捨てたもんじゃない
よろしくお願いします。
「……なによ、これ?」
絹は馬車を止めて驚いていた。
峠道の頂上に一本だけあった横道。
道はこれしか無いと、馬車一台がギリギリ通る狭い山道を絹達は分け入ってきた。
躊躇いながら進んだその先には、森に囲まれた開けた土地、民家が十件ほども収まる土地が広がっていた。
しかしそれだけならば、木こりの作業場等々、山仕事の為と言われれば納得が出来る。絹の驚いた理由は他にあった。
「……絹さん、これって、異国の……」
「……たぶん、そう。初めて見たけど」
与一郎が馬車の荷台より身を乗り出して絹に尋ねる。絹も曖昧な記憶を頼りに自信なさげに答えた。
森を抜け、絹と与一郎の視界に映ったものは異国の紋章。
遥かなる海を渡ってこの国まで布教に来た異文化の宗教、建屋の上空で燦然と輝くその証が二人の目に飛び込んできた。
二階建ての建屋。
一階はよくある牛舎風民家を改装したような建物で、重厚な出入り口と屋根の中間には丸い窓が、それも色とりどりのガラスが、人を模したステンドグラスが嵌め込まれている。しかし、問題はそこじゃない、屋根の上ある。
瓦屋根の上にとってつけたような櫓が取り付けてあり、更にその上には空を突くように立てられた十字架がつけられている。
日輪で円を描く形の真ん中に、十字架があしらわれた独特な形の紋章。照りつける太陽の元、その紋章は鈍く銀色の光りを反射していた。
「……あれって、セルフィス教、だったかしら。……たしか、国からの弾圧を受けて壊滅したって聞いたんだけど……。まだ、あったのね」
呟くよう絹は、十年以上も前に父親から聞かされた記憶を掘り起こしていた。
「今はそんなのどうでもいいわ。とにかく急がなきゃっ!」
絹は頭を横に振り、邪念を消し去り馬車を進めた。
「……これは教会って、呼ぶんでしたっけ?」
好奇心に満ちた目で建屋を観察している与一郎。
「そうね。信者が集う場所、みたいね」
「……巫女さんである絹さんにとっての、言わば商売敵ってヤツですか?」
おずおずと尋ねてくる与一郎に、絹が素面のまま彼に視線を向けた。
「ふんっ! どうでもいいわ。全く興味無いわね。そもそも別ものだし」
「……別ものの神様?」
「そうねぇ、彼等は一神教で私達は多神教と、神の捉え方の違いかしら。……まぁ、でも。……神道では本来、神とは自然現象を人格化したもので、あらゆりモノに神が宿ると教わるから、私達の神様はひとりじゃない。もちろんこの世界の全部、異国を含めてね。だから、異国には異国の神様がいて当たり前。そんなこといちいち、気にしてられないわ」
「へぇ〜、そうなんですね。へぇ〜、不勉強ですいません。へぇ〜、神様ってたくさんいるんですね」
「そうよっ。……八百万は居るって聞かされているわ」
「八百万っ!? ほえ〜〜、そんなに!? それってもう、一つの国家みたいですよね?」
「そうねぇ。でも……国家って一括りにするよりも、神様って何処にでもいる、って考えた方が正解かしら」
「……どこにでも?」
慌てて体を弄る与一郎に、絹は笑みをこぼす。
「そう、どこにでも。例えば……馬車を引いてくれるハッチとウサギにも宿るし、あんたの履いてるソレ、草履にも宿るのよ」
「ええっ! 僕、毎日神様踏んづけて歩いてたんですか? 罰当たりじゃないですか!?」
「ふふ、神様は寛大なのよ」
「……神様って大変ですね」
「そうね。……だけど、神様だって働きづめじゃあ疲れちゃうでしょ。休暇が必要でしょ。だから、神様の居所、保養所も実在するって話なのよ」
「……保養所ですか」
「そうよ。これもキチンと古文書にも載っているから間違い無いと思うわ。場所は確か、えーと、出の雲国。そうそう、『根の国』『底つ国』に対する世界で、それらの中間にある場所『葦原の中つ国』。呼び名は『高天原』ね」
「へぇ〜〜。場所こそよく分かりませんが、勉強になりました。ありがとうございます」
「ふふんっ! この世界だって、神様が神器を使ってぐるんぐるんかき混ぜて作ったんだから。神様ありきの私達なのよ」
鼻をツンッとあげ、どこか誇らしげな絹は無い胸を張る。
