……君を抱きしめたい
よろしくお願いします。
「カッハハハ、このわたしから一本取ってみなさい!」
絹さんはすこぶるゴキゲンです。
いま絹さんから頭をパシッと叩かれた所です。オッサンみたいなカハハ笑いがムカつきます。
絹パイセンによる体育会系のノリっぽい弓レクチャーが終わり、今度は合気道のレクチャーが始まりました。
絹さんを調子付かせている一端はおでんにもあります。
「き、絹。……カ、カッコいい」
「カハハハ、カッハハハハ!」
こいつがいちいち絹さんを誉めるもんだから、まぁー、天狗になっちゃてマジうぜっす。
「ほら、もうお終い?」
俺相手に斜に構え、鼻の下を親指で弾いて手招きをする絹さん。黄色いツナギが似合う、どっかのアクションスターみたいだ。
「まだまだっ!」
俺は彼女に掴みかかる。
「こうきたらぁ、こうッ。相手が掴み掛かってきたらぁ、こう。カハハ、まだまだ甘いなっ若造よっ。えい、ッパシ!」
「ッキャン!」
「まだまだよのう。カッハハハハ!」
またオデコを叩かれました。
この女、掴んだ俺の腕をはらい、バランスを崩した所に胸ぐら掴んで引っ張りやがった。またオデコをパシッとやらちまった。
「っくっそ〜」
こっちも女子相手なんで全力では無いけど……やっぱりムカつく。強がるモンジはオデコを赤くする。
「ふぅ、喉も渇いたし、このぐらいでお終いにしましょ! もう帰るわよ。ほら愚民ども、私についてらっしゃい!」
とかなんとか言いながら、姉御風を吹かせる絹さんは肩で風を切って歩きだす。……ジト目を送る俺。
「……エコエコアザラク、エコエコアザラク。絹さんがタンスの角に足の小指をぶつけて、フグッてなりますように──」
「なんか言った?」
「ッビク! いえ、なんにも……」
呪いを吐きつつとりあえずで、ハト爺の手紙通り村の入り口に向かった俺等なんだけど……。
「おでん。あなたはかなり筋はいいわよ」
「……う、うす」
褒められるおでんが手下のようだ。
顎を突き出し、格闘技の何たるかを説いている絹さん。
そもそもあんたは巫女さんだろって、ツッコミたくなる。
でも、彼女の明るく振る舞う感じがなんだか、無理しているようにも見えて、多少の違和感を抱く。
「あんた達には気合いが足んないのよ。やる気とか根気とかそんなヤツが……。わたし気付いたんだからね、力の無い奴は『吠える権利』すら無いって事にね!」
やや興奮気味に語る絹さん。上から目線の説教が鼻につく。
「あんた達も、いつまでもヘッポコのままじゃあダメなのよ。弱いと誰も守れないんだからっ。だからこうっ、こうきたらこう。ねっ、分かった? こうよ、こう! ちゃんと聴いてる?」
すっかり師匠気取りで型を披露する彼女に、ペチペチと正拳突きを喰らったり手首をグイッと捻られたりと、我慢の強要を強いられる。
……ストレス半端ないんですが。
これは歴とした、パワハラでは無いんでしょか? ……どうしましょう、これ。
歩きながら俺をど突いてくるもんだから、感じた懸念もどこへやら。
本音は……このアマ、ウゼッす。まじウゼッす。
おでんは愛想笑いをしてるが、俺は我慢の限界だった。
大人しくしてりゃあ、つけ上がりやがってこのアマ! お前にゃ、絶対ぇ後でデコピンしてやっからなッ、覚えておけよッ!
とか、怖くて言えるはずも無く、目で訴えるに留める。
思えば彼女も幼馴染(イエ姉)を目の前で攫われたんだ。内心は悔しかったんだと思う。
違和感ありまくりで陽気に振る舞うのも、自分に折り合いをつけるとか、そういう意味でも致し方の無い事なんだろう。だが。
「……脳筋、巫女ゴリラ」
そう半ば諦めつつも、ボソッと悪口を言う。
「は? なんか言ったでしょ」
「……なんにも」
「脳筋……この後なんて言った?」
「え? なんの事やら……」
聞こえてんじゃん。
真顔ですっとぼける俺に、とんでもなく恐ろしい形相で首を絞めてくる巫女ゴリラ。危うく殺されかけながらも、なんとか俺達は目的の地へと辿りついた。
ここは村の入り口。
つい先日まで捕虜を収容していた馬の厩舎の場所、その脇である。
遠くに見えるのは簡易門の設置された街道への道、今では見知らぬ濃緑色の甲冑を着た門番が三人、警戒にあたってくれている。
「物々しい雰囲気ね」
「……確かに」
領主様の兵隊さん。
彼等を横目に元収容所跡地をズンズンと進む絹さん。一瞥しただけで彼等を気にする素振りもない。
俺とおでんも、彼女の後を手下のごとくついて行く。
と、その先に見たことはあるが、見慣れ無い乗り物を発見する。
アレって、アレだよな。
「あった、あった! ほらっ、モンジ、あれよっ、見て見てっ!」
指差して振り向く彼女は子供みたいにはしゃいで、急に走りだす。俺達も彼女についていった。
「ジャーン。旅を快適にする乗り物『幌馬車』でしたー! どう? いいでしょっ」
得意気に絹さんが両手を広げて、ここぞとばかりにお披露目。
「幌馬車ねぇ……」
「ねっ、すごいでしょ」
「き、絹。す、すご、すご、凄い」
実際、現物はテレビやゲーム以外で初めてだった。
でも正直なところ間近で見て思ったんだが……。乗り心地めちゃくちゃ悪そうだなって思ってしまった。
イメージとしては、赤い帽子の軽トラの荷台?
