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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
76/122

怒れる大地

 よろしくお願いします。


 膝枕。

 あたしのお膝に彼がいる。

 茶色の髪。

 猫っ毛で柔らかい髪の毛。

 手櫛で彼の髪をとく。

 気持ち良い手触り。

 丸いオデコ。

 男の子なのに細い垂れ気味の眉。


 彼も気持ちいいのかな?

 瞼を閉じて、猫みたい顔。

 まつ毛が長い。

 小振りの鼻がまだ赤いな、あたしが殴ったから。

 まだ赤く腫れている。

 あたしのヤキモチの所為でゴメンね。


 右のほっぺに治りかけの瘡蓋がある。

 左も……よく見れば古い傷跡が一杯ついてる。白い線が幾つもある。

 やっぱり男の子だから、ヤンチャしちゃうのかな? ちょっと心配だな。


 血色の良い唇が開いたり閉じたり、歯並びのいい白い歯が覗いている。少しだけ犬歯が長いよね。


 でも、この唇から魔法の言葉が沢山溢れだすの。

 あたしを元気にしてくれる言葉が。


 この人は、あたしを可愛いって言ってくれるから。


 別に自惚れている訳じゃないけど。

 自分でも、それほどでも無いって分かってはいるけど。


 それでも、男の人に初めて言われたから嬉しくて。


 なにせ、あたしは白くて気持ち悪いから。

 だけど彼の言葉で少しづつだけど、自分に自信が持てるようになってきたんだ。

 あたしもいつか、可愛い女の子になれるのかなって。


 この人はあたしを変えてくれる。あたしを前向きにしてくれる。


 彼の側にいれたらあたしは、幸せになれる気がする。


 ── モンジ。あなたはあたしの敵なのに。





 ……あたしの膝枕。

 彼はあたしのお膝にいる。

 手櫛でとく彼の髪は柔らかい。

 首筋がヒクヒクしてる。

 少しだけ頭を浮かせているんだ。

 あたしに気を使っているのね。

 別にいいのに。

 もっと楽にすればいいのに。

 もっと甘えればいいのに。

 だけど、こういう人なの。

 彼はあたしなんかにも、優しい人だから……。



「────── で、イオナズンがさぁ、って聞いてる? バンビちゃん」


 彼と目が合う。

 澄んだ緑玉石の瞳が綺麗。


「あ、え、イオナさん? ……イオナさんって、誰?」


 ムッとしてしまった。


「イオナさんじゃねぇよ、イオナズン! なんで怒るっ!」


 女の子の名前かと思ったから。

 あたしの早とちり。

 ダメだなあたしは……またやきもちだ。

 反省しなきゃ。


「……どうしたよ今度は、しょんぼりして。疲れたのか? ちゃんと言えよ。疲れたら、疲れたって。我慢すんな」


 あ、真面目な顔になった。心配してくれている。


「大丈夫……平気」


「……いや、信じねぇ。バンビは俺が背負って帰る。これ、決まりな。あー、ここにある仏さんは後日埋葬でしゃーないだろ。時間も遅いしな」


 そう言って立ち上がる彼。

 膝から彼の温もりが消えて、少し寂しく感じてしまう。


「俺達も、さっさと絹さん達と合流しようぜ。……バンビ、ほらっ、乗れ」


 彼はあたしの前で腰を落として背中を見せる。


「でも、あたしのルーラでひとっ飛び──」

「いらんいらん。俺が走れば済む事だ。お前の能力はガッツリ体力持ってかれんだろ、だったら可愛いお前にこれ以上無理させたくねぇ」


 可愛いお前、また可愛いって言ってくれた。……嬉しい。


 この人はいつもあたしに気使う。

 あたしなんかを、ちゃんと女の子扱いしてくれる。

 彼の前だけは普通の女の子でいられる。素直になれる。


 あたしがあたしで居られる。


 彼の肩に手を置いて、この身を預ける。

 あたしの足を両手で支えて、彼は前屈みに立ち上がった。

 位置調整で体を上下に揺さぶられ、あたしは彼の首に腕を回してしがみつく。自ずと彼の背中と密着して、温もりを堪能する。……暖かい。


「相変わらず、バンビって軽いよな」


「……そう? ……なら、良かった」


 彼の横顔がすぐ目の前にある。

 唇を伸ばせば、彼のほっぺに届きそう。

 チュウしたい。

 ……でも辞めとく。

 代わりに首を甘噛み。

 ハムッ。


「おわっ! なんだよっ、ビックリすんじゃん!」


「アハハッ。モンジの反応、面白い!」


 肩をビクッとさせて、飛び上がる彼。なんか可愛い。


 この人の事をもっと知りたい。

 ずっと触れていたいし、あたしにも触れて欲しい。構いたいし、構って欲しい。もっとお喋りしたいし、もっとあたしを知って欲しい。

 ねぇ、あたしだけを見て。

 ねぇ、あたしだけに微笑んで。

 あたしはあなただけだから、あなたしか居ないから。

 あなたといるだけで楽しいから── 初めてだからこんなの。自分でもオカシイのは解ってる。でも自分でも戸惑ってしまうほど、この溢れる気持ちが抑えらんない。そうなの、あたしは、あたしはっ。


