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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
65/122

四姉妹

 よろしくお願いします。


 山裾に広がる草原。

 夕日に燃えていた空も藍彩に染まり、舟形の月がぼんやりと浮かんでいた。


 風の凪いだ荒地は雑草が生い茂っている。


「……もう、いった?」

「やだ〜、変な虫がいる〜」

「シッ! 静かにしろ……」


 草葉の影から三つの塊が現れた。

 よくよく目を凝らせば、黒い忍び装束を纏った三人組だ。


「あの男の子ね……」

「……たぶんね〜、目の色が緑だし〜」

「シカクも一緒にいたしな」


 三人は少年の起こした乱闘騒ぎを、草むらからコッソリと観察していた。その中のひとりが、唇を尖らせ不服そうに喋り出す。


「マル。あの子、力を使ったな」


 抑え気味な声量。

 それもそのはず。

 つい先程の地震の影響で、やや離れた位置いる男達が腰を抜かしているからだ。


「……そうね」


 小声で『マル』と呼ばれた者が呟く。

 頭巾より覗く青い瞳を細めて、山へと繋がる道なき道を進む隻腕の少年と、彼にしがみつく白髪の少女を見つめていた。


「ねぇ、バツ。あの子、笑ってない?」


「ああ、そうだな。……珍しいよな。あいつ、笑わないもん。『サンカク』も見たことあるか?」


 マルと同じく、少年と白髪の少女を目で追う人物。『バツ』と呼ばれた者が茶化すように答えた。


「無いよ〜。なに、なに〜、恋バナ〜? あれあれ〜、まさかの〜、『シカク』に〜、恋人が出来たとか〜?」


 場違いなほど緊張感の無い喋り方をするサンカク。


「やっぱお前は黙れ。喋り方がムカつく」

「え〜、あたしは〜、恋バナがしたいだけなのに〜。もう、つったん酷いですぅ〜」


「恋バナなんかするか! お前の喋り方がムカつくからムカつくって言ってんだよ! それにウチの事、つったんって呼ぶなっ!」


 元々のツリ目を更に吊り上げるバツ。


「ヒャ〜! つったん、すぐ怒鳴るから怖いですぅ〜」


 演技っぽく大袈裟に怯えて見せたサンカクは一変、勝ち誇ったような顔をして。


「そう言えば〜、最近つったん。一人称、オレからウチに代わったよね〜。なんで?」


「ぐぬぬ、べ、別に前からウチはウチだし」

「え〜、最近だよね〜。つったん自分のことをウチって言い出したの〜。だから、なんで?」


 ささっとマルの背中に隠れてサンカクは、尚も強気な姿勢で語る。


「どうでもいいだろそんな事、ホント腹立つなぁこいつ。なぁ、マルからもなんか言ってくれよ。ウチら大事な任務の最中なのにこいつときたら、いつも頭の中はお花畑なんだぜ」


「ほらっ、つったんまたウチって言った!」

「うるせぇなぁ、いいだろっ、別に! それにつったんって呼ぶな!」


「はあ……。私達は四姉妹で仕事をしてるのだから、少しは仲良くしなさい」


 どっちもどっちと言いたげな表情でマルは、バツの黒歴史をほじくるサンカクを諫める。


「中途半端に色気づくから、いつまで経ってもモテ無いんだよ〜、つったんは〜」

「はあ? いまなんつった!」


 マルの背後からしたり顔で煽るサンカクに、バツは怒りを露わにした。


「それにつったん、下着だって女の子らしい可愛い下着に変えたしね〜」

「な、な、何でお前、知ってんだよ!」


 追い討ちをかけるサンカクにバツは狼狽える。


「あ〜、分かった〜。ほら、ほら〜、この前一緒に仕事したイケメンの……誰だっけ?」


 顎に人差し指を置き、考える素振りのサンカク。


「そうそう、鯉太郎くん。彼と仕事してからだよね〜。つったん、女の子らしさに目覚めたのは〜」


 するするとバツから表情が消えていく。


「……もう喋るな。……それ以上言ったらお前をぶん殴る」


「怖い〜! でもでも〜、鯉太郎くんねぇ〜。実はあのあと、あたしに告白してきたんだよ〜」


 フガーと鼻息を荒げてバツが、ニヤケるサンカクに襲いかかった。


「事実を言ったまでです〜。イヤー、やめて〜! 髪を引っ張らないで〜!」


 子供みたく取っ組み合いのケンカを始める次女と三女に、マルの眦がキリキリと吊り上がる。


「バツもサンカクもいい加減にしなさい! ッゴン! ゴンッ!」

「っ痛!」

「痛いぃ〜!」


 彼女は鉄拳制裁で二人を黙らせた。

 涙目の次女と三女は、両手で脳天を押さえてうずくまる。それでも懲りずにこの二人は。


「サンカク、お前の所為だからな」

「あたしじゃないよ〜、つったんが急にキレ出したからでしょ〜」

 

「はあ? ウチに口答えするのか? キレさすお前が悪いんだぞ」

「短気は損気なんだよ。そんな事も知らないのぉ〜」


 険悪な二人に再び睨みを効かせてマルは。


「あんた達、また叩くわよ」


 ドスの効いた声で脅しをかけてくる長女に、二人はビシッと姿勢を正し。


「「はい、すみません!」」


 と、綺麗なお辞儀をしてみせた。

 姉妹が仲良くハモッた所でマルが再び口を開く。


「返事だけは一丁前なんだから……」


 疲れた様子でそう言葉を零し、一拍おいて。


「……それとさっきバツが言ったように、これはお館様からの勅命なのよ。いい、直に依頼されたのよ私達が。だからしっかりと気を引き締めて、お勤めしなくちゃならないの。二人共、分かった?」


 諭すようにことさら強い口調のマルに、渋々ながら二人は頷く。


「ちょっと質問してもいいですか?」

「……はい、どうぞ」


「……でもさぁ、あの緑目の男の子なんだけど。ウチら森山村から監視してるけど。なんてーの、えっとぉ、いまいちじゃない、どう思う?」 


「愛嬌のある男の子だよねぇ〜」


 モンジに対するバツの素直な評価に、曖昧な答え方をするサンカク。


「そういう意味じゃなくて。お館様が一目置くほどの凄い子なのかなぁって思えてさ。納得いかないんだよねぇ。ウチの目がおかしいのかなぁ、全くそんな風には見えないんだよねぇ、ウチには……」


