【第二章】 白い仮面
第二章、【燃ゆる、北の大地】編を始めます。
よろしくお願いします。
日の出前に森山村を出発して数時間。空を仰げば、太陽は既に天辺まで差し掛かっていた。
「モンジさん、お水ありますよ。飲みますか?」
「ぉおう。ありがとな」
薄っらと汗をかく俺に、御者台の隣りに座るモモちんは、水筒を渡してくる。ニッコリと微笑む彼女にドキドキする。
そして今現在、俺達は砦跡を通り過ぎて、関所なるものを無事通過し、ここ『陸之領』にいる訳で。
モモからの情報では、この領地は最近領主様が代替わりをし、嫡男でもあるまだ年若い『清代 公寛』様なる領主様が、新しくこの地を治めているらしいとのこと。
実際、すくすくと育つ畑の作物を目にしている風景もそうだけど。
土地柄としては、山あり海ありで肥沃な大地のおかげか、常之領よりは領民の暮らしも安定しているとのことで。
そんな説明を楽しげに語るモモちんから聞かされて、モモは可愛いなぁなんて、呑気にトキめいている俺がいる訳で。
当然、先を急ぐ俺達は関所のある宿場町を早々に立ち去り(食糧の類いは村から持参済み)一時間ほど馬車を走らせて、例の場所に辿り着いていた。
例の場所とは。
関所にいたお役人のオッサン等が教えてくれた街道の分かれ道。
山側と海側と二手に別れた街道で。
まぁ聞こえは悪いが、片方、山側のルートは所謂いわく付きの街道ではあるらしいとのこと。
いわく付きとは、この先にある峠道に山賊が出るとかなんとか……。ちょっと、山賊は怖いかも。
とりあえず別れ道の手前で馬車を停めた俺は、適当な木にお馬ちゃん達を繋いで放牧。
草をモリモリと食うこいつ等を尻目に、危険な近道を通るか、安全な遠回りにするか、この二択のルートを改めて皆んなに相談しようと荷台を覗いた。
「少し遠回りになりますけど、安全策を取るならモモは、海側の街道をお勧めします。宿場町の数も少ないですが点在していると、先程のお役人の方々から聴きましたし。何よりこの幌馬車自体が珍しい乗り物ですので、何と言いますか……目につくといいますか、野党の類いに狙われ易いのかも、と思います」
既にどっちのルートを取るかで絹さんとモモは揉めている。
爽やかな薄緑色の小袖に灰白の帯とで、町娘スタイルのモモの堅実な物言い。対する絹さんは渋い顔をしていた。
既にどっちのルートを取るかで彼女達は揉めている。
「……そう、なんだけど」
縦縞模様の小袖を羽織る絹さんは、細いあごを摘み悩んでいる。すぐにキッと、閉じていた瞼を開けると。
「モモさんの言い分も良くわかるんだけど……。それでも私は最短で北の大地に行きたい。だから山を越える街道にしたい。危険は承知の上で……。ねえ、あんたはどうなの?」
先を急ぎたいと絹さんは、敢えて危険なルートを選択した。
ひとえにイエ姉の為だ。
そして、こそっと荷台に乗り込んだ俺に、絹さんは意見を求めてきた。
彼女達を前に腰を据えて、俺は悩む。
みんなの安全を考えれば、モモの意見に賛同したい。だがしかし、本音は一刻も早くイエ姉を助け出したい。
遠周りで安全な海側か、近道で危ない山側。安心の海か不安な山。海か山。モモか絹さん──
── ぬおおおおおお! どうすればいいんだぁ!
