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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
85/122

闇に浮かぶ白い歯

 よろしくお願いします。


「いだだだだだっ! 指を噛みやがった、このっアマ! 何しやがるっ、ガッ!」


 殺気を纏い雰囲気の急変したモンジ。

 少年の異変に自称海賊達は呆気に取られていた。その内のひとり、絹を締めあげていた筋肉質の男がいきなり叫び声をあげる。


 洞窟内の視線はモンジから、奴等の一番うしろにいる絹と筋肉男に集まり、筋肉男は片足を上げて若干涙目だ。そして次の瞬間。


「気付けっ、ッッバカ!」

「── うおっ!」


 汚い悲鳴と共に筋肉男が宙を舞う。


「だっ、りぁ!」

「── ッガフ!!」


 柔よく剛を制す半裸の女子。

 絹さんは、山吹色の着物を翻して筋肉男に、これまた見事な一本背負いを決めていた。


 そのあと筋肉男をマット代わりに受け身を取る彼女は、ムクッと起きあかりモンジを睨む。


「馬鹿モンジ気付け! わたしが悲鳴なんかあげる訳ないじゃないっ、バカ! こいつ等を油断させる為よバカ! わたしと何年付き合ってんのよっバカ!」


「……えっ?」


 えっと、この女と付き合うって、どんな罰ゲームだっけ?

 

 目を白黒ならぬ、白緑にさせてモンジはキョトン。

 絹に投げ飛ばされた筋肉男は、石床にしこたま背中を打ち付けて目を回している。


「邪魔よっ、どきなさいっ!」


 激昂する絹さん。

 彼女は口から泡を吹く筋肉達磨を放ったらかし、小男と細身の男の間からズカズカと歩み寄ってくる。


「あんた、今なんて言った?」

「……へ?」


 はだけた着物のまま、彼女は俺の前に仁王立つ。しかも、メチャメチャ顔怖い。


 逃げ出したい。

 それに‥‥丸見えやん。

 愛想笑いを引きつらせる俺は、否が応にも彼女のくびれた腰から縦長のヘソの下、純白の紐パンツに目がいく。


「へ、じゃ無いわよ! あんたはこいつ等を殺すって言ったのよ!」

「……はぁ」


 瞳を吊り上げて拳を握る彼女。


「あんたは私の弟分なの。わたしの目の黒い内は、あんたにそんな事はさせないわ!」


 ビシッと俺に指差し、キメ台詞を吐く絹さん。

 だがしかし俺は、彼女のパンツの紐が今にも解けそうで、気が気じゃ無い。


「はぁ、あのぅ、ひ、ひも……」


「は? 聞こえ無い! 文句があるならハッキリ言いなさい!」


 イラだつ彼女が腕を振る。

 と、その時……。


「いや、だから、パンツの紐が── あ」


 意を決して注意したつもりが、遅かった。


 絹さんの腰からハラリと落ちた純白の布を目で追う。

 彼女の細い足首に、片紐だけ解けた小さな布が引っかかっていた。


 心臓が高鳴る。

 血管の中を、血が凄い勢いで駆け巡る。


 スベスベの白い(すね)、小ぶりで若干内股気味な(ひざ)、ムチムチで柔らかそうな(もも)


 期待に胸を踊らせる俺は、徐々に視界あげてゆく。

 んん、土踏まずが見事に凹んだ足の裏が映りましたが、なんで?


「────ッ!」

「ッヘブゥ!」


「その面を上げんなっ、このエロ猿っ! このエロ猿っ!」

「ッヘブ! ッヘゴ! ッヘボ!」


 最初の一発で堪らず尻餅をついた俺。

 そこから、連続して顔面を蹴たぐられております。


「記憶を消し去ってやるっ、記憶を消し去ってやる! 死ねっ、死ねっ!」

「ちょっ、ヘゴッ! ちょ、まって、へべッ!」


 弟分って言ってたクセに、死ねって……。

 

