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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
73/122

ゾンビ!?

 よろしくお願いします。


 バンビの機嫌がすこぶる悪い。

 俺と目も合わせようとしない。

 ……めちゃくちゃ怒ってる。


「あのぅ、バンビさん。 ……なんか、ゴメンね」


 心当たりは無いけど、取り敢えず謝る。


「……なんで謝るの」


「……えっ」


「モンジを殴っちゃったの、あたしなのに……。あたしが悪いのに……」


「いや、ゴメン。正直、よく分かんないけど。バンビが怒ってるみたいだから……。このままは嫌だし……。そのぅ、仲直りしたくて……」


 歯切れが悪い。

 そう、俺はケンカが苦手だ。

 苦手と言うより、嫌いだ。凄く。

 この、ギクシャクした感じが堪らなくイヤなんだ。


 とは言え。

 別に嫌いなヤツに陰口叩かれようが、嫌味を言われようが一行になんも思わない。むしろ、馬鹿がバカなことほざいてやがらぁ、てな具合で鼻で笑えるくらいなんだけど。


 だけど、好きな人に疎まれると別で、途端にメンタル崩壊してしまう。脆弱すぎる程に。


 外からの衝撃にはそこそこ強いが、内からの衝撃にはめっぽう弱い。俺のクリスタルハートはミリ単位の薄さなのかも知れん。


 肩までの白髪を揺らして、バンビがこちらに振り向く。そのつぶらな蒼い瞳が俺を捉えている。僅かに険の篭った瞳で、俺を射抜く。


「……ねえ。仲直りしたいからって理由で、モンジは謝るの? 悪くも無いのに」


 怒ってる風でも無い。見極めるような、そんな視線で。


「……ゴメン」


「ほら、また謝る……」


「ゴメン、っあ!」


「ほら、またっ」


「……クセ、なんだよ。謝るの……ダメか?」


「ダメ、じゃないよ。……ふふ、あたしは嫌いじゃないよ。モンジのそういうところ」

 

 彼女が微笑んだ。

 例えるなら、野に咲く可憐な白い花のように。


 仲直りが出来たのかな?

 出来た、よな。笑ってるし。

 結局、怒っていた理由は分からず終いだけど。


 だけど、それも今となってはどうでもよくて。

 俺は彼女に視線を奪われてしまう。


 またかと思ってしまう。

 いつもそう。

 笑ってくれてはいるけれど。


 彼女の笑顔はどこか、ぎこちないんだ。


 憶測の域ではあるが。

 影があると言うか。不安を抱えてると言うか。


 例えば、知らない土地で親とはぐれた迷子のよう、いや違うな、居場所を探して彷徨っている、だな。   


 とにかく、とても寂し気に見えるんだ。

 勝手に思う事なんだけど。

 この世界に来たばかりで右も左も分からなかった、物怖じしていたあの頃の自分と重ねてしまい。


 この二日間、ついこの子を目で追っていたんだ。


 気になってしまうんだ。どうしても。

 この子のホントの笑顔はどこにあるのだろうって。


「……ねえ」


 いつのまにか彼女は、目と鼻の先にまで近寄っていた。


 なにかを決心したような瞳で俺を見つめてくる。

 半開きの桜色の唇が艶めいて目を惹いた。

 十歳程にしか見えかった彼女が、何故かとても大人っぽく感じて、ときめいてしまう。


「……もう少し、腰を落として」


「えっ? ……うん、わかった」


 前髪で顔を隠す彼女が身を乗り出す。

 彼女の細くて白い腕が、俺の首に周る。

 今までの経験上、頭突きを喰らうと思った瞬間だった。


「─── !?」

 

 ふわっと、唇に柔い感触。

 一瞬だけ、だったけど。

 突然すぎたから。

 口にチュウ。


 反射的に目を閉じていた俺だけど、この肌感は分かる。


 どうやらキスをされたらしい。……でもなんで。


 すぐに首から腕を外して、バンビは俺の胸に顔を埋めてくる。耳まで赤く染めて。


 彼女の以外な行動に、当然俺はパニック状態。動悸、息切れ、目眩を覚える。

 動揺を隠せないでいる俺は、これだけは確認せずにはいられず意を決した。


「……あのぅ、バンビさん? いま……『ちゅう』しました?」


 抱きついている彼女の体が熱い。温度を増した体温が、この身にダイレクトに伝わる。


「……うるさいっ!」


 顔を埋めてるせいか、バンビの上擦った声がクグもる。


「あのぅ……」

「黙っててっ!」


 背中に回した彼女の腕に力が篭る、更に体を密着する。

 何故だろう、雰囲気に呑まれたのかな。

 持て余していた両手を彼女の背中に廻して、優しく包み込んでいた。


 バンビと俺の身長差は頭ひとつ。

 眼下でそよぐ白髪から、ほんのり汗の匂いと女子特有の甘い香りが漂ってくる。

 華奢で細身の体なのに、その柔らかい肌質が、少女が紛れもなく女であると証明してくる。


 どうしようもなく意識してしまう。


 キス、だよな。


 お間抜けな俺は目をパチクリしてしまう。

 対処法が分からんのだ。

 恥ずかしながら、生まれて初めての女の子からのキスに……混乱の極み、機能停止状態。


 俺的には、国民の妹みたいな感覚でバンビを見ていたから、女を前面に出されてしまうと、どうにもリアクションに困ってしまう。


 正味、嬉しくも思うんだが、驚きの方が勝ってしまう。恋愛ビギナーの俺には、このあとの展開が想像出来ない。


 スマホさえ有れば。

 こんな時こそ恋愛マスターのモノマネタレント『くじ〇』さんに、SNSでいろいろ相談したいところなんだが、それも今となっては叶わぬこと。


 どうしたものか。


 思うに、これって、あれか?

