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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
90/122

海戦

 よろしくお願いします。


 空は快晴、昼下がりの海上。

 薄ら左手に見えるのは三陸海岸、風はやや強く、俺達の船は順調に航行中。


 昼食後に波平さん一家と甲板に出た俺は、船首の横にあったちっさい木箱に片足を乗せて、かつての若大将気取りで海を眺めていた。


「……兄ちゃん。暇なら手伝っておくれよ」


 カツオからお声が掛かる。

 忙しそうに、メインマストの帆から伸びる沢山あるロープの中の一歩を引っ張りながら、黄昏ている俺をたしなめる。


「……俺、全然ちんぷんかんだぞ」


 自慢じゃないが、村にいた時も漁船すら乗った事無い。

 カツオを見れば、何がどういう役割なのか分からんロープを引っ張っていた。


「別に構わないよ。おいらが教えてあげるよ」


 気さくに答えるカツオに、渋々お手伝いを了承。

 カツオの指示どうりに、何をどおしてるのかピンとこないまま手を動かす。

 暫くしてメインマストの作業を一通り終えると。


「今度は後ろな、あの三角のヤツ。……まともに動かすなら、こんぐらいの小型のキャラベルだと最低十人は必要なんだけどな」


 日焼けした顔に無邪気な笑みを浮かべるカツオパイセン。


「キャラベル? ガレオン船じゃないの?」

「何言ってんだよ、兄ちゃん。ガレオン船ならもっとデカいんだぜ」


 だそうです。


「はあ。……でも動かしてるよね、三人で」

「うん。おいらもワカメも、父ちゃんにみっちり仕込まれてるからな」


 鼻の下を擦って自慢気に話すパイセン。でもすぐに苦笑いを浮かべて。


「……実際、帆を降ろしただけだから。へへ、この船遅いんだけどな」


 タハハって、後頭部を掻くパイセン。まともに動いてるから、いいんじゃなかろうか。


「……そうなの。良く分かんないけど……」

「二枚ある帆だってデッカい方しか張れて無いしな」


 確かに。

 メインマストを見上げると、いま弓なりに張られている帆の上に、もう一つちっさいのがある。


「ふ〜ん……」


 それなら改めてまして。

 空は快晴、只今俺達の船はのんびり航行中らしい。


 まあ側から見ればこの船、四角帆と三角帆の組み合わせであの海賊王を目指す主人公、ゴムゴム人間の乗っていた船『メリー号』に激似だ。


 それにこの船ガレオン船じゃなく、キャベルって呼ぶのな。そんなん知らんかった。

 カツオは大きさの違いった言ってたけど、俺からすればこの船も十分デカいし、ズングリしてる見た目から船の違いがいまいちピンと来ない。


 だが、デカい船に乗ったならこれだけはやらねば。


「はぁーっ、海賊──ッ」

「兄ちゃん、ボーとしてんなよ! 船はのんびりだけど、おいら達はのんびりしてらんないからな!」


 先に駆け出していたパイセンに叱られた。

 気分に任せてあのセリフを叫ぼうとしてただけなのに。


「……さーせん」

「急げ、急げ! やる事は山ほどあんだぜ、兄ちゃん」


 了承したがパイセンに焦らされて、既に気が重い俺。無言でアホな犬っころの如くついて歩く。


 何度かお叱り受けながら、相変わらず訳の分からないお手伝いをしていた時だった。

 メインマストの天辺から甲高い声が響いてきたんだ。


「お父ちゃんっ、お兄ちゃん! 東の海上から真っ黒い船が近寄ってくるよっ!」


 声に悲壮感を漂わせ、ワカメちゃんが叫んでいる。


「……おいでなすった」


 作業をしている後ろ、取っ手の付いた舵輪を握る波平さんは、顔を渋くして言い放つ。


「えっ、それってどういう……」


「なぁに、海運業も曲がりなりにも客商売だからね。真っ黒い船なんか商船じゃあ、あり得ないってことさ」


 俺の問いに波平さんは、やや緊張気味に語る。


「とにかく逃げるぞ! カツオ、右舷から風が来てる、しっかり捕まえろ!」


「あいよっ、父ちゃん!」

「え。結局、海賊船ってこと!?」


 いきなりカツオが走り出し、慌てて俺も付いていく。


「ワカメッ、下にいる皆んなに積荷を全部捨て去せてくれ! 少しでも船を軽くしたい!」


 展望台からあみあみロープを伝って降りてくるワカメに、波平さんは指示を飛ばす。ふと振り返ると波平さんは、海岸線を眺めていて。


「もう少し、もう少しだ。もう少し先まで逃げれれば……」


 と、独り言のように意味深な言葉を呟いていた。


 



「皆さん、敵襲です!」


 バンッと勢いよく食堂の扉を開け、まったりしていた森山村一同に、ワカメが緊急事態を告げた。


 お茶を片手にくつろいでいた絹とモモはお互い顔を見合わせて。

 隅っこでゴリゴリと薬草を混ぜていた与一郎とそれを眺めいるバンビは、同時に時間をとめる。


「敵襲ってなんなの!? なにがどうなっているの!」

「……ズズ」


 目をまん丸に剥いて絹が吠えて、その横でモモが静かにお茶を啜る。

 

