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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
79/122

英雄なんていらない

 よろしくお願いします。


「あのバカ、何やらかしてくれてるのよっ!」


 次の日のお昼時。

 東川村に一件しか無い宿屋の厨房で、ちょうど太陽が真上に差し掛かったお昼時に絹がブチキレていた。


 宿屋は貸し切り状態だった。

 元々部屋数の少ないこの宿屋に教会から避難してきた子供達とシスター、くノ一三名と森山村一向、総勢二十二名でこの宿屋は珍しく全室満室となっていた。


 そこにモンジ捕縛の悲報がもたらされる。

 素泊まり専門の宿の為、朝から食材の買い出しに出かけていたシスターとマルからの情報だった。


「夜中に外が騒がしいと思ったら、あのバカの所為だとは。勝手に火山まで行ったと思ったら、今度は城に連行されたって。はあ? 何してくれてんのって感じよっ!」


「……全くしょうがない人ですねぇ、モンジさんは。いろんな事に首を突っ込んで勝手に問題を起こす。まさに問題児、略してモンジさんですね」


 大仰に溜息を吐く絹に、与一郎も同調する。

 また訳の解らぬ草を刻みながら、やれやれといった様子で首を竦める。


「モンダイジでモンジ……。っぶふうー! 上手いこと言うわね、与一郎」


 壺に入ったのか、堪らず吹き出す絹。


「いえいえ、笑いごとでは……」


 大根やお米を抱えるシスターが絹を諌める横で、お腹を抱える絹に与一郎は得意顔を見せている。


「ッカラァン!」


 呑気に笑う二人の背後で金属の落ちる音が響く。


「モンジさんが捕縛……。つ、捕まった!?」


 彼等の背後で、手にしていたアタマを落として固まっていたのはモモだった。

 

