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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
84/122

 よろしくお願いします。


 俺と絹さんとおでんは、村外れにある小高い場所まで来ていた。

 それも、人ほどの大きさの岩がゴロゴロと転がる殺風景な場所だ。

 ここは街道から離れており、草木も申し訳程度しか生えていない、言わば石切場のようなイメージの所だった。

 

「ハァ、ハァ、……眺めはいいけど、なにもない所ね」

「は、は、腹、腹、減った。ハァ、ハァ」

「そうだな……。ハァ、ハァ、もうすぐ夕飯の時間だもんな。ハァ、ハァ」


「す、すいません。ハァ、ハァ、ハァ。もうすぐですから」


 ひょんな事で知り合った、ワカメに導かれて訪れた訳だが。

 大人しく彼女の後を暫くついていくと、暗がりの中にポツンと建物のような物が見えてきたんだ。


「あ、あそこです」


「ハァ、ハァ、ハァー。やっと着いたのか」


 彼女の指差す先には、人気(ひとけ)の無い一軒家がある。


 近づくと、この建物が人気の無い理由がすぐに分かった。

 勿論明かりも付いておらず、屋根瓦も落ち、壁板の至る所が剥げている半ば朽ちかけの一軒家だったからに他ならない。


「……まるで廃墟──」

「シー、海賊が近くにいます」


 家の見た目を評価する絹さんの言葉を遮り、ワカメは自らの唇に人差し指を立てる。


「……先に言ってよね」

「………」

「………」

「すみません」


 絹さんからボソッと小言を言われ、シュンとするワカメちゃん。

 落ち込み項垂れた所為で、彼女のおかっぱの髪が、大人しそうな自らの顔を隠した。……だな。あのアニメキャラにそっくりだな。


「それで、件の連れ去られた場所って、あそこでいいの?」

「は、はい。あの奥に連れて行かれるのを見ました」


 小声で質問する俺に、ワカメちゃんも小声で返す。


 俺達は廃墟と見紛う穴だらけの壁に引っ付いて、身を潜めている。

 俺とワカメちゃんの視線は、この廃墟の裏手にある更に小高い丘に向けられていた。

 そこで彼女は、ここより二百メートルほど離れたその丘の、岩壁に沿って設置された鉄製の扉を指差していた。


「ほ、ほんとに、ほんとに人が、人がいるね」

「……採掘場か何かなのかな?」

「……さあね。とにかく様子を窺いましょう。奴等の情報も無いし、人数も知れない。ここで迂闊に動くのは危険よ」


 おでんの言うように、鉄扉の前には見張り役みたいな男が二人、腰に刀を挿した屈強そうな輩が立っていた。

 そして、絹さんの指摘した通り、俺達はワカメちゃんが海賊だと言うから、それを鵜呑みにしただけだから。

 ぶっちゃけて言うと、海賊かどうかも怪しんでいた。 


「……にいちゃん」


 心配そうに祈るように、ワカメちゃんは両手を合わせている。


「……もう、大丈夫だから」

「そうよ、私達に任せなさい」

「……お、おで、強い」


 海賊に無いにしろ、人(さら)いには違い無い、イコールで悪人共だ。

 俺達の旅の目的もそう、攫われたイエ姉の奪還なんだ。

 他人事じゃないこの状況に、否が応でもにも怒りが湧いてくる、(はらわた)が煮えくり返るってもんよ。

 そんな奴等には、キツいお仕置きをせんと気が済まんのよっ、俺も絹さんもっ! あと、おでんもな。


 既に夜の帳が下り、松明を持つ二人組は談笑している。


「あんがとなワカメ。ここまで道案内してくれたら、大丈夫だ。あとは俺等に任せて、お前は宿屋に戻れ」


 ここに到着する間に、ワカメの話してくれた内容を簡潔に言うと。


 約束の時間になっても父親は現れず、代わりに知らないオッサン等に囲まれて、逃げようとしたが逃げきれず、カツオがオトリとなってワカメを逃したと。


 そしてワカメは、カツオを連れて行くオッサン等の後をコッソリ追って、この場所をみつけたんだと。

 あと海賊だと思った理由は「お父ちゃん、海賊に狙われているから……」と、そこから由来しているらしい。

 海賊に狙われる父親って、意味深な発言ではあるがな。


「いやっ! あたしもここで待ってる。お父ちゃんもココに捕まってるかもしれないもん!」


 ワカメは泣きそうな顔で訴えてくる。その黒い瞳に大粒の涙を溜めて。


「あー、うー、どうする絹さん?」

「え、えっとぉ、別にいいんじゃない?」

「よ、よかったな。わ、ワカメ」


 少女の涙にはみんな、弱いらしい。

 考えずともこの子の気持ちは、痛いぐらい分かるから。


 幼いながらも、家の事情に小さな胸を痛めていたのだろう。

 ワカメが言うには、彼女の父親は元交易船の船長で常に兄妹の側にいたらしいと。何かを警戒しての父親らしい行動だろう。

 そしてこの日はたまたま大事な商談もあり、子供連れでは相手に失礼だと、敢えて人目につく表通りに子供達を待たせていたらしい。


 ワカメはこう言うけど。

 多分だけど……。父親の嘘。

 危険な相手と知っていたから父親は、この子等を置いて商談に向かったんじゃなかろうかと思うんだけど……。考え過ぎだろうか?


