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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
82/122

カモン、ベイベー

 よろしくお願いします。


 薄暗い空間にポツンと俺はいた。

 ボンヤリしながら佇んで、例の如くにまた此処かと思ってしまう。


「……何だ、ありゃあ?」


 遠くには光りが見える。あったかそうな灯火みたいな光りがたくさん。


 俺はその光りが気になって一歩を踏み出す。


「グッ、なんだよ、これ!」


 何も無いのに、まるで水中を歩いてる感じがする。謎の浮遊感が気色悪い。


 はいはい、夢ですから、はいはい。

 

 視線を落とす。

 体はあるな、うん。

 ただ自分の体が朧げで半透明、言うなればお化けみたいに実態が無い感じ。何ともはや、違和感ありまくりです。


「まぁいい。今回の演出はこうなのね」


 と、アッサリ受け入れ、それでもめげずに俺は前に進む。

 半ば泳ぐように空間を漕いで、光りの元へとイザ邁進する。

 目につくモンがそれしか無いんだから、とりあえずで行くしか無いっしょ。


 えっちらおっちら辿り着いた先で、光りの正体が何なのかが判明。


「ほわぁ〜〜〜」


 それはもう、壮観だった。

 百以上、千近くあるのかなぁ。その光りは正体は、全てが鏡だった。


 俺の背丈ほどの高さで、空間に無造作に並ぶ鏡の集合体。

 

 触れぬ様にして分け入ってよく見ると、表面が波打つ不思議な鏡にまた驚いてしまう。

 一つ一つに色々な動画が流れており、日常の何気ないシーンや激しいバトルシーンなど、どれも違う動画が流れていた。


「……ッ!? この子って、マジか」


 その一つ、日常を流す鏡の中に見知った人物を見つけて俺は、思わず鏡に触れてしまった。そしたら急に── 暗転。

 




「いつも傷だらけなのね」


 見知った人物。

 俺の姉、イエにそっくりな女の子に話し掛けられた。


 髪色、目の色は黒い。だから別人なんだけど、顔が幼少期のイエに瓜二つで俺は目を剥いて驚いてしまった。


「……師匠の稽古が厳しくて、面目御座いません」


 俺が喋る、勝手に……。


「いつも稽古稽古でわたし……。すんごく、つまんないんだけど」


 夕暮れ間近の道場の中。

 そう言って十歳位の女の子は駄々を捏ねる。

 次に後ろに手を回して体をゆさゆさ、桜色の着物の袖を揺らしていじけた素振りも見せた。


「……すいません。決して姫を蔑ろにしている訳では御座いません。私は早く一人前なりたくて……いや違いますね。誰よりも強い武士になりたくて私は、日々精進しております」


 強い口調で俺が……。厳密に言えば、俺が乗り移ったこいつが喋る。


「……わたし、遊んでくれるお友達がいないから。貴方しかいないから。だから、もう少しわたしとも遊んで欲しいんだけど……」


 寂しそうに口を尖らす幼いイエ姉。


 ……ヤバス、めっちゃカワユす。抱きしめてやりてえっス。

 おぉう、危ねぇ。イエ姉ちゃうちゃう、この子は別人だから。


 俺が一人で悶々としている中、会話は続いてゆく。


「……日暮れまでにはまだ時間があります。それで良かったら、そのぅ。私なんかで何ですが、一緒に蹴鞠でもしませんか?」


「えっ、いいの! 疲れて無いの!?」


 暗い表情から一変、途端に瞳を輝かせる女の子。


「はい、もちろんです。私は『咲さま』の子守役でもありますから」


「子守って酷いよっ、いっつもわたしだけ子供扱いしてっ! 『九郎』だってわたしと大して歳は離れて無いでしょ!」


 咲さまか……。て、んん?