頭を抱えて苦悩する。
「何やってんのよバカね。ほら、早くっ、どっちなの?」
絹さんは急かしてくる。
広〇すずちゃん似の黙っていれば別嬪さんの彼女は、ストレートの黒髪を揺らして近づいてくる。距離が近づくにつれ、彼女から甘い匂いがしてきて、その香りにクラキュンしてしまった。
鼻の下が伸びる。スケベな猿顔で俺はこう答えていた。
「……えっと、山側のルートがいいです」
「いよっしゃー!」
博打に勝ったおっさんみたいに、絹さんは奇声を挙げた。
モモと俺の間に不穏な空気が流れる。
絹さん推しにしちゃったから。
でもでも勘違いしちゃあイケナイよ。
絹さんの色香に負けて彼女に賛同したんじゃあ無いんからね。その証拠に自分の意見はキチンと言ってみた。
「ちょっと待て! 俺はおでんと与一郎の意見も聞きたい!」
「えっ!」
「っえ!」
俺の意見にビックリする絹さんにビックリした。
「なんで? 別に、いらないんじゃない。あいつ等なんておまけみたいなものだし」
「いやいや、要るだろ! 一応仲間なんだからさ」
おまけって……。
俺等は運命共同体なんだから、俺等だけで勝手に決めたらあいつ等だって怒るだろうよ、普通。
「はいはい。一応の仲間ね。聞けばいいんでしょっ、聞けばっ!」
早く呼んで来て、と若干不貞腐れて俺を追い払う絹さんは、俺に負けじと不機嫌だ。そのままゴロ寝しやがった。
横柄な態度の絹さんに少しムッとしながらも、俺は腰をあげた。
「あのぅ、モンジさん」
「ん、なに?」
「モモはモンジさんに従いますから。それに、この旅はモンジさんの目的を果たす旅でもありますし、モンジさんの進みたい方で行きましょう」
殊勝な事を言うモモちん、可愛い。
それに比べてオッサンみたいに寝っ転がって、腕をボリボリ掻いている絹さんは何ともふてぶてしい。
なんなんこいつ。
可愛げもなんも無いな。若干だが、ついさっき抱いた、こいつへのトキメキを返して欲しいもんだ。
ちなみに、関所をスムーズに通れたのもモモちんのお陰なんだよね。
モモの持っていた常之領発行の『身分証』(領主様の判が押されたやつ)的な?
『手形』みたいなモンですんなり通して貰えた。
二十人ぐらいのお侍さんに囲まれた時には、流石に冷や汗もんだった。
そんな中、モモは一人で涼しい顔してたけどな。
心臓が強いって言うか。
いや、分かっていたんだろうな。
『常之領』とここ『陸之領』は、同盟国かつ親戚のような関係らしく、役人のオッサン等もモモの手形を見た途端に豹変し。
そのあと、手の平返しで威圧的な態度を一変させた役人達は、媚びるみたいに通してくれた。
だったら、最初から坊さんの衣装や巫女衣装、いらなくね?
なんて朝は坊主姿、昼は普段着そして関所で坊主姿と、半日で二回も着替えたワタクシがボヤいてみたら、モモ曰く。
「北への道でこんなにアッサリ通してくれるのは、ここだけですから」だそうで。
北の大地の一個手前、本土の最北端。
次に向かう『津之領』では、綿姫様の一件で対立関係なんだと。だから、こんなにアッサリとは通してくれないでしょう、だって。
しかも、常之領から来たってだけで、お縄になる可能性も否定出来ないとのことで、この手形自体が爆弾になる可能性もあるんだとか……。
そんな怖い事を何でもないように語るモモ。
俺からしたら、顔が引きつる話だ。
話は逸れてしまったが本題に戻ると。
山側か海側ルートでニ対一に別れ。
山側有利の状況で俺達は、最終決をヘッポコ二人組に託していた。
「さぁて、あの二人はどこにいるかなぁ」
「それなら、さっきまでそこにいたんですけど……」
「だからぁ、あの二人は別に無視してもいいんじゃないの。どうせ、碌でもない二人なんだしさぁ」
「「ダメッ」」
相変わらずの絹さんに俺とモモがハモる。
「あいつ等、マジで何処ほっつき歩いてんだよ、ったく」
御者台に立って、目線を360度パノラマで回す。
目の前には草原が広がっている。
俺は目を凝らして与一郎とおでんの姿を探し……いやがった。
「……は?」
こいつ等を見つけた途端に、顔から表情が消え失せた。して、その心は……。
こいつ等、ハッチャケ過ぎだろっ!