 俺は潤むワカメの目を見てキッパリと言う。


「じゃあ、約束してくれ。危ないと感じたら一目散に逃げること」


 ワカメは、ブンブンと首を縦に振ってくれた。


「……よし。それと、逃げる場所は宿屋な。宿屋に逃げきれば、必ずモモがお前を助けてくれるからな。それに──」


 あー、なんだ。こんぐらいの女の子の相手をしてると、バンビの事を思い出しちまう。

 あいつ、最後まで着いてくるって駄々こねていたからな。前回の事もあるし、あいつには限界突破なんて無茶振りさせたから、あんま無理させなく無いんだよなぁ。


 話し途中でバンビへと想いを馳せる俺に、ワカメちゃんは小首を傾げる。


「ゴメン、ゴメン。何処まで話したっけ」

「宿屋に戻るところまで……」


「あ、そうそう。約束だよ、一人で行動せずに必ずモモに頼れよって言いたかっんだ。……分かった?」


「……うん。分かった」


 涙ながらにニッコリ笑って、ワカメは首を縦に振っている。いい子だ。これで良しとするか。


「それで、どうするつもりなの?」


 ワカメとのやり取りを珍しく文句も言わず、静かに待ってくれていた絹さんから、こう問い掛けられた。


「ん〜、三人で襲いかかったして、あいつ等絶対に仲間を呼ぶよね」


 俺は俯くワカメの頭を撫でながら、素直に答えた。


「……あ、え。その、お、おで」


 何か言いたげに、そわそわしているおでんに視線を向ける。


「えっとぉ。おでんからも何かある? ちなみにだけど、聞くよ」

「……う、うん。あ、あの。ぎゃ、逆に。お、お、おびき出すって。ど、どうだ?」


 おぉう、どうしたのこいつ。珍しく真っ当な意見を出してきたよ。


「あら、いいじゃない。そのハゲた頭の中にもまだ、脳味噌って呼べる物が少しは入っているのね、驚いたわ」


 ……絹さん。その言い方はちょっと酷いと思います。


 案の定、得意気だったおでんの表情が一瞬で固まり、すぐさま肩を落として(しぼ)んでいく。


 まぁ、まぁ、とおでんを慰めながら。


「おでんの意見もいいけど、危ないだろ。ヘタすると、囮役の奴は何十人も相手をしなきゃならなくね?俺としては、もう少し安全策を取りたい所だなぁ」


「……例えば?」


 間髪入れずに、絹さんに言われて答えに窮す。


「ん〜〜。う〜〜ん。え〜〜とぉ。……ゴメン、思い浮かばない……」


 どう見ても、人工的な洞窟に鉄柵を付けた場所だ。

 空気の抜け穴はあれど、横からとか後ろからとか、別の侵入口が有るのかさえ分からんのよ。


「はい、決まり。おでんの囮大作戦で行くわよ」


「っえ!」

「えっ、なんか変な事言った? わたし」


「……おでんが囮なの? ジャンケンとかで決めるんじゃ無いの?」

「当たり前でしょ。おでんの発案なんだから」


 キョトンと、さも当然の如く絹さんはのたまう。


 おでんをチラリと見る。

 おでんは薄笑みを湛えて、頷いている。

 なんだろう、巨体だけが取り柄のこのオッサンがいつもより小さく見えるんだが、気のせいだろうか。


「でも結局、鍵がなきゃあどうしようも無いんじゃあ」

「ふふん。私を見くびらないでよ」


 そう言って絹さんは得意気に、山吹色の着物の袖から一本の針金を出してきた。


