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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
80/122

別れ、そして旅立ち

 よろしくお願いします。


「どう? そっちは片付いた?」


 マルさんが気さくに声をかけてくる。


「まぁ、ぼちぼち……。そっちはどうでした?」


「う〜ん。あんまり芳しくないわね。降灰もあったみたいで、教会は真っ白だったわ。それに井戸も枯れてるみたいだし……」


 気落ちするマルさんの後ろで、バンビが不機嫌な顔をする。


 現在日立峠の麓に来ていて、もう夕方だ。

 俺はおでんとマルさん、それとバンビを伴ってこの日立峠の入り口まで来ていた。


 目的は遺体の埋葬。

 ゾンビ擬きで敵さんとは言え、こいつ等のご遺体を放っては置けない。墓守りである俺の矜持もあるしな。


 マルさんの場合は教会の視察。

 噴火の影響やシスターと義理兄弟達の、今後の生活が心配なんだと。バンビは何となくついてきただけ。


 それと、幌馬車も気がかりではあった。皆んなの荷物も入れっぱだし、馬車自体が走れるなら使いたい。旅を続けるには便利だからな。


「……ふう」


 村から借りてきたクワを肘掛け代わりに立てて、ちょっくら休憩。無造作に額の汗を袖で拭った。

 横を見れば、おでんも大汗をかいて同じような格好をしている。


「……おでんも今日はありがとな。付き合ってくれて」


「き、き、気にすんな。ど、どいは。お、おでの、おでの友達だ」


 照れ臭い事を平気で語るおでん。

 

「……友達か。……そうだな、友達だもんな、ハハ。……そうだよ、おでんは俺の友達だ。もしおでんも困った事があったら、どんどん俺に言ってくれよ。俺もお前を助けたい」


 気持ちが昂ったのか、おでんと改めて握手を交わした。

 汗まみれのおでんは結構気持ち悪いが、そこは友達フィルターで己を誤魔化す。


「………あ」


 こいつ誰かに似てるなぁと思っていたら、やっと思いだした。

 体格といい、このハゲ具合も元プロレスラーでタレントのストロ〇グ金剛さんに激似。


 ストロングおでん。

 歯で噛み砕けない、カッチカッチの染み大根を連想してしまった……カッチョいい。


 握手してほっぺを赤くしてる本人は不気味だがな。


「……友達か」


 この世界に来て初めて友達と呼べる存在だろう。

 それも毛むくじゃらで、ハゲた厳ついオッサン。

 それでも気が許せる相手がいるって、やっぱり嬉しい。

 

「……モンジ。……お水あるよ。……飲む?」


 水筒係のバンビが大人しい。元気が無いようにも思える。


「おう、あんがとさん」


 伏せ目がちなバンビにもやもやする。


「……で、お前、なんかあったのか? 教会の事か? バツさんの怪我の事か? 絹さんにこっぴどく叱られた事か? アレはお前が絹さんに失礼な事を言ったから仕方がないんだぞ」


 原因を思いつくまま列挙する。

 でもバンビは首を横に振ったり縦に振ったり、煮え切らない態度を示す。


「………」


「……もうすぐお前ともお別れなんだし。最後くらい笑顔で別れたいんだけど……」


「モンジとお別れ……」


 ピクリと肩を振るわすバンビ。

 元よりバンビとは、無事にこの子の家族に合わせるまでの付き合いだと思っていた。

 明日には旅を再開したいと俺は思っていたし、先を急ぐ身で、待っている人がいるのも彼女は知っている。

 絹さんの言うように、余計なことに首を突っ込む俺が悪いの百も承知してるんだけど。


 それはそれで。

 この世界の常識を未だ全部は受けいる事が出来ないのも事実。

 子供が困っていたり危険に晒されていたら見過ごせる訳が無い。

 その結果がバンビやセツや信吉、大吉やチトセやヨシノとマイとの出会いに繋がった訳だ。

 だけど、出会いがあれば別れもあるのは当然の事で、仕方が無いと思う。


 何かと葛藤するかのようにバンビの表情が険しくなる。


「……あ、あたしは──」


 バンビの言葉を遮り、マルさんが彼女に小声で耳打ちする。

 バンビは黙り込み、みるみる俯いていくその姿に、俺達に聞かれたく無い何か、彼女にとっても芳しくない内容の話であると勝手に想像してしまう。


「── 分かったわね」


 そう締めくくったマルさんがバンビの頭を撫でる。


「……嫌だ」


 瞳を吊り上げ拒絶するバンビは、マルさんの手を振り払い峠道の隅っこに座りこんでしまった。

 

