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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
62/122

初めてのお買いもの

 よろしくお願いします。


「……あっつ」


 炎天下の午後でつ。

 日差しがもうかなり、キッツいッス。


 本格的に夏も始まり、日射も強く気温が高い。おまけに、湿気もある所為でなんもしてないのに汗でベタベタ、不快指数もうなぎ登りです。


「あーっ、あっつい!」

「さーせん」


「どうにかなんないのっ、この暑さっ!」

「さーせん」


「っほら! 風がたんない。もっと私を仰ぎなさい。強風を頂戴っ!」

「さーせん」


「っとに! 暑すぎんのよっ、この幌馬車っ!」

「さーせん」


 てか、絹さんよぅ、そもそも幌馬車用意したのアンタでだろうがよぅ。


 などと言いたい所ではあるが、ここはグッと我慢するワタクシは、脊椎反射で謝るのみでつ。はい。


「……あっつい」

「ほらほらモンジ、風っ。わたしに風を早くっ!」


 絹さんに言われるがまま団扇(うちわ)で仰いているが、真夏の幌馬車の中は地獄ようだ。


「心頭滅却すれば火もまた涼しい、ですよ」

「与一郎、その格好でお前が言うな」


 けっ、このヒョロ眼鏡、水を張った桶に手を突っ込みながら、ふざけた事を抜かしてやがる。


「ど、どい。だ、だ、大丈夫か?」


 御者台にて、馬の手綱を握るおでんが荷台を覗く。


「ああ、おでん。マジでヤバいってこれ、暑くて頭がくらくらするよ」

「ほら、手が止まってる! もっと真面目に仰ぎなさいっ!」


 SOSを出してんのに、鬼かこの人。


 おでんを向いた拍子に、バンビの姿もチラッと見えた。


「………」


 置き物みたいだな。


 少女は前を見据えて終始無言。

 その佇まいに人形のような印象を受ける。

 ……もしかして、機嫌が悪いのかな?

 

「ほらほら、また手が止まってる!」

「さーせん」


 あー、俺はやかましい絹さんを全力で仰いでやったさ。ハハ、ハハハハ、ハハ、ハァー。


 昼食を終えて俺達は山岳ルートを進んでいた。

 と言うのも、海側を進むよりも二日ほど短縮出来るであろうとの事なので。


 不確か無い情報ではある。

 この情報自体は、関所にいたオッサンから聞いたものではあるが、俺達には地図が無い。

 しかも峠道は山賊や不貞な輩が出没すると、オッサンは苦笑いで言ってたっけ。ハハ、不安しかねぇな。


 ガタッ、ガタッと、車輪が跳ねる。

 幌馬車の車体が左右に大きく揺らぐ。

 人の往来もあまり無い田舎道だ、街道が凸凹過ぎてかなりの悪路だ。


「おでん! あんた馬車の運転下手っ、もっと静かに走りなさい!」

「ご、ご、ごめん」


 さっきから口の減らない絹さんからに文句を言われ、巨体を丸めておでんが落ち込む。

 チャンス到来、そんなおでん君に俺から天使の囁きを送ろう。


「おでん、代わってやってもいいぜ」

「い、いいのか、どい?」


「ああ構わんさ。困った時はお互い様だ」

「あ、あ、ありがとう」


 ペテン師の如くお節介を焼く。

 おでんは一旦馬車を停め、俺と入れ替わり。おでんにシレッと団扇を渡して俺は御者台に座った。ふふふ、チョロいぜ、おでん。


「あら、おでん。今度はあんたなの? ……ん〜、暑くるしいわね。あんた、あんまり私に近寄らないでね」

「ご、ゴメン」


 交代した途端に、またおでんはへこむ。


「まぁでも、確かにモン吉より期待出来そうね。……おでん、何ボーと見てんのよ。私を涼しくすんのがあんたの仕事なのよ。ほら、ボサッとしてないで早く全力で仰ぎなさい」

「……う、うん」


 ……何様だよ、こいつ。

 手綱を握り振り返ると、荷台の中では早速一連の作業が再開されていた。


「ふも、ふも、ふもっ、ふもぅ〜〜」

「まだよ、まだ、まだっ。あんたの本気はこんなもんなのっ」


「ふもももももっ、ふもう〜〜」

「……ふふん。まあまあね」


 既に汗だくのおでんは高速で団扇をぶん回し、黒髪を風になびかせる絹さんは涼しげにご満悦の様子。絵面的に三下とお姫様のようだ。


 ……すまんな、おでん。

 貧乏クジを引かせた事に多少の罪悪感を覚えつつ、そっと目を逸らす。


 気持ちを入れ替えて前を向く。

 フと、視界の左隅に赤い色がチラつく。

 俺の真横に日傘をさしたバンビが静かに座っている。そしてその奥に、同じく赤い日傘をさすモモと続いていた。


 御者台に三人並んで座っているんだが。

 馬車とはいえ横幅、長さ的に、軽トラ並みの狭い幌馬車だ。

 大して広くはない御者席で俺は、自ずと右端に追いやられていた。


「ハハ、それにしても絹さんは元気だよなぁ……。ハハハ、ハハ、ハ……」


「………」


「そ、そうですよね。アハハ……」


 重たい空気を感じて、バンビに話し掛けたのに無反応。だからか、返答してくれたモモの気遣いが身に染みます。


 俺、なんかこいつにしたっけ。なんか、無視されてるみたいなんだけど……。

 頬を掻き、素知らぬフリで少女を見やる。


 から傘……。

 俺との身長差がある所為か、少女の表情が傘で窺えない。

 それでも馬車の揺れに合わせ、傘から純白の髪がチラホラと覗く。


「………」

「………」

「………」


 真正面を見つめる少女は無言。なので、いまいちこいつの思考が読めない。


「えっと、暑く無い?」

「………」

「……はい、暑いですね。天気もいいですし……」


 無言のバンビ。

 なんか気まずい。

 いらん事いっちゃった?