「これさえ有れば、あんな錠前なんてチョチョイのチョイよ」


 不敵に笑う絹さん。


「私、こういうの得意なのよ。小さい頃に家の蔵の錠前を外すのに、凄くハマってた次期があってね。それに内緒だけど、繁忠ん家の蔵もこれでチョチョイと、何回も開けていたのよ。面白いのよ、あっさり開いて」


 ……こそ泥みたい。

 てか、あんた巫女だろ。繁忠ん家で勝手に何してくれてんの!?


「なぞなぞ解いた時みたく、スッキリするのよ」


 だとよ。

 犯罪者の言い分に、耳を貸したくない所だが。

 今は緊急時だ、この女ルパンをブタ箱に送るのは森山村に帰ってからにしよう。自白したから情状酌量の余地はありだな。……気を取り直して。


「なぁおでん。本当にいいのか。お前が一番しんどい役だぞ」

「ど、どい。しん、心配してくれんのか?」


「そりゃあそうだろ。……と、友達だからなっ」

「あ、あんがと。で、で、でも大丈夫だ。お、おで、おで強いから」


 嬉しそうに胸を張るおでんは、二メートルを超える巨体を見せつけてきた。それからおでんは、隣りの少女に優しい隻眼を向けて。


「わ、ワカメ。お、お、おでに、ドーンと、ドーンと任せておけ。かな、必ず、お、おっとうと。あ、兄貴を、助けてやるからな」


「ありがとうございます。ありがとうございます」


 心臓を捧げる格好の巨体に、ワカメがぺこぺこ頭を下げる。


 厚い胸板にモジャモジャの胸毛を蓄えたこの巨人は、無い髪をゴツい手ですくい、ガチャガチャの歯を光らせて英国紳士風の爽やかな笑みを作った。


 ……誰だこのひと。

 いつになく男達な事を言うおでんが、イケメンに見えてしまった。ちょっとだけ、抱かれてもいいかなって思えて……嘘だけど。


 この後すぐにおでんは、一部始終を見ていた絹さんから「気持ち悪い」と罵られ、腹に鉄拳をもらい元通りに。それから気持ち悪いだけのおでんを含め、俺達三人は固まり、ひそひそと作戦会議。


「これで決まりね」

「うん、簡単でいいね」

「わ、分かった」


 作戦会議はあっと言う間に終了。

 おでんの提案をまんまパクリだからな。


「あ、あと、おでん。これ持ってけ」

「……な、なんだコレ」


 俺は腰に下げていた巾着袋から、使い所の無かった火薬玉(ハト爺お手製)四つとマッチ箱をおでんに渡した。

 マッチ箱はモモのをくすねてきた物だから、また後で大目玉を喰らうのは覚悟の上で。


「ほら、ここにチョロッと紐が出てんだろ、これに火を付けて投げんだよ。そしたら俺の義手並みに音と光りが出るから」


「お、おおぉぉぉ!」


「結構な音がするからな。おでん、お前は耳が敏感だから、使う時はちゃんと耳を塞げよ。それと、カツオを助け出したら俺も火薬玉鳴らすから、それまで何とか耐えてくれ」


「う、うん。わ、分かった。き、き、肝に銘じる」


 鼻息を荒げておでんは、意気揚々と動き出す。

 やわら廃墟の横に積まれていた角材を持ち上げると、ゴツゴツした岩の間を縫って丘を降りてゆく。


「私達も配置につくわよ」

「アイ、アイ、サー」


 心配そうに見つめるワカメに、おどけた笑みを見せて余裕のあるフリを演出。

 