 力ずくで記憶を奪おうとする彼女は、尚も執拗に踏んづけてくる。そして全てを諦めた俺は、ガンジー並みの無抵抗。


「忘れろ! 忘れろ! オラッ、オラァッ!」

「すんま、ヘボッ! すん、ッボゴ! せん、べべッ!」


 好き勝手に踏まれ続けてはいるが、彼女からこの上ない恐怖を感じてしまい、必死に許しを乞うていた。……理不尽な気もするがな。


「── ッチン」

「……え」


 洞窟内に、先程聞いた音とおんなじ、刀を納刀する音を聞こえた。それと同時に絹さんの動きが止まる。


「お前等の漫談は聞き飽きた。それと、俺達の仲間もやられちまったからなぁ、お前等にはここで死んで貰う事にしたよ」


「イヒャヒャ! いいケツしてんぜっ、死体でもいい俺が一番な、一番! ヒャッヒャッ!」


「………」


 絹さんが黙っている。


 忘れていたが、ここは敵前だった。

 慌てて瞑っていた目を開けると、いやらしく笑う小男とスカした顔をした細男は俺の目の前、絹さんを見下ろしていた。


「絹、さん」

「………」


 俯く彼女は、両腕で胸を隠ながらしゃがんでいた。 

 彼女の足元には真っ二つに切れた着物が落ちている。つまりは、真っ裸にされていたんだ。


 瞬時に理解した俺は、奴等の背後を指差して。


「あっ!」


 咄嗟に声を張り上げた。


「あん?」

「なんだ?」


 振り向く二人。

 すぐに絹さんの腕を引っ張り、彼女を俺の背後に隠し、小刀を構える。古典的な手だけど、こいつ等バカでよかった。


「……ふざけやがって、舐めんてんのかテメェ」

「……イギギギ、殺してやる」


 騙されて怒り狂う二人。数秒前より増し増しの殺気を放つ。


「おいガキ、邪魔するとテメェからあの世行きだぞ」


 細男はゆっくりと俺に振り向き、般若の形相で睨みつけてくる。 


「チッ、俺が殺る、俺っ、俺にやらせろ!」


 舌打ちをした小男は、その長い両腕にナイフを構えて攻撃体制をとる。


 ヤバな、本気にさせちまったか。

 こいつ等の血走った目に狂気じみたモノを感じて、久々にキンタマがキュッとなった。


(絹さん大丈夫?)


 背中越しの彼女に小声で話し掛ける。


(……裸、見たでしょ)

(えっ! 今、それを気にする!?)


 俺が小刀を構えた事で警戒したのか、いきなり襲いかかる訳でも無く、ジリジリと間合いを詰めてくる二人組。


 俺も彼女を背中で押しつつ後退する。

 片手でささっと辛子色の着物を脱いで、彼女に渡した。


(……ありがと。でも、こんなので誤魔化さなれないわよ。……あんた、絶対に見たでしょ)

(見てない、見てないって! あだだだ!)


 細男の合図で、サイドに回り込もうとする小男を牽制しながらも、ササッと着物を受け取り、前だけを隠した絹さんから耳を引っ張られた。


(……見たんでしょう。私のからだ)

(いだだだ。はい、少しだけです。ピ、ピンクの乳首を見ました。あだだだだ!)


 素直に白状したのに、痛みが増した。


(乳首、乳首ってあんた、乙女の乳首をっ! ……まあいいわ。……ち、乳首だけだし、うん。でも、イエ姉にチクられたく無かったら、あんたがこの状況を何とかしなさい)


 耳を引っ張りながらこの女、俺の一番嫌がる事で脅してきやがった。


(いでででで、は、はい、了解です。あいつとまだアクセスは繋がったままなんで、大船に乗ったつもりで、あででで、任せて下さい)


(は? アクセス? 何言ってんの? ……分かんないんだけど、いいわ。頼んだわよ。……あと、殺しは無しね)


 平気で無理難題を言う。


(殺しは無し? あだっ、いだだだ。はい、では半殺しで収めます)


(よろしい)

(ふう、痛かった。耳千切れるかと思ったよ)