「この船に近づく怪しい船を確認しました。お父ちゃんは積荷を全部捨てろって。だから皆さんも手伝って下さい!」


 切迫したワカメの訴えに、テーブルに湯呑みを置いたモモはすっと立ち上がり。


「まずは下の階にある倉庫に向かいましょう。積荷と空樽、空木箱等、必要の無いものは全て海に捨てます。こんな所ですか?」

「はい。お願いします!」


 モモに頭を下げるワカメ。

 一瞬で事情を理解し簡潔に内容を復唱するとモモは、足早に食堂をあとにする。


「モンジはっ!?」


 バンビが不安気にワカメに問う。


「モンジ兄ちゃんは、お兄ちゃんとお父ちゃんのお手伝いしてる!」


 モモの後を追うワカメが早口で答えて、食堂から姿を消した。


「バンビ、与一郎、私達も行くわよ」

「はい!」

「……う、うん」


 やや出遅れ気味に腰をあげた絹に作業を中断した与一郎が同伴、二人は足早に食事を出ていく。

 バンビはどこか名残り惜しそうな顔で天井を見上げて、意を決したように二人の背中を追った。



 一方そのころ。

 黒いガレオン船の甲板上では。


「あいつら逃げやすぜ、お頭!」


 展望台より小男が声を張り上げていた。


「あいつ等逃げやすぜ、お頭!」

「あいつ等逃げやすぜ、お頭!」

「あいつ等逃げやすぜ、お頭!」

「あいつ等逃げやすぜ、お頭!」

「あいつ等──」


「だあっ! うっせえんだよ、クソ共がっ!」


 甲板上で次々と繋がる声に、黒マントの男は怒りを露わに怒鳴りつけていた。


「「「ッ!?………」」」


 たちまちシュンとなる船夫達。

 彼等は屈強そうな体を縮めて媚びるような表情で、船長である黒マント男の指示を待つ。


「ふん。俺の船に気づいて逃げてんだ、黒女とは別のヤツが乗ってんのは確実だな」

「……へい」


「……しかもだ。ほら、見てみろよ。帆が一枚しか出てねぇだろ、ありゃあ船夫が足りてねぇ証拠だぜ」

「……へい」


 黒マントは口端を歪めて、隣りにいる相槌ばかりのマッチョ相手に不気味な笑みを見せる。


「……どうしやす?」


 マッチョがおずおずと質問する。


「決まってんだろ、追いかけるさ。……だが不穏な動きを見せたら大砲ぶっ放すから、準備はしとけよ」


 目を細めてニヤリと笑う黒マントの横で、隣りにいたマッチョ男は口元に手のひらを添え、船員達に指示を伝える。


「大砲の準備をしろー!」


 嬉々とした船員達が、また次々と。


「大砲の準備しろー!」

「大砲の準備しろー!」

「大砲の準備しろー!」

「大砲の準備しろー!」

「大砲の準備──」


「だからっ、うっせぇつってんだろクソ共がっ! ぶち殺すぞ!」


「「「ヒイ──ッ!!」」」


 金色の歯を剥きだして脅しをかける黒マントに、慄きながらも俄に動き出す船夫達。


「ったく、こいつ等。毎度毎度うるせぇったら、ありゃしねぇ」


「お頭、進路はどうしやす。あいつ等の前に回り込みますか? それともいつも通りに……」


 苛立つ黒マントにマッチョが悪い顔でお伺いをたてる。


「決まってんだろ! いつも通りの作戦だ」

「へい。──進路はこのまま〜、いつも通りの作戦だー!」


「進路はこのまま〜、いつも通りの作戦だー!」

「進路はこのまま〜、いつも通りの作戦だー!」

「進路はこのまま〜、いつも通りの作戦たー!」

「進路はこのまま〜、いつも通りの作戦だー!」

「進路はこのまま〜、ッゴン! ぁ痛っ!」


 揺れる甲板をひとっ飛びし、最後尾の小男をぶん殴る黒マント。

 後頭部を押さえてゴロゴロと転げ回る小男を無視して。


「前から返事は『ヘイ』だけにしろって、口を酸っぱくして言ってるよな、なあっ! 俺はうるさいのが大嫌いなんだよっ! 懲りねぇクソ共にはお仕置きだ、まずは一人づつぶん殴る」