何やってんだ、あいつ等。
旅なんて元から興味ないみたいに、好き勝手な事をしてやがる。
まずはこのヒョロガキ、与一郎のヤツ。
原っぱの奥底で生えている草を一心不乱に拾い始めてる。黄色い声をあげながら。なにこいつ、信じらんない。
「モンジさ〜ん、見て下さ〜い! この原っぱ『弟切草』の群生地ですよ〜! うわぁぁ、すごいぃぃ」
感動しますぅ、って、与一郎が目をキラキラさせてはしゃいでる。
……あっそ。
興味ねぇけどこいつのウンチクでは、ちっちゃい黄色い花を咲かせてるこの『弟切草』なるチンプな草がなんと、何にでも効く薬になるらしいと。
俺にとっちゃあ、そこら辺に生える草となんら見分けがつかんけど、そうなんだと。
あっちには『野萱草』こっちには『千萱』向こうには『鳩麦』なんて、大声で叫んではハシャぐ与一郎。
まるで蜜を求めて飛び回るミツバチみたいだ。高速で移動しながら採取に没頭している。
まぁ、なんだな。お子ちゃまは、全てが全力だって言うからな。
大人の俺としては百歩譲って、我慢してやるのも薮坂ではないが。
この子に関しては、もう少し厳しくしてもいいと思うんだ。放っといたらキリが無いからな。
「おい、与一郎! いつまで遊んでんだ! いい加減にしてちょっと来いっ!!」
「えーっ、もう少しだけ〜!」
「大事な話しがあんだよー! さっさと来いやっ!」
「分かりましたー!」
与一郎が草いっぱいのザルを小脇に抱えて渋々戻ってくる。
そんでもう一人。
デブの牛、もといおでんだ。
ヤツに至っては、あんまりはしゃぐイメージは無いからなぁ。あ、いたいた。
「あの野郎。また勝手に……」
おでんを見た瞬間、頭に血が昇る。
見た目からして、そう。
あんなに口を酸っぱくして、ダメだって言ったのに、この野郎は──
ウチの爺の形見でもある袈裟を、あろうことか肩口から袖を引きちぎって、ワイルドすぎちゃ〇にしてやがる。
このハゲだきゃあ、あとで鉄拳制裁確定だな。マジで。
しかもだ、原っぱにゴロンと寝転がって。
かと思いきや、パッと身を起こして幌馬車を引いてくれたお馬ちゃん『ハッチ&うさぎ』同様に、そこいらの草をモリモリ食い始めた。
なにしてんの? 食物繊維とかβカロチン的なもんでも摂取してんの? 訳わからん。
「おーい、おでん! 話しがあるからこっちに来てくれー!」
「……あーい」
のっそり立ち上がり、のんびり優雅に歩いて来やがる。
「急ぎでなあー!」
「あい、あーい」
返事だけはいい。だがスピード変わらずで。舐めとんのか、この牛豚。
こいつに鉄拳制裁だけじゃあ物足りねぇ、ウメボシも追加だな。
与一郎もまだ来ねぇし。
イラつく俺の中で旅の一日目にも関わらず、この二人への評価が決まる。今後この二人はあてにしないと。
「ねぇ、与一郎とおでんはまだなの?」
御者台にて頭を抱える俺に、これまたキツめに聞いてくる絹さん。
対照的にモモは、頭の上部で束ねた髪を肩に落とし、控えめな面持ちで待ちの姿勢。
お淑やかなモモちん、かわゆい。
ぱっつん前髪も似合ってる。って、イカン、イカン、モモに見惚れている場合じゃない。
あてにならない二人と合流し、多数決の続きを始める。軽くルートの説明をし、二人に選択を迫った。
「……で、お前等はどっち?」
「……僕はどっちでも、行く先々で新種の薬草を見つけたいので、道の選択はお任せします」
与一郎の意見を聞いておでんの意見も聞く。
「お、お、おで。バカだから、わ、わ、わがんね」
だそうです。
絹さんの言い分が正しかった。聞いても意味が無かった。
「はいっ、決まりぃ! 最短でいくわよっ!」
勝ち誇るように絹さんがガッツポーズを決める。モモは仕方ないって感じで眉を下げている。
「ごめんね、モモちん」
一応、謝まって置きます。そしたら。
