バンビ。俺なら気にしてねぇって」
「はあ? 誰がブスだって! つーか、あんたの口の利き方、前から気に入らなかったのよね。バンビ、あんたを本気でシバいてやるから、今日は覚悟なさい」
絹さんもキレだし指をポキポキ鳴らしている。
いつしか俺ことなどそっちのけで、二人して掴み合いのケンカを始めてしまった。
「絹さんもバンビちゃんも落ち着いて下さい。ちょっと、モンジさんは邪魔です」
二人を止めようとしたら、モモから邪魔にされた。
「えっと、これ! モンジにこれをあげますから、向こうで遊んでいた下さい」
モモから渡された物を見ると……おはじきじゃん。俺、おはじきの遊び方知らないんだけど。
手の上のおはじきを見つめる俺に、困り顔のモモが二人をなだめる最中、与一郎がしゃしゃり出てきて。
「……沈没事件ですか。目撃者のいない海上での完璧な完全犯罪ですね。う〜ん、僕が思うに真相はひとつ。ズバリこれは海賊の仕業ですね。キラリン」
眼鏡を光らす与一郎にイラッとくる。
推理するこいつの姿があの名探偵の少年と被り、妙に腹立たしい。
「そんなもん誰でも分かるっつーの! 問題は、これからどうするかってことだよ!」
「ふふふ。……海賊船を奪いましょう。っ痛! なにするんですか!」
イラつくままに、与一郎目掛けておはじきを投げつけてやった。
「そんな簡単に奪えたら、苦労してねぇっつーのっ! 戦いになるとすぐ、逃げ出すクセに!」
頭を抱える俺に、与一郎は目を吊り上げて。
「逃げる? 聞き捨てなりませんね。仮にも僕は武家の生まれなんです。剣術に関してはそれなりの自信がありますよ」
「はいはい、夢物語は夢の中で聞いてやるよ」
「分かりました。現実から僕のグーで夢の世界に誘ってあげます」
朝食抜きの所為でイラつく俺達。
「まあ、まあ、モンジ君も与一郎君も少し落ち着いて。絹さんもバンビちゃんもだよ」
見兼ねた波平さんが、一触即発の雰囲気を漂わせた俺と与一郎の間に入る。
先行きの不安と見通しを絶たれた思いから、醜態を晒す森山村一向に波平さんが場を納めようとする中、ワカメが波平さんに近寄り。
「……お父ちゃん。……ごめんなさい、会えなかった」
泣きそうな顔で謝っていた。
カツオも心底バツの悪そうな顔をしている。
「……居なかったんだから、しょうが無いだろ。父ちゃんの同僚のアナゴさんと友達のノリスケおじさん、急に引越してたんだから……」
「お父ちゃん、本当にごめんなさい」
自分等に比は無いと言いたげに、口を尖らすカツオと平謝りするワカメちゃん。
「そうか……」
ポツリと寂し気に呟いた波平さんは、すぐまたふっと微笑み、二人の頭に手を置く。
「……連絡もなしに久々に会いに行ったんだ。カツオの言う通り仕方ないよ。ワカメも気にするな、お前達は良くやってくれたよ。むしろ、居ないことが分かって父ちゃんはスッキリしたよ」
波平さんに優しい眼差しを向けられるカツオとワカメ。それでも二人の表情は険しいままだ。
しんみりとする中「グゥゥゥ」と、ヘンテコな音が聞こえてきた。
「お、おで、腹へった……」
空気を読まず鳴り響いたのは、おでんの腹の虫だ。
「……朝食もまだですし、お腹減りましたよね。村に食堂も屋台もありましたし……。そうだ皆さん、お昼にしませんか?」
モモからの提案に、漂う剣呑な雰囲気がガラリと変わる。
「そうね。こんなとこで油を売ってても埒あかないし、昼食がてら村で今後の作戦を練りましょ。それと体も潮でベトつくから、次いでにお風呂も頂戴したいわ」
掴んでいたバンビの襟首をパッと離し、すかさず絹もモモの話しに乗った。
「モンジ。あたし疲れた、お腹も空いた」
着物直しからの、バンビのおねだり。
「いや、疲れたって。バンビ、お前はずっと俺の背中に乗ってただけだろ!」
「おいらも飯くいてぇ。モモ、おいら天ぷらてんこ盛りで、油ぎっとぎとの蕎麦が食いたい! ワカメ、お前は?」