「「「ヒィ──ッ!」」」


 鬼の形相でこう宣言し、黒マントは逃げ惑う船夫達に襲いかかる。


 一見、船長の暴挙にも見えるが、海の監視役で荒事の少ないこの船の船員達は全員包帯まみれ。どうやらこの船の日常のようだった。


「ふう。スッキリしたぜ」

「……えう」


 一通り船員達をぶん殴り、ツヤツヤした顔で戻ってきた黒マントは上機嫌だ。

 その横で顔をボコボコに腫らしたマッチョが、唇を尖らせて返事をした。


「どうだ。奴等の船に動きはあったか?」

「えう。ヤツ等、荷物、捨ててやす」


 船長の問いに、腫れた口で喋り辛そうに答えるマッチョ。


「ああ"! あいつ等の荷物ってアレだろっ、『天国薬』だろ! ふざけやがってあいつ等っ、グラムでいくらすると思ってやがるっ、あの馬鹿共が。ックソ!」


 いきり立つ黒マントに若干距離をとるマッチョ。


「……どうしやすか?」


「……回りくどいのは辞めだ。威嚇射撃であいつ等の足止めだ。間違っても船に当てんなよ、あの船ごと俺のもんにするからな」

「……へい」


 甲板上を駆け出すマッチョの背中から視線を切り、黒マントは海上に視線を送ると。


「俺達『龍の爪』を舐めやがって、あいつ等。全員とっ捕まえてその場で(はらわた)切り裂いてやる」


 血走る目でそう呟いていた。





 モンジ達の乗るキャラベル船では、今まさに海上へと積荷が捨てられていた。


「絹さん! 早く、早く!」


 船尾の下、船の右側面に設けられた荷物搬出入扉を全開にあけて与一郎は、一袋二十キロはあろう麻袋を次々と海原に捨てていた。


「急かさないでっ、重いのよこれっ!」

「口よりも手を動かす!」


 半ギレで抗議してくる絹に、与一郎も負けじと声を張る。


「モモさんもワカメちゃんも急いで下さい! バンビちゃんもサボってないで手伝って!」


 普段のヒョロ眼鏡ぶりを払拭し、与一郎は女子達を煽り捲る。


「はぁ、はぁ。与一郎さん、どうしてそんなに怒っているんですか?」


 いつもと様子の違う与一郎に、モモは狭い倉庫内で麻袋を引きずりながら首を傾げる。


「……こんな物、薬と呼べません!」


 モモから受けとった袋。

 天国薬と書かれた麻袋を忌々しげに見つめて与一郎は、怒気を孕んだ声でキッパリと言い切った。


「……ですが、いちおう朝廷公認の気つけ薬ですよ。モモの認識だと、これって新薬ですよね。まだ一般庶民には手の届かない高価なお薬の筈ですが……」


「はぁ、はぁ。モモは波平さんの説明。はぁ、はぁ、聞いて無かったの?」


 不思議そうに袋をポンポン叩くモモに、息を切らして麻袋を重そうに引きずる絹が逆に質問する。


「はい、すみません」

「はぁ、はぁ、波平さんの知人に死人が出たのよ。はぁ、はぁ、飲み続ければクルクルパーになるの、その薬は!」


 絹の説明にモモはやおら訝しむ。そこに、与一郎がしゃしゃり出て。


