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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
89/122

楽しいね

 師走に入り寒さの所為か、最近肩こりが酷い私です。皆さまも寒さに負けず、しっかり暖かしてこの冬を乗り越えて下さい。

 それでは、よろしくお願いします。

 

 一夜明けて。


「おはようございます。……モンジさん、もうすぐお昼ですよ、起きて下さい。……おでんさんは、まだ寝てますか」


 モモに窓を開けられ、生温い潮風と共に夏らしいキツい日差しが差し込む。


「……おはよう」

「おはようございます。……今日もいいお天気です」


 眠い目を擦りながらモモを見ると、青い着物に割烹着姿の彼女がゆらゆら揺れている。つーか天井も揺れてるし、全部が揺れてる。

 

「そっかぁ、船の中か……」

「はい。船って、ワクワクしますよね。モンジさんは、よく眠れましたか?」


 そう言ってモモは窓枠に手を置き、ポニーテールの後ろ髪を風になびかせる。


「ああ、モモは寝不足なの?」

「ふふ、モモに寝不足なんて有りませんよ」


 なんだそれ。


「う、う。……どい、モモ。お、おはよう」

「おはようございます、おでんさん。お体の具合はどうですか?」


 潮風に流されてる後ろ髪を片手で押さえて、モモは俺達に振り返る。


「う、うん。ま、まだ、し、し、痺れてる」

「おでんさんは無理しないで下さい。お食事はとれそうですか?」


「うん。は、は、腹へった」

「はい、了解しました。おでんさんの分はこちらに運びますね。モンジさんはどうしますか?」


「俺は……」


 体をベットから身を起こして自らの状態を確かめる。……うん、痛みは無し。平気そう。


「……みんなの所で食べるよ」

「はい、分かりました。えっとぉ、モンジさんはお手洗いの場所とか、分かります?」


「……なんとなく」

「……一応説明しますと、この部屋を出てすぐの所に食堂があります。あと、下の階にお手洗いと洗面所も有りますので、顔を洗ってから食堂に来て下さいね。もし迷子になっても、慌てず大きな声でモモを呼んで下さい」

 

「……うい」

「ふふ、よろしい」


 俺を子供扱いするモモは楽しげにクスクス笑うと、そのまま部屋から出ていった。


 モシャモシャの髪を掻きながら、改めて部屋の中を見回す。


 ここは船内。

 甲板より一つ下にある部屋だ。

 全面板張りのこの部屋は天井が低く、真ん中に通路を挟んでこっちにベッドが三つで向こうにも三つ。真四角で四畳ほどの部屋。


 窓から見えるのは、海上を飛ぶカモメが一羽。

 それをボーと眺めながら、昨日の事を思い出した。


 昨晩は。

 あれから俺達はデカ女と海賊共を適当な岩に縛り付けて小船に乗り、まずはこの船を強奪した。


 この時はモモと波平さんが大活躍してくれたっけ。

 最初、鉤爪付きロープでモモと波平さんが船内に侵入し、五分もしない内に見張りの海賊共を海に放り込みアッサリと強奪。


 その後、呑気にこの船に乗り込んだ俺達に波平さんは「彼女は凄いねぇ」って、モモの事を大絶賛してたな。

 俺は見て無いから何とも言えんけど、モモの凄さは『木下砦』で知ってるつもり。

 この子は普段ほわほわしてるが、イザとなれば出来る子だってね。


 モモも「波平さんの援護のおかげですぅ」ってな具合で照れ照れしてたな。


 なんだろう、こん時はモヤモヤしたな。

 アレだな。男友達が俺しかいないと思ってた女子に、実は他にも男友達が居ました的な? そんな嫉妬に近い感情を覚えてしまったのかな。


 でもね。

 モヤモヤしながらだけど、乗り込んだこの船がまた結構よくてさ。俺、テンション爆上がりしたんだよ。


 だってこの船、まさかのガレオン船だよ!


