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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
66/122

予兆

よろしくお願いします。


 陸之領西方。

 出之領との領境間近の地点。

 ここは南北に伸びる峰々が連なる山の中腹、そこに山肌をそって歩く二つの人影が見える。


「はあ、はあ、はあ、はあ、また揺れたな……」


 人影は男達。

 険しい斜面をくだるこの二人は少ない獲物と弓を背負い、道なき道を急いでいた。


「なあ、親父。最近、地震、多くないか?」

「ああ、そうだな。……ここんとこ、毎日だからな」


 陸之領から望む山のひとつ、猿ヶ岳のなかほど。

 朝靄の立ち込める森の中で狩人と思しき親子が足を止めた。


「……ここいら辺にしよう」

「……ああ」



 足元には枯葉の敷き詰められた斜面が広がっていた。

 彼等は足を取られぬよう、身近な木に体をもたれながら休息をとる。


「……」


 不意に空を仰いだ父親は、更に奥にあるひときわ高い山を眺めて、目尻に深い皺の刻む。


「……ほら、見てみろ。荒部山から黒い煙が立ち昇っているだろ。ありゃあ、不吉な前兆だ」


「黒い煙、不吉な前兆。まさか……」


「そのまさかが起きる。ワシ等もこうしちゃいらんねぇ。さっさっと山を降りるぞ」


「分かった。急いで戻ろう」


 狩を諦め獲物を担ぐ息子に、初老の父親は近道を示す。


「谷を下って村に戻るか。危険を伴うが、最短で帰れる」


 険しい表情で山肌から人里を眺めて父親は歩きだした。


「………」

「おい、いくぞっ! ……どうした? 早くしろっ。帰るぞ」


 足場の悪い斜面を降りてゆく父親。

 しかし、いつまでも動く気配の無い息子に声を荒げて振り返った。


「っおい!」


 訝しむ初老の男性。

 彼の目の前で息子は、俯いたままの姿でその場に佇んでいた。ついで口端から真っ赤な液体を流して倒れ込んだ。


「おいっ! どうしたッ!?」

「………」


 ドサッと前のめりに倒れ、急斜面を滑り落ちてくる息子を、ただ呆然と見つめる父。


「と、共吉! おいっ! おいっ!」


 はたと我に返り、息子の名前を呼ぶ。


「……なっ、なんだっ、こりゃあ!?」


 父親は目を疑った。

 うつ伏せのまま足元まで滑り落ちて来た共吉の背中には、無数の矢が突き刺さっていた。


「……共吉」


 獣皮を羽織る共吉の背中にジュクジュクと赤い染みが広がる。命の雫が溢れてゆく。

 まさかの事態に父は、血の気の失せた顔で硬直してしいた。


 “ ッシュン 、シュンッ ”

「っか、っかは」


 次の瞬間。

 短い悲鳴とともに、その父も倒れ伏す。

 父親は仰向けに倒れ、ズルズルと斜面を滑り落ちていく。


 父親の顔面が赤く濡れている。

 固めた表情の右目と口には、息子に刺さっている物と同種、短目の矢が突き立っていた。

 

「……仕留めたか」


 姿無き者の声。

 落ち葉の累積した山肌に物言わぬ親子が横たわる。

 この親子より高い斜面の木陰から、陽光に伸びる影の如く、焦茶色のマントを羽織りし数人の男達が姿を現す。


「我らの行く手にいるとは、運の無い親子だったな」


 一歩まえに踏み出した男が吐き捨てるように、冷めた声を見下ろす。

 先頭にいたこの男は、見た目にも特殊な作りの携帯型の小弓を携えていた。


「……この者達、如何いたしましょう」


 背後に並ぶ十人ほどの集団から無機質な声が飛び、先頭にいる男に伺いを立てる。


「……捨て置いても、死肉を狼共が全てを消し去ってはくれるが。もう既に戦は始まっておるからの。斥候としていかなる痕跡も捨ておけん、川にでも流しておけ」


「っは!」


 一人の掛け声とともに、後ろに控えていた男達も一斉に動きだす。まさしく霞の如くまどろみ、音も無く消え去った。


 一瞬で消去された親子の痕跡に、感情の無い視線を送る男はポツリと。


「あと一日もすれば、我らも『日立峠』まで辿り着く。あそこは我が軍勢の中継地点には持ってこいの場所となろう。故に、邪魔者は迅速に排除せねば」


 遠くに望む荒部山を鋭く見つめて彼は、つむじ風と共に姿を消した。





 その頃『日立峠』入り口では。


「皆さぁん。朝食の準備が整いましたよぉー」


「ととのいましたぁー。出来たぁー! お腹すいたよう。ヨシノっ、バッチいっ、ちゃんと手を洗って来なっ! まだ眠いよぉ〜。……ももぉ、おしっこぉ。お兄ちゃん、おはよう。……おはよう」