「ふぅ。……ホント困った子ね」


 俺達に背を向けてムクれるバンビに、マルさんは溜息を溢す。


「あのぅ。俺達、馬車の様子を確かめるんで、バンビと混み入った話しがあるならどうぞ……」


 家族の事情だろう。俺達は邪魔だよな。


「そう、悪いわね」


「いえいえ。こっちこそ気が利かなくて、すいません」


 俺はおでんと共にこの場を離れる。

 振り向けばマルさんもバンビの側で腰を落として話しかけていた。再度気を取り直して、馬車の元へと向う。


 目の前には派手に横倒しの馬車がある。

 見た目ほど外傷が少なく思えた。幌部分に触れると若干のザラ付きを感じる。微量だが、ここにも火山灰が降っているらしい。


「……車輪も壊れて無さそうだし、これならイケるか」


「おでん、ちょっと車体を起こしてみようか。手を貸してくれ」


「う、うん」


 俺とおでんは力任せで馬車を起こした。

 ゆさゆさと車体を揺らして立ち上がる幌馬車。

 薄暗い中、もう一度幌馬車の状態を点検する。


 地面に擦った右側の幌には多少破れを確認、地面に直捨当たっていた荷台の側面部分には亀裂が入っている。逆に言えば、その程度の破損で原型を留めている。


「……これなら行けるか?」


 大した修理も必要無さそう。普通に走りそうだった。さすがはハト爺の幌馬車だな、頑丈な造りだ。


 それから足代わりに乗って来たハッチ()ウサギ()を馬車に繋いで、マルさんの元へと向かった。


「そろそろ宿屋に戻りませんか?」


 地面に座り込んでる女子二人に声を掛ける。

 マルさんはバンビの背中を押してこっちにやって来た。


「あら、良かったわね。壊れて無くて……」


「はい。荷台の中はぐちゃぐちゃのままだけどね」


「それなら任せて、荷物整理は宿屋のチビ助達にお願いするから。よく言うじゃない、働かざる者食うべからずってね」


「それはちょっと意味が違うような……まぁ、いいか」


 では帰りますかと、御者台へと彼女達を促す。荷台は散乱する荷物の隙間におでんが寝転がっているから場所が無い。


「……あ、あのねっ、あたし……。なんでも無い。忘れて……」


 乗り込む際にバンビは俺に何かを言い掛けるも。

 結局何も言わずにマルさんに背中を押されて乗り込んできた。その後マルさんも乗車し、俺は馬車を走らせた。


 日も暮れた帰り道。

 月明かりを頼りに馬車を走らせながら、マルさんと俺は当たり障りの無い世間話しをしていた。その横でバンビは終始無言だった。

 ただ、今回あれだけの活躍を見せた彼女が弱々しく俺の腕に縋りついている。


 なんだろう。

 バンビが本当の妹のように思えてきた。

 いじらしい彼女の姿に、このままお別れするのがとても寂しく感じてしまう。ギュッと抱きしめて連れ去りたくなる。

 そんな衝動に駆られながら俺は、手綱を握る手に力を込めていた。





 それほど遅くならずに村へと到着。

 宿屋の入り口をくぐると、入ってすぐの受付の所でセツと信吉が宿屋のオッサンと談笑していた。


「ただいま」

「「お帰りぃ〜」」


 二人の黄色い声に出迎えられる。

 そうそう。子供は元気なのが一番だな。

 それに比べてこいつは……。


「……ただいま」


 バンビは未だ仏頂面だ。


「ただいまぁー! ひいー、疲れたぁ」

「バンビちゃん、マルさん、お帰りぃ〜」


 続いて現れたマルさんにセツが駆け寄る。

 俺もそうだが、マルさんはそこそこの荷物を抱えていた。


「ちょっと〜、みんな〜、集まって〜」


 マルさんの一声で子供達がわらわらと集まる。


「よっ、モンジ兄ちゃん、お帰り!」

「「お帰りなさい」」


 大吉が気さくに手をあげて登場、次いでヨシノとマイが仲良く手を繋いで現れる。


「ただいま。……あれ、チトセは?」


「シスターさんのお手伝いをしてるよ。絹とモモも一緒だよ」


「今夜はご馳走なんだって、楽しみだよね」


 ヨシノとマイが嬉しそうに答えてくれた。


 明日は陸之領全土でお祭りだ。

 例に漏れず、この村でも小規模とはいえ前夜祭の装いを呈している。

 酔っぱらいもさる事ながら、いつのまにか表通りも提灯が飾られ、出店や屋台もちらほらと現れていた。


「ねぇ、みんな。ちょっと手伝ってくれない? 馬車の荷物が多過ぎて、ひとりじゃあ運びきれないの」


「「は〜い」」


 マルさんは子供達を引き連れて表に出ていく。

「づかれたぁ〜」と、入れ違いにおでんが宿屋に入ってきた。


「おう、おでんもお疲れ。馬小屋の場所は分かった?」


「う、うん。あ、あいつ等。く、く、草、もりもり、もりもり食ってた」


「そっか、じゃあ俺達も中に入って休もうぜ」


 そこで受付のオッサンに、男二名と女一名追加でお願いした。

 オッサンは首を横に振り、宿屋はお前等の貸し切りだから勝手に上がってくれと、経営者とは思えないどんぶり対応。

 しかもシスターさんから宿泊代も、全部屋二日分払って貰ってあるとも。


 おお、シスターカッケー。これが大人の対応ってヤツか!


