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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
71/122

あだ名をくれた人

 よろしくお願いします。


 陽も傾きかけ、暑さも一層厳しくなる時間帯。


 銅色の甲冑に身を包んだ若い武士が身を潜める。

 視界に山脈を望むその山中の一角にて、ひとつだけ昔と変わらずもうもうと噴煙を噴き上げる裸山『雲上岳』を彼は、その目を眇めて眺めていた。 背後から迫る気配に彼は振り向く。


「……ヌシか」

「はっ! 殿、如何なされました? 何か気になる点でも御座いますか?」


 暑くるしい髭面で伺い立てる、濃紺の甲冑姿の大兵。

 若さ溢れる精悍な顔つきに、険しい表情でこの若武者『神代 公寛』が、兜の下に大量の汗を滴らせて眉間に皺を刻む。


 モンジ達のいる『日立峠』より二つ先にある『御霊山』に五百騎だけと、少数の騎馬隊のみで領主自らが出向いていた。

 

 深い森と藪に身を潜める公寛と騎馬隊。

 あわよくば己の命と引き換えに坂虎の首だけでも取ろうと、ある意味奇襲前提の進軍であった。

 

 しかし、ここで公寛の作戦に綻びが生じる。

 『雲上岳』が異常なまでの噴煙を噴き上げていたからだ。


 渋い表情のまま公寛は視線を落とす。

 眼下に広がるのは地熱と硫黄泉により草木も生えぬ、一平方キロメートルほどの『死の大地』。

 普段より秘湯と呼ばれる森深い場所に位置するこの温泉も、今の公寛には地獄の絶景としか映らない。


 それもそのはず。

 今現在、死の大地と言われたこの場所に、坂虎率いる五万の軍勢が野営の準備を進めていたからだ。


 黄色い大地を埋め尽くすほどの兵士の数に、公寛は圧倒されていた。


「ふんっ! 奴等舐め腐りおって。呑気に温泉なんぞに浸かっておるわ」


 数カ所に点在する天幕の中から、敵兵共の楽しげな声が聞こえてくる。

 真夏の炎天下で汗だくの大兵が羨ましそう気に毒を吐く。


「殿、あと数刻で陽も落ちます故。ここまでの大所帯なら数人の見張りを屠れば潜入も難しくは無いと思いまするが……如何でしょう」


 今夜中に坂虎の首を獲ると髭面の大兵『緒方 宇仁』の進言に気持ちが揺らぐ。臆した訳では無いがと、公寛からの前置きのあと。


「なぁ、緒方よ。この所地震が頻繁に起きてるようだが……貴様はどう見る?」

「……じ、地震ですか。はぁ……」


 主からの戦事とは関係無い問いかけに緒方は面喰らい、一旦言葉を詰まらせる。

 公寛の視線を追って雲上岳を視界に納めた彼はゆっくりと口を開いた。


「確かに。地鳴りも頻繁に起きますし、以前にも増して噴煙の量も増えているかと……それが、何か?」


 訝しむ緒方。かたや真剣な眼差しで活火山を見つめる公寛。暫くの沈黙がつづく────── ここでまた。


「グラ、グラ、グラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラッ!」


「── せんが、止まったぞ! 熱っつ、温度があが──。これは入れん──」


 微かに聞こえる麓からの叫び声。

 異常をきたす温泉に慌てふためく敵兵。

 その様子に領主である彼は確信めいた物を悟る。視線をあげて噴火口を見つめ、腹を決めた。


「殿っ、無事で御座います──」


 神妙な面持ちの緒方を他所に、公寛は振り向き様に声を張る。


「田上はおるかっ!」

「はいっ、只今!」


 間を置かず、草葉の影から濃紺甲冑を纏った青年が姿を現す。

 白い肌、額には玉のような汗をかき、見るからに軟弱そうな優男風の若武者である。