 モモの明るい呼び声が響き、子供達が一斉に騒ぎ出す。


「元気で何よりだな。はいはい、おはようさん。セツと信吉もおはようさん。おいおい、信吉、後ろ頭に寝癖ついてんぞ」


 わらわらと子供等にたかられ、その中のひとり、信吉を捕まえて手櫛で髪を撫でつける。


「皆さん聞いてください!」


 両手を挙げて皆んなから注目を集める、丸眼鏡の与一郎。


「この雑炊ですが、身近な薬草ノビルとセリが入ってますから。あっ、薬草って言っちゃうと不味そうですね。これは山菜です、山菜とも言いますね」


 慌てて言い直した際のズレた眼鏡を直し、与一郎は愛想笑いで話し続けた。


「これは朝イチで僕が採って来たもので、滋養強壮に効果がある食材なんですよ。ですから皆さん、沢山食べて元気になりましょうね」


「「はーい」」


 能書きをたれる与一郎に、子供達も話し半分で聞き流してる。そして配膳し終わったモモが席に着き、テーブルに集まった顔ぶれをさっと眺めて。


「絹さんは……いませんね。仕方ありませんね。いない人は気にせず、食べちゃいましょう」


 一瞬、表情を曇らすも、明るい声でモモはテーブルの上で手を合わせ。


「それでは皆さん、いただきます!」

「「いただきますっ!!」」


 やっと楽しい朝食タイムの始まりだ。

 

 わいわいと皆んなでモーニング雑炊を頂く。

 その傍らで俺は、スッキリしない顔をしていた。


 原因はこいつ、ヒョロ眼鏡。

 能書きたれの与一郎のヤツだ。

 さも自分が作った風に喋っていたが俺から言わせてもらうと。


 お前、そこらへんの草引っこ抜いて、モモに渡しただけだろうが。下準備とかその他諸々全部、モモ一人でやったんだぞっ、何を偉そうにっ!


 とか、言ってやりたい。

 でも言わない。

 こんな些細な事でイラつく俺は、朝から超不機嫌モード。


「……大丈夫ですか? 顔色、悪いですよ」


 お椀を片手にモモがダルそうな俺を気遣ってくれる。


「ハハ、モモは気にしないで。大丈夫、大丈夫……」


 平気なフリをして。

 眠気の原因、与一郎とおでんを俺はバッキバキの目で見やる、


 たっぷり寝れたのだろう。

 顔色、ツヤッツヤのデブとヒョロ眼鏡が楽し気に話してやがる。


 そうだよ、この二人とあの女の所為。

 俺が超不機嫌なのも、使えない与一郎とデブ男のおでん、それとあのアマ、絹さんの所為だ。

 このイラつきは三人に向けられていた。理由は昨夜の見張りの順番だ。


 最初はモモと俺、次に与一郎とおでん、最後に絹さんと俺、てな具合に当番で順繰りと野営の見張りをする筈だったのに。


 それが、こいつらときたら。


 交代の時間になっても全っ然っ、起きて来ない。

 一人で夜の森の中で起きてて、心細かったんだからな俺は。

 蚊にめちゃくちゃ食われるし、夜中に変な鳥が鳴いてるし、捕まえたカブト虫に逃げられるし、ホント最っ低だったよ。


 酷くない? 酷いよねっ!


 お陰であたし、おメメ真っ赤なんだからね! 一睡もして無いんだからねっ! もう、キライだからねっ! 

 新婚夫婦なら実家に帰ってるレベルだよ、こんなの!


 寝不足の俺は変なテンションでプリプリしていた。念仏みたくぶつぶつと苦情を垂れ流していた。

 

「……モンジ。お前、朝からぶっさいくだな。拾い食いでもしたのか?」


 寝ぼけ(まなこ)のバンビが俺の見たまんまを指摘する。


 昨日の晩から俺の定位置である長椅子の隣りに、ちょこんと横に座るバンビが、くたびれた俺の顔にケチをつける。


「不細工にもなるっつーの! 俺は全っ然っ寝てないっつーの! 今、すんごく眠いっつーの!!」


 鼻息を荒げる俺に、無表情のバンビはただジッと俺を見つめて。


「……そっか、眠いのか」


 顎に手を置き、悩む素振りのバンビ。そしたらこいつ、何を思ったのか唐突に。


「……なら、朝ご飯。あたしが食べさせてあげようか?」


 は? 

 コーヒーでも淹れようか、みたいな素の感じでこいつは、俺の度肝を抜いて来た。


 時間が止まる。

 瞳が交わる。

 バンビの顔が赤くなった。

 やっと自分の発言の意味を理解したみたいだ。


 引くに引けなくなったのか。

 テーブルからお椀を持ち上げ、ジッと俺を見つめてくる。

 彼女のつぶらな瞳に間抜けヅラの俺が映り、そして俺は。

 