 でも手放しで「あざっす」って言えない。

 峠道からの帰りにマルさんから、教会は常に金欠状態だと聞かされていたから。


「……人の為にも限度はあるよな」


 これで俺の腹は決まった。

 火山の所為で教会に住むの困難な状況である。俺達の旅にも教会の子供達は連れては行けない。


 お金は必要な筈だ。


「ゴメン、バンビ。お前はおでんと部屋でくつろいでいてくれ。俺はモモを探さにゃならんのよ」

 

「……あ、あたしも行く」


「いいから、いいから。……と言うか、ちょっと恥ずかしいからあんまり来て欲しく無い」


 着いてこようとするバンビを牽制し、俺は厨房へと急いだ。


 宿屋の厨房ではシスターさんの指揮の元、魚やら肉やらの料理が台の上に所狭しと並んでいた。

 コッソリ覗いていた俺は、すぐに桜色の着物のチトセに見つかった。


「あ、モンジ兄ちゃんお帰りぃ〜。みてみて今夜は凄いご馳走だよ。暮れと正月がいっぺんに来たみたいだよ!」


 し〜〜っ! バレるだろ俺はモモにコッソリ会いに来たんだから!


 しかも暮れも正月も一緒だ。そんぐらい凄いってことは分かったから。


「これはこれはモンジさん、お帰りなさい。……それでどうでした、教会の様子は?」


 チトセに『シー』のポーズをしてたら、シスターさんにもみつかり普通に問いかけられる。


「すいません。俺は見てないので、マルさんが後で説明すると思います」


 あんまりいい話では無いので、俺の口から言い辛い。結局マルさんに丸投げした。


「……そうですか」


 と、一瞬暗い顔を見せたシスターさん。


「明日はお祭りですものね。私達もお祝いしましょ!」


 それでもすぐにいつもの優しい笑顔を纏い、気丈に振る舞う。

 シスターさんには俺達の旅の目的も急ぐ身である事も既に伝えてある。

 シスターさんの気遣い。最後の晩餐という意味で用意してくれた物だろうかと恐縮してしまう。


「……でも、凄い量ですね。結構出費が加算じゃったんじゃないですか?」


「ふふん、驚きました? ですがこの食材のほとんどが貰い物なんですよ。子供達と村の飾り付けや屋台のお手伝いをして頂いた物ばかりです。凄いでしょ」


 自慢気に胸を張るシスターさんが逞しく見えた。

 働かざるどころか、いっぱい働いたあの子達には沢山食べて貰わないとな。


「あんた! そんなとこでボーと突っ立ってないで、ちょっとは手伝いなさいよ!」


「モンジさん、お帰りなさい」


 揚げ物と格闘中のいつもの小町風スタイルの絹さんからドヤされるも無視して、瑠璃色の着物に割烹着姿で煮物作りをしていたモモに手招きをする。

 キーキー騒いでる絹さんを尻目に、モモはおたまをチトセに渡して来てくれた。


「……なんですか?」


「ゴメン。ちょっとばかりモモさんにご相談があって……」


 人気の無い宿屋の通路にモモを連れていく。


「……それで、ご相談とはなんですか?」


 神妙な語り口のモモさん。

 前を歩いていたモモが振り向いた瞬間に俺は、彼女の腰に縋りついていた。


「助けてよぉ、モモえもぉん! どうしてもお金が必要なんだよぉ〜」


 最低なお願いである。


「モ、モモえもんってなんですかっ!? しかも、お金って!」


 驚いているモモに反ベソの俺は更に続ける。


「教会が今、住めない状態なんだよぉ〜。あいつ等このままじゃあ、路頭に迷っちゃうよぉ〜」


「……はあ。最初からそう言って下さい。……で、どうしたいんですか、モンジさん的には」


「無い知恵絞って考えたんだけど。俺的にはあいつ等には、森山村に行って貰いたいと思ってる。俺ん家も空き家だし他に空き家もまだあるから、繁忠にも頼んで空き家を紹介して貰えれば、あの子達も当面は住む所には困らないかなぁ〜と……」


「……そうですね。モモもその意見には賛成です。森山村は現在、常之領の兵隊さん達に守られていますから安全ですもの」


「でしょう。それと、避難生活は何かと物入りでしょう。俺は一緒に居てやれ無いから、せめて資金援助ぐらいはしてあげたいなぁ〜と思って……。ダメですか?」


 モモは腕を組み、しばし悩んでいる様子を見せる。 


「……分かりました。旅の準備金とは別の、モモの少ないお給金(、、、、、、)の中から捻出して差し上げます」


 恩着せがましい感じで、またそれを言う。


「但しこれは、モンジさんの独断でありモンジさんへのツケと成りますが、宜しいですか?」


 腕を組みながらのモモからの視線が痛い。


「は、はい。……それでお願いします」


 ガックリ項垂れるモンジを他所に、モモは彼らしい慈善行動に笑いを堪えるのに必死だった。


 横を向いて舌を出してるモモの内心はこうだ。

(言質は取りましたよ。モンジさんの報償金は全てシスターさんにお渡ししますからね)