「神様はいつでも私達を見守ってくださるの。運命という選択肢を添えてね。だけど、強制じゃないのよ、あくまでそれは選択肢にすぎないの。それを選ぶのが私達、人の子なのよ。神様の懐の広さは、この空よりずっと広いんだから」
「ほえぇ〜〜、運命ですか? しかも国を零から作れるなんて。はぁ〜〜、人智を超えた存在ですね。神様ってとんでもない人なんですね」
「いやいや、神様って人じゃないから」
感心する与一郎にツッコむ絹は、これ見よがしに嘆息する。
「絹は物知りだね〜。神様って凄いんだねぇ〜」
「絹は巫女なのか? 神様とお話しできるの? 神様って強い? ぐるんぐるん……。面白いね、会ってみたいな神様に……それでお礼を言いの、ありがとうって。エヘッ」
「ぐへっ!」潰される与一郎。与一郎を下敷きにして子供達が荷台から顔をだす。
「そうよっ。神様って面白いのよ」
押し潰された与一郎もしかり、好奇心いっぱいの子供達の表情に絹は、太陽よりうんと眩しい笑顔を見せていた。
絹の心が沸き立つ。嬉しいのだ。
この素直なヒョロヒョロの少年に、加合様のお弟子さんという理由以外で、初めて好感が持てた気がする。
子供達に至っては、まんまるで純粋な瞳をキラキラと煌めかせ楽しんでくれた。
どうしても日々の生活になにかと忙しい普通の人達。だからなのか、私自身が気を使い、中々伝えきれない神様のお話し。
自身のライフワークである神道について、ほんの触りの部分ではあるが話せて、聞いて貰えて、絹は満足そうに頷いていた。
神様の話に対して与一郎と子供達の好ましい反応に、更に嬉しさも倍増していく。
そんなおり、向かった先の教会で動きがあった。
教会の扉が勢いよく開け放たれた。
扉から男の子二人が飛び出してくる。
彼等を追いかける形で幼い子供達も現た。
わらわらと二十人ほどの大所帯だ。子供達はそれこそ文字通りに溢れだしてくる。
「凄い数じゃないっ! どういうことなのよっ、これ!? バンビッ、実家とかいってなかったっ!?」
勝手にひと実家兼教会だと思いこんでいた絹が、悲鳴に近い声で目を剥いている。
「……尼寺と似た、孤児院ですかね? ここ」
「うわ〜、楽しそう。なんだここ、寺子屋か? あたしよりみんなちっちゃいっ! 男の子がどっか行っちゃうよ、捕まえなくていいの? 絹。あっ、絹、大人がいたよっ!」
セツが言うように大人の女性が子供達に混ざって飛び出してきた。
背筋の伸びた老齢の女性。
白の頭巾に黒のベール、白い襟飾りに黒のローブとエプロン。履き物も黒である。スタンダードな修道女の出立ちではある。
絹も初めて目にする格好ではあるが、第一印象は『暑苦しい』だった。真夏に黒は仕方がない。
しかし、この老齢の女性からは見た目、雰囲気ともに『清楚、清純、清貧』といった、神託を受けた、もしくは神への忠誠を誓った女性と一目で印象付けられたのも事実。
このひとが、バンビのお母さん? ……育ての親、なのかな?
絹にビビッと来た。
「おでんっ! 出番よっ!!」
「えっ、お、おで?」
「うるさいっ! さっさとあの二人を捕まえなさいっ!」
「あいっ! わがった」
絹の指さす方向には、最初に扉から出て来た男の子二人組が。おでんも訳が解らぬまま、命じられるままに走り出した。
初速から一気に加速するおでん。突進力だけを見れば、他に類を見ない力強さだ。
あっと言う間に男の子達に追いついたおでんは、ヒョイッと彼等を両脇で掬い上げた。
電光石火の荒技に目を白黒させる男の子達。
次いで、思い出したようにバタバタと手足をバタつかせて暴れだした。
「離せっ! 離せったら、デブッ!!」
「何すんだよっ! お前誰だよっ! ブタッ、ブタッ、オオブタッ!!」
罵声を浴びつつ全く動じないおでんが、のしのし歩いて戻ってきた。
老齢の女性もこちらに気づいて駆け寄る。子供達も自ずとついてきた。
「……うげっ!」
「絹さん、顔に出てますよ。自重して下さい」
ウンザリした表情の絹を与一郎が諌める。
「逃げられたら探すのが面倒だと思って、おでんに捕まえ貰ったけど……わたし、子供って苦手なのよね」