「……いや、いらない」

「えっ、断るの!」


 拒否された事に驚くバンビ。 

 それも束の間の事で。

 また何を勘違いしたのか、急にニマニマし出して。


「……そうか。あたしに遠慮してるのか。そうか、そうか、いまさら水くさいぞ」


 今更も何も、お前とは昨日知り合ったばかりだろ。

 と、ツッコんでやりたい所だが、バンビは雑炊を木ベラで掬ってふぅふぅしだす。


「……ほら」


 目の前に、木ベラてんこ盛りの雑炊を差し出され。


「……マジでいらんから。普通に恥ずいだろ」


 やっぱり拒否する。


「……恥ずい? 何が? あたしは平気だけど?」


 嘘つくなよ。

 ほっぺた赤いし、お前も明らかに照れてるやん。

 意固地になりやがって、こんにゃろう。

 しかもさっきからモモとチビ共が俺らをガン見してんぞ。


「いいから、いいから。はい、あーん」


 それでもくるか。新手の拷問かよ。

 照れてながらのバンビの甘々な行為に、俺の思考は逆に冷めていく。


「ほら、あーんして、あーん」


 なんだよこれ。

 ラブラブやん。

 カップルが初めてお泊まりした時の朝みたいだなヤツか? 俺は経験無いから、知ったで語ってるけど。


 尚も迫り来る木ベラを見つめて、疑心暗鬼に陥りながら俺は。


「すいません。無理です。ごめんなさい」


 仰々しく頭を下げてキッパリと拒絶した。

 赤ら顔のバンビがむーと膨れてるが、知ったこっちゃ無い。恥ずいもんは恥ずいんだよ。


「あたしに気兼ねなんて、しなくていいのに……」

「……気兼ねって」


 少し寂しそうに口を尖らすバンビ。

 結果として、行き場を失った木ベラは彼女の口に収まりはしたが。

 バンビの後ろから事の一部始終を見ていたモモのうんざりしたような目がかなり痛い。


「モンジとあたしは……した仲なのに……」


 俯いて聞こえないくらいの小声でぶつぶつと文句を言ってるバンビ。

 聞き返す勇気のない俺は、ムクれる彼女の横で肩を竦める。

 昨日までとは打って変わり、馴れ馴れしいこの子の態度に正直、戸惑を隠せない。


 なので。

 バンビの真意を探るべく、朝食をかき込みながらそれとなく彼女をこっそり盗み見してみた。


「ふう、ふう、あふ、あち」

「……」


 ……猫舌かよ。

 冷ましながら小さいお口で、少しずつ雑炊を方張る彼女。それでも美味しいのか、時折ニンマリと笑顔をみせている。


 こうして見ると、見た目がいいだけの普通の女の子だ。


「……お前、変わったよな」


 素直な気持ちが口から漏れた。


「あふ、あふ、はにが?」


「ごめん、何でもない」

「……?」


 彼女は手で口元を隠し、はふはふしながら眉間に皺を刻む。


 彼女が変わったきっかけは不明だが。

 思うに、慣れからくる心境の変化ってヤツなんだろうか。


 勝手な言い分だけど、これはこれで良い傾向だと思う。

 出会いこそ仮面みたいな無表情の女の子だったから。

 それがいつの間にか、いろんな表情を見せてくれるまでに、心を開いてくれているって事だろう。


「はふ、はふ、ほいしいね」

「そうだな……」

 

 熱々の雑炊を頬張り、微笑みかけてくる彼女。

 ホント変わったよ……。

 そんなバンビを見守りつつ、ひとり感慨に耽る俺はこうも思った。


 やっぱ女の子は、表情豊かな方が断然いいよなって。


「……なに?」


 チラ見してたら、ヤバッ、目が合った。


「あ〜、気にすんな。え〜とぉ、なんつーか。お前に見惚れてただけだから……」


 慌てて軽いジョークで誤魔化した。


「み、見惚れてた? あたしに? えっ、あ、うぅ、あっ、そう、そうなんだ。そっか、へぇー、そう。それならいい……のか?」

「……いいんちゃう?」


 ドングリ眼で戸惑うバンビ。

 耳まで赤くして彼女は俺からパッと目を逸らす。……なかなか()いヤツめ。

 

 バンビの横で太平楽を気取り、まったり朝食を頂く俺。

 チラチラと俺の様子を窺っていた彼女も食事を再開。

 キョドるバンビに中断されたので、改めて観察してみる。


 枝の間から柔い光りが差し込み、彼女の白い髪が銀色に輝く。


 どことなく儚げな正統派の美少女。

 着物から覗く腕も足も勿論のこと、顔も新雪のように純白。

 精緻で整った面差しに、気の強そうな眉毛と長めのまつ毛も両方とも真っ白で。

 初対面ならあながち、見惚れてしまうのも頷けるくらいにこの子は、息を呑むほどの美少女だ。


 ある意味綺麗過ぎて。

 神聖な存在と言うか。

 人が触れちゃいけない存在、犯しちゃいけない存在みたく思えてしまう。


 ……不思議な力も使えるしな。

 案外、インチキ聖職者サイ〇バみたいに、ビブーティなるヘンテコな粉でも出せるんじゃないかと、妙な期待をしてまいそうだ。

 ……あ、ここでフと大事な事を思い出す。


「っあのさ!」


 急遽、バンビに詰め寄る俺。

 ヤバ、顔ちか!


「……なに?」


 見開いた澄んだ瞳に吸い込まれそう。

 俺の瞬きと鼓動が早まる。

 このドキドキもじっくり観察したせいだ。

 俺には眩しすぎるこの子の容姿が凄く目が痛くなる。シュンとして、またすぐ定位置に戻るヘタレな俺だった。


「驚かせてゴメン。……そうそう、昨日はバタバタしてたからアレだったけど。家の場所、大雑把な方向しか聞いてなかっよな」


 すっかり忘れてた。


「……うん」


「それでお前ん家って、何処らへんにあんの?」


 結果として、バンビを朝帰りをさせてしまった。

 事情があったとは言え、大人として猛省せねばならん事案だ。


 こいつの言う家の方角が、俺達と一緒ってだけで馬車に乗せて来たんだけど。

 それで宿場町で大変な目にあって、そのお陰でセツと信吉、ついでに子供達を助けられたんだから結果オーライではあったんだけれども。


 でも出来れば昨日の内にバンビを家まで送り届けたかった。なにせこんな物騒な世界でこんなに可愛いらしいお嬢さんだ、親御さんもさぞかし心配しているんだろう。


「……あたしの家、このまま真っ直ぐ。ここから、そんなに遠くないよ」

「峠を越えた辺りか……。その家、危なく無いのか? 山賊も出るんだろ」


「……まあ、よ、夜は出歩かないし、意外と平気かな」


 目を泳がすバンビ。


「山賊って、俺はよく知らんけど、そうなの。そんなもんなの?」

「そうだよ。ここら辺の山賊は大人しいから」


 大人しいって。

 そんな都合のいい山賊っているのか?

