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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
75/122

本当の笑顔

 よろしくお願いします。


 赤く染まる空と夕映えの美しい稜線を眼下に、一羽の山鳩が家路へと急ぐ。


「ピュゥ、リィ──ッ!」


 驚いた様子でひと鳴きした山鳩は、翼を傾け右へと大きく舵を切る。ひとしきり滑空し、また羽ばたきを再開させた。


 理由は回避行動。目前に火山の噴煙が迫っていたからだ。


 山鳩が眼下に視線を落とす。

 丸い両目に映るモノそれは、雲上岳火口にある溶岩で固められた小山程度の突起物。

 突起物と言っても、巨大な火口に数十年かけて小規模噴火を繰り返して出来あがった溶岩の塊。

 流れ出た溶岩流により形成された溶岩の塊、溶岩ドームはおよそ五、六百メートルはあろう高さにもなる。


 微かに膨張を始めた溶岩ドーム、その脇から高熱の噴煙が大量に立ち昇る。


「ピュウ──!」


 危険を察知した山鳩は煙を避けるよう旋回し、故郷の山を背にして急いで東の空へと逃げてゆく。


 しじまの降りる逢魔が時。

 茜色の空は黒済み始める。

 勢いを増した噴煙に呑み込まれていく夕日は、夜を待たずして山々に、仄暗い影を落としていった。





 上流より流れる川沿い。

 そびえ立つ山岳に挟まれた川沿いを、五つの影が風のように移動していた。


「巳波よ。……いいのか、あいつ等を残して来て」


「……構いません。奴等は既に死んでおります。連れて帰っても、使い物にはなりませぬ故」


 先頭を走る全身黒ずくめの男が、後ろから付いてくる巳波に声をかけた。


「……そう、なのか? そうは見えなんだが」


「……この手で止めを刺しましたから。……奴等は、外法の術で生者を偽っておるだけです」


「ほう、それはまた面白いのう。まさしく狂人の沙汰ではあるがのう。興味深い」


 韋駄天の如く河原を駆け抜ける二人は、場違いな歩道に通常のテンションで会話を進める。


「……して百地殿。急な撤退命令、如何なされた」


 手鼻で鼻血を飛ばしながら巳波は、先頭の男に問うた。


「……山中におったヌシには狼煙は見えなんだと思うが。……どうやら夜営中の本陣に何か異変が起きたようだからのう、急遽戻れとの命だ」


「山中におって気づかんかった。迂闊で御座った。百地殿自ら、かたじけのう御座います。しかし異変とはまた、どのような……」


「詳細は分からぬ。されど斥候で散っておるおヌシの『霧隠れ』の連中も、次期に集まってこようぞ。しっかし、ヌシが手こずるとは珍しいのう」


 ひぐらしの喧しい川沿いをひた走る、巳波の表情が著しく歪む。


「……はい。予期せぬ妨害に遭いました」


「ほう、あの餓鬼か?」


「……」


「ハッハッ、よっぽど腹に据えかねておるようじゃのう」


「……面目次第も御座いません」


「されど、命令が最優先じゃ。分かっておろうの」


「……御意に」


 この会話の間にも、百地を先頭に走り続ける当初五人ばかりの列は、既にニ十人程の人数へと膨れ上がっていた。


 ── ふん、緑目の餓鬼め。次に会った時にはワシのこの鎌で、斬り刻んでくれるわ。


 腰に挿す己の得物に手を置いく巳波は、恨み節を噛み砕きながら先を急ぐのであった。



♢♦︎♢



 俺はどうやらマインドコントロールされてるらしい。


 いきなりこんな告白されても、ビックリしてしまうかも知れないけど。

 俺は怒れないんだ、許してしまうんだ。甘々なんだよ特に女子には。


 たとえどんな辱めを受けようと、どれほどの罵声を浴びせられようと、薄ら笑いで穏便に済まそうとしてしまう女子限定で。


 これをマインドと言わずして何と言えるのだろう。


 結局あのあと、バンビとお互いに手の形で『C』を作って、二人で合わせて『ハート』とか言って、おチャラけて仲直りしたんだけど……どうにもスッキリしない。いつもの事だけど。