「あたしは、アッサリめの冷やし山菜蕎麦がいいな」
「チチチ、君達は何を言ってるんだい。ここは海の幸満載の港街だよ。よって僕は海鮮料理を所望するよ」
しゃしゃり出て来た与一郎が、イケすかない事をほざく。
「決まりですね。では村まで戻りますが、いいですよね、モンジさん」
明るく微笑むモモちん。
頷くだけの俺も自然と笑みを浮かべる。
実際、北の大地への足を失い落ち込む傍、皆んなの明るさに救われた訳で。
「……モモ、ありがとな。俺、船が沈んだって聞いて頭が真っ白になって、そのぅ、なんて言うか、助かったよ。サンキューな」
村まで戻る道すがら、隣りを歩くモモに感謝を告げた。
「モモも同じですよ」
「っえ!」
「……それに、今までも何とかなりましたから、大丈夫です。モンジさんなら何とか出来ますって。モモはモンジさんを信じてますから」
「そうだな。あたしのモンジを信じてるからな」
そう、期待されても困るけど……。
どうやらモモとバンビは、俺を過大評価しているらしい。
正直なところ、勘弁して欲しい。
俺は墓場の草をむしるだけの、せせこましい男なんだから。
「モンジ君、ちょっといいかな?」
自己分析で勝手に落ち込んでいたら、後ろから話しかけられて振り向くと。
「この子、凄いね」
「……はぁ」
にこやかな波平さんがヤックルを撫でていた。凄いの意味も分からず、小首を傾げる俺。
「そう首を傾げないでくれよ、モンジ君」
「えっとぉ、ウチの馬鹿がなにか?」
「ヤックルは馬鹿じゃない!」
バンビ、うるさい。
「……鹿馬だよね。そうそう、この子、泳ぎが達者と言うか。海賊共から砲撃を食らって船が沈んだあと、この子に掴まって海岸まで泳ぎ着いたんだけど。いや〜、大したもんだよ。海岸まで一里はある距離を泳ぎきってくれたんだからね」
ヤックルの手綱を引く波平さんはご満悦の様子だ。
「はぁ、そっすか」
「そっすかじゃないよ! あたしの言ったよね、鹿馬は泳ぎが得意だって!」
隣りのバンビがやかましい。
「そうだっけ? まあ、いいんじゃない、波平さんも助かったし……」
「だから、何でそんなツルツルの反応が出来るの? 一里だよ、動物で一里も泳げるなんて、そうそう居ないんだよ!」
ヤックル推しのバンビが鬱陶しいったらありゃしない。
本音を言えば、幸いにも俺達の荷物は小船に移していたため被害は皆無。今はその荷物をヤックルに背負わせている状態だ。
ただ、北の大地までの移動手段を奪われたのが痛手なんだよね。
「じゃあさ、そんなにヤックルが好きなら俺の背中じゃなくてヤックルに乗ればいいじゃん」
「それはやだ」
即答、嫌なんかい。
あんだけ馬鹿を持ち上げといて、キッパリと断りやがったなこいつ。あ、鹿馬か、メンドいな。
少し間抜けヅラの鹿馬と目が合う。
「んめ〜〜〜」
……ヤギだな。鹿ヤギだよな。
それでも荷物運びにヤックルが重宝している事に変わりなく。
「はいはい。バンビちゃんがヤックルを連れてきたお陰で助かってます。ありがとうございます。これでいいのか?」
「……棒読みな所が癪に障るけど、概ねよろしい」
何様だよこいつ。
勝ち誇ったような顔で、無い胸を張るバンビにイラつく。
「クスクス。バンビちゃんとモンジさんて、本当に仲良しさんですね」
「……モンジとあたしはバカップルだからな」
「いやだから、それ褒め言葉じゃないから」
おバカさんにツッコむ俺。
モモは俺達を微笑ましく見守っている。
後ろからも与一郎弄りをしている絹さんがキャッキャ笑ってるし。
つーか、なんだこれ。
危機感の欠片もねぇな。
前途多難な俺達のはずだが、いつものお気楽な雰囲気で白磯村へと歩いていた。
♢
村に戻った俺達。
早速表通りに出店中の屋台を物色していた。
「ほほう。ほら、皆んな見てごらんよ」