 お手手繋いで薄ら笑いで、ランラ、ルラランって、アホみたいにはしゃげばいいんか? 


 いっそ、おチャラけてしまいたい衝動に駆られる。

 分からん、分からんのよ俺には!


 思っても見なかった事態に、一周回って気まずいもん。

 チュウのあとって、こんなに気まずい雰囲気になんのな。知らんかった。

 

 この居心地の悪さの解消法が思いつかん。

 

 唐変木のモンジが苦悩する。

 目が右へ左へと泳ぎまくる。


 晴天の霹靂とは今まさに……。


 チョイ待てよ。

 おかしくないか?

 仮に、仮にだよ、バンビが俺のことを好きだと仮定してだな。

 そもそも、バンビとは昨日知り合ったばかりで、そんな短時間で女子が男子を好きになるもんなのか? 普通、段階としては、まずはお友達からじゃ無いんか?

 

 ここでフと、別の答えが沸いて出る── 俺の勘違い説。


 いや、否定できないな。

 自分で言うのもなんだけど。

 世間的にはビビッと一目惚れってあるらしいけど、一目惚れされるほど俺は、マッチョでも無ければイケメンでも無い。ましてや、超金持ちでも無いし。現実問題でモモに一両もの借金があるしな。


 冷静に考えるとそう、たぶんで間違いない。

 要は俺のいつもの、こっ恥勘違いだろう。


 あぁ、認めるよ、認めるさ。

 誰から見てもバンビは可愛い。

 あと五年もすれば、とんでもない美人さんに成長するだろう。二日間バンビをストーキングしてたこの俺が、全力で保証する。


 だとすると、そんな国民的美少女が俺なんかに、ましてや一目惚れだなんてあるが筈が無い。夢物語にもほどがある。


 思うに、ただ気のいい親戚の兄ちゃんに抱きついてみたら当たっちゃった、みたいな。そんなノリ?

 当たったと言ってもそりゃあ、バンビのつるりんオデコかなんかだろうけど。でも、そう考える方が自然なような気がする。


 うん、そうだな。たぶん、そう。絶対そうだ。


 てぇ、ことは。

 俺、やっちまった? 

 勘違いでとち狂って『ちゅう』した? とか聞いちまった!? 恥っ、超っ、恥っ! 死んでしまいてぇー!


 羞恥で赤面するモンジが悶えている。

 追い討ちをかけるように、顔を埋め続けるバンビが更に畳みかける。


「……モンジ。あたしのこと、好き?」

 

 ── 好き? 好き……好きって!?


 いやいや、だから勘違いすんなよ俺。

 さっき己で最適解を出したばっかだろうがっ! 自惚れんなっ、ハゲちゃびんの俺!

 だけど、好きって聞かれたらやっぱり。


「す、好きだよ、バンビ」


 こう答えるしかねぇ。

 もちろん、男女と言うよりも家族的な意味合いでバンビは聞いたんだよな?

 ふぅー、あっぶねぇー!

 危うく悶え死ぬ所だったぜ!


 ちなみにワタクシ、決してロリコンでは有りませんので、あしからず。

 未成年に対する、不純で如何わしい行為には絶対反対の立場であります。全国の青少年保護条例には準ずる覚悟でございます。


 但し。

 特例として、そこに同意、もしくは愛があればオールクリア、オールオッケーなんだよね。えっ、違った? (違います、ダメですアホ)


 抱きついていたバンビがモゾモゾ移動する。今度は右腕に絡みついてきた。


「……エヘヘ」


 照れながらも彼女は、スッキリとした表情で眩しい笑顔を咲かせる。


 ……ヤベェな。クラッと来たぜ。こいつ、マジ美形なん。


 だがいかんせん。

 失礼な話しではあるが、腕にあたるお胸の感触が現実を伝えてくる。この子が未だ幼気な少女であると認識させる。スーと、冷めていく感覚を覚える。


 気のいい親戚の兄ちゃんか……それも、悪くないかも。


 バンビとの距離感を再認識する俺。


 蒼い瞳が嬉しそうにしなる。

 幾分、彼女の機嫌も良くなったみたいで安心する。

 元々こんなラブコメみたいな時間、取ってる暇は無かったんだけど、俺とバンビには大事な儀式のようにも思えた。


「……一旦、教会に戻ろうか?」


「……うん」


 既に太陽も落ち掛け、薄暗い森の中。

 一心不乱にひぐらしが、けたたましく鳴いている。

 俺は絡みつくバンビの腕をソッ外して、膝を落とし背中を向ける。


「どうぞ、お姫様。遅ればせながら、馬車の用意が出来ました。ご乗車くださいまし」


 ちょっとした、おフザけ。


「くるしゅうない」


 クスッと笑ってバンビは、俺の背中に乗車する。


「揺れますので、しっかりお掴まり下さい」


「うむ。お手柔らかにな」


 すまし顔のバンビが俺にしがみつく。

 ハハ、うむって、なんだよそれ。

 俺はバンビを背負って立ち上がり、走りだす。


 出来れば、バンビの能力は余り使わせたくは無いからな。こいつ、鼻血出してぶっ倒れた前科持ち、だから。


 山道を進む。

 獣道を駆け上がる俺の背中は、乗り心地最悪だろう。首を絞めつけないよう気をつけながら、腕に力を込めている彼女。その気遣いがなんとも、殊勝でいじらしい。

 