「貴様は騎馬隊二十騎を引き連れ、近隣の村々の住民を城まで避難させろ!」

「っは!」


 にわかに走り出す田上を目線で追いつつ、緒方は公寛の下した命令の意図が分からずポカーンとしていた。


「……緒方よ。ワシらは暫くの様子見じゃ」

「……はぁ」


「ことが起きれば一目散に山を駆け上がる。準備をしておけ」

「は? 駆け下りるのでは無く、駆け上がるのですか!? そ、それは、いったい……」


 普段の強面の顔面をひょうきんな物に変えて、緒方が驚く。


「ああ、そうじゃ。駆け上がるんだ。山の裏側にな」

「……逃げると。……籠城策と獲ると、そう申されますか!?」


「違う違う、籠城では無い。……緒方よ、この戦、神の御加護に感謝せねばならんかもな。天が我に味方したようじゃからのぅ。フハハハ、アハハハハッ!」


「はぁ、御加護ですか……」


 命を捨てる覚悟で勢い勇んで来た緒方である。

 神頼み、運任せの主の決断に気持ちの持って行き所を失い、スッカリ肩を落としてしまう。


 あからさまに落胆する緒方の様子に、微笑を湛える公寛。

 これは決して緒方を笑ったものでは無い。大切な兵達の命を『不確かなモノ』に託した、己を自嘲して笑ったものだ。


 不確かなモノとは言え、彼には多少なりとも根拠のある決断である。

 古い文献等による自国の知識、ほぼ百年周期で訪れる最悪と呼べる天災に、彼は期待を寄せていた。


 武士としては恥ずべき選択であると、決断を下した公寛が一番理解をしている。


 だからこその選択。極論としては、血は一滴も流したく無いと、彼の切望の現れであった。


 公寛の願いはこれに尽きた。

 元々が敵軍五万に対して自軍がニ千強と、余りにも無謀な戦である。小細工を用いても焼石に水。神風でも吹かぬ限り覆る筈も無い現状、自国を蹂躙される戦況は火を見るより明らかだ。


「……ふぅ。まっこと累卵(るいらん)の危うき……胃も痛うなるわ」


 公寛は腹部に手を添え天を仰ぐ。


 抜けるような晴天を、火山口から昇る噴煙が空を灰色に覆いつくす。憂いを孕む双眸を彼は静かに閉じた。

 自身の信仰する天津神『建御雷神(たけみかづち)』を思い描き、藁にもすがる思いで深い祈りを捧げていた。



♢♦︎♢



「与一郎っ! 与一郎いるかっ!!」


 ここは日立峠の頂上付近。

 モンジは叫びながら走っていた。

 教会前に馬車を見つけて、急いで駆け寄る。


「あらっ、早かったわね」


 馬車の中から絹さんの呑気な声が返ってくる。

 一目モンジを視認した絹は、表情を一変させた。

 擦り傷だらけのモンジが、虫の息の少女を背負っていたからに他ならない。


 勝手知ったるマルさんの道案内で、モンジ達は迷う事無く教会まで辿り着くことが出来ていた。最短ルートで。


「そんなことはどうでもいいんだ! 絹さん、与一郎を知らないかっ!?」

「えっ! なにっ!? 何がどうしたのっ!」

「モンジさんっ! 与一郎さん、向こうにいますっ!」


 慌ただしい知己二人と、見知らぬもう一人の黒装束の少女に絹が動揺する。モモの声にモンジは踵を返し、走り出した。


 避難するのは勿論のこと、彼等には急を要す理由が存在したからだ。

 

 バツさんの容態が急変したんだ。

 

 止血はモモが完璧にしてくれた。

 本人も途中までは意識もあって軽口も聞けていた。

 だけどこの結果だ。

 俺は馬鹿だ。

 毒を甘く見ていた。


 バツさんの容態が悪化して、俺はモモからバツさんを預かり、ここまで最速で駆け上がってきたんだ。

 

「バツ、バツ。しっかりして、バツッ!」


 マルさんの悲痛な叫びが胸を穿つ。

 背中越しにバツさんの高熱が伝わり、焦る気持ちばかりが空回りをする。


 早く、早く解毒を──ッ!