 ……あたしは、モンジのことが大好きなんだ。



♢♦︎♢



 雲上岳より昇る火の粉混じりの噴煙が、銀砂を散りばめた藍色の空を黒く覆い尽くす。


 場所は山一つ離れた山間の渓谷。

 川を右手に比較的岩の少ない土が剥き出しの河原の隅を、五百もの騎馬隊が東に向けて疾走している。


「殿! あの様子ではもう、いつ始まってもおかしく無いですなっ!」


 毛量の多い髭を風になびかせながら、前を走る公寛が家臣『緒方 宇仁』は喜色満面に声を張る。


「……ふん。側火口から溶岩流も尾根を伝って漏れ出しておるから、噴火は時間の問題じゃろう」


 先頭を駆ける銅色の甲冑を纏った騎馬武者、陸之領領主『清代 公寛』は忌々しいといった表情で返す。


「でも残念でしたね。火山の噴火なんて滅多に見れないものですから、もう少し近場で観覧したかったものですな」


 花火イベントが中止にされた観客みたいに、幼馴染で公寛の側役『田上 二郎太郎』が残念がる。


「ガッ、ハ、ハ、ハッ、確かにっ! だが、雨のように降る噴石と大量の灰がオマケについてくるからのぅ。それが気にならんなら、おヌシ一人で観覧するのも良かろうて」


「タハハ、緒方殿ご冗談を。それが嫌だらか僕もこうして馬を走らせてる訳でして……」


 右斜め後方に振り向き緒方は、蓄えた髭を横に広げてニンマリする。それを受けて田上は濃紺色の兜の上に左手を置いて苦笑いを見せた。


「それはさておき、奴等の慌てふためく様は誠に壮観でしたな、殿っ!」


 前方へと視線を戻した緒方が、銅色の背中に語りかける。


「ふん。……奴等の撤退も天災ゆえの事。運のみじゃ。もとよりワシ等の実力以前の問題だから、嬉しくも無いわ」


「ガハハハッ! 殿っ、運も実力の内と申すでは無いかっ! 落石も然り、噴火も然りで、強欲でうんつく(馬鹿者)な出之領の軍勢には、当然の報いでございまするぞ」


 浮かない顔の公寛に、緒方は昂然たる口ぶりで語る。


「されど、これで勝敗は決した訳じゃ。田上、ヌシは常之領に急ぎ出向いて、これを知らせろ。援軍は要らんとな」


「御意── なっ、あっ、殿っ、危なっ!」


 田上が返事を返すや否や、自身の馬を蹴り付け公寛の馬に体当たりをした。


「なっ!?」


「田上っ! おヌシ、血迷うたかっ!」


 公寛は驚き、緒方は田上の蛮行に声を張る。

 黙す田上は脱力した体をグラリと揺らして馬上より落下。その行動を答えとした。


「おいっ! 田上、どうしたっ!」


 受け身も取らず、田上は頭から地に落ちてしまっていた。

 慌てて馬を止めた緒方は田上を見やるも、ビクビクと痙攣する彼の体と、砂利の上でジャラリと鳴った鎖の音でいち早く田上の異常を察知。周囲へと視線を飛ばした。


「殿っ! 敵襲ですっ、警戒なされよっ!」


 緒方の雄叫びが静かな川沿いに響く。

 暴れる馬を力ずくで捻じ伏せた公寛は、手綱を大きく右に引いて反転していた。

 すれ違う無人の軍馬を横目に、河原に倒れる田上と狼狽える緒方をその視界に収めた。


 緒方の忠告も去る事ながら公寛は、田上へと視線奪われていた。

 横倒しの田上の顔面が大きく陥没していることに気づいたからだ。

 公寛の表情が俄に曇り出す。

 助かる見込みの無い旧知を前に、怒りに任せて拳を震わせていた。

 田上の陥没箇所からは鎖が長く伸びていて、右手に流れる小川へと続いている。

 せせらぐ小川に睨みを効かせて公寛は、感情の赴くまま暴力の塊()に手を添えていた。


 一方、公寛率いる先頭集団の異変に、急停止を余儀なくされた騎馬隊は動揺を隠しきれない。乱れたに乱れた隊列で蹈鞴を踏んで小康状態を保つ。


「殿! 伏せて下されっ!」


 緒方に手を引かれ馬から引き摺り下される公寛。

 尻から盛大に転げ落ちる。刹那、彼の軍馬の首に三本の手裏剣が突き刺さる。

 ついで、強制待機中の後続の騎馬隊にも容赦のない手裏剣の雨が襲う。


「なっ!? これは一体どういうことじゃ!」


 味方が次々と倒れてゆく。

 仰天した公寛の軍馬が主を置いて逃げ去る中、彼は緒方を見上げて叫んでいた。


「……伏兵に囲まれております」

「なに! ここまで入り込んでおったのか?」

「おそらく先発隊、出之領の斥候かと……」


 たった数瞬で半数近くを失った公寛が歯噛みする。

 馬から降りる緒方から告げられ、彼の表情も緊急で曇る。

 光源の乏しい今宵。闇夜に近い状態で彼は、鋭い眼光を辺りに飛ばす。


「……陸之領領主『清代 公寛』殿とお見受けしますが、如何かな」


 闇からの声に瞬間的に怯む。

 耳に浸透する澄んだ声が、この場の異様さに拍車をかける。ゴツゴツとした岩の奥には、せせらぐ細い川。その中の一際大きな岩の上に、突然現れたように奴は姿を現した。


「間違い御座らぬか?」