「……絹さんも、子供みたいなものですからね」
「なんか言った」
「いえ、何にも……」
未だ潰されている与一郎を、絹がギロリ睨みつけた。与一郎は速攻で絹から視線を外して、頬を引きつらせる。
「き、絹。つ、つか、つかまえたぞ」
「離せっ! デブッ、デブッ! こんのっ、離せってんだっ! デブッ、デブッ、デブオッ!」
「ブタッ、イノシシッ、クマッ! ブタブタ、ブタ男っ! ブタ男、ブタ男っ!」
おでんの両脇で暴れまくる男の子二人。
足や腕を振り回して、ポカポカとおでんのお腹から背中から、ところ構わず叩きまくっている。
それでも動じないおでんは達成感からか、いっそ清々しいまでの表情をしていた。
足早に馬車まで駆け寄って来た老齢の女性。近寄るや否や、すぐさま頭を下げまくる。
「すいません、すいません。ありがとうございます。助かりました」
可哀想になるくらい何度も腰を折る彼女に、絹はあることに気づく。
身なりがアレなんだ。
ベールも擦り切れてヨレヨレだけど、ローブも至る所が継ぎはぎだらけ。
彼女もそうだけど、おでんが抱えている二人も、彼女の後ろにいる子供達だって……。
ボロ切れ、と言いかけて絹は言葉を呑み込んだ。
身なりもそうだけど、みんなガリガリじやない。
絹の表情が曇りだす。
「どうか、なさいました?」
「あっ、はい。いや、別に……」
女性に見つめられて慌てる絹が萎縮する。
彼女達の格好に思うところがあるなんて、口が裂けても言えない、言えるはずが無い。失礼すぎる。
視線を上下左右と彷徨わせて、結局絹は俯いてしまう。
一目で分かってしまう、この教会の厳しさに。
他宗教への弾圧。
知識としてあった現実、この国の暗部を自らの目で垣間見た気がして直視出来ずにいた。
迫害された信者の過去を知っている絹にとって、この国の住民として、どうしたも居た堪れない気持ちになってしまう。私の子供の頃の話で、どうしようもない事なのに……。
言葉を濁す絹に変わり、老齢の女性が口を開く。
「この子達、足が速くて私には捕まえられなくて。本当にありがとうございました。助かりました」
「……いえ、これくらい。……捕まえるって、何かあったんですか?」
「はい、実は……。今朝から私達の子供が二人、行方不明になっていまして。心配したこの子達が探しに行くと、家を飛び出したところだったんです。森には熊も狼もいますから心配で……」
そこに丁度、私達が現れたらしい。
説明する彼女はおでんの抱える男の子二人に視線を流し、胸に手を置き安堵の表情を見せる。
たぶん、孤児院よね、ここ。
女性の子供にしては多すぎるし、歳が……でも。
「……ママッ」
幼い子が彼女に抱きつく。
「「ママッ、ママ、シスターッ、ママ、ママッ」」
堰を切ったように周りの子供達も彼女に抱きついき、笑顔で囲んでいる。
彼女も慈愛に満ちた眼差しで、子供達一人一人の頭を優しく撫でている。
そんな彼女の様子から、親子の絆にも似た無償の愛を感じてしまう。子供達を心から愛している様子が窺える。
絹の心が揺らぐ。
この女性には関係ないのね。血の繋がりなんて。
気持ちが和らぐ。
そうだ、私も俯いてばかりじゃぁいられない。
行方不明の子供も気がかりだけど、ここに来た本当の目的を話さなきゃ。
「あのっ、初対面でアレだけど、私からお願い──」
「あっ、しーちゃん! しーちゃんが帰って来たよっ!」
「リンちゃんもメイちゃんも一緒に帰って来たっ!」
女性の後ろ、子供達の後ろから誰かの声が届く。
「えっ、しーちゃん」
女性が振り向き、子供達も振り向く。
おでんに抱えられた男の子二人がスルリと拘束から抜けだし、すぐに声の元まで走った。
「リン、メイッ! どこいってたんだよっ! 心配したんだぞっ!!」
「二人とも怪我とかしてない? しーちゃん、ありがとう。リンとメイを見つけてくれてっ!」
「……うん」
絹が首を伸ばす。
なに、誰? こっからじゃあ見えない。
老齢の女性が子供達を掻き分け『しーちゃん』なる人物に近寄る。
子供達の合間から絹の目にも『しーちゃん』なる人物がようやく見えた。
えーと、白い髪に白い顔って……バンビじゃないっ!