「いいですよ、気にしないで下さい。絹さんとモンジさんの気持ちも分かりますから。だって……。モモだって、綿姫様の時は必死でしたから」
確かに……。
「あの時モンジさんだけがモモの話しを聞いてくれてモモは、嬉しかったんですよ」
だって。
ほっぺた赤くしてこの子。ホンマええ子やぁわ〜。
なんや事情も知った上で、敢えて反対意見だしてからにぃ。
ほんま。わてらの気持ちぃ、ひとつにするってぇ腹かいな。ほんまごつ、出来た子やでぇ〜。
そやぁ、おっちゃんな、八つ橋ぎょうさん買うてるさかい、食べなはれや。
なんちゃって京都弁で、感動するワタクシ。
コホン。
おふざけもこのぐらいにしといて。
でもホントのところ、絹さんも俺も一秒でも早くイエ姉を助けたいのは本音で、別にモモの意見に反対したい訳じゃない。
モモはニッコリ笑って気にしてないみたいだけど、絹さんの態度ときたら。まぁ、酷い。
口に手を添えて「ほー、ほ、ほ、ほ、ほ」と、これ見よがしのホホホ笑い。モモは笑顔で「良かったですね」って、言ってるし。
モモとの器が違いすぎる。
絹さんからは小物臭しかしないんだけど。
「分かりました。では……峠を越えるのは明日ってことでいいですか? 時刻も、もうお昼時ですし。峠に着く頃には陽も傾いてる事でしょう。それに明るい内の峠越えなら襲われる心配も減ると思いますしね」
「私も賛成。山の入り口まで行って野宿ってことね」
「はい。それが賢明でしょうね。モンジさんはどう思います?」
「意義なし。そんでお前等は?」
「いいんじゃないですか」
「……い、いいよ」
「はい、これで決まりですね。それでは……草原の奥に菖蒲の花も咲いていますから、水場も近いってことですし。汲み置きのお水も心許ないと嫌ですから……どうですか? 水汲みがてら、ここで一旦お昼をとりませんか? そしたら──」
旅の目的は、早期に北之領到着である。
俺達の事情を知るモモは、すぐさま代替え案を用意し、水の確保と昼食の提案をして来た。
モモの提案通り飲料水の確保は重要だ。
七月の上旬ともなると、陽射しが朝からキツいのだ。もうすでに気温も高いし、普通に暑い。
なので熱中症予防に水分補給は必須で、水は潤沢に確保する必要がある。
事前情報では山側の街道を進むなら、峠を越えて暫く行かないと農村は無いらしいとのこと。
それなら尚更、早めに水は確保して置きたい。無理をして倒れたくはないからね。
それにしても、モモってシッカリしてんだな。
見た目ちびっ子なのに頭の回転も早いし、的確って言うか、パパッて何にでも対応できちゃうのな。
俺を含めて、他の面子ときたら感情で動くタイプだから出たとこ勝負で段取りもいまいちだもん。
だけど、こういう万能タイプの人がひとりグループにいてくれたら、正直助かる。
モモ様さまだよ、ホント。
そんでもし、もしだよ、モモを奥さんにしたら何でもやってくれそうな気がする。旦那を手の平の上で転がす? みたいな。
「──そこで、モンジさん……お水、お願い出来ますか? ……モンジさん?」
不思議そうにモモが俺の顔を覗き込む。
モモの話しそっちのけで、どっぷり妄想の世界に浸っていた。
反応が遅れちまった。あり得ないだろう、モモとの夫婦生活を妄想してニヤつくなんて。
「えっと、聞いてます?」
見つめらてドキッとした。
少し吊り気味な瞳をクリクリさせるモモは、愛くるしいお顔をもの凄く近くに寄せてくる。
元気印のアニメキャラっぽい。近くで見ると、ホントにかわゆす。
「頼まれたっ! 代わりに美味しいお昼ご飯を期待してまつ!」
赤くなる顔を前髪で隠し、ビシッと敬礼。迅速に動く。
いつものカラシ色の着流しを翻して、御者台よりジャンプ。すぐに俺は、馬車の脇にぶら下げている木製バケツを引っ掴んで走り出した。
