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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
74/122

おとぎ話

 よろしくお願いします。


 沸き上がる興奮を抑えきれない。

 ついに来たんだ、この日が。

 ゾンビさんに、俺は会えるんだ。


 モンジは全身をブルブル震わせ、鼻息を荒げる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


「うっさい! エロザルッ! 隠れてるのがバレるだろっ!」

「ゴンッ! 痛ぇー!」


 モンジの愚行に見兼ねた絹が、彼の脳天にゲンコツを落とす。


「しかも、いきなり叫んでっ、なにそれ、モモさんに発情してんのっ、この盛りザルッ!!」


「盛りザルって……。俺はただ、ゾンビに興奮しただけ──」


「はあ!? バンビ? バンビに興奮してるのっ! あんた、まさか……。あんな、いたいけな少女にイヤらしい事をしようと、企んでいるんじゃ無いでしょうねぇ」


「いや、だから。バンビじゃなくて『ゾンビ』!」


「ゾンビ? ゾンビさんって女子にスケベな事をしようとしてるの? あんた、ホント最低ね。あんた、ホントに最低ねっ!」


「最低って二回言う。しかも、ゾンビはそんなプリティキャラじゃねぇ! ゾンビになんか発情するかっ!」


 柳眉を急角度に逆立てガミガミどなり散らす、森山村風紀委員長の絹さん。

 一方、図星どころか、お門違いな話しにモンジは全力で否定する。


「……べ、別にモンジさんだったら、モモは少しぐらい発情されても我慢します」


 照れ臭そうに、二人の痴話喧嘩にモモも乱入。


「ダメよモモさん。こんな発情期真っ盛りの益体もないヘチャむくれのモン吉。甘やかしても碌なことが無いわ。世の中にダメ人間を増やすだけよ」


 諭すように丁寧に語る絹に「ヘチャむくれのモン吉」とボソッと呟いて、モモはキョトンとする。


「だああ! 発情、発情、言うなやっ! 恥ずいだろうがっ!」


「えっ、女の子に発情しないの?」


 反抗するモンジに絹が驚いている。すかさずモンジは。


「っしますけど!」


 言われた本人が全肯定。


「やっぱり、あんたは自堕落な盛りザルで確定ね」

「あのぅ、モモは自堕落なモンジさんでも見捨てませんから、安心して下さい」


「あー、もー、話しがすすまねぇ。俺の発情話しとかは、どうでもいいんだよ! ゾンビ、いや、奴等、動く死人の話しがしたいんだよっ、俺は!」


 要領を得ない会話に半ギレ気味のモンジが、話題の主導権を得ようと叫ぶ。


「……動く死人の話し!? あんたさ、あいつ等の事知ってるの?」

「会った事、あるんですか?」


「……会ったことは無いけど、見た事はある」


 映画だけど。

 それでも中学の頃、ゾンビマニュアルなる物を自作で完成させた、自称、生粋のゾンビマニアの俺。

 俺様のゾンビ知識を舐めんなよ。

 ニンマリと黒歴史を回想する、ゾンビオタクの彼が口を開く。


「奴等は、たぶんだけど。どこかのバイオ研究所から漏れ出たウイルス、まぁ変異型のウイルスだな。そんで、ああなっちまった可哀想な人達なんだよ。たぶんだけど」


 神妙な顔つきでトンデモ妄想を語りだしたモンジに、モモは生唾を飲んで驚愕の表情を見せる。

 モモとは対象的に絹は、溜息を吐いてメンド臭さそうな態度。


「あのぅ、質問いいですか?」

「なんだね、モモ君」


「えぇと、ばいおけんきゅうじょって、何ですか?」


「ふんふん。いい質問だね、モモ君。……バイオ研究所って所はね、マッドサイエンティスト達の巣窟でな。違法で残忍な人体実験を繰り返すとても危険な施設で、言わば悪の本拠地、伏魔殿のような所だよ」


「まっどさんえんてすと? 伏魔殿ですか……」

「そうだよ、モモ君。マッドサイエンティスト、狂った科学者って意味だよ。……恐ろしい奴等さ」


 ゴクリと喉を鳴らして、モンジは話しを続ける。


「……とうとう始まったんだよ。最悪な事態が起こっているんだ。最恐のウイルス、生物兵器へと進化させる新型ウイルスが、この世界に撒き散らされたんだ。ハルマゲドンの到来、人類滅亡の危機、終わりの始まりって事なんだよ」