 女子は可愛い。

 それは認める。


 可愛いは正義。

 それも認める。


 だが、何でも許してしまうのは如何なものかと、己の薄ら笑みの奥に思ってしまうのだ。


 苦悩する俺に、天使の笑みでバンビが問いかける。

 

 ハートって何? って聞かれて、俺は『ラブ』だよって答え。

 今度はラブって何? って聞くから、照れながらモニョモニョと言葉を濁していたら、何となく察してくれて、ホントに良く出来た子だよバンビちゃん。分かり易いぐらいにバンビちゃんも赤面してたしな。


 不思議なことに「好きだよ」は、ライトな感じで使えるけど、「愛」になると途端に言えない。

 なんでだろう、なんでだろう。な、な、な、なんでだろう。テツトモさんに聞けば分かるかな。


 おっと、話しが逸れてしまった。

 マインドコントロールの話しだった。

 そうそう、俺が思うに。

 人は必ず女性から産まれる生き物で、そこで育てるのも大体は母親がメインとなる。


 ここが一つ目のポイントで、俺的に考察するとだな。

 将来的に同じ同族、全ての女子に対して母親共は、優しく接する事を義務付ける教育を施しているんじゃ無いかと、俺は考えるんだ。

 男子、息子達は特にだ。

 催眠なんて生ぬるいモノでは無く、洗脳という形で。何なら徹底的に刷り込まされている、とも言えるのだろう。


 まさしくマインドコントロールの領域だ。


 かと言って、俺はもともと感情任せで人様に暴力を振るうような暴君では決して無い。

 ヤンキー漫画やバトル漫画みたいに些細な事で暴力を振るう、そんな破天荒な輩に俺はなるつもりも無い。


 ましてや女子に対しては特にな……。

 そうここ、まさにここが二つ目のポイントな。


 男女平等均等法が謳われる昨今。

 ましてや女子に対しては特に……なんて考えが浮かんでしまうこと事態が紛れも無くマインドコントロールをされてる証拠だと、俺は思うんだ。


 別に男性より力で劣る女性に対して、力ずくで従わせようと思っている訳では決して無く。

 ただ、女性より力以外の部分が圧倒的に劣る男性は、彼女達からすれば傀儡以外の何者でも無いのではと危惧してしまうのも理解してもらいたい。


 つまり何が言いたいのかというと、女子に暴力を振るう輩は最低の人間であると、それと無条件で女子の言うことは全て正しいって事だな。

 男性諸君は特に、肝に銘じておくように……。ん、なんかおかしくない? そんなんだっけ?