 右耳がやっと解放され、安堵するモンジ。

 暫くのあいだ緑と白に明滅していた彼の瞳は、瞬時に白色に固定された。


「……半殺しのう。……娘子、離れておれ」


 人相の変わったモンジに驚く海賊二人。あいつが俺になり代わり呟く。


「娘子って。あんた何言ってんの?」


 背を向け、俺の着物を羽織りながら絹さんは訝しむ。


「……()れったい」

「は? なんでこっち見んのよ! しかも女子の着替えに文句って、キャッ!」


 手にしていた小刀をフンドシに挿して少年は反転、後ろにいる半裸の絹を抱えて、一気に十メートル近く後退する。


「……あんた、誰なの?」


 抱かれた格好のままで絹は、らしからぬ少年の言動に着替え途中の辛子色の着物を、ギュっと抱きしめていた。

 

「………」


 モンジの無言の答えに彼女は瞳を吊り上げる。森山村での記憶を呼び覚ます。


「おい、あいつを見たか? あいつ──」

「うるせぇ! ギジジジ、余裕ぶっこいて、あのガキ! ギギ、舐めんてのかっ、ギギギギ!」


「やめろ、バカ! そいつはさっきのガキとは違──」

「ギャハハ! ギャァハアアアアアッ!!」


 細男の静止を振り切り、小男はナイフを持った両腕を背後に置き去りにして突っ込んでいった。


 後退したモンジは、絹を守る様に通路を塞ぐ。

 少年は両腕をだらりと垂らしたまま、立ち尽くしていた。


「しゃあああっ! 貰ったぁっ!」


 少年の間合いの一歩手前だ。

 得意気に両腕を振り抜いた小男は、手にしたナイフを放った。


 光る銀線が無防備な少年を襲う。

 ただ立ち尽くすだけの少年に、勝利を確信した小男の目が弓なりに弧を描く。


「ッキン! カッ、カッ! キキキンッ!」


 飛来するナイフを難無く弾く少年。


「アレ?」


 瞬きを繰り返す小男。

 数瞬前に浮かべた卑しい笑みを固める。

 彼には少年の腕が千手観音の如くに、何本も見えたからに他ならない。


「……へ、なんで?」


「……阿呆ぅ。ただ腕を挙げただけだ」


 少年からすれば、無造作に小刀と義手を上げただけらしい。


「参る」


 残像を残して前に出る少年。

 余りの早業に初動が遅れた。機先を制したつもりが先手を取られ、焦る小男は身を引くのみ。


「── んなっ!」

「……愚図」


 それすら遅すぎる。

 すかさず少年は、伸ばされていた小男の両腕を脇に挟み込み、不敵に笑った。


「……半殺しだったな」

「あ、へ?」 


 腑抜けた猿顔を晒す小男を前に、不気味な笑みで少年はこう告げる。


「……まずは、腕を貰う」


 言い終わると同時に少年は、間髪入れずにグンッと腰を落とした。


「ッギャア!」


 黄ばんだ歯を剥き出して、小男は叫ぶ。

 瞬時に両肩を抜かれて、目を剥き唾を吐き出して、その痛みに絶叫をあげた。


「……次は腰を貰う」


 腕を引かれて小男は、前のめりで歪に曲がった背中を晒した。

 見開いた小男の目には、言葉と共に高々と上がる少年の右足が映った。


「は、や、止め、止めて──」


 不細工に引きつる小男の顔面。


「半分殺すと言っただろ」


 少年は躊躇なく晒したその歪な背中に、高速で踵を落とした。


 “ ッゴ! ボキッ! ”

