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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
61/122

動き出す思惑

 よろしくお願いします。


 蒼穹広がる北の大地にて。


 今は昼下がり。

 攫われてから、かれこれ三日が経つ。

 いつものように自室にて、私のお世話係でもある杏子(あんず)さんと昼食をとり、今はお部屋でポツンとひとりきり。


 昼日中、杏子さんは何かと忙しいらしく、基本的に私は自室にてひとりで籠る日々を送っていた。

 別段やる事も無く、寂しさを紛らわす意味でも、今日も今日とて机に向かい、黙々と筆を走らせている。


 この筆も紙も、意思の疎通のまま成らない私の為にと、何かと目をかけてくれる胸骨さんが初日に用意してくれた物でありがたい。


 彼女自身忙しい身なれど、暇を見つけては私の元へと足しげく通ってくれている。

 格好も派手で見た目も怖そうな方なんだけど、根は優しい人なんだと思う。


 それと、こう言ってはなんだけど……。女の私から見てもドキッとするぐらい、艶っぽい方なんです。


「……ふぅ」


 溜息ひとつ。

 写経に没頭していたイエが顔を上げた。

 涼やかで気持ちのいい風が部屋を素通りしていく。

 すると、一陣の風が机の脇に置いた白い半紙の束を煽り、はたはたとはためく。

 飛びそうな半紙に意識を奪われながら、彼女は筆を置いた。

 不意に今日までの出来事が頭をよぎり、イエは物憂げな表情を作る。


 はらりと横髪が落ちる。

 その癖のある茶髪を、年のわりに色気のある手つきで撫でつける彼女。

 机を挟み開かれた障子戸より望む景色が目に入り、体ごと視線を向けていた。

 ほのかに赤く腫れてしまった瞼で蒼天を眺める彼女は、眩しそうに細めている。

 

 ── モンジがいない。


 これだけ長い時間、彼と離れて暮らすこと自体が彼女にとっては初めての事だった。


 ── 私がいなくてもちゃんとご飯、食べているかな?


 私は囚われの身。

 だとしても、理由が解らぬまま丁重に扱われている彼女の今の現状に、何ら不自由は無い。むしろ、今までの生活よりも快適だと思えた。……だけど。


 ── 怪我は平気かな? 風邪、ひいてないかな?


 彼の事を思うと、自然と涙が溢れそうになる。寂しくて、恋しくて、切なくなる。


 ── モンジがいない、モンジに逢いたいッ。


 もう、何度目の涙だろうか。

 枯れる気配の無い雫が彼女の頬を伝い、自らが綴った半紙にポタポタと零れ落ちる。

 清らかな雫は、漢字を羅列した半紙に吸い込まれて文字を滲ませていく。


 ── 彼に逢いたい。今すぐにッ!


「……あぁ〜っ、あぁぁぁ、あ〜〜っ、ああぁぁぁ……」


 腕を畳に落として、イエはとうとう声に出して泣きだしてしまった。


 揃えた正座は崩れ、天井を仰いでポロポロと涙を流す姿はまるで、母を欲する幼児のよう。

 音の無い世界で生きている彼女に声の調節は難しい。感情のまま大声で泣きじゃくる彼女は、自室に悲壮感を漂わせていく。


 孤独に抗う彼女である。

 泣き崩したその姿は、決して人前では見せなかった彼女の本心と心情を如実に表していた。


「──トン」


 畳の上に何かが落ちてくる。

 イエは濡れた瞳で、それの微かな気配を追い求めた。


「あ、はぅ、……ふふ」


 すぐにそれを見つけて微笑み掛ける彼女。

 茶色でまだら模様の(ふくろう)が一匹、彼女の側に降り立っていた。


「……ピー、ピュー」


 初日にお屋敷に飛び込んできた梟さん。

 彼女が身を呈して守った梟が、緑目、丸い眼でジッとイエを見つめながらピョンピョン跳ねて近づいてくる。


「ピュル、ピュルル」


 愛くるしい丸い体型、首を左右にフリフリするこの鳥は彼女に寄り添うみたいに、しな垂れる。

 どこか滑稽で笑える仕草と、その緑の瞳に見つめられてイエの気持ちも徐々に和らいでいく。


 そうなの、この子は私にだけ懐いてくれる。

 