 彼女は、ほっぺたを膨らませている。

 怒ってはいるみたいだが、そのキュートなお顔にむしろ、もっと叱られたい気分にさせられる。


 九郎と呼ばれたこいつがしきりに謝って、斜陽の差し込む道場を二人は仲良く後にした。


 そして── 暗転。

 また鏡がたくさんある空間に戻ってきた。


 地べたに座り顎に手を置く俺。

 ここで一考。


『咲さま』って言ってたな。

 確か、モモが探してた人だよな。イエ姉に似てるって言ってた人……うん。そうだな、モモが言ってた通りに双子みたいにそっくりだった。


 あと、これは『九郎』ってヤツの夢、もしくは記憶なのか? 九郎……この名前もどっかで聞いた気がするんだけど、どこだったっけ。


 記憶の回廊に行こうとするも、その前にある疑問点に気づき踏み留まる。


 でも、何で俺はこいつの夢にいるんだ?

 ……んん、んんん、考えても分からん。


「でも、咲さま可愛いかったなぁ……」


 女の子の面影を思い出し、眉根を寄せた険しい顔が一瞬で緩む。


 ……もう一度咲さまに会いたいかも。偽物でもいいからイエ姉に会いたいなぁ。他人の夢だけど、もちっとだけ覗こっかなぁ。


 多少の罪悪感を抱きながら、体育座りをしていた俺は立ちあがった。


「……あれ」


 目眩がして咄嗟に手を伸ばした先に鏡があった。そこでまた暗転する。



♢♢



「── 『片岡 九郎太郎右衛門』貴様を『王帝 氏政神王様』殺害の罪で、これより処刑する。その(しるし)は百日の間、荒富川(あらぶかわ)にて晒し首とす」


 俺は月明かりに照らされていた。

 ここは、篝火に囲まれた大層なお屋敷の中で広いお庭の中心。


 恫喝するように言われ、こいつ『九郎』は顔を上げる。


 眼前にいる烏帽子に紋付袴の厳ついオッサンが俺を見下ろし、巻物に記された罪状を読み上げていた。


 呉座の上で膝を折る俺は白装束。

 目の前には酒らしき物が入った小皿が地面に置かれ、その横に小刀が一本だけ置かれた木の台が並び、小刀の刃が月明かりで鈍く光っていた。

 まさしくこれは、テレビで見た事のある切腹シーンだ。内心、心臓バクバクで焦りまくる。


「介錯人を務めてまする『時任 三郎太』と申す。……お主、何か辞世の句でもあれば遠慮は要らん、申すがよい」


 頭に鉢巻、(たすき)を掛けた打掛(うちかけ)と袴姿の侍が、刀を振り上げてそんな事を言う。


「辞世の句か……。(咲様、今お側に参ります)」


「おい、貴様っ、今なんと申したっ!」


 血気盛んな若い介錯人が俺に怒鳴る。


「……介錯は必要ござらんと」


 そう言い残すとこいつは、青く光る小刀を持ち躊躇もなく己の腹を斬り裂いた。途端に激痛が俺を襲う、泣きそうだった。


 だがこいつは溢れ落ちる臓腑も気にせず、次には小刀を首に当て──


 一気に斬り落とした。


 ゴロンと地面に転がり落ちる俺の頭。

 赤く染まった視界に、刹那の瞬間にだけ見えた満月が映る。


 何故だろう。

 その瞬間の満月がなんとも言えず、とても美しく見えたんだ。



♢♢♢



「はあっ! はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 俺は慌てて飛び起きた。

 思わず首を押さえていた。

 体中から汗が噴き出る。……『死』を実感しちまった。


 首を押さえていた右手を下ろして、その手を見つめてしまう。

 腹を斬り裂いた猛烈な痛みは既に引いている。だけど自らが首を斬り落とした時のあの、骨を断ち切る嫌な感触が未だ手に残っている。