 宿場町でモンジの取られた報償金をコッソリ回収していたモモである。こういう事態もあると想定し、彼女は内緒で預かっていた。


「スンスン。……それよりモンジさん。結構汗くさいですよ。モモは嫌いじゃ無いんですが、夕飯の前にお風呂をお勧めします……」


「……はい。ラジャーです」


 トボトボと歩くモンジの背中にモモは口を押さえて笑いを堪える。


「ゴメンなさい。つい……」


 意地悪をし過ぎた自分を反省し、せめてもの償いになればと美味しい料理を提供すべくモモは、気合いを入れ直して厨房へと戻っていった。



 宿屋の裏、離れには風呂場が設置されてある。

 俺は手ぬぐいを引っ提げ風呂場に来ていた。

 頭の中は、子供達の今後の生活のことで一杯だった。


「俺って何にも持ってないんだよなぁ。全部が借りもん、甲斐性なさ過ぎ。こんな俺がしてやれる事なんてたかが知れてるし、乗り掛かった船だし。せめて教会が元通りになるまで援助したいよなぁ」


 独り言を呟きながら脱衣所で服を脱ぎ、風呂場の扉を開けた。


「あ……モンジ」


「っえ!」


 ビックリして、手ぬぐいを落としてしまった。

 スッポンポンの俺は丸出しで固まる。

 家庭風呂より少し広めの浴場にバンビがいたんだ。彼女は浴槽に浸かってのんびりしていた。


「ゴメンッ! すいまメン!」


 踵を返す俺。


「まって! あたしは気にしないから……。一緒に入ろ」


 非常口のピクトグラム化した俺を、バンビは呼び止める。


「……いいの?」


「モンジだから、いいよ」


 言ってる意味はよく分からんが、本人がいいと言うなら、お言葉に甘えて……。


 とりあえず前だけ隠してコソコソと全身を洗い流す。

 もちろんバンビの方は見ませんよ。幼女趣味は無いもんで。バンビも一応は女の子なんだし、ジロジロ見られるのも嫌でしょ。

 それに彼女の裸を見れるのは、彼女の選んだ彼氏さんじゃなきゃダメ。彼氏の特権でもある訳だし、俺なんかが見ちゃダメでしょ。


 ぶつぶつと独り言を言いながら体を洗う俺を、バンビはジッと見つめてくる。


「あのぅ、バンビさん。あんまり見られると恥ずかしいんですけど……」


「べ、別にいやらしい目で見て無いし! モンジが片腕だから洗い辛そうだなって思ってただけだし!」


 慌ててバンビが目線を逸らす。

 彼女の指摘通り、体を洗うのに片腕だと何かともたつくのは確かだ。それでも義手を外すのは、寝る時と風呂に入る時ぐらいだから普段はなんら気にもしないが。


「……背中、流そうか?」


「……えっ、いいんですか? お願いしても」


「そのつもりだったし」と、バンビは躊躇なく湯船から上がって俺に近づいてくる。

 おそらく彼女もスッポンポン、否が応にも緊張してしまう。

 俺の視線は、床に敷かれいるスノコの細い隙間に釘付けだ。


「……手ぬぐい貸して」


「はい」


 ゴシゴシと俺の背中を擦るバンビ。


「モンジ、凄い垢! 今まで背中洗えてなかったの?」


「……はい。すいまメン」


 実際右手届かない所は適当に洗っていた。こんな体なんだからしゃあーないし。


 湯船からお湯を掬って背中を流してくれるバンビちゃん。背中がサッパリして気持ちよかった。


「はい、今度はこっちを向いて」


「……へ?」


「早く。前も洗うから」


「いや、前は大丈夫です。自分で出来ますから」


「もう、ちゃんと洗えて無いんだから。あたしが洗ってあげる」


 バンビの濡れた生足が視界に入る。

 回り込もうとする彼女に焦る。

 ど、ど、ど、どうする!


 大丈夫の連呼と、亀のように丸めた体制で鉄壁の防御をしていた。

 頑なに拒否の姿勢を崩さない俺に、彼女は根負けして湯船にお帰り頂いた。


 バンビの監視の元、再度よく体を洗い俺も湯船に浸かる。彼女を見ないように細心の注意を払う。


「………」


「………」


 初の女子との混浴で緊張の余り、普段のおふざけもままならない。何を話していいかも思い浮かばない。


「………」


「……モ、モンジの近くに行ってもいい?」


 おぅふっ! 何を言っているんだこの子は!


 湯船の隅っこで、ちっちゃくなっている俺。大胆にも俺の側まで近寄るバンビさん。


 思わず目を瞑る俺。隣りに落ち着くと思いきや。

「失礼します」と、浴槽の中で胡座をかく俺の上に腰を落とすバンビさん。


「ちょ、ちょっ、まっ!」


 急なことで逃げ切れない。

 俺は目一杯腰を引いてバンビを向かい入れる。間違ってもバンビの綺麗なお尻に、俺の汚いモンを当てたくは無い!