「終わりの始まり、ですか……」

「そう、世界は終わるんだ」


 後ろ手に背中を見せたモンジが、ガックリと首を折る。

 ゾンビ映画とゾンビゲームを、一緒くたにした思い込みの世界観を語る彼は、険しい表情で自らに酔いしれる。


 モンジ同様、神妙な面持ちのモモ。

 その傍らで、小指で耳をほじくる絹は些末な事のように聞き流していた。


「ねぇ、そんな前フリは別にいいからさ。あいつ等がもし、あんたの言うそのゾンビって奴等なら。撃退方法とかもあるの?」


 やや離れた、未だ戦闘中の峠道に視線を流す絹は、解決策をサッサと提示しろと急かす。


「そうだな。こんな悠長にしてらんねぇもんなっ。簡潔に言うと、あいつ等の弱点は頭、脳味噌だ。脳味噌を破壊しないとあいつ等は止まらない」


 あくまでゾンビと仮定して話しを進めるモンジ。


「それと、一つ難点があるんだ。ゾンビに噛まれたら終わり、そいつも漏れ無くゾンビになっちまう。あいつ等の血を浴びるのも上手く無い。映画では大体が血から感染する病気だからな」


「えっ、えいが? アレッて病気なんですか?」

「あぁ、死んでから発症する病気だな、普通は。分かっているとは思うが、既に死んでるから治る見込みの無い未知の病気なんだ」


「それなら尚更、近づいたら危ないんじゃあ」

「そうだ、あいつ等をヤルには遠距離武器が一番だ」


 ライフルか散弾銃でもあればな、ライフルって何ですか? 散弾銃って何ですか? てな具合に益体の会話を続けるモモとモンジを尻目に。


「そ、分かったわ」


 こうシンプルに答えた絹は、おもむろに肩にかけてあった弓を構え、矢を番えた。


「ちょ。ちょ、ちょっ、ちょっとまって、ちょっとまって、おネェさん ♪ 」


 懐かしいリズムネタを口ずさみながら、モンジが絹の番えた矢に飛びつく。


「……なによ。頭を射抜けばいいんでしょっ。文句でもあんの?」


 絹に至近距離で凄まれ、モンジの口角が引くつく。


「……文句は無いけど。ただ……」


 言葉を途中で切って、モンジは辺りを見廻す。

 あ、いたいた。絹さんの愛馬のウサギを発見。

 繋がれて草をモシャモシャ喰んでる。


「ただ、なによ」


「ほら、こっちから攻撃を仕掛けたら、流石に見つかっちゃうかなぁって。それもあんまり上手く無いかなぁ、なんて」


 座っているモモに視線を落とすモンジ。

 見つかりたく無いのは、何食わない顔をしているモモの足に気づいたから。


 マウントを取らないように、下手に刺激しないようにやんわりとモンジは語りかける。

 ともすれば、得意先のお偉いさん、もしくは担当者を接待する際の営業マンのように、腰を低くして。


「じゃあ、どうすんのよ。このまま、おでんとサンカクさんに丸投げにするの。私達だけで逃げ出すの?」


 普段から気の強そうな吊り目を、さらに角度を増し増しで、睨みを効かせてくる絹さん。

 彼女からの圧に押されて、俺は若干仰反ってしまった。


 絹さんからすれば単純におでんの身を案じてのことだろうが、整い過ぎている美貌のせいか、彼女の発する凄みも普段より増し増しだった。


 彼女の黒い瞳が、真っ直ぐに俺の目を射抜く。

 悪い事もしてないのに、目を逸らしてしまう。

 理由は簡単、照れたんだ。


 絹さんて、バンビとは真逆の意味で美人さんだから。


 健康的な美貌と言うか、例えるならガリガリに痩せているモデルさんや女優さんとはまた違う、ミス日本代表に選ばれる心技体の揃った美しさ、みたいな? わかるかな?