 余計なお世話だっのだろうか? と危惧する。


 そこで、何故俺等がこの子と行動を共にしているのかと言うと……。


 この子の体調を慮って、俺が気軽に声かけたせい。

 軽い気持ちで「家まで送ってやるよ。どっち?」と聞いたところ「……あっち」と、言葉少なげに俺達の進行方向を指差したもんだから、次いでだからと軽いノリで誘って見ただけなんだけど……。


「……えっとぉ、こっちでいいんだよね?」

「………」

「……た、確か、そうですよ」


 モモちんの相槌、助かるっス。


「………」

「………」

「………」


 正直、ちょっと後悔してる。

 だってこいつ、何も喋べん無いもん。

 

 重たい空気のまま、幌馬車が悪路を進む。


 ……暑すぎる。

 午後の一番暑い時間帯だから仕方がないんだけど、手綱を握る手もベタベタだ。


「……暑いですから、どうぞ」


 手拭いで汗を拭き拭きしている俺に、モモからの嬉しいサプライズ。


「あ、ありがとう」

「ふふ、どう致しまして」


 茶色い液体がなみなみと注がれた、竹製のコップを渡されました。

 もちろんバンビにもコップを渡され、こいつは両手でそれを受け取り、何故か俺が飲んだのを確認してから口をつけた。


「クゥ───ッ、生き返るぅー! モモ、グーググーッ!」


 麦茶クソうめぇーっ! ぬるいけど。


 いえいえって、照れ笑いのモモちんがキュートです。


 ちびちびと麦茶を啜るバンビもおずおずとだが、モモに「……ありがと」と、キチンとお礼を言ってるし。このタイミングなら喋べって貰えるんじゃないかと、再度話し掛けてみるも。


「……ねぇ、バンビって歳いくつなの?」

「………」

「……バンビちゃんは、十才ぐらいですか?」


 モモの質問には頷くバンビ。相変わらず俺には無視なのな。


 こいつの態度にモモはお姉さんっぽい笑顔でニッコリ対応しているけど、俺はムッとしてしまう。


「………」

「………」

「………」


 そりゃあ、このガキんちょ、最初に絹さん相手にイキって、結局日和るハメになって。

 昼飯の時だって、俺がせっかくあれやこれや気を使ってやったのに、ずっと不貞腐れてるみたいにブスッとしてたし。こいつ、ホント何なのって感じだよ。


「………」

「………」

「………」


 まぁ、それも今更どうでもよくて、考えるのはよしとく。

 どうせ、こいつとは家に送るまでの短い付き合いだしな。そんなに気を使わんでも別にいいかも。


 バンビを見下ろしながら悶々としていると、横からモモが声を掛けてきた。


「……あのぅ、バンビちゃんは地元の子、だよね」

「……うん」


「この先に宿場町があるって聞きましたけど、ホントなの?」

「……ある」


 モモの質問に、真っ直ぐ前を見つめたままバンビは答える。


「モンジさん。やっぱりあるらしいですよ」

「……宿場町か」


 そう、関所のオッサンの話では峠を越えるまで、山側のルートには農村も宿場町も無いって説明だった。


 だから、どっちが本当なのか判断に困る。

 野宿覚悟で峠を越えようと思っていたから、バンビの情報が正しければ宿を借りて、ひとっ風呂浴びたい所なんだけど。これはこれで願ったり叶ったりなんだけど。


 だけど一つ、腑に落ちない点がある。

 地元の子でも知っている事を、なんでお役人のオッサンさん達は知らないんだと、コレに引っかかる。

 

 バンビを見る。

 手持ち無沙汰なのか、御者席で足をぶらぶらさせ、傘をくるくる回すバンビ。


 別段、嘘を吐いてるとか、緊張してる風には見えない。


 だったら、オッサン等は何で隠した?

 もしくは、俺達をその場から遠ざけたいのか? 

 あるいは触れて欲しく無い『何か』があるとか?


 憶測が憶測を呼び、あらゆる疑問が湧いてくる。

 地図に無い町、よからぬ町って、ことなんだろうかと。


「バンビちゃん。干し芋ありますけど、食べますか?」

「……うん」


 微笑を湛えるモモと、嬉しそうなバンビ。

 姉妹のようなやり取りを微笑ましく眺めながら、思考を続ける。


 仮に進行方向にあるのを事実として。

 もしそうなら、突っ切る覚悟で進まなにゃならん。

 要らん争いなんてしたくも無いし、してる暇も無い。


「もう、ダメっ! 馬車の中、暑過ぎっ! どうにかしてよ、もう!」

「さーせん」


 汗だくの絹さんが荷台から飛び出してきた。

 条件反射で謝罪をしながら、俺は馬車を止めた。


「どうにかって言われてもなぁ……」


 思案にくれるワタクシに、これまた汗だくの与一郎から、そこそこの提案を頂いた。


「窓を付けませんか? 幌を切って」


 Good.idea!


