おたんちん
よろしくお願いします。
最悪だよなぁ、今。
森の中とはいえ、真夏の炎天下で昼下がり。
とにかく蒸し暑いんだよ。
汗で前髪クリンクリンでベタつく体にウンザリした顔のモンジがボヤく。
しかもだ、せっかく仕込んだ煙幕だって大して風も無いのに流され始めるし、俺の後ろには瀕死の女子と泣き喚く女子。
隣りにモモがいてくれるのが心強い限りではあるけど、相変わらず奴等のシュリンシュリン飛ばしてくる手裏剣が、かなりエグいと来たもんだ。ねぇ、どう思う? 最悪だよね。
グンニグル(ただの物干し竿)を扇風機の羽根の如く勢い任せで回しつつ、俺は俯瞰した目線で戦況を見ていた。
奴等が調子こいて手裏剣やら何やらを投げてくるもんだから、盾役の俺とモモは一歩も動けないでいるんだ。一息つく暇が欲しいってのが正直なところ。
そんな中、敵からの飛び道具での攻撃が一旦緩む。
「……ふうぅ。ちょっと一息つけた。休憩できたぜ。……って、なんで?」
「モンジさん、弾幕が薄くなりました。彼等、何かしら仕掛けてきます」
「なんかしらって、何!?」
「来ますっ。モンジさんっ」
「っえ!」
赤い煙幕の上部から細長い紐状の物が伸びてゆく。てか、ロープ!? なにっ、アレッ!
先端に鍵爪のついたロープが二本三本と伸びていき、頭上にある枝に巻き付き絡まる。
まさかと思ったのも束の間、紐を腕に巻き付けた男達がターザンさながらに煙幕を突き抜けて現れた。マキビシ無効、飛び越えてきやがった。
こいつ等、エーティーフィールド解除を好奇とみたんだ。まぁ、当然っちゃあ、当然か。
「モモッ、スマンッ! 最終手段に出るッ!!」
「っはい!」
俺は焦る。
事前に打ち合わせた最終手段に出る。
準備の為とモモが走り出し、女子二人に駆け寄る。
こっちは時間稼ぎが重要な仕事となる。
迷ってる暇はない、俺は前を見据えて奴等に突っ込んで行った。
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
乾いた喉に叫ぶのしんどい。
だけどそんな事言ってられん。俺が囮役で敵を引きつけて置かんと計画がおジャンになる。
……頑張る俺に、後でモモちんからでもご褒美的なもんがあるといいなぁ。
淡い期待を込めて俺は叫ぶ。
一人二人と、煙幕を越えてくる奴等。相手は総勢七人……不安になる。
「オッパイッ、ひと揉みぃいいいいッ!!」
熱に浮かれる俺はあり得ないご褒美を胸に、グンニグルを振り上げひとり突貫する。
その間にも、四本目五本目と鍵紐が空へと伸びては、生い茂る枝を掴む。
──モモ頼むッ! 急いでくれッ!!
「小僧がっ、一人で何が出来るっ。ワシ等を舐め腐るのも大概にせいよ」
「うっせぇぇっ、ハゲェェーッ!」
最初に着地したヤツと接敵。
「── ッシ!」
俺は有無も言わさず、グンニグルを大振りの横薙ぎ。
と、空振り。
ヤツはマントを翻して消えやがった。
伝説では必ず当たる筈のグンニグル(ただの物干し竿)がまさかの空振り。マントだけがその場に残る。どこだっ! 視線を左右に飛ばす。
「っっうしろ! モンジさんっ!」
鬼気迫るモモの叫びに脊髄反射。
咄嗟にへっぴり腰で振り返り、義手を盾に前へと突き出した。
「ギャリッ──!」
んなっ! 火花が散る。
鉄製の義手にとんでもない衝撃がっ!
へっぴり腰では耐えきれず、仰け反りながら倒れてしまった。嘘ん、こいつ、モブちゃうんかいっ!