 しかも、なにこの煮え切らない表情。焦るバンビの様子に僅かに不信感を抱く俺。


 あと、こいつ確か昨日の説明では、家に帰る途中で具合が悪くなって遭難しかけた、とも言ってたよな。


「……それとお前、難病でも抱えてる?」

「難病? なんで?」


 顔をしかめるバンビ。

 それでも美少女なのは変わらずなのな。


「だって昨日、倒れたんだろ」

「……あ〜、うん。そだね〜、アハハ、ハハ」


 バンビの空笑い。

 このあと何度彼女に質問しても、生返事の繰り返しで。「もういいでしょ」と、つっけんどんな感じで口を噤んでしまった。


 あまり自分語りをしない彼女に、俺は未だに警戒されてるのかと内心でショボくれてしまう。


「……ごめん。深入りし過ぎだよな」

「……」


 なんだよ、今度はだんまりかよ。

 これも仕方がないのかも。

 素性も知れない俺等と、成り行きとは言え一緒に行動する羽目になったんだから。

 もし現代の常識なら、人攫い扱いされても不思議じゃない。

 なんなら小学生の必須アイテム『防犯ブザー』を、いつ鳴らされもおかしくない状況だ。


 だけど、ついさっきまでの打ち解けた感が嘘みたいに、彼女から壁を作られているような気がする。

 どこか寂しいような、虚しいような、鬱々した感情に囚われてしまう。そんな時だった。


「おはよう! ……ふぅ、さっぱり」


 快活な声が耳に入る。


「あらっ、美味しそうな匂いね」


 顔を洗ってたんか。

 ここで手拭いを肩に、サッパリした笑顔の絹さんが登場した──ッて、この野郎。


「おは、よう……」 


 声のトーンがだだ下がる。

 俺の寝不足の原因であるこの女、絹さんをジト目で睨む。


「あら意外、元気そうね……」


 このアマ、昨日爆睡してたの絶対ぇ確信犯だろ。

 俺の視線に気づいて、絹さんも俺を目線で刺してくる。

 絹さんの目が怖ぇ、負けそう、でも頑張る。負けるな俺!


 一念発起して耐え忍ぶ。

 彼女から謝罪の一言でもあるかと思えば。


「……あんた眠そうね。顔でも洗って来なさい、サッパリするわよ」だって。


 いけしゃあしゃあと宣う彼女に、俺のこめかみに青筋が浮く。


 こんの魔女めっ!

 いつか必ず、土下座ついでにてめぇのパンツ覗き見てやるからなっ!


 絹の報復を恐れてショボい仕返ししか思い付かない、ヘタレのモンジ君でした。



 朝食を終え、モモと一緒に女の子達は後片付けをお手伝い。

 セツもちっちゃく手を降って、俺にまたねの合図で去っていく。


 男の子達はっと。

 二人だけなんだけど……無駄に走り回っている。あ〜ぁ、信吉、そんなに急ぐとスッコけるぞっ。


 絹さんと与一郎も席を立ち。

 まだ出発まで時間があるならと、絹さんは弓の稽古に出かけ、与一郎は薬草の採取に取り掛かる。

 体を縮めたままのおでんは俺の背後にいて、反省の意味で俺様の肩を揉んでいた。


 おでんよ……思いの外、気持ち良いぞ。

 ご満悦のモンジにおでんもニッコリ。


 バンビは、どこかに消えたと思ったら。馬車から紙の束と硯箱(すずりばこ)を持ってきて。

 お前のか? と訪ねると、モモから借りたんだと。


「なんだバンビ。お絵描きでもすんのか?」

「……ん。……似顔絵」

「ほほう。……で、誰の?」

「……モンジ」

「……なんで?」

「……今日は一段と変な顔だから」


 ……あ、そ。


 ふんっ、ふふんっ♪ と、鼻歌交じりに筆を滑らすバンビちゃん。

 足をパタパタしながら上機嫌の彼女は筆をさらさら走らす。さっきまでの大人びた表情もどこえやら、年相応の幼い少女に戻っていた。


 こいつ、真剣な顔だとホント、完璧美少女になるのな。


 つい見惚れてしまう。

 まるで天使のようなその見た目に、昨夜の怒りが浄化されていく気がする。ここで一つ、ワタクシからのお願いしてみる。


「あのぅ、バンビさん。多少男前でお願いします」

「………」


 軽いおふざけに、無言の返しが何よりキツい。


 バンビが一枚目を描き終える。

 キッと目尻を吊って紙をクシャクシャッ、ポイッ。

 すぐに二枚目を用意し、描き終えて……。

 またキッと眉を吊りあげ紙をクシャクシャッ、ポイッ。


 三枚目も描き終わり、さすがに三枚目ともなるといい加減上手く描けただろうと思いきや。

 またギュッと鼻に皺を寄せて紙をクシャクシャッ、ポイッと。

 