 与一郎曰く。

 馬車の幌部分、両サイドに切り込みを入れて開け放ち、風通しを良くしましょうとナイスなアイデアを頂きました。


 確かにな。

 全員は御者席に座れんし、両サイドを開ければ風の抜けて熱も籠らない。

 コレを作ってくれたハト爺には悪いけど、長旅には体調管理も大事なことだ。


「与一郎、それ頂き!」

「デヘヘ」


 腰から小刀を抜き取り。では早速。オープン、ザ、幌っ!


 丁寧に左右の幌部分を切り裂いて、大き目な窓を付けたった。

 切っただけじゃないからね。

 窓の上部にくるくる巻けるから、いつでも開け締め出来る、雨対策のバッチリ仕様だからねっ。


「ふうー、ちょっとはマシになったわね。今までデブ男と一緒だったから、暑っくるしいたらっありゃしない」


 だそうで。

 ふんぞり返っているだけの絹さんが、いけしゃあしゃあと(のたま)う。そのデブ男は荷台の隅っこで、ちょんもり膝を抱えてる。


「………」


 なあ、おでん。一発ひっぱたいてもいいんじゃないか、こいつ。


 溜息を吐いて御者席に着くと、バンビが俺の顔を見ていた。


「な、なに?」

「………」


 おい、おい。俺がどストライクのイケメンだからって、そんなに見つめられたら、流石に照れちまうゼッ。


 前髪をチョロチョロと直す俺に、少女がポツリと一言。


「……モンジ。……お前、女の言いなりなんだな」

「は?」


「……女の尻に敷かれてるのな。カッコ悪い」

「はあ?」

 

「……お前男だろ。キンタマ付いてんのか?」

「き、キンタマ!? は? なんなん?」


 まさかのダメ出しだった。


 モモが驚いた様子で目をグルングルン回しながらキンタッ、キンタッて、連呼する。次いでに顔を真っ赤にしながら。


「ダメですよっ、女の子がそんなっ、キ、キンッ、キンッ、は、はしたないっ!」


 だって。


「それにっ、モンジさんは下心丸出しで女性の言いなりになっている訳じゃ無くて。や、優しいだけなんですからねっ!」


 ……モモちん、庇ってくれるのは嬉しいけど、バンビは下心丸出しとか言ってないぞ。


 すると与一郎が。


「すいませんっ! モンジさんはちゃんとキンタマありましたよっ! それも可愛い感じのやつがチョンチョンって」


 与一郎よ、無駄に乗っかるな。

 それと、今はキンタマの事なんてどうでもいいんだよ。空気を読んでくれ。


「か、可愛いチョンチョン!? 可愛いチョンチョン!」


 ほら見ろ、ウブなモモちんは、もう噴火寸前でぶっ壊れかけてるよ。


「……チョンチョン。……チョンチョンの匂い、嗅いでみたいかも」

「………」


 モモがテンパり、変な事を言い出す。

 ……ちょっとだけ引いてしまった。

 ……うん、聞かなかった事にしよう。


 それにしてもモモは優しいよね。

 だからか、荷台からチョンチョン、チョンチョンと、下品な爆笑が聞こえてくるけど。

 俺、全然気にして無いしモモがそのままでいてくれたら、それでいいんだ。


 羞恥を乗り越え、悟りを得た仙人の如く灰色になる俺です。


 バンビは、そんな俺のことを尚も観察するみたく、ジーと見つめていた。そんなおり──。


「ど、どいっ、どいっ! な、な、なんかっ、なんか、み、みえるっ!」


 おでんが幌馬車に立ち上がり、街道の先を示す。


 このデブ、いつのまにか勝手に、天井までぶち抜いていやがる。

 