広さもそのぐらいだし、中には座席もない。せめて座布団ぐらい欲しいかなっと、つい思ってしまう。
「……どれどれ」
次いでに馬車の下も覗く。
木製の車輪が四つと、それぞれに木で組んだ衝撃吸収材らしき物がくっ付いている。
村で使っていた荷車は車輪が二個で、直接荷台にくっ付いているタイプだったから、スプリングが付いてるだけでも劇的な進歩と呼べるだろう。
ふと思う。
電車にバスにと、ふかふかの座席に慣れ親しんだ俺の繊細なお尻は、果たしてこの乗り物に耐えられるんだろうかと。……やっぱ、座布団も必須だな。
絹さんの説明じゃあ、一週間ぐらいの旅になるって話しだし……。徒歩よりはマシだけど、乗り心地を考えるとすでに不安しか無い。
せめてキャンピングカー並みの設備は欲しい所だけど、言えない。言えるはずが無い。いま文句を言えば彼女の逆鱗に触れてしまう。
ふふんっ! どうよって。
ずっとドヤ顔で腰に手を置く絹さんは、何かを欲しがっている。褒めろって事か?
「ありがとうございます」って、引きつった笑顔で感謝を延べると、更に無い胸を張って悦に入った。
「どうって事ないわ。しかも、あんたの為だけじゃないし……」
「……お、おぅ」
ほんのり熱を帯びた顔を背ける彼女。照れてる様子がちょっとだけ可愛い。
「……とりあえず、コレは要らないわね」
彼女の目線の先にあるもの、それは。
馬車の両サイドにくっ付いてるのは、あの爺さんらしいロゴ。
彼女はお飾りで設置されたハト型のマークがお気に召さないらしい。
丸板に書かれたソレは、荷馬車に釘でしっかりとくっ付いている。ともすれば、絶対に剥がすなと言わんばかりに。
「……うん。俺もそう思う。カッチョ悪いし」
余計なことをと愚痴りながら、旅の最初の仕事が何処かで見たことのあるような『ハトのロゴ』外しとなった。
「色々と準備もあるから、そうねぇ。出発は明日の正午頃にしましょう」
絹さんからの提案に頷き、この場は一旦お開きとなった。
彼女は行く所があるとさっさと家に帰り、俺とおでんは荷馬車を引いてくれるハッチの元へと向かった。
旅に向けてハッチには、いっはい干草をあげておこうと思う。
慌ただしくもいよいよ出発の予定も立ち、俺は一つの決意を固めていた──
── 俺は逃げ無い。彼女達を二度と危険な目に遭は合わせ無い。この身を捨てても常に彼女達を守れる存在で有りたいと。
誰にも言えない、俺だけの決意である。
♢
「お屋敷に来る際には、戸締りをよろしくお願いしますね。それでは行って来ます」
この日の夕方。
村長宅の宴会準備に駆り出されたモモは、忙しなく家を出ていった。残された俺とおでんは早速、旅の支度を始める。
風呂敷に坊主衣装をセットで乗せていく。
絹さんから、坊さんは通行手形がなくても関所を越えられると聞かされていたので、通行手形の無い俺達は忘れてはならんと、まず最初に坊主用具一式と袈裟衣装一式を包んでいた。
「おでんのはコレな。二着あったから両方とも渡しとく」
「あ、あんがど」
おでん用に、大きめのサイズの袈裟一式が見つかりそれを渡す。ガタイの良かった爺さん用である。
一応併せてみると、サイズもピッタリで内心おどろいた。
次に麻袋を開く。
俺の私物(武器、弾薬、義手のスペア等々)と、いつとの辛子色の着物とふんどしを詰め込む。
誰が拾ってくれたのか。モモが繁忠から預かっていた『黒の式神』と、貰った報償金もしっかりと麻袋に仕舞い込む。
遅ればせながら、ここでフと気付いた。
大根一本って、おいくらでしょう?