 女子耐性の無さを、女子の所為にしようとして失敗した、浅はかでポンコツなモン吉の戯言でした。



 モヤモヤ感を残しつつも。

 結局のところ、平謝りしてくるバンビに何故か、俺の方がイジメているような錯覚を覚えて「いいよ、いいよ」と軽い感じで許していた。しかも愛想笑い付きで。


 もし仮に、バンビに刃物で腹を刺されたとしてもだな、「ゴメンね」の一言で「いいよ、いいよ」で済ましてしまいそうな気がして、若干引いてしまうレベルなんだよ、俺って。


「ど、どいっ! 危な──ッ」


 おでんの警告。

 ゾンビ、いやもといキョンシー擬きの右ストレートを体を反らし、紙一重でスウェー。

 カウンター気味に左のジャブで牽制、バックステップで間合いを取られる。


 焦ったぁー、危なかったマジで。

 だが俺もそんな簡単にヤられる訳にはいかんのよ。


 相手は無手。

 ファイティングポーズをとり、一歩下げた右足に力を込める。

 敬愛する橋〇真也様よろしく、体を沈め水面蹴りを狙う。

 間合いを詰めてきたヤツに足払いをしようとするも、視界を掠めるもうひとつの影に意識を削がれる。

 別角度からの攻撃に、左からの強襲に咄嗟に義手一本で対応、重低音が響き鉄製の義手に強打炸裂する。


「── ッ!」


 金属バットをフルスイングされた衝撃を喰らう。喰らった事が無いから知らんけど。


 右回し蹴り。

 相手の重すぎる回し蹴りにクロスした左腕だけでは耐えきれず、俺の体は右に吹っ飛んだ。

 高速の千鳥足を披露し、近くにあった木に右肩を強打した俺は呻き声をあげた。


「グッ、クゥー。クッソ馬鹿力……」


 左手もげそう、右肩に激痛。ふざけんな!