「……モンジ、さっきはゴメンね」


「えっ、何が?」


 森の中はうるさい。一層、蝉の鳴き声が反響してバンビの声が聴き取り辛い。


「……殴っちゃって、ゴメンね」


「あぁ、気にすんな。鼻血も止まったし、すっかり忘れてたよ」


「……そう、良かった。……あのさ、あたし、重くない?」


 こいつ、体重気にしてんの?

 そう言えば、マルさんとバツさんも背負ってこの山道を登ったんだっけ……。

 二人には悪いけど、あの子らに比べればバンビなんて、羽根みたいに軽いぜ。


「全然っ。ビックリするぐらい、軽いよ」


「そう。なら、よかった」


 蝉とか鈴虫、うっせぇ。バンビの声が聞き取りずれぇ。


「……あのね、モンジ。あたし、モンジだけだから。だからね、あたしと──」


「えっ、ゴメン、ナニ?」


 虫っ、うっせえ! アブラ蝉が他の虫共をマウント取ってきやがるっ。マジで聞こえん。


「うう、う。恥ずかしい。……でも、頑張ってもう一回言うね。……あたしと───(ずっと一緒にいてね)


 全然っ、聞こえんかった。

 虫の野郎、まじでウゼェ。

 でも何回も聞き返すのもわるいし。

 それでも、何となく頼み事をされたのだけは分かった。ニュアンスでな。

 基本的にバンビからの願い事を断るつもりは皆無。必然的に俺の答えは決まってくる。故に。


「もちろん、任せてくれ」


 安請け合いの気もするけど、もっかい後で確認すればいいかと軽い気持ちで。


「……ありがとう、嬉しい」


「グヘェェ!」


 突然、舌を出して苦しむモンジ。

 興奮した様子のバンビに、思いっきり首を絞めつけられていた。


 この安請け合いが後々、別の意味で彼の首を絞めつける事になるとは、この時の俺は知る由もなく。

 モンジとバンビは一路、教会を目指して山道を登っていくのであった。



♢♦︎♢



 一方、日立峠を下った先では、のっぴきならない状況が続いていた。


「もお"ぉおおおおおおおおおおおおおっ!」


 雄叫びを散らして、おでんが峠道を駆け上がる。


「シスターさんっ、中の子供達をお願いしますっ! マルさんっ、バツさんをお願いっ!」


 御者のモモが咄嗟に指示を飛ばす。

 しっかり頷いてシスターは、モモの隣りから移動。走り出した馬車の荷台に移り、子供達を荷台の隅にまとめる。

 マルは紐を使いバツをす巻きで馬車に固定、シスターとともに子供達を抱きしめる。


「一気に行きますっ! しっかり掴まってて下さいっ!!」


 モモは荷台を確認。

 ハッと掛け声と同時に、素早く鞭を振るった。


 峠道を先行する絹が(ウサギ)を翻し、弓での援護射撃をする中、おでんの引く荷車と、モモ達の乗る馬車は坂道を猛然と駆け上がってゆく。


 先回りされていた、予想が出来た筈なのに──。


 己の千慮に欠けた行動を呪うモモ。

 自らの危機意識の欠如に失望し、手綱を握る手にも力が篭る。


「そう易々と逃がすものか。舐め腐るのも大概にせぇ」


 巳波が頭上で振り回していた分銅を放つ。

 風を突き抜ける鉄の塊。

 分銅は鎖と鎌を伴い、矢のように飛んでゆく。

 死人集団に追いかけられる幌馬車を通り過ぎ、放たれた鎖鎌は一直線に飛んでゆく。

 そして、おでんの引く荷車の車輪へと絡みついた。


 ガキンッ! と車輪にロックが掛かる。いとも簡単に荷車の片輪が外れてしまった。


「もぉお"っ!」


 バランスを崩す荷車。

 おでんが慌てる。

 なんとかバランスを保とうと踏ん張るものの、乗ってる子供達の重さに耐えられない。片輪走行の荷車が傾いてしまう。

 与一郎もセツも信吉も、荷車に乗っていた子供達全員が悲鳴をあげる。


 無残にも片輪のみの荷車は峠道の真ん中で、派手に横転してしまった。


 ── ック、まずい!