呼ばれて振り向くと、波平さんは表通りの隅で看板を見上げていた。
「……やっと、公寛様の御沙汰が出たようだよ」
「御沙汰? 誰の?」
「ああ、坂寅だよ」
ワカメの問いに波平さんが優しく答える。
「……坂寅、誰? バンビ、知ってる?」
「……さあ?」
俺とバンビが小首を傾げていると。
「あんたらバカなの。このまえ陸之領に進軍してきた、イカれた領主の名前じゃない」
「……へぇー」
「……そぅ」
興味なさ気に鼻をほじくるモンジと、通りの屋台を見ているバンビ。
「……へぇ、そぅって。……はあ、全く」
「なんて書いてあるの?」
絹は溜息と共に、上の空の二人を放置。ワカメの質問に書いてある内容を復唱した。
「えっと。ワカメにも分かり易く読むと。戦犯、田部坂寅への処分は、以後十年における不可侵条約の締結と身代金二十万両と俵三十万俵で処分保留と見做すと。……あら、賠償金は無しで、首も切らないのね」
「凄いお金なの?」
「途方もない身代金ですね」
「逃して貰えるんだから、払うしか無いでしょ」
ワカメの問いにモモと絹さんが答える。
「不可侵条約ってまた、同盟とは違うんですね」
「同盟になると対等の関係になるから、有事の際に兵を出さなきゃダメだしね」
モモの問い掛けに難しい顔の波平が応じ、続けて。
「身代金にしたのも、払い終わるまで坂寅を人質にするつもりなのかも。それに出之領も一枚岩じゃないから、領主不在に格好つけて下手をしたら内乱が起きる可能性もあるんじゃないかな」
「……内乱ですか」
「そうだね。もしそうなったら、陸之領にとっても好都合じゃないかな。労せずに出之領を解体出来て、あわよくば領地拡大に繋がると踏んだのかも。だとしたら、ここの領主様はかなりのやり手かも知れないね」
不安気な表情のモモに、予想とはいえ、独自の見解を示す波平。
「……でも、一番の原因は朝廷の求心力の低下ですかね。他の領主様達も最近では領地拡大に躍起になってますから。しかもそれに対して朝廷側も見て見ぬフリですし……」
「帝が適当なのよ。毎日バカみたいに遊んでんじゃ無いの」
最近の情勢を語り合う絹とモモも波平に、もじもじしながらモンジが擦り寄ってきた。
「ねえ、ねぇ、絹さん。俺等の事、書いてある?」
コソコソしながら聞いている。
どうやら張り紙が漢字ばっかりで読みづらいらしい。
「……あ、そうだ。あんたら脱獄犯だっけ!」
声デケェな、このアマ。
俺とバンビとおでんを指差して、この女離れて行くし。
「しっ、絹さん小声でお願い。壁に耳あり少女はメアリーだよ」
挙動不審な俺等を見てクスクス笑うモモちん。
脱獄犯の俺等からしたら、笑ってる場合じゃないんだけど……。
「大丈夫ですよ。モンジさん達の記載は一文も載ってませんよ。ご安心下さい」
笑いながらモモが教えてくれて、俺は縮こまっていた体を伸ばし、バンビとおでんも胸を撫で下ろしていた。
「……無罪放免ってことかな?」
「無罪放免って事ですね」
モモからお墨付きを貰い、歓喜に震える。
「モモ、筆貸して」
「ええ、構いませんけど……」
不思議そうな顔のモモを残し俺は走った。
ヤックルに預けてある荷物からマイふんどしを取り出し、モモから筆を借り受け、地面にふんどしを広げてサラサラと文字を書く。
「モンジはいったい何してるの?」
バンビの呟きが聞こえたが知ったこっちゃない。
俺はふんどしの両端を持って、皆んなから離れた位置まで走る。
「バンビ、良く見ておけ」
そう叫んで、皆んなから遠く離れた位置で俺は深呼吸をし、目を閉じて気持ちを整え。
「こういう時はな、こうするんだぜ!」
クワッと目を見開き、一気に皆んなの元に駆け寄った。そして──
「判決が出ました! っ無罪です。無罪を勝ち取りました!」
── 無罪と書かれたふんどしを広げ、満面の笑みで叫んでやったぜ、ヤッホー!