「……ふふ、ふふふ」


「泣いたカラスが、もう笑った」なんて。

 そんな事を言いたげに、大きな目を弓なりにする鳥さんを愛おしく思う。


「あり、がと。んん……」


 おもむろに彼女は、縋るような格好でこの鳥を抱きしめていた。


(私の心が分かるみたい。……不思議な鳥さん)


 ジッと動かず、受け止めてくれる鳥さん。

 気持ちを察してくれるこの鳥さんに、共感めいたものを感じてしまう。

 満たされていく。乾ききった心がじんわりと潤っていくのが分かる。

 

「……クン、クン」


 お日様の匂いがする。

 抱きしめているこの子の可愛らしい丸い頭、頭頂部の匂いを嗅いでしまっていた。


 モンジの癖? 最近の彼が私によくする仕草を、真似してしまった。

 

「ふふっ」


 自然と笑みが溢れてしまう。

 彼がするあの癖は、ただの姉から、ひとりの女として意識してくれている証拠なんだろうか? それなら嫌じゃない、むしろ嬉しいかも。


「うふふふ」


 だけどあの顔はちょっと変かな。ゴメンなさい、笑っちゃった。


 彼女の匂いを嗅ぐ、ちょっとお間抜けなモンジの顔を思い出してイエは、更なる笑みを咲かせていく。そんなおり──。

 

「── バンッ!」


 襖戸を勢いよく開けて登場する人物。

 ビックリして急に跳ねた鳥さんに、私も驚いた。

 この子の様子に誰かしらの来訪と知り、扉を背にしていた私は、振りかえろうとする。

 けれどそんな暇も与えられず、机を挟んでその方は既に私の目の前まで来ていた。


 屈んで机に両手をついたその人は、開口一番に。


「今日はあなたのカレ。昨日言っていた大好きなカレの話っ、聞かせてもらうわよっ!」


 綺麗な青い瞳を爛々と輝かせているその女性。そう、胸骨さんは綺麗なお顔を近づけて私に迫ってくる。


 スミレ柄の濃い紫色の着物姿の彼女。

 着物の胸元をはだけた着こなしで胸骨さんは、何と言いますか、別嬪(セクシー)な方です。

 彼女を前にすると、いつも目のやり場に困ります。

 だって彼女は、こぼれ落ちそうなぐらいたわわに実った双丘を、これでもかと強調しておりますので。


「……う、うぅ」


 完璧な彼女の体型(スタイル)に、私が言葉に詰まっていると。不意に、彼女の整ったお顔が尚も近づいてきて。


「ッチュ」


「──っ!?」


 突然、唇を奪われた!