 道端に投げ出された子供達。

 後ろで幌馬車を操るモモに動揺が走る。

 目の前の惨劇に彼女は、手綱を思いっきり左に引いていた。緊急回避を試みる。


 車輪を滑らせ馬車は横を向き、遠心力からドリフト気味で車体をズラす。

 勢い余って、荷車の手前で幌馬車も同様に横転してしまった。


 カラカラと回る車輪の奥で、幌馬車を引いていた(ハッチ)がもがいている。

 

「痛たたた。……無事ですか? 皆さん」


「はい、何とか……」

「「ママッ! ママァ! どこっ、ママ、ママッ!」」

「はい、ここにいますよ。えーと、キハチにラン、アキにジンタ、あとサラ。みんな平気、痛いところは無い?」

「「ママ──ッ!」」


 抱き合うシスターと幼子五人を視認。

 シスターと教会の子供達は無事ね。


 御者台にしがみついていたモモが身を起こす。

 幌馬車は横倒しに、荷台の中はメチャクチャだった。


「バツ、大丈夫っ!」

「痛ってぇー。アレッ、なんだ、動けない! ウチ、簀巻きで身動きが取れないっ! マル、頼むから外してくれっ!」


 バツさんは荷台に宙ぶらりん。

 マルさんがバツさんに近寄り救出中。

 二人も確認出来た、みんな無事で良かった。


 おでんさん達は──。


 モモが幌馬車から視線を剥がして、荷車に向いた時だった。


「ワシが同じ轍を踏むと思うてか、ああ"? このド阿呆ぅ共がっ!」


 倒れた馬車の奥、死角から喧しい声が響く。

 この声は麓にいた、あいつ。


 高揚した熱を吐きだすように、巳波が喚いていた。

 巳波の怒声にあてられ、怯える子供達から啜り泣く声が聞こえてくる。


 ── モモのせい。


「餓鬼供がうるさいのぅ。おぅ、貴様等、若い女以外、全員残らず首を落とせ。女は手足切り落として、ワシ専用の玩具にするでのぅ。特に、馬に乗っとるあいつだけは生かしておけ」


 下卑た耳触りの悪い声。


 モモの視界に絹さんが映る。

 馬に跨がり、呆然としていた彼女が身震いをいている。


 本気で嫌がっている。

 当然だろう、玩具なんて。

 女を物としか見ていない、ゲスの発想。

 嫌悪感で鳥肌が立つ。

 モモの表情が激しく歪む。


 ── これだから男なんて全て、獣となんら変わらない。モンジさん以外の男なんて、皆んなおんなじ、クソ虫以下。


「……ふん、やれ」


 巳波が命令を下す。

 膠着状態の死人集団が、やわら動き出す。


 ── どうする。


 ヒタヒタと死人の足音が迫る。

 

 おでんさんは、与一郎さん、あの子達は……。


 モモの視線が再度、荷車へと移る。

 絹さんが馬から飛び降り荷車へと駆け寄っていた。

 横転した荷車からは、数人の投げ出された子供達の姿が見える。呻き声が聞こえる。


 ── どうすればいい。どうすれば……。


 絹さんは子供達の世話で手一杯。

 おでんさんは安否不明、マルさんもバツさんもこの有様、シスターさんと与一郎さんは論外。


 戦えるのはモモだけ。


 みんなが逃げるにしても時間がかかる。

 だったら、モモが出来ることをするしかない。


 抗う術も見出せずにモモは、時間稼ぎの選択肢を選ぶ。

 愚策である、自らがオトリとなり、ただ闇雲に暴れるだけの選択肢を選ぶ。


 ── あの人なら、きっと。モンジさんなら、多分こうする筈だから。


「もぉお、ああ"っ!」


 いきなりの叫声にモモは硬直する。

 視界の奥、荷車の奥からニメートルを超える巨体が姿を現す。

 全身傷だらけの体から、湯気のように汗と血を蒸発させ、悪鬼の如き形相で立ち上がる。

 ただ一点、その男は右目に花柄の可愛い眼帯をつけていた。


 ── おでんさん!


 思わぬ伏兵の登場である。

 自然とモモの表情にも、安堵の笑みがもどった。


 絹さんに手を引かれ、次々と子供達が姿を現す。

 数秒遅れで、与一郎さんとセツちゃんと信ちゃん、大ちゃんまでも姿を見せてくれた。

 更にちぃちゃん、よっちゃん、まいちゃん。

 モンジさんが助けたこの子達が率先して、教会の幼い子供達を手を引いている。森まで誘導している。


 ── みんな、無事だった。本当に良かった。


 嬉しくて泣きそう。

 ……でも、ダメ。堪えなきゃ。

 モモにはまだ、やる事がある。

 あの子達が逃げ切るまで時間を稼がなきゃ。


 潤んだ瞳を指で弾く。

 彼女は愛らしいその瞳を、限界まで吊りあげていた。モモが重そうに一歩を踏み出す。

 