ポカーンとする皆々様。
……でしょうね。
そうでしょうけど、どうしてもやりたかったんだよね。
「……よく分かんないけど、凄いね。無罪ってカッコいいね。真ん中の黄色いシミがどこか哀愁漂ってるね!」
あ、ヤバ。
僕ちん、洗濯前のふんどしを広げてた。
無理に褒めてくるバンビに指摘され、意気消沈してしまう。俺はそっとふんどしを懐にしまった。
「ハハ。君達はお尋ね者だったのかい?」
「……お尋ね者と言いますか、牢獄から逃げた容疑者的なヤツ?」
苦笑いの波平さんに、どうにかはぐらかそうする俺。
「本当にバカね。それをお尋ね者って言うんでしょ。あ〜ぁ、残念ねぇ、お咎め無しで……」
このアマ、どうしてくれようか。
「それでは、モンジさんとおでんさんとバンビちゃんのお祝いも兼ねて、モモに奢らせて下さい。勿論、皆さんの分もモモの奢りです。ふふ、カツオくんもワカメちゃんもお腹いっぱい食べて下さいね」
「「やったー!」」
にこやかなモモに、カツオとワカメが諸手を挙げて喜ぶ。俺達は大人だから拍手で感謝だ。
「あそこでいいですか?」と、暖簾に海鮮料専門と書かれたお食事処を指差すモモ。俺達に異存無し。
意気込んで店に向かおうとしたら、バンビに目が止まり。
「どうしたん?」
バンビが表通りにある屋台の一つを見つめていた。
「いや、別に、っ何でもない。行こうモンジ」
皆んなから少し出遅れてしまった訳だが。
物欲しげな顔をしていたバンビに手を引かれて、急いで皆んなの後を追うも。
そっと振り返ると、バンビが見ていた店は飾り店らしく、女性物の小物が並んでいた。
お食事処に入ると、珍しくバンビは俺の隣りに座ってきた。いつもは俺の膝の上に座ってるから、ちょっとだけ違和感が残る。
「いいのモモ? 結構なお値段が張りそうだけど」
運ばれて来た料理に冷や汗を垂らす絹さん。
そう、こいつら全く遠慮せずにバンバン注文してやがる。
俺達のテーブルには、舟盛りの刺身やら焼き魚や煮魚、貝の盛り合わせやらアッサリ山菜そばや油ぎとぎとの蕎麦まで乗っていた。
「絹さんだけに話しますけど。船に結構なお金が残っていまして……」
ごにょごにょと小声で話す絹さんとモモ。俺には聞こえん。
「えっ! そんなにっ!」
「波平さんと山分けなんですけど、色々嵩張って……」
「そうでしょうね。そんなにあるんだから……」
若干、悪い顔のモモとひそひそ話に花を咲かせる絹さんの顔が、とてもいやらしく。
これは見てはイケないものと感じて、そっと目を逸らした。
「……お刺身美味しいね」
純真無垢な笑顔でバンビは海鮮料理に舌鼓を打つ。
「おおう、そうだな。バンビもいっぱい食べて大きくならなきゃ」
「あたしは、もう十分大人だよ。……ねえモンジ、アーンして。あたしが食べさせてあげる」
バンビは舟盛りからマグロの刺身を摘むと、俺の口元に運んできた。
「い、いいよ別に。刺身ぐらい自分で食べれるし」
「いいから、いいから。はい、アーン」
唇にぐりぐり押し付けられ、マグロの生臭さに負けて口を開く俺。
「美味しい?」
嬉しそうにバンビは聞いてくるが、鼻の下が生臭くて堪らん。
「美味しいけど、イメージとちょっと違う」
思い描いていた甘酸っぱさとは違い、戸惑ってしまう。
