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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
91/122

遥か彼方へ

 よろしくお願いします。


 黒船の甲板上。


「お頭、あいつ等の船ですが、真っ直ぐこっちに向かって来やすぜ」


 顔を引きつらせたマッチョな男が言い放つ。


「この俺様に喧嘩だと。……おもしれぇ」


 お頭と呼ばれた黒いマントの男は、歪んだ笑みから金歯を覗かせた。


「おい。砲撃はやめだ。代わりにアレを出せ」


「へい。……アレ? すいやせん、アレとは?」


 返事をして、自分の衣服をまさぐるマッチョが、困り顔で聞き返す。


「アレッつったらアレしかねぇだろっ、大戦槍だ! 何度も言わすな、クソが!」


 マッチョの武骨な顔面に唾を飛ばしながら、黒マントが怒鳴りつけた。


「……大戦槍ですか。お頭、言っちゃあ何ですが、アレは敵船の横っ腹にブッ刺すもんで、真っ正面から突っ込んくる敵船に使っても、意味無いですぜ」


 言いにくそうに語るマッチョは、顔に付いた船長の唾を拭う。


「うるせぇなっ、分かってんだよ! あいつ等をビビらすんだよ、デカくて尖ったモンでな!」

「……へい」


 気勢をそがれるも、曖昧な理由をぶつけてくる船長。

 ゲンナリした表情を隠して、マッチョは伝令を伝える。


「砲撃停止〜、戦槍出せ〜!」

「砲撃停止〜、戦槍出せ〜!」

「砲撃停止〜、戦槍出せ〜!」

「砲撃停止〜、戦槍出せ〜!」

「砲撃停止〜、── へぶっ!」


「うっせぇっんだよ、クソ共が! 懲りずに毎回、毎回、俺はやかましいのが大嫌いなんだよ!」


 矢のように飛んできた船長の足元には、殴られた小男が転げ回っていた。


「てめぇらの返事は『へい』、それ以外のことを喋った奴は、すぐにぶん殴る」


 拳を突き出しそう言い終わると、宣言通り船員達へと襲いかかる船長。

 騒ぎながら、逃げ惑う船員達。

 敵船を前に俄かに始まった鉄拳制裁で、甲板上は悲鳴の嵐が起こった。


「……はあ、はあ、ほらクソ共。戦槍を準備しろ」


「「「……へう!」」」


 血の気の多い船長に折檻され、顔を腫らした船員達が急いで船内へと走る。


「クソッ、無駄に時間を食ったぜ。黒女の船、もうそこまで来てやがる」


 邪魔くさそうに、その場に黒いマントを脱ぎ捨てて船長が呟く。

 