ヤクザ共と一線を画するこいつの動きに只々驚愕する。
車に轢かれたカエルみたいに、無様にひっくり返った俺にこいつは、背筋も凍りつきそうな冷え切った視線を落としてきた。
── これが本物の殺人集団。
義手を踏まれ、両手に鍵爪を装備したこいつに、正直震えた。
「……死ね」
声まで冷たい。
こいつは腰から小振りの直刀、忍者刀を抜く。
上段で構えた男に俺は、なす術もなくキツく目を瞑ってしまう。
── 終わるッ!
「── かっ、ガッ、ガ、アッ」
呻き声。
まだ終わらない!?
異変に気づいて目をあけると、男は腕を振り上げたまま固まっていた。
「モンジさんっ、立ってっ!」
「ぐぬぬぬぅぅ、コンニャロォォォォ!」
モモのプリティボイス!
視線を流すとモモの隣り、彼女に介抱されながら短髪美人さんが、その震える手の平を男に向けていた。
あの時、ヤクザ共を止めた技とおんなじ── やっぱ、バンビとおんなじ技だ。
踏まれた左手、動けないでいる殺人鬼、ガラ空きの股間。ここまでのお膳立てでやる事はひとつだろっ!
「だっりゃあっ! ボゴッ、むちゅっ!」
グーパン入れたった。
体を起こす反動を使って、思いっきりこいつの股間にグーパンいれたった。
上半身は鎖帷子だったからな、それはそれでおテテ痛くなりそうだったし。
「── んぐっ!」
固まったまま、目ん玉飛び出さんばかりにひん剥く男。死ぬのはてめぇだっ、ハゲ!
「はぁ、はぁ、ゴメン、もう限界」
大量の脂汗を流して、短髪女子が地面に腕を下ろす。モモがすかさず手厚い看護。
金縛りにあっていたこいつも、地に膝を落としてうずくまる。
「がっ、がはっ、はあ、はあ、はあ、……」
股間を押さえて喘ぐこいつに、俺は立ち上がりグンニグルを構える。……やるなら今しかない。
“ パチンッ ”
「── っおあ!」
誰かの指パッチンに驚く。
そればかりか眼前が真っ赤に染まったんだ、しかも 煌々と。
そう、煌々と、目の前にいたこいつが……燃えあがったんだ。
「あっ、あぁあ、あああああああああッ!」
絶叫が耳をつん裂く。
男は自らを掻き抱き暴れ出す。
眼前で人が燃える様に圧倒され、俺は声が出ない。
ずりずりと後退する俺。叫びながら男は発火する体を地面に転がす。
髪の毛の焼ける嫌な匂いが鼻につく。気持ちが悪くなる。最低どころか最悪の気分にさせられる。
近くで見た所為で、尚更この力の醜悪さを思い知らされてしまう。
服が燃える訳じゃない、体から、体内から燃えていたから。食らったら最後、たぶん心臓が止まるまで消えない炎。
凶悪、背筋に今まで感じたことの無いほどの怖気が走る、胸くそ悪い気分にさせられた。悪夢でしかない。
「……邪魔しないで」
「……は、い?」
ポツリ投げられた言葉に、無意識に目線を向けた。
未だのたうつ火だるま男の先、視界の奥に、手の平を上にして指先に火を灯す忍者の姿あった。
両目を血走らせたマルさんの姿があった。
「こいつ等は私の敵よ。あんたの助けなんかいらない」
「……へっ?」
ハッキリと告げられ、俺は間抜けな声を出す。
頭巾を無造作に脱ぎ捨てた彼女。
頭を振り、片手で髪をかき上げる。
胸元まである綺麗なストレートの髪がサラリと落ちた。
頭巾に隠されていたマルさんの素顔。
目を引く端正な顔立ち。
バンビが少し大人びたような、それでいてバンビより若干タレ目で黒目黒髪の愛らしい素顔。