 遠くて見ていた分には勝手な想像だけど。

 日本の海って事で歴史の教科書にもある『安宅船』のような角張った船をイメージしてモンだから、それがまさかのまさかだよ。


 波平さんはマストが二本だから小さめの帆船とか言ってだけど。いやいやどうして、まあビックリしたね。

 なんて言うの、心が躍る感じ? だってね、普通にデカいんだよこの船。

 見れば波平さんもホクホクしてるし、俺も気分だけはジャックスパロウだよ。


 そんで、近くにこの船より一回りぐらい大きなガレオン船があって。

 それもイメージとしては中学の修学旅行で乗った、箱根芦ノ湖の観光用海賊船。まあ、あそこまで煌びやかでは無いけど、あんな感じの船ね。


 それを波平さんの指示で有無も言わさず攻撃したったのよ、つーか燃やしたんだよね。一応いいんすか? て聞いたら、波平さんは。


「報復しようとする奴等の足止めにもなるし、どうせ碌でも無い荷物だろうから別に問題無いだろう」


 とのことで。勿体ないけど海の藻屑にしました。

 なので弓が得意な絹さんがいて大助かり。

 やや距離がある為、大型船に火を放つのに絹さんの火矢が重宝したのよ。

 バンビもお手伝いと称して地味に指パッチンで火を飛ばしてたけど、不思議とこの時のバンビの火は赤かった。


 それならあの白い火はなんだったんだろう、と俺の中で疑問が残ったが。

 考えてもしゃーないし、一旦『白い火』問題は後回にしちゃった。


 ただね。ゲラゲラ笑いながら火矢を打ち込む絹さんに、波平さんはちょっと引いてた気がする。

 それとカツオとワカメに、あのお姉ちゃんに近寄るなって、言ってたのが聞こえたし。


 俺達からすると普通だけど、側から見れば怖いのかも。

 絹さん、鬼気迫る感じで狂ったように次々と打ち込むもんだから、見た目がアレだったしな。

 でも結果として上手く燃えてくれたから良かったんじゃないかな。


 そんなこんなで、俺達は夜中にこの船で出航したのよ。


 それでいま。

 昨日の回想を終えておでんを見やる。

 砂浜で奮闘してくれたおでんは、狭いベットで静かに寝たフリ。


「……おでん。昨日の毒、まだしんどい?」

「う、うん、だ、大丈夫。よ、よ、与一郎の薬のおかげで、楽になった」


 ベットで青白い顔のおでんが強がる。


「お前のおかげでみんな無事だったんだ。胸張って今日はゴロゴロしとけよ」

「うん。分かった」


 照れ臭そうに布団を被るおでんが不気味だったが、なんだかんだでこいつには、窮地を何度か救われているんだよね。なので、たまには優しくしてやろうと思い。


「……なにか、食べたい物あるか? 持ってきてやるぞ」


 俺に顔を向けて、少し悩んでおでんは。


「き、絹の塩むすび……」


 お手軽な物を所望。


「……ぉおう、分かったよ。絹さんに頼んでみるよ」

「あ、ありがと、どい」


 子供みたいに笑うおでん。

 俺はおでんにまたなと声を掛けて、この部屋を後にした。