「──ギャアアアアアアッ!!」


 くの字に曲がっていた背骨が真逆に曲がる。

 腰を砕かれ、地べたに腹から叩きつけられた小男は、年甲斐もなく子供のように泣き(わめ)く。


「ギャ、ギャ、こし、腰ギャ! ギャア、ギャバァ!」

「………」


 地虫の如く地面を這いずる小男を、少年は冷え切った白濁とした目で見下ろしていた。


「……次は足を貰う」

「ご、後生だ。もう、もうやめてくれ! 何でも言うことを聞くから。た、頼む、頼むから、やめて下さい!」


 肩と腰を砕かれ、芋虫みたいにその身をうねらせて小男は、白旗を上げていた。


「……ふむ。では、その臭い口と汚い目を貰う」

「ガッバァァァ! ガガ、ガバババ」


 目を薄めて少年はそう宣言するや、命乞いをする小男の口に小刀を突き刺さし、グリグリと切っ先を掻き回した。


「……醜いな」

「ゴバァア! ゴゴゴ、ガガガ、ゴバァ」 


 そう呟いて少年は、大量に吐血する小男の口から小刀を抜いて横に一閃、男の潤んだ両目を斬り裂いた。


「……えっぐ」


 仮借のないモンジのいたぶり方に、絹は顔を青くして目を逸らす。


「……次は──」

「おい、クソ餓鬼。いい加減にしろよ」


 洞窟の奥より投げらた声に、少年の動きが止まった。


「そんな小物では足らんであろう。今度は俺が相手をしてやるぞ」

「……ほう」


 颯爽と歩み寄る唐草模様の着流し。

 少年との間合いの手前で腰を落とし、抜刀の構えを取る。覚悟を決めた目で細男は、この少年と対峙する。


「……居合い。小太刀二刀流」


 ボソリと呟いて、斜に構えた少年は血振りをひとつ。無表情のまま、流れる動作で細男に切っ先を向けた。

 

「……ヌシの流派は?」


 細男から問いかけられ、少年は口端を歪めて醜悪な笑みで語った。


「……我流。……しいて言うなら、片岡流」


 空気が張り詰める。

 剣呑な雰囲気がこの場を覆う。

 一触即発の様相に、側で見ているだけの絹が生唾を飲み込む。


「そうか、片岡流か。……しかと覚え──たっ!」


 先手を取る細男。

 ダンッ! と一足飛びで少年の間合いに踏み込み、舜速の一閃! 小太刀を渾身の力で横一線に振り抜く。

 

「── ッキン!」


 刹那の間。

 紙一重で弾かれた一閃は、宙に円を描く。

 更なる先制を奪う勢いで、即座に小太刀を手放した細男は、もう一本の小太刀を瞬時に頭上へ掲げていた。


「貰ッ──」


 無防備を晒す少年の頭へ、大上段から小太刀を振り下ろした。

 

 一瞬だった。

 少年と目が合った。

 白濁した目で少年は、残念そうに視線を落とした。


 “ ッサン! ッゴ! ”


「── ガッ、ガハッ!」


 振り下ろした小太刀は空を斬り、地面を盛大に叩く。


 刹那の攻防。

 膝から崩れ落ちた細男は大きく咽び、何度も嗚咽を垂れ流す。小太刀で割れた岩間に大量の血反吐を吐き出す。


「……避けやがったのか、こいつ」

「………」

 

 胸を押さえて、息も絶え絶えに細男は声を絞り出していた。


 少年は、常軌を逸した速さでその身を半歩ズラし、小太刀を躱していた。

 この時点で勝負は決していた。

 二刀目の小太刀を振り降ろした時には既に少年は、返す刀で細男の心臓に小刀の柄を当て、強烈な痛撃を与えていたんだ。


 まさしく、神業と呼べるモノを少年は、いとも簡単にやってのけたんだ。


「……ヌシ。……踏み込み、脇、筋肉の使い方、剣速、全てが甘い。……貴様、居合いを舐めているのか?」

「ほ、ホザけっ! ガハ、ガッガッ、ゲヘッ、ゲホッ!」


 血反吐を吐きながら、四つん這いの細男はモンジを睨む。


 このガキ、普通じゃない。

 あの瞬間に心臓を止められた、動きも封じられた。

 道場破りで名の売れた師範共をも斬り伏せてきた俺が、こうもアッサリとやられるとは……。


 認めたくはねぇが、認めざるをえん。こいつ、とんでもねぇヤツだ、いや化け物だ。


「……では、半殺しにするか」


 死人のような目でそう告げられて、細男はその身を小さく震わせ硬直する。


「す、す、好きにしろ!」


「……まずは腕から」

「ッギャア! グワッ!」


 少年が躊躇いも無く、男の両腕を砕いた時だった。


「モンジ、目を覚ましなさい!」


 少年は肩を掴まれ、強引に振り向かされ。


「ッパン、パンっ!  ヘブッブ!」


 ちょっぴり涙目の絹さんから、強烈な往復ビンタを喰らった。


 頬に手をあて、目をパチクリするモンジ。

 次には全身から力が抜けて、腰から地面にヘタリと座り込む。そして肩で息をしながら、やっとこ文句を吐いた。

 