 細身で長身、全身黒尽くめで長めの襟巻きを風になびかせるこの男は、再度問うてきた。


「よく聞けっ! 田上の隊は殿を囲み密集体形を取れっ! ワシの隊は田上隊の壁となる。急げっ!」


 質問を完全無視する緒方。

 散開していた自軍に檄を飛ばす。

 俄に動きを見せる陸之領騎馬隊の面々。そんな中。

 公寛の視界には岩の上をズルズルと顔を引き摺られる田上の姿が映る。

 顔面からとめどなく零れ落ちる血液が、彼の死を揺るぎないものとした。

 

 すぐに田上の顔面から鎖が外れ、血に染まる分銅付きの鎖は、川にほど近い岩陰に勢い良く戻っていく。

 人形のように動かぬ彼の肢体は、その顔面中央に木の洞のように陥没を作っていた。そこから粘りのある体液を漏らしている。


 幼少の頃より剣術に勉学にと、共に励んだ日々を回想してしまう。

 無残に転がる旧知の亡骸に公寛は、業が湧く思いで眉間に深い皺を刻んでいた。


「……ほう、殿ねぇ。答えは頂いた」


「百地殿。これはかなりの棚ぼたな展開ですが、報酬の上乗せは期待できるのでしょうか」


 不意に岩陰より声をかけられ全身黒尽くめの百地は鼻を鳴らす。


「清代公寛殿、その首頂戴致す」


 そして、卑しい笑みでこう言い放つ。


「テメェ等っ! 敵の首級を挙げたものには褒美は思いのままじゃぞっ! 殺ってしまえっ!」


 百地の号令に川面から岩陰からと、勢いよく飛び出す乱破衆。

 五人、十人と次々に現れる敵の総数は百名を超えていた。 


 それを迎え打つのは壁となる緒方の隊。

 一斉に刀を青眼に構えて待ち受ける。

 緊張感で身を引き締めている彼等なれど、敵兵の多さに皆が皆、その表情を強張らせていた。


 ただ一人、槍を構えるこの男を除いては。


「ガハハハッ! やぁっと、ワシの出番が来たワイッ! なんら見て逃げるだけの戦なんぞ、ワシの性根には合わんからのう。ガァッ、ハハハハハァーッ!!」


 直槍を右へ左へと、小枝のように振り回すこの男だけは、普段通りの威勢を保っていた。


「ほう、あれが陸之領きっての豪将『緒方 宇仁』か……噂に違わぬ猪っぶりよのぅ」


 一振りで二、三人を纏めて弾き飛ばす緒方。

 襲いくる乱破衆相手に高速の横薙ぎを披露する彼を見初め、百地は皮肉混じりの感嘆の声を漏らす。


「百地殿、公寛の首級に褒美は思いのままと仰っておったが、真か?」


「ああ、幾らでも申せ。払うのは田部(出之領領主)の大将だからのう」


 正面を向きながら岩陰の声に応じる百地。


「ワシは金子(きんす)よりも、百地殿と同等の地位が欲しいのだが、可能か?」


「……好きにせい」


「あい、分かった」


 視界の先では、おびただしい程の火花が散っている。

 刃と刃が幾重にもぶつかり合い、怒声が弾ける。

 敵味方が入り乱れての大乱闘の最中。

 遅ればせながら百地の立つ岩陰から、鎖鎌を頭上で振り回す巳波が姿を現す。


「……その言葉忘れるでないぞ」


「ワシの言葉に二言は無い」


 視線も合わさず、すれ違う二人。

 吠声の溢れる戦場を前に、緊迫感を煮詰めてた雰囲気を二人は纏う。

 百地は無表情のまま、走り去る巳波の背中を見据えてポツリと言葉を零していた。


「吠え面描くでないぞ、身の程知らずの業突く張りめが。ワシほどの強欲が貴様にあるか、直々に確かめてやるわい」


 吐き捨てるように呟いた百地もまた、両手に鉤爪を装備して岩の上より跳躍、その身を戦場へと投じたのであった。


 

♢♦︎♢♦︎



「おい、おでん。起きろ、おでん!」


 うつ伏せに倒れるおでんを前に。

 男限定、特にオッサンには超塩対応のモンジが、おでんのふんどし丸出しの生尻を、執拗に蹴たぐっている。

 決してDVじゃないからな、こいつはこれぐらいやらんと起きないタチなんだからな。

 

「んがっ、お、あっ、ど、どい! ……な、なんだ、メシか?」


 モンジを一目みて、のっそり体を起こすおでん君。

 そのまま女座りで道端にドスンと座り込む。

「メシか」のタイミングで腹の虫を鳴らしたおでんに、ちょっとだけ笑けた。漫画のおデブキャラのまんまだし。


「まだメシじゃねぇよ、たくっ! ……なんだ、寝てたのか?」

「い、い、いやっ、寝てない」


「いや、寝てただろ」

「い、いや、お、お、おき、起きてた」


 なんかイラついて来た。


「いやいや、イビキかいて寝てただろ、あんた」

「や、や、休んでただけ、だけね。全然、全然ねて、寝てない」


 不毛なやり取りに腹が立つ。

 寝てたの一言で済む話しなのに、否定しやがる。

 オッサンって大体こうだよな。

 プライドなのか意地なのか。

 この年代の奴等って、何でか寝てないって言い張るんだよなぁ。なんなんだろぅね、これ。


 寝たら負けだと思ってんのかな?