 扉を開けると通路が伸びていた。

 人が二人は通れるぐらいの広さがある通路だ。

 その脇には右に上り階段、左に下り階段があり、俺は左手の階段で船底へと降りた。


 船底まで下りるとやはり暗く、火の付いたランタンが壁に掛かっており、ボンヤリと船内を照らしている。

 降りてすぐの扉は倉庫の扉で、ここに『天国薬』なる麻薬が大量に置いてあるらしい。

 確認しようか一瞬悩んで、やっぱりやめた。

 気持ちとしては、関わりたくないのが半分と、現実逃避が半分。

 見てしまえば無駄に正義感ヅラして、コナン君のように犯人探しをしてしまうのがオチだ。


 なので、反転して階段脇を抜け、開けっぱなしの扉に向かった。


 この扉は調理場らしく。  

 黄色い話し声と料理の音と、食欲をそそる香ばしい香りが漂ってくる。

 その調理場からは自然光が漏れ出ていて、扉の前の細い通路を照らしていた。

 光りに誘われるように扉を潜ると、モモとワカメがいた。


「あ、モンジさん。そこ、そこにある樽にお水が有りますから、手桶でお水を汲んで顔を洗って下さいね」


 使い古した丸鍋で炒め物をしているモモちんが声を張る。

 奥には観音開きの大窓が開いてる。

 換気の役割もある窓から、眩しいくらいの光りが差し込んでいた。


「モンジ兄ちゃん、おはよう。あれ、もうこんにちはの時間だね」


 モモの隣にはワカメが並び、挟むタイプの魚網でクルクルと魚を焼いていた。


「ああ、オハこんち。……ワカメは偉いな、モモのお手伝い?」


 揺れる船内で壁に手を付きながら、刈り上げおかっぱ頭のワカメを褒める。


「てへへ、あたしだけじゃないよ。カツオ兄ちゃんもお父ちゃんのお手伝いしてるよ」


 今までガッツリ寝てた俺には耳が痛くなる答えだ。


「もう少しで出来ますからね」

「うん。でも、ちょっとだけ波平さんに挨拶してくるよ。波平さんは甲板にいるよね」


「そうだよ。あ、モンジ兄ちゃん。ついでにお父ちゃんとお兄ちゃんに、ご飯だよって伝えて」

「はい、了解しました。ワカメキャプテン」


 ビシッとオデコに手を付けて敬礼する俺。

「なに、それぇー!」て、おかっぱ頭を揺らしてコロコロ笑うワカメちゃん。

 ふんふん、あのキャラクターに負けず劣らずの愛くるしい女の子だな。


 だが、モモと似たような格好の彼女に、俺的には残念な気持ちにもさせられる。

 それもしょうがない話しで。

 俺としては、パンツ丸出しのミニスカート姿でいて欲しかったなぁ、と望んでしまうのだ。あの誰もが知ってる国民的アニメのように。


 ガッカリしている俺に、何の事やらと首を傾げるモモとワカメちゃん。彼女達には、何でも無いよと返して目を逸らす。


 腑に落ちない表情をしながらも、二人は昼食の準備を続け。

 そんな忙しいそうな彼女達を横目に俺はささっと顔を洗い、階段を二階分登って甲板に出た。


「う、眩しっ」


 夏の日差しが目にくる。