「しーちゃん、お帰りなさい。リンとメイも……お帰りなさい」
「「ママッ、ママッ、怖かったっ! 助けてもらったっ! ママッ、ママッ!」」
弾かれるように、バンビから離れるリンとメイ。
老齢の女性に飛びつくと謝罪とともに泣きじゃくる。
「……あなた達が無事に戻れたのも神様のお慈悲ね。聖母セルフィス様に感謝致します……。それで、どうして危険な山に二人ではいったの?」
「ヒック、ヒック、それは……」
「う、ううぅ。ママに……」
どこまでも優しく語りかけるシスターに、シャクリあげながらも二人の少女が言い淀む。
「「ママのお誕生日が近いから。ママの大好きなお花を摘みに行ってたの! ごめんなさいっ!!」」
「えっ! ……そう。ありがとうね、二人とも」
幼い二人を抱きしめるシスターが嬉しそうに微笑む。
「私は今とても幸せです。たった今、リンとメイから『愛』と言う名の素敵なプレゼントを貰いましたから。そして彼女達を救ってくれた貴方からもです……。『シセル』ありがとう」
シスターから本名で感謝を告げられるバンビ。かーと顔を赤らめて、照れ臭そうに俯く。
和らげていた表情を硬くするシスターが話しを繋ぐ。
「だけど、危険な事だけはしないって約束してね。私はあなた達の成長を見守るのが生きがいなのだから」
「「ママッ、ゴメンなさいっ! ママッ、ごえんなしゃいっ!」」
あらあらと、慈しむように少女達の頭を撫でるシスターに、目の前で事の顛末を聞いていたバンビも俯いたまま、目を細めてホッと安堵の息を吐いた。
「バンビッ、今からみんなに説明するんだけど、いいかな!」
ホッコリする場面だけど……。
待ってばかりはいられないと、御者台から身を乗り出して絹がバンビに告げてきた。
俯いたままのバンビは片腕をあげて、手のひらを絹に突きつけ『待って』のポーズ。
「……絹、あたしから話す」
そう宣言するとバンビは片腕をおろし、気持ちを固めるみたいに両手を強く握り締めた。
数秒、思いを払拭する時間をとり、爪先に落とした視線を持ち上げるバンビ。
緊張した面持ちで白い少女は大きく息を吸い込む。そして、意を決して叫んだ。
「みんなっ、何にも言わずにあたしのお願いを聞いてっ! みんなっ、今すぐここから逃げてっ!!」
♢♦︎♢♦︎♢
「パヒュッ、パヒッ! パンッ、パン! キャインッ、キャンッ!! ッパヒ、バフッ! パンッ、パン!」
俺は刺激弾を撃ちまくる。
「キャッハー! 喰らえ、喰らえっ! キャッハッハー!」
大混戦、大乱闘のど真ん中に、有りったけの刺激弾を撃ち込んだ。気持ち、奴等の頭上に赤い煙が上がっている、気がする。唐辛子入れ過ぎたかな?
そんなことを思っていたら、猛ダッシュで黒っぽい女子忍者が駆け寄ってくる。
ちなみに『くノ一』でも呼び方はいいんだが……。
昔なにかの本で読んだんだが、男の体には九つの穴があって、例えば目とか鼻とかお尻の穴とかね。
そんで、女の人にはプラスもう一つの穴があって、えーと、つまりは赤ちゃんが出てくる、あの穴。
女子は男子より穴が一つ多いんだって! だから『くノ一』なんだって!
由来がそんなんだから、モニョモニョ。ちょと恥ずかしいじゃない、モニョモニョ。
恥ずいんで『くノ一』なんて呼べ無いッス! 女子忍者でお願いしまッス! すんませんっ、ヘタレでっ!
