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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
83/122

またですか

 よろしくお願いします。


 空は快晴、日差しが強い。


「モンジさぁ、あんたらを見てるとこっちまで暑苦しいんだけど……」


 絹さんは自分の手を団扇(うちわ)がわりにパタパタ仰ぎながら、俺にクレームをつけてくる。


「おい、バンビ。もうちょい離れろ。……絹さんもああ言ってるし、歩き辛いだろ」


「……やだ。モンジあたしを置いてくもん」


 バンビが俺の腕に絡みついて、非常に鬱陶しいんだわ。


 昼下がりの炎天下の中で俺達は、村の表通りを歩いていた。


 それもそのはず。

 絹さんから海路での情報を得て、宿屋で昼食を終えたあとに俺達は、村の外れにある港へと徒歩で移動中だった。

 メンツは俺とバンビ、それと絹さんとおでんの四人で船の交渉に向かっていた。


「……そんな穀潰しの何がいいんだか。正気を疑うわ」


 絹さんのいつもの悪態に、眉をしかめるバンビ。


「── あたしのモンジに、っふが、ふがぁ!」


 ムッとするバンビは絹さんを睨みつけ、そのまま口を開こうとしたから俺は慌てて塞いだ。


「はいはい、ゴメンなさい。あのね、バンビちゃん。おじさんはバンビちゃんを置いてったりしないから、少しだけ離れようか?」


「………やぅだぅ」


 聞き分けの悪いバンビに、彼女の口を塞いだまま耳打ちをする。


(お前はバカか? また余計な事言って絹さんのゲンコツ貰いたいのか?)

(……だって絹、モンジの悪口言うんだもん。それにモンジだってあたしに、お留守番してろって聞かないじゃん!)


(だから何度も説明してように、遊びに行く訳じゃあ無いんだよ。ちょっと怖そうなオッサンの所に、船の手配しに行くだけなんだから、お前は必要ないじゃんか)

(……病みあかりのモンジも心配だし、離れるの嫌だもん。……寂しいもん)


 そう言ってバンビは更にギュッと腕にしがみ付く。


(べ、別に連れて行っても構わないけど、交渉相手がクセの有りそうなヤツだから、子供連れは如何なもんかと思っただけで……)

(………)


 モニョモニョ言うモンジと無言のバンビ。


 グググ、寂しいとか言うなや。……嬉しいやん。


 少女とは言え、女子に初めて言われたこのセリフに心が揺らぐ。しかもこいつ、無駄に美少女だから拗ねてる姿がいじらしい。


 イカン、イカン、ほだされるな、俺。

 側から見りゃあ、真っ昼間からキャッキャッウフフのバカップルにしか見えんだろ、この絵面。

 恥ずかしいのもそうだけど……通行人もそう、後ろからの絹さんの視線も痛いし、さっさと離れにゃならんよな。


(あー、じゃあ、こうしよう。りんご飴買ってやるから手を繋ぐだけにしような、なっ)

(りんご飴!? りんご飴食べたい!)