「はぁ、はぁ、はぁ、最悪の夢だな。ふざけんな……」


 当然だが血塗れて無い右手に安堵し、深い溜息を吐いた。


「だよな……。夢なんだし……。それにしても酷えもんだ、なんなんだありゃあ……」


 おそらく夢の張本人である『九郎』なる人物の最後のシーン。最低最悪な場面に冷や汗タラタラでボヤく。


「そんで。はてさて、ここはどこ?」


 過労で倒れて絶叫で倒れて……なに、これ。


 耳に入るリー、リーと奏でる虫の鳴き声と、辺りの暗さで夜中と判明。

 見上げれば木板の天井で、馬車とは違う何処かの宿泊施設と予測する。


 少し落ち着いてきた俺は、置かれている状況を確かるべく周りに視線を流した。


「……ほう、ほう」


 四畳半ほどの簡素で何も置かれてない部屋だった。

 俺の右隣りには布団をひっべ返し、腹を丸出しにしたおでんが大いびきをかいて寝ている。


「ほう、ほう……」


 左を向くと枕の上に丸眼鏡を置いて、微動だにしない綺麗な寝姿で与一郎が就寝中。


 見るからに男子部屋らしい狭い部屋で、俺の布団のしかも、股間ら辺が異様に盛り上がっていた。


「……で、お前は何でここにいるんだ」


 考えられるヤツはあいつしか居ない。

 案の定、掛け布団を捲るとバンビとバッチリ目が合った。


「何してんだ、お前」


「……だって、モニョモニョ」


 小声で文句を言うバンビ。


「ハッキリ喋べれ」


「……モンジが急に倒れたから──」


 こいつの話しを聞けば、最初は女子部屋で寝ていたらしいが。

 夜中にトイレに起きて、ついでに俺の様子を見たら俺がうなされていて、心配になってそのまま俺の布団に潜り込んだらしい。

 

「気持ちは嬉しいが、お前はサッサと女子部屋に戻っとけ。朝起きてお前が居ないと絹さん辺りがまた騒ぎ出すから。そうなるとあいつ、メンドいからな」


 優しく諭す。


「……やだ」


 視線を外されソッポを向かれる。


「だから、また騒いで皆んなに迷惑かけたらお前だって嫌だろ」


「……別に気にしない」


 このガキだきゃあ、懲りてねぇな。いっつも反抗しやがって、ちびっ子特有のイヤイヤ期か!


「あー、分かった、分かった。廊下が怖いんだろ、ついてってやるから戻るぞ」


「あんっ、朝まで、朝までお願い! みんなが起きる前に戻るからっ、約束するからっ!」


 力ずくで引き剥がそうとする俺に、バンビはしがみ付いたまま懇願してくる。


「うるさいですよ、モンジさん。……う〜ん、むにゃ、むにゃ」


 寝ぼけた与一郎に怒られ、一旦動きを止める。与一郎はそのまま寝返りを打って背中を見せた。


 あっぶねぇー。

 与一郎に見られると、こいつはこいつで五月蝿そうだしな。


「はぁー。みんなが起きる前に戻れよ」


 一向に離れようとしないバンビに根負けして、渋々許してしまった。


「うん。へへ、エヘへ」


 満足そうに笑みを浮かべて、俺の横に寝っ転がるバンビちゃん。俺の腕を取って腕枕みたな格好になる。


 あのぅ、バンビちゃん。大人の階段を登ったカップルみたいで恥ずかしいんですけど……。


「また怖い夢をみてたら起こしてあげるね」


 俺の気持ちも知らず、そう言って目を閉じる彼女。


「……はぁ、怖い夢ねぇ」


 と、色々と諦めた俺は溜息を零してまた目を閉じた。そしたら意外にもすんなりと眠ってしまった。



 翌朝。

 

「モンジ、起きて。お薬持ってきたよ」


 バンビにお腹を揺すられ目が覚める。


「あのね、これ、与一郎がモンジに飲ませてって。滋養強壮のお薬だって。ほら、これ飲んで」

 