「そうだよねぇ〜、見た目も線が細くて女の子みたいだしね〜。残念ながらあたしの好みじゃないかなぁ〜。どっちかって言うと〜、つったんの好みなんじゃな〜い〜」


「バ、バカかお前。そんなこと聞いてない!」


 流し目でバツを指差すサンカクに、困惑気味にすぐさま否定するバツ。


「……お館様からの直々の依頼なのよ。もしかしたら、あの少年もあたし達と同じで、何かしらの『特別な力』を持っている可能性もあるわ」


 静かに二人の会話を聞いていたマルが自論を語る。


「確かにねぇ。……清光様がこだわる人って、言い方は悪いけど、癖のある人? ばっかなんだよねぇ」


「癖のある人って、あの人達そんなに可愛げのある方達ばかりじゃあないですよぉ〜」

「お前なぁ、いちいち突っかかってくんなよ。それに、つったんって呼ぶな!」


 また喧嘩になる二人に。

「はあー」と、オデコに手を当ててマルは、大きめの溜息を吐く。


「と・に・か・くっ。『シカク(バンビ)』が先行して彼に接触を図っているのだから、私達はあの子のサポートをするっ、いいわね!」


 当初の作戦を再度おさらいするマル。


「えっ! まだ手を出しちゃいけないの? だって見てよあれ! 仲間だって巫女ちゃん一人しかいないし、今が千載一遇の襲い時じゃないの?」


「襲いどきってぇ〜。つったん、超肉食系ぇ〜」


「そう言う意味じゃないっ!」


 二人の戯れ合いに頭痛を覚えてきたマルは頭を抱え、フと四女であるシカクの行方を目で追っていた。


「でもあの子、楽しそうに笑っていたわ。私達にも見せた事の無い笑顔で……」


 マルの視線の先では馬に跨る猫毛の少年、モンジの背中がみるみる小さくなって行く。

 馬上にてモンジと親し気に話すシカクを見やり、マルは目尻を下げていた。

 

「違う、違う。情に(ほだ)されてはダメよ」


 彼女は表情を険しいものに変え、未だ喧嘩中の二人を見つめ。


「清光様の命令は絶対よ。私達もシカクを追……」


 マルの言葉が切れる。

 何者かの気配を察知し、時間を止めた。


「……お前等は誰だ」


 やたらと低い声が、マルのつむじに当たる。

 彼女の対面にいたバツは、マルの背後に立つ男とバッチリ目が合っていた。

 

「……マル。顔に刀傷のあるおっさんが後ろにいるよ」

「……知ってる。はあ、見つかっちゃった」

「誰〜、このおじさ〜ん。ウケる〜」


「ああ"っ! 舐めてんのか、てめぇ等!」


 ここでサンカクが手を上げ、卑しい笑みを浮かべ。


「は〜い。ねぇ、どうするのぉ〜、このおじさ〜ん。尾行に邪魔なんですけどぉ〜」


 さして臆する事なく男を見据えて、普通に質問してくる。続いてバツも爽やかな笑顔で挙手。


「なぁ、なぁ。最近ウチら暴れて無いし、ここんとこ体が疼いてしょうがないんだよねぇ」


「体が疼くってぇ、つったんイヤラしい〜」

「っばか! そう言う意味じゃあ無いっ!!」


 男を無視して口喧嘩を始める次女と三女。


「てめぇ等、ふざけやがって、ぶち殺してやる。おいっ、ここに怪しい奴等がいるぞ!」


 仲間を呼んだ男は、顔面の刀傷を歪めて抜き身の刀を構えた。


「多少遅れても、あの子達の目的地もだいたい把握してるし……。しょうがない、殺ちゃう?」


 マルはのっそり立ち上がって振り返ると、残念そうに微笑んだ。


「了解で〜す」

「そうこなくっちゃ!」


 お気楽な雰囲気の姉妹を他所に、わらわらと強面のおっさん等が集まりだす。


「お前等よぉ、頭湧いてんのか? こっちは三十人以上いるんだぜ」


 群がるヤクザ共を従え、余裕の態度でニヤつく男。

 それに対してマルは、一瞬で仕事モードの顔つきに変え、この男の鼻っ柱に指を差す。


「ふっ。……私も舐められたものね」


 鼻で笑った彼女の指先に火が灯る。


「こいつ、奇術師か!?」


 ザワつく男達。

 日暮れと共に夜の帳が下りてくる。

 薄闇に包まれた草原で、バツとサンカクの二人が闇と同化する。

 

「ギャア! なんだこいつは!? グハッ、ゴバァ!」


 間を置かず、汚い悲鳴が次々と湧く。


「な、な、なんだ!? 何がどうした!」


 驚愕の表情で狼狽える顔面刀傷の男にマルは、聖母のような笑みを湛え。


「安心なさい。あなたは火炙りだから……」


 そう殺害予告をつげて、パチンと指を鳴らした。


 およそ四半刻(約30分)の時を経て。


 むせ返る程の血生臭い草原にカラスが群がっていた。

 散乱する無残な遺体は全て刺青を施した男ばかり。

 特殊な死に方をした数十人分の遺体は、無数に飛び交うカラス共の餌となっていた。



 その一方でモンジは。


「モンジとバンビが……、モンジとバンビが……。モンジとバンビが……、モンジとバンビが……。モンジとバンビ……、モンジとバンビが……。モンジとバンビが……、モンジとバンビが……」


 同じ言葉をぶつぶつと呪文のみたく唱える少女に、ほんのちょっぴり不気味さを感じていた。


 草原に馬を駈る俺等。

 ヤクザ共をハッチ()でぶっちぎり、ホッとしたのも束の間。

 馬上にてお腹同士をくっ付けてしがみつくバンビが異常をきたし、どうしたもんかと頭を悩ます。


 腹でもへったんか? 

 拾い食いでもしたんかな? 

 オシッコか! オシッコがしたいのかな?