 この中で唯一悲壮感を漂わせる彼女は、目の下に大量のクマを作り、憔悴し切っている。


「む、迎えに行ってきます! 何を仕出かしたか知りませんが、モモが無実を証明して来ます!」


 弾かれたように駆け出すモモ。

 包帯の巻かれた右足を引きずり彼女は、勝手口から出ようとする。


「モモ、モモッ、ちょっと待ちなさいっ、その足じゃあ無理でしょ!」


 土間へ飛び降り絹は彼女を慌てて捕まえていた。


「……離してください。問題ありませんっ、モンジさんが大変なんですっ! ハッチ()を借りますので、後の事はよろしくお願いします!」


 暴れるモモに絹がたじろぐ。


「……も、問題無いって、ここから馬で半日以上も掛かるのよ。あなた、馬にだってまともに乗れない状態でしょ!」


「そうですよ。モモさんの足首は見た目よりも酷い状態なんです。筋も骨も潰れているので、今無理すると一生そのままですよ」


 怪しい草を刻む手を止め、医者見習いの与一郎が忠告する。


「……構いません」


「ッ構うわよっ! あんたに何かあったら綿姫様に合わせる顔が無いじゃない! あなたはここで、大人しく待ってて! わたしが行ってくるからっ!」


 頑として聞き分けの無いモモに、絹が声を張る。

 前日、日立峠にモンジ達を迎えに行き肩透かしを食らった絹である。次こそは連れ帰ると彼女なりの意気込みを見せていた。


「っだから、かまいませんって!」


 掴まれた手を振り払うモモに絹の柳眉が逆立つ。


「すいません。もう少し冷静に話し合いましょう……」


 姉妹喧嘩さながらに、ギャーギャー言い争う女子二人を見兼ねて、シスターが間に入って宥める。


 狭い宿屋中に響く怒声である。

 宿屋の主と歓談中だったマルと、部屋で大人しくしていた子供達は騒ぎを聞きつけ様子見で集まり出す。

 そんなおり、修羅場の体を成す宿屋の入り口から気の抜けた声が届いた。


「……すんませ〜ん。昨日ここに大所帯で泊まりに来たお客さんついて聞きたいことがあるんですけど〜。……すんませ〜ん。誰かいませんか〜」


 ── 彼の声だった。


 モモは俊敏に板間に上がると、入り口にいる野次馬どもを一瞥。道を強引に開くと、声の元へと急ぐ。


「ちょっと、モモッ、待ちなさい!」


 ただならぬ彼女の雰囲気に、一拍遅れで絹が呼び止めるも──


「お、おうっ、モモ! やっぱりここだったか。どうだ、皆んなは無事か? イヤー、大変だった── ッパン!」


 ── 手遅れだった。


 頬を押さえるモンジ。

 ジンジンとした痛みが顔全体に広がる。

 戸口より現れたモモに安心して、表情を崩した矢先にモンジはモモから思いっきりビンタをされていた。


「……どれだけ心配したと思うんですか」


 静かに声を振るわせて、モモが訴える。

 彼女の栗色の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

 怒りに全身を震わせる彼女に俺は、唖然としたまま何にも言えなくなった。


 そんな俺とモモのあいだに、バンビが入り込む。


「……モモ、モンジは悪くないよ。人助けをしたんだよ」


「うるさいっ! バンビは黙ってて!」


 バンビの助け船もアッサリ沈没。

 少女の白髪と華奢な肩が可哀想なぐらいに跳ねて、その小さな体を更に縮める。

 モモの真っ直ぐな瞳が痛かった。どうしても萎縮してしまう。


「……前にもいいましたよね。……人助けも結構ですけど、自分が死んでしまったら意味が無いって」


 険の籠った視線を俺に縫い付けたまま、モモは語りだす。確かに記憶があるから、尚更なんにも言えない。


「……あなたは自己犠牲が美徳だと勘違いしているようですが、そんなもの美徳でも聖徳でもありませんよ。よもや大切な人や知り合いならともかく、知りもしない他人の為と、ましてや噴火中の火山にまで出向くなんて、正気の沙汰では有りません」


 ぐうの音も出ない。

 今回は本気でヤバかったから。

 たぶん、いや確実にバンビが居なかったら、百パー俺はここに居ない。それぐらいヤバい場所だった。


「このままあなたが変わらずにいたら、あなた自身が近い内に燃え尽きてしまいます。案外、この旅の間に命を落とすかも知れません」


「……で、でもっ!」


「でもって何ですか? モンジさんの事だからお姉さんならこうするとか、お姉さんに褒められたいだとか、そんな陳腐で邪な考えで無茶をしたのでしょうけど。モモから言わせれば、実際そんな理想を強要するお姉さんならいりません。害悪以外の何者でも無い!」


 モゴモゴする俺に興奮気味のモモが図星を突いてくる。次いでに俺の中にいるイエ姉も否定されてしまう。


「この旅の目的は何ですか?」


「……イエ姉の奪還及び救出です」


「そうです。……ですが、幼少期より母親代わりにモンジさんを育てたお姉さんがそんな人なら、モモはこの旅に同行したくは無い。……その方は命懸けで助け出すほどの価値も無い人ですから!」


 酷い言われ様だった。

 俺だけならともかく、イエ姉に対しても毒付かれて落ち込んでしまう。


 それだけ言い残してモモは宿屋から出て行ってしまった。

 何も言い返せなかった俺は、開け放たれた宿屋の扉をただ呆然と見つめている。

 おでんが不安気に扉の外から覗いてくるが。ゴメン、お前に構っている余裕が無い。


 イエ姉が悪い訳じゃない。

 モモが間違っている訳でもない。

 悪いのは俺の浅はかさの所為なのだと、噛み締めながら。


「馬鹿モンジ、何やってんのよ! 早く追いかけなさいっ!」


 絹さんが俺の背中を押してくる。


「でも、モモはもう無理だって──」


「でも、でも、うっさいのよっ、あんたはっ! あの子は誰の為に怒っていたの? 誰の為に泣いていたのッ? あんたしか居ないのよ、今のあの子にはっ!」


 いつも優しいモモが怒っていた── 誰の所為で。

 いつも笑ってばかりのモモが泣いていた── 誰の所為で。


 間抜けな俺でも分かる。

 彼女は無鉄砲な俺の為に怒って、クズな俺なんかの為に泣いてくれたんだ。


 これでお別れになるかも知れない。

 俺は嫌だ。

 でも、彼女の意見は尊重したい。

 俺の我儘で着いて来て貰ったんだ、いつ離れても彼女の自由なんだ。


 だけど……このまま別れるのだけは嫌なんだ。


 俺は頭が空っぽのままに、モモの後を追っていた。


「モンジ、待って、あたしも行く!」

「あんたはダメよ。大人しくしてなさい。これはあの二人の問題なんだから!」

「う〜、離せえ、ブスゥ〜」

「はあ? いまブスって言った!? 本気でシバクわよ、あんた!」


 絹さんに首根っこを掴まれジタバタするバンビ。


「絹さん、ゴメン! バンビ……ゴメン」


 取っ組み合いの喧嘩を始める彼女達を尻目に俺は、モモを探しに宿屋を飛び出していた。


 気持ちばかりが焦り、足がもつれる。

 何で俺はこんなに必死なんだ?