 俺は前を走るモモを追いかけた。

 途中、数人の見知らぬ子供達とすれ違ったが気にしてる余裕が無い。解毒は短期決戦、時間が掛かればそれだけ彼女の助かる確率が下がる。


 この子を絶対に死なせたく無いッ!


 俺達は教会の裏手に周り、勝手口から教会に入った。そこに与一郎が居てくれたッ。


「与一郎ッ! 頼むっ、なんとかしてくれっ!」


 理由も告げずに叫ぶ。

 お勝手で小荷物を抱える与一郎が呆気に取られている。急げバカッ、急げバカッ、急げバカッ!


「布団はっ! 与一郎っ、布団っ!」


 まずは彼女を横にしてやりたかった。

 キョトンとする与一郎を怒鳴りつけ、台所から土足のままで中まで入る。


「あ、止血用の綺麗な布と水の用意お願い出来ますか?」

 一見で大まかな状況を把握した与一郎が、簡単な指示を飛ばす。


「布団、ありました! モンジさんっ、こっちです!」


 モモの声に導かれて与一郎と奥へと進む。

 知らない子供等が纏わりついてくる。その中にセツと信吉を見つけて、少し気持ちが安らいだ。


「セツ、信吉。悪いけど桶に水を汲んで来てくれないか。それと、綺麗な手ぬぐい。多めに持ってきて欲しいんだ、頼む」


「………はい。行くよっ、信吉!」

「………うんっ」


 二人は俺の背負うバツさんを見つめる。隣でおろおろしてるマルさんも見つめる。

 あからさまにプイッと視線を切ると、セツは信吉の手を引いて急ぎ奥の部屋へと消えていった。


 布団の準備も万全。

「どうぞ、下ろしてください」と、モモに促されて俺はバツさんをソッと布団に寝かせた。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、クゥッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ッガ! ハッ、ハッ、ハッ……」


 細切れの吐息。ときおりバツさんが苦しそうな表情を作る。

 顔色も悪く、汗も酷い。麻痺しているみたいに腕も足も小刻みに震えている。


「与一郎、頼むッ」

「……はい。任せてとは、言いがたい状況ですが。任せてください」


 言い切る。

 いつに無く真剣な表情で与一郎か診察に挑む。

 まずは眼球を開いて瞳孔をチェック、口内も確認する。次に心臓と腹部の触診。視線を患部となる左足へと移した。

 原因となった左腿に刺さった分銅は、毒と聞いた時点で既に除去している。


「毒は思った程全身に回っていません。……足の付け根から止血している所為でしょうか。……ですか、おかげで足に毒が溜まっていますね。ほら、左右の足の太さが違い過ぎます。……鬱血も酷いのかもしれません」