「転ばないで下さいね〜」モモの声を背中で聞きながら、水汲みに馳せ参じる。
焦ったぁー、大丈夫かなぁ、照れてたのバレてないかなぁ。
ふわふわした気持ちを抱えて、菖蒲の花が咲き乱れている場所に俺は急いだ。と、そこに……。
「んっ、んんっ!?」
何かがある、落ちてる。
奥まで辿り着いてみると、確かに小川があった。でも、小川を越えてその先にある林に中に、何かが転がっている。
「ん、ん〜!?」
林の手前、少し影になっている箇所だ。
鼻の奥に独特の香りが広がる『ドクダミ』が幅広く自生してるその真ん中。ドクダミの白い花が咲き乱れる場所に何かがある。
「んんっ、う〜ん」
唸りながら首を捻る。
アレって、もしかしたら、もしかするよな。
胸にザワめきが起きる。嫌な予感を感じる。
生い茂る草の中央が陥没して、人が横たわっているようにも見えた。
あれは木? 動物の死体? もしくは、人の……!?
鼓動が高鳴る。目を凝らすともう、人らしき者にしか見えない。
いやいや、まさかな、こんな所でだよ。
緊張しつつも、とりあえずバケツを置いて近づいてみた。
……腐乱したご遺体だったら、嫌だな。
そんな嫌な事を思いながら。
小川を慎重に越え、恐る恐る、抜き足差し足で近づいてみた。
静かに。万一、お昼寝中の方だったら悪いし。
でもなぁ、あんなエグい程のドクダミ臭の中、まともに眠れなる奴がいたとしたら、よっぽどのアレな奴だよな。
徐々に近寄るワタクシ。草に埋もれていた全体像が、もうすぐ見えそう。
「モンジさんっ! どうかしましたか?」
ビクゥッと、思いっきり肩が跳ねた。
ゆっくりと青い顔で振り返るワタクシ。
目に映るのは作務衣姿のヒョロ眼鏡。
なんだよっ! 与一郎かよっ。ビックリさせやがって、まったくよぉ!
疑問符を頭に乗っけた与一郎が背後にいた。ザル一杯にてんこ盛りの、訳わからん草を抱えている。
「しーっ。誰かが寝てるからっ」
人差し指を口にあて、小声で与一郎に注意。おまけに簡単な説明もする。
「えっ、こんな所にですか?」
驚いた様子で与一郎も、小声で返してきた。
既に小川を越えてこっち側に来ていたこいつに、指差しで場所を示してやる。
(ホントですね。……死体、ですかね?)
(やな事いうなっ! と、とにかく確認すんぞっ)
超小声で。
二人で再度、移動を再開。
ぬかるむ足元を、抜き足差し足で進む。いよいよ全体像が顕となる。
「ま、マジかっ」
「……ですね」
……まごう事なき、人だった。
白い花に囲まれて、仰向けに寝そべる人物。
小柄な体躯に細い体つき。
身長は百二十から三十といった所だろうか。
三度笠で顔を隠し、胸に手を組んだまま横たわっている。……見たまんま仏さんにしか見えん。
手には空色の手甲を付け、黒衿、黒帯、紫色と赤色の縞模様の入った短衣着物である。
裾を少しまくった短い着物の所為か、綺麗に揃えた足先から赤い『裾除け(腰巻)』を覗かせていた。
脛には水色の脚絆を巻き白足袋を履いている。よく時代劇で見かける、女性の旅装姿だ。
三度笠から白髪がはみ出ていた。
俺は、老婆であると推測。
そこで一旦、引く。
動かぬ老婆に最悪の事態を確信したからだ。
だが、俺も墓守りの端くれである。
仏さんをこのまま放置するのは偲びないし、見過ごす訳にも行かない。
イエ姉だったらと、俺の中にいる彼女の行動に倣う事とする。
「ちょっくら見てくる。お前は俺がいいって言うまでこっち見んなよ」
お子ちゃまの与一郎には刺激が強過ぎる。
ハラハラしている様子の与一郎が、後ろを向いたのを確認。俺は勇気を振り絞り、ご遺体の側に近寄り膝を落とす。
匂いは無い。なら腐乱はしてないはず。俺は三度笠に手を掛けて一気にっ── 南無三ッ!