あ、穴が一個多い忍者が駆け寄ってきた。
「何してくれてんだっ、てめえっ!!」
穴が一個多い忍者がめっちゃ怒ってる。
しかも自分で頭巾剥ぎ取って、思いっきり地面に叩きつけてる。
「どういう了見か聞いてんだよっ、こっちは!」
えっと、唾、メチャクチャ飛んでますよ、お嬢さん。
それに……。
ほほぅ、これはなかなかの美人ですなぁ。
ボーイッシュねぇ。
男の子みたいな短髪と、今はとんでもなく目が吊り上がってるけど、バンビにも似た整った顔立ち、ふむふむ。だけど黒髪に黒目なん。
聞いてんのかっ、テメェ! なんて、脅しをかけて来ますが。
残念です、脅しなんか、これっぽっちも響かないんです。
何故なら絹さんで鍛えられましたから。
彼女の方が貴方より十倍以上も迫力があるからです。ホント無駄に脅迫耐性がつきました。
それとお嬢さん……。そんなにいつまでもケンケンしてると、小ジワが増えますよ。将来の為に気にしなさい。
「……やめなさい。たぶんだけど、悪気があった訳じゃないんだから」
もう一人の、穴が一個多い忍者も駆け寄ってきた。
「クッ、お前っ、これ見てみろよっ! 狼共が全部いなくなったじゃねぇかっ! どうしてくれんだよっ!」
グイッと距離を詰める短髪美人。
すかさずモモが、彼女と俺の間に割り込んだ。
そして彼女の首元に刀の鞘の先端、鐺を突きつけている。
……早業過ぎて、マジ見えんかった。モモ、スゲっす。穴が一個多いモモ、スゲっす。
「それ以上近寄れば、次は刺しますよ」
眼光鋭く射刺すような視線でモモが、短髪美人を威嚇する。
「だあー、わーった、わーったよ! わかったから、まずこいつ降ろしてくれっ、あぶねぇからっ!」
顎を引いたまま短髪美人が、ちょんちょんとモモの忍者刀を突っつく。
「とにかくだっ、とにかく。お前等、周りの状況を見てみろよっ!」
周りの状況?
「「キャン、キャンッ! キャウン! キャンッ、キャワンッ!……」」
ふんふん。ワンコ共が尻尾丸めて、ものっ凄い勢いで逃げてくな。
「………」
これってヤバくね、もう、一匹も居なくね?
そりゃあそうか、刺激弾なんかワンコにとっちゃあ、地獄みたいなもんだしな。納得、納得、うん、うん。
「なに、満足気に頷いてんだよっ、てめぇ! ぶち殺すぞっ!」
「だからっ、落ち着きなさいっ!」
「……ちょと、失礼」
今度は冷静な女子忍者が割り込んで来た。
次いでにモモまで……なんなん、これ?
あのぅ、ここだけ通勤時の埼京線みたいになってるんですけど。モモと抱き合う感じになってるんですけどぉ。
「ちょっと、すいませんっ!」
俺の悲鳴も虚しく消える。
ギャーギャー、言い争う女子忍者ふたり。
彼女等に押されてモモが、体を必要に密着させてくる。
上目遣いのモモちん可愛い……。だからっ、この状況がなんなんよっ!
「おい、お前。ワシ等を舐めんとるのか?」
野太い声が鼓膜を叩く。俺達の視線が声のした方に集中する。
赤く煙る大乱闘あと。そこに焦げ茶色の小山が点在していた。
マントを翻すひとりの男。申し合わせたように次々とマントが翻ってゆく。
まるっきりノーダメージ、無傷の男達が姿を現わした。
「そんな子供騙し、ワシ等に通用すると思うてか。阿呆ぅがっ!」
最初にマントを取った男が一歩前に出る。おもむろに懐に手を突っ込んで、なにやら物騒な物を取りだした。
ジャラリと嫌な音がする得物。奴の得物は鎖に分銅と鎌がついたアレだった。
他の男達もこいつに倣い、刀なり弓なり手裏剣なりを構えだす。
無音の刻、一触即発の状況。俺はこりもせずにまた、刺激弾を掴んでいた。残弾は約三分の一、十五、六発程度。イケるか?
「お、お、お前の母ちゃんっ、でぇべそっ!」
無音を切り裂くよう、とりあえず悪口いったった。
俺のくだらない悪口が開戦の合図となる。
「ッヒュン、ヒュ、ヒュン! カッ、カンッ、ヒュ、ッヒュン、ヒュンッ!──」
無数の矢や手裏剣が飛んでくる。
俺は間髪入れずに刺激弾を装填、発射する。
刺激弾が奴等の中で炸裂する。
雨あられの矢と手裏剣。
まずはあいつ等の足を止めるッ──クッソ、敵の弾数多すぎっ── 無理っ! 当たるっ!
南無三っ!
もしかしたらの蛮行。
俺は人間の盾となる。
二、三発喰らう覚悟で俺はスリングで、ショットしまくった。
もしかしたらの助っ人はモモちん。
もしかしたらモモがある程度は弾いてくれるかもと、他力本願。打算ありきの俺の行動。
案の定、モモが視界にチラつく。
「── まかせてくださいっ」
よろチンコ。防御はモモに託す。俺は奴等の足を止めちゃる。だが……。
「邪魔っ! どいてっ!」
「っな!」
あろうことか、彼女を押し退け短髪女子忍者が、俺の前に出張ってきた。
「おいおい、邪魔すんなやっ、ハゲッ!」
「誰がハゲじゃっ、ボケェーッ!」
また知らん女の子に怒られた。クーッ!