 ボソボソと呟くように診断結果を告げる与一郎。


 ── 俺の所為だ。


「モンジさん、すいませんが子供達を外へ連れて行って貰えませんか? ここからは子供には刺激が強過ぎます」


 バツさんの隣で診察する与一郎が、丸眼鏡の隙間から目線を覗かせ、申し訳なさそうに眉を下げる。


「えっ、子供……」


 与一郎に言われて初めて気づいた。

 俺達の周りを見知らぬ子供達が取り囲んでいたんだ。

 バッと見で十数人。年の頃は小学生未就学程度。みんな固唾を飲んでバツさんを見守っていた。


 ── 俺の所為なんだ。


「マリー! これは、一体どういうことなの」

「あ、あのねママ、これは、そのぅ……」


 喫驚入り混じる女性の声と、しどろもどろに要領を得ないマルさんの返答が背後から聞こえる。


 歩み寄る足音。

「ッドン!」と、何かが床に落ちる物音で振り返る。


 部屋の入り口前。マルさんが祈るような格好で両手を握りしめている横で、老齢の女性が立ち尽くしていた。


 頭からスッポリとローブを纏った修道女らしい格好の女性が、小荷物を床に落として固まっている。


「バティンッ!」


 彼女はそう叫ぶと、倒れ込むようにバツさんの側に駆け寄り膝を落とした。

 何度も何度も、必死にバツさんの名前を呼ぶローブの女性。痛ましくて俺は目を逸らしてしまう。……だって。


 ── 全部俺の所為だから。


「モンジさん、時間がもったいないです。子供達を早く連れ出してください。それと、モモさんは少し手伝ってくれませんか?」


 与一郎が俺を急かす。

 モモが与一郎の指示のもと手際よく看護の手助け、俺は子供達の背中を押して退場する。


 扉を閉めて俺は、その場にヘタリ込んだ。

 締め切った扉の奥からバツさんの苦しみ悶える声が聞こえてくる。居た堪れない。


 バツさんが怪我をしたのは俺の所為。

 俺の判断ミスの所為でこんな事になっているんだ。

 あの時、迷わず俺がアイツを降ろしていたらこんな事態にならなかった。なんとかなると思っちまった。モモがアイツを嫌がるから俺は躊躇してしまったんだ……。


 ハッ! 馬鹿か俺はっ! モモの所為にすんじゃねぇよっ、このバカちんがっ!!