 腕から離れるバンビ……チョロいな。


 そう、今日は祝勝祭の当日だ。

 この『関村』も例に漏れず、お祭りの雰囲気を醸し出している。

 前の村の横川村より人もまばらで小規模ではあるが、軒並み村の中は提灯で飾られており、屋台も数台だが並んでいた。一応はお祭りムードにはなっていたんだ。


「おっ、あそこに飴屋のノボリが見えるな。よし、早速行ってみっか」

「やったー!」


 はしゃぐバンビに腕を引っ張られながらも、俺は後ろに振り向く。


「ねえ、絹さんもりんご飴だけど食べたく無い? 滅多にない俺の奢りだぜ」


 もちろん絹さんにも奢りますとも。……あとが怖いしね。


「えっ、いいの? ……せ、せっかくだし、食べてあげてもいいけど」


 声が上擦る絹さん。ちょっと嬉しそう。


「お、おで。り、り、りんご飴。く、食った事ない」

「おう、おでんにも奢ってやるぜ」


 太っ腹な俺の答えに満面の笑みを作るおでん君。

 皆んなの意見が一致した所で、バンビを先頭に俺達は飴の屋台へと急いだ。


「あい、っらしゃい! あんちゃん達何にしやす?」


 細かな動物の飴細工をこさえながら、屋台のオヤジから威勢のいい声が飛ぶ。


 屋台のカウンターには白、赤、ピンク、紫や黄色と色とりどりの飴が並んでいた。


 わぁ〜と、瞳を輝かせるバンビちゃん。

 彼女の前には、精巧な動物の飴細工や簡単な形の丸や三角、色も形も様々な物が飴細工として棒に刺されて売られていた。


「さあ、バンビ。どれがいい? 好きなの選んでいいからな」


「わぁ〜、キレイ……」


 バンビは動物の飴細工に釘付けだ。

 言葉を失って興奮する彼女に、こっちまで嬉しく感じてしまう。


 懐から巾着袋を取り出す俺。

 ふふん。何を隠そう、今日の俺は小金持ちなのだ。

 ていうのも、モモがお祭りだからって気を利かせて、借金名目ではあるが百文も貸してくれたから。


 百文。

 百文だよ百文。

 小銭袋がパンパンだっつーの。

 あのなんつうの、寛永通宝ってヤツ? 銭形平次が投げるヤツな。穴が空いてるお金のヤツな。


 そんで、恥ずかしながらお金の価値を知らん俺は、モモからコッソリ物の値段を聞いたのね、そしたら豆腐一丁が四文で買えるって教えてくれたんだ。


 そうなるとだな。

 豆腐一丁が五十円で計算すると……一文が十二、三円だから。つまりは百文で千二百、三百円持ってるって計算になるよな!


 千三百円っ!

 フハッ、フハハハハ! こんだけあればアラブの大富豪並みに豪遊出来るってもんよ! フハハッ、フハハハハッ!


 久しぶりにお金を持って、テンション爆上がり中のモンジ君でした。


「じゃあ、じゃあ、あたしはりんご飴ね」

「私はウサギにしようかな……」

「お、お、おでも。り、りんご飴がいい」


「それじゃあ、おっちゃん。りんご飴四っつとウサギと、あとバンビ、もう一つ選んでいいぞ」

「えっ、いいの?」


「ああ勿論。絹さんにも二つ買ったからな。遠慮すんな」

「やったぁ! じゃあね、じゃあね、コレッ、ヤックルッ!」


 バンビは鹿の飴を指差して興奮してる。()いヤツめ。


「あー、おっちゃん。あと鹿のヤツも追加でお願いね」


「あいよ〜。全部で三十文になりやす」


 安っす。

 ほくほく顔の女子二人は両手に飴を持ち、絹さんは優しい瞳でウサギの飴細工を愛ながらりんご飴を齧っていた。


「モンジ。甘いよ、酸っぱいよ、止まんないよ!」


 バンビは夢中でりんご飴にかぶり付いている。


「そっか。良かったな」


 ほっこりしながら、俺も一口りんご飴に齧り付く。


 甘酸っぱいな。

 確かにそうだと、しみじみ思う。

 この世界に来てから殆ど甘い物に縁の無い生活をしていたから、正味甘味が美味い。


 そんでおでんは一口で丸ごといってたな。

 こいつ美味い、美味いってバリバリ食ってるけど……。何だろう、もうちょっと情緒ってモンを味わって欲しい所だな。


「そうだ、帰りにまたここに寄ってさ、モモと与一郎にもお土産を買って帰ろっか?」

「そうだね。……ん〜とぉ、あたしにもお土産欲しいかなぁ、なんて」


 バンビが申し訳無さそうに上目遣いでせがむ。

 あざとい仕草のバンビにグラッとくるも、素知らぬ顔で親指を立てる俺。


「当たり前だのクラッカーだぜ!」

「やったー!」


 喜ぶバンビが愛おしく感じてしまったのは、内緒にしておこう。うん。

 また調子に乗って、意味も分からんクセに子作りするって騒ぎそうだからな、こいつ。


 表通りを食べ歩きで目的地を目指す俺達。

 そこかしこから良い匂いが漂ってくる。

 周りを見ると香ばしい香りの醤油ベースの焼き餅屋台や、甘い香りで餡子のお焼き屋台と食べ物系の諸々の屋台が続いていた。


 そして蕎麦屋の屋台が見えて来た時だった。

 蕎麦屋の店主らしいネジリ鉢巻でハゲたオヤジが、怒鳴り声をあげていたんだ。



「── ったく! うすぎねえガキ共だなっ! 商売の邪魔だっ、とっとと何処かへ失せやがれってんだっ!!」

 