そう、俺はこの世界のお金の価値って知らんのよ。
今更焦りだす。
使う事が無かったから。主に買い物はイエ姉がしてくれてたし……で、焦る俺。……どうする。
チラッと、おでんを見た。鼻歌交じりにおでんは、褌と袖の取れた(勝手に袖を引きちぎった)俺の服を、麻袋に突っ込んでいる。コイツなら、分かるかな?
「あのさ、ちょっといいかな?」
なあにって、ニッコリ笑顔を向けるおでんに質問をしてみる。
「お金って、分かる?」
「お・か・ね? おかね。お、おで、知ってる!」
何が嬉しいのか知らんけど、パーッと満面の笑みでおでん君がお金の価値を教えてくれた。
「お、お金って、池に投げて、お、お祈りするやつ! なっ、なっ、そうだろ! あ、兄貴が、言ってた!」
ガーン!? ダメだ、こりゃ! それって『トレビの泉』の賽銭方法! 最悪だ、こいつも解ってねえ。
引きこもりだったおでんに聞いたのがバカだった。と、目くそ鼻くそのモンジがガックリと肩を落とす。
おでんの兄貴マジムカつく。見つけたら泣くまで鼻フック確定だな、こりゃあ。
「サ、サンキューおでん。助かったよ、ハハ、ハハハ」
満足気なおでんに俺は、血の気の引いた青い顔で笑いかける。どうすんべ、ぼったくられんの確定だな。
ともかく準備を終えて頃合いかなと、色々と細かい問題点を棚上げにして、俺も家を後にする。
おでんは……まぁ、アレだし、敵だったって事で、お留守番だな、うん。最初からお呼ばれもされて無いしな、こいつ。
で、人気のない村道を一人で歩いて行く。
すっかり陽の落ちた南の空を、何の気無しに俺は見上げていた。
雲の無い星空はとても綺麗で、探さずとも夏の大三角が見つけられた。
デネブ、アルタイル、ベガ。
デネブが一番暗い星だから、アルタイルとベガを起点にいつも、指で三角を作っては探していたっけ。
遠い過去の記憶。でも、今は違う。
前の世界では分かりづらかったが、人工的な明かりの無いこの世界では、デネブを起点に天の川の中を飛ぶ白鳥座の姿が、クッキリと見えたんだ。
「はあー、ホント凄えなぁ……」
目に映る無数の星々に瞳を震わす。時を凍らせるぐらいに感動させられた。遥かなる宇宙の存在を間近に感じれるほどに。
見つけた白鳥座から鷲座、蛇遣い座、サソリ座と天の川を下っていく。
サソリ座に目を止めた俺は、一つのギリシャ神話を思い出す。英雄オリオンを殺したサソリの物語。英雄らしからぬトンデモ話だから割愛するが。
燦然と輝く星達に見惚れてしまう。
ビジュアル的には勿論のこと、星にはこっちの世界もアッチの世界も無いんだなって、なん等変わり無いんだなって、そう思えてしまう。
「俺が来れたんだから、何処かで繋がっているんだろうなぁ……」
なんて、元の世界に想いを馳せる俺は、夜空を眺めながら歩を進める。
やがて、外まで聞こえる賑やかなお屋敷が見えて来た。柔らかい光に包まれた村長宅である。
煌々と篝火の灯る玄関先でセンチメンタルに浸っていた俺は一瞬だけ躊躇するも、意を決して玄関をくぐった。
「あらっ、いらっしゃいモンちゃん! 思ったより元気そうで何よりね。ホントに良かったわ!」
入ってすぐに女の人がいた。しかも美人さん。
そして驚いた様子の女性に、いきなり両手を握られた。ど、どちら様?
ドギマギしている俺に柔らかい笑みを向けている。
知り合いではあるのだろう。年の頃は、四十代半ばぐらいだろうか。
「家の主人の無理なお願いを聞いてくれて、ありがとう。モンちゃん」
「あ、いえ、こちらこそ……」
家の主人?
髪を玉ねぎみたいに上で纏めた、上品な物腰の美魔女さん。
お着物も、派手すぎない赤丹色で、裾から品良く牡丹の花があしらわれている。
「繁忠、いらっしゃい。モンちゃんがお越しになったわよ」
繁忠って、えっ、やっぱり!?
話しの流れからすると……繁忠のママン?