「おい、ブタウシ! てんめぇ、どうすんだよソレッ! 雨降ったらそっからダダ漏れじゃねぇかっ!」


「……う、うん、ゴメン。で、でも、アレ」

「モンジさん、キレてる場合じゃないですよっ! ホントにありましたよ、町が!」

「もう、わたしお風呂入りたいっ! 汗でベッタベタで気持ち悪いっ」

「僕っ、薬屋さん行ってもいいですか? 珍しい物が手に入るかも知れませんし。ねっ、いいですよねっ!」


 おでんを皮切りに皆が皆、同時に喋りだす。


「ダァ──ッ、うるせえ──っ! ひとりづつ喋れって、訳わかんねぇ!」


「お、おで、だ、だ、団子、食べたい!」

「……あの村、嫌い」

「まず、宿よ、宿屋に向かいましょっ。一番安いのは嫌よっ、絶対、汚いからっ! 中くらいので我慢してあげるわっ」

「えっ! なにっ! モンジさんっ、バンビちゃんが何か言ってるんですけど、声が小ちゃすぎて全然聞こえませんっ!」

「ここいらの野草も見たいです。僕だけ別行動でも構いませんか? あっ! アレって確か……モンジさん止めてくださいっ!」


 こいつら俺の話し、全く聴いちゃいねぇ。


 もう、知らん。うるさ過ぎて、なんやワケわからん。ワイの知ったこっちゃあらしまへん。

 手綱を握るのはワシや、ワシの好きなように行かせて貰いやす。


 モンジはスーンと澄まし顔で、やたらとギャーギャー騒ぐ仲間達を無視して手綱を振るった。


 暑いしダルいし、蚊に食われるのも嫌だし。それとホトホト疲れてんよワタクシは。


 テンションあげあげで宿場町の門をくぐった俺達。

 陽も傾きかけ、斜陽で伸びる建物の影を車輪で踏みながら大通りを進んでゆく。


「……寂れてんな」


 見たままの感想だ。

 右よりのカーブが続く表通り。

 入り口の寂れた雰囲気の中を進めども、町の中は何処までも閑散としていた。

 商店らしき看板の建物もある。

 が、しかしなのか、既になのか、どの店も雨戸は硬く閉まっており、営業している様子は無い。


 同じように、朽ちかけた木造二階建ての建物が連なるこの通り。

 たまに視線を感じて、急いでそちらを向くも……バタンッと扉を締められてしまう。


「なんか怖いんですけど……」

「……そうですね。歓迎は、されてない様です」

「あっ、人がいますよ。……あー、また閉められちゃいました」

「し、し、静か……」


「なんか、ヤバ気だな……」


 固唾を飲む森山村一行。

 人の気配はすれど人影は無く、見かけても無視される。夏なのに不気味で寒々しい感じを受ける。

 

 そうだな。この町を一言で言うなら、スラム街だ。


 賑やかだった俺達も村の異常な雰囲気に呑まれて、先程までのテンションはだだ下がり。

 いつのまにか言葉も消え去り、示し合わせたように自ずと警戒心を強めていった。


 手綱の先、疲れた様子のお馬チャン達に目がいく。

 今日一日頑張ってくれたハッチ()ウサギ()の足取りも重く、今すぐにでも労ってやりたくなる。


「ハッチ、ウサギ。もうちょっとの辛抱だからな……」

「ヒヒン、ブルルルッ」


 怪し気な町ではあるが、一刻も早くこいつ等を休ませてやりたい。けれど、宿屋らしき看板が一向に見当たらない。


 そもそも宿場町じゃあ、ないのかも。


 と、新たな疑問が湧いてくる。

 三十軒ほど過ぎた辺りだろうか。

 表通りから外れた路地裏に、煙突らしき物とボロボロの暖簾を下げた、如何にもといった宿屋らしき建物が見えてきた。真向かいには食堂っぽい建物も。


「……なあ、絹さん。あそこにそれっぽいのがあるけど、どうする?」


 馬車を徐行させながら、荷台から前のめりな絹さんに質問をする。


「う、う〜ん。……雰囲気は最悪だけど。腐っても客商売なんだし。危険なことは無い……とは思うんだけど。大丈夫だよね? ね?」


 同意を求めるよう、みんなに目配せする絹さん。


「……大丈夫でしょう、か? ……僕は野宿でも一向に構いませんが……」

「モモは、モンジさんにお任せです」

「お、おで、わがんね」

「………」


 この町に入るなり、逃げるようにして荷台に隠れたバンビ。おでんの後ろで野宿用の布団をすっぽりと頭から被っている。

 

「ねえっ、あんたはどう思う?」


 俺の肩に手を置く絹さんから質問される。


「ああ、うん。そうだなぁ、えーと……」


 泊まりたいけど。……ダメだな、ポジティブな答えが浮かばない。


「……あのぅ、宿屋の方に直接お話を伺ってみてはどうでしょうか。そのあとで改めて皆さんと協議すればいいのでは?」


 答えに窮する俺を見兼ね、未だ横に座るモモからナイスな提案。


「だな。そうだな。俺も、モモちんに賛成」


 そうね、と真後ろで絹さんも頷く。

 荷台にいる与一郎とおでんも頷いて納得してくれた。ただ一人、無言のバンビは隠れたままだが。


 不安を残しつつ、俺達は宿屋らしき建物の横に馬車を止めた。


 ここで人選をする。

 宿屋組か幌馬車組の二択だ。

 こんな怪しい宿屋を相手にするんだ、普段の調子で馬鹿ヅラ下げて挑んでも、逆に舐めらるだけだろう。


 そこで強面のおでんはマストで、俺と絹さんは付き添い的なポジションと、そんな感じでオッケーだろ。居残りのモモと与一郎には馬車の見張りを頼む。


 人選の決まった所で、おでんを先頭に宿屋の暖簾をくぐった。


「……あのぅ、すんませ〜ん」

「し〜ん……」


 誰も居ないじゃん。

 意気込んで入っては見たものの、肩透かしを喰らう。


 入って最初に目についたのが、料金場で受付。

 土間を抜け、一階はすぐ手前にフロントがあり、一段上がると板張りのフロアが続いている。さほど広くも無く、十畳ほどしかないがな。


 フロアの左手には階段、右手に湯のマークの暖簾が下りている。


 やった、お風呂がある。

 体、汗でベトベトだから正直嬉しい、でも……奥はなんだろう、暗くてよう見えん。


「あのう! すいませ〜ん!」


 誰も出てこないから、声を強めてみた。


「チッ……」


 舌打ちが聞こえる。

 絹さんは組んでいる腕を指で、トントンし始めている。

 面倒くさいヤツが苛立ってんじゃん。早くこいよバカ店主。


「あのうっ! 誰もいませんかぁっ!」


「っせえな! さっきからっ」


 奥の暗がりから、汚い濁声が響く。

 ドスドスと床板を鳴らしながら、すぐに恰幅のいい髭モジャで、モサモサ頭のおっさんが腹を掻きながら現れた。


「なんだっ、てめぇ等っうるせえなぁ! さっきから。聞こえんだよっ、こっちはっ! ったく」


 真っ黄色な歯を剥いて吠えるおっさん。瞬間的に絹さんのこめかみに青筋が立つ。


「うっさいとは何よっ、こっちは客よっ! ボサっとしてないで、さっさと接客しなさいっ!」


 ほえー、絹さん強えーっ!