 本音としては、今すぐにでもここから逃げ出したい気分だ。バンビもいる事だし、あいつのチャージが完了次第に瞬間移動してしまいたい。


 だが無理なんだよ。

 モモには頃合いを見て逃げ出すと言ってきたけど、こいつ等をこのまま野放しにしておけば、別の人間に危害を加える可能性だってある。

 それに、俺達をどこまでも追ってくる可能性も捨て切れん。


 なら、ここでケリを付けなアカン。

 逃げの選択肢は元から無いんだから。


「ギャアッ!」


 凶声をあげて、さっき回し蹴りをくれて来たヤツが飛びかかってきた。


「── ッッ!」


 猿みたいな格好で飛び付いてきたこいつが、大振りで左フックのモーション。

 俺は後ろ足で背後の木を蹴りつけ、左前方に飛び込みそれを回避。


 振り抜いたヤツの拳は大木の皮を抉り取り、破片を辺りに撒き散らす。

 地面にダイブした俺は前転して受け身をとる。すかさず、しゃがんだ格好で体制を維持した。


 すぐさま背後から感じた気配に体を縮める。

 頭上を足が通過する。

 別のヤツが俺に前蹴りをくれてきたんだ。

 僅かに体勢を崩したこいつに俺は、左手を地につけて腰を回転、今度は綺麗に足払いを決める。

 倒れたこいつから赤札を外そうと近寄るも、猿男に首根っこを掴まれ、力任せに放り投げられた。


「── グヘッ」


 二メートルほど飛ばされた俺は、背中をしこたま地面に叩きつけた。咄嗟に柔道の受け身を取ったが痛いもんは痛い。


 膝をついた状態で臨戦体勢をとる。

 動体視力が向上しているお陰か、こいつ等の攻撃は何とか視える。避けてはいるがこいつら、力が馬鹿みたいに強いんだ。


 のっそり動くゾンビさんより厄介者のキョンシー。でもこいつ等は違う術者の傀儡、ただの人形だ。


 ちなみにキョンシーとは台湾ホラー映画に出てくる死人妖怪で、お札を貼りつけていると大人しく、剥がすと吸血鬼になるという最強ゾンビ擬きである。


 通常はオデコにお札を貼り付け、腕を前にピンと突き出した格好で直立のまま、ピョンピョンとコミカルな動きで移動するキョンシーさん。

 映画によると昼は大人しく夜は凶暴になるとか。オデコに貼り付けてある霊験あらたかなお札によって、凶暴性を押さえつけているとか、なんとかで。


 お札の役割がこいつ等とは真逆なんだよね。


 そう、こいつ等は勿論ゾンビでもなければキョンシーでも無い。

 けれど一体目で実証出来たように、隠されているお札を剥がせばこいつ等を倒せる事が分かった訳で。ヒヤヒヤもんの半分、賭けみたいなモンだったけど。


 本物のキョンシーなら特別な法具がなきゃあ倒せんらしいから、こいつ等はまだイージーモードってヤツだろうな。それでも苦戦してるんだけどな。


 一瞬で辺りを見渡す。

 視界に映るのは、後ろに横倒しの幌馬車が峠道を塞ぎ、眼前には荷車らしき物が残骸と化して散らばっている。


 少し離れ先でおでんが敵二人と対峙、巨木を振り回し薙ぎ払っている。

 その奥で熊さん二頭が四人のキョンシー擬きと交戦中。一頭足りんが、司令塔のサンカクさんも居ないし、いつのまにか逃げ出したって事だろう。

 そして俺の前には、不気味なほどの無表情な二人組が俺の隙を狙っている。

 全身ボロボロのクセに、俺と違って泣き言一つも発しない殊勝な奴等。哀れにすら見える。


 バンビの視線を感じる。

 峠道の脇で不安げな表情を見せている彼女。

 強敵相手に別の事に意識を裂かれてしまうのも頂けないんだろうけど、やっぱり気になる。だから俺はバンビに忠告した。


「バンビッ! ここは危ないからっ、お前はさっさとモモ達の元に戻れっ!!」


「やだっ!」


 速攻で拒否られ、ムッと来た。


「やだじゃねぇ、早く逃げろ!」


「やだったら、やだッ!」


 こいつ、腹立つわぁ。

 たまには人の言う事聞きやがれっての!

 歯を剥き出して「いー!」しながら、拒否するバンビに苛立つ。


 されど、ここは戦場。

 一瞬の気の緩みが命取りとなる。

 もっと真面目にやらなアカン。


「モンジッ!」


 バンビが危険を知らせてくる。

 ああ、分かってる。

 俺にペタペタと走り寄る死人。

 地面を思いっきり蹴り込んで、俺は走り出した。


「ガァアア!」


 加速をつけて拳を突き立てる死人。

 邪魔だ、どけっ!

 俺は寸前で身を屈め、サイドに体をヅラしこれを躱す。更に加速する俺の狙いは、もう一人の方。


 峠道の脇から身を乗り出たバンビを、この野郎は狙ってやがる。


「バンビに指一本触れさるかよっ! こんのっ、ロリコンじじぃっ!」


 ヤツは俺に気づくも、もう遅い。

 俺はこいつに全力のラグビータックルをかましていた。


「どおっ、せええええええええええっ!」

「ッギャ!」


 地面にもんどり打つ俺とロリじじぃ。

 嫌な絵面だが、俺が押し倒す形になる。

 地面を擦るヤツの背中から、モウモウと砂煙が舞う。

 すかさず馬なりになって、こいつの顔面を鉄製の義手で鉄拳制裁── 殴る、殴りつけるっ!


 サイドからこいつの腕が伸びてくる。

 顔面殴打に全く怯む様子の無いこいつに、左手をガッチリ掴まれた。


 だが、想定内だっつうの!


 ヤツは両手で義手を締めあげてくる。

 義手の手首がミチミチと悲鳴をあげる。鉄製の稼働部位が変形してきた。


 どんだけ馬鹿力なんだこいつ。

 やや呆れ顔で俺は、ヤツの襟元から無造作に右手を突っ込んだ。


 ……あった。……ペリ。


 これで赤札二枚目ゲットだぜ!

 電池が切れたみたいに、途端に静止するロリじじぃ。


「モンジ、うしろっ!」


 志村、うしろ! みたいに言うなや。全員集合を思い出して、笑うてまうやろ。

 

 とりあえず襟元から突っ込んだ手を引き、逃げようとするも……動かん。こいつが左手を離してくれんのよ。


 懐に赤札をしまい、四方八方に左手をぶん回す。

 ……やっぱ、抜けん。動かれへん。

 どうにもこうにも、こいつの指先がガッチリハマって、食い込んで外れんのよ。

 

「モンジッ、うしろっ、うしろっ!」


 笑うてまうから、その言い方やめえぇ!