「お前は、スランプ中の漫画家かっ!」


 このツッコみも古いと思うが。

 裏手でビシッと、しっかりめにツッコんでやった。


「う〜〜。上手く描けない」


 頭をガリガリと掻きむしるバンビに溜息が溢れる。


「あのさぁ、絵なんて上手く描けなくてもいいんだぜ。見たまんまより感じたままを表現できれば、それが味になってバンビの絵になるじゃないのかな。そもそも絵って、自由な発想で楽しみながら描くモンじゃないのか」


 絵心も無いクセに。

 もっともらしいことをほざいて俺は、こいつが捨てた絵を拾い、広げてみた。


「おぉ! 上手く描けてんじゃん!」


 見た目は小学校年長組のバンビちゃん。

 夏休みの絵日記に良くある、平面的な女の子っぽい絵柄を想像していたが。

 イラストチックで立体的な人物画(俺)が描かれており、思わずその画力の高さに感嘆の声を漏らしていた。


「なんだよ、マジ上手いじゃんか。これのどこがダメなの?」

「う〜〜。……モンジは、もっと……男前」


 あらやだ、この子ったら。サラリと嬉しいこと言ってくれるじゃない。


 途端にホクホクするモンジに、耳まで羞恥に染めたバンビがそっぽを向く。


「なにっ、なにっ! なに、やってんの?」


 走り回っていた男の子達が集まってきた。

 

「おいおい、信吉、お前鼻が垂れてるぞ。ほらっ、こっちに来い、鼻チンチンしちゃるから」


 信吉に手ぬぐいで鼻チンさせつつ説明。


「ああ、お絵描きの真っ最中だ。お前達もやるか?」


 やる、やるっ! と、騒ぎ出す男子二人。

 えーと、元気なこの子は大吉君だっけ。


「バンビ、悪いんだけど、大吉にその筆貸してあげて」

「……ん」


 素気ない態度で筆を渡すバンビ。

 大ちゃんはバンビのその態度を気にもせず、筆を取り、テーブルにあった紙にサラサラと独創的な絵を描き始めた。


 真横の絵で四本足に尻尾がある。

 全体に気持ち悪い配置の斑点模様に、目が白目。耳が頭の上にあるし、犬だろうか? 猫だろうか? 


「はいっ! たぬきが出来た!」おおう、タヌキだった。


 大吉画伯が才能を開花させてる間に、信吉が手持ち無沙汰の様子なので。


「……信吉も書く?」


 声をかけるも信吉は首を横に振る。

 こいつ、自分の感情を押し殺すきらいがありそうだな……それなら。


 俺は紙を一枚拝借して、男の子ウケの良さそうな折り紙を折々と……はい、完成。


「ほらっ、信吉。プレゼントだ」


 折り紙で作った兜を、腰の引けてる信吉の頭に被せてやった。


「え、なに、え、え。……あ、ありがとう」


 紙兜を手に取り、眺めて、感謝された。

 はにかむ信吉の顔が見れて、俺的にもちょっと嬉しい。


 こんなモンで喜んでくれるならと。

 俺は俄然やる気をみなぎらせ、兜には武器も必要だろうと、こんなのも作ってみました。


「信吉、見ててみ。これは、こうやって遊ぶんだぜ」


 俺は折り紙で紙鉄砲を作った。

 あの三角の形のヤツで、端っこを持って縦に振ると結構な音が鳴るヤツな。試しに一回振ってみる。


「えいっ、スパポンッ!」


 思ってより若干気の抜けた音がしたけど、問題無いだろう。音の出る折り目を戻して信吉に渡した。


「はい、どうぞ」

「……音が出るんだ。凄いね、これ」


 おっかなびっくり見よう見真似でスパポンッ! と、音を鳴らす信吉が満面の笑顔を見せてくる。信吉のはしゃぐ姿に、こっちまで嬉しくなってくる。


 スパポンッ、スパポンッと音を鳴らしまくりの信吉を、お絵描きを止めて、バンビと大ちゃんも羨ましそうに見ている。そこで、二人分を早速折り折り。


「はい、どうぞ」


「あんがとう、兄ちゃん! スパポンッ!」

「……ありがと。スパポンッ!」


 バンビはニマニマと一人遊びで、大吉は喜び勇んで信吉に絡みにいく。


 大吉と信吉のチャンバラ風スパポン合戦が始まると、遠目に見ていた女の子達も集まって来て、物欲しそうな目で俺に訴えてくる。

 

「はいはい、分かりました。……でも、女の子だしなぁ。そうだ、皆んなで遊ぶならコレかなぁ」

 

 俺はもう一枚紙を貰い、紙鉄砲より手間暇かけて折々する。最後に穴から空気を入れて、はい、出来ました。まぁ、まぁ、の出来かな。

 

「セツッ、いくよっ! そーれっ、ッパン!」


 完成したのは紙風船。

 自画自賛した紙風船を、俺は勢いよく叩いてセツに飛ばす。


 セツは「っきゃ!」と叫びながら弾き返し、たまたま向かいに居た他の子が風船を弾き、また別の子に渡る。


 ふわふわと宙を舞う紙風船。

「キャッキャ」言いながらも女の子達は、風船と一緒に笑顔を弾き飛ばす。


 永遠に続かのようなラリーに目を細めながら俺は、小学校時代の楽しい昼休みの時間を思い出していた。

 