 喉の奥に引っ掛かった小骨みたいに疑問が刺さる。


 でも追いかけてしまう。

 理由を敢えて言うなら、彼女がモモだからと。

 俺自身、モモと訣別するなら気持ち良く別れたいと思っていたから。

 決して長い時間じゃないけど、綿姫様救出から苦楽をともにして、命の恩人でもある彼女にどうしても俺は今、『ありがとう』って伝えたくて。



 通りに立って俺は左右に視線を飛ばした。

 宿屋から通りに出ると、人、人、人。ひと通りが多過ぎて、そこにはもう彼女の姿は無かった。


 そうなんだ。

 前日祭。

 さっきバンビの能力でここに辿り着いた時に、村の人から聞いた話しだった。

 奇跡的に敵軍を撃破した領主様を讃えるために陸之領全土で祝勝祭が催されると。

 

「我が領主様は英雄さまじゃー! 神の御加護を授かったんじゃー!」


 通りで酔っぱらいが叫んでいる。

 パッと見ただけでも似たような輩がわんさか湧いていた。


 ── だから何なんだ、勝手にやってろよ!


 英雄の帰還だかなんだか知らんけど、目下、俺の最優先事項はモモとの仲直りなんだ。国同士のイザコザなんてどうでもいいんだよ!


「モモーッ! モモーッ! クッソ、人が邪魔だ! モモーッ! モモーッ!」


 俺は人混みの中を走りながら、彼女の名前を呼んでいた。


 右手をぶたれた頬に添えていた。

 痛みなど、とっくに失せていた。

 視界の隅、右手首に、彼女が巻いてくれた髪紐が映る。


 俺はショックだったんだ。

 彼女に見限られたと思って、見捨てられると思って。

 彼女に、嫌われてしまったんじゃ無いかと思って。


「……ほんとクソだな俺は。この期に及んで自分の事しか考えてねぇ。……こんなんじゃあ、モモに愛想尽かされても仕方がねぇよ」


 反吐が出るくらいの愚かな自分が嫌になる。

 自己万能感に取り憑かれた俺への罰── そんな事は分かっている。

 胸の奥から自罰感情ばかりが湧いてくる── 沼にハマってる暇はねえんだ。


 落ち込んでる場合じゃないだろっ、便所虫(おれ)