 しゃあ無い。


 俺は左手を固定しているベルトに手をかけ、迷わず外す。

 と、同時に振り返りもせずに、この身を前方に投げ出した。


 一秒も待たずに背後からドゴッと、衝撃音が響く。

 振り向くと、突っ込んできたもう一人のヤツが、俺のいた場所に飛び蹴りをかましていやがった。


 俺の代わりに飛び蹴りをモロに顔面に食らったロリじじぃは悲惨だった。

 その顔面を潰し、小石を辺りに散らして後頭部を土に埋めている。


 冷や汗タラリで、身を起こした俺は腰の小刀を構える。

 死人とはいえ、人様に刃を向ける事に未だ抵抗のある俺。

 ヘタレな俺は、当然の如く鞘付きのまま小刀を構えていた。

 

 グッと、小刀の柄を握る手に力を込める。

 左手を無くしたカラシ色の袖が、風でゆらゆらとはためく。


 どうする。

 そう思った時だった。


 “ ありがとう ”


 不意にまた、頭の中に声が入ってきたんだ。

 『また』と言ってしまうのも、実は首無し遺体から赤札を剥がした時も聞いていたからだ。確か「かたじけない」って声を。

 空耳かと思っていたけど、どうやら違うらしい。


 てぇことは、こいつ等の魂的なモンが俺に語りかけているってことなの?

 本当の意味で死ぬことが出来て……感謝されている的な? 成仏出来るってこと、なのかな?


「ジャア!」


 仲間の遺体を踏みつけながら、奇声発しているオッサン。

 威嚇してくる猿みたいな声とは別に、頭の中には蚊の鳴くような声も届く。


 俺はオッサンを見据え、耳を澄ます。頭の中から思考やら何やら、雑音を消し去る。


 “ ……たい、たす、けて。……痛い、痛い。……苦しい、助けてくれ。……しい、……痛い……いた……”


 降ろし体質、冷媒体質の所為なのか。

 確実にこの猿オヤジからの声だと思う。直感だけど。

 魂の叫びみたいなモンが俺の頭の中に入ってくる。苦しそうな声。物悲しい、切なくなるような訴えが……。


「ギャッ、ギャギャッ!」


 猿オヤジが威嚇してくる。

 誰かの意図で動かされているんだろう。魂とは真逆の行動をとっている。

 内心は辛いんだろうか、苦しいんだろうか、痛いんだろうか。


 どうしようもなく、同情を誘われる。不憫に思ってしまう。

 だからこそ俺は、腹を決めたんだ。


 小刀から鞘を抜いて俺は、バンビにこうお願いしていた。


「バンビ! 悪いっ、力を貸してくれっ!」


「……ふっ、ふっ、ふっ。……待ってたよ、モンジくん」


 不敵に笑うバンビさんが峠道に姿を現す。

 左手を右手で包み込む、いわゆる指の骨を鳴らす仕草をしながら登場してきた。少女故に全然しまらないし、指の骨も鳴ってないがな。


 ……面白ぇなぁ、こいつ。


「なにをすればいい? 教えたもれっ!」


 たもれって、なにっ!?

 ふふ。やっぱいいよな、バンビって。

 面白いんだよ、こいつ。

 そうだよな、生きてるって面白いんだ。

 猿オヤジみたいに、死んでるのに生きてるフリなんかさせられた日にゃあ。


 んあ"〜っ、なんて日だっ!


 て、全力で叫びたくなっちまう。


「なあ、バンビッ! あの力、この前ヤクザを止めた力なんだけど使えるか? とりあえず、こいつに」


「……うむ。まかせてたもれ」


 だから、たもれって何だよ。

 両手を持ち上げるバンビ。

 猿みたいにしゃがんだ格好のオッサンに手の平をかざす。

 今更だけどよく見れば猿オヤジの目ん玉、左目だけがどっかに行っちゃってる。空洞が出来ている。鼻も削がれ、下唇まで無くして、見ていて痛々しい。


「じゃあ、やるね……」


 バンビの言葉の直後に、右に左に体を揺さぶっていた猿オヤジの動きがピタッと止まる。そこだけ時間が止まったみたいに。

 チャア〜ンス!

 俺は急いでこいつに接近、胸元を切り裂く。

 刃を地面に突き立てるも、刃先から伝わる肋骨を削いだような嫌な感触に身を竦める。

 しぇからしかっ!