 慎重に言葉を選ぶ俺。

 女子相手だし、迂闊なことは言えんのよ。

 しかもこいつ、前向きで馬に乗せたのに、いつの間にか抱きつく格好をとっている。細っこい腕を俺の体に巻きつけ、胸にギュゥッと顔を埋めてくる。


 ……解せぬ。

 デコチューした時なんか、あんなに嫌がっていたのに。


 昔をフと思い出す。

 ああそう言えば、日本に来てる外人さんもテレビで言ってたっけ。

「日本イイトコ。デモ、地震メッチャ怖イネェ」とか、言ってた気がする。


 そうかぁ。そうだよなぁ。バンビもちびっ子だから地震が怖かったんかなぁ。勝手に納得する俺。別の思惑も浮かんできた。


 んんっ、待てよ。もしかして、漏らしたとか。

 ……いやいや、これ以上はよそう。

 バンビもちびっ子とは言え女の子なんだし。

 もし仮に濡らしたとしても、大人の俺は見て見ぬフリをしてやろう。

 

 大人ぶる俺は、バンビに生暖かい視線を向ける。

 そこで何を思ってのか、赤子をあやすような背中ポンポンをしていた。


 勘違いされているとも知らずに、耳まで赤くするバンビ。


「……モンジ、お前。……ホントにあたしで、いいのか?」


 俺の胸から顔を剥がし、意味不明な確認をして来る。


「お、おう、もちろんだ。バンビはいい、いいよ。可愛いしな」


 一瞬言葉に詰まったが。

 こんな時は『肯定こそ正義』とばかりに、彼女からの問いかけを快く受け入れていた。


 見開いたバンビの瞳と俺の視線が絡まる。

 潤んだ瞳を泳がせて彼女は、照れ臭さそうに口をモニョモニョと。


「……そ、そう。うん、そうだよね。そのつもりじゃなきゃあ、あんなこと。……うん。じゃあ、よろしくお願いします」

「……そのつもり? まあ、いいっか。こっちこそ、よろしくちゃん」


 チラッチラッと俺を盗み見しながら彼女は、もちっとした頬を朱色に染めて、またギュッと抱きついて来た。


「……」


 何だったんだ、この時間。

 俺の頭に幾つものクエッションマークが浮かぶ。


 ……でも。愛想は無いけど、愛嬌はあんだよなぁ、この子。


 後日分かったことだが。

 この時の俺は、彼女の一生の決断を軽い気持ちで受け止めてしまっていたんだ。それが後に大変な事になるとも知らずに……。



「……あのぅ。実はあたしの本名、『シセル』って言います」


 抱きつく彼女が言ってきた。


「へ、へぇー。……えっ、あ、あれ? シカじゃなかった?」

「……その呼び名は仕事用なの。……だけど、モンジがくれたバンビの方があたしは気に入ってるから、今まで通りにバンビって呼んでくれたら、嬉しいかな」


「俺は構わないけど……いいのか? シセルも可愛い名前だと思うんだけど……」

「……うん。バンビって名前の方があたしは好きだし」


 じゃれつくバンビ。

 バカの一つ覚えのように、背中をポンポンしてやる俺。

 いや、だから。

 さっきから何なんだ、このフワフワした感じ。と、そんな事を思っていたら。


「上手く撒いたようね!」


 前を先行する絹さんから、珍しく微笑み掛けてくれた。


「だな。絹さん、助かったよっ! あとっ、ゴメンちゃい!」


 迷惑かけた事を素直に謝罪しておく。


「ふんっ! あんたの暴走なんて、いつものことじゃないっ!」


 仰る通りで。苦笑いしか出ない。


「この借りは十倍返しで返しなさいよね」


 調子に乗る絹さんに言われてしまった。そのまま彼女は、しょっぱい顔の俺の周りをわざとらしく確認して。


「それと、あれ。あのブタ男は何処いったの?」


「ブタ男って……。おでんなら、先に逃がしたけど……会わなかった?」


「見てないけど。へぇ、そう、そうなんだ。……あのさ、ちょうどいいからあのブタ男、ここに捨ててく?」


 は?

 唖然としてしまう。

 とんでもない事を言いやがった。

 飼いきれなくなったペットじゃあるまいし。って、ペットも捨てちゃダメだからね!


「置いてくのは、ちょっと……。おでんの事だから、自力で馬車に戻ってくると思うんだけど……」


「あら、そう。なんだ、残念ねぇ」


 殊更、暗い顔をする絹さん。

 心底、残念がるなっ! 一応、仲間なんだしっ!


 感情を殺して一点を見つめる絹さん。なにかボソボソ言ってるし。そっと耳を澄ませば。


「……デカイし、キモいし、邪魔だし、暑苦しいし、汗かくし、喋るし、くちクサいし、ハゲてるし……」


 などなど、酷い文句を連ねていた。

 本気で肩を落とす彼女に、どこか薄ら寒いものを感じつつ、聞こえないフリをする。


「……あっ、あとね。……う、ううん、やっぱり今はいい。後で話す……」


 バンビをチラ見して絹さんは言葉を濁す。

 かと思えば、首を横に振って取り繕うように空笑い。


 なんなん、これ。

 今はいい? 気になるだろ。

 歯切れの悪い絹さんに釣られて、俺もバンビに視線を落とす。

 

 視界に色白の少女が映る。

 馬の走りに合わせて、肩まである銀色の髪を揺らす彼女。

 不思議な能力を見せつけた少女は俺に抱きつき、親猫に甘える子猫みたいになついてくる。


「バンビ。……ありがとな」

「……モンジもその、ありがと」


 モジモジするし。


「……お前を拾ったことか?」

「……それもそうだけど。……売られた子供を助けてくれたでしょ。……傷だらけのモンジ、カッコ良かったよ」


 ニッコリと微笑むバンビに目を奪われてしまった。


「……そんなに見つめらたら、恥ずかしいよ」


 サッと顔を赤らめ、そっぽを向く。

 

「……ゴメン」


 うっ、こいつ。……めちゃくちゃ美少女やん。

 俺はこの時、整い過ぎたバンビの面差しに見惚れてしまっていた。チビッ子相手に照れちまった。


 無口だった数時間前とは違い、愛らしさ全開のバンビに戸惑ってしまう。


 ロリコンかよ俺、ヤベェな。

 自分に幻滅しつつ、それでもこいつは俺を助けてくれた恩人に変わりないと、邪念を払い除ける。


 助けに来てくれた──

 この事実だけで俺は、彼女に対してとても好感を持っていた。能力云々は抜きにしても。

 