 そんな彼女から漂う静謐さや、楚々とした清楚な面差しに、卑屈で矮小な俺は引け目を感じてしまう。

 いつもの俺を小馬鹿にしてくる、小悪魔的な彼女の方が断然話しやすい。


「……見捨てるの、どうなの? 答えなさい」


「……丸投げとか、見捨てるとか、そういうんじゃなくて。そろそろ選手交代の時間かなぁ、なんてね」


「選手交代?」


「そうそう、選手交代。だって、ほらっ、見ても分かる通り、おでんは怪獣並みの体力だからまだ平気そうだけど、サンカクさんの方は潮時かなぁって。楽しそうに熊に命令してるけど、ほらっ、また。しんどそうな顔をするでしょ、ね」


 俺はサンカクさんに目を向けていた。

 不死身の忍者集団を相手に右だ左だと熊を操り、とにかくゾンビ共をこちらに近づけさせないよう、指示を飛ばしている。


 三頭の熊を駆使し、鉄壁の壁を作ってくれている。


 全体を見渡せるように少し登った位置に陣取る彼女。

 俺達の居るここからはそう遠く無く、その勇姿が拝めるくらいの場所に座っていた。

 戦場から斜めの位置取りで、倒木に腰掛け懸命に闘ってくれている。

 優しそうに微笑みながらではあるが、大声を張る際には必ず顔をしかめ、脇腹を押さえていたんだ。


 完全に無理をしているんだ。教会の子供達を確実に逃す為に。  


「ね、そろそろ交代が必要でしょ」

「……そうね。……だけど、交代って、まさか──」


「もちろんっ、俺と」

「だったらっ、モモも戦います!」


 左手をピンと上げてモモがアピール。


「気持ちは嬉しいけど、ゾンビと戦うのは男の仕事って決まってるから。これ、常識ね」


 平気で嘘をつく。


「それに……その足じゃあ足手まとい、かな」


「う、う、うぅ……」


 モモが上目遣いで恨めしそうに唸る。

 スギの木を背もたれに、ちんまりと座り込む彼女。

 俺達に悟られまいとずっと右足首を隠していたようだけど、その体制が逆に不自然すぎて目立っていた。


 いじらしい彼女のこと。

 巳波とヤリ合った時に無理をしたんだろう。

 行儀良く両足を揃えて座っている為か、左右の違いで一目で分かってしまう。


 脚絆が巻かれたモモの右足首が、左と比べて倍程も腫れあがっている。痛々しいまでに。

 