 寝ぼけ眼で身を起こす。

 黄色い縦縞模様が入った小袖姿のバンビに、回る寿司屋にありそうな湯呑みを押し付けられる。


「……おはようちゃん。……お前ちゃんと戻ったんだな、自分の部屋に」


「うん。絹のゲンコツ痛いから、見つかる前に戻ったよ」


「そっか。そりゃあ良かった……て、臭っ!」


 渡された湯呑みに口をつけようとしたら、息が詰まるような強烈な漢方臭さに、思わず叫んでしまった。


「良薬口に苦しって与一郎も言ってたよ。ほらほら、我慢して飲んで」


 バンビは俺から湯呑みを奪うと、無理矢理口に押し付けてくる。

 仕方なく一口飲むと、猛烈な渋にが味に顔をしかめてしまった。昔オヤジに美味いと騙されて飲んだ、センブリ茶を思いだしたよ。


「……朝から強烈だな、これ。滋養強壮に効くのか知らんけど、目は一発で覚めるな」


 バンビから湯呑みを受け取り、ちびちびと渋苦いお茶を啜っていると、なにやらバンビがモジモジしてる。なんなんこいつ、気持ち悪い。


「……どしたん。オシッコならサッサと済ませてこい。我慢は良くないぞ」


「オシッコじゃないっ!」


 したり顔の俺にバンビは噛みついてくる。そしてすぐに頬を赤く染めて。


「……出来たかな?」


「……なにが? ズズズッ、うえっ、ニガ、まずっ」


 俺の質問返しにバンビはスススと体をスライドさせて、俺の横に。そして耳元でこう囁いた。


「…………赤ちゃん」


「ブウゥゥゥゥゥゥッ! ゲホ、ゲホッ! て、出来るかっ!!」


 何を言ってんだよ、この子。

 素っ頓狂なバンビの発言に、センブリ茶擬きを盛大に噴き出して怒鳴っていた。


「え、え、だってママが男女が一緒に寝ると赤ちゃんが出来るって言ってたもん」


 茹で蛸みたいに顔を真っ赤にしてバンビは抗議してくる。


「いやいや、ザックリ過ぎだろ。あのな、バンビちゃん、そういう事が無いと、男女が一緒に寝ても赤ちゃんは出来ないの。分かる?」


「そういう事って、どういう事なの」


 鼻先がくっ付きそうな程に顔を寄せてくるバンビちゃん。興味津々で、顔を火照らせ真剣な眼差しの彼女に俺は。


「……あー、えー、オシベとメシベがくっついて受粉する様に──」


「オシベってなに? メシベってなに? 受粉って何なの!?」


「えーとぉ、えーとぉ、つまりは猫がサカリの時期にニャーニャー鳴いて、いやこれはちょっとなアレか。あー、えーとだなぁ……」


 相手はいたいけな少女だ。

 そんな乙女な女子にリアルな性行為を説明する術を持たない俺は、答えに窮する。で、結局。


「……すいません。僕も分かりません。勘弁して下さい」


 謝っていた。

 すると薄い胸を張ってバンビは仁王立ちになり。


「ふふん。知らないのモンジ君。貴方はまだまだお子ちゃまね」


 自信ありげに、そうのたまうバンビちゃん。


「は? お前は知ってんの。なら、教えてくれよ……」


 どうせコウノトリがぁとか、キャベツ畑にぃとか、そんな所だろうと踏んで、素知らぬ顔で聞いてみた。


「あのね、お腹に赤ちゃんの種が出来て、大っきくなるとお腹を破って出てくるの。ピギャーって」


 それ、エイ〇アンのヤツッ!

 オギャーなら分かるけど、ピギャーって怖えよそんなのっ、お母さん死んじゃうだろ!