 驚いて瞬間的に真っ赤っかになる私は、パッと唇を両手で隠した。


 えへへって、艶のある笑みで微笑む彼女。

 このやりとりも何回目になるだろうか、気を抜いた時にやられてしまう。


「あたしの国では、女の子どうしの挨拶がわりだから、気にしないでね」と、おととい説明されたけど。

 私の国には無い習慣なので、毎回の如く驚いてしまいます。


 でも本音は、彼女の柔い唇の感触が心地よくて……嫌じゃないかも。


 はしたないッ! 頬を染めて俯くわたし。


「やっぱりあなた、ふふっ、可愛いわね。……じゃあ、もう一回っ」


「ギュアッ! ギュ、ギュ、ギュア、ギュアッ!」


 再度、お顔を寄せてくる胸骨さんを鳥さんが大暴れで阻止する。

 私の膝の上で足を踏ん張り羽をバタつかせて、尖った嘴で彼女を攻撃せんとする。


「邪魔ね、このバカ鳥……」


 角度を増す彼女の瞳。露骨に嫌な顔をする胸骨さん。

 忌々しそうに手で攻撃を捌く胸骨さんは、私からやっと離れてくれた。


 このくだりも毎度のことで。

 嫌じゃないけど。でも同性からの接吻に馴れていない私は、今回もこの子に助けられてしまった。


 も、勿論っ、異性からは無いですよ。誓ってモンジ以外とは、した事ないですッ。……彼が寝ている間とかに、コッソリと私からだけど。


「本気で腹立つっ、このバカ鳥っ! いつか串焼きにしてやるんだからっ」


 プリプリしている胸骨さん。

 頭の後ろで束ねた金色の髪から、チョロンと出た毛先が揺れている。

 身を引いて柳眉を逆立てているけど、綺麗なお顔立ちは健在だ。


「ピュッ、ピュッ、ピーッ、ピーッ!」


 対して鳥さんは、敵意を剥き出しに彼女を警戒している。


 睨み合う一人と一羽。

 だけどすぐに胸骨さんは机の上に半紙を見つけて、今度はニヤケている。

 怒りで本来の目的を忘れていたのだろう。何か良からぬ事を思いついた様子だった。


 目まぐるしく変わる彼女の表情に、ついて行くのがやっとだ。天真爛漫と言いますか、これも彼女の魅力のひとつなんでしょうね。


「ねえっ! ちょうど紙と筆もあるから、お互い意中の殿方の似顔絵を描いてみない?」


 えっ、絵ッ! 突拍子もない提案に、絵心の無い私は目を丸くした。


「まず、あたしから描くね。どれ、どれ」そう言えながら彼女は、筆をサラサラと流していく。

 大人びていた彼女の様子はなりを潜め、今はあどけない少女のよう。頬を桜色に染めて、淀みなく筆を滑らしてゆく。


 そんな彼女を微笑ましく見つめつつ、奥にある小窓を彼女の肩越しに覗いていた。庭にあるツツジの花が綺麗に咲いていたから。

 