 間抜けヅラと絹さんに罵られつつ、俺達は廃墟を飛び出し、忍び足で裏手にある小高い丘の岩肌にピッタリと背を預けて闇に紛れる。


 ややあって。


「パアアァァァァァァァァァァァァァァァン!」


 炸裂音が轟き、暗い丘を閃光が包む。


「も"お"ぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!! ガンッ、ガンッ、ガンッ、……ッ!!」


 よし、始まった。

 次いで、獣のような咆哮と猛烈な打撃音が、夜の湿った空気を震わした。

 

「おい、何だありゃあ!」

「おう、遠くで誰か暴れてんぞ。……まさか襲撃か?」


 血相を変えて慌てふためく監視役の二人。そして。


「パァアアアアアアアアアアアアンッ!!」


 おでんは鉄格子の前にも火薬玉を投げてきた。


「うわぁ! おいっ、お前等も来いっ! 敵襲かも知れん」

「敵の数も不明だ! 手の空いてるもんは、とにかく出て来いっ!」


 鉄柵に向かって二人は叫ぶ。

 その間にも火薬玉の破裂音やおでんの雄叫びが響いてくる。

 鉄柵の奥からわらわらと十人ほど出て来た所で、男達は音のする方へと走っていった。


(もうっ、ビックリするじゃない! 耳が痛いっ、キーンってするっ!)

(え、なに、耳が痛い? なんか後ろめたいことでも言われたん?)


(……図にのならないで、笑えないわ)

(すんません)


 ジョークのつもりが、真顔で返されビビる。


(……ねぇ、どう思う。全員出て行ったと思う?)

(いや、まだ数人は残っていると思う)


 暗がりに身を潜めながら、俺達は突入のチャンスを窺っていた。


「もあ"ぁあああああああっ!!」

「「ワー、ギャー! グワー、手強いぞこいつ! ギャー、化け物ー、死にさらせー!……!」」


 そんな中、遠くから悲鳴や怒号が届いて来る。おでんがおっぱじめたんだ。


「絹さん、時間が無い。とにかく中に入ろう」

「そうね。まぁ、イザとなったら私の鍛え上げた体術であいつ等なんか、コテンパンにしてやるんだから」


 コテンパンって……。

 だから、何度も言うようだがあんた巫女さんだろ。


 絹さんは細い腕をまくり、女の子らしい小振りの拳を握り締めて(まなじり)を吊り上げる。


「じゃあ、行くよ」

「あ、まって、私が先っ!」


「はあ? どうでもいいだろ、そんなことっ!」

「うっさいバカッ、うっさいバカッ! この救出作戦の大将は私なんだから、あんたは黙って私に従っていればいいのっ!」


 ……なんだよそれ。

 絹さんの妙チクリンな(こだわ)りに軽い頭痛を覚えながら、俺は絹さんの後ろにくっ付いて忍び足で鉄柵へと向かった。





「おい、いま外から破裂音がしなかったか?」


「ああ、聞こえな。だが俺達には関係ねえ。俺達の仕事はこいつ等の見張りだからな。ここからは動けんな」


「キヒッ。もし命令を無視したら『多治』さんに殺されかねんからな。規律に厳しい方だからな、お頭は。キヒヒッ、外の事は他の奴等に任すしかあるまい」


 ここは洞窟の最奥。

 広さは六畳ほど、高さが大人が有に立てるくらいの高さのルーム内にて、三人の男達が卓を挟んで酒盛りをしている。


「こいつが首を縦に振りゃあ、こんな手間なんぞ掛けんでもすむモンをっ、なあ、オラァッ!」


 忌々し気に壁に設置された鉄格子を蹴るのは、ハゲ散らかった頭で筋肉質の男だ。


「そうだな。こいつの『海峡一の船頭』としての腕を多治さんは買っているからな。魔の海峡と呼ばれる荒ら海で商売するには、こいつが必要らしい」


 クイっと、お猪口で酒を煽る細身の男が薄く笑う。


「キヒ、キヒッ! 阿片、阿片。ありゃあ、スゲー薬だな。一週間寝なくても、みんなピンピンしてらぁ。キヒャ、ヒャッ、何処の国だってあんな魔法の薬欲しがるわなっ、キヒヒッ!」