「もおっ、もおおおおおおおおおっ!」


 と同時に、おでんが咆哮を放った。


「……えっ!」


 おでんに意表を突かれて目が点になる。

 彼は荷車を掴んで、高々と掲げている。呆気に取られる暇も無く、そのまま豪快に放り投げたんだ。


 仰いだ頭上を片輪だけの荷車が通過する。

 幌馬車を飛び越えて飛んでゆく。死人達も巳波も大きな飛翔体に釘付けだ。


「ガァッ! もお"、もおおおおああっ!!」


 次におでんは、道の脇にある大木に近づきしがみつくと、両足を踏ん張り引っこ抜こうとしている。

 全身を真っ赤に紅潮させ、力を込めたその腕も足も、筋肉が倍に膨れ上がってゆく。



 誰かの視線を感じて、モモが振り向く。

 絹さんが頭上で両手を振って、手招きをしていた。

 モモと目が合い、彼女は合図を送って来る『逃げろ』と。


 ありがとう、絹さん。

 でも、ごめんなさい。モモはもう、覚悟を決めましたから。


「── ドンッ! ガンッ! ッバギン!!」


 そんななか、呆然と見上げていた死人集団の中心に荷車が落下。

 荷車はゴロゴロと勢いよく転がり、奴等数人を巻き込んでいく。最後に破砕した。


「モガァッ!!」

 “ ッバキ! ”


 そしてついに、おでんが大木に根こそぎ引っこ抜いた。


 肩に大木を担ぐおでんさん。

 すぐさまおでんさんとアイコンタクトをとる。

 モンジさんから教えて貰った、目配せの応用だ。

 彼には内緒だけど、このな時の為におでんさんとも共有していた。


 右、左と準に目を瞑る合図。おでんさんは『任せろ』とのこと、モモも右目を瞑りオーケーサイン。


 ── 今しかないっ!


 即座にモモが動き出す。

 ハッチに駆け寄り、幌馬車との連結を解除する。次いで、すぐさま声を張り上げた。


「マルさんはバツさんを馬に! シスターさん、子供達を森の中へ。速くっ、お願いっ!」


 言うや否やモモは跳躍した。幌馬車目掛け。


 ── 後はモモが時間を稼ぐだけ。


 横転した幌馬車の上に、ヒラリと飛び乗る。

 両腕、両足を左右に開いて、小柄な自分を大きく見せた。 

 奴等に目立つように、自分が標的になるよう仕向ける。そして仕上げに。


「あなた達を一人残らず殺しますっ! かかってきなさいっ! このっ、バカちん共がッ!!」


 挑発する。

 彼等に通じるかは不明なれど、モモなりの精一杯の啖呵をきる。

 彼の常套句、『バカちん』を借りて彼女は吠えた。


 あの人の口癖に本人の面影を感じてしまい、つい口元が緩む。


 ── モンジさん。


 幌馬車の上にモモが立つ。

 背後からは助っ人のおでんさん。

 足元には各々の得物を手に、死人どもが臨戦体制。

 モモの手持ちは棒手裏剣の残弾が十、それと腰には忍者刀が一本。それだけ、それしか無い。


 諦めかける自分を蹴飛ばして、栗色の瞳を逆立て、虚勢を張る。


 ── 浅慮なモモの所為だから。モンジさん、お願い、こんなモモに力を貸して。


 縋るように。

 ともすれば、溺れてしまいそうなほど心地いい感情を、強引に握りつぶす。甘えは不要だと言わんばかりに。


 覚悟は決まってるんだ、後は行動あるのみ。

 自死を覚悟でモモは『霧隠れ』の集団に勝負を挑む。

 

 先頭を歩く二人組。歪なガニ股歩きの男二人が腰を落とす。間を置かず、モモを目掛けて飛びかかる。


 来た!


「モガァッ!!」


 視界が遮られる。

 モモが腰の刀に手をかけた瞬間、唐突に男達が吹っ飛んだ。骨を砕いたような鈍い音が、辺りに響く。


「……あっ!」


 大木を振り抜いた格好の大きな背中が、彼女の視界を塞いでいた。

 人間離れした跳躍で襲いくる二人組を、おでんが大木を大振りで薙いで、叩き落としていた。


「っおでんさん!」


 汗に塗れたおでんが、横目でモモに微笑みかける。

 笑みを交わし合う。

 物怖じもせずにおでんは、死人の群れへとのしのしと歩みよる。

 

 奴等に囲まれるおでん。

 一触即発の様相にモモが叫ぶ。


「おでんさんっ、彼等は不死身ですっ! だからっ──」


 モモの助言も途中で切れてしまう。

 彼女自身、解決策が見出せていないのだ。


「だからっ──思いっきり、暴れて下さいっ!」


 結局、力技しか思い付かなかった。

 

 おでんの耳がピクリと動く。

 待ってましたと、せせら笑う

 穏やかな表情から一変して、おでんの顔付きが見る見る獰猛さを増してゆく。


「ガァアアアアアアアアアッ!」


 突如、黄ばんだ牙を剥き出して、おでんが盛大に喉を震わせた。


 普段抑えていた馬鹿力のリミッターを解除する。

 脇に抱えた大木を掲げて、小枝のように振り回す。一振りで数人を弾き飛ばす怪力を見舞う。


 おでんは群がる死人共に猛襲をかける。

 彼のもともとの本性、内なる凶暴性を遺憾無く曝け出す。


「モガァアアアアアアアアアアアアッ!!」


 竜巻の如く、ブンブン音を鳴らして大木をぶん回し、襲いくる死人どもを吹き飛ばす。

 圧倒的な馬力、怪獣さながらのおでんの暴れっぶりに、モモが生唾を飲み込む。


 俄然、奮闘中のおでんの傍ら。

 モモは足元に視線を落とした。

 今やっと幌馬車の荷台から、シスターに連れられ次々と幼い子供達が姿を現す。


「シスターさん、今の内です。森に逃げ込んでください」

「はい、分かりました」


 シスターは不安気な子供達と手を携え、森までひた走る。


 ── 後はマルさんとバツさんが逃げ出せば……。それに、子供達の足じゃあ、逃げてもすぐに捕まってしまう。もっと時間を稼がなきゃ。こうしちゃ居られない、モモもおでんさんに参戦しなくちゃ。