「照れちゃってぇ。はい、アーン」
「だから、自分で食べれるからっ、うぶっ!」
今度はイカソーメンを口に押し当てられ、口の周りが滑るし超イカ臭い。
「あ、ごめんね。お醤油つけてなかったね。……はい、アーン」
「そこじゃ無いから。いいから、もう、いいから。びちゃ。かゆっ、唇、かゆっ!」
醤油びしゃびしゃで、得体の知らない真っ黒い刺身を唇に押し当てられ、口の周りが超絶痒くなる。
「美味しい?」
「美味しいけど、おしぼりちょうだいっ! 唇がヒリヒリしてきたよ!」
「ワサビたっぷり付けたから、美味しいよね」
「ワサビたっぷりって、何してくれてんの! とにかくおしぼり頂戴っ!」
修行だな。
涙目の俺は悟ってしまった。
仲良しカップルのよくやるアーンとは、一種の拷問に近い行為なんだと。
彼女からの理不尽な行為に、彼氏がひたすら耐える苦行。
この拷問に打ち勝つことが彼女への愛を示す行為なのだと、俺は悟った。
「もう、おしぼりで顔を隠して。そんなに照れ無くてもいいのに。はい、アーン」
「いや、だから。もういい、もういいって! びちゃ。痒い、痛い、だから、痛痒いっつーの!」
「バンビちゃん。牡蠣料理は精がつから、モンジ君にも食べさせてあげなさい。ハハ、貝料理と言えば、鮑は最高だよね。色といい形といい、あの蠢いてる姿見なんて、まさしく女性の神秘を感じさせる最高の食材だよね」
そう言って横から口を挟んできた波平さん。
「あわびが女性? なんで?」
キョトンとするバンビを横目に、爽やかな笑顔でこのおやじは、握った拳の人差し指と中指の間に親指を差し込んでいやがった。
このエロジジイもう酔っぱらってやがる、ド下ネタぶっ込んできやがった。
「ハハハ。最低ですね、波平さん。お〜い、バンビちゃん、お前は真似すんな〜」
波平さんの拳を真似して、拳を握ろうと頑張るバンビを叱りつける。
見ればテーブルに次々と運ばれる料理と、無言で貪るおでんや格好つけてちびちびと頬張る与一郎の姿が見える。
奥ではカツオとワカメが目を輝かせて、もりもり食べていた。
そんな中。
なんだかんだで美味しく昼食を頂く俺達に、店の奥から声がかかった。
「……お前さん方。ありゃま、モンジか?」
カウンター席の奥に座っていた人だ。
店に入った時、湯呑みとにらめっこしてたこのジジイ。誰かに似てるなぁと思っていたら。
「……ハト爺」
俺の呼びかけに、森山村一向の目がカウンター席の爺さんに集中する。
「えっ、ハト爺がいるの?」
「よう絹、久しぶりじゃのう!」
のっそりと近づいてくる爺さんは、ハゲ散らかった頭に瓶底眼鏡。汚れた作務衣姿ではあるが紛れも無くハト爺だ。
森山村を出る前にこの爺さんの工房に出向いた際には、既に旅だった後だった。
それが、なんでこんな所に。
「あらやだ。まだ生きてたのね」
「減らず口を……。相変わらずじゃのう絹は、ワシが旅立ってから十日も経っておらんぞい」
軽口を交わす絹さんとハト爺。
「それで、おヌシ等はなんでここにおるのじゃ?」
おい爺さん。その質問そっくりそのまま返したいんだが。
「えっと。俺達、北の大地に向かってまして……」
「北の大地かえ、丁度ワシはそこから帰って来た所じゃ」
「「「えっ!」」」