「……あの野郎、ビンタされる前にとっとと逃げやがった。薄情なヤツめ!」


 俺の辛子色の着物を纏う絹さんは、かなりムッとしている。


 目線の先、俺の着物は丈の短い膝下が丸出しの為、彼女の綺麗なおみ足が目について、思わずガン見してしまった。


「戻ったのね、モンジ!」


 悲しいかな、鼻の下を伸ばした俺を見て、元に戻ったと気づいたっぽい。

 お陰で絹さんは、ピリついてた表情を消してくれたんだけど、なんか微妙な気分だ。


「はいはい、俺、俺。あの野郎はヘタレなんで、絹さんの顔を見て超ビビって、尻尾を巻いて逃げやがったよ。クッソ、ほっぺた痛ぇ!」


 俺の中には、九郎とかいうバカはもう居ないので、ちょっとだけ悪口を言ってやった。


 頬を摩る俺の手に、不意に彼女は悲しい目で手を添えてきて。


「叩いてゴメンね。モンジ……」

「!?」


 跳び上がりそうになった。

 腰が引けて震えるよ。

 ……なんか優しいんですけど、なんか怖いんですけど。


 えも言われぬ恐怖を感じてしまい。

 あいつを呼んだ代償、いつもの満身創痍の体で俺は後退りをする。


「なんで逃げんのよ!」


「いや、えっとぉ。いつもの絹さんらしく無いなぁ、なんて。タハ、タハハハ」


 乾いた笑いで誤魔化して、彼女から目を逸らしながらズリズリと逃げる。


「は? だから、なんで逃げるのよ! 待ちなさいっ!」


 猛ダッシュで、追いかけてくる絹さんは鬼の形相。

 彼女に背を向けて走り出そうとした矢先に、俺の頭をガッと鷲掴みにされて、観念しましたよ、はい。


「らしく無いって、どういう意味よ!」


 逃げ防止なのか、正座を余儀なくされるワタクシです。

 怒りに任せて、ギリギリと俺の頭を潰しにかかる彼女がとっても怖いです。


「あだだだ! 間違いッ、言い間違いッス、あだだ! 絹さんは優しくて、誰もが憧れる美人さんでつ!」


「あら、モン吉のクセに良く分かってるじゃない、流石に長い付き合いだものね、私達。ふふん」


 やっすいこの台詞に高飛車な態度でご満悦の絹さん。上機嫌で解放してくれました。……この女、案外チョロいです。


「いやいや、私が言いたかっのはそうじゃなくて」

「……?」


 頬を火照らせ慌てて手を横に振る絹さんは、息を吐いて普通を装い、俺に顔を寄せてきた。


「コホン。あのね、モンジ。あの技、降霊術みたいなヤツ? アレはもう使わないで」

「え……」


 彼女はいつかのモモと同じ事を言ったんだ。


「いい? アレを使うとあんた別人になるんでしょう。……私、思ったんだけど、いつかアイツにあんたが呑まれる様な気がするの。……うん、そう、そうに決まってる。とっても危険な気がする」