「……あのさ、絹さんにお願いがあるんだ。今からサンカクさんと交代するから、モモとサンカクさんを連れて、先にみんなと合流して欲しいんだ」


「……あんたと、おでんはどうすんのよ」


「俺とおでんは、えぇと……タイミングを見計らって勝手に逃げだすから、大丈夫。……不死身の忍者って、やっぱ怖ぇし、まともに相手なんかしてらんねぇしな」


「…………そう、分かった」


 たっぷり間をとって、絹さんなりに色々呑み込んで、そこで俺の意見も呑み込んでくれた。


「じゃあ、行ってくるかな」

「……隣り町で待ってるから」


 絹さんに返事を返して、改めて装備品を確認。

 とは言っても、相変わらず大した装備は持ってはい無い。

 あるのは、腰紐に挿した刃渡り三十センチ程のいつもの小刀一振りと、腰に付けた巾着袋に閃光弾数発、煙玉数発、黒の式神とパチンコと。


 あと、さっきバンビを迎えに行った時、針付きのテグスを回収済み。腰の巾着袋に仕舞い込んである。

 残忍ながらグンニグル(ただの物干し竿)は回収には至らなかった、見当たらなかったんだ。残念だ。


 てか、無くした事を内密にしとかにゃならんのよ。

 絹さんに念押しされていたからな。

 今度またグンニグルを壊したら、俺の腕をへし折るって脅されているからな。口が裂けても言えんのよ。

 物干し竿一本で腕を折るって……恐ろしい人だよ、絹様は。


「……モモ。あいつ等と合流出来たらその足、ちゃんと与一郎に診てもらえよ。見た目青瓢箪でも与一郎のヤツ、医者には変わりねぇから」


 パッツン前髪とふっくらとしたオデコを前面に出して。モジモジと、何か言いたげに俯いていたモモが顔をあげる。


「モンジさんっ! これっ、持って行って下さい!」


 そう言ってモモは、パッと後ろで纏めていた髪を解いた。

 薄い髪質なのか、柔らかく落ちた髪が彼女の細い肩を隠す。彼女の右手には紫色の髪紐が握られていた。


「モモの髪紐を貸します。右手を出して下さい」

「お、おう」


 右手を差し出すと、丁寧に俺の手首に髪紐を巻き付けるモモ。そして彼女はこう言ったんだ。


「この髪紐は、とても思入れのある大切な髪紐なんです。これをモンジさんにお貸しします。……必ず、モモに返してください」


 真剣な眼差しで彼女は俺にこう言った。だから俺も真摯な態度で。


「ありがとう。モモの大切な髪紐は、必ずこの手で返すから」


 彼女とそう約束した。


「ふふ、……可笑しい」


 モモがクスクス笑う。


「えっ、なにっ!?  顔になんかついてる?」


 慌てて顔を擦る俺。


「いえ、ゴメンなさい。モンジさんが珍しく、真面目な顔をしていたから、つい」


「なにそれ、どゆこと?」


「モンジさんって、いつもオチャラケているから、真面目な雰囲気も出せるんだって思ったらつい……。なんか可笑しくて……。ふふっ」


「……さいですか」


 コロコロ笑うモモ。

 オチャラケ星人の俺はスーン。


「はいはい、イチャつくのも大概にしてね」


「「イチャついて無い。・ません!」」


「息もピッタリ。はいはい、お似合い、お似合い。ほら、モンジ。早く交代してあげなきゃ、サンカクさんに苔が産すわよ」


 ハハ、苔が産すって、何十年待たせるんだよ。

 ふと、モモと目が合う。

 思わず、顔を背ける。

 俺とモモが真っ赤赤。

 絹さんが変な事言うから。


「じゃ、じゃあ行ってくる」


 甘酸っぱい雰囲気から逃げるように、早足になる。

 

「モンジさんっ、お気おつけてっ! また、会いましょう!」


 見送るモモに背中越しに手を振ることしか出来んかった。絹さんの所為だ、絹さんが変なこと言うから、意識しちまった。


 恨み言を残してモンジはサンカクの元へと急いだ。




 数十分後。


「いや〜、あの人達凄いんだよ〜。だって〜、首が折れても〜、腕が折れても〜、平気の平左なんだよ〜」


 ヘラヘラと笑いながら、サンカクさんが奴等との恐怖体験を語る。


「……はぁ、そう」


 絹が溜息混じりの返事をする。

 嫌そうである。

 彼女にとって、おっとり過ぎるサンカクの喋り方が苦手なようだった。正直、イラついてもいる。


 森を無事に抜けて今現在、絹とモモとサンカクの三人はギュウギュウになりながらも、(ウサギ)に跨がり街道を急いでいた。

 

 手綱を握るのは絹で、その後ろにサンカクとモモと続く。

 女子三人とはいえ、その重さに馬の負担を鑑み絹は、通常よりも遅いスピードでウサギを走らせていた。


「わたしが思うに〜、あの人達って最強だと思うの〜。ねえ〜、聞いてるぅ、絹たん?」


 グッ、絹たん。

 会ったばかりなのに、なんなのこの子。馴れ馴れしい。


「はいはい、聞いているわよ!」


「怒ってる〜、絹たん、怒ってる〜」

「怒ってないわよ!」


「怒ってる〜、怖い〜」

「怒って無い! あー、メンドくさいっ!」


「あのっ! 最強って、彼等そんなに強いんですか?」


 首にかかる黒髪を、手の甲で後ろに流すモモ。

 埒が開かない二人の会話に業を煮やし、質問を投げかけた。


「モモた〜ん ♪ なんか〜、機嫌の悪い絹たんは女の子の日なのかな〜、ずっと怒ってるし〜。モモたんは怒ってないから〜、わたし〜、モモたんとお話ししよぅかな〜」


 どこまでもマイペースなサンカク。

 女の子の日に反応して、モモが赤面。

 ビキッと、絹のこめかみに青筋が立つ。

 絹は何度か深呼吸を繰り返し、怒りを堪え忍ぶ。


「……あ、あの、さっきの話しの続きですけど、もう少し具体的に教えてくれませんか?」


「いいよ〜。あのね〜、あの人達ホントに死なないんだよ〜。そうそう、ひとり〜、首がポーンッて飛んだ人がいたんだけど〜、それでも頑張って、戦うんだよ〜。凄くない〜」


 あんなの初めて〜、とか言いながらヘラヘラ笑うサンカクさんに、絹とモモが愕然とする。


「……モモさん、あのバカ言ってたわよね。ゾンビの対処法は頭の破壊だって」

「はい、言ってました」


「頭が無くても死なないって。あのバカの見解、間違ってんじゃない!」

「どうしましょう。……戻りますか?」


 わたしの話しはもういいの〜と、ブー垂れるサンカクを他所に、血の気の失せた青白い顔を晒す絹とモモ。


「……いえ、一旦みんなと合流して、あなたとサンカクさんを与一郎に渡さなきゃ。そしたら、私ひとりで戻るわ」


「嫌です。モモも戻ります。足は動かないけど、腕はまだ動きます」


「いや、でも……」


「問題ありません。(ハッチ)を連れていけば、あるいは強引に逃げ切れるかも知れません。……あんな不死身の化け物を相手にするんです、しかも九人も、軍隊でも連れてない限り、無謀な話しです」