 犬っコロでも追っ払うように、ボロを纏った幼い兄妹をシッシと追い払っている。


 俺の足が止まる。バンビもその様子をジッと見ていた。


「……あんたまた、悪い虫が疼いてんじゃないの? 解っているとは思うけど、私達には時間が無いんだからね」


 ちびちびとりんご飴を齧る絹さんに、ピシャリと釘を刺される。


 解っちゃいるが気持ちが疼く。

 おでんも顔をしかめて兄妹を見つめていた。

 

「……モンジ。……あたし、お土産いらないから、代わりにあの子達にお蕎麦を食べさせてあげたい」


 バンビからの殊勝な訴えに、居ても立っていられなくなる。


 そりゃそうだ。

 指を咥えて客の食事姿を見ている兄妹に同情して、バンビが優しい言葉をくれたんだ。

 ここで動かなきゃあ、男が廃るってモンよ。

 だからか、踏ん切りのついた俺は絹さんにこう言ってやったんだ。


「すんません。限界ッス。お便所行って来てもいいっすか? ちょっと漏れそうで……」


 とな。

 オシッコしたそうに、股間を押さえてモジモジする俺がいた。そんな俺に、呆れ顔の絹さんは溜息を吐く。


「はあー。あんた、イエ姉の弟だもんね。ホント性格がそっくり。……変な所が頑固なのよ、あんた達兄妹は。……はあー、分かったわよ。でもこれだけは約束してね。あんまり深く関わらない事! いい、分かった?」