ここで俺は気づいてしまった。
激怒する彼女の身体から、陽炎のような、はたまたオーラ的なもんが漲っていることを。
“ ッヒュン! ”
「おわっ! 危なっ! ほっぺた、カスった」
矢と手裏剣の応酬。
お構いなしに彼女は両腕を前方へ突き出す。そして全身に力を込めた。
「おりゃあああああああああッ!」
いやいや、手じゃ無理だって──彼女に矢の雨が降り注ぐ── 危ないッ! と思った瞬間だった。
「えっ」思わず声が洩れ出た。
俺は目を疑ってしまった。
あり得ない不自然な光景を目にしたんだ。
彼女に当たるはずの矢が五本、止まっている。
飛来する矢も手裏剣も、全てが空中に刺さっていりる。停止している。
これってまさか、バンビとおんなじ技? 超能力者、二人目?
いやっ、今はそれどころじゃないだろっ!
呆気に取られる自分に往復ビンタをかまして、次から次へと刺激弾全弾を撃ち込む。刺激弾が奴等の中で破裂してゆく。
俺も馬鹿じゃない。
今回は中央のみならず、ワザと範囲を広げて刺激弾を散らしていた。
短時間で全弾打ち込んだお陰で、広範囲に赤い煙が充満していく。幸いと言っていいのか、奴等の足元には狼の屍が十匹分ほど横たわっていた。
成仏させてやりたいが、ゴメンなワンちゃんと心の中で一礼する。弔いの意志を示して「お前等の死体、使わせて頂きます」と鎮痛な面持ちでもう一度、頭を下げた。
「モンジさん、これも撒いときましょう」
「……何それ?」
気付けばモモが隣にいて、三角で手の平サイズ、トゲトゲの物を見せてきた。
「うふふ、マキビシです」
「おねしゃすっ!」
願ってもないっ、今一番欲しかったアイテムじゃん! 足止めアイテム、マキビシ!
モモは矢を弾きつつ小さい体を更に縮めて、ちょこまかと走りだす。
煙幕に近づくと、奴等が動きに注意し煙幕の外縁部目掛け、ありったけのマキビシを撒き散らしている。
超クール! モモちん、あんた最高だぜ!
いよっし! 足元には障害物とマキビシ、視界は最悪、マントを外せは刺激臭、これで奴等の動きは封じ込めた、はず。
── もう少しだけ、様子見。
もうもうと上がる赤い煙。
奴等もマントに隠れながら、飛び道具で攻撃してくる。
たまに煙の中から悲鳴が聞こえる。モモのマキビシ踏んづけたらしい。
奴等も警戒をしているのか、動かない。煙幕が晴れるのを待っているみたいだ。
一向に終わらない、奴等からの矢弾。
間断なく降り注ぐ飛翔武器も、短髪女子が全力で防いでくれる。
まるでエーティーフィールド。
宙に透明な壁があるみたいに全弾停止。全ての飛び道具が無効化される。
モモが戻ってきた。
「お疲れっ、遅かったね」
「はい……。背後の敵も排除して来ました」
「……排除?」
「あっ、いえ。眠らせただけですっ、暗器でっ!」
「……暗器? 暗器ってなに!?」
「………」
「暗器ってなにッ、興味あんだけどっ!」
「……虎の子です。うふふ」
「暗器ってなにぃぃーッ!」
「うっせえーわ!! 黙ってろッ!!」
「「すいませんっ!」」
また知らない女子に怒られました。モモと二人で肩を竦めています。
「ねえっ! まだっ、結構つらいっ!」
「わかってるわ」
汗が尋常じゃない短髪さん。
大人しい女子忍者さんは指先をパチン、パチンと、鳴らしている。何かの下準備だろうか……わからん。
とにかく俺は、自分の考えた作戦を遂行するのみ。
エーティーフィールドの庇護のもと。
スリングを構え、通常弾(そこらの小石)でショットする。モモも俺の横で、袖口から棒手裏剣を取り出しは攻撃する。
短髪さんのおかげであいつ等の攻撃は当たらない。
だけど、煙幕と奴等の被るマントガードの所為で、俺達の攻撃も当たっているのか、今一わかりかねた。
ただ、間違い無く確実に、動きは止めれた。
── これならイケるか。あとは──。
俺はモモにコッソリと近づく。
最終手段を告げようと口を開いた俺は……口をOの字で女子忍者さんに目を奪われた。
ライターほどの小さな炎。女子忍者さんの指先が、燃えていた。
動かない奴等に、今度は女子忍者さんが燃やした指先で指さし確認、ひとりに狙いを定めて指をパチンッと鳴らした。
「ええっ!」
またまた驚かされた。
燃えた、燃えたんだっ、人がっ!?