「……はぁ。……半分正解で半分間違い。ちなみに貴方のお腹に赤ちゃんはいません」


 あながち間違ってもない答えにツッコミ辛く、溜息が溢れる。

 なんでなんでって、肩を揺するバンビに身を任せて、首をガックンガックン上下に揺らすワタクシ。


「なあ。そう言えば、バンビっていくつなん?」


 見た目で十歳ぐらいのバンビに、もしかしたらもうちょい下かなぁなんて思い、一応聞いてみた。


「……十二だよ。もうちょっとで十三になるよ。モンジは十四だよね。絹に聞いたから知ってるよ」


「……ガ、ハッ」


 驚愕の事実。

 意外にも俺とそんなに変わらない年齢で驚いた。

 元々短い付き合いだと思っていたから、バンビの事をあんまり深くは知ろうとはしてこなかった俺も悪いんだが。


「すいません。モンジさん、起きてますか?」


 襖戸の奥からモモの声がする。


「あ、あぁ、起きてるよ。どうぞ」


 いいタイミングのモモに感謝だな。

 なにせ、今の俺は動揺が動揺してる状態だから。


 失礼しますと、扉を引いてお盆を持ったモモが入ってくる。


「おはようございます。あら、バンビちゃんもいたのね。ふふ、バンビちゃんは優しい子ですね、昨日はモンジさんをえらく心配してましたからね、ふふふ」


 モモに褒められ嬉しそうに目を泳がすバンビちゃん。


「……それでどうですか、体調の方は?」


「おはようさん。う〜んと、まだちょっとダルいかな」


「そうですか……。あの、これ、朝食に卵粥を作りましたので食べれそうですか?」


 モモの持って来てくれたお盆には、どんぶりにお粥とおしんこが乗っていた。


「ありがとう、ありがたく頂くよ」


 片腕の俺に気遣い、モモは卵粥をレンゲで掬いフーフーしてくれている。そんな気遣い屋さんの彼女に俺は質問をしていた。


「それで、食べる前にちょっと聞きたいんだけど……」


「はい。何でしょう……」


 そしてモモから俺が倒れた後こと、事の経緯を聞いてみた。


 モモの説明はこうだ。

 俺が倒れた後に、与一郎の判断で野宿は流石に堪えるだろうと、俺の休養を兼ねて宿屋を探したらしい。

 そして半刻(一時間)ほど馬車を走らせたらこの宿場町を見つけて、現在に至ると。


「えっとぉ、すんませんした。ご迷惑をお掛けしました」


 モモにペコリと謝罪する。


 ええ、ワタクシの頭は軽いですよ。謝ったら負けの文化圏で育ってませんので、非を認めて素直に謝りますとも。


 あたしにも、あたしにも謝ってと、腕を引っ張るバンビを適当にあしらって、他のメンツの事も聞いてみた。


 これも、起きたら与一郎もおでんも居なかったから、気になってな。


「えっと、絹さんはおでんさんと一緒に、次の領地の『津之領』を通れるかを調べてくるって言ってました。あと、与一郎さんは昼には戻りますって、カゴを背負って朝から何処かへ行っちゃいましたね」


 与一郎は相変わらずだけど。

 そっかぁ。津之領はいま北之領地の占領下にあるんだった。言わば本土とは対立状態だもんなぁ。

 北の領地に入るには是が非でも通りたい所なんだけど、その津之領が壁になって先に進めんとは洒落にならんな。マジで通れなかったらどうすんべ。


 ふんむ〜と、眉間に皺を寄せてる俺にモモは明るく、こう話し掛けてくれた。


「大丈夫ですよ。その為にも絹さんが情報収集してくれてますから、私達は彼女に期待して気長に待ちましょう。もしかしたら、もっと早く着く別の道があるかも知れませんしね」