「……ふう」


「ふう、じゃ無い! ど、どきなさいっ! はしたないですよ!」


 俺の声が震える、上擦る。


「えっ、いつもやってるでしよ」


 なんで? って感じのお子ちゃまバンビちゃんに、頭が痛くなってきた。


「……あれ、バンビちゃん?」


 ここで一つの違和感を覚えた。

 バンビと触れ合っている腿や胸の辺りの感触が全然人肌っぽくは無く、ザラザラとした感触がする。

 

「失礼しまぁす」


 恐る恐る目を開けてみる。

 まず目に付いたのは、アラブ人のように手ぬぐいをグルグルに巻いた頭。ターバン仕様の手ぬぐいの中に器用にも、バンビの白髪が全部収まっている。

 その下には、後毛を伴った細くて白いうなじ。お子ちゃまなクセに何故か色っぽいくて、ドギマギしてしまった。


 そしてザラザラの正体が明らかとなった。

 こいつ、浴衣タイプの湯衣を着てやがった。


「なんだよ、驚かせやがって。マジ焦ったぜ!」

「……なにを期待してたの?」


 ニヤケるバンビの顔がまじムカつく。

 それと同時に、アホみたいに緊張していた体が一気に脱力した。


「……気持ちいいね、お風呂」

「そうだな」


「……あのね。……明日も明後日もモンジの背中、流してあげるね」

「明後日って、明日はお前とお別れだろ。無理だろ」

   

 何も考えずに答えていた。


「……そっかぁ、無理かぁ。……残念だなぁ」


 落ち込むバンビに気づかされる。


「ゴメン。そう言うつもりじゃ──」


「あたしっ! ……あたし、のぼせそうだから上がるね」


 己の配慮に欠けた発言に嫌気が差す。


 湯船から上がって数歩。

 彼女は扉の前で湯衣を脱ぎ捨て、桜色に上気した女性らしい細身の後ろ姿を晒した。


「バンビちゃん! 急になにをっ!?」


「……モンジはさ、あたしと一緒にいるのは嫌?」


 慌てふためく俺を無視して、バンビは質問をしてくる。


「どうでもいいから早く服着ろよっ!」


「どうでも良く無いっ! 大事な事なんだよっ!!」


 何を思ったのかこいつ、スッポンポンのまま俺に迫ってきた。


「だあああ! っ嫌だよ! 俺だって嫌だっつーのッ!! ほら分かったら、さっさと服を着ろ!」


 ピタリとバンビの足音が止まる。


「へへ、モンジもあたしと離れるの嫌なんだ……」


 ペチペチとバンビの足音が遠ざかる。俺は目を瞑り、水面ギリギリまで頭を落としていた。


「そっか、そっか。モンジも……へへ、エヘへ」


 扉の閉まる音と共にバンビの声も消えてゆく。

 

「ったく。なんなんだよあいつ、腹立つなぁ」


 チラリとバンビが出て行った事を確認して、もう一度大きく脱力した。嫌な汗でギトつく顔を湯船で思いっきり洗ったよ。


「……だけど、綺麗な体してたなぁ」


 一瞬だけ見てしまったバンビの全裸を思い返す──


 ──最悪だ、最悪で最低だな俺ってヤツは! 仮にも命の恩人だぞバンビは!


 自己嫌悪に陥り、湯船で溺死しようと思って頭っからお湯に潜る。

 でも結局死に切れず、お湯にプカプカ浮かんで天井を見ていた。


 ガラッと誰かが入ってくる気配。チラ見するとおでんだった。


「……ど、どい。ちんこ、ちんこ丸出しだぞ」


「お前が言うかっ!!」


 とんでもない物を丸出しにしているおでんに、全力でツッコむ。

 いい事なのか知らんけど、こいつの汚い裸のお陰でバンビの裸体が吹っ飛んだよ。



 風呂を済ませて浴衣に着替え、厨房の横にある大広間へ向かった。


 そこには既に子供達も勢揃いしており、テーブルを繋ぎ合わせて大テーブルとなったその上に、所狭しと大皿料理が並んでいた。


「……あとは、シセル(バンビ)とおでんさんだけですね」


 ヨダレを垂らす子供達を、暖かな眼差しで見守るシスターさんが呟く。


 俺は空いてる席に腰を下ろし、若干そわそわしていた。


「モンジっ、ほら、あんたが話しなさいよ!」


 斜向かいに座る絹さんが俺を煽る。

 彼女が急かすのは件の話しだ。話しの内容はお金の話以外はモモと一緒、お風呂前に絹さんにも相談して了承を得ている。


「あのぅ、食べる前にちょっと話しを聞いて欲しいんだけど、いいかな?」


 わいわい雑談を交わす皆々様が俺に注目する。


「えっと、話しと言うより提案なんですけど。……火山もまだ収まる様子も無いですし、教会に戻るのは危険だと思うんです。それで俺からの提案なんですけど、えっと……みんなで森山村に住むって、どうですか? もちろん、教会に戻れる見込みが立つまでの間だけです。避難って形になるんだけど……どうかな?」


 皆さまキョトンとしてますが、何か可笑しな事を言いましたっけ?