なんと、指をさされた奴が、全身火だるまになった!
「ぎゃああああああああああああっ!」
耳をつん裂くような叫び声が森中に響き渡る。
炎に包まれたソイツは堪らずマントを脱ぎ捨て、裸で地面を転がり回っていた。
なにが起きた! 人が燃えた!? あり得ねぇ。
一瞬、茫然自失になる。
俺は燃え盛る男から女子忍者に目線を移した。
指を鳴らしただけの彼女。
彼女が『何か』をしたのは明らかだ。……超能力者、三人目?
頭巾から覗く彼女の瞳に炎が揺らめいている。
当然のように彼女の指先からは、あった筈の火が消えていた。
肉と髪の毛の焦げる嫌な匂いが辺りに充満していく。炎の鎮火とともに燃えていたソイツも、動かなくなった。……死んだ、のか。
「ほほう、小癪な真似を……面白いな」
いつのまにか、仲間の陰に隠れてるこいつが喋りだした。狡いなこいつ。
マントに身を潜めて野太い声の男が、頭上で分銅を回している。……仲間が燃えたんだぞ、何も感じて無いのか、こいつ。
唖然とする。
仲間の死を目の前にして、楽しそうに語ったこの男に俺は、腑の煮えくり返る思いで睨みつけてしまった。
怒りに呑まれていく。
ダメだ、ダメだ。冷静になれっ! こいつ等は敵なんだ、こいつ等がどうなろうと俺には関係ないだろっ!
首をぶんぶん振って、記憶のもみ消しを図る。今見た光景を忘れようとする。無理だ、やっぱ忘れらんねぇ。
グッタリ肩を落とす俺に、どこからか手が伸びてきた。ビクッと敏感に体が反応してしまう。
小さい手だった。その小さな手は恐る恐る、そして優しく背中をさすってくれた。
横を向いたら……モモちん。
モモと視線が絡み合う。
彼女と見つめ合う中で自問自答してしまう。
このままでいいのか? 俺はこの子に惨めな姿しか見せて無いんじゃないか? と。
── そんなのイヤだ。絶対にっ、イ・ヤ・だっ!
俺は可愛い子の前で格好つけたいんだ! 素敵ですって思われたいんだっ! ふざけんなっ、フニャチン野郎のっ、俺っ!
安っぽい見栄と青臭いだけの下心に火が灯る。大きく息を吸い込む。
「逃げんなっ、バカッ! 現実を受け止めろっ、ここは、そういう世界だろっ!!」
「……なんですか、それ?」
モモが栗色の瞳を大きく見開く。
モンジの瞳に光りが戻る。
「……変かな?」
「変です。……でも可笑しい。ふふ、ふふふっ」
彼女も微笑んでくれた。
モモが笑うと何故か、俺も嬉しくなる。気持ちが楽になるんだ。俺は救われてるんだろうな彼女に。
俺は何回この子に救われているんだろう。モモには一生頭があがんないや。
固く結んでいたモンジの口元が緩む。
彼女のポニーテールが俺の肩をくすぐる。
腕を絡めて、さしずめ恋人のように身を寄せてきた彼女が俺に、こう囁いてくれたんだ。
「……良かった」と。
モモ、可愛ゆす……。
ふしゅーっ! 充電完了っ!
どおぉ、お前らぁ、どっからでもかかってこいやー、オラァッ!
モモの優しさと柔らかさに、俄然やる気を燃やすアホひとり、モンジは良くも悪くも単細胞でした。
ん、ヒソヒソ話しが聞こえる。
モモとラブラブごっこしてる間にアイツ等、俺の陰口でも叩いてやがんのか? けしからん、けしからんな。あったまきた、盗み聞きしちゃろ。
(なぁ、マル。こいつに能力見せちまったけど、平気か?)
(……仕方なかった、よね。とにかく今は、霧隠れの連中に集中しましょ)
(だな。マルも全員は無理だろ)
(そうね、あと四、五人が限界ね)
(……わかった。あとはウチに任せてくれ)
(その時はお願いね、バツ……)
(おうよ!)