パサッと、白い花の中に三度笠が落ちて、目の前の事実に言葉を失った。そうなんだ、始めて見たから。
老婆と思いきや── 超美形な真っ白い少女だった。
年の頃は一二、三才ぐらいだろうか。
ショートボブの髪型、細い眉毛と長いまつ毛、整いしお顔が全部、真っ白だ。
「……アル、ビノ」
思わず声が漏れていた。
昔、奇病でググッた時のことを思い出す。
『アルビノ』先天的色素欠乏症、白化現象。確か、そうだよな。極々稀な病気で、難病だと。
「へえーっ! 凄いですねっ、白子症ですか。珍しい方です」
「っおわ!」
ビックリしたぁ。こんのぉ、与一郎のやつ。
いいって言うまでコッチ見んなっつたのにっ! こんにゃろ〜。
いつのまにか与一郎は俺の肩越しから覗き込んでいて、しかも結構な声量で話しかけきた。
「アレッ、この子……生きてますね」
にゃ、にゃに!?
与一郎にガンくれていた俺はその言葉にパッと、振り向き彼女の口元に耳を置いた。
すると微かに、スー、スー、と規則正しい呼吸音がする。
「はあ〜、ふう〜」
大きな溜息とともに、一気に緊張が解れた。
安心したんだ。少女のご遺体だと思ったから。
俺だって好きこのんで、ご遺体なんか見たくは無い。ましてや子供のなんかは特に。
「……この子、熱病ですかね。ほらっ、首とか腕、真っ赤です」
そい言って、与一郎の顔つきが変わる。
弱々しい文系男子から、今は精悍な救命士のようだ。
そして少女の容態を一目見て対処する。流石は医者の卵だな。
「とりあえず水分補給と、体温を下げる必要があります」
「分かった。与一郎、とりまこの子を馬車まで運ぶ。いいな」
「っはい!」
一刻を争う事態。善は急げだ。
最悪が訪れる前に、なんとかせにゃあならん。救える命は何としてでも救いたい。
俺は横たわるこの子の背中に両腕を差し入れ、お姫様抱っこで持ち上げた。
見た目通りめちゃくちゃ軽い少女をしっかり抱きしめ、馬車までダッシュ。
あとから付いてくる与一郎は、この子の持ち物と三度傘と両手一杯の雑草を抱えて追いかけて来た。
いやいや、その草、今いらなくね?