 だとしてもだ。お笑いの罰ゲームみたいにビリビリを食らう訳じゃあ、あるまいし。ホント、意味分からんのよ。


 でも拉致あかんし、仕方なく折れてやる。俺よりも年上だしな、おでんは。


「はいはい、寝てないのね。はいはい。んじゃあ、みんなの所に帰るぞ、おでん」


「う、うん。分かった」


 おでんは両手を地べたに付けて踏ん張っている。

 まるで産まれたての子鹿みたいに、プルプルと体を震わせ、やっとの事で立ち上がった。

 もっとも、上半身毛むくじゃらで禿げたオッサンが、子鹿って言えるほどの可愛いらし絵面でも無いがな。


「それにしても、派手にやられたなぁ。頑張ったよなぁ。ありがとなっ、助かったよ、おでん」


「ど、どいに、どいに、ほ、褒められたっ、お、おでっ、頑張ったから、頑張ったから」


 目ぇウルウルさせて、何言ってんだこのハゲ! 気持ち悪いったらありゃしない。とは言えず。


「そうだな、おでんは男前だよ」


 と、適当な事をぬかす俺。

 全身のお肉をブルブルと震わせ、喜びを隠しきれないおでんが更にキモい。

 まぁ、いい奴っちゃあ、いい奴なんだけどなぁ。


「どいぃぃ〜っ」


 駆け寄るおでん。

 俺に抱き着こうとしてるのか知らんけど。

 両手を広げて突進してくるデブを、すんでの所でヒラリと躱す俺。


 おでんはもつれた足で、そのまま地面と熱いキス。顔面を地面に強打し、痛々しい程の醜態を晒す。

 悪いが、俺は裸のオッサンとハグする度量は待ち合わせてはおらん。アメリカ人じゃあ、あるまいし。

 おでんの献身は認めるが、それはそれだ。まぁまぁキモいしな、このオッサン。


 俺の名前を呼びながら、泣き言を言うおでん君。

 改めて見ると、こいつも相当に酷い有り様だった。

 俺が譲った袈裟もボロボロで、腰巻と変わらん状態になっている。


 天然鎧の濃い体毛と脂肪腹も、無数の切り傷がついて、血液で汚れている。

 両腕も打撲跡に裂傷、両拳も皮がズル剥けで赤く血が滲んでいた。

 かなり重症に見えなくも無いが、本人は至って元気そうだから、ひとまずは安心した。まぁ、空元気ってのもあるからな、一概には安心しきれ無いけど。


 こんな状態ならこいつ、まともに走れる訳無いよなぁ。


 おでんの左足に、つい目が行ってしまう。

 装着済みの義足に視線を奪われる。

 義足自体の破損が酷すぎて。

 足首の部位が折れて、逆方向を向いている。連結器具もへたり、そのうえ義足と生足の接合部分から赤い汁が垂れている。

  

「……はあ」


 溜息が出てしまう。

 こんな状態で、おでん走ろうぜ! 

 なんて、言える筈が無い。どうしたものかと思案に暮れてしまう。


 落胆とともに肩も落ちる。

 落とした肩を、ポンポンと叩かれた。

 

「モンジ降ろして。……やっぱり、ルーラで飛ぼう」


 気遣い屋さんのバンビちゃんから、こんな提案を貰う。

 願っても無いお言葉だけど、俺は悩んでしまう。

 あんまりルーラを使いたく無いだよなぁ。

 この子の能力は本人から精神力か体力か、おそらく両方をガッツリと奪い去るものだから。

 今日一日でかなり連発しているから、出来ればあまり使わせたく無いんだよね。


「モンジ。……降ろして、ね」


 渋りつつも、バンビを降ろす。


「……いいのか? 場所は分かるのか? 無理して、また倒れたりとか──」


「大丈夫だよ。今までの経験からまだ、二、三回は平気だと思うの。隣り町も物乞いで何度も行っているから、知ってる場所だし飛べるはず。それに……あたしもお腹が空いてるから、早くモモのご飯が食べたいよ」


