友達
よろしくお願いします。
「明日は明日の風が吹くって言うし。とりあえず、そう言うこったろ。」
治療を終えて馬車の真横。
俺は助けた姉弟の頭に手を置き、参観日の保護者気分でまったりと薄笑みを浮かべていた。と、そこへ。
「ッパン!」
「へぼっ」
頭を叩かれ、勢いよく首が前にポッキリと折れた。
驚くモンジは後ろ頭をさすりながら振り向く。
「っ痛え!? 誰だよ! ……て」
振り向いたらアイツがって、絹さん!?
「うすら笑みで気持ち悪い。それにあんた、笑ってる場合じゃないでしょっ、ホントに馬鹿なのっ!」
鬼の形相である。
一目で解る、お怒りモードの絹様だ。
彼女の背後にゴゴゴゴッと大炎上する炎が見えるのは俺だけだろうか。
うっと、一瞬ことばを詰まらせるも、何とか文句を吐き出す。
「う〜〜〜〜」
唸り声しか出んかった。
だって文句を言うと、ちかっぱ怒られるの分かってるし、だったら代わりに念を飛ばそうかと思って。
この男の念の中身とは。
俺、パワハラ絶対反対、そんなモンには屈しない。
なにせ俺ん家では、おいしくて強くなる『グリコのビスコ』が、ホットでクールなテッパンおやつだったからな。
しかもだ、クリーム有りとクリーム無しに分けて一枚で二度美味しい派だったしな。だから俺は強えんだ。正味、グリコを知らねぇ絹さんには、負ける気がしねぇ。
……みみっちい、しょうもない話しだった。
気持ちが落ち着いたので念話も終了。スッキリした顔のモンジは口を開く。
「はいはい絹さん、落ち着いて、落ち着いて下さい。この子等のことだろ? 分かってるって。オーキードーキー、モウマンタイ」
余裕ぶっこいて返してやった。
「はあ? おっきい、動悸? もうまったり? あんたまた何言ってんの、はあ? 意味わかんないんだけどっ!」
腰に手を置く絹さまは、更に苛立ちを募らせる。
ふんふん。
そんな彼女には、明日にでもカルシウムたっぷりの煮干しをプレゼントしようと思うんだが、如何かな。
モンジはやれやれと言った表情だ。
「俺も考えあっての行動だから大丈夫。絹さんには一切迷惑をかけるつもりは無いから安心して」
普通に嘘をつく。
本当の所、行き当たりばったりで動いた俺に、考えなんてある筈がない。
実際、この子等の処遇をどうしようかと頭を抱えてる訳だが。
いかんせん、絹さんがまた当たり前のようにプレッシャーを掛けてくるから対抗したまでです。はい。
「……ネェちゃん」
か細い声だった。小声で姉を呼ぶ弟は不安気な表情を見せている。
「……うん。大丈夫だから」
姉の方は……。
不安などおくびにも出さず、凛とした表情で弟の伸ばした手を握り締めていた。
幼い二人の仲睦まじい姿に、かつての俺とイエ姉を重ねていた。幼い俺等の、森山村までの逃避行を思い出していた。
「あのぅ、モンジさん。このお二人のお名前は伺いました?」
懐かしさに浸っていたら、モモからこう促され、まずは俺から自己紹介をした。
「あー、あのさ。おれ、モンジって言うんだ、よろしくな。……それで、キミ達の名前を教えて欲しいんだけど……」
この子達が怯えぬよう務めて優しく、微笑みながら話したつもり。
「あ、はい!」
「………」
戸惑う幼い二人。
姉弟の身なりはお世辞にも綺麗とは言えない。
ガビガビの髪の毛、薄汚れた着物、ほのかに鼻をつく酸えた体臭にこけた頬。
見てくれは、公園で寝泊まりしている野生のおじさんみたいだ。
途端に心配になる。
お腹空いて無いかな。アザの痕は、怪我とかは、もしやあいつ等に酷いことされているのかもと。
「あ、あ、ありがとうございました。助けて頂いて……。わ、私はセツと言います。この子は信吉と言います」
そう言って、一緒にお辞儀をする二人を見て。
弟の信吉はまだちっちゃいからアレだけど、姉のセツはしっかり者のお姉ちゃんといった印象を受けた。
だけどこうも思ったんだ。
この子、姉のセツの方だけど。
笑顔ではあるが、どこか影のある笑い方をする子だと思ったんだ。
なんだろう、引っかかる。
ただ、おれに遠慮してぎこちないだけならいいけど、なにか気懸りな事でもあるんだろうか。
そんなモヤモヤした気持ちを抱えていたら、俺の背中から、こいつがヒョッコリ顔を出し。
「僕は与一郎、よろしくね。……それでさ、キミ達は帰るお家はあるのかな?」
と、意味不明な事を言う。
「はあ? 何言ってんの、お前?」
「いやいや、モンジさんじゃ無くて」
「分かってるよ、そんなこと!」
「ですから、ねっ。この子達には、そういう意味で……」
「こいつ等だって、家ぐらいあんだろ普通。勿論、送って行くつもりだし」
「だから何度も言うようですけど、そういう意味じゃあ無いんですよ……」
言葉を濁す与一郎にイラつく。
見るとセツと信吉も困惑してるし。
ヒョロ眼鏡相手にプリプリしていたら、大人しく話しを聞いていた絹さんが俺の前に立ちこう言った。
「この子等は、何で売られたのか。……馬鹿のアンタでも、ちょっと考えれば分かるでしょっ」
なんで、売られたか。
子供が売られる、そもそもの理由……。
良くある昔っからの理由だとすると……口減らし。
「え、でも、見受けのお金は俺、ちゃんと払ったし。親御さんだって後悔しているんじゃ──」
現実を受け入れたく無くて、必死に取り繕う俺に絹さんは。
「はあ? つくづく救えないヤツね、あんたは。あんたの非常識を押し付けるなって話しよっ! あんただけは人助けしをした気分で、さぞ気持ちがいいのかも知れないけどね」
「なっ、そんな……」
言葉を失ってしまい、慌てて姉弟に視線を流す。
どこか悲しそうに目線を落とすセツと、信吉はよく分かってないみたいでボカンとしていた。
馬鹿な俺でもわかる。
ただの自己満?