 庭に咲く白ツツジ。

 心地良い風に揺れる低木の花に、彼の好きな季節でもある夏の訪れを感じてしまい、つい。


 ── モンジ、あなたに逢いたい。


 と、その思いに駆られてしまう。

 届く筈の無い願い。せめて、心だけでもいいから飛ばしてしまいたい。


「はいっ、出来たっ!」


 明るい彼女の表情が私を現実に戻す。

 瞳の潤み始めた私は、一生着ることの無いはずだった豪華な着物の袖で、思わず瞼を拭っていた。


「……大丈夫? やっぱり、辛いよね」


 私を気遣う胸骨さんは優しい人です。

 彼女は同時に、眉と視線を下げて申し訳なさそうにもしている。

 しょんぼりする彼女に、何故か私が意地悪をしているように思えて。


「……へ、へい、き」


 辛い思いをさせて、ごめんね。と謝る彼女に精一杯の強がりをして見せた。


 彼女の所為じゃないから。彼女は組織の一員で、逆らえない立場なのだから。


 もし仮に彼女が組織の総意に反し、罰を与えられるような事になるなら── そんなの想像したくもないし、私は嫌だ。


 私に親切にしてくれる、あるいは友達のように接してくれる彼女に危害が及ぶような事は、決してあってはならない。当然、私の事で迷惑なんか掛けたく無い。


「……あり、がと」


 憎むべき敵なのに……。

 なのに彼女の気遣いが嬉しくて、感謝の言葉が出てしまう。

 こんな出会い方じゃなければと……。

 きっと私達、いいお友達になれたんじゃないかな。そう思わせる何かを彼女は持っていたんだ。


「……面と向かって言われると、照れるわね」


 一斉に花を咲かせる虞美人草(ぐびじんそう)のように、たちまち可憐な笑顔へと変わる胸骨さん。


 次にモジモジして彼女は、へへっと少年のような仕草で鼻の下を指で擦ると、おもむろに。


「じゃあ、仕切りなおしてっ。ジャジャーン! この人が、あたしの意中の殿方よっ!」


 今までの空気を払拭するよう胸骨さんは、元気一杯に自らが描きあげた似顔絵を私の目の前で披露する。……だけど、そこに描かれた者に私は困り果てた。


「…………ね、こ、ちゃん?」


 ごめんなさい、およそ人に見えない画力でした。

 それ以上でもそれ以下でもない、動物の顔らしきモノに返答に困ってしまって。


「クゥ──ッ! 違うのっ、猫じゃ・な・いっ! 人間ッ! 清光さまっ!」


 小首を傾げて私は、目をパチクリしてしまう。

 湯気が出そうなくらい、顔を赤く染める彼女の説明はこうでした。


「ほら、良く見て! キリリとしたこの眉、パッチリしたオメメ、一本筋の通った鼻、男らしい口! ねっ、清光様そっくりでしょっ、男前でしょっ!」


「は、は……はい?」


 半紙をパンパン叩いて解説しているけど。

 ごめんなさい、どう見ても猫にしか見えません。


 清光様と言えば、赤い髪に猛々しいお顔立ちの御仁。


 私を(さら)った張本人でもあるから、忘れようにも忘れられない憎むべき相手である。でも、胸骨さんはそんな彼のことを慕っている。


 何のことはない。この三日間のあいだ彼女は、私との会話の端々に、彼への情愛の強さをつぶさに物語っていた。


「か、かっこ、いい……」

「でしょう。エヘヘ」


 だからこそだ。彼女だけは私の秘めたる計画に巻き込めない。


 視線を落とすと、未だ私の膝の上にいる鳥さんと目が合う。私は多分、不恰好な笑みを作っていたと思う。


「ピュルル、ビュル?」

「……ふふ」


 あなたは一緒に来てくれる? そう、心の中でこの子にお願いしながら。

 


「もうっ、恥ずかしい! 次はイエさんの番っ! どうぞっ」


 ひとしきり羞恥に悶えまくっていた胸骨さんは、持っていた筆を私に渡してくる。


 画伯である彼女に、気に入ってもらうには……。


 顎先に筆のお尻を置き一考。

 これならと、パッと閃いたままに筆を走らせた。

 ごめんなさいモンジ。

 なんの謝罪なのか、彼女は想い人の似顔絵を描いてゆく。


「……は、い」


 完成した絵を披露するイエに。


「ぶうーっ!」


 その絵を見た途端に噴き出す胸骨。


 彼女の描いた半紙には、人ならざるモノ。まんま猿の絵が描かれていた。

 

「ぶうー、あははっ! なによコレ、猿そのものじゃないの、もうー」


 無邪気にころころと笑う彼女の笑顔に、気持ちも癒されていく。

 こんな出会いかたじゃなかったら良かったのにと、また思ってしまう。


「次は何を描く? あっ、杏子(あんず)ちゃん。杏子ちゃんを描きましょっ。ぷふっ、動物に見たてた面白い感じでねっ」


 胸骨さんは悪戯っ子の顔を作る。そこから間を置かず。


「……失礼します。お茶をお持ちしました。お茶うけに『秋之領』名物、餡ころ最中(もなか)をお持ちしました」


 スゥーと扉を開け、静々と杏子さんが入ってきた。


「楽しそうで何よりです……」

「「………」」


 入って早々、ジロリと鋭い視線を送る先は胸骨さんへ。彼女に向けて威圧する。


 聞かれてた!?

 視線を彷徨わせて、ソッポを向く胸骨さん。何故か私も、鳥さんを撫でながら体を強張らせる。

 