 仰げは二本あるマストから巨大な帆が下りていて、四つある帆はしっかりと風を受けて弓なりだった。

 速度は分からないが、船は滑るように海上を移動している。うん、順調に航行中だ。


「おう、モンジ兄ちゃん。元気か?」


 甲板に上がってすぐの所に坊主頭のカツオがいた。子供らしい無邪気な笑顔で話しかけてきた。


「おおう、元気、元気。……でも凄いよなぁ、聞いたよ。カツオはこんなデカい船を操れんのな」


 自分の腕ほどもある太いロープをグルグル巻きにしているカツオに、俺は素直に感心してしまう。


「よせやい。おいら、これでも船乗りの息子なんだぜ」


 照れ臭そうに鼻の下を指で擦るカツオ。

 お姉さんに叱られてばかりの、あのカツオ君とは大違いだ。


「そうだ、そうだ、ワカメちゃんからの伝言な。お昼ご飯が出来るから食堂に来なさいって言ってたぞ」


「おひょうーっ、飯か! おいら、腹ペコだったんだよぉ。あんがとなっ、兄ちゃん!」


 ドタドタと、慌ただしく階段を下りていくカツオを見送っていると。

 視界の奥に、船首でホケーとしているヤックルを見つけ、驚かしてやろうと身を屈めて動こうとしたら。


「やあ、モンジ君。どうだい体の調子は?」


 船尾の方にある、数段の階段上の操舵室からお声が掛かった。


 振り返り、真っ青な空に目を細めて見上げると。

 船の舵を握り絞める、真っ黒に日焼けした波平さんがいた。


「……あ、こんちはぁッス。体調は、ん〜、包帯まみれっすけど、まあなんとか平気ッス」


 頭を掻きながら気楽にペコリ。

 森山村の面々は慣れたもんだけど、言わずもがな俺は、常時どこかしらに怪我をしてる。


 自分で言うのもなんだが、見てくれは痛々しい。

 今もオデコと右腕と両足は包帯がグルグル巻き状態。いつもの事で慣れたもんだけど、風呂もそうだし、顔を洗うのも気を使う有様だ。

 異世界ではあるが、ラノベやゲームみたいな一発で傷が治る便利アイテムや回復魔法は、この世界には無いのよね。


「ハハ、前も言ったと思うけど。体の傷は漢の勲章だからね、名誉の傷って事であんまり気にせん方がいいよ。俺も若い頃は大分ヤンチャしたもんだから、あっちこっち傷だらけだしね」


 そう言って着物の胸元を開く波平さん。

 胸元にはザックリと斬られた跡があった。見た所、かなり前の古傷だろう。

 

「……はあ、凄い傷ですね」

「ハハハ、見た目はね。でもね、この傷のおかげで嫁さんと一緒になれたんだから、この傷は奥さんに対する愛の証明ってヤツだな」


 愛の証明って。

 俺、愛とかってなかなか言えんのよ。

 だって、照れくさいやん。

 こんな恥ずかしいセリフを、サラッと言える波平さんが羨ましい。


「だけど俺的には、あんまり痛いのは好きじゃ無いんですが……」

「奇遇だね、俺もさ。俺も痛みに快感を覚える、特殊な性癖は持ち合わせて無いからね。……だけどねモンジ君、漢にはどうしても闘わなきゃいけない時があるんだよ。君も漢なら、肝に銘じて置いた方がいいよ」