「……絹さんの言う通りです。これは脳の認知機能を遮断して一時的に疲労や痛み、それと負の感情さえも消し去ってしまう薬です。言わば麻薬と呼ばれる代物ですよ」


「麻薬ですか……。でも一時的なら、用法容量を間違え無ければいいのでは」


 与一郎の追加の説明にモモが恐る恐る聞き返す。


「はい。ただの薬なら素晴らしい物ですよ。ですが、先程も言ったようにコレは麻薬なんです。一度口にしたその人は、この薬の虜にされてしまうんです」


「……虜ですか」

「ええ、重度の依存症に陥ります。加合様も仰っていましたが、この麻薬に溺れた人間は食欲も睡眠欲も無くしてしまうそうです。モモさん、一週間ものあいだ食事も取らず眠りもしない人間は、どうなると思いますか?」


「……死んでしまいますよね」

「そうです。生存本能さえ無くしてしまうんです」


 天国薬の危険性に気付かされ、気軽に叩いていた麻袋からさっと手を引くモモ。


「ですからっ、こんな物、世の中からっ、無くなってしまえば、いいんですよっ、だはっ!」


 ワカメから麻袋を受け取り与一郎は、言葉と共に天国薬入りの麻袋を海へと投げ捨てる。

 海原には船の軌跡に沿って、点々と麻袋が浮かんでいた。


 それを悲し気に見つめる与一郎の腹に、間近で大太鼓を鳴らしたような重低音が響いた。


「ッドン! ヒュ──」


 倉庫にいた面々が手を止め、何事かと耳を澄ましていると。


「──ドボォオオオオオオオオオオオンッ!」


 目の前の海上に十メートル級の水柱が立ち昇った。


 揺れる倉庫内。

 巨大な水柱の飛沫で、搬出口にいた与一郎の体はびしょ濡れ、驚きの表情のまま凍りつく。


「な、な、な、……」

「……邪魔よっ、どいて!」


 口をパクパクさせてる与一郎を押し退け、海上へとひょっこり顔を覗かせる絹。

 倉庫内で外の様子を窺い知るには、扉がここしか無いからだ。


「……あ」

「ドンッ! ヒュ──」


 驚愕する絹の瞳が映したモノは。

 漆黒の船から砲弾が発射された瞬間。

 船首に設置されてる砲台から煙が舞い上がり、今まさに砲撃した瞬間を彼女は目撃していた。


「……あれは、なに?」

「──ドォオオオオオオオオオオオオオンッ!!」


 零した絹の呟きが消える。

 轟音と共に、船より外れた海上にて先程と同じような水柱が立つ。


 不意に肩に手を置かれ、絹は体を震わす。


「……あれは大砲と呼ぶそうです」


 強張らせた表情の絹に、モモも緊張した面持ちで答えていた。


「……大砲」


「はい。火薬で鉄の球を遠くまで飛ばすそうです。モモは一度、綿姫様の付き添いで外国船に乗船する機会がありましたから、そのとき乗船した船にも普通に有りました」


「あんなモノが当たり前に……」


 険しく顔を歪める絹が続く言葉を失う。


「……外国では数段この国より技術が進んでいるようです。もしかしたら遠く無い未來にはおそらく、この国は外国に乗っ取られてしまうかもと、視察された綿姫様も懸念されてました」