「約束する。お前を必ず無事に届けるからな。親御さんの元に……」

「……う、うん」


 改めて自分を誓いを立たせて、幌馬車の待つ山裾まで馬を急がせた。





「あっ、モンジさ〜んっ、絹さ〜ん! お〜〜〜いっ!」


 仄暗い山の入り口が見える。

 峠に続く道は高い木々に覆われていた。

 暗い街道脇の草むらから人影が現れ、手を振りながら叫んでいる。


「ん〜、誰?」

「あんた鳥目? あれはヒョロ眼鏡よ」


 満面の笑みで手を振るのは、痩せギスの少年、与一郎。俺はまず彼の元気な姿に安堵した。


「おう、与一郎!」

「……おう」


「おう、じゃありませんよ! ったく、心配しましたよ!」


 プリプリする与一郎に叱られる。


「モンジさんもバンビちゃんも、怪我は有りませんか?」

「俺は平気だけど、バンビはどう?」

「……うん。大丈夫」


「……与一郎。私の心配はしないのね」

「いえ! 絹さんは見るからに元気そうだったので、つい。お、おでんさんは平気ですか? 具合が悪そうですけど……」


 絹さんに絡まれて与一郎は焦り、話しを逸らす。


「お、おで。つ、疲れた」


 そう、おでんとは途中で合流していた。


 与一郎が出てきた街道脇。

 山道に入って直ぐ真横に車輪の後が続いてる。

 こっち、こっちと、与一郎に促されるまま俺達は更に奥へと進む。

 林に入る俺達。

 鬱蒼としげる木々の合間に、三十メートルほど先だろうか、広場が見えた。

 

「ど、どい……」


 ここでおでんが俺の袖を引っ張り。


「お、おで。は、腹、減った。……もう、無理」


 それだけ言い残して、おでんが膝から前のめりに倒れ込んだ。

 

「おい、おでん!」

「も、もう無理。う、う、動けない」


 うつ伏せに倒れるおでんから、グウーと腹の虫が鳴く音が聞こえる。

 同時に絹さんから「チッ」と、舌打ちが聞こえた気もしたが、大人の俺はスルー。

 俺的には、この無駄にデカいおっさんを助けたいのは山々だけど。


 重そうだな。

 うん、無理だ。

 その巨体を眺めて秒で諦めた。


「おでんさん! 大丈夫ですかっ?」


 慌てておでんに駆け寄る与一郎。

 うん、これで一安心。


「では、与一郎。おでんの事をよろしく」

「……よろしくね」


「……えっ!?」


 逃げだす俺達に、眼鏡をずり落とした与一郎が口をあんぐり。すぐにハッと、我に帰り。


「無理です〜、一人じゃあ無理です〜。モンジさぁん、バンビちゃん。手伝ってくださいぃぃ!!」


 泣き言を言うヒョロ眼鏡が頭を抱えるも。


「……ゴメン。無理」

「‥…無理」


 見て見ぬふりをする。

 ガーンと、隕石が脳天を直撃したみたいな顔で与一郎が固まるが知らん顔を決めたった。


 そそくさと歩きだす俺達。

 後ろで与一郎が何か叫んでるが気にしない。

 ここでひとつ気になる点が。


「……絹さん見た?」

「……見てないよ」


 キョトンとするバンビ。


「……まあいいか」

「……そだね」


 絹さんだし、さして動揺もせずにバンビと一緒にしばし薄暗い森の中を進んでいく。


 “ オオォォォオオオオォォォーン! ”


 狼ッ! 野犬ッ! 

 遠吠えが近い。

 急に心細くなり、立ち止まった。バンビを背にして身構える俺。

 不意に聞こえた野生の遠吠えに、腰の小刀を構え、警戒を強めた時だった。


「ちっちゃい男ねっ!」


 パンッといきなり背中を叩かれ、ビクンとなる。


「って、絹さん! なんなのっ、もう!」

「なに、ビビってんのよあんた。男でしょ!」


「絹さんがここにいるって事は……。おでんを見捨ててきたでしょ……」

「もとより、そのつもりだもん」


 別に悪びれませず、シレッと澄まし顔で(おっしゃ)る。


「それよりあんた、野良犬なんかが怖いの?」

「犬つーか。お、狼かも知れないじゃん」


「犬も狼も一緒よ。そもそも野生の動物なんて、火を焚いてれば襲われる心配なんて無いんだから。ホント肝っ玉のちっちゃい男ね」


 完全に舐められます。


「だけど、ひとつお利口さんになったわね、ビビりのモンジちゃん」


 絹さんに鼻で笑われた。


「……そんなの、知ってるつーの」

「あらそう。チビリそうな顔をしてたクセに?」


 ウサギ()を引きながら、いちいち茶化してきやがる。

 こいつムカつく。後で眉毛が繋がる呪いをかけちゃる。


 それはそうとして。

 この森の中もそこはかとなく暗いし、お化け的なモンも出そうで正直、結構怖い。墓守りのクセにお化け的なモンが大っキライなんです僕ちん。


「……モンジは怖いの?」

「ッはひぃ!」


 バンビの声にもビビッてしまった。

 突然、横から右手をギュッと握られ、全身が飛び跳ねちまった。


「……大丈夫だよ。あたしがついてる」

「……はぁ」

「ププゥー! チビッ子に助けられてやんの。ププゥー!」


 このアマ、最悪だ。

 俺、ちょっとカッコ悪いかも。


「……気にすんなモンジ。絹なんか無視しろ」

「……はい」


「こ、怖かったら、あたしだけを見ていればいいからな」

「……はい」


 男前なバンビちゃん。

 劣等感が半端ない。

 肩を落とす俺はすごすごついてく。

 大手を振って先導してくれる少女にすごすごついて行く俺。後ろでケラケラ笑う絹さんが死ぬほどウザい。


 車輪に沿って仄暗い林の中を進む俺達。

 そびえ立つ木々の合間を抜けると。


「見て見てモンジ。結構、広いよ」

「……だな」


 そこはテニスコート並みに開けた場所だった。


 奥に幌馬車、手前にテーブルと椅子が設置されており、テーブルの横でモモが夕飯の準備をしていた。


「あっ、モンジさんとバンビちゃん。お帰りなさい。大丈夫でしたかっ?」

「ももぉ、この人だぁれぇ? ももっ、白い人っ、白い人がいるよっ! ひとさらい? このお兄ちゃん、手が変だよっ!……」


 モモの周りにはチビッ子共が群がっており。


「……ただいま」

「………うん」


「無事で何よりです。いまお夕飯の支度──」

「モモ、モモ、ただいまだって! 白い人、喋った! お人形さんじゃないよ! モモッ、猫毛のひと手が鉄だよ! お兄ちゃん傷いっぱい、痛い? 目が緑だ、なんで?」


 着いた早々、モモに纏わりついていたガキ共が俺達にたかってきた。


「なんて名前? この子なんさい。わー、目が青い、白いひと目が青いよ! くるくる頭のお兄ちゃん、左手へん! 髪の毛さらさら、白い髪の毛さらさらだよ。白いお姉ちゃん名前をなんて言うの?」