 モンジだけでは不可能だと、モモが言い切る。

 絹も厳しい表情で手綱を握り締めていた。

 モモの奴等に対する見解が上書きされる。

 厄災や飢饉のように、抗い切れない疫病の類いだと結論づける。


 それこそ天災に人は無力だと、ただ逃げることしか出来ないのだと。

 絶望の始まり。

 彼の言う、終わりの始まりなんだと。


 モンジさんが語ったように、あんな病気が蔓延したらと想像する。

 噛まれるだけで感染する、死人にしてしまう未知の病気。


 想像するだけで恐ろしい世界が、脳内を駆け巡りる。


 モモの好きな風景が現れる。

 だけど……。

 最初に、優しい綿姫様が砕け散る。

 お城勤めで良くしてくれた、タマさん、フネさんが砕け散る。

 綺麗なお城が、賑やかな城下町が砕け散る。

 活気のいい森山村が、気のいいおでんさんと与一郎さんが砕け散る。 

 可愛いバンビちゃんが、気難しいけど暖かい絹さんが砕け散る。

 

 最後に、笑顔のモンジさんが砕け散った。


 モモは失意のドン底を味わっていた。絶望感に苛まれていた。暗然たる気分に浸る彼女に、明るい声が邪魔をする。


「ねぇ、モモたん〜、知ってる〜」


 間延びした声が、彼女の鼓膜に浸透する。


「初代の王帝〜、光明(みつあき)神王様のお話し〜」


 空気を読まないサンカクに引き戻しされる。


「……は、はい。百年前の王帝で、乱れていたこの国を一つに纏め上げた偉人です。光明神王様の偉業は、おとぎ話にもなっていますから」


「ホントにいるのかな〜、そんなひと〜。誰にも出来ないことをしちゃうんでしょ〜」


「……たぶん、居たのでしょうね。文献にも残っていますし」


「知ってる〜、モモたん〜。光明神王様の別名ぇ〜」


「……はい、確か『英雄王』です」


「そうそう、英雄さま〜。もし〜、あの死なない人達を〜、こうギッタンバッタン、やっつける事が出来る人がいるとしたなら〜。たぶんだけど〜、その人は英雄さま〜? だよねぇ〜」


「……英雄様、ですか」


「そう、おとぎ話しでは〜、世界が混沌に落とされると現れるんだよね〜。会いたいな〜、現れるかな〜、英雄さま〜。カッコいいんだろぅな〜」


 両手で頬に当てて、ウットリとした表情のサンカクさん。


 およそ百年前、この国は今よりも細分化されていて、ひとつの国としての体は為しておらず、百近い小国でこの国は現存していた。

 その頃は小国同士はお互い、土地争いでイガミ合い、戦に明け暮れる毎日で、皆が口を揃えて言う乱世と呼ばれていた時代でもある。そんな中、一人のお方の登場でこの国は劇変した。


 そのお方が、光明神王様だ。


 彼はもともと下級貴族の出身で、彼独特の巧みな戦術、戦略で瞬く間に国を平定。武力により争い事を押さえ、この国を一つに纏め上げ、現和合王国を建国したと。

 そして自らが神王を名乗り、初代の帝となった凄いお方。英雄王。


「……英雄、ですか」


「チッ、あんな眉唾話し、誰も信じないわよ!」


 モモの呟きに絹が言い腐す。


「だってそうでしょう。なに、山を動かしただの、嵐を呼んだだの。挙句に海を切り裂いただの、人間ひとりにそんな事出来っこ無いでしょっ。馬鹿バカしい」


 確かに。

 おとぎ話しの中では、突然火の海を作ったとか、万の雷を敵に落としたとか、かなり誇張した表現のお話しが多々登場する。

 子供が楽しんで読めるように、敢えて神がかり的な表現を取り入れたのだろうと推測もできる。


 それでも現に、彼の造った王国でモモ達は生きているのだから、かのお方が偉業を成し遂げた事実は、微塵も揺るが無い。

 