 ネガティブな思いに無理矢理蓋をして、俺は辺りをグルッと見回した。


 あの足じゃあ、まだ遠くに行ってない筈。

 とにかく彼女に会わないとダメなんだ。じゃないと何も始まらないし、何も終われない。


 綿姫様の所に帰るなら、森山村の方向だな。

 モモの足取りに当たりをつけて、俺は村の入り口へと走り出していた。





 ── 感情に任せてモンジさんを叩いてしまった、どうしよう。


 少女は喧騒の中を隠れるように歩いていた。

 元々寝不足気味の青白い顔色をモモは、更に青くしている。

 人混みを避けるように、通りの建物に沿って歩いていた。


 右足は痛みを増してゆく。

 片足を引きずりながらの逃避行。

 動揺していた彼女は、モンジの向かった入り口とは真逆の方向、村の出口方向へと向かっていた。

 どこを目指している訳でも無い。ただ闇雲に逃げた結果にすぎない。


 ── 彼のお姉さんに対しても酷い事を言ってしまった。彼を傷つけてしまったんだ。どうしよう、もう彼に合わせる顔がない。


 自然と歩みが遅くなる。

 痛いんだ、泣きたくなるぐらいに。

 足じゃない、心がとても。

 引き裂かれるようで痛いんだ。


 表通りは楽しげな笑い声で包まれている。

 ひとり暗い表情のモモは、その歩みを止めてしまう。

 通りに背を向けて彼女は、壁に寄りかかり肩を振るわせていた。


 ヨロヨロと壁伝いに歩き出す彼女。

 建物の隙間を見つけると吸い込まれるように入り、その身を隠す。壁を背にしてしゃがみ込んでしまう。


 表通りでは肩を組む酔っぱらいが陽気に闊歩し、親子連れがザル一杯に食材を乗せて幸せそうな笑みを咲かせている。

 湿った地面に視線を落としてモモは、誰にも悟られぬよう、薄暗い壁の隙間に蹲っていた。


 ── 自分でも分かっているんだ。この怒りは自分に対しての物だって。


 足元の干からびた雑草に目がいく。

 惨めで愚鈍な自分と重ねてしまう。


「……あ」


 裸足のままだった。

 草履を履いていなかった。

 気付けば裸足のままで飛び出していたんだ。

 足首も痛いけど、足の裏も痛かった。

 だけど、モモの言葉でモンジさんはもっと傷ついて、もっと痛かったはず。

 そんな自責の念にかられてしまう。


 涙がとめどなく溢れてきて、消えてしまいたいと本気で思っていた。

 暫く自己嫌悪に陥っていたモモの耳に、必死に彼女の名前を呼ぶ声が届く。


「──モ! モモーッ! ッモモー! モモーッ!」


 モンジさん!

 陽気な喧騒の中に小さなザワめきが起きている。

 袖で涙を拭ってモモは、表通りに背を向けて小さくなる。


 会いたい。でも、会いたくない。

 見つけて欲しい。でも、見つけて欲しくない。

 彼女の胸の内では葛藤が起きていた。


「ッモモ! やっと見つけた!」


 息を切らせて、汗まみれで彼はわたしの肩を掴む。


「離して下さい!」

 心にも無い事を言っていた。


 モモはモンジの手をはらい、逃げだそうとする。


「おい、モモ、話しを聞いてくれ!」


「やめて下さい、やめて下さい!」

 こんな惨めな自分をあなたに見せなく無い!


 追い縋るモンジさんに腕を掴まれ、モモは抵抗していた。


「おい、おい、なんだぁ、こいつは! 女を路地裏に連れ込もうとする悪漢かぁ!」


「ヒック、ちげえねぇー。とっちめてやろうぜ! ヒック」


 モンジが酔っぱらい二人組に絡まれる。モモはこの隙にと奥へと逃げてゆく。


「あ、モモッ。待って!」


「おいおい、クソガキ。テメェのその腐った性根を俺様が叩き直してやる!」


「ヒック、ハッ、ハァ! テメェみてぇなガキにゃあ、女なんて十年早ぇんだよ! ヒック」

 

 表通りに引っ張り出されたモンジが突き飛ばされる。酔っぱらいと言えど、筋骨隆々で屈強な二人組であった。


 ── モンジさん!?