だけど今は、形のいいその柳眉を吊り上げ顎を引き、幾許か鋭さを増した黒い瞳で俺を睨みつけていた。
殺意をふんだんに込めたその瞳に息を呑んだ。
役立たずは退散すべく、俺は後ずさる。
邪魔らしいし、正味この人の事が恐い。
だけど、最終手段を使わなくともこの人ならと期待を掛けてしまう自分がいる。犬のクソみたいな阿漕な考えではあるが……。
マルさんが瞳を眇めた。
左手に炎、右手の人差し指と中指を指して、俺に標準を合わせてくる── 俺も敵認定された!? 全身から汗が噴き出す。
「……どいて」
「── !」
咄嗟にしゃがむ。近くでパチンッと音がなった。
「ぐぁああああああああああああああッ!」
背後からの悲鳴に俺は慌てて振り返った。
叫喚を散らし、炎に包まれた男が木と木の間でのたうち回っていた。
俺じゃあ無かったのか……。安堵する俺に彼女は、辛そうに顔を歪めていた。そしてこんなお願いをしてきたんだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、ねぇ。あんたにお願いがあるの。……バツを、妹を、安全な所まで連れて行って欲しい。はぁ、はぁ、頼めるかしら」
違和感が募る。
荒い息の彼女からの哀願に俺の答えは決まっていた。
「……嫌だ」
「な、なっ、なッ。いいじゃないケチッ! あんた等も逃げなさいって言ってんのよっ、私はっ! そのついでに妹もお願いって言ってるだけなのにッ!」
「……うん、だから嫌だ」
「こ、こっ、このっ、おたんちんッ!」
ハハ、おたんちんなんて初めて聞いた。
おたんちんな俺は、不感症かってくらい気づいて無かったよ。
だってそうだろう。
あんた、そのものが物語っているんだぜ。
肩で息するあんたの疲労度。脂汗まで流して、顔が青ざめるほど自分を酷使しなきゃ発動しないその能力。な、そうだろう。
そうだ、思い出したよ。バンビもあの時、鼻血をだしてぶっ倒れたもん。そうだった、思い出した。
こんな凄い力が人ひとりから出るんだ、そりゃあ使う方だって命削って頑張んなきゃ出ないよなぁ。なら尚更、俺の答えは変わらんし。
これはゲームの世界じゃ無いんだ、生身の世界なんだから、代償ありきは必然だろ。
「もう、いいっ、分かったっ! あんたになんかっ、頼まないっ、どっか、いって! ふぅー、あと、五人。殺ってやるわ」
機嫌を損ねた彼女は、俺から視線を切って前だけを見つめる。
「……マルさん」
「………」
「なぁ、マルさん」
「………」
「なぁ、なぁ、マルさんよぉ」
「うっさいわねっ、さっきからっ! しかも何で私の名前知ってんのよ! ホントッ、気持ち悪いっ!!」
「いや、気持ち悪いって。あんたらが名前呼び合って──」
「つべこべ言わずにさっさと行きなさいっ、邪魔なのよっ!」
尻餅ついてる俺をガシガシ踏みつけるマルさん。
痛い、痛い。こいつ、とんでもねぇ跳ねっ返りだな。
森の木に隠れて、不穏な影が近づく。
ごちゃごちゃしてる間に、彼女の死角から男が踊りでた。
「こん化け物がっ、死にさらせッ!」
彼女を標的にした横からの強襲。
瞬時に身を返し、冷静に狙い定めるマルさんは指を鳴らす。
音と同時に、男は木の根に足を取られつんのめる。コケた。次いでマルさんの指先から炎が消えるも──
──なにっ、男が燃えないっ!