 見たまんま怖そうなおっさんなのに。姉御カッケェーッ!


 キッと眦を吊り上げる絹さんを、羨望の眼差しでみつめていると、何か不穏な空気を感じたのかおでんが、俺達の前に出張る。


 グンッと胸を張り、背中を伸ばしたおでん。頭が天井に届きそうだ。


「チッ、……で、なんの用だ」


 おでんの巨体に圧倒されたのか、店主は渋々といった様子で接客を始めた。


「……すいません。五人ですけど、一泊宿を借りたいんですけど……」


 謝る必要ないっ、こっちは客よっ! なんて、絹さんの怒声を浴びつつ、愛想笑いでお願いする。


「ふんっ、客なんか滅多に来ないからな、部屋は空いてる。どれでも好きな部屋を勝手に使え」


 投げやりな言い方の店主に早速値段交渉。

 一人百文から、飯抜きであっさり一人五十文と、絹さんが納得した宿賃に値下がりしたので、今日はこのまま泊まる事とした。


「おのぅ、つかぬ事お伺いいたしますが。……ここは宿場町でしょうか?」


 まずはザックリとした質問からしてみる。

 知らん町だし、あんまり細かく聞き過ぎると何が地雷か分からんからな。


「……あぁ、かつてはな。……北から都まで抜ける近道にだったからな、ここは」


 表情を苦々しく歪める店主に、もう少し掘り下げて聞いてみる。


「……かつては?」

「……そうだ。それがあの忌々しい奴等の所為で寂れてちまった」


「忌々しい奴等ですか……」

「ああ。数年前からの話しだがな、あいつ等が出て来たのは。……ほら、あの山見えるか? 『尾身白山』って言うんだが、あの山に山賊が根城を築いてな。それからだよ、旅人の足もすっかり遠のいちまったのは。たく、お陰で俺等のこの商売もあがったりだよ、ケッ!」


 忌々しそうに無精髭を弄りながら、窓から覗く山の景色に、店主は鋭い視線を送る。


「……そうですか。……なら、この町も山賊供に襲われたりとか、あるんですか?」


「そこなんだよっ! あいつ等ぁ、不思議な事に、町には手を出さんのよ。山の峠道を通る奴だけを狙って襲いやがる。小賢しい奴等だよ。その所為で領主に掛け合っても、緊急性が無いっつって討伐の話しも先延ばしだ、胸クソ悪い! これからどうしろっつうんだよっ!」


 実害は無くとも客が来ない。こっちは干上がる寸前なのにっ! 

 そう言って拳を握り締める店主からは、怒りが伝わってくる。おっさんの表情からも、将来の不安が滲み出ていた。


「そうですか、大変ですね。……こう、町の中が閑散としていたのも、その所為だったんですね」


「あぁ。ほとんどの奴等が店ぇ畳んじまって、この町から出て行ったからな。……俺も、もうじきこの宿屋を畳む予定だし」


「……残念ですね」


 同調するしかない。何もしてやれない。

 俺も暗い顔をしていたら、ふぅっと溜息を溢し、柔らかく破顔したおっさん。


「おい、ちよっとこい」

「……はい?」


 愚痴を言ったらスッキリしたみたいで、俺に手招きをしてきた。

 呼ばれるままに訳も分からずおっさんに近寄ると、耳元でこう囁かれた。


「……お前等だけに教えといてやる。……外をうろつく奴等に構うんじゃねぇぞ」


「ど、どういう意味──」


 ギョッとする俺に、更に小声でおっさんは告げてきた。


「ほとんどが、ヤクザもんだからだよ。この町に空き家が増えてから、他所の町からゴロツキ共が集まりだしてな、それであいつら勝手に住み着いてやがるんだ。……なんつぅか、碌でも無い商売をしている噂があるんだよ。なぁ、悪い事は言わねぇ、あいつ等には近寄るなよ」


 もっとも、あいつ等のお陰でこの商売も細々とやって来れたんだがな。

 と、締め括るおっさんは、不味い物でも食わされた時のような、渋い苦笑いをする。


 そして最後にこの一言を言った、良心が咎めると。


 あー、この宿屋は信頼できそうだが……町ぐるみでヤバそうって事か。一応、みんなとも相談しないと、宿泊云々なんて勝手に決められん案件だな、こりゃあ。そう思っていた間に間に。


「────── めて、下さいっ!」


 誰かの叫び声が宿屋の中まで届いた。


 絹さんとおでんと俺とで、三人は顔を見合わせた。

 頷きは一つ、踵を返して俺達は急いで外へと飛び出した── で、やっぱり。

 

 ヤクザもんにモモが絡まれている。


 如何にもといった感じのチンピラが、向かいにある食べ物屋から出てきた所だろうか。


 高楊枝を咥えたあんちゃん達は、派手な衣装(キラキラ龍、ピカピカ虎の着流し。腕からはメルヘンな花柄模様の刺青が覗く)に着飾る二人組は、モモに絡んでいたんだ。


「ちょっとあんた達っ、なにっ──」


 絹さんは秒でキレるが、俺は彼女の前に出張る。

 そして彼女の言葉を遮り、こう言ってやったさ。


「す、すいませんっ! 僕達の連れが、何か失礼なことでもしましたか?」


 ぺこぺこしながら、下から物を言ってやったぜ!