 彼の視界を埋めるキャラベル。

 波を切り裂き、猛然と突進してくるこの船を、忌々しそうに睨みつけて船長は、操舵室へ急いだ。


「チンケなこの国の、チンケな船頭の度胸なんぞ、たかが知れてるだろうが。……特別にこの俺様が見極めてやる」


 操舵室にて。

 窪んだ眼孔、痩けた頬、骨に皮を貼り付けただけの男が、金歯を光らせ不気味に笑う。


 陽の光りに晒された船長の姿は、一言で言えば骸骨そのものの姿をしていた。


 舵輪を握る手は節くれ、腕は棒切れ。

 耳まで隠れる髪はベタつき、眼窩が窪んだ顔面は異様を放ち。

 洋服の上からでも分かるくらいの、全身は骨格標本のようなの痩せギスだ。


 しかも着ている服が、ヒラヒラ襟とダボつく洋服。それも相まってか、病的に痩せ細っている彼の体躯を際立たす。


「おいっ、さっさとしろ!」

「「「っへい!」」」


 (げき)を飛ばす骸骨船長に、戦々恐々で船夫達が作業を急ぐ。


 やがて黒いガレオン船の船首の扉が開き、そこから重厚な金属音が鳴り響く。

 開いた扉の奥は闇。

 そこから、グルグルと螺旋を描いて錆色の大槍が姿を現した。


「いいねぇ。いつ見ても痺れるねぇ」


 船首より突きでた大木並みに太い鉄塊を眺め、骸骨船長はうっとりとした表情を作る。


 この無骨な鉄塊は、尖った先端に(もり)のような返しが付いており、突き刺さした敵船を逃がさない仕組みになっていた。


「ガハハッ! 俺様の『ブラック、コーラル号』と、特別に度胸比べをしてやるぜ。チンケな国の船長さんよ!」


 真っ直ぐに突き進んでくるキャラベルを見据え、骸骨船長はアグレッシブに叫んだ。





 数分だけ時を遡る。


 三陸海岸に沿って航行中だった、モンジ一向を乗せたキャラベル。

 それが一変、波平さんの指示により右へと大きく旋回し、今は三陸海岸を背にして沖へと爆進していた。


「アハハハッ! いいぞ、風を捕まえた!」


 上機嫌で波平さんが笑ってる。


「波平さん! 後ろから凄い風が吹いてるんだけど、どういうこと!」


 そうなんだ。

 波平さんが右に舵を切った辺りから、突如として吹いた陸地からの強風に煽られていた。


「モンジ君、これは谷間を吹き抜ける風を利用してるんだよ!」


 波平さんは得意気に話してくるが、いまいちピンとこず。


「なんすか? 谷間を吹き抜ける風って!」


 風の音に負けじと声を張り挙げる。


「ふふん、ほら見てごらん」


 強風に流されるザンバラ髪を手で押さえて、波平さんは真後ろを指差す。


 ……陸地の方向。

 しがみ付くバンビを抱きしめ。

 背後から来る突風に煽られながら、俺も釣られて真後ろを振り向く。


「……山の頂上に黒雲が出てるのが見えるだろ! あそこはおそらく嵐が起きているはずだ!」


 ……だから?


「一方で海上の風は海岸線に沿って吹く性質があるのさ!」


 ほうほう、それで?


「これが河口まで来ると、川の上を滑るように吹いて来た風と合流して、風速が一気に増すことがあるんだよ!」


 ほうほう、なるへそ。


「しかも谷間に流れる川は、山にぶつかった風の抜け場所になるから、風速が更に増すのさ!」


 確かに。

 船の真後ろには切り立った谷間と河口が見える。

 それと波平さんの丁寧な説明で船のスピードが増した理解も出来た。だが……。


「いやいや。だとしても何でこの船、あの黒い船に突っ込んでるんすか!?」


 そこが理解出来ん。

 俺の問いに波平さんはチッチッと横に指を振り。


「……度胸試しに決まってるだろ! 奴等をビビらそうと思ってな! アハハハッ!」


 ただのチキンレースじゃねぇか。

 しかもこの人、笑ってるし……。


「勝算はあるんすか!」


「……もちろん。何となく勝てる気がするんだよ!」

「父ちゃん、カッケーッ!」


 なんとなく……勘かよ!

 いい顔で語る波平さんにカツオは羨望の眼差しを向けてはいる。俺は唖然としてしまう。


「……モンジ。良かったね、勝てるって」

「いやいや、間に受けるなバンビ。この調子じゃあ船ごと大破もあり得るぞ」


 胸に手を置きホッとしているバンビ。

 安心しきっている彼女に悪いが、俺は真実を伝えてやる。そしてすぐさま彼女の肩に手を置き。


「バンビ、よく聞いてくれ。お前は逃げろ。限界突破すればお前の能力だと四人は飛べたんだよな。えーとぉ、そうだ。モモと絹さんとワカメだけでも連れて、お前等は陸地までルーラで飛んで逃げろ」