 後ろで束ねた黒髪を揺らして、再度おでんに視線を向ける。


 視界に映るのは、大暴れのおでんさん。

 それに何度大木で弾かれても、すぐさま復活する不死身の彼等。


 ここで彼女はある違和感に気づく。

 一人足りないと。

 気づいた時には遅かった。


 急襲。

 風を切り裂き、死角から高速で手裏剣が放たれていた。

 彼女は素早く身を翻す、も。


「── つッ!」


 頬に真紅の線が刻まれる。

 先制を奪われる。

 間髪入れずに鎖の音が耳朶を叩く。

 不意を突かれてしまった。

 僅かにバランスを崩したところに、巳波の放った分銅がモモの右足に絡みついた。


 ──右足一本ぐらいくれてやるっ! その代わりに、あの子達の逃げる時間だけは絶対に渡さないっ!!


 絡んだ鎖が万力で引かれる。

 右足ごと全身を持って行かれそう。

 グッと堪えるも、今度は締めつけてくる鉄の鎖が、骨にめり込む。


 このままでは足首が折れる。

 まだだ、まだ早い。まだ足は渡せない。


 焦りの色を滲ませ、モモの視線が鎖の先を辿る。

 仄暗い林の中へと続く鎖の線。

 大木の影へと続く。


 後には引けない。

 足はもう、諦めた。


 モモが奥歯を噛み締める。

 更なる痛みに耐える為。

 繋がれた右足を軸に半回転。

 足首がなお一層締め付けられる。

 背面投げでモモは、大木の裏手目掛けて棒手裏剣を投擲した。


 ミシミシッと、彼女の足首から悲鳴があがる。

 無理な体制からの攻撃に、更に鎖が足首に食い込み激痛が走る。耐えがたい痛みに、モモの顔面が歪む。


 キ、キンッ!


 弾かれた。

 上等です、おかげで鎖が緩んだから。

 痛みは継続中、だけど踏ん張りが効く。まだ動ける。


 トンッと、軽い音を残してモモが跳躍。


 モモは宙を舞いながら、右手、木の影、仄暗い森の一角を見据えていた。


 ── 狙いはただ一つ。奴等の頭目だけを見据えて。


 音も無く地面に降りたつモモ。

「つッ!」鋭い痛みが脳天を貫く。

 が、すかさずの猛ダッシュ。


 ふざけるなと、巳波が一気に鎖を手繰りよせる。が、モモの方が速い。


 瞬時に間合いを詰めた彼女。

 逆手で刀の柄を握り締め、トップスピードのまま巳波の眼前で刀を振り抜いた。


「ッギン!」


 お互いの顔前で火花が舞い散る。

 ヤツは鎖を盾に、モモの一刀を防いでいた。


「いい太刀筋だ。悪くは無い。だが、一歩遅い」


 したり顔のヤツがほざいてくる。

 無性に腹が立つ。


 力合わせの鍔迫り合い。

 モモが刀を斜めにグッと押し込もうとした刹那、巳波は一気に鎖を緩めた。


 彼女は力のやり場を失い前のめりに傾く。

「ック!」足首にまた痛みが走る。僅かに体制を崩してしまった。


 これが勝負の別れ道となる。


 瞬刻の差。

 瞬く間に刀の持ち手を極められ、首に鎖を巻かれてしまった。


「ン、ッギ、グッ」


「なぁ、お転婆な嬢ちゃん。これで、詰みだろ」


 鉄の鎖がギリギリと、モモの細い首を絞めあげる。


「ああ、そうだ。嬢ちゃん生きが良すぎるからな、死なねぇ程度に毒でも入れとくか」


 下劣な笑みで巳波が笑う。


 こいつ、口が臭過ぎ!

 魚の腐ったような匂いがする。

 鼻が曲がる……吐きそう。


 モモが顔を激しくしかめる。

 彼女の耳元で囁いた巳波は、鎌を構えて彼女の脇腹を傷つけた。


「ガッ! ハッ!」


「なぁ、痛ぇだろう。この毒、痛覚を刺激すんだよ。なぁ、痛ぇか? 痛ぇだろう」


 浅い傷口ではある。

 されど焼け付くような痛みがモモを悶絶させる。涙が自然と溢れて出す。


 彼女の苦しむ姿に、巳波が興奮する。

 そんな最中、モモは潤んだ瞳で子供達とおでんを目で追っていた。



 おの子達、ちゃんと逃げ切れたかな。

 うん、視界には誰もいない。

 絹さんと与一郎が頑張ってくれたんだ。

 良かった。

 おでんさんは……あ、ダメだ。あいつ等に囲まれている。速く助けに行かないと。


 容赦なくモモの首に鎖が食い込む。

 息が出来ない、苦しい。

 視界が霞んでゆく。

 