 信じられないって顔の絹さんから、冷たい視線を浴びるが気にしないぜ。何故なら、来て早々にメンドい争い事なんて、まっぴら御免だからな。


「ああ〜、何だテメェ等ッ! 俺等に文句でもあんのか、ああ〜!」


 龍柄のあんちゃんに恫喝されて、俺の愛想笑いが引きつる。


 怖いなぁ。なんかクジけそう。でも負け無いっ! だって毎日俺『強い子ミロ』飲んでたもん、キリッ!


「えっとぉ、すんません。色々と勘弁して貰えると助かるんですが……」

「うっせえんだよっ! ガキはすっこんでろっ!!」


 こいつ等、聞きゃあしない。

 しっかしなんだこれ。傲慢チキ通り越して、碌でもねぇ奴等だな。

 だって一人は、ガッツン、ガッツン、馬車を蹴たぐってるし。あっ、これ龍柄のほうね。

 そんで虎柄のほうは、モモのポニテを引っ張ったり、回したりと、ムカつくぐらいモモで遊んでるし。

 でもモモちんも偉いなぁ、良く耐えてんなぁー。


 で、ただのイチャもんだよな、これ。

 あと、あのヒョロ眼鏡どこ行った?


「おう、あんちゃんよう。俺等ぁ、ちぃとばかし馬車ぁ拝ませろって、頼んだだけなのによぉ。この姉ちゃん、ダメだとか消えろとか、ぬかしやがったんだぜ、酷くないかい? なぁ、なぁ。なにも、寄越せって言ってる訳じゃねぇのに。なぁ、なあッ!!」


 凄んでくるヤクザもん。

 ガン飛ばしながら、イキる顔芸が面白い。

 イカンイカン、そうじゃないな。俺も男だっ、一発かましてやらんと。


 俺は気合いを込めて声を出す。


「っすいません、すいません。身内の者が失礼を働いたみたいで、デヘヘ。……あのぅ、出来ればなんですけどぉ、その子の髪の毛をちょっとばかし離してやくれませんか? デヘヘ」


 手揉みをしつつ、低身低頭でお願いする。うん、これは最強だろ。


 荒事なしで解決出来るなら、軽い頭なんぞ何べんでも下げてやる。


「……無理だな。この娘っ子、一発殴らせたら収めてや──、ガッ、ンガ!」

「あ、わりぃ」


 コイツが喋り終わる前に頭が動いてた。

 ワタクシ、思いっきりコイツに頭突きをかましていました。


 鼻血を噴き出し昏倒する虎柄── モモが殴られると思ったら、感情が先走っちゃった、テヘ。


「なにしやがるっ、てめぇっ!」


 激高する龍柄あんちゃん。

 肩を揺らして、ズカズカとガニ股で迫り来る。


「てめぇから血祭りにあげて── ッゴフ!」


 龍柄をぶっ飛ばしちまった。

 男は文字通り、くの字でピューと飛んでいき、民家に激突。そのまま白目を剥いて気絶した。


「……やりすぎた、かな?」


 足を振り抜いた格好のモンジ。

 向かってきた龍柄を、足払いからの回し蹴りでノシていた。

 

 アレッ? 体が勝手に、アレレ? なんで俺、こんなに強いの、アレレレ? アホ面で首を左右に傾げるモンジ。


「何やってんのよっ、あんたはっ!」

「っさーせん!」


 絹さんに怒られました。これはマジ謝罪でつ。


「だけど、スッキリしたわ。あんたにしては上出来ね。ふふ」

「……あざっす」


 今度は褒められた! ちょっと嬉しいかも。


 食べ物屋の前では、いつからいたのか幼い姉弟が、ブルブル震えて俺をみている。


 ヤッバ、無意識に動いたとて、この子達に恐い思いをさせちまったのは事実。

 チビッ子にトラウマ植え付けちまった。猛反省しろっ、このバカちんの俺!


「えっとぉ。ゴメンね」

「「ッヒ!」」


 怯える姉弟とグッタリ項垂れるモンジ。


 民家に激突した龍柄の男が首を振り、覚醒する。

 やおら虎柄に駆け寄ると「覚えておけよっ!」と、悪党らしい捨て台詞を吐いて、虎柄を引きずるように逃げてゆく。


 あの姉弟も、ヤクザもんの後を追いかけて行った。 

 まさか、ヤクザもんのお子様達じゃないよね。

 サーと、表情の抜け落ちるモンジの顔色は真っ青になる。


「……あのぅ、モンジさん。あの姉弟、もしかしたらですが、親に売られた子供じゃないですか?」

 

「へっ、売られた!? どういうこったっ、そりゃ!」

「え、え、憶測ですが商品なのではと……」


 モモから衝撃的なことを告げられ取り乱す。


「なあっ! どういう意味だよっ モモっ!」

「……あの子達、手枷を嵌められましたから。多分、奴隷ではと……」


 言いづらそうに奴隷と語るモモに、俺は愕然としてしまう。……人が売られる? 商品? 奴隷? は? あり得ないッ!


「モンジっ、どこ行くのよっ!」

「── 見過ごせっかよ!」


 ダメだ、もう我慢なんねぇ! 確かめねぇと気がすまねぇっ!!


 俺は大地を蹴りつけ走り出していた。

 人が物扱いされているんだ、そんなもん黙ってられるか! そんものが許される世界なんて、クソッ喰らえだッ!