 ペタペタ触ってくる子供等に困惑する俺とバンビ。

 モモが何か言ってるが、こいつ等の黄色い声にかき消される。


「お腹すいたぁ、ももぉ。ねぇ、ねぇ、お兄ちゃんの手ってなんで変なの? ももっ、お野菜の皮もっとむくっ! バンビちゃんと、モンジ兄ちゃんっ言うんだよっ! 白いひと、目があおいかったよ。なにすんのよ、キャー!……」


 薄っい反応の俺達に飽きたのか。チビ共は、またモモの周りに集まり纏わりつく。


「はいはい。お喋りはそこまでです。良い子は、モモのお手伝いをして下さい」

「「「はーい!」」」


 まるで幼稚園の保母さんみたく子供達を束ねるモモ。こいつ等も彼女にすっかり懐いてる様子だ。


「……度し難い。こいつ等、あたしのこと人形ってバカにした。……一人づつひっぱたいていいよな、モンジ」


 プルプル震えていたと思ったら、いまさら子供等の戯言に目くじらを立てるバンビ。


「おい、ちょっと待て。それは褒め言葉だぞ。人形みたいに可愛いって意味だぞ」


 いきり立つバンビをなだめる俺。


 それと仮にも、売られた子供達だ。

 酷いトラウマでも抱えていたらと、心配していた部分もあったが。この様子だと無問題。ホッと胸を撫で下ろす。


「モンジお兄ちゃんっ、お帰りぃー」

「……お帰りぃー」


 脱力していた所にテテテッと、セツと信吉が走って来て。


「おう! セツ、信吉! ただいまッ! っぐふぅ!!」


 二人に思いっきりタックルされた。


 エヘヘーと無邪気に笑うセツと、俺の腹に顔を目一杯押し付けてくる信吉。


「バンビちゃんもお帰りぃー」

「……おはへひぃー」

「……ただいまです」


 再開を素直に喜んでくれる二人にほっこりする。

 映画の感動的なワンシーンみたいで、照れ笑いをしてしまう。


「……モンジ、顔がブスになってるぞ」

「うるさいよ!」


「丁度良かったです。もう少しで出来ますからね。……絹さんと、おでんさんは?」

「あー、絹さんとおでんは──」

「わあー! わあー! キャー! キャーッ! お腹すいたぁー! ももぉ、ももぉ! きゃーっ! きやーッ!!……」


 ガキ共、うっせぇ。

 夕飯間近と聞いて、子供達から歓声が沸き起こる。中には、ただただ走り回っているだけの輩もいやがる。

 元気過ぎんだろっ、コイツ等。おっと、絹さんとおでんの事、聞かれたんだっけ。


「おでんならそこで、ぶっ倒れているよ。電池切れだって。あと絹さんは知らない」

「………うん」


「あらあら。夕飯までに来れますかね」

「わぁー! きゃっ、きゃっ、きゃーっ! ももぉ、ももぉ。ごはんっ、ごはんっ、ごはんっ、ごはんっ! あはははっ、あはははっ! ももっ、ももっ! わあー、わあー!……」


 こいつ等、マジで叱りつけようかな。

 ここで、すまし顔のモモがパンパンと手を叩いた。


「はいはい! みんなぁ、配膳手伝ってねぇ!」

「「「はぁーい!」」」


 モモの一声で途端に良い子になる子供達。

 セツと信吉も「またねっ!」と、モモの軍団に混ざる。

 拙い手つきで子供達は、従順にお手伝いをしていた。……モモって、いったい何者?


 せかせかと簡易テーブルにご飯を運ぶ子供達。


 俺とバンビはヒヤヒヤしながら見守る。

 不意に流した視線の先にモモの姿が映った。

 茶碗にご飯をよそう傍ら、モモは頑張るチビ達に母親のような眼差しをむけていた。

 俺はアホヅラ下げて、見惚れてしまった。


 見惚れたっていうか、気づかされたが正解かも。

 ああ、そうだったんだ俺。

 こういうのが欲しかったんだって、気付かされたんだ。


 広場が笑い声に包まれる。

 まるでキャンプを楽しむ家族連れみたいだ。

 和やかで幸せな時間がここにある。

 そんな夢みたいな光景を見せられて俺は──お尻に強烈な痛みが走った。


「ッぎゃふ!」

「他の女に見惚れるなっ!」


 お尻をツネられて。?、?、バンビが怒ってる? 意味わかんない。

 真っ赤な顔で目を吊り上げるバンビに戸惑う。


「えっ、なに!? なに言ってんの?」

「モンジはあたしだけを見てればいいの!」


 ムクれるバンビを横目に、セツが一人で駆け寄ってきた。

 目の前まで来ると手の平をちょいちょいして、俺に頭を下げてのジェスチャー。腕組みしてるバンビが、聞きを耳を立ててるのが気になる。


「なに? 俺……」

「いいから、耳貸して」


 セツに合わせて腰を曲げると、セツはモモとバンビを気にしながら、俺に小声で耳打ちをしてきた。


(……モモがお母さんになってくれたら嬉しいって、信吉が言ってたよ)


 こいつも何いってんの?

 腰を曲げた姿勢で凍りつく俺。

 と、そこに── 。


「ッきゃひ!」


 ──おんなじ箇所、寸分違わぬお尻の箇所に、再度強烈な痛みが走った。

 

「バカッ! スケこましっ! モンジなんかっ、もう知らないっ!」


 角を生やしたバンビが、ほっぺをパンパンに膨らませて離れていく。


 なんだよ、あいつ!

 ケツ痛いし、全然っ、意味わかんねぇんだけどっ!