 長い付き合いの絹さんには速攻で演技もバレバレ。

 だけども、とりあえずお許しを頂いたので俺はバンビを伴って蕎麦屋に走った。


「すいませ〜ん」


「へい、らっしゃい! 天ぷら、揚げと卵が在りやすいが、どれにいたしやしょう!」


 屋台の申し訳程度の暖簾をくぐると、さっきのネジリ鉢巻のハゲたオヤジから愛想のいい声で注文を受けた。


「えっとぉ。冷やしで、全部乗せで蕎麦二つ下さい」


「あいよぅー!」


 威勢のいい声と共にチャキチャキと動きだす店主。


「バンビはどうする? お前も食べるか?」

「大丈夫だよ。お昼にモモの親子丼、いっぱい食べたからお腹いっぱい」


 そう言ってお腹をポンポン叩くバンビちゃん。

 心無しか、ぼっこり膨らんでいるように見えるのも気の所為か。

 そう言えば、秘伝の親子丼をお代わりまでしてたもんなこいつ。実際、モモの親子丼が美味かったからしょうがないよな。


「へい、お待ち! 二杯合わせて十六文になりやす」


 さっさとお会計を済ませて、あの幼い兄妹を探す。

 視線を彷徨わせて数秒、少し離れた木の影で涼んでいる兄妹を発見。俺達はてんこ盛りの(どんぶり)を持って兄妹に近づいた。


「あー、えーとぉ。お前等って腹減って無い?」


「「っえ!」」


 突然話し掛けられて驚く兄妹。


「蕎麦屋で頼んだはいいけど、俺達腹一杯でさ。……悪いんだけどコレ。食べれる?」


「「えっ、いいの?」」


 綺麗にハモる二人に可笑しくなってきた。


「あー、こっちからお願いしたい所だよ。捨てるのも勿体ないし、何て言うか。あ、そうそうSDG.sってヤツだな」


「え。エス、ディ、ジー、エス? って、何?」


 適当な事を言う俺に、顔をしかめてお困りのバンビちゃん。


「えー、なんつーか。……確か、持続可能な開発目的の略だったような。……つまりは、人が安心して暮らせる世界を皆んなで作りましょう、ってことだよ」


「……はぁ」


 小首を傾げるバンビと幼い兄妹の動がリンクする。


 まぁ、偉そうに言ってるけど、俺も良く解って無いんだよなこれが。ただカッコいいから、言ってみただけなんだよね。テヘ。


「ほら、そんなことよりどっち? お前等、食べれる?」


 丼を持って急かす俺に、兄妹の兄貴の方が不遜な態度で。


「あぁ、勿体ないし。仕方ないから食べてやってもいい」


 だって。

 ガリガリのくせによく言うぜ。……でも、面白いヤツだな。


 兄妹にてんこ盛り蕎麦を渡すと、二人は勢いよく無心で食べ始める。見るからに、よっぽど腹が空いていたらしい。


「ふふ、ふふふ……」


 こいつ等の目の前で、バンビはうんこ座りをして彼等の食べっぷりをニコニコ眺めている。

 そして二人がペロリと食べ終えと、些か躊躇いがちではあるが、大事に持っていた鹿の飴細工を女の子の方へ差し出し。


「……これもあげる」


 だってよ。

 バンビからおずおすと飴細工を受け取り、ありがとうと感謝を告げる女の子。

 少女達の微笑ましいやり取りに、なんともほっこりしてしまう。バンビの優しい心根に俺は、無意識にこの子の白髪を撫でていた。


「……お前は出来た子だな。マジで惚れ直したよ」


「……惚れ!? 惚れ、惚れ、惚れ直した! あたしもっ、あたさしもモンジを惚れ直したよ!」


 思わず吐いてしまった言葉にこいつったら、過剰反応を示して飛び付いて来やがった。


「赤ちゃん! 今夜も赤ちゃん作るよ!」

「いやいや、それはねえ! 鬱陶しいってだからっ、俺は一人で寝たいんだよ!」


 なんで、なんでと異常に興奮するバンビを押さえつつ、本音を漏らす。


「……なあ。にいちゃん達って、恋人同士なの? それとも夫婦?」


 ギャーギャー騒ぐ俺達に、満足そうにお腹を摩りながら兄貴の方が聞いてくる。


「え、違う──」

「そうだよ。ラブラブのバカップルだよ。それにあたしは大人だしね、モモとおんなじでボーボーだしね」


 ……何言ってんのこいつ。

 それに、その曝露いま要らなくね? 誰が得すんの?


 俺の言葉を遮って、これまた俺が教えた無駄知識で誇らしげにバンビが返答する。

 このおバカなバンビにガッチリ抱きつかれて、俺は固まる。


 ボーボーって……。


 本人不在の暴露で大怪我のモモが忍びない。

 ……デリケートな話しだし。うん、今日ミミ日曜日って事で聞かなかった事にしよう。

 てか、お前はペッタンコでツルツルだったじゃねえか!


「……ラブラブ? バカップル? ボーボー?」


 ほら見ろ、良く分かんない言葉でいたいけな兄妹が困ってんだろ! しかもバカップルって、褒め言葉でも何でもないぞ!


「あー、俺達のことはどうでもいいや。それでお前等はこの村の子供か?」


 どうでも良く無いって言いながら、ポカポカ叩いてくるバンビを無視して兄貴の方に聞いてみる。

 あと、見えずらいけど、女の子の腕から流れている血も気になっていた。

 多分で、蕎麦屋のオヤジに叩かれたか何かだろうか。


「………」

「……にいちゃん」


 兄貴は(だんま)りで、妹は不安気だ。


 見れば歳の頃は兄貴の方は十才ほどで妹ちゃんは七、八才ぐらいだろうか。

 二人共かなり痩せてはいるが、ヤンチャな印象を受ける兄貴と常にオドオドしている妹ちゃん。


 終始、妹を庇うように前に出てくる兄貴を察するに、兄妹の仲の良さが窺える。


「あー、ゴメン、ゴメン。言いたくなかったら別にいいんだ。俺達は他所もんで、旅の途中でちょっくらこの村に立ち寄っただけだから……」


 何かしらの事情を察し、フランクさを滲ませて返す。


「……でもさ、妹ちゃんの方は怪我をしてるよね。ちょっとだけでもいいから、俺達の宿屋に来ないか? 俺達の仲間に医者が居るから見てもらおうよ。おっと、勿論お代はタダだ」