 察しのいいモモちんに救われる。懸念材料が薄れて気持ちが楽になった。

 モモと目が合う。

 気を取り直した俺に更なる疑問が湧き上がる。


「……ちなみにモモって歳いくつ?」


「えっ、いまそれって関係あります?」


「関係無いけど、気になって。教えるのが嫌なら別にいいけど……」


「………」


「ゴメン、モモちん。さっきバンビとしてた話しの続きじゃないけど。バンビが意外と歳いってたから、どうしても気になって。ゴメン、忘れて。嫌なら本当にいいから」


「……十五歳です」


「ぶっ、マジっすか?」


「……マジっす。正確な年齢ではありませんが……」


 まさかの俺より年長さんだった。

 正確な年齢じゃないに引っかかると、モモは少しだけ自身の生い立ちを話してくれた。


「あのぅ、モモは孤児だったんです。それで──」


 遠い目をしてモモは半生を語る。そのさわりの部分だけを。


 どうやらモモちん、物心つく頃には既に両親はなく、『咲姫様』なる人に助けられて尼寺に預けられたんだとか。そこで尼さんに推定五歳と言われ、そのまま歳を重ねて来たんだと。


 軽い気持ちで聞いたのに、重たい話で返され結構へこんでしまった。


「モンジさんは十四歳ですよね。絹さんは十六歳でバンビちゃんが十二歳、おでんさんは年齢不詳でモモは十五歳。モモはモンジちゃんよりお姉さんってことですので、もっと敬って下さいね」


 ……モンジちゃん。

 そんな俺を気遣ってか、嬉々としてみんなの年齢を語るモモは先輩風を吹かせる。


 モモパイセン……モモちんなんて呼んでたけど、モモさんに修正だな。


「すいませんしたっ、モモさん先輩……」


 お辞儀をする俺に冗談ですよって、コロコロ笑うモモさん。


 ちっさい体軀と幼い容姿に申し訳ないけど、どうしても年下にしか見えんのよ。

 チッス、お疲れッス、先輩。

 なんて揚々として言える気分にならんのよ。サーセンッス、モモパイセン。

 

 気分を変えるべく、軽口を挟んでみる。


「それにしてもおでんのヤツ、年齢不詳ってなんなん。どこぞの痛い系アイドルかよっ、あいつ」

「アイドルがよく分かりませんが、おでんさんて見た目で三十代じゃ無いですか?」

「……違うよモモ、おでんは五十いってると思う」


「ぶふぉっ! 五十ってもう体ガッタガタじゃねぇーか。肩あがんねぇ歳だぞっ」

「ふふ、逆に若いって設定でどうでしょう。おでんさんは未だ十代で初々しい感じとか、どうでしょう」

「……いっそのこと、もっと若くしようよ。……おでんは毛むくじゃらの赤ちゃん役ね。……でも可愛いかも」


「犬や猫じゃねぇんだから、リアルでそんなん腹から出てきたら引くだろっ、てか心配になるだろっ!」

「そんなことありませんよ。多少の心配はしますけど、健康なら気になりませんよ」

「……毛むくじゃらの赤ちゃん、いいかも。頑張ってみるか、なっ、モンジ」


「な、じゃねぇよバンビ」


 そんな俺とバンビの夫婦みたいなやり取りに、高速で瞬きを繰り返すモモパイセン。


「今のはどういう意味ですか? 答えて下さい、モンジさん」


 安物の機械仕掛けの人形みたく、ギギギと顔だけ俺に向けるモモさん。


「モモ、あたしとモンジに赤ちゃんが──」

「だあああああああ! お前は喋んなっ、ややこしくなるっ!」


 慌ててバンビの口を塞ぐワタクシ。


「ですから、どういう意味ですか。モンジさん」


 何度目かの冷や汗が流れる。

 固めた笑顔のまま、俺を穴が開くほど見つめてくるモモパイセンが怖い。瞬きをしないその視線から、殺気が漲って見えるのは気の所為であって欲しい。

 