 真剣な眼差しで訴えた。


「え、え、逃げるの? モンジは、モンジはどうするの?」


 胸に置いた手を握り締めて、バンビは憂いを帯びた表情を見せる。

 無力な俺は、自分に歯痒さを覚えながら更に言葉を重ねた。


「……秘策。そうだ、秘策を思いついたから心配すんな。俺がサクッと解決してやる。たけど万が一の安全策を取りたい。だから、お前等だけでも先に逃げとけ」


 秘策なんて嘘っぱちだ、当然ノープラン。


「秘策ってなに? あたしも手伝う!」


 食い下がるバンビに歯噛みする。


「あ、そうだ! 白磯村に着いたら飴ちゃん買ってやるから。あー、お前が美味いって言ってた焼きうどんでもいいぞ」


 食い物で釣ろうと頑張る。


「……いらない」

「……へっ」


「……嘘でしょ。秘策なんて嘘でしょ!」


 バンビの強い眼差しに当てられ目を逸らす。


「う、嘘じゃないし。秘策なんかそんなもん、百個思いつてるし……」


 苦しい言い訳をする。バンビは俺をジーと見ている。変な汗が出てきた。


「じゃあ、十個でいいから言ってみて。それを聞いて納得したら、モンジの言うこと聞いてあげる」


 ……小癪な。


「ぐぬぬ。十個、十個ですか……」


「そう。百個思いついたんでしょ、その中のたったの十個だよ」


 ヒョコヒョコと顔を動かして俺と目線を合わそうとするバンビ。何食わぬ顔を装い、彼女の目線から逃げつつ。結局は。


「……すいません。嘘つきました」


 素直に降参してしまった。


「やっぱり。モンジのそういう所、あたしは嫌いだな」


 上から言ってくるバンビに頭が上がらない。


「……でも、モンジはあたしの事を思って嘘をついてくれたんだよね」


 サッと顔を赤く染めるバンビ。


「……はい」


「なら、許してあげる。それと前から言ってるけど……。生きるも死ぬも、あたしはモンジと一緒って決めてるから。もし逃げるならモンジと一緒じゃなきゃあ、あたしは逃げないよ」


 やめろ。

 そんな事言われたら俺、ロリコン扱いもガン無視して、お前にマジ惚れしてしまうだろ。


 独白にも似たバンビの告白を受けて、気持ちをグラつかせている俺の耳に、波平さん声が届く。


「モンジ君。砲撃が止んだよ!」


 ……そう言えば。

 あれほど響いていた砲撃音が止んでいる。今はビュービューと風の音だけが聞こえるだけだ。


 もしかしてあいつ等、諦めてくれたの?


「ほら見てごらん。黒船に動きがあるね。奴等、何かしかける気だよ」


 喜んだのも束の間、俺は黒船へと視線を走らす。


「っ近!」


 驚くほど敵船が間近にいてビックリ。

 こちゃこちゃしてる間に、黒船の甲板が確認できる位に近づいていた。しかもだ、エゲツないモノが見える。

 

「なんすか、あれ! なんなんすかっ!?」

「う〜ん、槍だな」


 驚いた俺の問いかけに、波平さんは呑気に答える。

 見れば、黒船の先端から凶悪な鉄塊がニョッキリと生えていた。


「槍って、船から槍が生えてますよ! ヤバいっすよ!」

「ああ、ヤバいよね」


 波平さんからくるすべすべの反応に、ヤキモキしてしまう俺。

 他人事のように腕組みまでしている波平さんは、既に舵取りすら放棄して仁王立ちだ。

 