 涙目でお尻をさする俺の横で、あちゃーって顔のセツがほっぺをポリポリ。


「モンジ兄ちゃんって、意外とモテる……鈍感系なんだね」

「は? 鈍感系って。えっ、なに、なに、セツってバンビの怒った理由とか分かるの?」


「……逆になんで分かんないの?」


 小首を傾げる俺に、ガクッと肩を落とすセツ。


「はあ。バンビちゃんてさ、もしかしたらモンジ兄ちゃんの事を──」


「っホラ! あんたもそこでボーとしてないで、さっさとハッチを繋いで来なさいっ!」


 俺が叱られたのにも関わらず、「ゴメンなさい!」と飛び上がるセツが逃げていく。

 絹さん的には、放ったらかしのハッチ()が気になるらしい。

 結局、バンビのあの態度の理由も聞けず悶々としてしまう。


 スッキリしない顔でハッチを連れていくモンジ。

 一部始終を見ていた絹は、こうしちゃ要られたいとモモに近寄り。


「ライバル出現よ。気をつけて」


 と、嬉しそうに小声でチクる。


「なっ、なっ、なっ、ライバルって!? えっ、えっ、モモはっ、そ、そんなっ!」


「いやいや。今更いらないからそういうの。とにかくモモさんは、早めに唾つけときなさいよ。あのバカに」


「唾っ!? 唾って、何ですか? モモはっ、モモはっ、あわわわっ!」


 モモが火照った顔で目をグルグル回す。

 ついでに鍋に入れていたアタマもグルングルンと回した。


「あつっ、あつっ!」


 勢い余って鍋の中身が辺りに飛び散る。


 あーぁ、わかり易い子。

 嘆息する絹は。


「モモさんには一日の長があるのよっ、しっかりしなさいっ! ッパン!」

「ケホッ、ケホッ、はいっ」


 奥手の少女に発破をかける絹に、むせ返るモモ。

「頑張りなさいっ!」と、いい笑顔で立ち去る絹に。


「モモが、そんなっ……。モンジさんとそんな事……。モモなんかには……贅沢すぎます」


 伏せ目がちで、ひとりごちる。

 自己肯定感の低い、彼女らしい呟きを落とした。


 モモの本性を知ったらきっと……。彼だって……。


 頭に重しを乗せられみたい落ちる。モモの栗色の瞳が、血で汚れた爪先を見つめた。表情を濁らせ、ふっと自虐的に笑うモモ。


 やめましょう。

 そもそも無い話しですから。

 お友達で十分、それ以上でもそれ以下でもありません。

 モモなんて、モンジさんには不釣り合いですから。今更そんな事、モモは十分承知してますから。


 だって、モモは───


「ももぉ、どうしたの?」

「……おなか、いたいの?」


 幼い声に顔をあげた。

 暗い顔のモモ。

 女の子の二人組、チトセとマイが心配そうにモモを見つめている。


「ううん。何でもないの。……ゴメンね」


 慌てて笑みを貼り付けるモモ。

 けれど、眉を下げた困り顔になっていた。


「……ももぉ」

「………うぅ」


 チトセとマイが泣きそう。


「本当に何でもないの。モモは元気だから。えっとぉ、おいで……」


 二人を抱きしめる事で、この場を誤魔化すモモ。

 幼い二人の温もりに、自ずと気持ちも冷めていく。


 ダメですねモモは。

 年少の二人に心配されちゃいました。

 チトセちゃんもマイちゃんも、とっても優しい女の子。それに、セッちゃんも大ちゃんもヨシノちゃん信ちゃんも、みんな良い子ばかり。


 正しい選択の出来るひと。


 モンジさんには感謝ですね。

 もし仮に彼が居なかったらこの子達はやがて……。やめましょう。実際、この子達は救われたのだから。


 あの人は無茶ばっかりするけど……でもやっぱり憎めなくて、優しい人。


 モモとは住む世界の違う人なんです。


 諦めに似た笑みを浮かべてモモは、幼女二人を愛でる。

 そして鍋を覗き込み、煮込んだ豚汁も頃合いとなり。


「みなさーん! 出来ましたよー!」

「「はぁーい! やったぁー!」」


 モモは、いつものように元気な声で叫んでいた。

 待ってましたとばかりに、子供達の嬉しそうな声が返ってくる。


 穏やかなこの雰囲気に、ひとときの幸せを感じながら。

 彼女はその円な瞳で、未だブスッと不貞腐れて歩く彼の姿を、いつまでも追いかけていた。





「ちょっと、冷えて来ましたね」


 長椅子に腰掛けるモモが震えていた。


 夜も深けて。

 俺、モモと二人っきりの状況なんだよね。

 忍び装束から町娘スタイルに着替えたモモと、長椅子に並んで座っている。

 

「……だな。ちょとまってろ。いま、羽織る物もってくるから」


 汗ばむ体に耐えきれず。

 お風呂がわりにと、さっき濡れ手ぬぐいで体を拭いた所為だろう。


「あっ、自分で──」

「いいよ、いいよ、待ってな」


 急いで馬車へと走る俺。

 モモと二人で、夜の見張り番をしていた。

 

 本音を言えば、俺はモモを女の人として意識しまくっていた。


 何故ならセツが「お母さんはモモがいい」とか、言うもんだから、無駄に緊張してしまう。

 