 俺だ、俺の匙加減ひとつであの場面を切り抜けた筈なんだ、俺の完全な判断ミスだった。


 全部だ、全部俺が悪いんだ……。



「モンジ兄ちゃん……」

 信吉。


「……あのさ、綺麗な手ぬぐい、貰ってきたよ」

 セツ。


 体育座りで頭を抱えていた。

 縋るような気持ちがあった。俺は酷い顔のまま二人を見上げていた。


「……あ、あのぅ。お、お友達が出来たんだっ。二人も……」

「……うん。リンちゃんとメイちゃん」


 セツが十枚ほどの手ぬぐいを持って歯に噛んでいる。信吉が洗面器ほどの桶に水を並々と入れて抱えていた。

 幼い二人に気を使わせている。ホントにダメな奴だな、俺は……。


「ありがとうな……」


 普段の気の強そうな瞳を限界まで下げて、セツが何か言いたげにモジモジしている。


 荷物。

「あっ、ゴメン、待たせっぱなしで……。それ頂戴、中に持って行くから」


 俺は両手を伸ばした。

 すると、セツは俺の両手に小さな手を被せて来たんだ。手ぬぐいを脇に挟んで、力強く。


 セツが潤んだ瞳で俺を見つめる。


「あのさ。……モンジ兄ちゃんは、悪く無いよ」

 セツ。


「……うん、悪く無い」

 信吉。


 想いもよらない事を告げられ、動揺する。

 何言ってるんだ、こいつら。俺は一言も喋って無いのに、何で俺の気持ちが分かるんだよ。


「えっ、どういう……」

 背もたれにしていた扉が開く。


「オゴッ!」


 後ろに転がって豪快に後頭部を強打した。

 頭を抱えてうずくまる。クゥ──ッ、痛ぇ。


「何やってるんですか、もう……」


 腰に手を置いて困り顔のモモに見下ろされる。俺は罰が悪そうにおちょぼ口でソッポを向いた。


「プフッ、モンジ兄ちゃん……プフフッ、いつもの変な顔っ。ブフフッ!」

 セツが口元を押さえて笑ってる。


「……いつもの変なかお。面白いね」

 信吉もこれに便乗。


 泣いたカラスじゃないけど、セツと信吉がさっきまでの暗い顔から、明るい表情を見せてくれた。それだけで幾らか、気持ちが楽になる。


「モンジさん、大丈夫ですか? モンジさんまで怪我をされたら困りますよ。……それと吉報ですよ。ふふ、バツさんの容態。良くなりそうですよ」


 手を差し伸べてくれるモモから嬉しい吉報。

 なんと、与一郎が解毒薬を持っていたらしい。


 気持ちが沸き立つ。

 澱んだ胸の内が一気に澄み渡る。興奮が激流となって全身を駆け巡った。俺は思わず叫んでしまった。


「うおおおおおおおおおっ! マジかッ!? 与一郎、マジもんドクターじゃねぇかっ! 神の手、奇跡の手か!? ポテンシャル半端ねぇぜ与一郎っ! フルテンでバグ修正って、クゥーッ、小躍りプリンって感じだぜ!」


「モンジさん落ち着いてくださいっ。言っている意味が全然分かりません!」


「ハハ、笑わせんな。言葉の意味なんて、どうでもいいんだよ。モモ、俺はいま猛烈に嬉しいんだ! 嬉しい過ぎて、コンテンポラリーダンスを全力で踊りたい気分だぜ、迸るままになっ!」


「……こんこんほるほるたんすって何ですかっ!? ……ふふふ、でもそうですね。モモも踊りたい気分です」


 緊張からの緩和。

 ジレンマからのカタルシス。

 普段よりちょっぴりテンション高めのモンジを、モモが見つめる。


 スックと立ち上がるモンジ。胸を張って息を吸い込む。


「おうっ、チビッ子諸君! いい知らせと悪い知らせがある。いい知らせは……怪我人はいい塩梅に快方に向かっているんだと。与一郎大先生のお陰で大丈夫だそうだ! 大先生のことは、大いに崇め讃えるように!」


 ワァーと沸き上がる黄色い声。子供達も諸手を上げて喜んでいる。


 アレッ! 部屋の隅っこにあいつらもいやがった。チトセに大吉、それとヨシノとマイ。隅っこ暮らしかよ、あいつら! 

 まぁ、いい。だけどな、お前らも与一郎大先生を見かけたら、しっかりひれ伏すんだぞっ、分かったなっ!