「ヤバいねって、それだけ……」


 絶句する俺。

 そんな中、バンビがチョチョイと俺の袖を引いて。


「……あたしに任せて」

「っえ」


 耳を疑ってしまった。


「さっきモンジはあたしが助けてくれたでしょ。海に投げ出されない様に」

「そりゃあ、まぁ……」


「今度はあたしがモンジを守る番だよ」


 天使のような微笑みを前に、俺は。


「いや、こういうのは順番じゃないから気にすんな」


 虚勢を張る。


「じゃあこうしょう。あたしは秘策を百個思いつきました。今からその一つをお見せします。……これで、どう?」


 俺の強がりを無視して。

 無い胸を張り人差し指まで立てて、バンビがおどけて見せる。


 こいつ、俺の真似しやがって。

 まあ、俺もノープランではあるが最終手段は無くは無いんだぜ。


「秘策、秘策ねぇ。分かった、バンビさんの秘策とやらを見せて貰おうか」


 赤い彗星の如く、鼻持ちならない言い方で俺も負けじと、意地の悪いことを言ってみた。


「……ふふ。じゃあさ、モンジも一緒に来て」


 楽し気に俺の手を引っ張るバンビ。

 阿呆ズラ下げて付いていく俺。船首まで行くとバンビは立ち止まり。


「あたしを支えててね」

「う、うん」


 何をしてくれるのかと、背中を預けてきた彼女を抱きしめる。彼女は腕を前に突き出して。


「……エーティーフィールド、全開!」


 眉間を寄せてバンビは、不可視な壁を船首先端に張り巡らせた。


「おい、バンビお前……」

「……ゴメンねモンジ。お願いだから、ちょっと黙ってて。集中が途切れるから……」


 見えない壁が風に舞う波飛沫を弾く。

 濡れた不可視の壁が陽の光りに煌めき、壁の全貌が明らかになる。


「バンビ。この壁、デカくないか?」


 およそ畳一畳分の壁が展開されていると、見えない俺にも分かった。


 だが、仏頂面の俺。

 全く持って、面白くない。

 だってこいつ、また無理してやがるから。

 前にこいつは、おぼんサイズが精一杯って言ってたクセに、無理矢理特大サイズの壁を作りやがった。


「おい、バンビ……」

「……」


 体をプルプル震わすバンビが俺を無視する。


「バンビ……」

「……今は無理、後にして」

 

 青白い顔色で奥歯を食い縛るバンビ。


「なあ。お前が言う、秘策ってこれだけか?」

「お願いだから後にして……」


 バンビの見開いた蒼い瞳は血走り、白髪が逆立っていく。……なので、指をワキワキさせて。


「うりゃりゃ、うりゃりゃりゃりゃあ〜!」

「ひゃふっ、ひゃひゃひゃひゃっ! て、何すんの!」


 こいつの脇をくすぐってやったぜ。めちゃくちゃキレられたけどな。

 

 こいつの力は逃げる為に温存したい。だから、俺も。


「無駄に力、使ってんじゃねぇよ。このバカちんが!」


 おバカなこいつを怒鳴り付けてやった。


「バカって言う方がバカなんだからね! バカって言う方がバカなんだからね!」


 目を吊り上げ、ムキーとか言いながら俺を叩いてくるバンビに抵抗していると。


「アハハハッ! こんな場面でもイチャつけるなんて、君達は豪快だねぇ!」


 誰の所為でこうなってんだよ!

 呑気な波平さんに文句の一つでも言いたい所だが、ここはグッと堪えてバンビを宥めることに集中する。


「ゴメン、ゴメン。ちょっと、ちょっとだけ話しを聞いて!」

「うるさい! あたしは一生懸命、モンジの為に頑張ってるのにっ!」


「分かってる、分かってるから!」

「分かって無い! 分かってな……」


 怒りながら膝から力が抜けたみたいにクラッとしたバンビを、俺は腕を伸ばして受け止めた。


「……あたしに出来るのは、こんな事ぐらいだから」


 青白い顔で残念がるバンビに罪悪感を覚えてしまい。


「バンビが誰の為に身を削っているのかなんて、分かってるから」


 彼女と目が合う。

 充血した蒼い瞳が徐々に戻ってゆく。


「……だから、あとは俺に任せろ。俺がサクッと解決してやる」

「……うん、任せる。……モンジの格好いいとこ見たいし、我慢する」


 拗ねた感じで、ほんのりニヤけるバンビ。

 見るからに元気を取り戻した様子なので、彼女をおぶって船尾へと急ぐ。もちろん最終手段を使う為に。


「波平さん。悪いけど、そこを退いてくれます?」


 簡単な事だ。俺が舵を切ればいいんだから。


「……どうぞ」


 波平さんは驚きもせず、抵抗すらせず、俺に場所を譲ってくれた。

 呆気ない彼の行動に違和感を覚えるものの。


「生意気言って、すいません」


 船長である彼に敬意を示すつもりで一言謝り、舵輪を握る。


「じゃあ行くよ」

「エヘヘ。モンジ、船長さんみたいで格好いいね」


 肩越しにバンビに話しかけたら、褒められたぜ。俄然やる気で舵輪を持つ俺。バンビも背中から降りて、俺の横に寄り添う。


「いったるぜー! 取り舵いっぱ── いぃっ!?」


 真正面から迫り来る黒船。

 船を左に回そうと思い、舵が切ろうとしたんだが……。

 ビクともしない。

 全然舵が切れ無い。

 つーか舵輪が回らない!