 努めて優しく言ったつもりだったが、兄貴の顔色が急に変わる。


「……お前、あやしいな。……人買いか?」


 兄貴のこの言い方に、突沸したみたくバンビは兄貴に飛びかかる。


「モンジを悪いヤツ等と一緒にすんなっ、あたしの旦那なんだぞっ! 謝れっ、あたしに謝れっ!!」


 兄貴を押し倒して馬乗りになるバンビ。


 バンビちゃんよ、色々間違っちゃいるが気持ちは嬉しいよ。しかもこんな世知辛い世の中だ、妹を守りたい兄貴の言い分も分かるよ。


「おいバンビ、落ち着け……」


 ポカポカと一方的に殴っているバンビを引き剥がして、俺の腹に押し付ける。

 こいつが落ち着いた頃合いを見て俺は、改めて自己紹介をした。


「俺はモンジってもんだ。で、この狂犬みたいのがバンビ。それでさっきも言ったように俺達は旅の途中で北の大地に向かわにゃならんのよ。ここまでは理解してくれた?」


 妹ちゃんが兄貴を介抱する中、その傍らで不貞腐れたように兄貴はソッポを向く。


「……俺達は聖人君子でもなきゃあ、悪人でも無い。ただ、子供が困っている姿を見過ごせないだけの変わり者だ」


 兄貴の態度にムカついた俺は、言い方も荒くなる。

 

「妹の腕が腫れあがってんの、お前だって気づいてんだろ。どっちでもいいけど、治療か放置かハッキリしろ」


「……にいちゃん」

「……分かったよ。……治療されてやるよ」


 妹ちゃんに促されて兄貴が渋々了承する。


「ハハ。お前さ、いい兄貴だな」

「うるせえ、触んな!」


 兄貴が起き上がるのに手を差し伸べてやったら、思いっきり払われたよ。嫌われたみたい。


 でも面白ぇなぁ、こいつ。

 目を細めて兄妹を見ていたら、俺の腹に埋もれていたバンビが見上げて来て。


「……何か、いい事でもあったの?」


 質問された俺はバンビの頭を撫でて、素直に答えていた。


「ああ。……昔に俺が近所の悪ガキに、緑目を弄られて泣いて帰った時、仕返しに走っていった兄貴の事を思い出しちまって。この感じ、ホント懐かしいなって思ってな」


「ふ〜ん。モンジ、お兄ちゃんも居るんだ。ふ〜ん」

「もう居ないけど、遠い昔にな……」


「ふ〜ん、そっか。それで今はお姉ちゃんと二人っきりか。ふ〜ん、そっか」


 そう言いなからバンビはまた、俺の腹に埋もれる。


 てな事で、日陰で涼んでいた絹さんに兄妹を紹介する事になった。


「えーとぉ、何君と何ちゃんだっけ?」


「……おいらはカツオ。そんでこいつはワカメ」


 不機嫌な態度でカツオが自己紹介をして、ワカメは相変わらずオドオドしながら、絹さんに会釈をする。


「………」


 無言の絹さん。やっぱ、怒ってるのかな?

 重たい空気を変えるべく、なるたけ明るく話す俺。


「カツオ君とワカメちゃんだそうです。ん、どっかで聞いた事のある名前だな……まぁ、いいか。そんでワカメちゃんが怪我をしちゃってるみたいだから、一回宿屋に戻って手当てをしたいんだけど……いいかな?」


 媚びるように下手に出て話す俺。

 腕組みで聞いている絹さんの目が怖い。


「……はあ。あんたさぁ、私の話しを聞いてた? 厄介事は御免だって言ったよね」

 