 不自然に背骨が『く』の字に曲がった小男は、興奮気味にバク転をする。


「ああ、大陸から来る外国船は本土の西側にしか来んからな。東側に卸すにも、陸路じゃあ『八角山』が邪魔して難儀する。そこで海路を使う俺等の出番って訳だが。海は海で、こいつが邪魔しやがるっ!」


 筋肉質の男の、鉄格子を蹴る足に力がこもる。


「おい、落ち着け。うるさくて、折角の酒も不味くなる」


 細身の男はジロリと筋肉質の男を一瞥、すぐにまた徳利(とっくり)を傾けてお猪口に酒を注いだ。

 そして、クイッと一口で酒を飲み干すと話しを続けた。


「はぁ。今じゃあ落ちぶれちまったが、これでもこいつは津之領の交易船を束ねていたほどの男だ。言うなれば、俺達海賊の敵だったんだ。元々敵同士なんだから、こいつもおいそれと首を縦に振らんだろう」


「キヒッ。だが運良く捕まえられたよな。それもガキも一緒によ。キヒヒッ。この野郎、神出鬼没だったから苦労したもんよ、キヒャ、キヒャッ! あとは頭が来るまで待つだけだな」


 そう言い終えると小男は、タタタと長い両腕と短い足の四足歩行で猿みたい小走りし、そのまま鉄格子に駆け寄り、しがみ付いた。


「ウチ等のお頭は、骨がポキンと折れる音が好きなんだとよ。なあ、ガキんちょ。どこから折られたい? 指かなぁ、腕かなぁ、足かなぁ。キヒヒ、キヒッ、キヒッ!」


 鉄格子に顔を引っ付ける小男の顔面が、下にトロけてゆく。

 その、笑みとも取れる醜く歪んだ表情で、小男の血走る目線の先には、部屋の隅で抱き合う父と子の姿がある。


 父親の方はザンバラ髪を後ろでまとめ浅黒で、如何にも海の男といった印象を受けた。

 程よく引き締まった父親の体に、ひっしとしがみ付く子供の方は、紛うこと無くカツオ本人だ。


「お父ちゃん……」

「ハハ、そんな情け無い顔をするな。お前も海の男だろう。あんな猿の言葉なんぞ、荒海の鳴き声に比べりゃあ、へみたいなモンよ」


 消え入りそうなカツオの声に、父親は力強く答える。


「猿とはなんだ、猿とはっ、キー!」


 猿呼ばわりが琴線に触れたのか、小男が激怒する。

 四肢を使って狂ったように鉄格子を揺らし、キンキンと嫌な音を鳴らす。


「だからテメェ! やかましいっつてんだろうがっ!」

「ッギャン!」


 細身の男が放ったお猪口が小男の後頭部に当たり、途端に静かになる。


「ったくよぉ。もうすぐにでもお頭が来るんだ。ちっとは大人しく待てっつーんだよ!」


「「へい、すいやせん」」


 このやり取りから見るに、どうやら細身の男がここのトップらしい。


 すごすごと戻る小男の背中を見据えながら、父親はカツオを抱きしめる。


「カツオ。大丈夫だからな、心配すんな。俺だって伊達に十年以上もの間、海の荒くれ者共を従えて海峡を渡ってた訳じゃ無いんだぜ。おとうが本気を出せばな、あいつ等なんて鼻くそみたいに丸めてポイだ」