 だから絶対にもう使わないでと、強い口調で彼女は俺に指図してきた。

 絹さんの気持ちも分からなくも無い。俺だって、ただ強いからって理由で、訳も分からずアイツを召喚してるんだし。


「はい。……なるべく使いません」

「なるべくじゃダメ! もう二度と使わないでっ、私と約束してっ!」


 小男に施したリンチ紛いの行為がよっぽど堪えたのか、声を荒げてアイツを否定する絹さん。

 不安気な顔で食い下がる彼女に俺は……ホント、らしくないと思ってしまった。


「……はい。了解しました。……嘘ついたら針千本飲む感じで約束します」


 俺の顔を穴が開く位にマジマジと見つめてくる絹さん。


 分かっているのだろうか。

 この人、無駄に美人度が高いからあんまり見られると俺、メチャクチャ緊張するんだけど。いい匂いもするしな。


 彼女は屈んでいる見てくる所為か、着物の隙間から柔らかそうな小山が二つほど見えている。

 失礼ながら、さほど大きからずのお胸の谷間と、なんなら先っちょも見えそうな感じですが……。


 キョどる俺。

 目のやり場に困る。

 視線が世話しなく動き、彼女のお胸と足元を行ったり来たりする。


「ふん。まあいいわ。信じてあげる」

「!?」


 どこら辺を信じて貰えたのか疑問に思いつつも。

 腰に手を置く絹さんは、その身を起こして朗らかな笑みを見せてくれた。


「ふ、茶番はもう終いか?」


 いきなり話し掛けられて驚く俺達。咄嗟に強張る表情の絹さんを他所に、声の主へと目を向けた。


 少し離れた場所で、いつの間にか壁に背を預けて座る、細身の男が目に映る。


「……クソ餓鬼。……お前、名前は?」


 一瞬戸惑い、堂々と名乗る。


「……劉備 元徳」


 パンッ! と無言の絹さんに後頭部を引っ叩かれた。


「ハハ、名乗りたく無いか。……フ、どうでもいいや。なあ、劉備よ、お前等はアレだろ。あの親子を助けに来たのだろう?」


 折れた両腕をダラリと垂らしながら、細男は砕けた感じで質問をしてきた。

 こいつの足元には、未だヒューヒューと息を洩らす小男が血の涙を流して転がっている。


「……あぁ、そうだけど」


「関係者か?」

「………」


「……今更の質問か。……おい、牢屋の鍵は俺の懐に入っている。俺の腕はこの有様だ、だから勝手に持っていけ」

「!?」


 ちょっといい人に思えてしまった。……俺もチョロいかも。


「え! あ、あー、えっと。……色々すんませんでした」


 驚いて、ちょっと申し訳無さそうにする俺。


「ハハ、ハ、ハ。つ、痛てて。……ふ、別にいいさ。真剣勝負で俺が負けただけ。……ただそれだけの話しだ」


 そう言い終わると目を閉じた細男。


 観念した様子を見せられ、俺と絹さんはおっかなビックリでこいつに近寄り、絹さんの目配せで俺がこいつの懐から鍵を抜き取る。


「……なあ」


 そんなおり、急に喋り掛けられて肩が跳ねた。


「ビックリさせたか、悪い、悪い。だがよく聞いてくれ。俺達のお頭だが、もうすぐここに来るんだよ。お頭は執念深いヤツだからさ。だから、お前等はあいつ等を連れて、さっさとこの国から出た方がいい」


 心配までされちゃったよ。

 なんだろう、本気で拳を交えたらマブダチみたいな? そんな感覚だろうか。

 他人の(ふんどし)で相撲を取った今回の俺には、よう分からん感覚だな。


「分かった」

「ほお、ほ、ほ、ほ。心配にはお呼びませんことよ」


 急に、甲高い貴婦人言葉が響いてまたビビる。


 てか何言ってんの、このひと。

 ここで何故か調子ずく絹さんに呆気に取られてしまう。

 

「小馬鹿にしないでくれます。何を隠そう私達には、モン吉と与一郎という、とっても強い豪傑がおりますの。よって、心配にはお呼びませんのよ。おー、ほ、ほ、ほ、ほ!」


 だから何言ってんの!

 彼女は、嬉々として俺と与一郎の名を叫びやがった。


(何で名乗るの! せっかく偽名まで使ったのに!)


 小声でせっつく俺に、絹さんは口元を隠した流し目で。


(だって、悔しいじゃない。勝ったのに負けた気分じゃない!)

(はあ? 負けた気分って……)