 両手をお腹に置くバンビちゃん。

 作り笑顔で腹ペコの演技をしている。

 話しの中にあった物乞いにも引っかかる。これは後で説明して貰うこととして。


 だけど……。

 この子、一度言ったら曲げないからなぁ。

 この身を持って体験済みだしなぁ。

 こいつの勘違いの所為で、俺の全ての恥部を曝け出したからなぁ。女豹のポーズで。


 でも仕方ないのかなぁ。また、この子に頼るしか無いのかぁ。


 テヘヘって、舌を出して笑うバンビに頭が下がる。

 俺はいつも誰かに助けられているような気がする。

 情け無いよなぁ、俺ってば無力なチンチクリンだよなぁ。自己嫌悪に陥る。


「……お願いします。勇者様」


 それでも、やっと絞り出した答えがこれだった。


「ロト勇者にお任せあれ!」


 元気よく声をあげると、テ、テ、テ、とおでんに駆け寄り手を繋ぐバンビ。

 ついでに、俺にも手を差し伸べてくれる彼女。しかも飛びっきりの笑顔で。


「勇者バンビがお主を救って進ぜよう。モンジ君、お手手をちょうだい」


 お手手って。

 思わず笑みが溢れる。

 彼女の無邪気な笑顔に救われる。

 俺のちっぽけな悩みなんか、どうでも良くなってきた。


「よろしくお願いします。勇者様」


 バンビの勇者ごっこに乗っかる。

 ごっこ遊びイコール、妄想遊びだもんな。俺の得意分野だ。


 もっとも俺の最近の妄想遊びのトレンドは、モモとの学園ムズキュン、ラブストーリーだけどな。

 例えば……。

 先輩後輩シチュか若手教師と生徒バージョン。もしくは同級生で幼馴染シチュあたりがお薦めかな。


 その中でも一押しをあげるとだな。

 何故か俺が双子で、出来のいい弟が甲子園を目指して、ダメ兄貴の俺は悶々と学園生活を送るシチュな。

 当然モモは、幼馴染で隣りに住んでて野球部のマネージャー。


 ほいで、弟は野球部でエースだけど交通事故にあって死んじゃうのね。俺は弟の代わりにピッチャーで甲子園を目指すの。

 おっと言い忘れたけど、モモは野球部のマネージャーで新体操部と掛け持ちな。


 そんで新体操部のモモは、レオタードで紐持って、クルクル回すヤツやってんのね。

 ほいで弟の死にモモは悲しみのドン底に落ちちゃう訳よ。

 だけど一念発起して急にモモが覚醒しちゃうわけ。

「新体操王にわたしはなるっ!」って言いだして。

 新体操王って言わなくても、普通に全国大会で優勝したいで、いいのにな。

 ほんでモモが新体操に集中したいからって、マネージャーを辞めるのね。

 俺もモモが辞めるならって、アッサリ野球部辞めちゃうの。そいでモモのコーチになるのよ。エース〇ねらえの宗形コーチバリの鬼コーチにな。


 基本ドジッ娘のモモと、付かず離れずの関係のまま全国大会を目指すのね。

 そいで偶に俺が後輩女子にコクられてモモがヤキモチ妬いたり、レオタード姿のモモとあわやチュウしそうになったりと、そんなスポコン風の学園ムズキュンラブストーリーなのよ。

 あと、モモとプールでの特訓シーンにお約束のポロリがあるから。……俺のだけど。(お前のはいらん)

 で、これが最近の一押しな。


「……モンジ。顔が変だぞ。鼻がフガフガしてるぞ。どうした?」


 バンビが訝しむ。

 ニヤニヤと卑猥な笑みを浮かべるモンジに、若干引き気味のバンビが嫌悪感を滲ませている。


「おぉおっ、バンビちゃん。おじさん、ちょっくら夢の世界に行ってたわ、メンゴ、メンゴ。お詫びにバンビちゃんも妹役で出演させてやっから、許して」


「夢の世界? 妹役? 何いってるの?」


 バンビは疑心暗鬼に陥る。

 疑問符を頭に乗っけている彼女に、俺から手を伸ばそうとした時だった。


「ギャ、ギャッ! ピュ、ピュリリッ、バサバサッ!」


 森がざわめき、鳥達が一斉に飛び立つ。

 間を置かず耳鳴りがキーンと鳴り、次の瞬間。


「グラッ、グラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラ、グラッ、グラッ、グラグラグラグラグラグラグラグラッ!!」


 地震っ!?

 大地が揺れ、側にあった横倒しの幌馬車がガタガタと揺れ出し、宙に浮いた車輪が空転する。


「モンジッ、アレ見てっ!」


 バンビが西の空に指を差している。

 俺もすぐさまバンビの指差す方向を全身で仰いだ。


 空が燃えている。

 噴煙で真っ黒い夜空に、火山より噴き上がる飛沫が西の空を赤と黒の二色に染めあげている。


 始まる。

 そう感じた直後。


「ッドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!」


 始まりやがったっ!

 巨大な火柱が立つ。燃え盛るマグマが黒い空を貫く。俺は一も二もなく叫んでいた。


「バンビ! 逃げるぞっ!!」


 バンビは固まったまま動かない。

 両耳に手を添えて、何かの音を拾っている。


「バンビッ、バンビッ! ここもヤバい、とっとと逃げんぞっ!!」


 俺はバンビに駆け寄り彼女の肩を揺さぶった。

 ハッとした表情を見せた彼女は、次に言い辛そうな素振りを見せて、重そうに口を開いた。


「……あのね、モンジ。……ゴメン、やっぱりいいや」


 モゴモゴと言葉を呑み込むバンビ。どこか気まずそうに口を結んで、視線を斜めに落とす。


 は? この期に及んで何かあんのかよ! メッチャ気になるんですけどっ!