「……お父ちゃん」


 そう殊更に力強く語る父親に対して、その硬い筋肉張った胸に顔を埋めるカツオは、幾分安心した様な顔を見せる。


「……あんなクソみたいな薬の運び屋なんて、誰がやるもんか」


 吐き捨てるように。

 父親は我が子を抱きしめながら、燃えるような瞳で、そう呟きを落としていた。





「なあ、絹さんよぅ。俺さぁ、結構しんどいんだけど」

「言うなバカ! 私だって必死に耐えてるんだからっ!」


「だってよう、この量、半端無いよ」

「うっさい、黙って歩きなさい!」


 洞窟の上を見上げて俺がボヤく。


「……ほら、見てよ。俺、脚がいっぱいある虫って、苦手なんだよねぇ。だってこんな天井みっちりにゲジゲジが居るの、まじでキツいんだけど」


「ああ、言っちゃった。折角、見ないフリしてたのに言っちゃった! もう、イヤ。わたし帰る。あとはあんたひとりで何とかしなさい」


 洞窟の中で、クルリと反転しようとする絹さんの襟首を掴む。


「何よ、離しなさいよ! 私はこの世で虫が一番嫌いなのっ、虫唾が走るのよっ!」


「いや、そうじゃなくて。絹さんの背中にゲジゲジが──」


 絹さんの顔が瞬間で青くなり。


「── ッぎゃあああああああああああああ!!」


 パニくる絹さんはその場でグルグル回って、洞窟の奥の方へと走って行っちゃった。


「ちょっと絹さん、そっちは……。て、まぁいいか」


 俺は絹さんの女子っぽい弱点にニヤニヤしながら、彼女の後を追った。


 入ってから確信した。

 足元には重い物を何度も運んだ様な、へこんだ(わだち)が奥まで続いており、ここは何かの採掘用の洞窟だと。


 それに洞窟内は以外に広く、おでんで例えると。

 高さは、おでんが余裕でスキップ出来るぐらいの高さがあり、横幅はおでん二人が手を繋いで歩けるぐらいの広さがある。

 しかも、要所要所に松明が灯してあり、比較的明るいから結構助かる。


「絹さん何処まで行ったんだ?」


 ボヤきながら暫く歩くと、山吹色の丸い物体が見えて来た。

 まあ、絹さんだけど。

 彼女は、壁に持たれ掛かるようにちっちゃく丸まっていたんだ。


「……やっと見つけた。絹さん、大丈夫?」

「取って、取ってよ。背中にゲジがいるんでしょ。早く取って!」


 膝を抱えてプルプル震える絹さんがヤケに新鮮に思えて、なんだろう意地悪したくなってきた。


「ありゃりゃあ。三匹もいるしゃん。ゲッ、しかもナメクジも引っ付いてるっ、キショッ!」

「ッヒ!」


 逃げる時に落っこちたのか、絹さんの背中にはとっくにゲジは居ない。ましてやナメクジも居ないのに、居るフリで話す。


「俺ってば、ゲジもナメクジも苦手なんだよねぇ。ゲジのこの無駄に多い脚が生理的に無理なんよ。そんでナメクジなにっ! ヌメるって、なんかもうキモい」

「ヒィッ!!」


 プフゥー! 