「……お邪魔虫のようですね私は。ふん、これからお夕飯の支度がありますので、私の事など全く持って気にせずに、二人でゆっくりとお召し上がり下さいっ!」


 杏子さんはどこか棘のある言い方と、心なしか強い歩調でお茶とお茶受けを置いて退室する。


「……聞かれたかな? 怒ってたよね」

「……ふん、ふん」


 おずおずと扉の向こうを伺いながら、胸骨さんは苦笑いをつくる。私もおんなじ表情で頷いていた。


「ふふっ、ふふふっ、あははっ、あははははっ」

「ぷふ、うふふふ、うふふふふっ」


 どちらともなく、笑い声が零れる。

 ほのぼのとした優しい時間が流れていく。

 軟禁状態でもこんな風に笑えるなんて、これも胸骨さんのお陰ですね。


 ── だから心配しないで。私は何とかやれてます。


 不意に流した視線の先で、小窓から広がる澄んだ蒼天を眺めて私は、大切な人の面影を思い出していた。


 ── モンジ。お願いだから、私の為に無理も無茶もしないで。あなたが生きてさえいれば、私は幸せなの。でも。でも、またいつか貴方に逢えたら私は──。


 遠い蒼穹の彼方、海を越えた想い人へと綴る彼女の願いは、北の大地に吹く涼やかな風に消されて、ゆっくりと溶けていくだけだった。



♢♦︎♢♦︎♢



 陸之領、真崎城本丸の一室にて。


「殿、やはり津之領『難波城』は既に、北の蛮族共に落とされた模様に御座います。それと出之領、田部殿に不穏な動きが御座います」


「ほう、そうか。田口殿に不穏な動きとな……。ふむ、敵の敵は味方と思うておったが、奴もとうとう日和りおったか。ふんっ、どうせ奴のことじゃ、ワシの領地欲しさに今頃、戦の準備でも始めておる所じゃろうて」


「はっ、まさにその通りで御座います。この陸之領と出之領の領界にて、兵の招集を行なっております」


 薄暗い政務室の一室にて、上座に座るは陸之領領主『清代(しんだい)公寛(きみひろ)』である。


 彼の目の前で頭を垂れるは、北方中心の諜報活動専門の忍び軍団団長『三木 強盛(みき つよもり)』だった。


 烏帽子と陽気な色の狩衣衣装を纏う、いわゆる猿楽師姿の彼は、刀傷だらけの顔面を険しくする。


「……ふ〜む。相田殿も倒れて古狸も寝返ったとなれば、最悪、挟撃となろうもの。現状、我が兵力だけでは抑えきれん。……ふんっ、げにまっこと時代遅れで、平和主義者であった我が親父殿の所為で、この領地も兵不足は否めんて。これも致し方あるまいが……しかし、ここはひとつ手を打って置かんとならん。のう、この窮地。常之領、田之上殿に援軍要請をしようと思うが如何か?」


「如何にも得策かと……」


「……ふ〜む」


 座して肘をつき、顎を弄る公寛。

 二十代前半とまだ若い彼は、眉間に深い皺を刻み熟考を重ねている。


「……まさかとは思うが、清光の奴。形だけとは言え、平成な時世でありながら彼奴(あやつ)、天下でも狙うつもりでおるのかのう?」


 実際、『前帝暗殺』からこれまでの十年は荒んだ時代でもあった。それも、ようやく他国間の小競り合いも収まりつつある中である。

 それなのに津之領侵略と、一昔前の荒れていた時代へと逆行せんとする清光の行動に、公寛は強い不快感を示していた。


「今、一筆したためる。悪いが急ぎ、田之上殿に届けてやってくれ。あと、津之領、出之領、両国への間者の数を倍に増やしておけ。些細な事でも構わん、動きがあったら逐一ワシに報告してくれ」