テトリスみたいな歯抜けた顔で笑う爺さんに、俺等は言葉を失った。
「ど、ど、どいう。どうやって?」
「……悪いが、話は腹ごしらえが済んでからじゃ。この料理は食ってもいいか?」
ずうずうしくたかる気満々のハト爺。
「は、はい。どうぞ」
「悪いな、助かるわい。ワシ、旅の途中で財布を落としてしまってのう。この二日ほど碌に飯を食っておらんで」
「それは災難でしたね。この席にどうぞ」
弱目に祟り目じゃと、笑ってるハト爺に、さっと席を譲るモモちん。
「……ねぇ、モンジ。ハト爺って誰?」
バンビがモモの席に座る爺さんを見つめて、小声で質問してきた。
「そうだよな。バンビは初めてだもんな。簡単に説明すると、ハト爺は森山村の加治職人でな。これ、俺の左手を作ってくれた人だよ」
袖を捲り、俺はバンビに義手を見せる。
「……そっか、モンジの恩人なのか。それなら、あたしの恩人でもあるね」
意味不明な事を言って納得するバンビ。
「えー、申し訳無いんだが。あと一人連れがおるんじゃが、そいつにも恵んではくれんかのう」
皆んなが見つめる中、言いづらそうにハト爺はモモにお願いしていた。モモは逡巡するも、俺の拝む姿に気づき。
「はい、もちろんですよ。おでんさんの義足を無償で作って貰った恩もありますし、その恩返しをさせて下さい」
快く承諾してくれた。
「そうかい。そう言ってくれると助かるわい」
ハト爺はモモに何度も頭を下げて、自分がいたカウンター席の奥を覗き込む。
「おい、お前もこっちに来い!」
呼ばれた人物は小さい人。
この人、この子か。この子がまたハト爺より一回り位小さい子供で、汚れたゆるゆるのタンクトップに白っぽいモンペのようなモノを履いた子供だった。しかも素足。
「……ウス」
ドレッドヘアーに日焼けと言うより、浅黒い感じの肌。だぶん男の子だろう。
「まあ、まずは自己紹介からじゃな。初見の者もおるしの」
かしこまるハト爺と斜め後ろに男の子。
「コホン、ワシは森山村でハトの養殖業を営むハト爺という者じゃ」
「鍛冶屋じゃ無いんかい!」
俺のツッコみに、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするおとぼけジジイ。
「鍛冶屋は趣味で、本業が鳩の養殖なんじゃが……」
もう、どうでもいいや。
「そんで、そっちのガキは?」
ガキって言った途端に、もの凄くメンチを切られる僕ちん。
「そうじゃ。こいつは『カイ』と言ってな。奴等のアジトに潜入したとき、たまたま見つけた子供での」
おいおい、いまサラッと奴等のアジトとか言って無かった? 何してんのこのジジイ。
「なあ、ハト爺。いま奴等のアジトとか言ってたけど、なんなんそれ?」
しまったって顔で口を塞ぐ爺さん。今更おせぇんだけど。
「えー、あー、うー、えー。……言ったっけ?」
「ボケたフリするな。ちゃんと言ってたよ。どこで、何をしてきたんだ」
しらばっくれるハト爺に俺が詰め寄ると。
「オマエ、チカイ」
瞬間の出来事だった。
カイと呼ばれた少年の、振り下ろした剣に俺は目を剥いた。
ほぼ同時だろう。
モモの構えたクナイが少年の首筋に寸止めしてある。
凍りつく時間。
ハラハラと俺の前髪が、ハト爺のハゲた頭に散らばる。