 絹さん超アップアップして、超ウケる。


「ごめんなさい。今までごめんなさい! 謝るから、モンジにいっぱい謝るから、取って! ねぇ、取ってよぉ!」


 涙声の絹さんが、なんとも哀れに思えてきた。


「はいはい、しょうがねぇなぁもう。ちょっとジッとしててよ」

「ありがとう。ありがとうございますぅ」


 なんもない絹さんの背中を払ってやる。


「はい、取れました」


 しゃがんでた彼女は振り返り、半泣きで俺に抱きつこうとしてきて── 固まる。


「あんたの肩に……ゲジがいるわよ」


 俺は恐る恐る絹さんの視線の先に首を曲げる。

 左肩の上、そこには正式名称『ゲジ目ゲジ科ゲジ属ゲジ』が、俺に熱い眼差しを向けていた。


「「……ッぎゃあああああああああああああっ!!」」


 こうして青い顔をして叫び声をあげるおバカなモンジと怒りんぼの絹は、二人で仲良く洞窟の奥まで逃げていったんだとさ、お終い。


 嘘です、まだ続きます。





「……なにか聞こえねぇか?」

「キヒヒ、お頭じゃねぇのは確かだな」


 筋肉男と小男が訝しむ中、細身の男は徳利から直に酒を飲みながら、鉄格子に目を向ける。


「大方、こいつ等のツレかなんかだろう。ふふ、お頭が来るまでの暇潰しにゃあ、丁度いい」


 細身の男が徳利を卓に置くのと同時に、筋肉男と小男は身構える。



 洞窟内を無茶苦茶に走り回っていたモンジと絹。

 敵陣なんて事をすっかり忘れて、何度目かの曲がり角を無警戒に曲がる。


「絹さん取って、取ってよぉ」

「嫌よ。あんたは自分で(、、、)何とかしなさい!」


 ずんずんと先へと進む絹をモンジは追いかける。


 ここまで敵らしい敵に合わずに、気持ちも緩んでいたそんな矢先だ。普通に曲がり角を曲がって。


「ホントに無理だから、私、ゲジだけは── あっ」


「よう、姉ちゃん。……ほう、こりゃあ、えらい別嬪さんだなぁ。むふふっ、色々楽しめそうだぜ」


 曲がり角を曲がって絹さんは、突如現れた飴色の着流しにハゲ散らかった筋肉質の男に、捕まってしまった。


「絹さん!」

「痛たた。モンジ、なんとかしなさい!」


「キヒ、キヒヒヒッ! なに、なに、別嬪さんがいんのかい?」


 次に現れたのは橙色の作務衣姿の小男。

 背中が異様に曲がった猿みたいな男だった。


「キヒャッ! こりゃあ、いいな! どれどれ乳でも揉んで見るか、キヒャ、キヒャッヒャッ!」


 言うや否や腕を極められ動けない絹さんの胸を、この小男は無造作に揉みしだく。


「イヤッ、やめて!」

「ヒャッヒャッ! 揉みがいはねぇが、いい声で鳴きやがる! なぁ、俺が一番でいいか? 俺ぁ、この娘が気にいったぜ!」


 そう言いながら猿男は、絹さんの尻も揉み始めた。


「イヤッ、イヤッ!」

「キヒャヒャッ! いいな、いいよ、興奮してきたよ! ヒャッヒャッヒャー!」


 限界に近かった。

 こいつ等の絹さんに対する傍若無人な態度に、俺はキレる寸前だ。


「おい、テメェ等! 静かにしろって言っただろうがっ!」


 今度は唐草模様の着流しに、腰に小太刀を二本挿した細身の男が姿を現す。

 そして絹さんを見下ろし、いきなり小太刀を抜いた。


 チンと、洞窟内に細身の男の、小太刀を鞘に納める音が響く。


 目にも止まらぬ速さだった。

 何を斬ったのさえ理解出来ない。けれど、絹さんの悲鳴で気付かされたんだ。


「イヤー、見ないでぇー! イヤッー!」


 細身の男が斬り裂いたのは、絹さんの着物の帯だった。

 

 薄青の帯がトンと、彼女の足元に落ちる。

 前屈みの格好で身動きの取れない彼女。

 山吹色の着物がはだけて、彼女の純白の下着が露わとなった。


「ハッハァ! やっぱ、あんたの居合は最高だな!」

「ヒャッヒャッ、脱がすのも面倒くせぇ、こいつのパンツも斬り裂いてくれ、ヒャッヒャッ!」


 色めき立つ筋肉男と小男を横目に、細身の男は小太刀の柄に手を置いたまま俺に相対する。


「男に用はねぇ。見逃してやるから、さっさと家に帰ってクソして寝てろ」


 そう、俺にほざいた。


「だとよ。ほら、回り右してさっさと失せろ!」

「ヒャッヒャッヒャッ! ガキはクソして寝てろっ、クソして寝てろっ!」

「ん〜、んん〜、ん〜!」


 筋肉男に口を塞がれる絹さん。


 脳味噌が沸騰する。

 血管が切れそうだ。

 絹さんだからとか、女の人だからとか、そんな陳腐な感情じゃない。

 暴力のみで、人を蹂躙しようとするこいつ等のやり方が、どうしても許せない。

 ヤバい、腹の底から止めどない殺意が迸ってくる、どうにかなっちまいそうだ。

 

「なあ、いま謝ったら許してやる」


「ああ"ッ! なんつった、クソ餓鬼!」

「このガキッ、とち狂いやがった! キヒャ、面白ぇ、面白ぇよこいつッ、キヒャヒャッ!」


「おい、死にたがりかテメェは?」


 俺の通告をこいつ等は無視しやがった。

 なら仕方ねえ。


 モンジの体が、徐々に黒い霧で覆われていく。


「絹さん、ゴメン。俺、もう限界だ。……こいつ等はここで殺す」


 そう呟いた途端に、緑色のモンジの瞳が白濁した死人の目へと変わっていった。


 ありがとうございました。

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