 俺はもう一度息を吸い込み、叫んだ。


「……大歓声の中悪いんだが、悪い知らせ── ッ痛っ!」


 ホウレンソウの途中で邪魔された。

 社会人の常識。報・連・相の報の段階で、後頭部を思いっきり殴られた。


「っうっさいのよ! 静かにしなさいッ!!」


 涙目で再びうずくまるワタクシ。

 二個目のタンコブを摩りながら見上げたら、仁王立ちのマルさんが拳を振り上げていました。……やっぱり、この人怖い。


「あんた達もよっ! ったく、怪我人がいるんだから、いい加減にしなさいよねっ!!」


 信吉とセツから、水桶と手ぬぐいを奪い取るように持っていくマルさん。

 バタンッ! と手加減無しに扉を閉められてしまった。その際に俺は、体ごと外に追いやられたけどな。


 口にチャックの子供達は呆然とする。

 戦々恐々の部屋の中、何処からかクスクスと笑い声が漏れる。


「── 静かにしろッ!!」


 即、凄い勢いで扉が開き、瞳を急角度に吊り上げたマルさんが吠えまくる。


 固まる俺達。全員をひと睨みする彼女。恐ろしい形相の彼女に子供達は竦みあがる。

 扉の奥、チラッと見えたモモのなんとも言えない表情が目に焼きつく。


 アーユゥ、オーケー? アイアム、オーケー。


 瞬時に交わす、モモとのアイコンタクト。

 OKなら右目、not OKなら左目を瞑る。

 俺とモモだけの秘密のサイン。モモは右目でウインクをしてくれた。

 問題無しのサイン。……ウインクしたモモがめっさ可愛い。可愛いって書いて、モモって読むんだっけ。


 ハハ、小学生に戻った気分でなんか楽しい。


 ニヤニヤといやらしく笑うモンジ。側から見れば、ちょっと気持ち悪い。

 しばし全員に睨みを効かせてマルさんは、再び力任せに扉を閉めた。


「ふぅ──っ」

 静かに息を吐く。やれやれ……。


 ガチャッと、また扉が開いた。

 反射的に息が止まって、思いっきり肩が跳ねる。

 マルさんが顔を出してきたけど、幾分、彼女の表情も落ち着いたみたい。ホントに良かった。


「……今だけは面会謝絶ね。ありがとうね、みんな」


 そう言って、微笑むマルざん。

 ご丁寧に『入るな!』と書かれた紙を扉に貼り付ける。彼女は俺達に柔らかい笑みを残して、また扉を閉めた。


「ふぅ──」


 残りの息を吐き出す。

 次いでに上がった肩も落ちた。

 ふむふむ、ここでそもそも論。

 そもそもマルさんって綺麗な人なんだよなぁ、と感慨に耽る。


 お、そういえばあのシスター風のオバさん、マルさんのことをマリーって呼んで無かった? それと、バツさんをバティンって……。マルさんとバツさんの本名なんだろうか……謎が深まる。


 けれど何はともあれ、これでやっと一安心だな。


 緩んだ思考に顔を叩くことで喝を入れ、俺は今後の行動を模索する。

 逃げるのは大前提として、怪我人はどうする……。難しい顔で腕を組む。


 すぐしない内に、ト、ト、ト、と、セツが俺に寄ってきて、無言で耳を貸しての手招き。俺はセツの身長に合わせて腰を折る。セツが俺の耳に囁く。


(ねぇ、モンジ兄ちゃん。うるさくすると悪いから、一旦外に出よう)


 小声で真っ当な提案をしてくるセツ。

 少女に一本取られた気分で、俺は苦笑い。

 確かに。ここでたむろしててもラチが開かない。むしろ迷惑なだけだもんな。納得、納得。


(分かった。……セツは偉いな、大人の気遣いが出来るなんてさ)