「コンドハ、サスゾ」
脅しとも取れる発言を受けて、生唾を呑む僕ちん。
「その前に貴方は死にますけど……」
モモが感情の無い冷たい目で、カイを見つめていた。
どうすんべ。
瞬きもせずに固まる俺。
良く見れば少年の刀は曲刀と呼ばれる、アラブの映画でお馴染みの反りのキツい細身の刀剣。
「はあ〜。すまん、すまん。カイ、おいたが過ぎるぞ。その剣を下ろせ」
俺とハト爺を交互に見て、苦々しく俺だけを睨んで引き下がるカイ。
カイが引いた事で、モモも蒼い小袖の袖口にクナイを閉まう。
「まあ、なんだ。こいつはアランジャ船で拾った子供でな。首を鎖で繋がれている所を助けてやったら、懐かれてのう」
後頭部を掻きながら、申し訳なさそうな顔をするハト爺。それにすかさず絹さんが。
「あらんじゃ船って何よ」
困った表情のハト爺。
「とりあえず、飯を食わせてくれ。この二日、水しか飲んでおらんで、腹が減って死にそうなんじゃ」
弱々しく語るハト爺に、歯噛みする絹さん。
「ふん。後でじっくりと、聞かせて貰うからね」
捨て台詞を吐いて引き下がる絹さんに、ハト爺は冷や汗をかきながらカイを呼ぶ。
「さあ、カイもおいで。二日も碌に食べておらんで、お前も腹が空いておろう。ほら、遠慮せずに沢山食べろ」
「……ウス」
立ったまま簡単な返事したカイは、もりもり食べ出した。その様子にハト爺は目を細めている。
「じゃあ、ワシも頂くとするか。……おっと、そうじゃ。モンジよ、お前は後でワシに付き合えよ」
「……なに、まだ何かあんのか?」
「まあ、そう警戒するな。お前さんにだけ見せたい物があるんじゃよ」
俺にだけと強調する喋り方が、どうも引っかかる。
そして意味深な笑みを浮かべて黙々と食べ始めた爺さんに、嫌な予感を感じていた。
♢
昼食後。
俺はハト爺とカイに連れられ、一時間ほどかけて白磯村の外れにある林の中に来たいた。
「ここまで来ればもういいだろ。俺にだけって、どう言う意味だよ」
村を出てから終始無言のハト爺に質問してみた。
「まずは、見てからじゃ」
昼食を終えてからこの爺は、これしか言わない。
「……よし、ここじゃな。カイ、出番じゃぞ。頼む」
「……ウス」
林の奥は鬱蒼とした雑木林で、ナタを片手にカイは生い茂る草の中へと分け入っていく。
「間違っても傷つけるで無いぞ」
「……ウス」
木々の間の蔦や草やらが取り払われていき、巧妙に隠された代物の正体が、徐々にその形を現す。
「どうじゃ。これじゃよ。おヌシも知っておろう」
ハト爺が嬉々として紹介したそれは……。
三角の羽と剥き出しのマシン。
三角グライダーとエンジンとプロペラのついた、所謂モーターグライダーと呼ばれる代物だった。
「……これは飛行機と呼ぶものじゃろ?」
「だから、何で俺に聞くんだよ」
「……すっとぼけんでもいいぞ、モンジよ。このワシの目はそこまで節穴じゃないぞい」
「どういう意味だ?」
真っ直ぐと見据える俺に、ハト爺はニヤリと笑いかけ。
「のう、お前さんは別の世界から来たんじゃろ?」
こう言い放った。
この爺、どこまで知ってんだ。
食わせ者のこの爺さんに俺は、どうしたもんかと思案に暮れてしまっていた。
ありがとうございました。