そう言えば村長の奥さんって、つまりは、繁忠の母親にもなるけど……綺麗な人だって絹さんが言ってたような気がする。
フリーズしていたら、パタパタと配膳の準備に動き周る女性陣の隙間から、顔面包帯まみれのおっさんが現れた。
……まぁ、繁忠なんだが。
やべぇな繁忠。なんだか、凶悪な顔がより一層、強化されてんぜ。この美人のママンから遺伝子を受け継いでるようには思えんツラ構えだな。
「待ってたぞ」
「これは、これはモンジ殿」
「え、な、何? 何すか!?」
痛々しいほどのミイラ顔の繁忠に、どこからともなく土門さんも現れ、二人に両脇を掴まれる。ガタイのいい二人に拘束されて、成す術なしの僕ちん。
「モンジよ。皆が主役はまだかって、うるさくて敵わんでのう。それで、遅れて来たお前には酒の肴になってもらうぞ。お前抜きでは宴会も始まらんでな」
「モンジ殿、お怪我の具合はどうですか? と言っても、ここまで来れるのであれば、平気ですよね。ふふ、我らも楽しみにしておりました故に、存分に付き合ってもらいますぞ」
すっかり出来上がっているみたい。
酔っぱらいの繁忠と土門さんが堰を切ったように話し出し、その有無を言わさぬ迫力にコクコクと頷くことしか出来ない。
薄暗い廊下を進み、一際賑やかな襖の前に到着。
躊躇するでも無く、土門さんが勢いよく扉を開け放つ。眩しい光と熱気と……それに、眼前で広がる光景に目を見張った。
「すごっ!」
まさに、人、人、人であった。全村民が集まったんじゃ無いかってぐらい、人が溢れていた。
「「お、おーっ、モンジ。今夜の主役がやっと来たぞー! お前待ちだったんたぞぉ! 軍神様じゃ、軍神様じゃ! 村の英雄様の到着じゃぞ、お前らぁ! わ──!」」
大歓声に包まれていた。
三部屋ぶち抜いて更に、中庭全開放で村民達は俺を歓迎し、賞賛してくれた。いきなりで、嬉しいよりも怖い。
「さ、さ、中へ入れ」
やんややんや勝手に盛り上がるオッサン連中。
お座敷の中にいたイカツイ村長に手招きされて、促されるまま座敷の上座に通される。
俺の後ろに、繁忠、土門さん、絹さん、土門さんのお仲間四人( 真さん、大さん、桓さん、貝さん)それと最後にモモが続く。って、こいつらいつのまにっ!
俺達は村長の横に……厳密には、お立ち台みたいな所に横一列に並ばされた。
一段高い場所から辺りを見渡すと、お座敷は長老組や年配の方々が主に卓を囲み。中庭は立食方式で、若い人達で賑わっている。
と、ここで、泳がす視線の先でお座敷の隅に目が止まる。
砦から救出した女性達がいたんだ。
隅っこで大人しく一塊になる彼女たちに、まだ村に来て日も浅いから溶け込めていないのかと、少し心配になる。
そんな心痛を覚えた俺を他所に、村長が口を開く。
「ああ、皆の衆、ちょっと聞いてくれ。えー、今宵の祝勝を兼ねての宴会も既に、宴もたけなわではごさいますが。ここで今回の功労者を紹介しようと思う!」
は? 宴もたけなわってなんだよっ、とっくに始まってんじゃん! 繁忠よ、お前抜きでは始まらんって、どの口がほざいた!?
ツッコむモンジに、なだめる繁忠。
村長の言葉を皮切りに、締め切っていた後ろの襖も開く。何かと忙しそうにしていた女性陣も駆けつけたようだった。
「── 村の襲撃から始まった今回の騒動ではあるが。この者等の尽力あってこそ、無事、解決にいたった所存である。ワシは今、猛烈に感動しておる。……村にまた平穏が戻った。それが何よりワシは嬉しくて堪らんのだ。この者等に、猛烈に感謝しておるっ! 皆もそうであろうっ。……ワシは、この者等に惜しみない感謝を送りたいっ!」
感極まり村長は後半泣いていた。
ありがとうと俺等の手を一人づつ握り締め、潤んだ瞳で力強く拍手をしていく。
うーん、慣れないっていうか、性に合わないって言うか……こんな時、どんな顔すればいいんだろう。悩むな。
困った挙句、眉尻を下げた不気味な笑顔のモンジ。
すぐさま、全村民からの惜しみない感謝と割れんばかり拍手を頂いて、なんともむず痒いような、誇らしいような、そんな気持ちにさせられた。