 俺は後先考えずに、突っ走っていた。



♢♢



「兄貴ぃ、鼻ぁ折れてますぜ、こりぁ。痛く無いですかい?」


「うるせえッ! 痛ぇに決まってんだろっ! クッソッ、あのガキ。今度あったら、ぶっ殺してやる!」


 通りから外れた路地の一角。

 壁を背に、折れた鼻をイジくりながら檄を飛ばす虎柄を、龍柄は不安気に見つめる。


「てめぇ等も見てんじゃねえっ! 死にてえのかっ!」


「「う、う、うえっ、うう……」」


「泣くなっ! 鬱陶しいっ!」


 苛立つ虎柄が怒鳴る。

 更にはこの泣くに泣けない状況に姉弟は、ただただ抱き合い、ブルブルと震えていた。


「クッソあのガキっ! おいっ、顔は覚えただろっ! 次ぃ見つけたら、絶対ぇ俺に教えろよっ! 必ず、ぶっ殺すから。わかったなっ!」


「……へ、へい。って……兄貴、早速見つけました」


「ッひぃ!」


 殺す予定の相手が予想外に早く現れて、虎柄は臆面も無く驚倒する。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、見つけたぜ。はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


「な、な、な、なんだお前っ! ま、まだ、なんかあんのか? こ、この野郎」

 

 近寄られるモンジに、思わず尻餅を着く虎柄。

 上擦る声で、精彩を欠く虎柄の啖呵も地に落ちた。


(あ、兄貴どうしやしょう。逃げますか?)

(んな事できっか! 商品放ったらかして逃げれるかよっ!)

(でも兄貴……命あってのなんちゃらですよ)

(うるせえ、わかっとる! とりあえずお前は黙ってろ!)

(……へい)


 小声で相談中の二人組。


 ポリポリ、普通に聞こえてるんだけど。

 でもやっぱ、この子等は商品なのか……。だったら俺がやる事はひとつだろ。


 モンジは息を整え、意を決す。そして──。


「すいませんでしたっ! 調子乗りましたっ、申し訳ございません!」


「「……っへ!」」


 モンジは迅速な動きで、盛大かつ華麗な土下座をしていた。

 呆気に取られたヤクザもんは、間抜けた声でキョトンとする。


「すいませんっ! すいませんっ! 謝って済む話じゃ無いのは十分分かっていますっ。その上でお願いしますっ! こんな馬鹿な私に……そのぅ、あのぅ、その子等をっ、譲ってはくれませんかっ? おっ、お願いしますっ!」


 これ以上に無い位にへりくだる。

 実際、肉体言語で解決してもいいけど、奴等の近くに姉弟がいるからな。人質にされても困るし、安全策を取らせて貰うよ。


 額をグリグリと地べたに擦りつけて、モンジはお願いしていた。


(ど、どうしやす兄貴)

(どうもこうも……へへっ)

(おお、兄貴が兄貴らしいスンゴイ悪い顔してるぅ)

(へへっ、へへへ、決めたぜ!)


 姿勢を正し、身繕いをするヤクザもんの二人。

 モンジにこっぴどくやられる前の威厳を、形だけでも取り戻す。


「あぁ、そうだな。聞いてやれなくも無いかな」


「ほ、ホントですかっ! ありがとうございまっ」


 パンパンと着物に付いた泥を落としながら虎柄は、この上ない横柄な態度でモンジに挑む。少年は、地面から顔を上げて、媚びた笑顔を作っていた。


「ただしだ。条件を呑んだらな──」


 条件!? お金かっ? お金だよな! ……人って、おいくら万円だろう。想像もつかない。


 モンジの笑みが固まる。

 二つの影が土下座中のモンジを覆った。

 

「さぁて、利息をつけて払って貰おうか」

「……はい?」


 下劣な笑みを浮かべる彼等は、指の骨をポキポキ鳴らしていた。


 あぁ、そういう意味ね。


 全てを読み取って俺は、覚悟を決めた。

 胸ぐらを掴まれる「おらよっ!」── 利息、条件という名のリンチが始まったんだ。



♢♦︎♢



 十数分後……。


「あんたら、いい! あの馬鹿のこと甘やかしちゃダメだからね! 絶対よっ、絶対追いかけちゃダメだからねっ!」


 腕組みで、片足で地面をタップする絹さんは、苛立ちをぶちまけていた。

  

「あっ、帰って来ましたよ! ……あらら、これは見事に」


 大通りを歩くモンジを見つけて、与一郎は笑みを作るも、すぐさま苦笑に変わる。


「ど、どいっ! ……!?」

「モンジさんっ、えっ、その姿は一体!?」


 おでんとモモもモンジに気付いて駆け寄り、言葉を失ってしまう。


「あー、えー、利息と条件かな」


 二人を驚かせて恐縮するモンジ。

 だけど、しっかり後ろには姉弟を従えていた。


「はははっ……モモ、ゴメン。……俺、このとおりカラッケツ。ははっ」


 懐から報奨金入りの袋を取り出して、袋の口を開け逆まにする。すると、お金はおろか、糸クズすら出てこない。

 