この子等は助けられても嬉しく無い?
帰る家が無いから、この子等は路頭に迷うだけだと。
「ふぅ。ホントの馬鹿ね、アキれるわ。……言いたきゃ無いけど、遅かれ早かれこの子達はこう言う運命だったの。この子達を連れて帰っても、食べていけないんだからまた元の木阿弥、おんなじ事を繰り返すだけ。第一、ヤクザ共にバレれば難癖付けられるのがオチだし、この子達とこの子達の親からすれば、ハッキリ言ってはた迷惑以外の何物でも無いってことなの。分かった?」
「そうですね。手放す選択肢で結果として子供が生きていけるならと……せめてもの親の愛情ってヤツですかね」
絹さんの説明に与一郎が補足する。
表情を固めるモンジ。そこから徐々に顔を赤くして、怒りの表情へと変える。
「じゃあ、なにか。俺はこいつ等に余計なお節介を焼いただけなのか。そんなの、そんな歪なものが親の愛情って呼べんのか? 俺はそんなの──」
「……もういいのっ、モンジ兄ちゃん。あたしと信吉は感謝してますから、ありがとうございました」
苦しそうな顔でセツが頭を下げていた。
「それで、お金はすぐには無理だけど。あたし、一杯働いて必ず返しますから。だから、泣かないで」
セツの言葉通りに、俺の頬に暖かい滴が伝う。
俺は、なんで泣いてる?
そうだ、俺はセツにイエ姉を重ねていたんだ。
イエ姉がもし売られてしまったらって、そう考えただけで俺は発狂する、気が狂いそうになる。そんなの我慢出来るはずがねぇだろ!
歴史でそんな時代もあったんだと、頭じゃあ解ってるつもりだった。
でもイザ現実で目の当たりにすると、内臓がひっくり返るぐらいの怒りしか湧いてこねぇ。
しかも、こいつ等も揃いも揃ってなんだ!
やれ、非常識を押し付けんなだとか。
やれ、こいつ等の運命だから仕方ないだとか。
やれ、物みたいに売っといて、こんなのがせめてもの親の愛情だとか、ほざく。
ふざけんなっつーんだよっ、バカも休み休み言えってんだ!
青臭いかも知れないけど、俺は何があっても絶対、家族の手だけは離したく無いッ。
膝を着いて二人に目線を合わせる。
年齢で言えば、セツは小学校に上りたてぐらいだろう。信吉は幼稚園児並みだ。
ガキ相手だろうが言ってやる。大人気無いこと言ってやる。
「なあ、金なんかどうでもいい。そんなことより、お前らの父ちゃんも母ちゃんもホントクソだな」
えっ、て顔でセツと信吉が固まる。
「今頃さぁ、お前等を売った金でオヤジは酒屋で、お袋は服屋、あー、反物屋か。反物屋でシャレ乙キメ込んでだろ、どうせ。お前等を売った金で美味いモン食って、贅沢してんだろどうせ。なあ」
「モンジさんっ、言い過ぎです!」
優等生気取りのモモに叱られた。
信吉はオドオドして挙動不審で。
その横でセツは拳を握り締め、見る見る内に顔を真っ赤にして震えてる。
若干、弱い物イジメにも思えるが俺は止まらない。
「なあ、お前等の母ちゃん、お前等を売ったとき何て言ってた? どうせ、ごめんね、ごめんねって謝って終わりだろ、胸っクソ悪い。まじで俺から言わせれば、育てる環境も無いクセに、何でガキなんか作るんだよって話だよ! やっぱアレだろ、元から売るつもりでポコポコ餓鬼こさえてんだろ、餓鬼が金になるって知ってたんだろ、お前等の父ちゃんと母ちゃんはよお、なあ!」
「モンジさん、いい加減にして下さいっ、怒りますよ!」
モモは半ギレで俺とこの子等の間に割り込み、見せた事の無い恐い目で俺を睨む。すぐさま俺に背を向けると、幼い二人を抱きしめ、自らが壁となった。……優しいよな、モモちんは。
「……取り消せ」
消え入りそうな声だった。……セツだ。
「今の言葉を取り消せ」
前髪で自分の顔を隠したままのセツが、俺に文句を言う。
彼女の唸るような声にモモは、一瞬驚きを見せるが、また少女の様子を窺っている。
「取り消さ無い。……お前の父ちゃんと母ちゃんはクソだ」
懲りずに言う俺に、バッと顔をあげたセツは烈火の如く顔を赤くしていた。吊り上げたその瞳に大量の涙を溜めている。
「何も知らないクセに……。何も知らないクセにッ!」
少女は火を吐き出す勢いで吠えて、隣りにいた信吉とモモは動揺する。
「家族の為なんだ、あたしと信吉の為なんだ。お父ちゃんもお母ちゃんも泣いてたんだ。お兄は畑を手伝って、タマ子はまだちっちゃくて。あたしと信吉がいなくなれば、みんなご飯が食べれるんだ。借金だって無くなるんだ。お父ちゃんとお母ちゃんは贅沢なんかして無い、お父ちゃんとお母ちゃんが贅沢なんかするはず無いッ!」
決壊した瞼からポロポロ涙を流して声を荒げるセツは、拳を握って俺を睨みつけてくる。
だけど、まだ足りない。
俺が聞きたいのはそんな事じゃない。
「ああ、俺は知らねぇし、そもそも興味もねぇ。俺が言いたいのは、親のクセにテメェの不手際を子供に押し付けんなってことだ。だから何度でも言ってやる、お前の父ちゃんと母ちゃんは本物のクソ──」
「── うるさいっ! お父ちゃんとお母ちゃんの悪口言うなっ!」
話しの途中でセツは俺に殴り掛かってきた。
そして彼女は泣きながら、俺をめちゃくちゃに殴りながらこう叫んでいた。
「死んじゃえ、お前なんか死んじゃえっ! お父ちゃんもお母ちゃんも、あたしを大好きだって言ったんだ! あたしも皆んなの事が大好きなんだ! 約束したから、お母ちゃんと約束したからっ、あたしが信吉を守るって約束したからっ! あたしは決めたんだ。大人になったら会いに行くって決めたんだ。だからあたしは強くならなきゃあダメなんだ。泣いてちゃあダメなんだっ!」