ちなみに、土門さん等の処分も『綿姫様救出、森山村襲撃事件の解決』と、多大な功績を認められて、満場一致で無罪放免となった。当然の結果ではあるが、これには心底ホッとしたね。
「「おら〜、モン吉! ワシの酒を飲め〜! ほら、突っ立ってないで、こちゃあこいっ、武勇伝を聞かせろっ! モンジよ〜、ワシャアお前はいつかやる男だと思うていたぞ〜」」
知らないオッサンにたかられる。酒の肴を得て祝勝会も盛り上がる。
そう、このあとが大変だった。
ジジイどもに捕まり、絡まれ、酒を勧められる。
丁重に断りながらも逃げきれず、若かりし頃の武勇伝を、耳タコになるまで何回も聞かされた。
それに、よく知らない酔っぱらいオヤジに捕まっては、酒臭い息で下ネタ等々、真剣な面持ちで女の愛で方の『いろは』を教えられ。
これは勉強になるかもと真剣に聴いていたら、モモに思いっきりお尻をツネられる一幕も挟みつつ。
最終、奥様軍団に捕まり、出された料理をふんだんに口へと放り込まれ、開始一時間もしない内にへとへとになってしまった。
とにかくもみくちゃにされた俺は、ついに逃げ出してしまった。命の危険も感じたしね。
「……ふぅ」
勝手に盛り上がっている酔っぱらい共を尻目に、お座敷を後にした俺は、一息つこうと中庭の隅で夜風にあたっていた。
「……すいません」
そんなおり、一人の若い女性が周りの目を気にしながら俺に近寄って来る。
「あ、あの、その節は、ありがとうございました」
オドオドしながら感謝の言葉を口にする彼女。
確か……砦にいた女の子のひとり、だったはず。
「あ、いや、そんなの気にしないで。それより……君達はそのぅ、体とか大丈夫、なの?」
大丈夫じゃないって知ってるくせに、話題が思い浮かばず、トンチンカンな質問をしてしまった。かぁー! ダメダメだな、俺は。
「お気遣い、ありがとうございます。体は……はい。加合様の治療のおかげで、楽にはなりました。それで、そのぅ……」
いい辛そうに言葉尻を切った彼女は、俯いたまま視線を彷徨わせる。
「これは、これはモンジ殿っ。女をこんな暗がりに連れ込んで、逢い引きですかな? 見かけによらず大胆ですな! ガッハハハ」
二人でモジモジしている所に、片手にトックリを持った赤ら顔の土門さんが近づいてくる。聞き捨てならん台詞を吐きやがる。
「あっ、すいません。失礼しますっ」
「あっ、おいっ女! ちょっと待ってくれ!」
酔っ払いの出現で慌てて帰ろうとする彼女を、土門さんは呼び止めた。ビクッと、肩を震わせ硬直する彼女は足を止める。
「冗談ではあったが、気を悪くしたなら謝罪する。……それと、実はお前達に話しがあるんだが。……いつでもいい、俺とお前等で話せる場を設けて欲しい。話しの内容は……お願いになるのかも知れぬが……。この事を他の皆にも伝えておいてくれんか?」
ぎこちなく彼女に話し掛ける土門さん。
背中越しに聞いていた彼女は、驚いた風に数瞬だけ身じろぎし、相変わらず俯いたまま。
「……はい。伝えておきます」
と、それだけ言い残して走り去った。
熊皮の後頭部をさする土門さんがほっぺが赤い所為か、マジもんのクマもんに見える。そこで一言。
「いやー、女はむずいなぁ」
だって。
女子苦手かっ! いやいやあんた、奥さんいただろうがっ、どうやって口説いた!?
照れ照れしていたクマもんではあったが、次第にその表情を曇らせていく。
「騒がせてスマンな。彼女等を見てて、どうしても思う所があってな──」
そう言って、胸の内を明かしてくれた。
土門さんの話しでは、彼女等は今ここ、村長さん宅にお世話になっているらしいんだが。
村の雰囲気にどうにも上手く馴染めず。結局、彼女等は、与えられた部屋に引きこもっているらしいとのことで、土門さん的には彼女達に幸せになって欲しいらしい。
話しながら段々としょんぼりするクマもんを前に、俺も一緒に考える。
まぁ、部屋を出ればあの凶悪顔(元忠、繁忠)親子と、嫌でも顔を合わにゃならんからな、気が滅入るのも無理もなかろうと、冗談はさておき。
実際問題、砦での彼女等の扱いを考えるに……体の傷は癒えても、心の方は如何ともし難い部分はあると思う。
俺なんかの想像を絶する、悲惨な目にあったのかも知れないし、弱者から強者が奪い尽くす行為、人としての尊厳すらも──。