「……はっ!」


 大人しく待つ強盛を視界から外し、机へと移動し筆を滑らす公寛。


 群雄割拠の時代とはいえ、常に中立を保ち、この地は平和であった。

 仮に戦と成れば彼にとっては今回が初戦、初陣となる。いやがおうにも公寛の緊張も高まっていく。


「はあ───」


 不安と緊張から深い溜息が溢れる。

 救援を求める書状をしたためるも、一行書くごとにその筆も鈍る。


 若い彼にとっては自らの命よりも、領主として全権、全領民の命を預かる事に対し、これまでに無い重圧(プレッシャー)を感じていた。


「……これを、頼む」


「っは!」


 じっくりと書き上げた書状を預り、強盛は足早に立ち去る。

 その背中をじっと見つめる公寛は「はあ──」とまた、深くて重い溜息を零していた。



♢♢♢♢



 真っ白な女の子。

 まるで人形のような少女だった。


「……お前、誰だ」


 変わらぬ表情と消え入りそうな声。

 少女は、突き放すような言い方をする。


 美少女と呼べる綺麗な子だった。

 けれど、その澄んだ水色の瞳からは、精気と呼べるモノを感じとれ無い。


 失礼かも知れんけど……リアルに和装のビクスドール(フランス人形)が喋った。て、驚いちまった。あっ、なんか喋んなきゃ。


「あ、お、オラ、モンジっ、よろしくなっ!」


 慌てすぎて、みんなが大好きな、星がついた七つのボールを集めるあいつの言い方を真似してしまった。


「バカじゃないのあんたっ!」


 横やりを喰らう。

 絹さんが相も変わらず、秒でキレとります。

 しゃしゃり出る絹さん。キッと眦を吊り上げ、俺から視線を外して少女を見下ろす。


「ねえ、ちびっ子。私達はあ・な・た・をっ! 助けてやったのに、なんなのよっその態度っ! まずは、あ・り・が・と・う。あんたのセリフはありがとう、一択でしょうがっ!」


 少女にビシッと指を突き差して、絹さんはがなり立てる。

 はい、ごもっともです。絹さんのおしゃる通りでつ。


 無表情でこの子は絹さんに顔を向けると。


「……うるさいオバさん、黙ってて」


 リンナ〇給湯器ばりに、瞬間沸騰する絹さん。


「オバ、オバ、オバッ、オバさん!? わたしがオバさん! あ、あんたっ、バッ、バカァァァ! オバ、オバ、オバ、オバさん……バカァァァ!」


 あんた、バカァって……。

 両目をグルグル回して、オバ、オバ、うるさいオバサさん、もとい絹さんは顔面を真っ赤にさせて、今にも爆発しそう。


 あー、マストだなこりゃ、メンドくなりそう。


 黒子(くろこ)のように気配を消してワタクシはコソコソと逃げ出そうとするも── ギュッと、手首を掴まれ阻止されました。


 掴んだ手を辿ると……白い女の子。しかもこの子、涙目になってんジャン。


 白い女の子は口を真一文字に結んで、真冬のチワワみたいにプルプルと震えていた。

 ……さっきまでの威勢はどこ行ったんだ? メンタル弱すぎだろこいつ。


「……まあ、まあ、絹さんも落ち着いて下さい。この子もまだ、ちっちゃい子供ですから、そんな目くじら立てなくても──」


 ここで、救世主が現る。

 なだめるようにモモが、絹さんと少女のあいだにその身を差し込み、庇う。


「だって、モモさん。この子、私の事をオバ、オバ、オバさんって言ったのよ」


「はいはい。絹さんは美少女ですよ。あっと、ちょうど、お昼の準備も出来ていますし。ね、ご飯にしましょっ。ささっ、みなさんで頂きましょう。ねっ、はい、絹さんも、ささっ」