腕を振り回してくるセツに、ボコボコにされながら俺は様子を見ていた。暫くすると、彼女のその腕は勢いを失い。
「……でも、でもやっぱり、お母ちゃんに会いたい、会いたいよぅ、うわぁああああああああああん!」
年相応の子供らしく、彼女は全力で泣き喚いた。
そりゃあ、そうだろうよ。
俺だって母ちゃんに甘えたいんだ。
お前は俺よりチビなんだから、甘えたい盛りなはずなんだよ。
ならよぅ、俺が母ちゃんの代わりにお前を甘やかせてやるよ。
「……セツ」
彼女を抱きしめようと近寄り、セツの肩に手が置く。すると。
「っさわんな!」
「ッバキ! へぼっ!」
セツから、鼻っ面に思いっきりグーパン貰った。
「痛ってぇ! なにすんだよ!」
「触んなっ、クソ虫!」
クソ虫……初めて言われたよ、結構クるな。
どうやらガッツリ嫌われたらしい。こいつには結構酷いこと言ったもん俺。でも鼻、痛ってぇ。
だけど。
狂犬みたく歯を剥き出しているセツが、森山村に初めて来た日の事を思い出させる。
あの日、婆さんから必死に俺を守ろうとしたイエ姉と重なる。
だから俺は、腹に据えていたこの決意を言葉に乗せたんだ。
「あのさ。お前等さ、俺の子供にならないか?」
務めて真面目な顔で、目の前にいるセツと奥にいる信吉に語りかけていた。
「えっ」
「……」
泣き顔で固まるセツ。信吉は訳も分からずオロオロと。
「も、モンジさん? 子供って。な、な、へ?」
視界に入るモモは池の鯉みたく、口をパクパクしてるし、周りにいる皆んなも口をアングリと開いて時間を止めてる。俺の発言で、この場の空気がガラリと変わった。
「「ええええええええええええええええええッ!!」」
「にいちゃんが父ちゃん?」
「はあああああああああ? あんた正気!? はあ? 何言ってんのっ、バ、バ、バカァ」
「えぇっ、ええええええええええええッ!」
「ハ、ハ、ハハ。驚きました。……でも、モンジさんらしいと言えばらしいです。いいと思います。モモは応援します」
「ど、どいっ! どいと、お、お、おでの、子供か?」
「…………」
うっせぇなあ、コイツ等。
とち狂ったように騒ぎ出す森山村一行。モンジは疲れた様子で禿げた巨体に視線を流す。
「おいっ、お前っ、おでん。てめぇのだけは聞き捨てならん。いつから俺とてめぇは夫婦になったんだ! 舐めたこと言ってっと、てめぇのアゴひっくり返すぞっ!」
他人事のようにヘラヘラ笑うおでんは、俺を舐めくさっている。
「ったく、俺だって無い知恵絞ってんだっつーの」
視界の隅にバンビが映る。
無言の少女は俺を観察するように。いや、うんうん頷いているから認めるような、見極めるような、そんな目でみていた。
俺の発言で呆気に取られていたセツが口を開く。
「あたし、凄く酷いこと言ったのに……」
セツは細っこい腕で涙を拭っている。
「ああ、それはお互い様だ。……それとも何か、俺じゃあ嫌か?」
「ううん……。そんなこと無い、そんなこと無いけど、でも……」
セツは視線を彷徨わせて申し訳なさそうに俯く。
知り合って間もない俺に、彼女なりに遠慮しているつもりなんだろうけど。
また大人ぶろうとするセツに、諭すようこう言ってやったんだ。
「あのさ、お前ぐらいの歳の子供ってさ。本当なら好き勝手、我儘言いたい放題の年頃なんだぜ。例えば、デパートのおもちゃ売り場の前でゴロゴロ転がって、駄々捏ねまくりで、喋るぬいぐるみの『ファ〇ビー人形』欲しいって泣き喚いても許される歳なんだぜ。スーパーでさ、コッソリ母ちゃんの持ってるカゴの中にチョコ入れてさ、知らんフリしててもいい歳なんだぜ。子供なんだからハシャぎまくって、一杯家の中を散らかしてもいいんだぜ、本当は。この俺もそうして育って来たし、セツと信吉にもそう育って貰いたいんだよ俺は。それになんだ、ガキのクセに働いてお金を返す? はあ? そんなモン、言われても全然嬉しく無いってーの。だから、お金の事はなんかどうでもいいんだよ。ガキはガキらしく一杯甘えて、我儘言えばいいんだよ」
「デパート? フ〇ービー? チョコ?」と、途中首を傾げる場面もあったが、首をブンブン横に振るセツ。つぎに体を硬直させて彼女は、唇をギュッと噛み締め黙り込んだ。
色々我慢しているのかな、そんな印象を受ける。
お姉ちゃんだから。
そんな理由だけでこの子は、早く大人になろうと無理をしている。
イエ姉もあるいは……。
多分だけど、イエ姉もそんな些細な責任感だけで俺を守ってくれていたのかなって、今のセツを見てるとそう感じてしまう。
だからだろうな。
この子達を放っては置けない。助けたいって強く思ったんだ。
「信吉……」
「お姉ちゃん」
どこか決意した表情でセツは、隣りにいる弟の肩を抱くと、強引に信吉の頭を下げさせ、すぐさま自分も頭を下げて。
「せ、セツと信吉です。いい子にしますっ。よろしくお願いしますっ!」
と、やっと言ってくれたんだ。
ずっと頭を下げ続けるこの子達がとても気の毒に思えて、可愛いく思えて、思わず抱きしめてしまったのは言うまでも無く。
骨の浮き出た痩せっぽちなこの二人を抱いて、ちゃんと幸せにしなくちゃって、俺は胸の奥に誓ったんだ。
二人の背中をポンポンしながら、俺もとうとう子持ちかぁ、なんて感慨深いものを感じていたが。
ここで一考。
ん、でもワタクシ、奥さんも居ないのにいきなりシングルファーザーってどうなの?