胸の奥に小さな火が灯る。
怒りがふつふつと湧いてくる。
俺は間違っても善人でも何でも無い。
自分の事だ、そう断言出来る。
ボランティア精神だって無いに等しいし、どちらかと言えば偽善者と言われる類いだろう。
向こうだと、当たり前に思っていた倫理観がこの世界では無意味だと、解ったようなつもりでもいた。でもやっぱり、つもりでしかなかったんだ。
人の汚い部分に晒された彼女等を、こう目の当たりにすると── 腑が煮え繰り返ってくる。ところ構わず暴れたくなる。
絶対悪なんて、ファンタジーの世界でしか存在し得ないって解ってる。
解った上で── どうにもこうにも、脳味噌が沸騰しちまう。殺意を覚えてしまう。
「── それで……。彼女達も誘って、俺はまた真平集落を再開しようと思うだが……。どうだろう」
── えっ!? 耳を疑った。
ドス黒い感情の俺とは対照的に、土門さんは前向きな未來を語っていたんだ。
胸にグッと来るものがあった。
目から鱗じゃないけど、明るい兆しに俺は比喩抜きで嬉しくなった。拳を握り締めて震えてしまった。
復讐だけを生きがいにしていた彼が──である。
「それいいですっ! いいと思います、俺も応援しますっ!」
口をついて、溢れた気持ちが出ていた。
頬をポリポリと掻きながら土門さんは、はにかむ。
ここ数日土門さんは彼女達を慮り、世話をやき、何かと目を掛けていたらしい。そして彼が出した答えがこれだと。
そもそも山の民であった彼女等である。厳伍のバカに強制的に連行された経緯を鑑みれば、当然の帰結であろう。もちろん心のケアだって、慣れ親しんだ山の暮らしなら癒えるのではないかと。
憑き物が落ちるように、頭の内側から冷えていく。
胸の内を焦がしていた炎さえも勢いを失い、じんわりとした優しい温もりだけを残す。
真平集落長『真平 土門』は、やはり間違いなく尊敬できる人物であった。
感慨に耽るモンジは、いつしか晴れやかな気分で思いを馳せる。新生、真平集落の明るい未來を。
「それでは土門さん。真平集落の再開、期待してますね」
「ハハ、照れ臭いな。よし、もっかい飲み直すか!」
肩を組まれて、逃げれん。
「……あのぅ。僕、未成年なんでお酒はちょっと」
「は? 関係ないだろ。今夜は無礼講だぞ」
明日の出発の準備もそうだけど。
宴会も終盤に向かい、土門さんになんとか別れを告げて俺は、ちょと早いがひとりで帰り自宅を始める。
勝手に盛り上がる酔っ払い供を横目に、おでんへの手土産にと、残りの料理を貰った箱に詰め込む。
適当に放り込んでコソッと帰ろうとした矢先に、絹さんと繁忠に捕まってしまった。
ゲッ! あからさまに嫌な顔をする。
絹さんが面倒くさいと思ったから、ではあるが。彼女もムッとした表情である、お互い様だ。
「モンジ、済まんかったな。……イエの事だが、厳元様にも嘆願したんだが……いい返事は貰えなかった。本当に済まん」
繁忠は事件の報告にと城へと赴いた際、イエ姉救出に兵を貸して欲しいと、嘆願してくれたらしい。
結果は、村の娘一人に兵は出せんと、にべも無く断られたんだとか。
繁忠なりにイエ姉を想っての行動だろう。
そもそも、俺ひとりで解決する案件だと思っていたから、その気持ちだけで十分だった。
「ありがとう」と感謝ともに、素直な気持ちを繁忠に伝えた。
もう一度「済まん」と、仰々しく頭を下げる繁忠に、彼らしい不器用だけど優しい人となりが伺える。改めてではあるが、このオッサンもなんだかんだで信頼に足る人物であると再認識した。
屋敷の玄関をくぐるまでに、キャッキャ騒ぐ女性陣に何度も捕まっては旦那の愚痴と一緒に、感謝の気持ちを沢山貰った。
誰だってそうだ。
命の脅威に晒されて、喜ぶヤツなんかいる訳がない。
「……はあ。……帰るか」
やっと外に出られてホッと息を吐く。
疲れたけど、普段は村の人達との交流も少ないからたまにはいいかな、とも思う。楽しかったしね。
満天の夜空を仰ぎながら帰路につく。夜も深まったおかげで、来る時よりも天の川が更に綺麗に見えた。
ここで一つ気になる事が……。
絹さんが、終始無言であとを着いてくるんだが──僕ちんなんかしたっけ?