 俺は露出した赤札を速攻で剥がした。

 いっちょ上がりだ。

 やっぱり、胸元を切り裂いた方が早ぇ。これでこいつも真面に死ねるだろう。


「ありがとな、バンビ。もう、解放してやってくれ」

「……うむ」


 まだそのキャラ続いてんの。

 面白ぇなぁ、バンビ。

 バンビがかざしていた両手を降ろすと、猿オヤジも同じタイミングで地に落ちる。この光景を前に、どうしてもモヤモヤが残ってしまう。

 

 俺は腐っても墓守りの端くれなのよ。

 遺体を弔う側の人間なんだわさ。

 こんな仏さんを侮辱する行為はどうにも、虫が好かんのよ。


 “ すまない ”


 また、声がする。

 モヤモヤが増殖していく。

 誰の所為かは知らんが、こんなことを平気で仕掛けるヤツは狂人、もしくはイカれているんだと思う。

 怒りしか沸いてこんのよ。

 もし犯人を見つけ出したら、カンチョー百連発でも喰らわさなきゃあ気が済まんぜ。

 

 足元の仏さんに視線を落とす。

 改めて見ると、ボロ雑巾のような二人だった。

 衣服は破れ、血糊がこびり付き、露出した肌は裂傷が酷い。

 何なら、公園でワンカップ片手に万年アウトドアを満喫しているオッサン等よりも酷い格好だ。


 それでも、自然と口元に笑みが溢れてしまう。

 九人分の感謝も貰ったし、悪い気はしない。

 上手く成仏してくれればいいなと、願ってしまう。

 なんとなく偽善者にも思えてしまうが、みて見ぬフリをするよりかは、マシなような気がする。後悔だけはしたくないからな。


「ありがとな、バンビ。そんで悪いんだけど、もう少し付き合ってくれないか?」


「もうっ、モンジは俺について来いっ! って言えばいいのっ!」


 亭主関白かよ。

 でもそう言うのは、ちょっと苦手かな。

 人にお願いするのって勇気がいるモンな。俺なんかの為に時間を使わすのが申し訳無いって言うか、そんな感じで。


「では、改めて。……バンビさん、俺について来て下さいまし」


「むぅぅ、及第点。『まし』はダメ『来い』にしなさい。モンジは男なんだから、もっとシャキッとしなきゃダメなの。分かる? 女を……あたしを、引っ張っていくつもりならねっ」


 なに言ってんだ、こいつ。


「……はぁ、はい」


「むぅぅ。もう、いいっ! っいくよ!」


 困惑していた俺の手を取り、駆け出すバンビ。


「バンビさん、これじゃあアベコベでは……」


「いいの。モンジはあたしが居ないと、いつまで経っても煮え切らないんだからっ」


「……さいですか」


「さいですよ。……ふふ、モンジらしいけどね」


 上機嫌のバンビが俺を誘う。

 俺は彼女と手を取り合って、おでんの救出に向かったんだ。





 およそ十数分後。


「ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ、ハァ、ハァ。あー、しんどっ!」


 俺は道の真ん中で、大の字で寝転がっていた。見ての通りワタクシのHPは、ほぼゼロの状態で御座います。


 ねぇねぇ、ちょっと聴いてよ奥さん。

 おでんを救出に向かったのはいいけど、あの熊、あのバカ熊二頭が邪魔するのよぉ。信じられる?


 サンカクさんが居ないと途端にこう。

 野生に戻ったみたいに襲ってきたのよ! もう、無駄に体力使っちゃったじゃない。

 多分だけど、ワタクシのことオヤツのデザート位にしか見えてないのね。ホントに困っちゃうわ、まいっちんぐマチ子〇生よ!