 真顔で言われて納得する。


 そうなんだよ。

 これから向かう先で待ち受けるのは、おそらく死闘と呼べるものになると思う。

 旅の目的が、大切な人を救い出す旅だから。

 そう、俺はその為にこの船に乗っているんだ。ヤバいな、今更ながらに胃がキリキリしてきた。


「……えっと、そう言えば今どこら辺でしょうか? 周りが海ばっかりで俺にはサッパリなんですけど……」


 周りは青一色だもんで。

 360度見回しても、海、海、海で、遠くに水平線しか見えない。太陽の位置から進行方向だけは何となく分かるが、些か不安になるよね。


「ああ、今は陸之領の北端辺りかな。あと半日もしない内に津之領海域に入れるよ」


 陸之領北端辺り、現代地図で言うと岩手三陸沖、青森との県境辺りかな。


「少し気になったもので、ありがとうございます」

「いや、いいんだよ。気になる事はどんどん聞いてくれ。……それと、先を急いでいる君に言い難い事なんだけど。少しお願いしたいことがあるんだが……いいかい?」


 勿体ぶる波平さんのお願いは、津之領との領境にある、白磯って港町に立ち寄りたいとの事。


 波平さんの説明では、今はカツオと波平さんの二人でこの船は動いているが、この先海峡を越えるのに最低でも十人ほど慣れた船員が必要とのことで。

 昔の仲間を頼りたいとの申し出だった。もちろん俺は二つ返事で。


「はい、構いませんよ。船の事とか俺、全然分からないんで」

「……でも下手したら、丸一日停泊する事になるけど、いいのかい?」


「はい、全て波平さんにお任せします」

「そうかい。助かるよ」


 眉尻を下げて波平さんは、日焼けした黒い肌に白い歯を光らせて、申し訳なさそうに笑った。


 最後にお昼の準備が整ったと伝えたら、心配だからカツオと交代したら頂くよ。とのことなので、俺は一人で階段を下りて食堂に向かった。


 すぅっと目の前をバンビが通りすぎる。


「おう、バンビ。おはようちゃん」

「……おはよう」


 そっけない態度でそそくさと逃げようとするバンビ。なので……。


「おい、なんで逃げんだよ」


 バンビの首根っこを捕まえた。

 今日は黄色のこいつは小袖姿。たぶん絹さんのお下がり。


「ぐえっ! 何すんのっ、セ、セクハラッ! モンジのセクハラオヤジッ!」


 首根っこを持ち上げられて、ジタバタするこいつ。

 最近こいつ、俺の言葉をどんどん吸収して真似してくる。


「俺はお前の体に触れて無い。だからセクハラじゃないぞ。それより何で俺の顔を見て逃げるんだ」


 襟首を掴まれて、首を竦めるバンビがポツリと。


「……だって」

「だって、なんだ?」


「だって、あたし臭いもん」

「はあ? どういう理由だよ!」


「だってっ。あたし、臭いもんっ!」

「だから、なんだよ臭いって!」


 ヒートアップするバンビに俺もつられる。


「……昨日、お風呂入って無いもんっ!」

「……は? お風呂、はっ? そんだけ?」


 シュンとするバンビ。


「……臭いもん」


 バンビは消え入りそうな声でいい終わると俯いた。

 俺はどんだけ臭いのか少し気になり。


「どれどれ……」


 ギャーとか叫んで、またジタバタし始めるバンビの頭を鷲掴み、強引に匂いを嗅いだ。


 ふむふむ。

 潮の香りとほのかに汗の匂いがする。なんだよ、別に大して臭く無いやん。


「……臭い?」


 ほっぺを赤くして聞いてくる。


「……全然、臭く無いよ」


 全然は言い過ぎだけど、我慢出来るレベル。


「ホントに?」

「ああ、ホントに」


 エヘヘッて、急に態度を解して、今度は抱きついてきた。でもすぐに顔をしかめて。


「うぅ、近所の野良犬の匂いがする。……モンジは臭いな。でも我慢する」


 こいつはハッキリ言うのな。

 野良犬の匂いって言い方、酷くない?