「ねえ? あんたさ──」
絹さんがようやく口を開く。悪い事もしてないのに、ビクッとした。
「あんたさ……一人で行く気でしょ」
またまた、肩が跳ねる。
図星を突かれたから。
脅威がさったお陰か、宴会で心から安心する村の人達を見て、俺は考えを改めていた。一人で旅立つ決意を固めていたんだ。
「な、な、なにを仰いますやら……」
「私も行くっていったよね。モモだって、おでんだって。……繁忠も土門さんだって多分、おんなじ気持ちだと思うんだけど」
動揺する俺。ぐうの音も出ない。
それを解った上で、俺なりに考えた結論だ。そもそも俺の責任なんだから、誘っといて何だけど。
やっぱり、こいつ等を危険な目に合わせてたくない。
「………」
絹さんの視線が痛い。
彼女の黒い瞳に、口をパクパクさせる馬鹿ヅラのガキが映る。まぁ、俺なんだけど。
とりあえず話しをしましょうと、村道脇の海岸へと降りてゆく彼女。断る理由も無く、渋々ついて行く。
砂浜に腰掛けた絹さん。どんな罵倒を貰うのかと、覚悟を決めて彼女の横にチョコンと座る。
「ねえ、あんたの暮らしていた世界の話し。ちょっと、聴かせてよ」
「っえ!」
今宵は弓月。
絹さんの質問に驚く。
彼女は月を見ながら、サラッとした口調で俺に問いかける。
彼女の澄んだ声がさざなみの溶けて、沁みてゆく。予想だにしなかった絹さんからの質問に、しばし硬直する。
急かす訳でも無く、静かに待つ彼女。
その柔らかそうな黒髪が潮風に攫われ、一瞬だけ横顔を覗かせた。
俺は目を奪われる。
彼女は端正な横顔に笑みを滲ませていたから。
「……無理すんなよ。馬鹿なんだから」
「絹さん……」
らしく無い彼女の言葉に、凝り固まっていた気持ちが解されていく。
泣きそうになる。誰かに言って欲しかった言葉を彼女がくれたから。
改めて見上げた夜空に、天の川と夏の大三角が煌めいている。
幼い頃に母親から聞いた、織姫と彦星の七夕話しを思い出し、何故かその話を彼女に聴かせていた。若いカップルが愛に溺れたお話だ。
聴き終えた彼女の感想は……。
「愛する二人を引き裂くなんて、どうしようもないバカ親ね!」
だそうで。
目くじらを立てて怒りだす彼女に笑みが溢れる。
母親もそんな事言ってたなぁって、つい懐かしく思う。
「でも……。私もそんな風に、しがらみを忘れるぐらいに誰かを愛せたら……幸せなんだろうなぁと思うわ」
ギョッとした。
まさか、あの絹さんからこんな台詞が出るなんて。
「何よ、その顔! ふん、憧れるわよ、私だって。女の子ですもん。……なに、悪い!」
夢みる乙女から、急に威嚇してくる絹さんに翻弄される。だからか、仕返しじゃないけど、素直に思ったことを彼女に告げていた。
「絹さんなら、素敵な旦那さんと巡り会いますよ。だって、絹さんは素敵な女性ですから」
今度は、絹さんがギョッとしている。
臭い台詞で真っ赤な俺と、初めて俺に褒められて真っ赤になる絹さんとで目がかち合う。
「ぷっ! モン吉のくせに、生意気な! ふふふっ」
「絹さんのくせに、らしくない! ぷっ、あははは」
どちらからとも無く笑みが産まれる。
本当に冗談じゃなく、絹さんは素敵な方です。
『イエ姉、連れ去り事件』から、やっと俺達は心から笑えた気がしたんだ。
「ねえ、明日の出発時間早めるわよ。繁忠と土門さんには悪いけど、あいつ等に見つかる前に出発をするわ」
ひとしきり笑ったあと、彼女から出された提案だ。
「……いいの。俺は構わないけど」
あんたもそのつもりだったんでしょと、前置きして。
「あいつ等は放っておいても付いてくるはず、まだ完全に終わってない襲撃に対して、繁忠は森山村に残っていた方がいいと思うの。それと土門さん、彼はアレでも一族の長でしょ。集落再建の際に必ず彼の力が必要になるわ。……だから、あの二人は連れて行けない。命の無駄使いはしたくない。そうでしょ。あと……もし、私を置いていったら一生恨むからね」
恨まれるのはちょっとだけど、概ね同意見である。
彼女は命を賭けるくらいの覚悟を待っていた。だからもう何も言わない。真剣さが伝わって来たから。
もう迷わない。
俺は「よろしくお願いします」と、真摯に頭を下げていた。
「そう言えば、イエ姉に託されていた『アレ』……あー、いいや、何でもないっ、忘れて」
「……?」
首を傾げる俺に、話題を無理に変える絹さん。
明日の日の出前よ、と念押しされて逃げるように帰ってしまった。俺は首を傾げたまま、不思議そうに見送るだけ。
──イエ姉の『アレ』とは?