「……国が乗っ取られてる。え、え、この船に大砲は無いわよね!」


「はい残念ながら。多分ですが、目的の違いと言いますか、この船はあくまで商船で向こうは軍艦なのではと。モモの推測ですが……」


 黙りこくる二人を他所に、三射目の砲弾が海原に着弾する。


「ドォオオオオオオオオオオオオオッ! ザァアアアアアアアア!」


 大量の水飛沫が、突然飛来した雨粒のように船へと降り注ぐ。


「モンジ……。ッモンジ!」


 重苦しい空気の中。

 何を思ったのか、バンビが血相を変えて走りだした。


「バンビちゃんっ、待って!」

「あたし、モンジの所に行かなきゃ!」


 モモの静止を振り切り、少女は倉庫の扉を開けて飛び出して行く。

 

「ッ痛!」


 飛び出してすぐに、しこたま顔面を壁にぶつけ、鼻を押さえて瞳を潤ませた。


「だ、大丈夫か? ば、ば、バンビ」

 

 壁と思いきや、そこには通路一杯の肉の塊がいた。

 巨体のおでんが、狭そうに体を縮めて突っ立っていた。


「ふがふが、大丈夫。あたし、モンジの様子を見に行くから。おでんは倉庫にいる皆んなを手伝って、ふがふが」


「う、うん。分かった」


 申し訳なさそうにハゲた頭を掻くおでん。

 バンビに言われるままに、その巨体を更に身を縮めて、狭い倉庫の扉に体を捻じ込んでいく。


「ううぅぅ。おでん、急いで」

「ちょ、ちょっとキツい」


 バンビは落ち着かない様子で足踏み中。

 おでんが扉にハマって動けなくなるのではと、ハラハラしながら見守っていた。


「じゃあ、あたしは行くね」

「う、うん。き、気お付けて」


 おでんが無事に扉をすり抜けると、弾かれたように駆け出すバンビ。

 少女は小さく握った右手を胸に添えて大切な何かを落とさぬよう、急いで階段を駆け上がった。


「モンジッ、モンジッ、モンジッ!」


 知らず知らずに彼の名前を叫びながら、バンビは甲板へと続く階段を登っていった。




 甲板上では。


「無理なんですけど〜! 無理なんですけど〜!」


 メインマストに繋がるロープを引きながら、弱音をふんだんに撒き散らすモンジの姿があった。


「モンジ君! もう少し、もう少しの辛抱だからっ!」


 操舵室から舵輪を握る波平が、涙目のモンジを励ましている。


 砲撃により海水を浴びまくった甲板上は、既に水浸し。次いでに波平さんを始め、モンジとカツオも水バケツを頭から被ったようなびしょ濡れ状態。

 