 踵を返してモンジの元へと急ぐモモ。


「いやぁ、テメェみてぇな悪童、本来なら半殺しにしてやりてぇ所だが。テメェは運がいいな、今日はめでたい前日祭だ、特別に俺様の拳一発だけで勘弁してやる」


「ハァッ、ハァー、ヒック。大将、そお言いながらこの前のガキはおっ死んじまったじゃねぇか! ヒック、一発で首の骨へし折っちまってよぉ。ヒック」


 無性に業が湧く。

 ニヤケ面でモモのモンジさんに脅しをかけている。

 殺すか? いや、ひと通りが多すぎる。


 物騒な思いを胸に秘めて、モモは建物の隙間から身を乗り出した。そして躊躇もなしにモンジの腕を掴む。


「行きましょう、モンジさん」


「ああ"! なんだよ小娘、単なる茶番かこりゃあ! ははっ、女の方も自堕落な色狂いっヤツかぁ! 昼間っから乳クリ合ってんじゃねえぞ、クソガキども!」


 どデカイ大男の声に観衆が集まる。

 二人でその場から身をひく筈だった。モンジさんはモモの手を離れて大男に詰め寄る。


「おい、いま何て言った。お前いま自堕落な色狂いって言わなかったか? なあっ、おいドサンピン! モモを馬鹿にする奴は俺が許さねぇぞ」


 大男の胸ぐらを掴んで烈火の如く怒るモンジさん。まずい、彼を止めなきゃ、また捕まってしまう。


「は、はあー、ふざけんなガキ! やんのかオラァ!」


 すかさずモンジさんの首を両手で絞める大男。

 しかし「クウゥゥゥ」と、子犬のような鳴き声で大男はすぐに膝から崩れ落ちる。

 止めようとしていたモモの足がとまる。

 そうなんだ、モンジさんは顔色ひとつ変えずに金的を放っていたんだ。


「……モンジさん、行きましょう!」


 改めてモンジさんの手を引いて、野次馬の中に飛び込んだ。


「……た、大将。テ、テメェ等、待ちやがれ! このアバズレ共!」


 もうひとりの男が罵声を放つ。

 牙を剥き出し、拳を振り上げる彼を強引に連れてゆく。

 憲兵の集まる前にモモ達は、騒ぎで集まった群衆に紛れてこの場を後にする。


 人混みを離れて裏路地へと逃げ込んだいた。


「ハァ、ハァ、モンジさんは子供ですか? いちいち暴言なんかに反応しないで下さい。そんなの相手にしてたら、身が持ちませんよ! ハァ、ハァ」


「ハァ、ハァ、ハァ、だって。……だって、モモが馬鹿にされたと思ったから、ついカッとなって……」


 しょげてるモンジさんに毒気も抜かれてしまう。


「そんなの別に、気にしなくてもいいのに……」


 正直、嬉しくないと言えば嘘になる。


 再認識してしまう。

 そうだ、こういう所なんだ。

 彼の少年らしい真っ直ぐな思いが眩しいんだ。

 己で正しい事を正しいと、決して曲げない強い意志を示すところ。

 自己犠牲を厭わない彼の優しさも、清濁併せ呑む彼の懐の広さも全部。

 そうだった。モンジさんはモモにとって眩しい存在だったんだ。


 だからモモはこの人のことを──。


「モモッ、ゴメンなさい!」


 モンジさんが綺麗な土下座を見せている。

 戸惑ってしまう。今更にケンカ中だった事を思い出してしまった。


「モモに一杯心配かけて、皆んなにたくさん迷惑かけて。……本当にすいませんでした」


 地面に額を擦りつける彼に、逆に申し訳無く感じてしまって、モモもその場で膝を折っていた。


「顔をあげて下さい。……モモも反省しています。モンジさんに酷い事を言いましたし、お姉さんの悪口まで……。モモはダメですね……。心から謝ります。すいませんでした」


 頭を下げるモモに、いいよ、いいよと、慌てて両肩を掴んで止めるモンジさん。


 どうしよう、彼の手があったかい。

 いっそ、抱きついてしまいたい。

 こんなモモだけど。

 あなたは嫌な顔もせずに受け止めてくれるはず。

 モモは、そんな優しいあなたに甘えていたんです。

 思い上がりで、あなたを助けるのは自分だと言いながら、助けられてばかりの不甲斐ない自分。

 そのやるせ無い怒りを、あなたにぶつけていたんです。


 ── モモはモンジさんにとって、足手まといでは無いのかと思ってしまって。モモはあなたにとって不必要な存在に思えて。


「……モンジさん、一つ質問してもいいですか?」


「お、おう。どうぞ」


「……この国の領主様、公寛様は、今回起きた戦に大勝利を収めたそうです。領民達にこぞって『英雄』なんて呼ばれているそうです。……モンジさんも憧れますか? 『英雄』に」


「……戦。……英雄ねぇ」


 しばし考え込むモンジさん。

 えぇ、えぇ、分かっています。

 誰しもが憧れる存在なのですから、男の子なら尚更です。

 彼の答え如何では、モモはこの旅を継続するか否かを決めようと思っています。

 足手まといのまま旅を続けるのはモンジにとっても、モモにとっても辛すぎるから。


 そして、モンジさんの出した答えはこうだった。


「……俺には無いなぁ、英雄願望」


「……えっ!」


 以外だった。『超』が付くほどのお人好しだと思っていたから。


「英雄ってアレだろ。ボランティア、あー、無償で人助けに快感を覚える変態だろ。いやぁ、俺には無理かなぁ。俺的には働いた分はキッチリと報酬として見返りを頂きたい。別に守銭奴って訳じゃないよ、勘違いして貰っちゃあ困る。生活が大事だって意味だからな。それに、なによりも平民が最強だと俺は思うよ」