「絹、絹。こ、こ、この女の子。血が、血が出てるよ」


 おでんの援護がちょっと嬉しい。


「なぁ、絹さん頼むよぉ。こいつ等も親父さんと待ち合わせ中でまだ時間に余裕があるみたいだし、ワカメちゃんの腕にちょちょっと薬付けるだけだからさぁ」


 事前にカツオから聞いた話しだ。

 この兄妹は父親の仕事が終わるのを、あの場所で待っているとのこと。そして待ち合わせは夕方で、また時間があると。


 手を合わせて拝む俺を、冷たい目で見下す絹さま。


「……はあ。……薬を塗ったらお別れなのね。……はあ。仕方ないわね」


 思いっきり嫌な顔をしながらスタスタと宿屋に向かう絹さん。

 彼女を見送り、俺と兄妹とおでんはその場でバンビを待っていた。


 と言うのも、バンビにはお金を渡して、お土産用にりんご飴を四本追加でお使いを頼んでいたからだ。


「はぁ、はぁ、どうだった。絹、怒ってた?」


 絹さんの背中がちっさくなる頃に、バンビは戻って来た。


「ちょびっとな。まぁそれも、いつものこって。それより、お使いありがとうな」


「エヘへ。あたし、モモのこと大好きだから平気だよ。それにモモの喜ぶ顔も見たいし、何てこと無いよ」


 息を切らして嬉しそうに話すバンビ。

 そうなんだ。バンビとモモは、何だかんだで仲良しさんだ。


 側から見ても所帯染みてきたモモは、若いお母さんぽく見えて、見た目の幼いバンビは、彼女の実子っぽく見え無くもない。


 ここで俺は思う。

 モモちん。こいつと仲がいいのは結構なことだが、あんまりこいつに秘密を晒すのは考えもんだと、しかと忠告せねばならん。

 虚偽か真実か定かでは無いが、ボーボー発言も然りで、こいつの口は空気よりも軽いと判明したからな。


 ふう、と息を吐いて気を取り直して。


「じゃあ、俺達も行こっか」


「!? なんでモンジはあたしに残念そうな目で見るの?」


 (さげす)むような目でバンビを見ていたらしい。……身から出た錆だ、気にすんな。


「何でも無いよ。ほら、みんなも行こうぜ」


 不満気なバンビの肩を抱いて、俺達は絹さんの後を追いかけた。





「……また、ですか」


 大人のモモちんから、開口一番に貰った言葉だ。


 その呆れた様子に、若干へこんでしまいそうになる自分にグッと堪えて。

 

「いや、違うんだ。この子、ワカメちゃんが怪我をしててさ。与一郎に見て貰おうとしただけなんだ。ホントそれだけだから……」


 奥さんに浮気現場を見られた旦那みたく、ワタワタと必死に言い訳をするワタクシです。


「なあ、にいちゃんよぉ。おいら達邪魔もんみたいだし、もう帰りたいんだけど。ワカメも、そんぐらいの傷なんて我慢出来るだろう」


「……うん。大丈夫だよ。我慢する」


 まぁまぁと、兄妹をなだめる俺にモモは大層な溜息を吐く。


「はあー、やっぱりモンジさんですからねぇ。歩くだけで厄介事を引き寄せる性分なんですねぇ」


 モモちんにまで言われちまった。

 俺ってば、疫病神的なモンなのかな?


 諦めた様子のモモに、軽く傷ついた俺はしょんぼりしていまう。そんな中。


「お待たせです。それで怪我人は誰ですか?」


 タイミングよく与一郎が現れたんだ。

 どうやら、先に戻った絹さんに事情を聞いたらしい。

 ……すまんが、俺の心の傷も治して欲しいと頼みたい。





「傷の放置は余りお勧めしませんよ。破傷風っていう、怖い病気になり兼ねませんからね」


 そんな事を言いながら、与一郎はワカメちゃんの治療にあたっている。

 