「あのぅ。それはどう言うことですか?」


 シスターさんの質問にマルさんが挙手。


「えーと、ごめんなさい。言いそびれてたんだけど。今はね、ちょっと教会には住めない状態なのよ。今日見た来たから本当の話し」


 これで補足完了。


「そう言うことなんで。如何でしょう」


「突然のことで、ちょっと……」


 戸惑うシスターさんに、サンカクさんとバツさんが笑顔を向ける。


「森山村って漁村ですよね〜。わたしぃ、お魚大好きだからぁ、いいんじゃないかなぁ〜」


「ウチも賛成。チビ共に怖い思いはさせたく無いからな。なぁ、これだけの大所帯だ、住む所のアテはあんのか?」


「ああ、任せてくれ。俺ん家の寺も空き家だし、手紙も書いて渡すから、繁忠って知り合いに空き家を紹介して貰えるようにしておくつもり」


「ママ、私もいい話しだと思うんだけど……」


 マルさんがシスターさんに詰め寄る。


「はい、事情は分かりました。だけど、皆んなの意見を聞いて見ないことには……」


「ママ、あたしも賛成! オイラも、旅行みたいで楽しそう! あたしもお魚食べたい! ママがいるならどこでもいいよ! ママと一緒に旅行がしたい!」


 子供達が一斉に喋り出し、収集がつかない。


「はい、はい、分かりました! 私達は森山村に避難します。よろしいですか? 賛成のひとは手を挙げて下さい!」


「「は─────いっ!!」」


 シスターさんが多数決を求め、教会の子供達が全員手を挙げていた。


「そういう事なのでモンジさん、宜しくお願いします」


「はいっ! 任せて下さい」


 シスターさんの笑顔に胸を撫で下ろす。これで憂いも残さず旅立てる。……あ。


「セツと信吉。お前等も俺ん家で待っているように。それと、チトセと大吉とヨシノとマイ。お前等もだぞ、いいな!」


「「えー!」」


「えーじゃ無い! 俺達はこれから……。あー、俺達は鬼退治に行ってくる。化け物みたいなヤツ等がいる島に、乗り込まにゃあならんのよ。とっても危険なの。猿とキジも犬しか連れて行けないの、分かる!」


 そして俺は猿に絹さん、キジに与一郎、犬にモモを指指して説得した。

 

 猿とキジと犬の目が光る。

 突然襲いかかってきた。

 猿に首を絞められ、キジに小突かれ、犬にツネられはしたが。

 だがしかし俺は、涙目になりながらも子供達を説得した。……冗談通じ無いんかい、こいつら。トホホだよ。


「……モンジ兄ちゃんは鬼を倒せるの?」


 不安気なセツが問いかける。


「いや、無理だな。俺なんか、あいつ等にして見れば鼻クソみたいなもんだな」


「……与一郎、ヒョロヒョロじゃん」


 大吉が眉を吊り上げて問いかける。


「あー、気にすんな。こいつは戦力外だからって、痛い、痛い!」


 与一郎から繰り出される頭への小突きが加速する。


「……モモもちっちゃいのに」


 チトセが不満気に呟く。


「モモを馬鹿にしちゃあイカンよ。こう見えてモモは小金持ちだからって、ぎゃふっ! ケツの肉千切れる!!」


 モモのツネりが増し増しだ。


「絹って言う事聞かないでしょ。うん、我が儘だよね」


 ヨシノとマイが心配してくれる。


「えっと、絹さんは放っといても猪突猛進だから、いい壁役になってって、ぐえぇ! 苦しいぃぃ」


 息が止まるほど首を締め付けられる。


「……それなら、行かなきゃいいのに。……僕達と一緒に森山村に帰ろう!」


 信吉が涙ながらに訴えてきた。信吉の言葉に、猿とキジと犬の攻撃がピタリと止まる。

 

「ッゲホ、ゲホ。あー、うん。……そうだな、俺もお前等と一瞬に帰りたいよ」


「だったら、ね。モンジ兄ちゃん帰ろうよ!」


 珍しく声を張り上げる信吉に、俺は首を横に振っていた。


「その鬼ヶ島みたいな所に、どうしても助けたい人がいるんだ。お前等も好きな人が出来れは分かると思うけど。その人はこの身を捧げても足りないぐらいに、俺に取っては大切な人なんだ。だからゴメンな、俺は行くよ」


 信吉の目を見て本心を伝えたつもりだけど。

 説明不足は否めないけど、あまり子供相手に血生臭い詳細なんて明かしたくは無い。……これで分かってくれればいいんだけど。


「……ひとつだけ約束して。……必ずあたし達の所に戻ってくるって」


 セツが泣きそうな顔をしている。

 せりゃそうさ。

 親に売られて、俺にまで死なれたらこいつ等は、本当に路頭に迷ってしまう。

 俺だってそれは嫌だ。


「あぁ、一週間だ。七回夜を越えたら、俺はお前達の元に戻る。必ずだ、約束するから安心してくれ」


 フラグ臭い台詞ではあるが致し方ない。こいつ等が安心してくれるなら、何でも言ってやる。


「……分かった。大人しく言う事を聞いてあげる。だけど約束を破ったらモンジ兄ちゃんを一生許さないから。一生、許さないからねっ!」


 強く念押ししてセツが、のしのしと足音を鳴らして去って行く。

 その後を大吉と信吉がオロオロしながら付いて行く。チトセはやれやれと言った風に、ヨシノとマイは

バイバイと手を振って去っていった。


 ふぅ。どっと疲れました。

 子供とは言え、人を説得するのってこんなに疲れるもんなのね。


「あんたにしては、要点をはぐらかした良い説明だったんじゃない」

「モンジさん、僕も不安になって来たんですけど。……大丈夫ですかね、戻れますよね!」

「モンジさんは死にませんよ。モモが付いていますから」


 絹さんに褒められ、与一郎には青い顔をされて、モモには更なるフラグを立てられる。そんな中。


「おでん、遅い! ……あ、モンジがいたっ! あたしはモンジの隣りだからね!」


 おでんの手を引いてバンビが大広間にやって来た。

 