「グッ、もう一つッ!」
マルさんはすかさず二射目を発射。
体制を崩して地面に片手をついていた男が、今度は燃えあがる。
「ぎゃあああああああああああああッ!」
「はあ、はあ、はあ、あと、四人」
一発撃つごとに身長が縮まるマルさん。
明らかに疲労困憊の色を出している。彼女の指先の炎はあと一つ。
「……あ、あのさ。もしかして……」
キッと睨まれて言葉を飲み込んだ。
何度も彼女の技を目の当たりにして、この技の致命的な欠点を見つけてしまったんだ。
「ほ、ほう。そういうカラクリか……」
ここで三人を引き連れてあいつが、頭目らしき殊更声の低い男が現れた。俺と同様、こいつもマルさんの技の欠点を気づいてやがる。
「はあ、はあ、はあ、はあ、だからなに、関係ないわ。……私はお前達を許さない、燃やし尽くすだけ」
言い切る彼女に、薄ら笑みを浮かべる男達。
「要は止まらにゃ当たらんと……。小便臭い女の技は、なんとも浅はかよのう」
「頭っ。このアマっ子、ワシにくださいっ!」
「この野郎っ、抜けがけすんなっ! ワシのだよっ!」
「向こうにも二人いるから、戦の前に楽しめんべ」
馬鹿共が馬鹿な事を抜かす。俺の怒りのボルテージも右肩上がり。
「紫は使えるが、あの黒いのはもう持たんぞ」
「あー、頭の毒は強力だからなぁ。アカムカデの毒だしなぁ」
「痛ぇんだよなっ、あの毒。痺れるし。お頭、分銅にしこたま塗り込んでましたしねっ」
「かまわねぇだろ死んだって。女なんぞ穴さえあればどれも一緒でさぁ」
「「「ちげぇねえ〜。がはははっ、ぐっひひひっ。」」」
得意気に語る、頭目らしきヤツの言葉に便乗する男達。弱点を知った途端にはしゃいで、余裕をかます男達に……ヘドがでる。
(バツのことはもういいから。あなた達は逃げなさい。はぁ、はぁ、ここは私が何とかするから……)
マルさんからの耳打ちに── 俺は膝を叩いて勢いよく立ち上がった。
喋りを止める男達と俺につられて腰を伸ばすマルさん。瞬きを繰り返しながら彼女は、拍子抜けした顔で俺を見ていた。
こいつ等の会話を聞いてるだけで、耳が腐る。
毒って聞き捨てならん台詞もでたし、時間が無いのも承知の上。そもそも俺のやるべき事はなんら変わってない。
「モモッ、まだかっ!」
「……これでよし。は、はいっ。いつでもっ!」よっしゃ、整った。
俺はマルさんの前に出て、奴等との間に壁を作る。彼女を半ば強引に背後に追いやった。
なんなのっ、なんなのよっ! って、彼女に攻められるも、関係ないね。
彼女もバンビの知り合いだし……もしくは顔の作りも似てるから姉妹かも知れんしな。
つまりは彼女を愚弄されると、バンビが汚されてる気がして、無性に腹が立って仕方がない。いま怒りで腹パンパンなんだよ、だから。
「おい、おまえらっ。いいもん見せてやるよ」
俺は男共を挑発した。
「うるせぇっ、男は引っ込んでろ!」
「小僧、真っ二つにしてやる!」
「片端は黙ってやがれっ、クソがっ!」
ニンマリする俺に、訝しむ男達が各々の得物を手にする。はい、はい。弱い犬ほどよく吠えるっと。
「お前等の好きな穴だ、たんまり見ていいゼ」
俺は義手を前に突き出しフックを外した。
手首から折れ曲がり、砲身が真っ黒い穴を開けている。さぁ、た〜んとご覧あれ〜。
「── モモッ!」
「っはい!」
「散開しろっ!」
「───ッ!!」
耳障りの悪い罵声を吐きながら、武装した男共が飛びかかってくる。俺は手首から垂れ下がったワイヤーに指をかけ、一気に引いた。
「パァアアアアアアアアアアアアアアアァァン!!」
白い閃光が森中に広がる。
強い光りに奴等の眼球が焼かれる。
仮借の無い大音量が、容赦なく奴等の鼓膜をいわした。
「女子っ、舐めんなやぁっ、ゴラァアアアッ!」
「女子は穴だけじゃねぇ! 性格含めて全部が可愛いんだっ! このダボがぁぁぁぁ!」
怒りをぶつけてスッキリした。
振り向く俺、モモとバツさんは親指を立ててグーサイン。マルさんはっと……顔面蒼白のご様子。ヤッベッぞ。
しくった?
当然の事ながら、なんにも知らないマルさんも俺の背後に居たのにも関わらず、閃光弾の余波を喰らい呆然と自失。
立ったまま目をチカチカさせて、体をゆらゆら揺らしていた。……後でなんて言い訳しよう。冷たい汗が流れてきました。
まぁいい、後のことは後回し。
俺はマルさんを肩に担ぐ。モモもバツさんを背負っていた。
そうだ。俺がマルさんの願いを拒否した理由はコレなんだ。
マルさん一人を、置いてけねぇっつーのッ!