「何だよ! 早く言ってくれ、頼むからっ!」


 バンビ相手に声を荒げてしまった。

 肩を竦める彼女は、落とした視線を振子のように彷徨わせる。

 

「ゴメン、バンビ。マジで余裕が無いんだ、急いでくれ」


「……あのね、小鳥達が騒いでてね。声を聞いたら、火を吹いたお山の下に沢山ひとがいるんだって。……助けられないよね。……もう、無理だよね。間に合わないよね」


 辛そうに語るバンビ。

 俺も彼女の両肩を掴みながら、思いっきり顔をしかめるていた。


「……もう、無理だ。もう、間に合わない。俺達だけでも、逃げよう」


 苦しい決断だけど、考えるまでも無い。


「ドドォオオオオオオオオオオオオオオンッ!!」


 二度目の噴火。

 杉林の上を見上げると、噴水みたいに真っ赤な溶岩が天に伸びていく。一緒に噴き上がる黒煙に稲妻も起きていた。

 火山弾が飛び散り、近隣の山々に轟音を鳴らして直撃する。

 小規模な爆発が何度も起こり、雲のように横に伸びた噴煙が山頂を包み、傾斜のキツい山肌を落ちてくる。


 火砕流、なのか!?


 二十年以上前の、雲仙普賢岳の映像が鮮明に甦る。

 追悼番組で見た恐ろしい映像だ。

 高速の煙。

 灼熱の雲のなだれ。

 摂氏五、六百度の煙が毎秒百メートルの速度で迫ってくる。

 そんな事を地理の森蔵(地理の教論)が言っていたような気がする。気象庁から噴火警報が発令されたら近寄るな、とも。

 洒落になんねぇ。あんなもん喰らったら、助かる訳が無ぇ。


 俺は固唾を飲んで固まってしまった。噴火の迫力に怖気付いたんだ。


「モンジ! モンジ!」

「どいっ! どいっ!」


 噴火の音に紛れて、バンビとおでんの声がする。

 両目を見開いたまま石像化していた俺は、過去の映像を思い出していた。

 昔TVで見た雲仙普賢岳の映像を思い出していたんだ。

 当時の地元消防団や警察、報道関係者等を計四四人も呑みこんだ最悪な火砕流の映像を。


 ── あんな地獄に、まだ沢山の人がいるのか。助けてを待っているのか。


「……モンジ、大丈夫か?」


 バンビが不安気な表情で俺を見つめている。


「あ、うん、ゴメン。平気、大丈夫だ」


 そんなことを言いながら俺は迷っていた。

 自殺行為なのは承知している。

 だけど人がいるなら助けに行きたい、でも怖い。バンビとおでんも巻き込みたく無い。


 なら、どうする。── イエ姉ならどうするんだろう。

 

 優柔不断な俺はまた人を頼ってしまう。

 人に縋ってしまう。

 行くか、逃げるかの二択で迷う。

 考えるまでも無いのは分かってる。それこそ、巨大隕石相手に竹槍戦術を取るぐらいに無謀な事も。

 正解は後者なのだろう、百人に聞いたら百人がそう答える筈だ。

 自然の脅威の前に、ひと一人の力なんてミジンコみたいなもんだ。分かりきっているのだよ、俺だって。


 だけど彼女なら、イエ姉ならたぶん──


「バンビ、早く逃げようぜ! 幸いこっちは風上だけど、いつ被害が及ぶか分かったもんじゃねぇ。万が一があるかも知れんし、ケツ捲って早めに逃げんのが正解だ」


 俺はバンビに早口で捲し立てると、彼女の手を掴んだ。

 バンビも俺と繋いだ手をしっかりと確認して、おでんとも手を繋ぐ。大きく頷いて彼女は術を唱える。


「手を離さないでね。じゃあ、行くよ。……ルーラッて、えっ!?」


 バンビとおでんは共に、俺の前から姿を消した。

 驚いた表情で消えていった彼女に、騙し討ちをした格好の俺はかなり気が咎めた。猿芝居で俺は彼女を騙したんだ。居残る素振りを隠して。

 術が発動する直前に俺は、彼女の手を振り解いたんだ。


「ゴメンな、バンビ。俺、やっぱ助けに行くよ」


 何も無い空間に謝罪するモンジ。

 クルッと振り向いて赤く染まる夜空を見上げる。

 彼の表情からは何の迷いさえ感じさせない、むしろ清々しいまでの表情を見せていた。彼が留まった理由は単純明快。


 ── たぶん、イエ姉も助けに向かう筈だから。


 単純過ぎる理由。

 人任せで決めるのもアレだけど。

 どっちの選択肢を取っても後悔するなら、俺は気持ちのいい後悔をしたい。

 もし次にイエ姉に会えたら、俺は胸を張って堂々と君に会いたいよ。ただそれだけの理由だけど、可笑しいかな。


「さぁて、どうすっかな」


 スッキリした顔で作戦を練る。

 とりあえずで、キョロキョロしながら峠道を下りてゆく。ん、かなり下った所に小川を発見。

 上流へと視線を飛ばすと、山間を曲がりくねってはいるが、どうやら火山まで続いていそうだ。


 よし、まずは川を上流に昇るか。迷わずに済みそうだし、上手く行けば火山まで続いてるかも知れんし。


 ルートが決まれば後は行動あるのみ。

 俺は峠道を外れ、小川のある崖に近い斜面まで急いだ。と、ここで……。


「おぅあ! ビックラこいたぁー」

 

 杉林の中で急に現れた獣と鉢合わせて、度肝を抜かされた。

 頑丈そうな蹄、筋肉質で長い四本の脚、太くて長い首、馬よりも大きな体躯。

 立派な二本角を生やした黄金色の『鹿』と遭遇したんだ。


 ムチャムチャと草を食むこいつ、見れば鞍も手綱も付いていやがる。

 だがしかし。

 ジブリストの俺が見紛いはずが無い。こ、こいつは──


 ── ヤックルやん! もの〇け姫に出てくる、アシ〇カの愛鹿、ヤックルやんっ!