 怒りでワナワナ震える絹さんの肩を持ち、彼女をクルリと反転させるモモ。


 有無も言わさず、ささっ、ささっ、と、急かすように絹さんの背中を押すモモに、俺は思わず感服してしまった。


「…………」


 静寂が訪れる。

 少女ひとりを、アホヅラの男が三人で囲んでいる絵面だ。


「…………」


 静寂が続く。

 まだ手首を掴まれてる俺でつ。


 ふぅーと息を吐いた少女は幾分、落ち着きを取り戻してきたようにも見える。

 現に、手首から伝わる震えも治まってきた。

 未だ彼女は俺を見つめたままだけど、この子。瞬きしないからちょっと怖い。


「…………」


 静寂が、まだまだ続──。


「……あ、あのっ、僕っ、与一郎ですっ!」


 無言に耐えきれず与一郎が口火をきった。


「お、お、おでっ、おでは、おでんっ!」


 次いで、おでんも。

 ふっ、青いなコイツ等、俺ならあと十分は無言を貫けたゼ。


 謎のマウントをとるモンジは放ったらかしで、少女も薔薇色の唇を開いた。


「……あたしは、し、か。…………ク」


「えっ、えっ、しか!? 鹿?」


 よく聴き取れなくて、俺は少女の口元に耳を近づけた。


「し、か。………………ク」


「あー、シカ。シカねっ。うん、鹿、鹿!?」


 体勢を戻して俺は困ってしまう。

 鹿、鹿、女の子の名前なら果物とか花とか、そんな感じなら分かるけど……動物の名前って、どうよって具合に。


「ふんむ〜……」


 しっくり来ない俺は思案中。すぐにパチッと目を開いて、思いついたまま話した。


「なあ。……シカって名前も、そりゃあ悪くはないけど。折角だから、あだ名でも呼んでもいい?」


 俺の提案に眉をしかめる女の子。

 おでんと与一郎も、怪訝な様子で顔を見る合わせる中。


「あのさ、お前、まだちびっ子ジャン。そんで、鹿の子供って『バンビ』って言うんだゼ。だからさ、お前のこと『バンビ』って呼んでもいいか?」


「……あの、モンジさん。鹿の子供は子鹿だと思うんですけど……」


 与一郎はアホの子を諭すように優しく説明するも。


「……バンビ。……あたしっ、バンビ。バンビっ、可愛いっ! バンビ、バンビ、あたしはバンビッ! 可愛いっ、バンビ」


 当の本人はお気に召したようで。

 無表情だった顔に、笑みが広がっていく。

 真っ白な頬に始めて血が通ったみたく、桜色に染まっていた。


 少女と繋いだ手にもやっと人間らしい温もりを感じて俺は……満更でもない気持ちにさせられてしまったよ。


 だよなぁ、シカはないよなぁシカは。女の子だもん、可愛い方がいいだろ。


 いつもの聴き間違いで、シカクと名乗った少女にモンジは、バンビとあだ名を付けた。

 それでも、あまり自分の名前を好まなかった少女は目を輝かせて喜んでいる。


「みなさんも早く来てくださーい! 急がないと、絹さんが全部平らげてしまいますよぉー!」


「そんな訳ないじゃ無いッ!」


 モモの呼び声に絹さんがツッコむ。

 苦笑いの俺は立ち上がり、少女へと目配せ。すると、彼女も頷いて素直に従ってくれた。

 

 モモお手製の、美味しそうな『すいとん』の香りに誘われ、おでんと与一郎が小走りになる中。俺は少女の手を引き、ゆっくりと歩みを進める。


「……大丈夫か?」

「……うん」


 勿論、彼女の体調を慮っての配慮である。

 まぁ、お姫様抱っこでもいいけど。

 多分、この子に殴られそうな気がするからヤメとく。不思議ちゃんっぽいしな。


「バ、バンビ、あのさ」

「バンビ……」


 ちっちゃいけど、美少女である。

 見つめてくる彼女に、どうしても緊張してしまう。

 

 思うに、下心ある無し関係無く、美人や美少女と呼ばれる存在を前にすると、男と言う生き物は例外なく緊張するものだと思う。言い訳っぼいし、俺の偏見でもあるがな。


「えっとぉ、あのさ、バンビも食べれそうか?」

「……うん」


「そっか、ならよかった。でも、無理すんなよ」

「………ありがとう」


 ポツリとポツリと話す少女。

 恥ずかしそうに俯いてしまった彼女に、モンジの口元も緩む。


 ありがとうか。

 話した感じや態度に体調の方も問題無さそうに見えて、やっと肩の荷が降りた気がする。多少だろうけど距離も縮まった気もする。


 そして気の緩んだ俺は、初対面のこの子にいつもの口調で話しかけていたんだ。


「でも、マジでビビッたんだぜ。だって最初死んでるかと思ったんだからな、お前のこと。しかも、よくよく見て見て、更にビックリ。こんな可愛い子だったもん。ハハ、ホント驚いたよ」


「……あたしが、可愛い?」


 不思議そうに小首を傾げる彼女に多少の違和感を覚えつつも。

 少女と手を繋いだままの俺は、わいわいと楽しげに卓を囲む森山村一行の中に連れて入っていった。

 

 そんな俺達の様子を草葉の影から三つの人影が覗いていたなんて、この時の俺は全く気付いてはいなかったんだ。


 ありがとうございました。

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