盗み聞きするまでも無しだな。あのぅ、丸聞こえですよ。マルさんとバツさん。
ソソソと、俺もモモに近寄り内緒話し。
さっき言いそびれた俺なりの最終手段を告げる。
モモも頷いてくれた。俺達の内緒話しはアッサリ終了。シンプルイズベスト、これに尽きる。
「まずは、お前からだ」
マルさんの能力に度肝を抜かれて凍結していた奴等。ドスの効いたこの一言で息を吹き返した。
戦闘続行。
頭目らしい男に標準を合わせるマルさん。
狡いこいつは、仲間を盾に隠れている。
ならばと盾にされた男、二人目の男に標準を合わせて能力解放、盾にされた男を燃やしている。
バツさんはエーティーフィールド全開で防御に集中。
モモは得意の棒手裏剣で応戦中。俺はバツさんのエーティーフィールドに守られながら通常弾(そこらの小石)でスリングで、ショットしまくり。
ヤバイな、煙幕が薄くなってきた。……そろそろ潮時だな。
そんな思考を巡らせていたら、仲間の陰に隠れていた低音ボイスのオッサンが動きを見せた。
分銅をブンブン回していたこいつが、明後日の方向に分銅を鎖鎌ごと全部放り投げたんだ。
「ノーコンかよ、あのオッサン」
正直ホッとした。
大した事ない奴等かと思っちまった。
だが違った、計算ずくだったんだ。奴の狙いに気付かされた時には後の祭り、最低、最悪。
俺はこん時の自分を思いっきりぶん殴ってやりたいと思ってしまった。
「ッカ!」
甲高い音が森に木霊する。
“ ッヒュン”
なにっ、風切り音!?
「あうっ!」
バツさんが膝を折った。なんで! 攻撃があたった!?
奴の得物は鎖鎌。
奴等の周り同様、俺達の周りにも無数に木が立っている。奴はその中の一本を目掛け、分銅を放っていたんだ。
奴の狙いはバツさんの横にある木。
鎌の刃が木に突き刺さり、反動で鎖が折れ曲がり円運動。分銅のみが横の人間に直撃した。
つまりは、横にいたバツさんの左足に分銅が突き刺さった。
「イヤァァァッ! バツゥゥゥゥッ!」
「……グッ、ゴメン、マル。しくった」
マルさんがバツさんに駆け寄る。
当然エーティーフィールドも解除、俺とモモが盾になる。
バツさんの左腿裏から鎖が生えてるように見える。
分銅が肉にめり込んでいるんだ。マルさんが懸命に止血を試みるが血が止まらない。
痛みを押し殺し、辛そうな表情のバツさん。
── もう、ダメだ。最終手段に出るしかねぇ。
「へへっ、巳波様。相変わらずのお手並── ッオゲ!」
突如奴は、仲間をぶん殴る。
何かが、著しく潰された音も聞こえた。
あの野郎、賛辞を送った仲間に裏拳かましやがった。
裏拳を喰らったソイツは顔面を陥没させて、崩れ落ちる。ビクン、ビクンと二度三度痙攣して停止する。たぶん、死んだ。こいつ、手甲になんか仕込んでやがる。
「不用意にワシの名を晒しおって、こいつ等を皆殺しにせんとイカンだろうが。このっ、青二才が」
たったそれだけのことで、人が死ぬ。
己が葬った仲間に、冷たい視線で見下ろすこの男。
俺はこいつに、冷酷無比なこの男に、やるせない暗然たる気持ちにさせられる。心に漆黒の帳が降りてくる。
「バツ、バツッ! しっかりして! バツッ、バツッ、バツッ!」
ハッと正気に戻される感覚。
マルさんの絶叫に似た悲痛な叫びが、俺を呼び戻す。
この感覚は覚えている。
そうだ、この感じ── イエ姉。
卑しくも俺はマルさんとイエ姉を重ねて見ていた。
彼女の優しさを思い出す。彼女の匂いを思い出す。彼女から愛情全てを思い出す。
怯えている俺、だけど暗闇の中にぼんやりとした、けれど決してきえない灯火を見つけた気がしたんだ。
まだ、捨てたもんじゃ無いと。
瞬殺された仲間に動揺すら見せない『霧隠れ』の連中、頭目であろう『巳波』と呼ばれたあいつに俺は、視線を釘付けにされている。
フと、右手を包む優しい感触。
モモが人死に気落ちする俺を慮ってか、手を握ってくれていた。何よりも暖かい彼女の温もりを感じて俺は……。
この時の俺は、奴の吐いた台詞を聞いて怒りよりも先に、こう思ったんだ。
人の命がこんな紙切れみたいに軽い世界なんて、クソッ喰らえだっ! 俺がこの手で全否定してやるって。
── 俺は眼前のあいつよりも、この世界の在り方を呪ったんだ。
ありがとうございました。