 ヤッバ、興奮して鼻血でそう。

 ここはシシ神の森だったんか? 

 もしや、タタラ場もあるんかなぁ。

 いや、まて、とにかくサンに会いてぇ。ただただ可愛いから。

 そんで、バンビとモモ用にあのヘンテコなお面をお土産で貰いてぇ。あとは絹さんとハゲとヒョロ眼鏡に、コダマでもとっ捕まえて、持って帰れば喜んでくれんだろ。


 いや、でも、リアルヤックルは感動するわ。……触ってもいいんかな?


 俺は恐る恐るヤックルに近寄る。

 ヤックルは草をハムハムしながら、干し葡萄みたいなウンコをポロポロたれてる。

 俺が近寄っても全く動じていない。

 人馴れしてるのか?

 首に触れてもついでに撫でてもこいつ、やっぱり草をハムハム、短い尻尾をフリフリして、うんこをポロポロたれるだけ。


 映画よりも数段バカッぽくて、なんか可愛い。


 辺りを見回すワタクシ。

 飼い主を探してみるも、当然飼い主は見当たらず。

 勝手に野良ヤックルと認定したワタクシは、狩人の目でいやらしく笑う。


「ヤックル、ゲットだぜぇ! ヒャッハァー!」


 我慢し切れず俺は、ヤックルに飛び付いていた。


「はぁ、よしよし。はぁ、よしよし。はぁ、よしよし。はぁ、よしよしよし」


 巨鹿に抱きついて愛でまくる。

 かつてのムツ〇ロウさんのように、毛並みのいい全身を思いっきり撫で回す。もちろん鹿の気持ちなんぞ無視してグシャグシャにする勢いで。

 それでもヤックルは、草を食んで、うんこをたれて俺に無関心。


「……こいつ、ただ単純に鈍感なだけなのでは?」


 在らぬ疑問を抱きつつも、俺はヤックルに跨ってみた。


「失礼しますね。すんません」


 跨がった感触は上場、ヤックルも大人しい。


「ヤックルさん、ヤックルさん。俺ってば、あそこの火山まで行きたいんだけど、お願いできますか?」


 鹿の首をポンポンしながらお願いする。


「………」


 口をモチャモチャしながら、頭をもたげるヤックルさん。

 火山を一瞥するも、すぐにまた食事アンド排泄マシーンと化す。


 だよねぇ、興味無いよねぇ、鹿だけに。


 だけどこの鹿、噴火の轟音に怯まないだけでも大したもんだよ。肝が座っていると言うか。草食動物って普通は、音に敏感なんじゃ無いの。


 何はともあれ、雲上岳の麓には善良な村人達がいるんだ、もし生き残っている人がいるなら、助けてやりたい。


「ではヤックルさん。お願いしますよ」


 俺は手綱を持ってヤックルの脇腹を蹴りつけた。

 巨鹿も素直に従ってくれる。

 ほう、と思わず感嘆の声が漏れる。躾の行き届いたいい鹿だったから。


 目の前に迫るのは、斜面がほぼ直角の崖。

 巨鹿は臆する事も無く、崖に突き出た岩に跳びつきながら、降りてゆく。

 あっと言う間に崖下にある河原へと降りていた。


 崖をひとっ飛びって、凄えなこいつ。

 ヤックルの機動力の高さに感動するモンジ。

 ただ難点はピョンピョン跳ねる走り方のせいで、乗り心地は最悪だった。ケツが割れそう、低反発クッションが欲しいかも。


「それでは改めまして。ヤックル、レッツラゴー!」


 モンジは盛大な勘違いをしながら巨鹿を走らせる。

 行手にいるのは助けを待つ村人では無く、隣国から進軍してきた軍隊とも知らずに。


 巨鹿は岩のゴツゴツした悪い足場もモノともせずに、加速してゆく。

 少年は首をガックンガックンと揺らしながら、巨鹿と共に雲上岳へ向けて進路をとっていた。



 ややあって。

 杉林の中から、白銀の狩衣姿の少年が姿を現した。

 薄ら笑みを湛えた面差しは、貴公子然とした美少年である。


「ねぇ、いいの? あの馬鹿(うましか)って、紫乃ちゃんの乗り物でしょう。モンジ君が乗ってっちゃったけど、いいの?」


 後ろの杉林に話しかける美少年は、翡翠色の瞳を弓なりにして、巨鹿に跨がる少年の背中を目で追っている。


「ほんにあんだはぁ、ありゃあ馬鹿(うましか)って呼ばねぇべ、鹿馬(しかうま)って呼ぶべさ。バカにしてんだか? ああ」


 美少年の背後の杉林から、不気味なお面をつけた小柄な人物が続いて現れる。

 民族衣装のポッケに手を突っ込んで、ガニ股でお面を上下に揺らしながら、まるでチンピラのガン付けのような仕草で登場してくる。


「もう、怒んないでよぉ。僕は紫乃ちゃんの鹿馬ちゃんを純粋に、心配しているだけなんだからさぁ」


「どうだか。まんず、はなっから都にいぐ途中で野生さ返すつもりだったはんで、持ってがれてもいいんだども」