 とにかく、とにかくだ、一旦落ち着こう。


 気持ちをリセットしょうとモモから離れた俺は。


「……普段、モモとどんな話ししてたっけ」


 と、普通の会話にすら苦慮するぐらい、ナーバスになっていた。


 頭を抱えながら歩いていたら、あっという間に幌馬車まで辿り着き。

 荷物を漁るべく荷台の幌を捲ると、心地良さそうな寝息が聞こえてきて。


 いいなぁ、俺も眠たいなぁ。

 なんて、子供達の寝顔を見てつい思ってしまう。

 だがしかし、山賊が出ると噂の山中。

 狼の遠吠えも聞こえ、更にはヤクザ共の襲撃に備え、三時間ごとの交代でセコムすると。


 組み合わせは絹さんの独断で決めました。

 まず最初は俺とモモ、次いでおでんと与一郎、最後に絹さんと……俺。


「俺二回かよっ、はあ?」って、言ったら「なに? 文句でもあるの!」ですって。


 一連の騒動も俺の勝手が招いたこと。

 そんな負い目もあり、このあと何も言えなくなった。絹さん、メッチャ顔怖かったしね。


 そんな所で、ただ今モモとアルソック。


 視界に天使の寝顔が並ぶ。

 子供達の寝顔を見ていたら、外からも寝息が聞こえてきて。

 一旦また外を見ると、馬車のちょい外れた場所で呉座を敷いて寝ている男性陣の姿があった。

 そう言えば、男性陣は外寝を強要されていたんだった。


 そもそも絹さんから「寝ている間に変な事したら、百万回ぶっ殺す」と、脅迫されている俺達だ。


 絵本の猫じゃあ、あるまいし。

 百万回って。絹さんは相変わらず無茶苦茶いいます。

 ペラいムシロでくっ付いて寝ている与一郎とおでんを見て、彼等の寝姿が心持ち、侘しく感じるのも仕方のない事で。


「安らかにお眠り下さい……」


 縁起でもない事を口走る。

 起こさぬよう、慎重に馬車に乗り込む俺。

 寝ている子供等の奥にバンビの姿が見える。それで仕切りを挟んで絹さん。


「お前だけ個室かよっ!」


 思わず叫びそうになったが、グッと堪えた。

 俺は這うようにして馬車に乗り込み、子供達をツイスターゲームの要領でよけつつ進んだ。


 自分の荷物を発見。

 さして荷物の入っていない自分の風呂敷包から、辛子色の着物を取り出し、また這うようにして馬車から抜け出す。


「ふぅ。ミッション、コンプリート」


 安堵の溜息を吐いた。

 絹さんに見つかったら、百万回殺されるからな。


 急いで元いた長椅子まで戻ると、モモは自らを抱いて寒さを凌いでいた。なので俺はソッと彼女に着物を羽織らす。


「……ありがとうございます」


 モモは俺の着物の襟掴み、肩掛けのように着物を羽織ると、嬉しそうな笑顔で感謝を告げてきた。


「あ、うん、別に、うん……」


 なんだろう、今夜は特に大人っぽく見える。

 意識している所為かな。

 着物から覗く細て白い首筋に目が止まる。月夜に濡れるうなじが、やけに艶っぽく感じる。


 緊張で固まるモンジ。

 ── あかん、あかんて! モモちんめっさ別嬪さんやんかぁ。かまへん、かまへんけどもな。こん子、プリチィてんこ盛りやんか。


 ニセ京都弁で見惚れていた。


「スン、スン。……モンジさんの匂いがします」


 匂いを嗅いだ後のモモのはにかむ笑顔がヤバい。

 破壊力バツグンのモモの笑顔に……百万点あげたい。


「もしかして……臭い?」


「……いえ。優しい香りです」


 モモの弾ける笑顔に……百千万点あげたい。


 ボーと突っ立っていた俺。

 気を取り直して、モモの隣に腰を下ろす。

 モモが一瞬俺の顔を見て、またすぐに目を逸らした。


「……?」

「……顔、腫れが引いて来ましたね。良かったです。」



「……ぉ、おおう」

「……」


 なんか緊張する。


「……」

「……」


 会話が途切れた。

 なんでもいいから会話しなきゃ!


「……」

「……」


 焦れば焦るほど、話題が浮かばず。

 知らず知らずに背筋がピーンと伸びていた。

 とりあえず一言、なんでもいいから一言だせば、後から何かしらの言葉が付いてくる、はず。


「……あ!」

「………あ?」


「あ、ありがとうな。子供達のこと、助けてくれて」

「……いえいえ。当然です」


「……あ!」

「………あ?」


「あ、あん時。……あん時、ありがとな。砦で落ちそうになった時手を掴んでくれて。俺、ちゃんとお礼を言って無かったから……」


「……いえいえ、いいんですよ。ふふっ、でもあの後結局、二人とも落ちちゃいましたけど。でもよく無事でしたよね。ふふふっ」


「ハハ、そうだな。あの時、本気で終わったって思ったもん。だから、モモの掴んでくれた手が凄く嬉しかったんだ。ありがとな」


 俺の目をみて、モモの栗色の瞳が開く。

 その鈴を貼ったような瞳が揺らめき、三日月形に弧を描いた。


「……どういたしまして」


 そう言って彼女は、可憐な花のような笑顔を咲かせていた。

 

「ふふ、うふふふ……」

「はは、あははは……」


 気付けば顔を見合わせて笑っていた。


 微笑み返しじゃないけど。

 モモの優しい笑顔が、緊張しまくって硬直しまくった俺の体を解して、一緒に硬い表情も蕩けていって。


 つまりは俺もやっと普段通りに笑えた気がした。


 それからモモとリラックスした状態で会話が楽しめた。勿論、野党、野犬、ヤクザの警戒は忘れないようにして。


 すぐに会話は、砦の話しから綿姫様の話しに流れ。


「綿姫様と付き合いは長いの?」

「はい。前も話したと思いますが、綿姫様はモモの恩人なんです……」

 