「えっとぉ、諸々の勘違いと言いますか、これには色々と訳がありまして……」


「ほう、言い訳ですか。聞かせて貰いましょう」


 ブー垂れるバンビに構っている余裕も無く。ここから俺は、小一時間ほど掛けてモモに熱弁を振るい、何とか納得してもらった訳で……どっと疲れてしまった。


「まあ、モモの誤解も晴れたし、もっと楽な話をしようぜ、なっ。えっと、そうそう、俺はモモの忍者話しに興味あるかなぁ、なんて……ハハハ、ハハ、ハハハ」


「……そうですね。険悪な雰囲気を続けるのはあまり頂けませんから……。コホン、分かりました。では、僭越ながらくノ一丸秘話を少しだけ──」


 乾いた笑いで茶を濁して方向転換した俺の質問に、モモが乗っかってくれた。


 正直助かる。

 恋愛話しは得意じゃないから、経験皆無で正解が分からんのよ。そんで不機嫌なバンビは放置中だけどな。


 それで楽しい時間は早いって、これ真実な。

 しかも悪夢でへこんでいた気持ちも軽くなったし。

 こいつ等には感謝だな。


 このあとモモから忍者あるあるや、バンビから小鳥達のどうでもいい噂話や、俺からは現代知識の無駄なヤツ等々。

 そんな取り留めない会話を三人で楽しんでいたら、あっと言う間にお昼の時間となっていた。


「ぐぅー。……お腹すいたね」


 バンビの腹の虫が鳴く。


「あ、ゴメンなさい、もうこんな時間に!? 急いでお昼の用意をしますね」


 慌ててモモがお盆を持って立ち上がる。そして扉の前で振り返ると。


「えっと、モンジさんはもう普通に食べれそうですか?」


「あぁ、ゆっくり休んだからもう平気。それに腹持ちいいヤツも食べたい」


「あたしは親子丼が食べたい! モモの親子丼は最強!」


 バンビは元気に手を挙げて、自分の好きなメニューをリクエスト。


「なら決まりですね。……モモの親子丼は秘伝の作り方ですけど、バンビちゃんは知りたくないですか?」


 不敵な笑みで唇に人差し指を置くモモの誘い文句に、バンビはゴクリと喉を鳴らす。


「……ひ、秘伝。あたしも知りたいです、モモパイセン」


「これは一子相伝ですから、バンビちゃんにだけ特別に教えてあげましょう」


「……一子相伝。……あたしにだけ」


 何処かの師匠みたく偉ぶるモモの演技に、バンビは真剣な面持ちだ。


「では一緒に行きましょうか。バンビちゃんも手伝ってね」


 すぐにいつものモモに戻ると、はーいと元気に応えるバンビちゃん。

 それにニッコリ微笑むモモは、まるでベテランママさんみたいだ。

 モモが子供に人気があるのが頷ける一幕を、俺は垣間見た気がする。恐るべしモモパイセン。


 二人が部屋から出ていき、多少広く感じる四畳半でゴロリと寝転がる。


「……北の領地かぁ。ちょっとしんどそうだけど、関所スルーで山越えで行くしか無いんかなぁ」


 そんな事を考えていたら、ドンドンドンと床板を踏み鳴らす音と聞き慣れた声が近づいてきた。


「ただいまぁー! 疲れたぁー」


 襖を勢いよく開けるのと同時に愚痴を零す絹さん、次におでんが部屋に入ってくる。


「あー、もうー、大変だったわよ〜」


「お疲れッス、絹さん。おでんもお疲れ」


 汗だくのおでんは入り口で腰を落とし、絹さんはへにょんと畳に横たわる。


「早速で悪いけど、どうだった。村の人から話しは聞けた? 関所は通れそうなの?」


 溶けてる絹さんに質問する。


「どうもこうも無いわよ。只今関所は封鎖中、四六時中閉まったままだって。聞いた話だけど、こっちとあっちの兵隊が睨み合ってるから、まず通るのは無理だって。ねぇ、おでん。お水持って来て。喉カラカラなの」