「はい、お終い!」


 包帯を巻き終えて与一郎は笑顔を作る。


「……ありがとう、ヒョロヒョロのにいちゃん」

「ありがとうございます。眼鏡のお兄ちゃん」


 せめて名前で呼んでやれよお前等……。


 兄妹で与一郎に感謝を告げている横で俺は、こいつ等に着せてやる着物を持って突っ立っていた。


 だってなぁ。こいつ等のナリは酷いからなぁ。ボロボロだし、呉座みたいな堅そうな生地だし。

 見た目もあると思うんだよね、村の人に酷い扱いを受けるのも。なんて俺の持論からだけど。


 そこでカツオには俺のお古で辛子色の小袖を用意し、ワカメちゃんには宿屋の女将さんがくれた若草色の古着を貰ったんだ。


 女将さんにタダじゃあ申し訳ないので、お金を払いますって言ったけど。

 気のいい女将さんは「娘が小さい時に着ていた物で、もう着れない物だから」と、タダで譲ってくれた。借金持ちの俺からすれば、助かりますよ本当に。


「では女将さん、お風呂をお借りしますね」


 体の汚れていた兄妹を気遣い、女将さんはお風呂の用意をまでしてくれていたんだ。モモが隅っこで小さく頭を下げている。


「ああ、いいよ。どうせ客なんてあんた等ぐらいしか居ないんだから好きに使ってくれ」


 目尻に細かな小皺を刻んで女将さんは、男前な事を言ってくれる。

 スススと兄妹に近寄りモモは、彼等をお風呂場へと誘導する。慌てた俺は持っていた着物をモモに渡した。


「じゃあ、モモ頼むよ」

「……はい。……えっとぉ、あのぅ。……早とちりで酷い事を言ってしまい、すみませんでした」


 絹さんから説明を受けて納得し、今度は気落ちしたモモちんが俺に頭を下げる。


「ハハ、日頃の行いが宜しく無いからなぁ、俺は。誤解するのも仕方ないよ」


 簡単なことだ、また俺が子供を拾ってきたと勘違いしたモモは、戒めのつもりで俺に厳しい事を言ったらしい。


「頭を上げてくれよ、モモちん。話しをちゃんと聞かないのは俺の専売特許だし、気持ちも良く分かるから気にしないで……」


 励ますつもりで言ったけど、皮肉に聞こえたのかモモは、その身を縮めてまた頭を下げてくる。


「……では、モモはこの子達をお風呂に入れてきますので……失礼します。あと、りんご飴ありがとうございました」


 元気の無いモモは、カツオとワカメを連れて宿屋の奥へと消えていった。


「……モモ、元気ないね」


 小用から戻って来たバンビが、モモの様子を心配そうに語る。


「まあ、夕飯でも食ったら元通りのモモに戻ってるだろう。お前はあんま心配すんな」


 適当な事を言って誤魔化してしまった。


 彼女との付き合いの中で、モモは真面目過ぎるきらいがあるから、いくら取り繕っても意味がないと。

 こればっかりは本人次第だからと、割り切るしか無かった。


 俺とバンビで食事用のお座敷でだべっていたら、場違いなほど明るい声で、絹さんがおでんをつれてやってきた。


「ウサギもハッチも、それとヤックルだっけ、あの子もモリモリ餌を食べてたわよ。あの毛艶からして、見るからに美味しいそうよね。あの鹿、もっと太らないかしら」

「や、や、ヤックル。ず、ずっと、ずっとうんこしてた」


 絹さんよ、あんたまだヤックル食う気だろ。

 それに、こいつ等相変わらずだな。全然空気読まなねぇな。


 暗い雰囲気もお構いなしで、普段通りに喋る絹さんがちょっと羨ましく感じてしまった。


「どう? もう行けそう?」


「ゴメンね絹さん。なんだかんだで待たせちゃって……」


「ふん。別にいいわよ。その代わりに奢ってくれた事はこれでチャラね」


 そゆことね。

 馬の面倒をお願いした時も、どうりで聞き分けがいいと思ったよ。


 そうして俺達は、改めて港のある村外れまで向かったんだ。



 それから約二時間後。


「だは〜〜。疲れた〜〜。モモさ〜ん、お水ちょうだい〜〜」


 日も落ちかけ屋台も終わりかけ、表通りを歩く人達も少なくなった頃合いに俺達は、宿屋へと戻ってきていた。


「だから言ったでしょう。あのオヤジは話しを聞かないって」


 玄関の土間に足を放り投げて、お行儀悪く板間に寝転がる絹さんは愚痴を零す。


「モンジ。もっちもちの五平餅、美味しかったね」