 モモの話しによると、綿姫様との馴れ初めは二年程前に遡ると。

 場所は言えないとの前置きで。

 常之領からそう遠くない場所に忍びの里があり、尼寺育ちのモモは訳あって忍びの里に引き取られ、そこで体術やら色々な事を学んだらしい。

 そんなある日、お忍びで来た綿姫様に身染められ、侍女としてお城勤に誘われて今に至ると。


 話の端々に、忍びの里を揶揄する言葉がちらほらと混ざってはいたが、ここでは割愛。

 よっぽど修行が辛かったんだなぁと、彼女の言葉から容易に想像が出来た。


「……苦労したんだな、モモちん」

「そんな。……もともとモモは見寄りの無い孤児ですから。それに今は何不自由なく暮らせてますから。これも綿姫様のお陰ですね」


 しみじみと語るモモちん。


「モモのつまらない話しより、モンジさんの小さい頃の話しが聞きたいです」


「あー、俺の?」

「はい、ぜひ聞きたいです」


 せがむモモに俺は。


「……実は俺」

「はい」


「……なんて言うか俺、子供の頃の記憶が曖昧なんだ」

「えっ、病気や事故ですか?」


 モモの憂いを帯びた目が、俺の心を穿つ。


「……一回死にかけて、それ以前の記憶が無いんだ」


 ゴメン、嘘です。

 記憶喪失の(てい)で話しました。

 絹さんには話せたけど……モモにはあんまり、要らん心配はかけたく無い。

 モモっていつも優しいから。

 俺、モモには何となく本当のこと、言い辛いだよね。

 モモを混乱させるだけだろうし。気を使わせるのも悪いから。……ゴメンなさい。


 話しも変わり。

 モモからおでんと仲良くなった経緯も教えて貰った。

 あの日、赤毛のおっさんにこっ酷くやられて、俺が重体で森山村に運ばれた日の話しだ。


「おでんさんは四季様から無害認定を貰いまして、それはそれでいいんですけど……」

「いいんだ……」


「先に治療を終えたおでんさんは、意識の無いモンジさんにベッタリで……」

「ほうほう」


「……おでんさんの見た目が村の方達に怖がられてしまって」


 言いづらそうなモモちん。俺もろとも厄介払いされたのか。


「皆まで言わんでも分かるよ。要は、おでんのデカさとあいつの威圧感に、森山村の住民が怯えたんだろ」


「……はい。ですから、綿姫様から配慮のお言葉を頂き、お城での療養も提案されたのですが……」

「……ですが?」


「主治医として同伴を願った加合様の都合がつかず……」


 そんで、おでんと俺は自宅療養と。


「で、なんでモモも一緒に残ったの?」

「……はい、綿姫様からお願いされまして。でもでも、モモもモンジさんが回復するまでお側にいようと思ってましたので、好都合でした」


 笑ってはいるが、貧乏クジを引いたモモちん。綿姫様からの命令を受けて同行するハメになったのか。


 う〜ん……モモちん、やっぱ最初は嫌々だったんかなぁ。なんか聞いてて、シンドくなって来た。


 肝心のおでんとの馴れ初めを聞くと。

 一緒に生活する中で、甲斐甲斐しく俺のお世話(体を拭いたり、包帯替えたり、下の世話をしたり)をするあいつの姿を見て、えらく感動したらしく。

 少しずつ打ち解けて行って、普通に話せるようになったとかで。


 いやいや、下の世話って。

 意識が無いとはいえ。俺、違う意味でシンドくなって来たんだけど。


 二日間でモモちん、おでんとの距離も縮められたんだとか。


「モモはそれでいいのか? 砦で結構酷いことされてたけど……」

「……まあ、全てを水に流すのは無理ですけど。……おでんさんの足一本と片目を潰した事で目を瞑ります」


 スッキリした顔のモモちんが語る。

 俺があいつの片足吹き飛ばして、モモは片目潰したからな。

 だがこっちも死にそうになったんだ、対価として安いもんだろうけど、ちょっと笑え無い気もする。


 聞いてて俺「お、おう」としか、返せんかったもん。たぶん、引きつった顔で。

 

「今更だけど。モモには、すっかり迷惑かけちまったよな。ありがとな、助かったよ」


「いえいえ、モンジさんは綿姫様の恩人ですから! そんな、滅相もございません」


 手を横にぶんぶん振って、かしこまるモモちん。


「……あ、あのぅ」


 焦っていた彼女が大人しくなったと思ったら、真剣な顔が迫ってきた。


「な、何かな? モモさん」

「……ここだけの話しなんですけど。……いいですか?」


 モモの愛くるしい顔が近い。ドキドキする。アイドル顔っていうか、アニメ顔なんたよなこの子。


「おでんさんの事なんですけど……」


 吐息が顔にかかる。それと、いい匂いもする。


「おでんさん……。お腹、弱いんですかね?」

「はっ?」


 あれれ、予想に反した斜めの質問をもらったよ。


「あのですね。砦でおでんさん、はだかでしたよね!」

「そうだね。マッパだったね」


「……おでんさん。ずっと、う、う、うんっ、んんっ! うんっ、んん! を、ぶら下げてましたよね?」

「……うん、んん?」


「……はい」

「……うん、んん。あー、もしかして、うんこ?」


 頷きながら顔を赤くするモモちん。


「……おでんさん、ずっとうんんをぶら下げてましたよね。もしかして、食べ物に気を付けてあげないとダメな人なんですかね?」


「食べもん?」

「はい、繊維がたっぷりのお野菜とか……」


 ピーンと来た。


「あーっ、大丈夫。おでんは何でも平気だよ」

「えっ、でもっ、やっぱり気になっちゃって……」


 あー、そっかそっか、この子勘違いしてるんだ。なーるほーどねえー。モモはピュアな子ってことだぁー。なーるほーどねえー。


「あんなキレの悪いうんん、見たことないですから。大丈夫ですかねぇ」


 なんて、モモが心配しているけども。俺は敢えて真実を教えない。


「……大丈夫、その内わかるから」

「え、でも、気になります……」


 気になるか。

 大人になる過程でうんんの真相が暴かれる。

 ただ、今だけは純真無垢なモモでいて欲しい。……俺もケガれの無い体だしな。


 実際問題あんなモン、うんこと対して変わらんし。ちんことうんこって名前も似てるし、色も形もそっくりだし。

 そうだよ。

 うんことちんこはイコールだよ。ちんこはうんこで、うんこはちんこでいいじゃん!

 合わせて、うんちんでいいじゃん。ニュースでもやってるしな、うんちん値上げって。 これで解決、オール、オッケー!


「献立にお野菜をいっぱい入れないとダメですね。う〜ん」


 顎に人差し指を置いて、真面目にモモが悩んでいる。

 そんな彼女に俺は、慈しむような目を向けていた。


「モモ、おしっこ……」


 お喋りに夢中になっていたら、セツが後ろに立っていた。


「……おいらも」

「あたしも……」

「……ももぉ」


 ゾロゾロと子供達が馬車から降りてくる。……みんな、おしっこなんだと。


「はいはい。モンジさん、ごめんなさい。見張り、お願い出来ますか?」

「「……ももぉ。漏れそう……。ももぉ、眠いぃ……」」


「おう、任せときんしゃい」


「はい、みんなさん。向こうにいきますよ」


 軽い会釈をして、モモは子供達を引き連れ、馬車の影へと消えてゆく。


「保母さんっぽい、可愛いキャラクターのエプロンが似合そう」


 モモの後ろ姿に、そんな感想を抱いてしまった。


「……モンジィ」

「おうっ、バンビか。お前もおしっこか?」

「違うよっ!」


 バンビも馬車から降りてきたから、てっきり。


「どうしたん?」

「……うるさいの」


「うるさいって何が?」

「……絹の歯軋り」


 ぶうぅぅっ!

 なんだ、そりゃっ!

 絹さんが歯軋りって、ぶふうぅうッ! 超ウケる。

 ウエ〜〜イ! 絹さんの秘密ゲットだぜっ。ウエ〜〜イッ!


 ふぃーさながらに、沸くモンジ。

 このバカを他所に、バンビが長椅子を回り込んで椅子の上にコテンと寝そべる。言わずもがなで、枕は俺のおひざ。


「……モンジィ、おやすみぃ。むにゃ、むにゃ」


 なんなん。

 寝る前まであんなにツンケンしてたくせに。


 ふふっ。でも許したる。俺を無視したことも水に流したる。何故なら……。


「まあ、こいつの寝顔見ればな。無防備な寝顔晒しやがって。はは、マジで可愛いやん……」


 自然と顔が綻ぶ。

 漫画みたいにむにゃむにゃ眠るバンビの髪を、父親にでもなった気分で俺は撫でていたんだ。



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