「えっ、えっ、だ、誰ですかっ! その子っ!?」
栗色の瞳を見開いて、モモが固まる。
彼女はハト爺お手製の折りたたみ式簡易釜戸セットの前で料理中だった。
「ゴメンッ! 説明は後回しでっ。とにかく涼しい場所と……あと、水を用意してっ」
「はいっ、分かりましたっ」
早口でまくる俺の言葉に、ハッとしたモモは素早く対応。料理の手を止め水を汲みに走る。
「待ってろ、今助けてやるからな」
馬車の近く、風通しのいい三本並んだ木の木陰に少女を降ろす。
「モンジさん、お水ですっ!」
「センキュー」
モモが水筒、与一郎が桶に水をなみなみと入れて持って来てくれた。
与一郎が横たえた彼女のオデコに手を当てる。
次いで桶に浸していた手ぬぐいを絞り、少女の首と脇の下、それと鼠蹊部、足の付け根に差し込んだ。太い血管を冷ましている。いわゆる熱中症対策だ。
「モンジさん、彼女に水を飲ませてくれませんか?」
与一郎はそう言って、水筒の中に白い粉をひとつまみ入れて激しくシェイク。
「えっ、何を入れたんだ」
「あ、これは塩です。熱病は汗と一緒に体から塩分が出ちゃいますから……では、お願いします」
納得のいく説明に頷く俺。
与一郎は少女の身を少し起こし、首元を押さえて気道を確保。俺はもう一度頷き、少女の唇に水筒を傾けた。
少女の首をあずかり、少しづつ、少しづつ、唇を湿らす程度に水を流す。その一方で与一郎は、少女の足を高くしてマッサージを施している。
そうこうしている内に、おでんと絹さんも駆けつけて不安気な表情を見せる。
「ねえ、大丈夫なの、この子」
心配そうに声をかけてくる絹さん。俺にはなんとも言えない。
スゥッと、息を飲み込む。覚悟を決める。これでダメなら、森山村に戻るつもりでいた。イエ姉ならとそうすると。
彼女の面影が少女を見捨てる事を許さない、許すはずがない。
彼女なら自分よりもまずは、他人を気遣う筈だから。
── イエ姉、ゴメン。ちょっと遅れるかも。
彼女に謝罪をひとつ。
つくづく俺って優柔不断だと思う。
イエ姉に頼らないと、こんな決断さえ出来無いなんて情け無い。
と、ここで。
コクンッと、僅かに喉を鳴らして少女は水を飲んでくれた。
いっ、ヨシッ! 心の中の俺が拳を振り挙げ、リアルでは──
「すうぅ。ふううぅぅぅぅっ」
──大きく息を吐いていた。
本日二度目の深い溜息が零れた。
この間にも順調に水を飲み込む少女に、気が気じゃない様子で見ていたみんなの表情も、安堵の色に変わる。
「ッゴン! っ痛え!」
「あんた、どこ触ってんのよッ!!」
いきなり頭にゲンコツ喰らって涙目の俺に、絹さんがブチギレてる。
「は? 何言ってんだよ!」
「は、っじゃない! それ、その左手っ!」
絹さんに言われまま自分の左手に視線を向けた。
「あらら、おっぱい触ってた……」
「気づいたんならサッサと離しなさいよぉー!」
少女の背中に回した俺の左手指先が、あろう事か女の子のお胸にタッチしてた。
「いや、義手だし、感覚ねぇし、旨味だってイチミリもねえしっ!」
「うっさいエロ吉っ、そういう問題じゃ無い! 女の子のお胸は特別な人か赤ちゃんしか触れないのっ! 分かったら早く離しなさいよぉ〜」
ブチギレ絹さんは俺の肩をグラングラン揺する。両手が塞がっているワタクシはされるがままで、首がもげそうだ。
「き、絹さん落ち着いて! モンジさんもワザとじゃ……無いですよね?」
助け舟を出してきたモモちん。だけど信用が薄かった。
「あ、わ、わ、わ、ワザとな訳あるかっ!」
ギャー、ギャー騒ぐ俺達を他所に与一郎が呟く。
「この子、気づいたようです」
動きも止まり、みんなの視線は白い少女に集まる。
「……う、うう、んっ」
声を発した少女に皆も一斉に息を呑む。
パチッと、突然開いた少女の瞳。
神秘的な青、湖面のような青っぼい澄んだ浅葱色をしていた。
整った面差し、雪のように白い肌と白髪、青緑の瞳も相まって、なんともビスクドールみたいな少女だった。
一瞬だが、余りに整い過ぎたその顔の作りと硬い表情に、『仮面』を付けているようにも思えたんだ。
少女はジッと俺を見てる。
彼女の瞳と視線が絡み合い、吸い込まれそうになる。
小振りで混じりっ気の無い、綺麗な薔薇色の唇が開き、消え入りそうな声で少女は言葉を紡いだ。
「……お前、誰だ?」
と。
ありがとうございました。