「お取り込み中の所すまないが、モンジ君それ、(ロック)が掛かってるんだよ」


 申し訳なさそうに苦笑いをする波平さん。

 俺は食えないこのおっさんにキレそうになるがしかし、またまたグッと堪えて。


「鍵!? 鍵が掛かってるなら、外して下さいよ!」


 怒鳴りつけるだけで我慢する。


「どうしたんだい急に。もしかしたら、反抗期の真っ最中かい?」


 すっとぼけたこの答えに、俺の我慢も限界を迎え。


「ぬおおおおおおおおおおお!」


 狂ったようにガンガンと舵輪を蹴たぐっていた。


「いやー、この様子だとバンビちゃんも大変だねぇ。夜のモンジ君って、こんな獣のような感じで君を求めてくるのかい?」

「……うん。そうかも」


 顔真っ赤にして、そうかもじゃねぇよっ、バンビ!

 それに、このおっさんもチビッ子に変なこと聞くんじゃねぇ!


 冤罪を着せられ、どんどんヒートアップする俺。


「まぁまぁ、落ちついてモンジ君。老婆心ながら言わせて貰うけど、その元気は夜まで取っときなさいな」

「……そうだぞ、夜に期待してるぞ」


 こいつら、ひっばたきてぇ!

 優しい眼差しの波平さんと顔を真っ赤赤にするバンビに諭される。素っ頓狂なこいつ等に、俺は更にブチギレた。


「ぬがああああああああああっ!!」


 僅かな自制心のお陰でこの二人に襲いかかりはしないが、その代わりに子供みたく思いっきり物へと当たる俺。


「やれやれ、しょうがないねぇ。まぁ、若い内は発散したくなるからねぇ。特に男は色んなモノが溜まるから大変なんだよ」


 何言ってんだ、このジジイ!

 したり顔の波平さんは溜息を零す。


「若いと何が貯まるんだい、父ちゃん!」

「あたしも知りたい! モンジに何が貯まってるの?」


「ふう。カツオはともかく、バンビちゃんも知りたいかい。そうだよね、バンビちゃんもお年頃だしね。だったらおじさんが特別に教えてあげるよ。モンジ君に溜まっているのは、精───」


「ああああああああああああああっ!!」


 言わせ無いよ!

 速攻でバンビの耳を塞ぐ俺。

 このジジイ、いたいけな少女に何吹き込もうとしてやがる!