俺、まだ未成年だけど、役場で戸籍申請とか受理してくれんのかな? まてよ、役場ってどこにあるんだ? あ、学校とかも何処にあんの? え、え、どうしよう、全然分からん。……大丈夫なんか俺。
俺なんかに子育て出来るのか、急に不安になってきたんだけど。
今更血の気が失せていく。
青い顔のモンジは冷や汗を流していた。
そんなモンジを他所に、おママ事のような家族ゴッコを見せられ、モモとおでん以外は疲弊する。
「ふんっ、薄っぺらい三文芝居。……ヘドが出るわ」
「なんと言いますか、発想が突飛過ぎて……モンジさんって、薄々感じてはいましたけど、かなりキレてますね」
「そんなこと言わないで下さいっ。モモは、モンジさんなら立派にお父さん役が出来ると思いますよ」
「せ、せつ、しん、しんきち。お、おで、おで、オメだちの、おっ母だ。め、めし、めし食うか?」
「…………」
なんだよ、こいつ等。うっせえなぁ。
まぁ、でもなんだ。
俺も覚悟を決めたんだし、どんと来いだ……。
「クッ、痛たたた……ヤッバ、さっそく胃がキリキリしてきた」
「だから、言わんこっちゃない」
お腹を押さえるモンジに、絹は呆れた様子でツッコむ。苦笑いの一同も不安を隠せない様子だ。
「……イエ姉はどう思うかしら」
ボソッと呟かれた絹さんの言葉に、肩が盛大に跳ねあがる。
「イエ姉にはあんたから、ちゃんと説明しなさいよ」
今、それを言う? 嬉しそうに、悪魔かこのひと。
「怒るんだろうなぁ。イエ姉に嫌われるかもね」
現実から逃げるように、頭の中に懐かしいRPGゲームのバトルミュージックが流されてきた。
悪魔王キヌは呪文を唱えた。『イエ姉に嫌われる』と、最強の呪文を唱えた。
「っぐへぇ!」
勇者モンジは250ポイントのダメージ。HP残量は20である。膝を折る勇者モンジ。
「はっ! 間抜けで不細工なあんたに、現実を見せただけよ。しっかりと苦しみなさい」
「不細工は関係無いのでは……。なら、俺が間抜けなら絹さんはパワハラモンスターだ」
「はあ!? 何言ってんの、意味分かんない」
勇者モンジはヒノキのぼうを装備、勇者モンジの攻撃。悪魔王キヌは回避した。
と、そこに仲間であるモモから支援魔法。
「モンジさんは間抜けじゃないですっ! 頼りないだけですっ!」
「ッぶほお!」
勇者モンジは仲間であるモモから、攻撃を喰らった。MPが1になる。
勇者モンジは瀕死状態。そこに仲間からの回復魔法が。
「モンジさんは変人ですからねぇ」
「どいと、おで、あ、愛し、愛しあってる」
「……モンジ、キモい」
「ひで、ぶぅ……」
違った、攻撃だった。
勇者モンジは仲間からの攻撃でHPゲージが赤く点滅、HP残量1である。薬草も残機も当然0であった。
ジ、エンド。
魔王の城に、悪魔王キヌの高笑いが響きわたる。
バタンと倒れた勇者モンジ。……虫の息の勇者モンジは動かない、まるで屍のようだ。
倒れたモンジは、ぶつぶつと何か呪文のようモノを唱えている。
マジでどうしよう。
急に子持ちって「誰との子供なの? モンジのエロガッパ、キーッ」とか言われて、イエ姉にマジで嫌われたらどうしよう。
呪文のような独り言を呟くモンジは、今度はシクシク泣き出して、終いには口から魂を吐き出していた。
「ほらっ! 馬鹿はこのぐらいにして。モンジ、起きなさい! とにかくこの町から出るわよ」
「……そうですね。急ぎましょう」
何かを察したように絹さんは声を張り上げる。モモもそれに相槌を打つ。
「は? 何言ってんだお前等。この子等の問題も解決したんだし、今日はここで一泊してこうぜ。俺、一文無しだから、もちろん絹さんの奢りで……」
首だけもたげて、モンジは駄々を捏ねる。
「はあ? 引っこ抜くわよ、あんた! そう言う問題じゃあ──」
「ど、どい。か、か、囲まれてる」
眉をしかめる絹さんとおでん。
屈んでいたモモも立ち上がり、辺りを見回し身構える。
「囲まれるって、なにに?」
「チッ、能天気もここまでくれば笑えるわ。あんたも周りを見てみなさい」
怪訝な表情のモンジに、絹は警戒色を強めて悪態を吐く。
「周りって……えっ、なんで?」
何の事やらとグルッと視界を回すと、大通り、脇道、建物の影から、派手な着流し姿の男達がゾロゾロと姿を現していた。
「は? どちら様。絹さんのお友達?」
「はあ? あんた踏み潰されたいの!?」
パッと見、三十から四十人ほど居そうだ。
腰に刀を挿したむくつけき男達は、皆がみな悪人ヅラで。それに加えて、ムカつく程の卑しい薄笑みを浮かべていた。
「ふんっ、あんたの客でしょ、どうせ」
「えーと、モンジさんが大金を持っていたからでしょうね。……たぶん」
絹さんの言と与一郎からの補足。
「……俺の客、俺の所為。え、そうなの?」