「ははっ、綿姫様救出で貰ったお金、全部使っちゃった。ははは、ははっ、はは、は、はぁー」


 意気消沈のモンジ、顔がボコボコだ。

 顔が特に酷い。頭はクシャクシャ、両目に青痰、ほっぺに草履の跡と両鼻から鼻血を垂らして、モンジはガックリと首を折っている。


「与一郎さ〜ん。出番ですよ〜」


 彼の姿にモモはクスッと笑い。

 軽快な呼び声にをあげる。すると与一郎はしょい籠を背負って颯爽と駆けてきた。


「てんめぇ、どこ行ってたんだよ! モモひとりでチンピラに絡まれてたんだぞ!」

「ぼ、僕は、バンビさんを守っていましたけど」


 こいつを見た途端に、怒りが湧いてきて襟首を掴んでいたか。

 与一郎のヤツは、眼鏡をクイッとあげて、スカした態度で答える。


「落ち着いて下さい、モンジさん。与一郎さんにバンビちゃんの事を頼んだのモモですから。とにかく落ち着ちつきましょう、ね?」


「ふん、偉そうに! あんたこそ、どこ行ってたのよ!」


 モモに(なだ)めてもらいつつ、不機嫌は絹さんに文句を言われ、言い訳する。


「……えっとぉ、野暮用が」

「野暮用って、なに?」


「なんと言いますか、ボランティアによる虐待児保護活動を少し……」

「は? なんなのそれ」


「……つまりは、全財産で人を買っちゃいました。テヘ」

「……状況分かってる? 急ぎ旅なのよ。……どうすんのよ、この子達。一緒に連れて行くつもり? 無理でしょ、ねえ、無理でしょ。あんたバカなの? ねえ、ねえ、あんたおバカなの?」


 恐い顔の絹さんから、頭をコツコツ小突かれます。

 なんと言いますか、イジメられっ子の気持ちが良く分かりました。辛いモンですね。


 まあまあと、モモと与一郎が間に入ってくれて事なきを得るも。

 自分の浅はかな行動、特に姉弟の処遇に頭を悩ます。そんな中、モモと目が合う。


「……モモは怒んないの?」


「ええ、モンジさんですから……」


 モモのサラッとした回答に救われる。

 彼女は言葉のあとに、ともすれば姉のような、あるいは母親のような微笑みをくれたんだ。

 気持ちが和む、ホント感謝の言葉しか出ないよ。


「……ありがとう」

「こちらこそです」


 そして、与一郎に連れられ馬車で治療をして貰う事となった。





 モモの栗色の瞳に彼が映る。


 包帯だらけのモンジさん。

 恥ずかしそうに俯くモンジさん。

 この人はいつもそう、誰かの為に傷だらけ。


 モモは意地悪をしました。

 言わなくてもいい事を彼に言いました。

 あの姉弟の事を教えました。ワザと言いました。

 よくある話しで、仕方の無い事実を教えました。


 なんで、なんでモモは彼に教えたの?

 彼の反応が見たかったから── なんで?

 彼ならどうするのかを知りたくなったから── どうして? 試した、彼を? 何の為に?


 モモにも分かんない。自分の気持ちが分かんない。ただ。

 

 右手に姉、左手に弟、モンジさんはあの姉弟を連れていた。その事実が何よりも嬉しい。

 

 ── モモも同じだったから。あの方に遭わなきゃ今頃はこの子達と同じ運命を辿るはず、だったから。


 咲姫様や綿姫様と同じくらいに、彼は優しい人だった。モモにとっては、それが何よりも嬉しい。


「モンジさんの顔、お饅頭みたいですね。アハハ」

「うるさいよ!」


 だから、彼との何気ないやり取りが幸せなんです。



 向日葵みたいなモモの笑顔に照れちまった。

 モモの顔がまともに見れん。なんか恥ずかしい。


 フと視線の先に、モモと手を繋ぐ手枷後の付いた細い腕が見える。

 彼女の手をギュッと掴む手が震えている。お世辞にも綺麗な服とは言えない、小さな姉と弟。


 あぁ、おんなじだ。この感じがあの頃の──そう、イエ姉と二人っきりで逃げてたあの頃、あの日の記憶を呼び覚ます。


 怖くて、ひもじいだけの逃避行。

 だけど愛されていた記憶を思い出す。だから、俺は間違ってはいないのだと確信を持てた。


「本当にどうするんですか? この子達を連れて行けませんよ」

「分かってる。何とかするよ」


「何とかって、お気楽ですね」

「………」


 感傷に浸る暇まなく、治療に当たる与一郎からも小言を貰う。


「……モンジ。お前は悪い事をしたのか?」

「悪い事はしてねぇよ。悪い事は……」


 いつからいたの? 

 知らぬ間に、隣りにいたバンビから質問されて言葉に詰まった。


「だったら、そんな顔をするな。胸を張ればよかろう」


 やっと喋ったと思ったら、なんか偉そうなんですけど……。


「……よかろうって、お前。……まぁ、いいや。で、お前は怪我とかして無い?」


「お前じゃない! バンビだよ」

「はいはい、バンビちゃんにお怪我はございませんか?」


「怪我はないぞ。ただ……お前みたいに変な奴に会えて、面白かったぞ」

「あっそ」


 こいつは俺の事をお前って言うのな。何様だこいつ。


「及第点と言った所かな」

「……は?」


 狭い馬車の中で、バンビは四つん這いで更に近寄ってくる。


「ふふ、何でもない。だけどモンジ、あたしにはお前が格好良く見えからな」

「はぁ……」


 顔が近いし。急にこんな事を言われても戸惑う。


「お前、それにしても凄い顔だな。カボチャみたいだぞ。フフ、アハハハ」

「……うるさい」


 そう言って、始めて無邪気に笑いやがった。か、可愛いじゃない。


 少女の笑みが天使のように純粋で、俺は思わず照れてしまったんだ。


 ありがとうございました。

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