 不可能を可能にするひと。


「……それが、英雄」


 こう呟くモモの脳裏には、緑目の少年の面影が浮かんでいた。


 ── モモの英雄はモンジさんだけ。綿姫様を救ってくれた彼なら何とかしてくれる。……モンジさん。どうか、子供達を守って。


 何も無い、雑草の生い茂る大地を振り返りモモは、山稜に沈みゆく夕日の方角へと顔を向けた。

 視線の先には、山合いの影に隠れた日立峠が映る。 

 憂いを孕んだ瞳で少女は、切なるこの想いを一人の少年に願わずにはいられなかった。



♢♦︎♢



 数十分前。


 絹とモモから離れて、モンジはサンカクの元へと急いだ。


「がお、がああ、がごぉ……ががぁ!」


 ヤベェなこいつ。


 出会った教会では、人語を話していたサンカク。

 今、目の前にいる彼女は熊語? を話していた。

 モンジの気配に気づき、サンカクが振り向く。


「がごぅ、があ!」


 マジ、ヤベェなこいつ。熊語で話しかけて来やがった。


 頬に冷や汗を垂らすモンジに、黒っぽい忍び装束の彼女は、可愛いく口を開けた。


「がっ、ううんっ! ごごがっ、うんっ! ご、ごめんげ〜、熊たん語で話し、ううん! 話してたから〜、人のごどご、ううんっ、かぁー、ペッ! 人語、話し辛い〜! かぁあっ、ぺッ!」


 女の子が唾吐いてるよ。二回も。

 引き気味のモンジが三歩、後退り。

 顔は、バンビを蕩けさせたみたいな感じで可愛いのに、美人さんでもリアルに唾吐きシーンってあんま、見たくねぇもんだな。……まぁ、なんだ、気を取り直して。


「えー、サンカクさん。交代のお時間です。お疲れ様です」


 倒木に腰掛けている彼女は、タレ目タレ眉をもっと垂らして、俺にニッコリと微笑んできた。

 ふんわりとした雰囲気からして、ふわふわ女子のオーラを纏う彼女。

 髪型も胸元まで隠れる、パーマがかったふわっとロング。

 険しいなるモンジの表情。む、む、む、俺の最も苦手とするタイプだ。


 理由は……。

 だって、話してるとイラつくしん。(語尾に『しん』を付けてるお前もな)


「う、うんっ。……もう、治ったかな〜、ありがとうね〜、モンたん。とりあえず、隣りに座って。お話ししましょっ、ささっ、どうぞ〜」


 は? 何でお礼言われたの? それに、何言ってんの、この子。交代するって言ってんだから、さっさと居ねや!


 とか、思いつつも。


「お邪魔するしん」(だから『しん』はやめれ!)


「どうぞ、どうぞ〜。……よいしょっと」


 なんなの、なんなのよ、このひと。

 気ぃ使って、ちょっと離れた位置に座ったら、秒で距離詰めて来たんだけど。

 俺の二の腕と彼女の肩がくっついてんだけど。

 首にかかる髪がメッチャ柔らかいんだけどっ。


 おたおたと、明らかに取り乱す俺にサンカクさんは、ふんわりした笑みで。


「それで〜、わたしは〜。どうすればいいの〜、教えて〜」


 しかも、なんで俺の腿に手を置く!

 下から覗き込むな!

 背筋をありえん位に伸ばしてんだろうがっ!


「あー、えっと、向こうに絹さんが馬の用意をしています。サンカクさんは可及的速やかに避難して下さい」


 俺の視界にサンカクさんは映さない。

 苦手、というか実は弱いからだ。

 こういうの、慣れてないもんで。はい。

 

 変わりにおでんの勇姿を目に焼き付ける。

 未だ奮戦中のおでんと熊さん。

 迸るおでんの汗が夕日にキラキラ煌めき、とても綺麗で。

 長い爪を立てた熊さんがゾンビ(仮定)の肉片を撒き散らす。

 大振りで、フック、フック、振り下ろしと、一生懸命に奴等を斬り刻んでおります。


「ふ〜ん。もう少しモンたんと、お話しがしたかったな〜。だって〜、あのシセルが気になっているぅ、男の子だから〜」


 俺の腿に乗せた両手に体重をかけて、彼女は楽しげに語る。


 片や俺は、シセル? どちら様!? ん、んんっ! と首を傾げていた。


 蕩ける笑みのままに彼女が、両手を俺のお股の方へ滑らせる。おチンに触れる!