 紫乃と呼ばれた仮面の人物もまた、美少年同様小さくなる巨鹿の姿を仮面越しに見つめていた。心無し、哀愁が漂っている風にも思える。


「そっかぁ、都は狭いもんね。自然も無いし、人も多いし……獣には住みずらい環境かもね ♪ 」


「んだ。だけんど、わだすの事は別にいいわさ。……まんずアレだべさ、あんだが目ぇかげでる童っ子。なんに、あったら放っといでもいいんだべが? ありゃあ、死んでまうど」


 お面越しの口調は至って真面目である、紫乃は真剣に語りかけていた。


「死んだら死んだで、しょうがないかな。そこまでの器じゃないって証拠にもなるしね」


 眉尻と眦を垂らして美少年は、殊更に情け無い表情を作る。


「でもね『魂降ろし』無しでも、僕の不死の戦死に打ち勝ったのは評価してるんだよ。器自体の資格はあるのかなってね。あとは強度の問題だよね。……だけど、本音を言えば『魂降ろし』の熟練度をあげて欲しかったんだけどね ♪」


「……あんだが何言ってんのが、とんとわがんねぇべ。はあ? だべ。 熟練度ってなんだべさ。わがり易く言ってけろ」


 不気味なお面を傾げる紫乃に、美少年はクルッと反転して背中をみせた。


「別に気にしなくてもいいよ。そもそも僕は、誰にも理解を求めるつもりは無いからね」


 空気が一瞬ピリつく。

 それも刹那のことで、またクルッと反転した美少年は、重い口調から明るい口調へと戻していた。


「……でもさっ、やっぱり紫乃ちゃんは凄い予言者だよ。だってほら、見てよっ、火山の噴火を当てちゃうんだよ、凄いよね」


 未だマグマを吐きだす火山に、両手を向けてヒラヒラと手の平をふる美少年は、わざとらしい程に彼女を褒め讃える。


「ま、まぁな。簡単な予言だったべ。ちなみに今回の予言はこれな……『明け急ぐ(七月中)蝉しぐれ、(田部坂寅)沸いて(大軍)踊りだす、かまびす獣(戦争)にお山も狂い、迸る(火山の噴火)』だったべ」


「そんなぁ、簡単だなんて、謙虚だなぁ紫乃ちゃんわぁ。それに時期もピッタリだし、紫乃ちゃんは凄い予言者だよ」


「ふふん。わだすの予言だば百発百中だべ。……だども、曖昧な予言も二つ程でてるべ」


 ご満悦な紫乃ではあったが。

 曖昧の枕言葉を付けた予言の話しを始めると、途端に暗い表情を作った。


「気になるねぇ。曖昧な予言ってどういう予言なのかなぁ? 僕は聞きたいなぁ」


 興味津々といった様子で、美少年は聞いてくる。


「……どうしてもだか?」


「無理にとは言わないけど……ぜひ」


「ちょっと待ってけろ」と紫乃は言うと、おもむろにお面の裏に手を突っ込んだ。


「わだす、予言を喋るときだば、意識さ半分無ぇはんで、婆様さ頼んで書いて貰ってんだべ。……あった、あった、これだべ」


 ドギツイ原色な不気味なお面から、彼女は一冊のくたびれた帳面を取り出す。そして、しわしわの表紙を捲り、二枚三枚とページを重ねてゆく。


「あったべ、これだなや」


 嬉しそうにお面ごしの目を彼女は光らせた。咳払いをひとつして、書かれた内容を読み上げる。


「んだば、喋んど。えーと『北端へと舞い落ちた業火の残滓、満ちる時満ちる世に、再び灼熱の炎となりて舞い戻る』これが一つ目な」


 続いては、と一旦話しを区切り、もう一つの予言を語る。


「二つ目は……『小さき羽、緑玉石、二つを伴いし孺子の生起に、白き糸とからまり天を絶つ』こんなんでたべ」

 

 両手で降参のポーズをとる紫乃は、曖昧すぎて分からないと。

 彼女が匙を投げた予言に、美少年は顎に人差し指を添えて考える素振りを見せた。

 難しい顔で予言を反芻している。

 ……無言の時間を数分挟んで。

 暫くもしない内に彼女と同様、降参のポーズをとった。


「……僕にもさっぱりだよ。でもまぁ、おいおい新しい予言が出るかも知れないから、今は気にしないでいようよ」


 明るく答え、この場の雰囲気を和ませる。


「んだな。次に期待だな。だば用事も済んだし、都さ向かうか、なぁ四季様」


「そうだね」


 勢いよく噴火する雲上岳に背を向け、二人は歩きだす。

 杉林に消える間際、思い立ったように四季は振り返る。

 ツイッとモンジの進む先にある火山を見上げると、独り言を呟いた。


「また会おうねモンジ君。僕は君に期待しているんだよ♪ 」


 そう呟くと、闇の満ちた森の中へと消えていった。



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