「モモッ、隋徳寺を決めるぞ!」
「っはい!」
ちょっとビックリしたんだが。
『隋徳寺』これは「ずいっと逃げる」に寺をくっ付けた古い言葉で、後先考えないで逃げるの隠語。
モモが知ってて驚いたぜ。モモって案外、雑学好きな女子なんかな。
「モンジさん、急いでくださいっ!」
「ハイサー!」
俺達は尻尾を巻いてトンズラこいた。
普通に考えて相手にしてらんねぇって、こんなヤベー奴等。いやマジで。
巳波は視界の隅で逃げ出すモンジ達を捉えていた。
いち早く危険を察知した彼は、目線をズラして視界だけは確保している。
一時的とはいえ、聴力を奪われてしまった彼。
相手を甘く見過ぎていたと、己の失態に激怒し八つ当たりのように声を荒げていた。
「おい、貴様等っ、しっかりしろっ! クッソ、あの餓鬼ふざけた真似を……」
「か、かしらっ、目が、目がぁぁあ!」
「見えないっ、聞こえないっ、見えないっ、聞こえないっ」
「ああああ、ああああ、ああああ、ああああ……」
キーンと、耳鳴りのする両耳を叩いて覚醒を促す巳波。腹いせにと仲間達を蹴たぐり、ウサを晴らす。
「チッ! オラッ、行くぞっ、貴様等! あの餓鬼だきゃあ、バラバラにせんと気がすまんっ!」
「……はい」
「あい」
「……」
見るからにボロボロの配下の三人。
巳波からの肉体言語で命令される。
彼等は尻を蹴られ、頭を叩かれ、足を引きずるようにして追跡を開始した。四人は巳波を先頭に急いで走りだす。
すぐさま違和感を感じた巳波が大きく跳躍、着地して振り向く。ここはさっきまでモンジ達と女子二人が居た場所だった。
「おいっ! 止まれっ!」
「「「ぎゃっ! おごっ! ぐわっ」」」
遅かった。
静止の合図も虚しく、次々と倒れていく三人。
気配のみで駆け出した彼等に、到底気づく筈も無い罠だった。
「クッソッ、あんのガキャア!」
巳波が吠える。
膝を折って原因を探る彼は、罠の正体を晒した。
巳波が手に持っていたのは半透明の細い糸『てぐす』だった。
モンジのアイデアでモモが張り巡らした罠に、まんまと三人が引っかかっていたんだ。
「かしらぁ、血がとまらねぇ」
「ああ、骨が、骨が出てるよぉ」
「痛ぇ、痛ぇよう。どうすんだよ、これっ。痛ぇよう」
足首に重傷を負った三人が泣き言を言う。
悩むまでも無し。役に立たない者は要らぬと、見切りをつけた巳波が刀を抜く。そして振りかぶって──
「「「後生です、後生でございますっ、ギャー! 堪忍しておくんなまし、堪忍してっ、ぐわっ! ワシはまだやれますっ、まだっ、どうっ!」」」
── 振り抜いていた。
「っるせぇ、クソ虫どもがっ!!」
白刃を見て阿鼻叫喚の最中、作業のように仲間を処理する巳波が次第に返り血に染まっていく。
彼の焦げ茶色の装束が濡れそぼり、黒みを増していった。
倒れた三人を眼下に置いて、小気味いい音で納刀する巳波が山肌を仰ぐ。
「忌々しい緑目の小僧。ふんっ、奴なんぞワシひとりで十分ぞ。……しっかし、腹立たしいのう。奴等一人残らず、細切れにしてやらんとイカンのう」
手玉に取られた事に、矜持と自尊心を傷つけられた巳波は呪詛を撒き散らす。
必ず仕返しをすると、己に誓いを立てて奥歯を強く噛み締めた。
「やぁ、やぁ、こんにちはっ♪ 」
そんなおり。
頭上、木の上から突然かけられた声に巳波は一変、険しい表情で警戒体制とる。彼は腰に挿したもう一本の鎖鎌を装備して、空を見上げた。
「ごめん、ごめん。驚かしてしまったね 。今からそっちに行くね ♪ 」