「そんな事より、鍵を外して下さい!」


 話しを強引に変えるべく、消化不良気味な表情のエロジジイに、もう一度お願いをしてみる。


「……えーと、君は勝ち戦を棒に振る気なのかな?」

「勝ち戦って、何で分かるんですか!」


 顎を指で挟み、ニヤつく波平さんは一拍置いて。


「ちょっと待っててね。カツオ、船内にいる皆んなをここに呼んで来てくれるかな」

「あいよ、父ちゃん!」


 カツオが元気に階段を駆け降りてゆく。


 次いで波平さんの視線の先。

 海上へと俺も目を向けると、この船より一回りもデカい黒船がすぐそこまで来ていた。


「波平さん、もう時間がないんです。鍵を外して下さい!」

「……何をそんなに怖がっているんだい?」


 澄んだ目で純粋に俺の心配をしてくれる波平さん。


 ……ダメだこの人。

 俺にはこの人のこの目が、狂信者の目に見えちまった。


 現実逃避の眼だと。

 のっぴきならない状況でも他人の意見を聞かない、間違いを認めない。あわよくば自分に都合よく真実を捻じ曲げてしまう人間の目だと、俺は思ったんだ。


「なんかないか、なんかないか……」


 早々に波平さんに見切りをつけ、新たな策を(ひね)りだそうと頭を抱える。


「父ちゃん、連れて来たよ!」

「ああカツオ、助かるよ。それじゃあ、もう一つ頼むけど。船尾に脱出用の小船があるから、その船に皆んなを乗せてくれないか」


「っえ!」


 波平さんのまともな意見に驚いてしまった。


「父ちゃんは、乗らないの?」


「ああ、仮にも俺はこの船の船長だからな。例え借り物の船でも船長たる者、命を賭して舵取りをしなきゃあ、この船に失礼ってもんだからな」


 慈しむように舵輪を撫でる波平さん。


「……あ」


 波平さんの言葉に心が揺らぐ。

 俺はこの人の事を勘違いしていたのかも。


 こんな何も無い大海原で生きてきたんだ。

 生き抜く為に彼は、必死に集めた知識や経験をフルで活用して、大自然相手に喧嘩をしてきたんだ。


 今更に気づかされる。

 そうだ、アレは狂信者の目じゃない。己を信じる人の目なのだと。


 勘だと波平さんは言った。

 この勘が、数多の体験を元に導き出した答えだとしたら。


 だからだと思う。気付けば、こんな質問をしていたんだ。


「……波平さんの勘って、当たるんですか?」


「まあ、五分五分かな」


 そう答えながらも、この人は充分過ぎるだろって顔をしてる。ほんと、食えない人だ。だから俺も。


「……五分五分ですか。ハハ、上等ですね」

「おや、モンジ君もやっと分かってくれたのかい?」


 ガヤガヤと森山村一同がカツオの手招きで小船に向かう中。


「全然分かりませんよ。ただ、波平さんの勘ってヤツを、信じるのも悪くないかなぁ、なんて思っただけです」


 早く来なさいと、絹さんが俺を急かす。モモと与一郎が船に迫る巨大なガレオン船に目を丸くさせている。


「案外、面倒な性格をしてるよね、モンジ君って」

「……お構いなく。俺、これでも自覚している方ですから……」


 ワカメがバンビを呼んで、ヤックルを二人掛かりで小船に押し込む。

 そして最後に出てきたおでんが巨大ガレオンを一瞥し。何を思ったのかこのハゲ、ドカッとその場に座り込んだ。


「あの大きい人、おでんさんって言ったっけ。アハハッ! 彼は、いい度胸してるね」


 そんないい顔で笑う波平さんは、操舵室の舵輪の前で仁王立つ。

 何故か俺もこの人を真似て隣りに立つ。

 そしてモヤモヤした気持ちを吐き出したくて、大きく息を吸い込み。


「── 北の王に俺は勝つ! アッハハハハハハ!」


 眼前に迫る巨大な大槍を前に俺は、遥か彼方へ、北の大地へと向かって思いの丈を叫んでいた。


「なんだ兄ちゃん、格好いいなそれ!」


 どこか吹っ切れた様子の俺に、カツオが気さくに笑いかけてくる。


「おう、おう、カツオも叫んどけ! 結構、気持ちいいぞ!」

 