「ねぇ、兄ちゃん! 越後屋やってよっ!」


 気を抜いていたら、大吉にゴッコ遊びの提案をされて。


「……? 越後屋って、なによ」

「越後屋って、悪い奴なんだぜ! 兄ちゃん、しらないの?」


 上前歯二本が欠損中(乳歯)の大吉が、ガハハ笑いでご教授。

 たぶん「越後屋、お前も悪よのう」のヤツだろう。逆になんで知ってんのって聞きたい。


「ゴメン。兄ちゃん、いま死にそうなぐらい疲れてんのよ。代わりにおでんおじちゃんが越後屋の役やってくれるってよ」


 見張り当番の借りを返して貰うべく、俺の腕揉み中のおでんをジッと見る。


「お、お、おで? えっ、えっ?」

「……昨日の借り、忘れてねぇよな」


 戸惑うおでんを威圧する。

 大吉と信吉もおでんをジーと見ていた。それで結局……。


「越後屋しねー! ……しねー! ッスパポン、スパポンッ!」

「おでー、おでー、しぬ、しぬぅぅぅ。け、けど、しなない〜」


 おでんが悪役で、越後屋ごっこが始まった。


 ハッチャケる大吉。

 眠たいせいか、この子の機敏な動きを見てたら。

 大吉のことピグミーマーモセットに見えてきた。面白いので、動物繋がりで信吉は……子供のカピバラっぼく見える。


 楽しくなってきたので、奥で紙風船遊びに夢中になっているセツを注目する。


 うーん、そうだなぁ。

 セツは人懐っこそうだから犬だな。犬種はポメラニアン。

 そんでチトセは、小狡そうな感じだから、イタチかな。

 あと、ヨシノとマイはちっこいし。

 ふむふむ、ヨシノはミニウサギでマイはハムスターってとこだな。

 ついでにモモは……ちょこちょこしてるし、やっぱリスだよな。


「ねぇ、あたしは?」


 穏やかな表情のバンビが俺に質問をしてくる。どうやら俺の心の声が漏れてたらしい。

 なので、背筋を伸ばして彼女の顔をじっと見る。


「……そうだなぁ。バンビはやっぱ猫だな。種類は真っ白いラグドール」


「猫? ラグドール?」

「ああ。バンビみたく目が蒼くて、すんごく綺麗な猫なんだぜ」


「……綺麗なんだ。へぇー、そっか、モンジにはあたしが綺麗な猫に見えるんだ。へえー、そっか、へえー、えへへ。あたしみたいに蒼い目で綺麗なんだぁ、へえー……」


 バンビが綺麗って言葉に食いついてる。

 彼女のこの見た目だったら、小さい頃から言われ慣れた言葉だと思っていたのに、意外だった。

 

 結構自尊心の低い子なのかも。

 はにかむバンビを見て俺の抱いた感想だ。


 バンビから視線をズラすと。

 テーブル横の広場で子供達が元気に遊んでる。

 朝日の差し込む森の中で、子供らしい無垢な笑顔を振り撒いている。


 そんな彼等彼女等の手首にどうしても目を止めてしまう。

 未だ痛々しいぐらいに手枷の跡が残ってるからだ。

 仮染めの平和でしかない彼らを眺めながら、俺は考え込んでしまった。


 ほぼ衝動的に助け助けたものの、この子達をどうしたものかと。


 助けたのは俺の判断で俺が勝手にやった事。

 皆んなにはこれ以上迷惑はかけたく無い。

 連れて行くにしても、北の大地は危険な場所だから無理。

 かと言って、宿に預けるにしても俺は無一文で逆さまにしても鼻血も出ない。


 マジでどうしたらいい?