「お待たせっ!」


 バンビが俺の隣りでは無く、俺の膝の上に座る。風呂場での一件もあり、秒で腹が立つ。


「おい、バンビ。これから飯を食うのにそこに座られたら邪魔だろ。せめて隣りに座れ」


「……やだ」


「お前の頭に飯粒や味噌汁を溢しても俺は責任取れんぞ」


「……ダメ。溢したたんびにぶん殴る」


 いつものバンビに戻っていた。

 ギャーギャー騒ぐ俺達を無視して、シスターさんはすまし顔で立ち上がる。


「それでは、皆さんも揃ったみたいなので、さっそく頂いきましょうか。さん、はいっ」


「「いただきまーす」」


 シスターさんの音頭で夕食が始まった。

 バイキング形式みたいに、大皿に盛った料理をみんな好き勝手に取って、食事を楽しんでいる。 


 地蔵みたいに動かないバンビ。

 その所為で料理も取れ無い俺に、モモが気を利かせて色々と運んできてくれる。

 そんなモモにバンビの野郎はお肉メインでオーダーしてやがる。


 テメェはテメェで取って来いと文句を言ったが、知らん顔だ。テコでも動かんらしい。

 トサカに来たから、こいつの頭の上に皿を置いて食ってやったぜ。ブー垂れるバンビに俺も知らん顔だ。


 肉を頬張りながら、俺のことを根掘り葉掘り聞いてくるバンビ。それに適当に答えながら、改めてみんなの様子を窺う。


 セツと信吉が絹さんから森山村あるあるで盛り上がっていたり。

 マルさんバツさんサンカクさんが一塊に、それに教会の女の子達が混ざり、女子トークに花を咲かせていた。

 大吉を筆頭に教会の男の子達は、おでんイジりをしてシスターさんに酷く叱られている。

 笑みが溢れる。楽しい食事は瞬く間に過ぎてゆく。


 食事も終わり、皆んなが寝静まったあと俺は、ひとりでコッソリと夜ふかしをした。



 次の日の朝。

 祝勝祭の当日だ。

 まだ薄暗い日の出前に俺達は、村の入り口に集まっていた。

 理由は日が落ちる前に関所を越えることと、トラブルを避ける為に祭が始まる前に村を出発したかったからだ。


「シスターさん、まずはモンジさんから預かった繁忠さんへの手紙です。それと、これが通行手形の代わりになります」


 教会の子供達を背にするシスターに、モモは手紙と茶封筒を渡す。モモの後ろには絹と与一郎、おでんと並んでいた。


「茶封筒の中身は書状と綿姫様の直筆の手紙が添えてあります。もしこれで、関所の役人がゴネるようでしたら、モモの名前で綿姫様をお呼び下さい。綿姫様なら必ず使いの者を寄越しますから。それで一発です」


「……はぁ、一発ですか」


 親指をグッと立てて、モモは自慢気に語り、シスターは少し困惑した表情で苦笑いをする。


「あと、これはモンジさんからの餞別です。気兼ねなく使ってやって下さい」


 モモから渡された紫色の包みがシスターには重く感じられた。

 恐る恐る包みを解くシスター。中身は五両もの大金が入っていた。


「あ、あの、頂けません。こんな大金」


 返そうとするシスターに、その腕をそっとモモは遮る。


「……これは子供達への投資です。モンジさんの男気を貴方が無駄にしないで下さい」


 キッパリと跳ねつけるモモにシスターは萎縮してしまう。


「でも……」

「貴方はあの子達の未來を奪うつもりですか? ……モンジさんの言わんとする事は、そう言う事ですよ」


 そう言ってモモはシスターの後ろに目線をズラす。

 釣られてシスターも振り向き、幼い子供達を視界に収める。彼女は幼い子供達一人一人を見やり、物憂げに微笑みかけていた。そして。


「……ありがとうございます。この子達の為に使わせて貰います」


 最後はシスターが折れていた。

 モモに対して深々とお辞儀をしている。


「……あまり気にしないで下さい。あの人は、モンジさんは『超』が付くほどのお人好しですから」


 クスクス笑うモモに、シスターもようやく普段の笑顔を取り戻す。

 宿屋から借りた荷車に横たわるバツや、それを引くマルとサンカクも、シスターに続いてモモに感謝の言葉を告げていた。


「あと、バンビちゃん。ちょっといい?」

 