 この女の気持ちが、複雑過ぎてよう分からん。

 ガックリ肩を落とす俺と、鼻っ柱をツーンと立てる絹さん。


「ハハ、聞かなかった事にしとくよ。そんな事より、さっさと行け! 本当に時間が無いんだ」


 察してくれたようでありがたい。


「はい。ありがとうございます」


 感謝の言葉を落として。

 絹さんの着ている俺の服から、万が一の為にと持っていたタイガーバルルを奪いとり、細男の横にそっと置く。


「何にでも効く軟骨です。どうか、ご自愛下さい」


 頭を下げてそう言い残し、俺達は未だ通路の中央で目を回しているきんに君を避けて、洞窟の奥へと急いだ。





「外が騒がしいな……。怖いか?」

「……お、おいら。ちっとも怖くないよ」


 鉄格子の檻の最奥で、親子は硬く抱き合い警戒を強める。


「そうかい? アハハ、お前は強いな、やっぱりカツオは俺の息子だ」

「えへへ」


 視線は鉄格子に向けたままで口元を緩める父親と、ヤンチャ坊主のように鼻の下を擦るカツオの姿が見てとれる。


 暫くすると外の様子も静かになり、父親は凝視していた鉄格子から目線を外し、我が子に向けた。


「大丈夫だからな。お前だけは必ず、おっとうが逃してやるから」

「なら、お父ちゃんはおいらが逃してやるよ」


「アハハハッ、ガキんちょのクセに生意気な事を言うねぇ」

「ガキんちょでも、おいらは漢だ!」


 異変を察知し、父親は口元に指を立てる。


「ッし! 声を立てるな」

「………」


 仲睦まじい親子の会話が凍りつく。

 父親が鉄格子の先に二つの影を見たからだ。


 カチャリと開く鍵の音。

 父親は我が子を背中に隠して、ファイティングポーズを取る。と、そこに……。


「……すいませ〜ん。失礼しま〜す。助けに来ました〜」

「ゲッ! 湿気が酷っ、かび臭いわね、この部屋」


 薄暗い牢獄に、間抜けな男女の声が響いた。


「……にいちゃん? ……にいちゃんだ!」

「おい、ちょっと待てカツオ!」


 自分の背後から飛び出して行った我が子に、手を伸ばした格好のままで父親は戸惑う。

 

「にいちゃん!」


 全力で飛びついて来たカツオを受け止め、満身創痍を引きずる俺はよろめく。


「キッツ、て……。おぉう、カツオ、怪我はねぇか?」

「うん、平気だよ。お父ちゃんも元気だよ」


「そっか、良かったな」

「うん。それで、なんでにいちゃんが助けに……。にいちゃん、凄え顔してんな!」


 腰に抱きつくカツオが、おたふくみたいに腫れてる俺の顔を見て引いてる。


「ああ、これか。えーと、だな。あ、ここに来るまでの間にキヌラって怪獣に出くわしてな、ボコボコにやられたんだ。あいつ、とんでもなく凶暴だからカツオも気をつけろよ」


「こえー! 怪獣こえーな! キヌラこえーな!」


 楽しそうに目を輝かせながら、カツオは怪獣を怖がる素振りを見せた。


「あのさ、キヌラって誰の事かしら……」

「……さあ? 俺も知らん」


 絹さんの冷ややかな声が、すぐ後ろから聞こえる。彼女の顔を見れずに俺は、すっとぼける。


 このあとまたキヌラに襲いかかられ、俺がボコられたのは言わずもがなで。


「あー痛ってぇ。おぅ、そうそう、俺達がここにいる理由な、この場所はワカメが教えてくれたんだよ」

「……ワカメが?」

「そうよ。あんた、妹に感謝さなさいよ」


 会話の横から入ってきた絹さんを、ジッと見つめてカツオは。


「さっきからさ。誰だよ、お前」


 と、曇りなき眼で言う。


 キーと、猿みたいに真っ赤な顔で奇声をあげる絹さんは、石床に地団駄を踏む。


 放っとくとまた、キヌラに変身されて暴れられるのもメンドいので、適当に共感したフリで相槌を打つ。


「……ええと、カツオ。この方達と知り合いなのか?」


 絹さんを慰めるつもりで、彼女の肩に手を置いて弾かれ、手を置いては弾かれと。

 かれこれ五回ほどこんなやり取りをしていたら、カツオの父親らしい人が近寄ってきた。


「カツオがいつもお世話になっている様で、ありがとうございます」

「いえいえ」


 深々と頭を下げてくる父親。

 俺も良く面倒見てるっぽく謙遜したが、カツオとは今日会ったばかりだけどな。


 ふんふん。なんかアレだな、カツオの父親ってあの人に似てんな。

 あの大人気刑事ドラマ『トミーと〇ツ』の、マツの方。日焼け具合とか彫りの深さとかが『シゲル、マ〇ザキ』にそっくりだと、見惚れてしまった。


 そんな事を思っていたら、絹さんに脇腹を突っつかれる。


「時間が無いんでしょっ!」


 おっと、忘れてました。


「あの、時間がありません。説明は後で必ず。あなたもご存じだと思いますが、海賊の本体が近くまで来ているようです。奴等が戻る前にまずはここから出ましょう。ほら、絹さんも行くよ」