「……はぁ」


 ハッキリと否定するモンジさん、出世欲も無いらしい。

 最後に、タヌキに報酬を貰い損ねたと泣き言を言っていましたが、何の事やら。


「……モモはどうなの? やっぱり、そういう人に魅力を感じたりするの?」


 モンジさんの問いに、モモの答えは決まっています。


「まさか、絵空事みたいな幻想を叶えてしまう英雄なんて、モモはいりません。そういう方にはモモなんて必要無いですから」


 モンジさんが見つめている。

 やはり照れてしまう。

 だけどモンジさんも真摯に答えてくれたので、モモもしっかりと答えねば。


「……モモは、モモの事を必要としてくれる人の側にいたいです。いつだって同じ目線で、同じく笑って。モモは、モモと一緒に成長して下さる方にとても魅力を感じます」


 素直に好みの男性を語ってしまいました。恥ずかしいです。

 顔を赤らめ照れ照れしているモモに、何故かモンジも照れ照れしながら問いかける。


「……あのさ、俺って自他共に認めるヘナチョコじゃん。モモの言った、一緒に成長するって部分だけど。それなら俺って最底辺だから、伸びしろしか無いんだけど、どう思う? それで、あのう。また、一緒に旅を続けてくれたら嬉しいんだけど……。ダメかなぁ」


 言いづらそうに、自虐混じりで語るモンジさんが可愛いく見えます。……そんなに(かしこ)まらなくても、モンジさんの答えでモモの気持ちはとっくに決まっているのに。


「……確かに、お金の使い方も知らないモンジさんはダメダメですよね。それに、その伸びしろと言う点に置いても、それほど期待する程の物かどうかは、若干の疑問は残りますが……。モモが居ないとヘナチョコなのは理解出来ます」


「グヘェ」と、大袈裟に傷つく彼が面白くて悪ふざけをしちゃいました。ふふ、ゴメンなさい。


 それでも普段と変わらぬ優しい雰囲気のモモに、モンジは安堵の色を示す。


「……えーと、それは『オーケー』ってことで、オッケー?」


「オッケーってことで、オーケーです」


 両手をあげて、子供みたいにはしゃぐモンジさんが眩しく見えた。

 外れた気持ちの欠片が上手くハマったような気がして、とても気分が良かった。


 余談ですが。

 彼曰く、『オーケー』とは了解と同意らしく。

 彼語と言いますか、たまに出る不思議な言語も彼の魅力のひとつかも知れません。


 喜ぶモンジさん。

 彼の笑顔にほっこりします。

 モモの欲しいものはコレなんだと、実感しています。


 そうです。楽しいんです。モンジさんといると。


「じゃあ、改めて。よろしくお願いします」


 立ち上がって手を差し伸べてくれる彼。


「……よ、よろしく、お願いします」


 恥じらいがちにモモも手を伸ばす。

 繋いだ手と、モモを引っ張る腕が力強くて、やっぱり男の人なんだと再認識する。また甘えたくなる。


「……腹も減ったし、帰ろっか?」


 モモに背を向けて腰を下ろすモンジさん。

 気遣い屋さんの彼に、もう少し甘えようと思います。


 素足で右足に包帯を巻く少女を背負う少年が、雑踏に紛れてゆく。そして少女は少年の背中で、ソッと本音を囁く。


─────────(貴方だけがモモの英雄)ですから」


「えっ、何? いま何て言ったの?」

「何でも有りません!」


「なんか気になるんだけど。……なんか、気になるんだけどっ!」

「うるさいです! ちゃんと前を向いて歩いて下さい。人にぶつかりますよ!」


「そう言えば、モンジさんこの格好は?」


 俺は普段着慣れない、鼠色の浴衣みたいな着物をきていた。勿論、ふんどしと履いてるぜ。


「あぁ、留置所みたいな所からパクッた」

「パクッた!? 留置所……あ、そう言えば捕まってましたね」


「いつもの着物はボロボロだったしな。それと捕まって理由なんだけど、たぶん罪名は公然わいせつ罪だと思う。なにせ俺ってば、チンチン丸出しで道端に寝っころがっていたからな」