「じゃあねぇ〜、モンたん。あとぉ、よろしくねぇ〜」


 おチンに触れる直前に手を外し、パッと立ち上がり、両手をフリフリ、お尻もふりふりしながら彼女は立ち去った。


 やっぱ、ヤベェやつだったな、あいつ。


 あんまり近寄らない様にしようと心に誓ったモンジでした。


「……さてと」


 膝に手を置き立ち上がる。

 装備品をもう一度チェックするモンジ。

 うん、不動の心許なさ。

 そんなおり。


「ッゴ、ダンッ!」


 眼前に誰かが降って来た。

 一匹のゾンビが熊に薙ぎ倒され、宙を舞い、落ちてきたんだ。

 そして、モンジの腰掛けていた倒木に腹部を強打。すぐそこで延びている。


「おいっ、大丈夫かっ! ……あっ」


 思わず声を掛けちまった。

 焦げ茶色の忍ぶ服、こいつ敵なのに、ゾンビなのに! もう、俺のウッカリさんっ!


「──────」


 痛いだの、苦しいだの、ぐガァアだの、一切言葉を発しないゾンビさん。


 ゾンビさんは、下っ腹を倒木に引っ掛け、頭が地に着きそうなぐらいの伸びた体制で脱力している。その為か、俺からはこいつの頭が見えない。


 無手のゾンビがビクリと動く。

 こいつから糞尿の匂いが漂ってきた。

 左手を木に置いて、右手はぶらりと垂れ下がったまま、じわじわと上半身を起こしてゆく。


 お陰で、口が聞けない理由が一目瞭然だ。

 

 こいつ、首から上が無かったんだ。

 頭が無いんだ。

 首にはギザギザに千切れた肉の後と、赤い筋繊維を晒している。

 千切れた中央に剥き出しの頚椎(けいつい)と脊椎らしい物が、こんにちはをしていた。


 木を伝って俺に這い寄るゾンビ。

 恐怖で体が硬直する。

 匂いと怖さで目がしばしばして来た。

 これを五七五で例えると……。


 『気持ちワル、首が無いのが、気持ちワル』だ。


 どうでもいい思考に捉われている間にも、ゾンビは確実に俺目掛けて近づいてくる。


 鬼の形相で迫られるのも中々のモンだけど、頭が無いのもかなりヤバす。


 ん、俺、気づいたかも。

 セオリーとしてゾンビって、脳味噌バーンでアウトだよな。

 なのに、このゾンビさん。

 頭無いんですけど。

 脳味噌無いんですけどっ。

 でも、動いてるんですけどっ!

 どゆことっ!!


「あなたっ、なにぃいいいいいいいいっ!!」


 モンジはオカマ口調で叫んでいた。

 彼のゾンビ攻略マニュアルが根底から覆り、酷く混乱している。


 じゃあ、コイツら何なんだ。

 マジもんのゾンビって、脳味噌なんぞ要らんのか?

 分からん。頭、真っ白だ。


「── 痛ッ!」


 考え事をしてたらゾンビ擬きに足を掴まれた。

 力のリミッターが外れているのか、とんでもない握力で足の甲を握ってくる。

 痛い、痛すぎる。

 工具の万力で、ギリギリと潰されているような感覚を覚える。


 どうする。


 痛みに耐え切れず、その場に尻餅をつく俺。

 こいつは一本しかない腕で、足の甲、脛、膝と登ってきやがる。

 こいつ、血が流れていない。

 心臓が止まっている証拠なんだろう。

 千切れた首からも血が滲む程度しか流れてはいない。


 熊にやられた跡なのか、服も前面はボロボロ。

 胸元も抉れていて、血の跡で紅い綺麗な線が……。

 綺麗な紅い線……なの?

 紅い紙……?