「兄ちゃん頑張れ! 父ちゃんがもう少しって言ってんだ、もう少しだけ頑張れ! ロープはあともうちょっとで固定出来るから!」


「少し、少しってさっきからずっと聞いてるんですけど〜。もう腕が千切れそうなんですけど〜」


 俺の後ろで真っ赤な顔でロープを括るパイセンに発破をかけられるが、無理なもんは無理なんです。


「よし、いいぞ兄ちゃん!」


 作業終了。パイセンの声にホッと息が漏れる。


「兄ちゃん、今度は上に登るぞ!」

「え〜! まだあんの!」


 作業継続。

 一息ついた側から、この容赦のないパイセンの指示に俺はゲンナリする。


「兄ちゃん急げ! 敵は待ってくんねぇぞ!」

「あ〜っ、もうっ!」


 実際三度の砲撃を受けて、敵の脅威は言われなくても分かっているつもりだ。

 だけどもう腕はパンパン、指も震えて握力ゼロ状態の俺なんだ。

 二度と船なんかに乗るもんかと思ってた矢先に。


「モンジッ!」


 甲板にバンビが姿を現した。


「バンビ! ここは危ないから船の中に戻ってろ!」

「……嫌だ」


 速攻で拒否り、バンビが俺に抱きついてくる。

 なので……。


「だあ、もう! あそこっ、船の先っちょにヤックルが居るから、あいつを船の中に連れてってくれ!」


 理由を付けてバンビを追い返す。いつ砲撃されるか分からんとこに、チビッ子なんて置いとけない。


「うん。ヤックルを連れてったら、また戻って来るから」

「だから、お前も船の中に──」


 言いかけた声を殺し、走り出そうとしたバンビの手を握り引っ張って、俺は彼女の上に覆い被さる。


「……えっ」

「ドォオオオオオオオオオオオオオンッ!!」


 四射目の砲弾が船の側面近くに着弾。

 大量の海水が頭上より降り注ぐ。


「怪我ないか、バンビ」

「え、あ、うん。……モンジの顔、近いね」


 こんな時に何赤くなってんの。

 急いでいた為、バンビを押し倒す格好になっていた。

 抱き合う俺達。

 鼻と鼻が触れ合う距離で、バンビは澄んだその蒼い瞳で俺を見つめてくる。彼女の淡い桜色の唇が迫ってきて。


「何やってんだよ兄ちゃんっ、急げよ!」

「……チッ」


 パイセンが俺を怒鳴りつける。慌ててバンビから体を離す俺。バンビから舌打ちが聞こえた気がしたが、聞こえ無いフリをしとく。


「あ〜、そのぅ。本当に危ないから、バンビは船内にいて欲しいだよ、ね」


 努めて優しく語りかける。だけどこいつは。


「……嫌だ」


 頬を染め崩した襟元を直しながらバンビは、ハッキリと言い切りやがった。


「お、お前。たまには俺の言うことを──」

「あたしはモンジについて行くって決めたの、だから、生きるのも死ぬのもモンジと一緒だよ!」


 俺の声を遮り、聞く耳持たずで言いたい事だけ言い切るとこいつは、肩まである白髪を揺らして走り出した。


 ヤックルの手綱を引いて船内に押し込むとあいつ、最後にイーッて顔しやがった。


「……あのアホ、俺の言う事をことごとく拒否しやがって。……バカちんが、惚れちまうだろ」


 バンビの可愛いさに耳まで赤くした俺は、気合いを入れる意味で自分の頬を両手で思いっきり叩く。絞り出した無けなしの気合いでロープに手をかけた。


「兄ちゃん早くっ、急げ! 追いつかれちゃうよ!」


 カツオに急っつかれながら、スルスルとあみあみロープを登るが。


「俺、高いところ苦手かも……」


 余りの高さに目眩を覚え、マストにしがみついていた。


「兄ちゃん、何したんだよ!」

「パイセン、無理ッス。……足が震えるッス。ここで応援してるッス」


「あー、もう! 役にたたねぇなあ!」


 ガッツリしがみ付いてテコでも動きそうな無い俺に、パイセンは三行半をくだす。


 だってパイセン、マストにくっついてる細っこい棒にぶら下がってるもん。俺無理だもん。

 東京タワー昇った時もガラスの床に立っただけで、足が震えて金玉キューってなったもん。