 俺は急かす様に早口で捲り、カツオと手を繋いで絹さんの背中を押す。


「え、あ、はい。あの……ありがとう」


 優しい声だ。

 緊張した面持ちの父親は、その強張った表情をほぐして俺に何度も会釈をする。

 俺も、目の下に大量のクマをこさえる彼に軽く会釈を返して、鉄格子の扉を潜ったんだ。





 モンジ達が洞窟から脱出してから約半刻(一時間)後。


(びん)(ちょう)(たん)! これはいったい、どういう意味だいっ、ええッ!」


 洞窟の奥。開け放たれた鉄格子の前で、巨人が叫んでいた。


「あ、えー、あのですね……」


 口籠る『瓶』と呼ばれた筋肉男。


「なんだい、これは?」


 巨人は足に絡み付いていた白い布を摘んで、自分の顔の前に広げた。


「あは〜、女物のパンツかね。ふ〜〜ん。どれどれ、スンスン、あスンスンスン。は〜 、こいつは生娘だねぇ〜」


 食い入るようにその小さな布を見ると、その白い布の匂いを嗅ぎ悦に入る。

 巨人のこの行為に、『瓶』『趙』『潭』と呼ばれた三人は、見えない様に顔を背けてドン引きする。


「女かい、若い女が居たのかい?」


 煌びやかな衣装を纏う巨人。

 機嫌良いと思いきや、急にヒステリックに問いかけられ、三人は慌てて口を開く。


「お、俺はその女にやられて。そ、その後は……」

「ギジ、ギジ。おがじら。ゲボッ、ガぎどおん"な"が、い"だだ」

「すまねぇ、お頭。女とガキにしてやられた」


 呉座の上で簡易的な治療のみで横たわる三人。

 筋肉男と小男と細身の男は、それぞれが怯えた顔で答える。


「はあ? 嘘でしょう! たった二人にやられたのっ、あんた達が!?」


 お頭と呼ばれた人物はイラ立つままに、感情に任せて腕を振るう。

 その勢いで壁に掛けられ松明の火が消えて、洞窟の奥は暗闇に包まれる。


「そいつ等の名前と特徴は?」


 そんな事は些事とばかりに、真っ暗になった洞窟内で、頭が天井に届きそうな大きさの巨体は振り返った。


「……細身の別嬪と緑目のガキで、後はすいやせん」

「……おん"な"は、ぎぬ"、ぎぬ”」

「……他はモン吉と与一郎とも。偽名かもしれませんが」


 我が身可愛いさにアッサリと口を割る、『潭』と呼ばれた細男。


「ぎぬとモン吉と与一郎ね。……覚えたわよぉ!」


 闇の中、少ない灯りでもラメ入り青銀色のチャイナドレスを煌めかせる巨体は、腰まで入ったスリットから、スラリとした漆黒の脚を伸ばす。


「ギリリッ! 大陸出のあたい等、マフィアをコケにしくさって、許さないわ。緑目とぎぬ"、こいつ等は特に許し難いわね。この二人だけは、その体に嫌と言う程あたい達の流儀を教え込まなきゃあ気が済まないわ」


 チャイナドレスの真上、暗闇に覆われた天井近くで、地走る両目が赤く光る。

 

「それはさて置いて。ねえ、あんた達のお仕置きだけど。ん〜、そうねぇ。指五本と前歯五本でどうかしら?」

「「「ッヒイ〜!」」」


 身を竦める三人を前に。

 口振りからして女性と思しきこの人物は、脚と同色、闇と同化した顔面でニィと口を裂いた。


「あは〜ん、ちょっと楽しくなってきたわ〜」

「「「ッギャアアアアアアアアアッ!!」」」


 艶っぽい声のあとに、悲鳴が響く。

 五十人もの団員に見つめられる先で、恍惚とした表情で巨人は笑う。


 洞窟の最奥。光の届かぬ暗闇の中に、真っ白い歯と赤い目だけが浮かんで見えた。

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