「……う、うん。わ、分かった。お、おでも、水、水飲みたいし……」


 そう言い残しておでんは退室し。あー、足が痛いって、絹さんは着物の裾を広げて、あられも無い姿で自分の足を揉んでいる。


 ぐぬぬ、極力絹さんを見ないようにしないと、また何言われるか分からんからな。


「……やっぱり。……う〜ん、どうすんべか。関所がダメならやっぱ、山越えかぁ」


 伏せ目がちのモンジがボヤく。


「アハハ、無理無理。あの山は『八角山』って言って険しい山で有名なのよ。仮に山越えで向かうとしても危険は伴うし、迂回するにしても何日掛かるか分かったもんじゃないわ」


「ムムム、万事休すってヤツか」


「万事休す? ふふん、わたしを舐めないでくれる。陸路がダメなら、他の道を探せばいいだけの話しでしょう。それにここは漁村なのよ」


 何だと思う、と勿体ぶる言い方の絹さんは得意顔だ。


「漁村……。あ、海路。海から渡るのか!」


「そう、それよ。ね、これなら行けそうでしょう。だから、話しを聞きに港まで足を伸ばしたから疲れちゃって」


 そうボヤく絹様を一応、感謝の気持ちで拝んでおく。


「それで定期便みたいなのはモンはあんのかなぁ、船の手配は出来そうなの?」


「う〜ん、定期便なんて都合のいい物なんて無いけど。港で話を聞いたら、北の領地まで船を出してたって人がいたから、とりあえずはその人に会いに行ったの。それでその人にお願いしてみたんだけど、断られちゃって……」


「えっ、なんで!?」


「一つ問題があって、今は次期が悪いから辞めときなって……」


 言葉を濁す絹さんにイラだってしまう。


「北の領地は危険地帯だからか。か弱そうな女の子……ゴメン、言い間違えた。極悪そうでも、女の子が連れてけっていってもそりゃあ断んだろう。だったら俺も一緒に行くから、もっかい船をだして貰えるよう、頼みに行こうぜ」


 沸点の低い絹さんの、綺麗な眉が吊り上がる。


「いま聞き捨てならない文言が入ってたけど。……まぁいいわ、後で仕返しするとして。あのね、そういう意味じゃないのよ」


「じゃあ、なんなんよ。金か、お金の問題か? ウチには小金持ちのモモパイセンがいらっしゃるんだぞ、パイセンの事を舐めて貰っちゃあ困るぜ」


 絶対の信頼を持って、強気に出る俺。


「だから、そうじゃ無くて。えーとぉ、出るのよ」


「……何が?」


 詰め寄る俺に若干引き気味の絹さんが答える。


「……賊よ。……海賊が出るらしいのよっ、北までの海路に!」


「……海賊って、本当にいるのね」


 恐々とする絹さんを横目に俺は、不謹慎にもワクワクしていた。


「フフフ、ハハハ、アハハハハッ!」


 いきなり笑い出す俺。

 絹さんはそんな俺をポカーンと見ている。

 だが気にしない、だって海賊だってばよ。テンションだだ上がりだぜ!

 

 やわら立ち上がった俺は拳を突き挙げ、そして。


「……海賊王に、俺はなるっ!」


 こう宣言したった。

 歯をニッと剥き出してな。だって、お約束でしょ。


「何言っての、あんた墓守りでしょっ。あんた、お墓の草をむしるだけの簡単な仕事しか出来ないでしょっ。馬鹿じゃないの。脳味噌使わな過ぎて腐ってんじゃないの、大丈夫?」


 ……男のロマンを理解しようとしない絹さんに心をエグられ、半泣きで意気消沈のワタクシ。


「グググ、すんません。一回言ってみたかっただけですから、すんません。すんません」


 秒でペコペコ謝ったけどな。

 ありがとうございました。


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