「モンジ……。大丈夫か?」


 俺が脳内井戸端会議で愚痴を吐き散らしていたら、バンビが心配そうに覗き込んできた。


「……アカン。疲れた。もう死ぬ」


 そうなんだ、あのバカ熊どもの所為で散々な目にあったんだ。

 バンビが熊の動きを止めて、自爆覚悟のおでんがキョンシーどもを一人一人取り押さえて、二人でなんとかあいつ等を仏さんに戻す事が出来たけど……。はぁー、しんどかった。


 残りの六人をやっつけた所で、おでんは気絶するみたいに前のめりに倒れちまった。当然だよな。今回一番の功労者はおでんだから。

 熊どもはバンビが術を解放すると一目散に山に逃げていって、まぁそれはそれで良かったんだけど。

 はあー、とにかく疲れきってんのよワタクシは。


「……よいしょっと。……いいよ、頭乗っけても」


 俺の横で膝を落としたバンビさん。

 正座の姿勢でポンポンと、自分の腿を叩いておりますが、これ如何に。


 もしや膝枕をしてくれるってことなのか?


 いやいや、恥ずかしいやん。めっちゃ恥ずかしいやん。


「……いいよ、別に」


 拒否る俺。


「いいから」


 察してくれないバンビさん。

 彼女は嫌がる俺の頭を強引に掴んで、自分の膝に乗っける。はふっ、でも以外と柔らかくて、気持ちいい。


「モンジは頑張ったもんね……」


 俺を労ってくれる彼女は、優しく髪を撫でてくれた。


「それを言うなら、バンビだって……」


 羞恥で顔を赤くする俺。

 彼女は大人びた仕草で、ソッと自分の髪をかき揚げた。息を呑むほど洗練された面差しに、目を奪われてしまう。

 妖艶に微笑む彼女にドキッとしてしまい、思わずソッポを向いてしまった。


 バンビはまだ子供だっつうのに、なに考えてんだ俺は! すぐに自責の念に駆られる。


「あ、あのさ、バンビってバツさんの技も使えんじゃん。こう、動きを止めるヤツ? バリアみたいな? あー、バリアって分かんないか。そのぅ、空間に壁を作るみたいなモンも出来んの?」


 この場の空気を変えたくて、前から思っていた疑問を聞いてみた。


「……うん。出来るよ。……バツほどじゃないけど、お盆位の大きさならなんとか。……あと、小さいけど、火も出せるよ」


 真顔でサラッと答えるバンビに驚く。


「え、えっ、火も出せんの! じゃあ、じゃあさ、熊ともお話しとか出来んの?」


「ん〜、熊は無理かな。あたしが会話出来るのは小鳥ぐらいが限界。……あのね、マルにはあたしから聴いたって言わないでね、怒られちゃうから」


「いや、言わないよ。個人情報だもん。でもスゲェよ、バンビ! 何でも出来ちゃうんだな!」


 少々興奮してしまいました。

 承認欲求が満たされたのか、バンビも調子に乗り出す。

 これ見よがしに、両手を腰にペタンコな胸を張って、アゴをしゃくれさせる自慢げなポーズをとっている。


 この後、バンビが目の前で披露してくれた炎の術なんだけど。

 マルさんみたいな、人ひとりを燃やしてしまう程の威力は彼女には無いらしく、強いて言えばロウソクの灯り程度のモノで、威力も然り。バンビ曰く、本職には敵わないんだとか。


 ついでだからと、懐にしまっていた赤札を全部燃やしてもらったけど、バンビが言うにはこの位が精一杯だって。

 赤札の処理に困っていたから助かったけど。

 あり得んとは思うが、こんなモンが別のヤツに使われたら、また大変な事になるからな。


「なあ、瞬間移動とかバンビ使えんじゃん。その術に名前とか付いてんの?」

「あるけど……」


 俺の質問に言い淀むバンビさん。


「なに、なに、コソッと教えて」

「やだ」


「いいじゃん。減るモンじゃないし、誰にも言わないからさぁ」

「やだ……」


「頼むよぉ、バンビさん」

「……嫌だけど、モンジがそこまで言うなら。……だけど、絶対にバカにしないでよ、笑わないでよ」


「もちのロン! 約束するよ」


 かしこまるバンビが咳払いをひとつする。


「…………じゃ、じゃあ、教えるね。……よ、呼ばれて飛び出て、あたしだよって、呼んでる」


「……は?」

「ほらっ、バカにしてるっ!」


 怒れるバンビを他所に、衝撃を受けてしまった。

 ダサすぎて言葉が出ない。

 しかもこれ、呼ばれて飛び出てジャジャジャーンのヤツ。

 ハンバーグ大好き、ハクシ〇ン大魔王じゃねぇか!