質問と一緒に汗が出る。そんな中、モモが俺の背中をポンと叩く。
「とにかく逃げましょう。数が多すぎます」
「う、うん。……ごめん。ごめんなさい」
俺は馬車に乗り込むみんなに謝っていた。
「……謝らないで下さい。モンジさんは何か悪い事でもしたんですか?」
「……してません」
「だったら謝らないで下さい」
「……はい」
信吉を抱えて馬車に乗り込むモモが元気付けてくれる。彼女の優しい言葉が身に染みる。
そう悪い事はしてないつもりだ。
だが、結果に危険が伴うなら愚行なのではと、今更に浅はかだったと己を苛む。
絹さんの言う通りだった。……何で俺は、こんなに馬鹿なのかと。
「モンジさん。行きますよっ!」
馬車の外で立ちすくむ。
イジけている俺に、モモは手を差し伸べてくれた。早く、早くとみんなもせがむ。
「さあ、早く掴まって!」
「……あ、ああ」
こんな俺なんかを受け入れてくれる。
モモの手をしっかりと掴んで、いい奴らと巡り合えたと口元が綻んだ。
「みんな平気っ、乗った?」
「「っはい!」」
「行くわよッ! っは!」
パシンッと鞭が鳴り、御者台に座る絹さんは、勢いよく馬車を走らせ奴等に突っ込んみ、突っ切る。
後ろから届く、聞くに耐えない罵声と怒声が俺だけに向けられているようで、顔をしかめて酷く落ち込んでしまった。
気付けば空が赤く染まり出していて。
稜線に消えかかる夕日は、黒い影を伸ばしていく。
疲れた体に何度も鞭を振われるお馬ちゃんは、唾を飛ばして馬車を引いてくれている。
それを横目に俺は、恒例となりつつある一人反省会に没頭していた。そんな時。
「……モンジ兄ちゃん」
囁くように。
姉弟の弟、信吉が初めて話しかけてくれたんだ。
「お、おおう。どうした? 腹でも減ったのか? それともどっか痛いのか?」
「あのね、モンジ兄ちゃん……」
モンジ兄ちゃんか、パパンでもいいのに、と思いつつ信吉を見やる。
「シッ! 言っちゃダメ。これ以上、迷惑かけらんないっ!」
「……だって、ちぃちゃんもだいちゃんも、よっちゃんもまーちゃんも、みんな友だちだもん」
泣きそうな顔の信吉をなだめるセツ。ん、どゆこと?
「何、何がどうした? まだなんかあるなら言ってくれ。問題、即解決が俺のモットーなんだから」
夏休みの宿題は、最終日に必死こいてやる俺が聴いてみる。
セツは口をモゴモゴしながら、キュッと瞼を閉じて拳を握り、また開いた瞳を泳がせ、意を決するようにやっと喋りだした。
「……まだ、お友達がいるんです、この町に。……よ、四人……信吉はそのぅ。みんなが、お友達が心配みたいで──」
そゆことね。
そうか、まだ四人もいるのか。
腕を組み考え込む。何故かバンビと目が合い、彼女は静かに見つめてくる。
「もう少しで町を抜けるわっ! まだ暫くは全力で走るから、しっかりと掴まっていなさいっ!」
絹さんの声が荷台に響く中、俺の心は疼いていた。
ついさっきまで、自分の浅はかな行動を嘆いていたと言うのに。
物分かりの悪い俺は、猿でも出来る反省というモノが苦手らしい。
「……あのさ。場所、わかるかな?」
「……うん。でも」
豪快に揺れる馬車の中でセツに詰め寄る。セツはまた言い辛そうに口ごもる。
「友達なんだろ。助けたいんだろ。友達っていいもんだからな、大切な存在だし心配すんのも無理もねぇ。それと信吉、良く言えたな偉いぞ。後は俺にまかせろ。それに俺は、変身するとちかっぱ強ぇから、サクッと助けてやれる。なあ、俺を信じて教えてくれねぇか?」
ガタガタと揺れる荷台の中。
曇るセツの表情は相変わらずだけど、それでもようやくコクンと頷いて。
「さっき通り越した平家のお家。……あの中にいるの」
尻すぼみになる少女の言葉どうりに、表通りに視線を向ける。
大通りは二階の建物が並んでいた。
その一画に、走る馬車の中からでも分かり易い、平家の家が確認できた。
あそこか。なら、俺のやる事は決まってる。
俺は狭い荷台の中を四つん這いで進み、後ろまで移動、おまむろに出入り口の幌に手をかけて。
「あんがと。じゃあ、行ってくる」と、迷いも無く飛び降りた。
「モンジさん、なにをっ──」
「えっ、あっ、まっ──」
「ど、ど、ど──」
「お兄ちゃ──」
「………──」
みんなの静止を聞く前に俺は、ヒラリと馬車から飛び降り──
「ッグキ! ドンッ! ガンッ! クゥ───ッ!」
失敗した。
降りた拍子に足を捻って、体がグルンと回転して腰と後頭部を強打した。ゴロゴロ転がり、頭を抱えて蹲る。
「いだぁー! 洒落になんねえ痛さだな」
頭を触ったら、デカイたんこぶが出来てたよ。
最高速の馬車から飛び降りんのって、ムズイのな。バランス崩して痛い目にあっちまった。はははっ。
涙目で周りを見回す。
場所は町を抜け出して門外すぐの、街道ど真ん中。