 意識も朦朧としてきて、脇腹の痛みも遠い過去の出来事に思えてきた。


 あの子達も逃げれたし、モモはもう……── せめてもう一度だけ、彼に会いたかったな。


 諦めたかけた、その時だった。


 霞みゆく視界に、あの人の姿が映ったんだ。


「── モモに、触んじゃねえええええええっ!!」


 消えゆく意識の中で、モンジさんが拳を振り抜く姿が見えた、ような気がした。


 夢、なのかな? でもモンジさんに会えて……嬉しい───── 意識が途切れる。



 夢うつつ──── 頭も視界もぼんやりする。眠りたい、まだ、夢の中にいたい。


「──────っ!!」

「──」


 声、誰の。

 誰かがモモを運んでいる。


 スンスン、この人、いい匂いがする。

 とても落ち着く香り。


「────── モ、しっかり─── ッ!」


「───ぶか。モモ、しっかりしろ!モモッ、モモッ!」


 どこかで嗅いだような……。

 どこ、じゃない。誰かの香り。

 ずっと、この香りに包まれていたい。


「──ッ、モモッ、モモッ、モモッ、モモッ!」

「うっさい! 馬鹿モンジッ!」

「ゴンッ、あ痛ぁー!」


 えっ!? 一気に覚醒した。


 パチッとモモの目が開く。

 緑色の瞳とバッチリ目があった。

 女の子みたいな優しい顔が目の前に。

 瞳に涙を一杯溜めて、鼻血跡を残した彼の顔がそこにあったんだ。

 

「……モンジさん?」 


「モモォォォオォォオォォォォ!」

「だから、うっさい! 黙れっ、馬鹿モンジッ!」

「ゴンッ、痛ぇー!」


「……モンジさん、絹さん。……どうして?」


 気付けばモモは、半泣きのモンジに抱きしめられていた。


 何で? 何があったの?

 起きた早々で頭が回らない。

 でも、その前に……。


「すうぅぅぅー」


 息を大きく吸い込んで。


「ぷふぅぅぅー」


 ゆっくり吐きだす。

 もう一度。


 数回、同じ事を繰り返した。

 一見、一昔前に流行った、ダイエットに効く呼吸法『ロングブレス』を実践するモモに、絹が眉をひそめる。


「……えーと、モモさん。何やってるの?」


「すいませんっ。これはモモなりの浄化作業なんで、気にしないで下さい。……あのぅ、ここだけの話し。絹さんにだけコッソリ教えますけど、実は──」


 察した絹が、なに、なに、と顔を近づけるモンジからモモを剥ぎ取る。

 すぐにバカを足蹴にして追い払い、絹は彼女に耳を傾けた。


 最初こそ耳にかかる吐息で、コソばゆそうにしていた絹ではあった。

 だが、話しが進むにつれ、絹の表情が厳しいものに変わって行った。


 モモ曰く。

 あの頭目の口臭が酷すぎた所為だとか。

 目眩がする程の強烈な匂いだったから、鼻がもげる寸前だったんだと。

 そこで彼女は、モンジの汗の香りで上書きしていたんだとか。

 ちなみに、このエロガッパの体臭、ソソるいい匂いがするらしい。病みつきになるとかで……。


 絹は思う。

 何を言ってるの、この子。

 意味わかんない。

 激臭を嗅がされた事は同情するけれど、こいつの汗の匂いで浄化って、訳わかんないんだけど。

 モモさん、恍惚としした表情まで作って。

 病みつきになる?