 悩みまくりの俺。

 ちっちゃな脳みそフル回転させろ。

 まず第一に、この子達の安全が確保が最優先で、尚且つ無料の施設じゃなきゃあダメだ。

 それなら教会かお寺なんかで預かって貰えるんだろうか。

 手続きうんぬんは役場なのかな? それとも現地で直接交渉なのかな? 分からん。


 難しい顔でうんうん唸るモンジを、ゆっくりと黒い影が覆う。


「……モンジさん」


 どこからか手が伸びできて、コトッと目の前に湯呑みが置かれる。気が効くこの人は誰だろうと、俺はゆっくり顔をあげ── 肝を冷やした。


「……楽しそうですね」


 見上げた先に、怖い顔のモモがいた。

 厳密には笑顔を貼り付けてはいるが、目が全然笑ってないモモ。


「……ど、どうも」

「……この紙」


「……へ?」

「その紙、些かお高い紙なんですよ」


「へえ〜、そうなんだ」

「モモの乏しいお給金で買った、とても貴重な紙なんですよ。知ってました?」


 瞬きもせず、地面に転がる紙クズを見つめるモモちん。

 彼女の背後にゴウゴウと燃え盛る炎が見える、ような気がする。


「ちょっ、ちょっと待って、ちょっと待ってね」

「……」


 慌ててバンビの捨てた紙を拾い集め、手で皺を綺麗に伸ばした。


「ハハ、ゴメンね。これでどうかな? まだ使えるかな?」


 媚びるようにモモのご機嫌を伺う。


「……は?」


 モモの冷えきった目がちょっと怖い。どうしよう。


 紙オモチャでキャッキャッはしゃぐ子供らの傍らで俺は、額にじんわりと嫌な汗を滲ませた。


「……ふうっ。子供達が楽しそうですから、別にいいんですけど……」


 無邪気な子供達に救われたな。

 モモは怒りを納めてくれたらしい。

 大きく溜息を吐いたモモは、バンビの隣りに腰を下ろした。


 何を作っていたんですか? と、尋ねてられたので、答えるよりもまず作っちゃると、紙に手を伸ばすも。

 キッとモモに睨まれたので、クシャクシャの紙を再度綺麗に伸ばして、俺の最も得意とする作品を折り折りする。


 片手だから、結構ムズイな。

 ふん、ふふん…… ♪

 うん、いい感じに出来た。あとは羽根を伸ばして、完成です。


「はい、モモにプレゼント」

「……ぷれぜんとって何ですか? えっ、これって鶴ですか?」


 不思議そうに鶴の折り紙をマジマジと見つめるモモ。徐々に本物の笑顔を咲かせていく。

 この世界だと紙が貴重品なのか、あまり折り紙は浸透してないらしい。


「へえー。凄く可愛いです! ありがとうございます」


「ハハハ、どう致しまし──っぎゃぴ!」


 笑顔のモモに見惚れていたら、バンビにまたお尻をツネラられました。


 反射的にバンビに目線を移すとこの子、口をへの字に曲げてます。


「……あたしのは?」

「へ? ああ、バンビも欲しいのか?」


 頷くバンビ、拗ねてたのね。おし、バンビ用にもう一羽、作っちゃる。


 お尻を摩りながらモモの了承の元、もう一羽、バンビの為に鶴を折る。勿論、モモにもシワシワの鶴じゃなくて、新しい紙で綺麗な鶴を折り直した。


「……ありがと」

「ありがとうございます。ほら、バンビちゃんとお揃いで可愛いです」


 瞳を輝かせて喜ぶ二人。

 美少女が二人がイチャイチャうふふしてる姿、こっちまで嬉しくなってきた。と、そんな中。


「ッグラ!」

「!?」


 急に地面が揺れ出した。


「グラ、グラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラグラ──」

 