なんの気配も無く、アッサリ頭上を取られた巳波は警戒色を強める。
音も無く落ちてきたのは年端もいかぬ少年。煌く白銀の小袖と、目の覚めるような蒼袴の美少年だった。
「……貴様は何者だ」
「う〜ん、通りすがりの陰陽師かな ♪ 」
少年は人懐っこい笑みで巳波に近づく。
巳波もこの少年の異様な雰囲気と、この状況に関わらず完全無防備を晒す不気味さに、思わず刀を中段に構えていた。
「あのさっ、力、貸そっか?」
「は? 何を言っておる」
「死んだ仲間をさっ、君だけの忠実な下僕にしてやろっか?」
「だから、何を言っておるのだ!」
中段に刀を構える巳波に臆することも無く、美少年は更に近づく。
「まぁ、モノは試しって言うじゃない。その三人の内の一人で試してみようよっ、ねっ ♪ 」
「………」
「はいっ、無言は了承と取りましたっ、と。じゃあ、試してみるね。しっかり見ててよ〜」
「………」
袖から小筆と赤墨を出した少年、次に懐から紅い短冊を取り出して、サラサラと文字を書き綴る。
描き終えた途端に骸の胸元を開いて、ペタリと短冊を貼り付けた。
「はい、お終い ♪ さあ、くるよ〜。その目、かっぼじいて見ててよ〜」
「………」
ビクンッ! と殺した筈の仲間が動きだす。
「……なっ!」
ガクガクと体を震わせ、死体が眼を見開いた。巳波は息を吹き返した骸に驚嘆してしまっていた。
「まだだよ〜。こっからが仕上げだよ〜。とっても重要なことを聞くよ〜。この彼の名前はなんて〜のっ?」
「あっ、おぅ、し、島池だが……」
「島池さん、そう。……島池さ〜ん、朝ですよ〜、起きてくださ〜い ♪ 」
終始ふざけた様子の陰陽師に、調子を崩される。
巳波はなんとも言えない表情で、死んで蘇った島池を注視していた。
寝そべる島池。
まず最初に、ガクンッと上半身を地に残し、下半身だけが持ちあがる。そして立ち上がった。
次いで、見えない手に支えられるように、腕をぶらぶらさせながら上半身が持ち上がり、固定される。
この時点で、通常では有り得ない立ち方である。
気味の悪い立ち方にも関わらず、島池はしっかりと立っていた。その身を小刻みに震わせながら。
「……なんだっ、なんなんだっ、これはっ!?」
「ねぇ、ちょっと借りるね ♪ 」
不意なことではあったが、難無く刀を奪われてしまい巳波に動揺が走る。
「……き、貴様っ!」
「いいから、いいから。はいっ、ブスリ ♪ 」
なんの躊躇もなく、陰陽師は島池の腹に刃を突き刺した。
スーと、豆腐に箸を通したみたいに、なんら障害も感じさせず剣先は、島池の背中から突き出てくる。
「……ねっ ♪ 」
「こ、これは、いったい!?」
巳波は驚かされっ放しであった。
生き返った遺体は……。
微動だにしない、声をあげない、痛がりもしない。
ただ小刻みに震えて立ち尽くすだけの、精気の無い人形そのもの。巳波は島池の立ち姿に、目を疑ってしまう。
「……ね、サクッ。……ねっ ♪ サクッ」
「分かった、分かったから。……っう!」
二度三度と島池の腹に刀を突き入れる陰陽師に、巳波は常識を覆された気分になり、その不気味さから人生で初めての嗚咽を漏らす。
「ねっ、凄いでしょっ! 言うなれば……『最強の戦士』、『不死身の侍』の誕生で〜す ♪ パチパチパチッと。……で、どう?」
どうもこうも無い。
二つ返事でお願いしたい所である。
「あぁ、凄いな。……他の二人も頼む」
「はいっ、喜んでっ ♪ 」
威勢のいいかけ声で作業をはじめる陰陽師。