 頭の中にしょうもない言い訳をつらつらと並べていたら。


「モンジ、いま助けに行くから待ってて!」


 情け無い俺の元に頼もしい声が届く。

 全身をブルブル震わせながら、勇気を出して下を覗くと、精悍な顔をしたバンビがよじ登ってきていた。


「おお! ありがたいけど、お前は船に戻っとけ! マジで危ねぇから!」

「うるさいっ! 行くったら行くの!」


 そんな俺達に嫌がらせでもするように。


「ドンッ! ドォオオオオオオオオオオオオオンッ!!」


 五射目が放たれ、波飛沫を食らい船が大きく揺れる。


「……あ」

「クソッ! バンビ!」


 バンビは体制を崩して落ちそうになり、俺は咄嗟に飛び降りて、彼女の細い体を脇で捕まえた。


「だから、危ねぇって言っただろ!」


 夢中で恐怖を忘れていた。

 怒り心頭の俺に抱えられて、手足をブラつかせるバンビは。


「だって……モンジが怖がっていたもん」


 そんな健気な事を言ってくる。

 ぐぬぬと、怒るに怒れ無くなり俺は口をモゴつかるだけに止め、彼女をロープに戻してやった。


「……なぁ、危ない真似する時は絶対に俺のいる所でしろよ。必ずお前を助けるから……」

「うん。言われなくても分かってる。モンジがあたしにベタ惚れなのは知ってるし。ふふ、頼もしいね」


 言うに事欠いてベタ惚れってこいつ。

 半分当たってるから、まあいいけど……。


 俺が少女相手に、フワフワした気持ちにさせられていた時だった。


「モンジ君ッ、バンビちゃん、あとカツオも! もう大丈夫だっ、目的地にたどり着いたから降りてこい!」


 舵輪を握る波平さんから指示が飛んできた。


「あいよ、父ちゃん! 兄ちゃん達も行くよ」


 作業を諦め、それだけ言い残して猿のようにあみあみロープを降りていくパイセン。


「完璧じゃないけど。波平さんもああ言ってるし、俺達も降りるぞ」

「……うん。……モンジ。あたし、迷惑だった?」


 不安そうに聞いてくるバンビに俺は。


「迷惑じゃ無いって言えば、嘘になるけど……」


 目を見開いて、ガーンと落ち込むバンビに話しを続ける。


「バンビが助けに来てくれた事は、やっぱ嬉しいかも」


 照れ臭いけど、本音を語っていた。


「……嬉しい、か。エヘヘ。……モンジはツンデレだなぁ。もっと堂々とあたしに甘えていいのに」


 少女に甘える自分なんて想像したく無い。

 俺はロリコンでは無いからな。

 だがここはバンビの顔を立てて、文句も言わずに苦笑いを返しておく。


 甲板に降りると波平さんは海岸線を凝視していた。

 彼の顔つきから、鈍感な俺でも分かる。

 波平さんは何か秘策があるらしい。間を置かず、波平さんが口を開いた。


「みんな! 船にしがみ付けーッ!」


 船内に轟く大声で波平さんが叫び。


「父ちゃん、いよいよだな!」

「ああ、カツオも振り落とされんなよ」


 どうやら始まるらしい。

 俺はバンビを抱えてマストにしがみ付く。カツオも波平さんの近くで柵にしがみ付いていた。


「取り舵いっぱい! 奴等に真っ向勝負を仕掛ける!」


 なんそれ!?


 目ん玉パチパチしてる俺を他所に、波平さんはそう宣言すると舵輪をグルグル回した。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっ!」


 キャラベルが大きく右に傾く。

 急角度に船は旋回し、九十度右手に向く。

 遠心力で投げ出されそうになる体を必死に堪えて、俺は声を上げていた。


「波平さん! 真っ向勝負ってなにーッ!」


「まあ見てなって、モンジ君ッ! どっちが本物の海の男か証明してやる! アハハハハ!」


 高笑いをする波平さんに不安を覚えつつも。

 俺はバンビを守る為、マストしがみ付く事で精一杯だった。


 ありがとうございました。

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