 これはヤバい。

 俺はモモと目配せして、ダッシュで子供達を回収。簡易テーブルの下に押し込む。


 バンビは──

 もたもたしてるバンビを抱いてテーブルの下に身を潜める。昨日についで、また地震だ。


 突き上げるような揺れ。不安がる子供達。

 俺はおどおどしている子供達に「大丈夫だから」と気休めでも笑みを作り、落ち着かせようと躍起になっていた。


 暫くして揺れがおさまり── 。


「ねえっ! 大丈夫っ!」

 絹さんが慌てて駆け寄ってくる。


「昨日に続いて、また揺れましたね」

 与一郎はザルいっぱいに草を乗っけて小走りでこっちにくる。


「………お、おでが転んだから。じ、じ、地面が揺れた?」

 気まずそうにおでんがボケる。……知らんがな。


「……モンジ、早く家に戻りたい。なんか、嫌な予感がする。……家族が心配なの」


 テーブルの下でバンビが俺の袖を引っ張り、険しい表情で訴えてきた。ああ、分かってる。


 群発する地震に俺も正味、イヤな予感しかしない。

 地震による土砂崩れや、近くに活火山があるなら最悪も有り得るかも── 山の中に居たら途轍もなく危険だと。


「モモ、急いで荷物をまとめて先を急ごう。このまま山に居続けるのは危険すぎるっ!」

「分かりました!」


 俺達は早急に荷物をまとめて馬車に乗り込んだ。

 元々この峠道は山賊の出る街道と言われている。急いで越えるつもりだったから、このままバンビの家まで直行だ。


「バンビ、お前ん家って山を越えた先にあんのか?」


 馬車に乗り込んですぐさまバンビの確認をとる。一秒でも早く場所の詳細を知りたい。最悪が起きてからじゃあ遅いからな。


 言いづらそうに、口をモゴモゴするバンビ。

 早くと言いたい所だが、相手は女の子なのでグッと我慢。

 待つ事数秒。

 皆んなが出発の準備を進める中、やっと口を開いてくれた。


「……。……。……山の天辺」


「おし、山の天辺だな、分かった! ……は? 山の天辺!? 峠を越えた先じゃなくて、ここ! はああっ!?」


 山賊と狼と地震とで三拍子揃ったこの山にだ。そんな所に家があると告白を受けて。


 木々に覆われた峠道、木漏れ日の差し込む森の中で、俺の叫び声だけが大きく木霊したんだ。



♦︎



 陸之領本城、一階の評定場。


「殿、出之領のニ万の軍勢。進軍を確認しました!」


「ググッ。とうとう来たか、あの狸ジジイッ!」


 物見の報告に、盛大に奥歯を噛み締める『清代 公寛(しんだい きみひろ)』陸之領領主の姿がここにあった。


 下は銅色の佩楯、上は鎧下着で上座に座る領主。

 視界の先には五十人は入れる板間が広がる。

 そこには、統一された紺色甲冑に身を包んだ陸之領の重鎮達の姿で埋め尽くされていた。

 乱破による出之領の進軍報告はまさに、軍議の真っ只中の報せである。


「……如何いたしましょう」


 座した格好で、顔面傷だらけの男。忍び頭筆頭『三木 強盛(みき つよもり)』が、領主公寛に頭を垂れて伺いを立てる。


「殿っ! 打って出ましょうっ! 地の利はこちらに有ります。故に奇をてらい、電光石火の奇襲で大将首を討ち取りましょうぞ!」


 一際体の大きいこの男、騎馬隊大将の『緒方 宇仁(おがた うじん)』が座したまま、膝頭を擦り前に出た。


「ほ、ほ、ほ、それは愚策も愚策」


 緒方の策に意義を唱えたのは長身の男、弓隊大将『賀来 正孝(かく まさちか)』だ。


「なにを!」


 ダンッと畳を踏みつけ、膝立ちで賀来を睨みつける緒方。


「ほ、ほ、ほ。相手は狸と噂される高虎ですぞ。大将首を狙うにしても影武者の一人や二人、当然いてもおかしくない」


「ぐぎぎ……」


「それに出之領ニ万の軍勢に対して我らは五千。単純に四倍の兵力差では、千騎にも満たない緒方殿ご自慢の騎馬隊を以ってしても、一刻も持ちますまい。山高きが故、貴からず。石に灸ですよ。ほ、ほ、ほ」


 扇子で口元を隠す賀来。

 そこから覗く目元には薄笑みを湛えている。あからさまに緒方の浅慮で短絡的な物言いを小馬鹿にしていた。


「おヌシ、公寛様の面前でそのようにワシを愚弄するなら、ヌシの御自慢の策を聞かせて貰おうか?」


「近い近い、緒方殿の恐ろししゅうて叶わん」


 鬼瓦にも似た形相で緒方は賀来に詰め寄り、暑苦しいとばかりに賀来は、鼻息を荒げる緒方を扇子であしらう。


「……あのぅ」


 と、ここで自身なさ気で手を挙げたのは足軽大将、小兵で細身の『宮下 道久(みやした みちひさ)』だった。


「すみません、よろしいですか?」

「なんじゃ、道久!」


 公寛の了承を得て、周りを窺いながら口を開く道久は。


「はい、ワシは籠城が得策かと思いまするが如何でしょう」


「なにを、籠城だと! 臆したかっ、道久!」


「緒方! 少し黙れ!」

「ぐぬぬ……」


 消極的な道久の提言に激昂する緒方。そこに公寛の一喝を食らい緒方は黙り込む。


「気にするな道久。早う申せ」


「は、はい。籠城策を申したのも一昔前とは言え、この城は難攻不落と呼ばれた『陸前城』故にございます。四倍の兵力差なれど、我らの城なら数週間、いや一月ぐらいの間なら持ち堪えるかと……」


 ザワめく軍議場。

 二十畳ほどの座敷の中で、三十数名の重鎮達が己が意見をぶつけ合う。

 これといった策も出ぬまま時間ばかりが過ぎてゆく。

 

「ふ〜〜む」


 顎を撫でる領主公寛が目を閉じる。

 数秒の沈黙の後。

 意を決したように公寛は、瞼と同時に口を開いた。


「緒方、まずお前が五百の騎馬隊を引き連れ時間を稼げ。坂寅の足止めじゃ。賀来、常之領に援軍の要請じゃ、速馬を出せ。三木、物見の数を今の倍にしろ。よってこれよりワシ等は籠城戦で坂寅を迎え打つ! 皆の者、早々に準備に取り掛かかれっ!!」


「「っは!」」


 領主の決断に城内が慌しく動きだす。


「おっしゃあー! 坂虎(さかとら)(出之領、領主)の首っ、ワシが獲ったるわぁー!!」


 足止めとはいえ、棚ぼたを狙う緒方が意気揚々と立ち上がり、床板を大袈裟に踏み鳴らしながら退室する。


「ほ、ほ、ほ、緒方殿は頼もしいですな。……見た目通りの猪武者まる出しで。ほ、ほ、ほ」


 いやらしい笑みを浮かべる賀来も、緒方に続き部屋を出る。


「……では、武器、食料の調達及び、領民の避難は我らが」

「頼んだぞ、宮下」

「はっ、お任せを」


 宮下も足早に座敷を後にして。


「……殿」


 宮下が退室したのち、忍び頭の三木が公寛に音も無く近寄る。


「……殿、出国の準備も進めておきます」


 耳打ちされた内容に顔を曇らす公寛。

 次には、苦渋に満ちた表情で頷く。


 三木も退室し。

 ひとり残された公寛は軍議場にて天井を仰ぐ。

 脇に置いた愛刀をグッと掴みとる彼からは、並々ならぬ殺気が(みなぎ)っていた。


「木場 清光。これも全て貴様の仕業であろう。貴様の放った火がワシの領地にも燃え広がっておるわっ! 清光、貴様だけはこのワシの手で、必ず仕留めてやるからの、覚悟しておけよ!」


 分かり切った黒幕の存在に、ギリギリと奥歯を噛み締める公寛。彼はやわら立ち上がると、声を荒げ。

 

田上(たがみ)っ、田上はおるかぁー! ワシも緒方と共に討ってでるぞっ、早々に馬を引けぇー!!」


 側近の名を呼び、床板を大仰に踏み鳴らして部屋を出た公寛は、眼前の敵『田部 坂寅(たべ さかとら)』へとその怒りの矛先を向けていた。

 

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