 煽ってやると、カツオも俺に習って足を踏ん張り。


「中島ぁ〜! こんど遊びに行くからな〜、待ってろよ〜!」

「なんだよそれ、まんまかよ」


「なんだ、兄ちゃんも中島を知ってるのかい?」

「ゴメン、ゴメン、ついツッコんじまった。それに百パー俺の知ってる中島と、カツオの友達の中島は別人だから、あんま気にしないでね」


 納得出来ない様子のカツオに、一応のフォローを入れとく。


「カツオ、モンジ君、それとバンビちゃんも。君達も早く小船に乗りなさい」


 優しく語りかけてくる波平さんに、俺とバンビとカツオは床板に足を縫い付け。


「五分五分の勝率は勝ったも同然!」

「モンジとあたしは一心同体、少女隊!」

「父ちゃんの背中はおいらの目標だ!」


 それぞれの強がりを言ってのけた。


「アハハハッ。これは頼もしいねぇ。それなら、俺も気合いを入れてなきゃな!」


 そう言っておもむろに右手を突き上げる波平さん。

 何が始まるのかと、俺達も波平さんの真似をする。


「いよっしっ! 全員、キンタマ握れっ!!」


 は!? 何言ってくれてんの、このエロジジイ。

 戸惑う俺を無視して、波平さんとカツオが自分の股間を握り締める。

 バンビはキョロキョロして、空いてる俺の股間に目を止めて。こいつ、バカみたいな力で握ってきた。


「気合いをみせろー! いくぞー!」

「「おおおおおおおおおおっ!」」


「いでででででででっ!」


 股間を握る三人が意気揚々と雄叫びをあげる中、俺だけが不細工な悲鳴をあげていた。





「お頭! 奴等ビビるどころか、全然逃げる気配がありませんぜ!」


 ヒクヒクと頬を引きつらせたマッチョな男が、骸骨船長に詰め寄る。


「は、は、はあ? これだぞ、大戦槍だぞ! 普通ビビんだろう、このなモン見せられたらよう!」


 数分前の余裕もどこえやら、骸骨船長の金歯がカチカチとわななく。


「どうしやす、どうしやすっ、お頭!」

「どうするって、どうするもこうするも、このまま直進……。ちょっと待て、ああ"〜っ!」


 舵輪から飛び出た取手を握り締めて、骸骨船長は油ぎった長髪を掻きむしった。


 こうした無駄なやり取りの間にも、追い風を受けたキャラベルはどんどん近づいてくる。

 大型のガレオン船とはいえ、まともに当たれば相当なダメージも必須だ。


 結果として、これも波平の作戦通りの展開だった。

 敵に考える隙を与えない、それとあともう一つは。


「「ギャアアアアッ! この船は沈むぞー! 逃ろ、逃ろー! お頭、お先ですー! ギャアアアアアアッ!」」


 そう、波平の最大の狙いは黒船の船員達に恐怖を植えつけることだ。

 その為にも尋常でないスピードで相手に迫り、畏れや恐怖心を煽っていたんだ。


「「お前等も逃げろー! ギャアア、ヒイイイ! さっさと飛び込め! 金なんか置いてけ! ギャアアアアアアッ!」」


 次々と海へと身を投げる船員達。

 パニくる船員達を目の当たりにして、骸骨船長は節くれだった拳を握り締めた。


「グググッ。舐めやがって!」


 まんまと術中にハマった骸骨船長は、窪んだ眼窩を見開く。


「……あのぅ、お頭。あっしも、ここいらでお暇しやす」


 言うや否や、何の躊躇もせずマッチョの男も鼻を摘んで海へとダイブ。


「ググゥゥ。クソ共がああっ!」


 操舵室にひとり取り残された船長。

 顔前には猛スピードのキャラベルが、あと数十メートル、数メートルと、間近まで迫っていた。


 黒船とキャラベルが接近、船首が触れ合う寸前。


「……んがぁあああああああっ!!」


 獣のように吠えて骸骨船長は、夢中で舵輪を回す。


「ぬぉおおおおおおおおっ!!」


 骸骨船長の叫びと共に、黒船『ブラック、コーラル号』が大きく右に傾ぐ。

 進路を僅かにズラしたところに、猛スピードのキャラベルが突っ込み。


「ッガガガ、ガリガリガリッ、ガガガガガッ!」


 二艘の船は、船の側面を削り合いながら交差する。


 焦げ臭い匂いと木の軋む音が交わる。

 黒い木片とどこかしらの船の部品が海に散らばり。

 舵を切ったブラックコーラル号は、船体を大きく右に傾けた。

 落ちまいと柵にしがみ付く骸骨船長が、自らの船が起こした大波を被る。


 数秒後。

 大波を受けて右へ左へと、船体を揺らす黒船。

 その甲板上でただ一人残された骸骨船長は、ずぶ濡れ放心状態で佇む。


「……クソ共が」


 そう呟くと、思い出したようにキャラベルの船尾を目で追い。

 歓喜に沸く敵船を望み彼は、光沢の欠いた金歯をギリギリと耳触りな音をたてて噛み締めていた。

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