 素直なのはいい事だけど、さっきまでの俺の気遣いを返して欲しい。


 バンビを解放すると、こいつ自分の腕の匂いを嗅いで、急いで階段を駆け下りていく。


「だから大して臭く無いつーの!」


 念押しにもう一回言ったけどあいつ、俺を無視して階段を降りてった。


 溜息混じりに食堂に入る。


「おー、結構広くない?」


 目を見張る俺。

 そこには二十畳ほどのルームが広がっていた。

 中央には十人以上が座れる長椅子とテーブルが設置されており。

 側面に並ぶ窓の下、等間隔で並ぶ片側十個ほどある窓の下には、腰掛けのような小さな椅子と、その前には長いオールが横たわっていた。


 ほほう、手漕ぎも出来るのね。


 またまた感心しながら、俺はオールの上に敷かれた板の上を慎重に歩いていく。一歩目からギシギシ言ってたから、バキッと行きそうでちょっと怖い。


「おう、絹さんに与一郎……」


 二人を見つけ声を掛けようとして躊躇した。

 何故ならテーブルの奥で絹さんと与一郎が、何やら難しそうな顔で話しこんでいたから。


 そこはかと無く悪い予感がする。

 テーブルの上で与一郎が、小っさいすり鉢で薬草ゴリゴリしてる。新たな新薬を開発中か、この事から推測するに。


 アレか、おでんか。

 実はおでんが命に関わる毒を食らったとか、そんな感じのヤツか? まさか、あいつがいま深刻な状況に陥ってるとか……まさかな。


 不安な気持ちを抑えて俺は二人の元へと近づいた。


「……キツいわね。……最悪だわ。……ぶつぶつも出てきたし」

「……これを試しますか。……少し痛みが……。……ドバーと出ます」


 ひそひそと小声で話す二人。

 所々、声が小さ過ぎて聞き取れない。

 それでも耳が拾った単語が怖くなり、居ても立っても居られなくなり俺は二人に話しかけていた。


「あのぅ、なんの話しをしてるの? もしかして、おでんの事とか?」


 恐る恐る聞いてみる。

 おでんは無数の毒針を受けていたから、その中にとんでも無い毒が混じっていてもおかしくない。

 さっきも元気がなかったし。

 一本でも俺は動けなかったんだ。

 それをおでんは何本も食らって、あの時あいつは体を張ってみんなを逃したんだ。


 与一郎と絹さんが俺を見る。

 与一郎は驚き、絹さんは嫌そうな感じで。

 ゴクリと生唾を飲む俺。いよいよ覚悟を決める瞬間だ。


 思うにおでんはいいヤツだ。

 ハゲた気持ち悪いおっさんだけど友達だ。

 イエ姉には悪いけど。

 うん。

 もし与一郎でも手に余る状況なら、ヤックル飛ばして森山村に逆戻りだな。そこまで覚悟して俺は聞いたんだ。


 そして絹さんは目を見開いて、唇を動かす。


「はあ? 何いってんの? 何で私があのブタ男の話しをしなきゃなんないの、気色悪い」


 もの凄く嫌そうな顔で答えてくれた。


「えっ、えっ、最悪とかぶつぶつの話しは?」

「あー、それ。絹さん便秘── ッパン! あぶっ!」


 説明しよとした与一郎がテーブル越しにグーで殴られた。与一郎の眼鏡が吹っ飛んだ。


「うるさいっ、叩くわよ!」


 叩くって、もう殴ってんじゃん。しかも便秘の話だし。

 ほっぺた押さえて、涙目の与一郎がワタワタと眼鏡を拾いにいく。危険を感じ俺は流れるように。


「……俺。見ザル、聞かザル、言わザル」


 すかさずカタコトで、日光東照宮の三匹のお猿さんの真似をした。


「ふんっ! で、あんたはどうなのよ。体の方は?」

「あー、うん。平気かな。いつも通り」


「……そ。……あんたが平気なら、体力だけが取り柄のおでんも平気ね」


 なんだよ。おでんの事も気にしてんじゃん、素直じゃねぇな。おっと、このタイミングなら。


「……そう言えば、おでんなんだけど。絹さんのお手製の塩むすびが食べたいって、言ってたけど……」


 些か不機嫌な様子の絹さんにお願いする。怖かったけど、俺は頑張ったよおでん。


「へぇ、そう。……仕方ないわね」


 絹さんは鬱陶しそうに言葉を吐き捨て。

 でもちょっぴり嬉しいそうにして立ち上がり、食堂を出ていった。


「……絹さん、顔はいいんだけどなぁ。ホント面倒くさいよね」