 バンビは俺の腕に絡まりながら、屋台で買ったまん丸い醤油餅をえらく気に入った様子で語っている。


「こ、こ、金平糖も。あま、甘くて美味い」


 意外にもおでんは甘党のようだと判明。どうでもいい情報だけど。


「五平餅も美味かったけど、俺は焼きうどんが一番かなぁ。おっと、モモと与一郎にも焼きうどんと金平糖を買ってきたんだ、早速夕飯代わりに食べて貰おうぜ」


 祭りを堪能した俺の小銭入れが、既にすっからかんになったのは言わずもがな。


「あんた等、さっきから食べ物の話しばっかりじゃない! 危機感ってものが欠落してるんじゃないの、ったく!」


 だらしなく板間に寝そべる絹さんが文句を言う。


「はいはい。絹さんも女の子ですから、もっとちゃんとして下さい。それとどうそ、お水をお持ちしましたよ」


 湯呑みを持つモモが絹さんを(たしな)める。


「あ、モモだ!」


 俺から離れてバンビは、素早く板間に上がりモモに抱きついた。


「そうそうこれこれ、夕飯代わりにモモと与一郎にお土産買ってきたんだ。美味しいからあったかい内に食べなよ」


 俺もモモに駆け寄り、お土産を渡した。

 嬉しそうに包みを受け取るモモは、昼の様子とは打って変わり機嫌が良さそうだった。


「ありがとうございます。……実はお夕飯の支度をまだしていなくて、これから買い出しに行こうと思っていたんです。本当に助かります」


「そう言えば与一郎は?」

「裏で薬草の下処理をしていますよ。呼んで来ましょうか?」


「いや別に急ぎじゃないからいいんだけど、ただあったかい内にそれを食べて貰いたいなぁって、それだけだから」


「そうですね。いま呼んで来ます」

「あたしも行くー!」


 小走りで宿屋の奥に消えて行くモモとバンビ。彼女達を見送り、俺も板間に腰を下した。


「……それにしても、あの子は良く働く子だねぇ。おばさん感心したよ」


 小ぢんまりした受付でタバコを吹かしていた女将さんは、モモの背中を目で追いながら褒めちぎる。


「あのぅ、それはどういう……」


「あのモモって子ね。客なんだからふんぞり返ってて構わないのに、あたしが一人で宿屋を切り盛りしてるって話したら、気が紛れるからってあんた等が帰ってくるまで宿屋の手伝いをしてくれてたんだよ」


 お陰でこんな早い時間からのんびり出来るよ。なんて言いながら、タバコを吹かす女将さんは幸せそうな顔を見せる。


 なんだろう。名目上、船の手配と格好つけて遊び呆けていた今日の俺を、ぶん殴りたくなってきた。


「……で、どうすんの。結局、あのオヤジは無理だったでしょ」


 横にいた絹さんはお尻を滑らせ近寄り、険しい表情を見せる。


「確かにな。絹さんとおでんの顔を見て、速攻で門前払いされたからな。話しすら聞いて貰えなかったな」


 俺は、事前に女将さんから貰った地図を懐から出して広げた。


「……ここは関村だろ。津之領までこの後、照島村と三崎村と広野村と白磯村って続くだろ。やっぱ村を順繰り進んで北の大地まで船を出してくれる人を、地道に探すしかないんじゃないか?」


「はん、呑気な話しね。……でもこの様子じゃあ、中々厳しいと思うけどね」


「だよなぁ。海賊だもんなぁ。どうすんべか」


 絹さんと二人、地図と睨めっこをしながら頭を抱えてしまった。

 そんなおりだ。一人の少女が宿屋に飛び込んで来たんだ。


「あ、あのぅ! 助けて下さい! おにいちゃんが、おにいちゃんがっ!」


 夕暮れ時に血相を変えて飛び込んで来たのは、若草色の着物の少女。そう、昼間に面倒を見たワカメちゃんだった。


「おおう、どうしたん? まぁまぁ、でも、とりあえず落ち着こうぜ」


 よっぽど急いで来たのだろう。息を切らすワカメちゃんは汗だくだった。


「お、お父ちゃんとおにいちゃんが『海賊』に捕まっちゃって。モンジ兄ちゃん、お父ちゃんとおにいちゃんを助けて!」


 懸念していたワード『海賊』。

 俺達の頭を悩ます『海賊』という単語に、俺と絹さんは顔を見合わせてコクリと頷いていた。

 ありがとうございました。

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