 流石にこれは……ねぇ。


「あのぅ、バンビさん? これは、ちょっと……」

「知らないっ! 気に入らないなら、モンジが考えてよ!」


 そんなにキレられてもなぁ。

 でもバンビのそれは、ちょっと言い辛いしなぁ。

 う〜ん、瞬間移動で飛ぶ魔法ね〜。……あ!


「バンビ! いいの思いついたよ。飛ぶ魔法はコレっきゃ無いって名前」

「もう何でもいいから。とにかく言って」


「……ルーラだな」

「るぅら?」


「そう、ルーラ。……ロトの勇者が使っていた移動魔法の名前、それがルーラ。……これ、どう?」


 モンジは真っ直ぐな瞳でバンビを見つめる。

 バンビも上気した表情でモンジを見つめ返した。


「勇者の魔法……ルーラ。……いい! いいねっ、モンジッ! ルーラ、ルーラ、あたしの魔法は勇者の魔法。ルーラ、ルーラ……」


 鼻息を荒げ『超』がつくほどの上機嫌なバンビさん。


「そんで、火の魔法はメラな。これも勇者が使ってた魔法だから。……マルさんのはレベルが高いからメラミかな」

「めら? めらみ?」


 蒼い瞳をキラキラさせて、首を傾げるバンビが可愛い。


「バンビのはレベルが低いから、メラ止まりな。でも安心しろ、レベルがあがるとメラゾーマが使えるようになるから」

「めらぞぅま? めらぞぅまって何だっ! れべるって何だ!?」


「大丈夫だよ。バンビは勇者だから戦えば勝手にレベルが上がっていくから」

「……勇者。あたしは勇者だったのかっ!」

 

 バンビの天然ップリに、モンジの悪ふざけもエスカレートしてゆく。


「そうそう、勇者、勇者。それとバツさんの透明な壁の技。あれはもう名前ついてるから」

「なに、なにっ。確かバツは『ぬりかべ〜』とか言ってたけど、教えてっ、ねぇ、早くっ!」


 元々の大きな蒼い瞳を見開いて、年相応に幼い表情のバンビがモンジに詰め寄る。


「チ、チ、チ。見た瞬間に閃いたもん俺。アレの正体は何とっ、エーティーフィールド。これ一択なっ!」

「ええちいふぃどぉ! なげぇー、言い辛いぃぃ!」


 大袈裟に仰反るバンビちゃん。側から見れば仲のいい兄妹にも見える。なんとも楽しそうな光景であった。


「使徒と戦う時には必須の技だからなっ! 仕方あるまいて」

「しとって、なにぃぃっ! 誰と戦うのぉぉ!?」


 天然バンビをイジり倒すアホのモンジ。

 死臭の漂う戦場で、彼等の周りだけはほのぼのとした雰囲気が流れていた。


 しょうもない俺の話しに、満面の笑みを咲かせる彼女。

 俺は彼女の笑顔に、一晩しか咲かない『月下美人』の花を思い出していた。

 月夜に濡れる、儚くも白い美しい花を。

 そして俺は、コロコロと無邪気に笑う彼女に、こうも思ったんだ。


 やっとこの子の、ホントの笑顔が見れた気がするって。


 辺りに夜の帷が落ちてゆく。

 白い少女の驚嘆と笑声の入り混じった嬉々たる声音だけが、しじまの蔓延る森の中に優しくも暖かく浸透していくのを、俺は感じていたんだ。



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