「面倒くさいなんて、生優しいもんじゃないですよ!暴漢ですよっ、暴漢!」


 プリプリしながら与一郎が戻って来た。

 まあ、なんだな。こいつ、優等生気質だからあんま殴られる事無いからな。俺と違って殴られ耐性が無いのかも。


「……モンジが浮気。絹をベタ褒め……」


 あ、また面倒くさいのがきた。


「……絹はブスだぞ。……モンジはあたしだけを見てればいいんだぞ、メチャクチャ可愛いんだぞあたし」


 面倒くさい事にこいつ、絹さんの顔を褒めていた所を聞いたらしい。


 拳を握り締めてバンビが体を震わす。

 若干、白髪が湿っていることから、髪を洗って来たのが窺える。


「はいはい、バンビは今日も可愛いな。それになんだ、おめかしまでして来たのか? うんうん、女子力高いな、バンビは」


 バンビだし、適当に褒めとく。


「……気持ちが篭ってない。おざなり感が半端ない」


 だぁあああ、面倒くせぇな、こいつ。


「……よっしゃ、バンビ。ハグしよう」


 ハグで誤魔化そうとする最低な俺。

 両腕を広げる俺に、はっとしたバンビは視線を落とし、目を泳がせて数秒、躊躇いがちに抱きついてきた。……チョロいなバンビ。


「…….あたし、モンジに嫌われたら生きて行けないもん」


 バンビが呟く。


「大丈夫だよ。逆は有るかも知れないけど、俺はバンビを嫌いにならない」

「……ホントに?」

「ああ、約束する」


 口ではこう言ったけど、俺に依存気味のバンビにどうしたものかと悩んでしまう。

 もちろんバンビは好きだし、懐かれるのも悪い気はしない。でも、出来れば生きて行けないとか軽々しく言って欲しくない。

 いい答えも見つからず、なんとなくこの場は、バンビの頭をヨシヨシしながら席についた。


 バンビも猫みたく目を細めてたし、この問題も棚上げだな。


「あたしはモンジの膝の上ね」

「はい、はい」

「………」


 何か言いたそうな与一郎から、蔑むような視線を向けられるが俺は気にしない。


 俺達がちんまり席に座っていると間もなく、モモとワカメが昼食を持って食堂に現れた。


「お料理が出来ましたので、モンジさんも運ぶの手伝って下さい」

「……バンビちゃんも与一郎さんも手伝って!」


 モモとワカメに言われるまま、俺達は昼食運びのお手伝い。


 一気に食堂が騒がしくなる。

 波平さんは後でカツオと交代してからと言っていたので不在。

 遅れて来た絹さんは、おでんに塩むすびと味噌汁を届けたらしい。

 波平さん以外皆んな席に着いて、これでやっとお昼ご飯だ。


「……では頂きましよう。はいっ」

「「「いただきますっ!」」」


 モモの音頭で昼食が始まる。

 メニューは焼きアジに野菜炒めと味噌汁、それと僅かばかりのおしんこ付き。

 洋風な船の中で、シンプルな純和風メニューだ。

 ここでみんなが美味しいそうに食べてる最中、俺は波平さんからの伝言を伝えた。


「食べながらでいいから聞いて欲しいんだけど。波平さんによるとこの後、陸之領の北端にある何ちゃら港に寄るんだと」


「なんちゃら港って何処よ!」


 絹さんから早速の質問。


「ゴメン、ゴメン。今、地図持ってくる」

「ありますよ。……地図」


 立ち上がろうとした俺に、モモが懐から地図を差し出す。僅かに温もりを感じる地図にドキドキしながら開いた。


「えっと『白磯村』の港らしい」

「あ、僕、知ってますよ! 帆立が有名な所ですよね! 天然物もとれるけど、養殖も始めたって聞きましたよ」

「……ワカメも有名らしいですよ」


 与一郎が嬉々として喋り出し、モモが付け足す。


「あたしはそんなに有名人では……」

「ワカメの事じゃねぇよ、食べるワカメだよ! アハハハッ」


 ワカメがボケて、カツオがツッコむ。


「……スイカも有名だよ」

「おお、バンビも知ってんの? 俺、まだ今年スイカ食って無いから、食いたいんだけど」


 バンビの情報に俺が食いつく。


「スイカは滋養強壮に効果が高い食材ですからね」

「あたしも食べたい」

「オイラも食いたい! 黄色いヤツッ!」