視線を馬車に向けると。
土煙りを上げながら街道を爆進している。止まる気配すら無い。
「そんな殊勝な女じゃねぇしな、絹さんは……逆に良かったよ」
俺は自傷気味に笑う。
もし馬車が止まっていたら、それこそみんなに合わせる顔がねぇ。
しかもこれは俺の勝手が招いた問題だ、俺が責任持たなきゃダメだろ。
「……さてと」
見上げれば、夕日を背に山々は影を増していく。
視線を落とすと、荒れ野に伸びる街道は山稜へと続いていた。
小さくなる幌馬車を見つめて俺は、安心したように溜息を溢した。
こっからが本番だな。……どうすんべか。
俺はひとり、うんこ座りで頭をさすりながらチンピラ共を待っていた。
捻った足は、大丈夫そうだ。
そうだ、一応小石集めとくか。もしかしたら、パチンコが活躍するかも知れんしな。
……暫くすると。
「はあ、はあ、はあ、はあ、て、てめえ等っ、ふざけやがってっ! はあ、はあ、はあ、有り金全部でっ、はあ、はあ、お、落とし前付けさせてやるっ! はあ、はあ、はあ……」
最初に現れたのは痩せギスのヤクザだった。
パッと見、弱そうだ。でも、刀はしっかり手に持っている。
そんで勝手に追いかけてきて、落とし前ってな。
イチャモンがハイレベルが過ぎてついていけん。
何をどうすればそんな発想に至るのかが、分からんのよ。
「……あ、そ」
理不尽な事を告げられ、こう答えるのがやっとのワタクシです。
「はあ、はあ、はあ、コイツですぜっ! 銭をたんまり持ってたガキはっ! はあ、はあ、はあ、……」
あっ、さっきの龍柄じゃん。ったく、コイツの所為かよッ。
「はあ、はあ、コイツ人質にして、はあ、はあ、逃げたヤツ等から銭を、はあ、はあ、はあ、巻き上げやしょう、はあ、はあ、はあ、……」
人質って。龍柄、エグいこと言うなぁ。
だがしかし、俺もお前等なんかに捕まる程甘くないつもり。なにせ俺はオールラウンダー。
長距離も短距離も、走るだけなら自信があるんだぜ。
「……あのさ。俺等、もう金無ぇよ」
「はあ、はあ、嘘つくんじゃねぇぞ、クソ餓鬼!」
真実を告げるも、相手にされず。
やむなくのバトル展開になりそう。
腰に手を置き装備品を確認する。
パチンコと小刀と黒の式神。あと予備の火薬入りの巾着袋と小物がちろっと。うん、いつも通り。
そこで、小石を拾いながら思いついた作戦は決行するつもり。
内容は、街道を挟んで左右に広がる荒地をひたすら逃げ回り、コイツ等を巻いたら町へと直行。
そんで、へろへろのコイツ等が町に戻って来る前には、俺はとっくに子供等を連れ出して、はいサヨナラって寸法よ。俺のスタミナと脚力が肝になる作戦だ。どうだ、完璧だろ?
不敵な笑みで立ち上がるモンジは手首、足首を回し始める。
「はぁ、はぁ、このガキ少しは出来ますぜ。はぁ、はぁ、はぁ、人数が揃うまで、待ちやしょう」
「はぁ、はぁ、そうか。そうだな、はぁ、はぁ、はぁ、わかった」
ヤクザもん二人は臨戦体制を取るだけで微動だにせず。
こいつ、龍柄をノシたの俺だし、そこそこ強いと思ってるらしい。
好都合だな。
今の内にしっかりとストレッチをしておこう。
体を曲げたり、足をグッグッと伸ばし始めた俺に、奇異な目を向けるヤクザな二人。コイツ等も警戒しながら息を整えている。
ややあって、ハイエナの如くゾロゾロと集まり出したヤクザもん達。
強面にメンチ切られてる訳だが。
不思議と恐怖感を抱かず、ストレッチのお陰で心も体もリフレッシュしたワタクシ。……なんでだろう。
汗だくのチンピラ親父が十人ほど集まった所で。
「こんだけいりゃあ平気だろ! まずこのガキとっ捕まえようぜ!」
「「へいっ」」「「おう!」」
ジリジリと間合いを詰めてくるヤクザもん。
手には刀を光らせ、今にも斬りかかってきそうだ。
散開するチンピラども。
コイツ等も馬鹿じゃないみたい。俺の周りに包囲網を作り、逃げ場を封じにかかる。
ここでまた一考。
確か山賊が出るって言ってたけど、コイツ等なんじゃないかと勘繰る。
でも実際そうかも。
まぁ、今更どうでもいいけど。作戦上ここはまとめて相手しなきゃならん所だし、いっそのこと煽っとくのも有りか。
てなことで。息を思いっきり吸い込み、俺は大声をあげた。
「おう、どチンピラ共っ! 金か? 金が欲しいんか? 金ならまだ、俺がたんまり持ってんぞ! 欲しいなら俺を捕まえて──」
啖呵の途中だった。
背後から気配が迫り、甘い香りが横を通り過ぎて、次の瞬間には。
「ッド、ゴン!」
紫装束のちっさい子が、龍柄の男に矢のような飛び蹴りをかましていた。
勢いよく飛んでいった龍柄は、後ろにいたヤツ等も巻き込んで、将棋倒しで倒れていく。
呆気に取られ、目が点になる俺とヤクザもん。
「モンジさんっ、これをっ」
つーか、モモじゃん。なんで?