 ハッ、笑わせないでよ。

 現に近くに居るだけでこいつ、酸っぱいし。生乾きの雑巾みたいな匂いだし。百歩譲って、近所にいた野良犬の匂いだし。


 モモさん大丈夫かしら? 死にそうな目にあって、頭のネジでも飛んだのかしら? とても心配だわ……。


 絹は彼女に、不憫な子を見る目つきで一言だけ。


「……大変ね」


 こう、コメントを絞り出した。


 ぶつぶつと、難しい顔で一人言を呟く絹を放ったらかして。

 話しもひと段落着いた様子にモンジが尻尾をフリフリ、モモに詰め寄る。


 モモが匂いフェチとも知らず。

 体臭を吸われていた当の本人、モンジは、うんうんと頷いて、純粋にモモの回復を喜んでいる。


「ふぅー、だいぶ落ち着きました。ありがとうございます」


「モモ、痛い所とかないか? 与一郎から薬を預かっているから、どこでも塗ってやるぞ」


「痛いところって、あっ、あいつら。あいつ等はどうしました? 子供達は、おでんさんは?」


 栗色の瞳を見開いて、モモが今更に慌てる。


「あいつ等? あー、茶色い奴等ね。それなら、熊とおでんが相手をしてるよ」


「……く、熊!?」


 ほらっ、と避難中の林の中から、モンジさんは峠道の方向を指さす。

 確かに……。

 三頭の黒熊とおでんさんが不死身集団と格闘中だった。


「えっ、あいつッ。頭目のあいつは!?」


「ああ、あの口臭おやじ? あいつは、思いっきりぶん殴ったら転がって、そしたら別のオッさんが出てきて、なんかコチョコチョ喋って、二人でどっかに行っちゃった」


「どっかに行っちゃった。……ですか」


 ── 何で、あいつは逃げたの? 理由が知りたい。嫌な予感しかしない。


 顎に手を置き、なにやら考え込む仕草のモモが突然、ハタとモンジに振り返る。


「モンジさんはいつ、戻ってきたんですか?」

「さっき」


「さっき? バンビちゃんと一緒に?」

「そう、バンビとサンカクさんと熊と一緒に」


「サンカクさんと熊!? 熊って、何で熊なんですか!?」


「だから、私も驚いたのよ。こいつ、バンビと一緒に熊に跨がって、現れたんだから」


 ここで、やれやれと言った様子の絹が横入り。


「えっ、熊って、モンジさんの飼い熊?」


「飼い熊ってなんだよ。えーと、説明するとだな。まずはバンビと会って、教会にもどって、そしたらサンカクさんが熊集めてて、丁度いいからって俺達、熊に乗って来たんだ」

 ドヤ顔のモンジ。


「はあ?」

 混乱するモモ。


「説明、下手かっ!」

 絹がツッコむ。

 

 説明を終えてドヤ顔だったモンジが、絹の指摘に、ガーンと漫画みたいに凹んだ。


「……あの熊共、サンカクさんの言う事しか聞かんけどね」


 そう付け加えて、ションボリするモンジ。彼を他所に、モモがもう一度峠道へと視線を戻す。


 山中、森の中に身を潜める三人。

 実際に起きている現実を、その目でもう一度確かめる。


 体長約一間強(2メートル)、真っ黒い体毛に覆われた獣が、鋭い爪と牙を武器に不死身軍団と切った張ったの大乱闘に興じている。おでんと共に。


 少し離れた位置から、楽しそうに手を叩いて応援しているのはサンカクさん。脇腹の怪我は大丈夫なのかしら。


 モモが瞬きを繰り返す。

 何度見ても信じられない光景。

 ひー、ふー、みー、よー、全部で四頭。

 ゴメンなさい、間違えました。

 禿げた毛むくじゃらはおでんさんでした。全部で三頭と一人です。


 それでもアボーンだ。ついて行けない。


「だから、なんで熊が居るんですか!?」


 説明して下さいと、モモが口をアワアワしながら訴えてくる。


 モンジ曰く。

 そりゃそうさ。

 俺も驚いたもん。

 教会の扉を開けたら、そこで熊とご対面だもん。

 あん時は、心臓止まるかと思ったよ。


 とりま、死んだフリしたら、バンビに笑われたもん。

「何してんの?」ってね。

 いやいや、熊には死んだフリだろ、って教えてやったら……迷信だって返されちまったぜ。ハハハ、知らんかったけど、ホントにそうなの?

 

 どっちにしろ、バンビの姉ちゃんの眷属(ペット)らしいから、お陰で大事には至らなかったんだけどね。めでたし、めでたし。

 んで、つまりは、サンカクさんの特殊能力で熊集める為に教会に一人残っていたんだと。次いでで一緒に山を降りてきただけ、それだけ。

 そしたら、モモがセクハラに遭ってたもんだから、バンビの瞬時移動で近寄って、思いっきりぶん殴ったったて訳。


「……そうですか。知りませんでした。サンカクさんが用事があるから一人で教会に残ると言った時は心配しましたが、そう言う理由で……。でも、バンビちゃんの言う通り、熊に死んだフリは無意味ですよ」


「えっ、俺、声出てた?」


「いえ、モンジさんの心を読みました」

「……」


 モンジが一瞬、固まる。


 当たり前のように。

 そう言ってニッコリ微笑むモモを、ちょっとだけ怖く感じました。


 モモがクスッと笑う。

 実はモンジさん、考え言をする時は大概、一人言を言ってるんですよね。

 本人も気づいてないようですし、面白いから内緒にしておきます。


 クスクス笑うモモに、モンジが浮き足立つ。


「バンビちゃんもいるんですか?」

「あ、あぁ。バンビなら、シスターと与一郎と一緒にチビッ子軍団を避難させているよ。あの人数だしな。まぁ、あいつもお姉ちゃんらしい所をビシッと見せてやりたいんじゃねぇか」


「……そうですか」

「……で、こっちはどういう状況? 俺もバンビも今来たばっかだから、よく知らんのよ」


 俺の問いに、暗い表情のモモ。

 所在ない絹が変わりに説明しようと口を開こうとするも、モモが静止、自らが語りだす。


「はい、状況は良くありません。実は──」


 モモの説明では。

 町への避難途中こいつ等に襲われ、馬車は横転、足を奪われ怪我人と子供達も大勢抱える中、おでんが奴等相手に孤軍奮闘。

 逃げる為の時間稼ぎをしてくれたものの、多勢に無勢、崩されるのも時間の問題。

 子供達の足では逃げきるのも困難な状況で、どうしたものかと途方に暮れていた所、俺達が助っ人を連れて現れたと。


 そして最後に、衝撃的な事実を告げられた。


 頭目のひとりを除いて、全て死人だと。死体が動いていると。


 ── し、死人が動いているだと!


 全身が粟立つ。

 体が震えにつかれる。

 心臓バクバク、脳汁ブシャー!

 アドレナリンが大量に放出される。


 ゾ、ゾ、ゾッ、ゾンビッ、キタ──────ッ!



 ありがとうございました。

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