「赤じゃないんかいっ! まあいいや、じゃあさ、みんなで向こう着いたらスイカパーティしようぜ!」


「おっ、なんだい。盛り上がってるねぇ」

「「お父ちゃん!」」


 ワイワイ皆んなで騒いでいたら、波平さんも食堂に来てくれた。


「それで、パーティってなんだい?」

「オイラも分かんないけど、パーティって響きが楽しそうで、なんかいいじゃん」


 波平さんにカツオが無邪気な笑顔で答える。


「楽しいね」


 俺を見て呟いたバンビも嬉しいそうで。


 確かにそうだ。

 皆んなで食べるご飯はパーティみたいで、ホントに楽しいや。


 海上でも普段通りに騒げる俺達の道中は、順調そのものに思えたんだ。ここまでは……。





 陽気な声が漏れ出るガレオン船。

 森山村一向の乗る船に、水平線の彼方からチラチラと怪しい光が届く。


 海上で魚を探す一羽のカモメが旋回し、その光りに導かれるように飛ん行く。


 暫く飛んだ東の海上。

 カモメは光りの正体を黒い瞳に捉えた。


 スピードを殺すよう旋回するカモメの下には、漆で塗り潰したような漆黒のガレオン船が停泊していた。


 羽をバタつかせ、船のマストにカモメは降りる。

 その隣りには監視塔があり、小柄な男が長い望遠鏡を覗き込んでいた。


「お頭ぁ〜、沖の方に変な船がありやすぜ〜!」


 続いて下の方でも。


「お頭ぁ〜、沖の方に変な船がありやす〜!」


 またまた。


「お頭ぁ〜、沖の方に変な船が──」

「だあっ! クソ共がっ、うるせえなあっ! 聞こえてるよ!」


 この怒鳴り声に驚き、カモメは空に舞い上がった。

 マストの天辺に掲げた旗の周りを一周し、カモメは沖へと飛んでゆく。


 マストの天辺。

 潮風にはためく四角い旗には、縁をなぞるように龍の絵柄が円を造り、中央に三本の爪で切り裂いたような過激な絵柄が描かれていた。


 マストを徐々に下り甲板上。

 黒マントの男が強引に隣りにいる屈強そうな男から望遠鏡を奪い取っていた。彼はおもむろに監視塔の小男の指差す方向へとレンズを伸ばす。


「……ありゃあ、黒女の船じゃねぇか」


 ポツリと呟く黒マント。


「どうしやす。放っときますか?」


 隣りにいた屈強そうな男は、へつらうように黒マントに問う。

 

「いや、待てよ。俺達の旗を掲げてねぇ」

「うっかりですかね。姐さんにも困ったもでさぁ」


 屈強そうな男は片目を瞑り、額をペチリと手の平で叩く。


「っ馬鹿かてめぇは! この旗は命より大事な旗だぜ、俺達にとっちゃぁなあ! 忘れる訳ねぇだろっ、クソがっ!」


 おどける隣りの男に、唾を飛ばして怒鳴る黒マントはフンと鼻を鳴らし。


「……ありゃあ、絶対なんかあったな。よしっ、あの船を襲うぞ!」


「えっ、襲うんですか?」


 いきなりの襲撃命令に、屈強そうな男は驚いてみせる。


「何度も言わせんじゃねぇよっ、クソがっ!」


 黒マントは苛立つままに吠えた。


「へ、へい! あの船襲うぞ〜!」

「あの船襲うぞ〜!」

「あの船襲うぞ〜!」

「あの船襲うぞ〜!」

「あの船襲うぞ〜!」

「あの船──」


 伝言ゲームのように甲板上に叫び声が木霊する。


「だあっ! だから、うっせぇんだよっ、クソ共が! ほらっ、さっさと帆を上げれろっ! 出航だっ!!」


 ダンダンッと床板を蹴りつけ、黒マントは激昂した。


「帆を上げろ〜、出航だ〜!」

「帆を上げろ〜、出航だ〜!」

「帆を上げろ〜、出航だ〜!」

「帆を上げろ〜、出航だ〜!」

「帆を上げろ〜、──」


「だからっ、うっせい、つってんだろ! さっさと働けっ、ぶっ殺すぞ!」


 全く学習しない船員達に黒マントはブチ切れ、怒鳴りつけながら脅しにかかった。


「「「ッ!? ………」」」


 途端に静かになった甲板上で、太陽を背に男は黒いマントを翻し。


「……監視も飽きて来たところだ。なかなか面白くなって来たじゃねぇか……」


 そう呟き。

 逆光に照らされたマントの男は、口から金色の歯を覗かせてニヤリと笑った。


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