 セツや信吉に背中を押されて、手招きするモモにバンビが不機嫌に近寄る。


「これ、モンジさんからの預かり物です。……勇者のつるぎ? とか何とか言ってました」


 モモからバンビに渡されたのは、モンジがいつも愛用していた鞘付きの小刀だった。


「……これって」

「はい、モンジさんの愛用品です。この小刀にモンジさんは幾度となく命を救われたそうです。本人曰く、檄レアラッキーアイテムって言ってましたよ」


 革製の鞘には『ロト』の文字が刺繍されていて、裏面にも『天空』の刺繍がされていた。


 ギュッと小刀を胸に抱くバンビ。切なそうな少女の姿をモモは優しく見つめている。


「……モンジは!」

「えっとぉ、モンジさんはこういうのが苦手なようで……お願いされちゃいました。アハハ」


「あいつ、とんでもないヘタレだから、旅の間に私のこの鉄拳で性根を叩き直しておくわ!」


 モモは出来の悪い息子みたいにモンジを語り、絹が拳を突き上げる。

 バンビは縋るような視線を馬車に送っていた。


「バツさん。お薬は苦くてもキチンと飲んで下さいね。あと、症状を認めた紙、あれは絶対に加合様に見せて下さいね!」

「わーったよ! うっせぇなぁ」


 与一郎とバツのやり取りと、おでんからは。


「……バイバイ」


 この一言でモモは締めくくる。


「……長々と失礼しました。それでは皆さん、お達者で」


 手を振るモモと絹、与一郎とおでんが幌馬車へと歩いてゆく。子供達も元気に手を振り別れを惜しんでくれた。


「……モンジ」


 バンビは佇んで胸に抱く小刀を強く抱きしめている。


 森山村一向が馬車に乗り込み、馬車は静かに走りだす。

 徐々に小さくなる馬車の後ろ姿を少女は、唇を噛み締めて見つめていた。


 ──我慢できない。


 弾かれたようにバンビは走っていた。


「ちょっとシセルッ! どこ行くのよっ!」

「おお、やるねえー。シセルも」

「みてみてぇ〜あの子ぉ、いつまで経っても足が遅いのよねぇ〜。あ、コケた!」


 三人が三様でバンビを目で追う。


「ったく! 仕方のない子ねぇー!」

 

 子供達が思い思いに別れの言葉を送る中、マルがバンビの元へと向かおうとする。


「マリー、待ちなさい!」


 シスターから叱責にも似た声を背中に浴びて、マルの動けが止まる。


「モンジ! モンジッ! まって、モンジッ!!」


 泥だらけになりながらも立ち上がり、バンビは懸命に馬車の後を追いかけていた。


「あの子のあんな姿、初めて見たわ」


 シスターはポツリと呟く。目を細めてバンビの背中を見据えていた。マルも苦笑いを浮かべて。


「まぁ、私もそうだけど……」

「いいじゃねぇかマル。放っといてやれよ!」

「そうねぇ。アレじゃあ〜、男を追いかける不器用な女の背中よねぇ〜」


 サマンサそれは言い過ぎよ、と軽く諌めてシスターは本音を語りだす。


「……私はね。本当は宗教なんて、セリフィス教なんてどうでもいいと思っているの」


 シスターの衝撃発言に、バンビの事など視界から消し去り三人娘は、目を見開きシスターに注目する。


「フフフ、そんなに驚かないで。みんなそうなのよ、母親っていう生き物は……。子供の幸せが一番なの。だからね、私はあの子を応援したいわ。それこそ全力でね。ウフフッ」


「えーと、ママがそう言うなら私は何も言わない」

「ウチも、少しは女の子らしくしようかなぁと思う」

「あたしはぁ、あの二人ぃ。あんまり上手くいくとは思えないなぁ〜。女の子は、追われる位が丁度いいと──」


「「お前は黙れ!」」


 二人にツッコまれて仰反るサンカク。


「フフッ、大丈夫よ。あの子は誰よりも愛に飢えていたから、誰よりも愛の尊さを知っていると、私は信じているわ」


 そう語るシスターの眼差しは、少し寂し気だと感じてしまう三人娘であった。





 ── バンビの声が聞こえる。


「ゴメン! 絹さん」

「え、え、なによ!」


 絹さんに手綱を預かけて、俺は後ろを振り向いた。


 バンビがヨタヨタ走っている。

 あいつの声が遠すぎて聞き取り辛い。

 気になる。どうするっ。決まってんだろっ!


「ちょっくら行ってくる」

「は? どこに! ちょ、バカモンジ!」


 俺は絹さんの静止も聞かず、馬車から飛び降りていた── ギリ、ヤバかったけど、着地成功。


「ッバンビ!」


 飛び降りた瞬間に俺は夢中で走っていた。


「── ンジ。まって、モンジ。はぁ、はぁ、モンジッ!」


 着物を泥塗れにして、フラフラのバンビが目の前にいる。


「はぁ、はぁ、はぁ、忘れもの。はぁ、はぁ……」


「忘れ物? なんだよ、パンツでも忘れたのか? へぶっ!」


 いきなりグーでほっぺた殴られた。


「冗談だろうが! なんだよ急に──」

「── 忘れものはコレ」


 いつもの悪ふざけのつもりで文句を言おうとした。

 そしたらヘロヘロのバンビに頬を掴まれ── キスをされたんだ。


「はぁ、はぁ、あたしを忘れてる。酷いよ」


 柔らかくて。

 優しくて……。

 その蒼く澄んだ瞳に目が奪われる。

 そう言葉を紡いだ彼女の唇に胸が高鳴る。

 軽いヤツだけど。

 お口にチュウで俺の意識は、彼我の彼方へと飛ばされていた。


 だから俺はこう答えていたんだ。


「すいません。以後気おつけます」


 と。



 ありがとうございました。

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