「はあ? ち、ちんちんっ!? はあ!? な、何やってんですかっ、この人は!」


 全力勘違いのモンジが恥を晒す。


 それでも二人は、溢れ返る人混みに揉まれながら、誰よりも明るい声を弾ませていた。

 初々しく楽しげに会話を交わす彼等は、どこか付き合いたての恋人同士にも見えている。

 そんな二人の姿はすぐに、活気付く人だかりに呑まれて消えてしまっていた。





 その頃、陸之領本城『陸前城』では、小さな騒動が起きていた。


「殿! 殿! 殿ぉ〜! 一大事で御座います」


 血相を変えて公寛の自室に飛び込んできたのは、羽織を乱した若武者、足軽大将『宮下 道久(みやした みちひさ)』である。

 普段の冷静沈着ぶりを払拭するその慌てぶりに、公寛もかなり驚いていた。


「何事ぞ!」


「も、も、申し訳御座いません! ですが、一大事で御座います」


 自室にて書状を(したた)めていた公寛である。

 それも家臣の乱痴気に驚いて見せたのも束の間。

 彼は机の前で乱れた襟元を直し、身なりを正すと、何事も無かったように作業を再開させる。


「……して、一大事とは?」


「はい、東川村から連行してきた子供二名と大男一名が忽然と姿を消しました! しかもそれだけでは御座いません。彼等を閉じ込めていた檻には、施錠がされていたままだったそうです!」


 ピクリと公寛の筆が止まる。


「……ほう、重要参考人の三名が煙の如く消えたと申すか」


 鋭い視線を向けられ、道久は些か引き気味に体を反らす。


「……は、はい。まさしく神隠しの如くに……。殿、どの様に致しましょう。城内は既に探索しておりますが、城外城下町も然り、近隣の村々もすぐに憲兵を総動員して探させますか?」


 道久の話しに耳を傾けながら公寛は、坦々たる表情で硯の上に筆を置く。

 次に窓から見える青雲を望むと、遠い目をしていた。


「のう。……坂寅の聴取内容ではあるが、ヌシには信じられるか?」


 御殿からの急な質問に眉をしかめる道久。一拍空けて、合点がいったと口を開く。


「……瞬時に万里を駆る、白髪の少女の話しですか?」


「ああ、そうだ」


「俄に信じ難い話しでは御座いまするが。……もし、本当に実在するなら、万の軍勢よりも恐ろしい存在ではあります」


 話しながら頭を垂れる道久の言葉が続く。


「今は表立った行動は起こしておりませんが、もしその者が反旗を翻せば、都を統べる帝も例外では危険に晒されましょう。畏れ多く多言は出来ませぬが……帝の寝首を欠くなど些事。容易にこの国が転覆致します」


「……()に誠、ワシとてそうであろう。……真実なら妖の類い、いや天空よりの使徒やも知れんのう、白髪の少女とやらは」


 空を見つめる公寛の表情は窺え無い。

 しかし声色が楽し気に聞こえる事から、動揺を隠せぬ道久は首を傾げる。


「……神の使いと?」


「フフ、ハハハ、フハハハハッ! 神の御使か、愉快よのう。今が時代の転換期やも知れんのう。のう、そう思わんか道久」


「……は、はあ」


 楽観的に笑う主に、冗談では済まされぬ事態を想定する道久は苦笑いを作る。


「神の御業に人は無力じゃ、介入など以ての外。よって、この話しは無かった事とする。消えた三名の事は捨て置け。いいな、厳命として皆に通達しておけよ」


「ははあー、しかと受け承りました!」


 白足袋を滑らせ、急いで退室する道久を見送る。

 開け放たれた襖より視線を流して公寛は、もう一度窓から覗く蒼天を仰いでいた。


「これにて一件落着よの」


 あと何度案件を解決すれば気が休まるものかと、その重い重圧に押し潰されそうなる。

「はあぁぁー」自ずと吐いた溜息も重くなる。


「フッ、しかし不思議なもんじゃ。よもや、ワシが英雄などと呼ばれる日がくるとはな。フフ、笑止……世も末じゃな」


 そう呟いて目を瞑る公寛は耳を澄ませる。

 小気味いいお囃子の音が聞こえてきたからだ。

 活気づく城下町は前日祭と言えど、祝勝祭の様相を呈していた。

 政も暫しの休憩と、大仕事()に疲弊した心身を脱力させて公寛は相好を崩した。

 天守にまで響く祭囃子に、領民同様に彼も年甲斐も無く童心を躍らせていた。



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