放り投げられのは物干し竿。
ヒョイと投げられた物干し竿を、俺は反射的に受け取った。
「ぶもぉおおおおおおおおおおおおッ!」
は? この声って。
ドドドドッと、後ろからもの凄い足音と獣じみた雄叫びが轟く。
真っ黒い巨大な何かが俺を通り過ぎて、横を抜けていく風圧で髪が前に持って行かれる。
間を置かず。
目に映ったのは、ヤクザもんの列に突っ込む重戦車。
やっぱ、おでんかよ。
「ぶもぉ、おおおおおおおおおおおおおっ!!」
「「ぎゃあああああああああああああっ!」」
この頃にはヤクザもん四十人は勢揃い。
そこにおでんが体当たりを構す。
ボウリングのピンのみたく、チンピラ共が次々と吹っ飛ばされる。まさに圧巻だ。
「お、お前ら……」
「モンジさんっ、ていっ! 加勢しますっ! とうっ! 絹さんも先でお待ちですって、たあ!」
「ど、どい。お、おま、お待たせ」
素早い動きで体術を駆使するモモと、その場で踏み留まり力技でチンピラをぶん殴るおでん。
「……お、お前等、なんで──」
予想外の展開に作戦変更を余儀なくされる俺だけど……ははっ、どうしても口元が緩んでしまう。
嬉しかった、マジで。
友達って、やっぱいいよなぁって。
「おっしゃあああああああああッ!!」
俺の気合いも漲る。
やる気を十二分で、受け取った物干し竿を握り締め、三対四十の大乱闘へとその身を投じた。
♢
「死ねやぁー、ガキてめえー! っヘボ!」
銀線が頬を掠める。
俺は紙一重で躱しながら、ヤクザの顔面を物干し竿でぶっ叩く。
「ッギン!」
「ゴラァッ!! ゲフォ!」
次、義手で大上段からの振り下ろしを受け流しーの、ヤクザもんの腹に物干し竿をぶっ刺す。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、ダリャ!」
敵の動きがよく見える。
赤毛よりも断然遅いやん。
殺陣なんかしたことないのに、体がキレッキレに反応する。不思議だ、俺って天才なのかも。
「だあっ、りゃあああっ!」
「「ぐわぁあ!」」
足払いから、物干し竿をぶん回して二人まとめて、ぶっ飛ばす。
俺、無双。
顎から汗を滴らせ自画自賛。
けど、もうしんどい。心臓が破裂しそう。
まだ五分も経って無いのにヘロヘロです。ヤバい、自分の動きに体力が追いついていかない。
「「あのガキぶっ殺せぇええええええっ!!」」
「ひゃあああああああああああっ!」
絶好調の俺は絶叫した。
多勢に無勢とは今まさに。
大乱闘の中、体力の限界を感じたモンジは尻尾を巻いて逃げ出した。
迂闊だったぜ。何の根拠も無しに、なんとかなると思っちまった。……若気の至りっヤツだな。
「おらぁ! ガキ、待ちやがれぇ!」
「む、無理いいいいいいいいっ!」
そもそも三対四十である。
おでんの突破力とモモの華麗な技で、始めの内はいい勝負をしていたように見えたが。
世の中そんなに甘くない。
絶対的な数の違い。
倒しても倒しても次々に湧き出すチンピラ共にモンジは恐れ慄き、今にも潰されそうになっていた。
「ただじゃおかねえぞっ! ガキどもぉおおっ! オゴッ!」
「モンジさんっ、ていっ、たっ! このままだとっ、とうっ、やあっ! いずれ潰されてしまいますっ。たあっ! 一旦、引きましょう。たりぁっ!」
モモもしんどそう。
「死ねやっ、クソぶたぁああっ!! ガフッ!」
「どい、どい、ッバゴ! おで、ゴンッ! まだ、いけるッ、バゴンッ!!」
おでんは有り余る体力で奮戦中。
いつのまにか俺達はバラバラに離れていて、ピンでヤクザ共とやり合っていた。
「ガキ、死ねぇええええ!」
「うっせえ、ハゲッ! バキッ!」
大上段から物干し竿を振り下ろす。
次から次へと、親の仇みたいにチンピラ共が襲ってくる。
たちまち焦り出す俺。
ヤクザが壁となり、とうとうおでんとモモの姿が見え無くなる。
「「死ねー、ブチ殺したらぁー!ゴラァー、ふざけんー!吊るしてやー、ぶった斬ってー!まっぶたつー、死ねやー!!」」
物干し竿を突いて突いてぶん回す。
「モモォォォォッ! おでぇええええんっ!」
「「クソどもー、叩っ斬っー!おらっー、銭よこー!バカがー、殺したらー!たあー、死にさらー!」」
囲まれそうになり、回し蹴りで一掃。
「モンジさぁぁぁぁんっ!」
「どいぃぃぃぃっ!」
「「おらっー、死ー!殺ー、逃がさー!どけー、邪魔だー!豚ー、喰らわしー!ハゲー、どついー!」」
「モモォォォッ、おでぇぇぇん!」
混戦、乱戦、騒乱が俺の叫びを邪魔する。
絶叫、怒声、罵声がモモとおでんの行方を阻む。
無限サイクルの如く数多の人の渦に呑み込まれて、街道は混沌と化していく。
もみくちゃにされる。
体に細かい斬り傷が増えていく。
最低の状況、最悪に片足を突っ込んでいた。
だがしかし、こんな状況でも俺には引き下がる選択肢はあり得ん。だからッ── いつやるのッ!
今でしょッ!
俺は義手を前に突き出し叫んだッ。
「モモッ! おでんッ! 耳ぃっ、ふさげええええええええええッ!!」
「「はい」」
怒号に混じり微かにモモとおでんの声が聞こえ。
「おりゃあ! パアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!」
起死回生の一発を放つ。
十八番の閃光弾もどきをお見舞いした!
願前にいた男の醜悪な顔面が白く包まれる。瞬く間に眩い光と大響音が全てを呑み込んだ。
光と音が視覚と聴覚を奪い去る。肝を潰して、時を止めるヤクザ共。
「おぉ、らぁッ!」
俺は間髪入れずに物干し竿をぶん回す。
モモの声のした方向へと走る。立ち尽くす邪魔なヤクザ共は有無も言わさず薙ぎ倒した。
未だ目を白黒させて呆然とする男達を他所に、なんとかモモを見つけ出す。
両耳に人差し指を突っ込でいたモモに一安心。
彼女は俺の指示通りに耳を塞いでいてくれていた。
よしっ、やっぱモモは最高にいい女だ。後でヨシヨシしてやんなきゃ。おっと時間がない。
セクハラ紛いの思いを胸に、俺は急いで彼女に近寄り、耳元で新たな作戦を伝えた。
コクッと頷くモモと無言で視線を交わす俺。これで上手くいくはず。
早速モモは、その身を縮めてそそくさと別行動。
彼女が姿を眩まし、ホッと一息つく。
右腕を見れば、パックリ空いた傷口から血がとまらない。
数十分前に龍柄、虎柄に殴られた顔は腫れたまんま。腕はあがらず、膝も震えている── だからなんだ。
悲観は後回しだ。セツと信吉の二人と約束したんだ。やってやるぜ!