 紅い短尺……。


 目を凝らすと、紅い短尺が貼り付いていた。


 まさかのそっち。

 思い当たる節が一つある。

 可愛いチビッ子道士が活躍する、チャイナ映画。

 試しに俺は勇気を最大限に振り絞り、ゾンビ擬きの胸元に右手を突っ込んだ。


「ええい、ままよっ! ── ペリ」


 俺の体を這い上がっていたゾンビ擬きが、ピタリと止まる。

 紅い短尺を剥がした数秒後には、糸の切れた人形のように呆気なく崩れて落ちてしまった。


 半分被さるように、尻餅を着いていた俺の上に倒れ込んでくるゾンビ擬き。

 

 ニヤッと、モンジの両目が卑しく弧を描く。


「ふ、ふ、ふ、ふっ。は、は、は、はっ。正体見たり枯れ尾花ってなぁ、この事か! は、は、は、は。あーは、は、は、は、はっ、はんっ、んゲホッ! ゴボッ! ゲヘッ! ッゲハ!」


 焦ったぁ、喉くっ付いたぁ。

 ハハハ笑いって、喉カラッカラに乾くのな。

 こいつの臭さも相まっての事だろうけど、むせ死ぬ所だったぜ。

 目を潤ませ心臓をトントン叩くモンジは、お尻を滑らせゾンビ擬きの呪縛から逃れる。


 いや〜、分かっちまったぜ、こいつ等の正体。


「こいつ等はゾンビじゃねぇ! キョ──」

「モンジッ!」


 目の前にバンビが居たんだ。


「おま、お前っ、なんでいんのっ!?」

「……だって、一緒にいるって約束したから」


「はあ?」

「はあ? じゃないっ! 約束したでしょっ、あたしとっ!」


 ドスドス足を踏み鳴らして、近づいてくるバンビ。

 顔がヤバい。

 超、怒ってる。

 沖縄のシーサーにそっくりだ。


 けれど近づくにつれ、バンビの整った顔が歪んでいく。俺の隣りに来るなり、バンビは。


「クサッ! モンジ、クサッ! ウンコ漏らしたでしょっ、クサッ!!」


 鼻を摘んでバンビが吠えた。

 ウンコ臭のお陰で、バンビの怒りも吹っ飛んだ様子で、それはそれで良かったんだけど……いや、良く無い!


「いやっ、俺じゃ無いって、こいつだって!」

「大人がウンコ漏らす訳ないじゃ無い! 人のせいにしないのっ! モンジ、ふんどし脱いでっ」


「だから、話し聞けって!」

「いいからっ! お尻コッチに向けてふんどし脱いで、拭いてあげるからっ」


 バンビが俺の腰を掴んで離さない。

 猛烈に恥ずかしい。

 女の子に、ましてや可愛いバンビに生ケツ見られるのなんて……死んだほうがマシだ。


「いやいや、だからっ、仮に漏らしていたとしても、自分で拭けるからいいって!」

「うるさいっ! モンジがウンコ漏らすと、あたしが恥かくのっ!」


 何言ってんだ、こいつ。


 半ギレ、半ベソ状態でギャー、ギャー、すったもんだ二人が騒いぐ。その挙句。

 未だ激闘を繰り広げているおでんを救援に向かいたい俺は結局、泣く泣くバンビに生ケツを晒すことと相成りました。


「クソー、ほらっ、よく見ろ!」


 ──この後お見苦しい映像が流れますので、この時間は美しいアルプスの山々の映像をご堪能下さい──



 場面が変わる。

 ほろほろと涙を流すモンジが映る。

 バンビは全身を紅潮させて、ちょこんと正座をしている。


 テロップが流れた後、強引にモンジのお尻を検分したバンビが、大仰に赤面して平謝りしたのは言うまでもなく……。


「ヒック、ヒック。あいつ等、ゾンビじゃ無くて。ヒック、キョンシーだったんだよぉ。ヒック、ヒック」


「疑ってゴメンね。モンジは偉いね。ウンコ漏らさないで、偉いね」


 むせび泣く少年の名前はモンジ。

 美少女に己の恥部を全て曝け出した彼は、四つん這いでお尻を突き出したお間抜けな格好で、地面に頭を落としている。

 モモが抱く『英雄像』とは、似ても似付かない醜態を晒した少年モンジ君。

 その姿は、水と油、月とスッポン、英雄とはかけ離れたポンコツであると、彼自らが証明する結果となった。


「でも偉いねぇ、モンジ。ウンコ漏らさないでホントに偉いねぇ。よし、よし」


「ウンコ、ウンコ、うるせぇー!」


 斜陽に陰る峠道の一角で、我が子を愛でるように少年の頭を撫でる白髪の少女。

 それとは対象的に、プライドを傷つけられて悲痛に叫ぶ少年の姿を、杉の木に張り付くひぐらしだけが静かに見守っていた。


「よし、よし。ウンコは偉いねぇ。よし、よし」


「俺はウンコじゃねぇ!」


 ありがとうございました。

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