こいつは敵じゃないと認識を改めた巳波が、溜飲を下げる。目を閉じた彼は、またすぐに口角を歪めてイヤラしく笑った。
「小僧、貴様にだけは思い知らせてやる。本物の地獄を味合わせてやる」
鼻歌交じりに作業を進める陰陽師を横目に、巳波は卑劣な笑みを洩らしていた。
♢♦︎♢
「はぁ、はぁ、はぁ、大丈夫かなぁ。はぁ、はぁ、はぁ、上手くいったかなぁ」
「はっ、はっ、はっ、あの人達。はっ、はっ、着いて来てませんから。はっ、はっ、はっ、成功してますよっ。はっ、はっ……」
山道を駆け上がるモンジとモモ。
二人共、人ひとりを背負っての山登りをしていた。
モンジの懸念は、モモに事前に渡していた『てぐす』を使ってのトラップである。
モンジは『簡単なトラップ』が上手く作動してくれたのかを心配していた。
「はっ、はっ、はっ、でも、モンジさん。はっ、はっ、はっ、よく持ってましたね、『てぐす』なんてっ。はっ、はっ、はっ、……」
「はぁ、はぁ、あぁ、森山村は漁師村だから。はぁ、はぁ、はぁ、漁師のオッサンに頼めばくれんだよ。はぁ、はぁ、針付きでな。はぁ、はぁ、万が一で持ってて正解だった」
俺は日々の食材(ほぼ、こっぱ汁)に彩りを加えるべく、魚釣り用に針と糸を持っていたんだ。全く別の形で使うことになったんだがな。
「はっ、はっ、はっ、はいっ、単純な罠で逆に新鮮でした。はっ、はっ、はっ、モンジさんらしい、コスい罠です。はっ、はっ、……」
「はぁ、はぁ、俺らしい、狡い罠って。はぁ、はぁ、はぁ、ちょっと酷くない?」
「はっ、はっ、はっ、そう、ですか? はっ、はっ、はっ、モモは素敵だと思いますよ。はっ、はっ、はっ」
「コスいの、どこが素敵なんだよっ! はぁ、はぁ、はぁ、もしかして、バカにしてる? はぁ、はぁ、はぁ。それより、モモ。彼女、重くないか? はぁ、はぁ、はぁ……いや、ごめん、こっちの方が重いか」
「私が重いって言いたいのっ!? ふざけんなっ、この小人猿っ!!」
本音がでちゃった。
マルさんが、えらくご立腹中です。
担いでいたマルさんを、途中でオンブに変えたのが仇となりました。
暴れております。
ワタクシの頭を、ポカポカ叩いております。
痛いです。辛いです。……だが、しかしっ!
背負うなら断然マルさんの方が正解なんです。何故なら……。お、お胸がそのぅ、大きいんです。背中にあたる感触が、とっても気持ちがいいんです。はい。
「はあっ! てめぇ、ウチに胸が無いって言いたいのかっ? ああ"っ!? このっ越前(包茎の隠語)野郎っ!!」
「ふん。……なによ、エロガッパ」
「……モンジさん。心の声がだだ漏れですよ」
やってしまいました。
ワタクシ、嘘がつけない体質なんです。
その所為でバツさんには怒られ、マルさんにはエロ呼ばわり、モモには白い目で見られています。
彼女の言う越前野郎は心外ですが……ワタクシは最低です。まったくもって、正直者の辛い所です。
達観した態度のモンジがモモとバツをチラ見し、鼻で笑った。
「「「反省しろっ! このっ、おたんちんっ!」」」
「ヒィ───ッ!」
「「「───────────────────────ッッッ!!」」」
絶叫する少年を他所に、三人娘からは一切の妥協を許さない口撃。罵詈雑言の嵐が怒涛の如く少年を襲う。堪らず涙目になる少年の名前は、モンジ。
悪ふざけのつもりが、女性陣からトラウマ級の酷評を受ける彼に、私は言いたい。
頑張れモンジ。負けるなモンジ。
全ての男という生き物は、大きなお胸に弱い生き物、なのだからと。……たぶん。
ありがとうございました。