 俺も小声で少女を褒める。

 ビックリしたように瞳を開いたセツは、次いで斜めに視線を落として赤くなる。

 優しいセツの頭を撫でつけながら立ち上がる。セツも顎の下を撫でられる猫のように、目を細めて満更でも無い様子。ホント、セツは良く出来た子だ。


 子供達を連れて俺は教会の外へ向かった。


 教会の入り口側には馬車が止めてある。

 ぞろぞろと外に出ると、一人でセッセこ荷物を馬車に積み込んでいるおでんの姿が見えたんだ。


 おでんか……。なんだろうな。

 おでんって頭がつるたんとんだから、イジりたくなるんだよなぁ。それとも頑丈そうだからかなぁ。

 無視すっかなぁ。いや、可哀想だから声ぐらいかけてやるか、気分もいいし。


「おお、おでん。精が出るな!」


 スッカリ元気を取り戻した俺は、おでん相手に陽気に手を振る。


「ど、ど、どい! ぶ、ぶじ、無事だったか。よ、よ、良かった」


 汗まみれのおでん。硬かったおでんの表情が、一瞬で崩れる。

 嬉しそうに、尻尾を振りながら近付いてくる。尻尾はあくまでイメージな、イメージ。


「この子らの荷物だろ。俺も手伝うよ」


 そうだよ。

 ここから一刻も早く逃げ出さないとイカンのよ。


 ……でもなぁ。


 そう思う程に頭を悩ませる。

 怪我人に無理をさせるのは、ちょっと気が引ける。

 快方に向かっているとは言え、果たしてバツさんはすぐに動かせる状態なんだろうか。

 あの様子だと二、三日は安静にしておかなきゃダメなんじゃないかな。懸念が生まれる。


 結局、与一郎に直接聞かんと分からんこと。

 素人判断は良くないし。でも最悪、俺とバツさんだけでここに残って、みんなには先に山を降りて貰うって手もある。


 ……でも、あいつら馬鹿みたいに『お人好し』だから絶対、一緒に残るって言うよなぁ。特にモモとこのデブっちょが。


 思考を巡らす俺に、セツと信吉が女の子二人を連れて近寄ってくる。……アレ、あの子達は確か……あの時の。


「さっき紹介しそびれたから、新しいお友達を連れてきちゃった」

 ニコニコのリン。


「……連れて来ちゃった」

 テレテレの信吉。


 頭一つ背の高いセツから順に信吉、リンとメイと続く。

 右肩下がりの絵面がマトリョーシカにしか見えん。四人は仲良く手を繋いでいた。

 小さい子達が仲良くしている姿を見ると、無条件で微笑ましく感じてしまうのは何でだろう。

 でも、この子等……麓で助けた子等だよな。


「こっちがリンちゃんと、こっちがメイちゃんだよ。モンジ兄ちゃんにお礼が言いたいんだって」

「……だって」


「……だってって、お礼?」


 ワタクシは、駅前で鍛えた人間観察スキルを発動する。

 ふんふん。信吉と同い年か年下。四、五才位の女の子達。それと二人共短髪でカワゆす。あと、大人しいこの感じ……。

 やっぱ、さっきまで忍者軍団に捕まってたあの子らだ。間違いない。


「さっきの……だよね」


 論より証拠で聞いてみる。

 恥じらうようにソワソワしていた二人。だけど、俺からの問いをキッカケに喋りだす。


「は、はい。先程は助けて頂き、ありがとうございました」

「……助けていららき、ありがとう。お兄ちゃん」


 綺麗にお辞儀をするリンと、ニカッと屈託の無い笑顔で、手をフリフリするメイ。

 リンはしっかり者でメイは舌ったらずね。覚えました。ハハ、いららきって可愛いなぁ。


「いえいえ、どう致しまして。だけど、君達を救ったのはバンビだから。あの子のお陰だから、バンビにいっぱい感謝してね」


「……バンビ?」


 首を傾げるリン。メイと視線を合わせて二人でハテナ。あ、バンビって俺が付けたあだ名だっけ。ふたりが知るわきゃ無いよな、失敬、失敬。


「そっかそっか、ゴメンな。訂正、間違い。シカちゃん、シカちゃんね」


「しかちゃん? しかちゃん……シーちゃん!?」


「そうそう、シーちゃん」


 通じた。やっと納得してくれたリンちゃんとメイちゃんに、俺はホッと一息。……シーちゃん、バンビ、そう言えば──


「あの、あのさっ、ちょっと教えて欲しいんだけど。シーちゃんと一緒にここまで飛んでって、いや帰ってきたんだよね?」


「……うん。そうだけど……」


 俺は膝を落として、リンとメイの肩を掴んでいた。


「バンビっ。あ、ゴメン。シーちゃんは今、何処にいるんだ!」


「……い、痛い」


 右手側、リンちゃんの表情が苦痛に歪む。俺はリンちゃんの肩を強く握ってしまった。

 あっ、ゴメン、すかさず二人の肩から手を離して万歳のポーズ。すぐさま謝罪する。


「ごめんなさい。大丈夫だった。痛くして、ホントにゴメンネ。……それで、教えて欲しいんだ。シーちゃんは何処にいるんだ」


 教会に来てから、俺はバンビの姿を見ていない。切羽詰まる思いを抑えて二人の答えを待った。


「……シーちゃん? ……シーちゃんね、お迎えに行くって言ってたよ」


「っ誰を!」


「……シーちゃんの大事な人なんだって。……バンビってあだ名をくれたひと」


 ── 戻りやがったんだ、あのバカッ! 待ってろって言ったのにッ、あいつ等がまだいるかも知れんのに、ひとりでっ! バンビッ、クッソッ!!


 俺は大地を蹴りつけていた。

 後先も考えずに、無我夢中で駆け出していたんだ。


 ありがとうございました。

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