「ガキッ! てめえは八つ裂きだぁあああっ!」
早くも覚醒したヤクザが四人、四方から襲いかかってきた。
「どっせぇい!!」
ドンッと四股を踏むみたいに両足を地面に突き刺す。
「どおりぁあああああああああああああああ!」
大絶叫をしながら俺は、豪快に物干し竿を振り回した。
「「ッゲフ! ドフッ! グエッ! オゴッ!」」
「にゃろめぇ、どりゃああああああああっ!」
いっそ気持ちいいぐらいに敵を薙ぎ倒した。
最後の力を振り絞り、思いっきり振り回した物干し竿は敵の顔面を捉え、大の男四人を吹き飛ばす。
「おお! 俺、マジ無双」
って、言っている場合じゃない。続々と目覚めてんジャン。急げ、急げ。
半径一メートル程の円が出来あがる。
その円の中心でノビてるヤクザを踏んづけ俺は、おもむろに懐から袋を取り出す。その袋を、これ見よがしに高々と掲げた。
「はぁ、はぁ、はぁ、お前等の目当ての金はここにあるっ! はぁ、はぁ、俺が持ってる! 欲しけりゃ俺を捕まえてみろっ!!」
思いっきり宣誓したった。
有り体で言えば、金ラメが施してあるちょっとお高めそうな袋なんだよな、これ。
あながち、お金がたんまり入っているように見えなくもないし。勿論中身は金じゃない。さっきパチンコ用に拾った小石だぜ。
「「うぉおおおおおおおおおっ! クソガキ、捕まえろぉおおおおあおおおっ!!」」
荒れ野に怒号が響き渡り、凶暴なツラでヤクザが一斉に迫ってきた。
ビクッとなった。ちょっとビビって、キンタマきゅってなった。
「「どけ、どけぇええええええええええっ!!」」
目の色を変えて殺到する馬鹿共。
仲間を押し退け、俺目掛けて突進してくる。
おでんはどこだ!
首を勢いよく振り回す。
いたッ!
俺の左横ちょい先で、耳を塞いで蹲っていた。
あのバカ、何やってんだよ!
時間が無い。おでんに一足飛びで近寄り、ケツを思いっきり蹴り上げた。
「ぶひっ!」
「ぶひじゃねぇ! っおでん、向こうだっ! 頼むっ、道を開いてくれっ!」
「っくたばれぇええええええええええっ!」
「── こなっ、クソ!」
背後からの一閃。
ヤクザの一人が斬りつけてきた。
反射的に物干し竿を両手で掲げてガード、腕に伝わる衝撃とともに刃が竿に食い込む。
そこにおでんの豪快な一発。
「……むん!」
「ッバゴ! ごぼっ!」
おでんはムックリと起き上がり、俺と力比べをしている男の顔面ををぶっ叩く。
「サンキューおでん。ついでに頼む」
「ま、まかせろ」
殴られ吹っ飛ぶ男を他所に、間を置かず指差しでおでんに指示を出す。
おでんは大地を踏み締め、初速から豪快に突進していく。
「ぶもぉおおおおおおおおおおおおおッ!!」
「「ギャアアアアアアアアアアッ!」」
「凄えぞ、おでん!」
町と幌馬車の中間、草ボーボーの荒地を指差した俺におでんは、ヤクザをぶっ飛ばしながら、笑っちゃうぐらいの猛進をしてみせた。
「「グギャアアアアアアアアアアア!」」
大の大人が宙を舞う。
砦で見せた突進力を遺憾なく発揮するおでん。ヤクザ共を吹き飛ばし一直線の道を造った。よしっ、作戦上場っ!
思いついた次なる作戦はこうだ。
既に囲まれていた俺達。
まず俺を囮におでんに道を開かせる。俺達がヤツ等の気を引いてる間に、体のちっさいモモに草むらに潜んで貰い。
俺達がヤツ等の注意を引いて距離と時間を稼ぐ。
モモはその隙に町へと戻り子供を救出、そのあと幌馬車と合流してサッサと逃げる。
どうよ、完璧だろっ! 俺、扇子の似合う最強軍師、諸葛亮モンジ様だ。
まぁ、難点を一つ挙げるなら、俺とおでんは自力で脱出って事だけど……。
考えるのもメンドいし、そこら辺はノープランでもなんとかなんだろ。
「おらっ、お前等っ! 金はここにあんぞっ! 俺を捕まえてみろっ!!」
「「クソガキッ、舐めんなぁあああああああっ!!」」
おお、こわっ!
迫り来るヤクザもんの迫力に圧倒される。
ここでモモが気になり、俺はチラッと背後を振り返った。
膝上まである草むらに同化しているモモ。
俺も何処にいるのか分からん、これならまず見つけられ無いだろう。よしっ、作戦第二段も上場。あとは──
「バカバカバーカッ! お前等に捕まる俺様じゃねぇっつーのっ! バカバカバーカッ!!」
コイツ等を煽りまくるべし。
お尻ペンペンまで付けて挑発して、俺は全力で走り出した。
「「どぉらあああああああああああああっ!!」」
鼻膨らませて目を吊り上げて、本気印のヤクザもんって、マジでこえーっ!
走りながら周りを見渡した俺は、鬼気迫るチンピラ共の形相に顔をひきつらせた。
カッコいいって言ってくれたっけ。
フと、バンビのくれた言葉を思い出した。ちょっと元気をもらった。
ひきつる頬を強烈に引っ叩いて俺は、気力を振り絞る。
「……男ならさ、ヒーローってヤツに憧れるもんだよな」
全てのヒーロー同様、死力を尽くす覚悟を決めた。
「全力鬼ごっこだ! ついてきやがれっ!!」
「「クソガキ死ねやー! ぶっ殺したらぁ! 金は俺のもんだー! 舐めてんじゃねえぞー! ……ッ!」」
殺気立つヤクザ共を引き連れ、俺は大地を力の限り蹴りつけた。
「モモ、またあとは頼む……」
一瞬だけ振り返り。憂いを込めた視線で俺は、まだそこに居るであろう彼女の健闘を祈った。
ありがとうございました。