気になる。
気になるから考える。
考えても分からんから、諦めました。
女の子同士の秘密かもしれんし。アレコレ詮索するのも気が引けるよな。
知らぬが仏って言うし、これは一旦保留、棚上げだ。
邪念を切り捨て、まっさらな脳味噌で砂浜にひとり残って空を仰いだ。
煌めく星空に、思わず織姫に手を伸ばして──空を掴む。
「……君を抱きしめたいよ」
ポツリと出てきたのは俺の本音だ。
彦星に感化されたのか、いま直ぐにでもイエ姉を抱きしめたかった。
少しだけ泣いた俺は暫くは動く気にもなれず、砂浜に寝転んで、煌めく満天の星空をずっと眺めていたんだ。
♢
次の日の早朝、日の出前。
赤紫色の空には薄く雲が掛かっている。旅に出るには上場の天気である。
村の入り口に到着した俺とおでん。
もちのろんで、坊さんスタイルで決めています。
ぶふっ、おでんの袈裟姿が面白い。
あの有名な武蔵坊弁慶に見えんのよ。ぷぷぷっ、そんなんで、可愛い眼帯をしてるから超ウケる。
「えっと、絹さんは……ふざけんな」
問題は絹さんだ。
おでんと俺はしっかり袈裟姿なのに、絹さんは動き易そうな着物。
縦縞、タンポポ色の可愛らしい小袖姿。言わば町娘スタイルだ。……チョイ、ブチ切れるワタクシ。
「よう、よう、絹さんよう。あんたが、坊さん巫女さんは、ノーチェックで関所通れるっつったんだろうが。いったい、こりゃあ、どう言った了見なんだよ! ああん?」
「おはようございます」と、おでんとモモが爽やかな挨拶を交わす横で、俺は絹さんに吠えまくる。
「はあ? あんた馬鹿なの、ってかバカでしょ。関所の前でチャチャッと着替えりゃ済む話でしょこんなの。本当にあんたはおバカねぇ、オツムにお味噌入ってるの? くだらない事で騒いで、しょうもなっ!」
「にゃ、にゃにおう。先に言えよなぁ。ったくよう!」
ぐぬぬと、朝っぱらから小馬鹿にされて怒り心頭のワタクシ。涼しい顔の絹さんは舌を出す。
やれやれといった様子でモモも、あきれていた。と、そこに。
「おーい、待ってよー」
誰? って思ったら……箱だった。
箱が物凄い勢いで走ってくる。うわ、こわっ!
よく見たら箱を担いだ男の子だった。
ツヅラ箱みたいな、自分サイズぐらいのデカいヤツを背負っている。
色白でヒョロい丸メガネ、青っぽい作務衣姿の男の子だ。体躯はモモぐらいかも。小学生の高学年並み。
うん、知ってる。
医者見習いの『与一郎』である。ちなみにファーストキッスのお相手でもある。うぬぬ、解せぬ。
「はあ、はあ、お、おはよう。はあ、はあ、ございます」
息も絶え絶えに挨拶をよこす。よっぽど急いで来たんだろう、汗も薄ら滲んでいる。
誰にも言ってない筈なんだけど……。
村の人達には内緒で出発する予定だったたけに、不意な来客に俺達は驚いてしまった。
スパイ容疑で絹さんを睨む。なのにおでんがソワソワしだす。
なのでおでんにタイキックをお見舞いしたら、絹さんからゲンコツを貰いました。
「ど、どうしたん?」
「あの、はあ、はあ、僕も連れて行って、はあ、はあ、ください。はあ、はあ、はあ」
「……なんで?」
「か、加合様に、はあ、はあ、はあ、お前も、行って来いって、はあ、はあ、言われて、はぁ、はぁ」
話しが進まないので要約すると。
北の大地には、まだ知らぬ薬草があるとのこと。与一郎も行って採取して来いと加合様に言われたらしい。
チラッと、ご意見番の絹さんの様子を伺う──首を横にふりふり『NO』のサイン。
だよな。与一郎に向き直る。
「……危険な場所だからな。ダメだってよ」
一応、警告はしておく。
「はぁ、はぁ、知ってます。はぁ、はぁ、有名ですから」
また彼女に視線を送る。 首を横にふりふりしてる。
なら、与一郎をビビらせてみるか。
「……魑魅魍魎の類や極悪人の住処だってよ。それも知ってた?」
チョイ盛りで脅す。半分は当たっているし、後で文句言われても困るしな。
「はぁ、はぁ、大丈夫ですっ。僕、脚には自信があるんで、逃げるだけなら得意ですっ!」
おふぉっ! ビビんねぇ。
でもそうだよな、うん、確かに。あんな大荷物を抱えて結構なスピードで走ってきたんだもんな。確かに足は速そうだ。
で、またまた絹さんにお伺いを立てる──首を横にふりふり、まだダメだ。
もう、メンドくなってきたから最後のキメ台詞を出す。
「コホン。あのさ、死ぬかも知れないよ。……命の補償はなんて無いよ」
ふぅ、決まったぜ。
だってねぇ、薬草ごときで命を賭けるなんて、ナンセンスでしょ。
「か、構いません。新薬開発の為ならこの命、ぜんっぜん惜しくは有りませんっ!」
だってよ。
バカ医者、もとい医者馬鹿だよっ、この子はっ!
脅しに屈しない与一郎。
最終的にご意見番の意見を尊重する。
はたして結果はっ、ドルドルドルドルドルドルドルドルドルドルッ、バーン! 絹さん、掌を上に降参のポーズ!
『OK』でした。早速与一郎に向いて、答えを告げる。
「いいってよ。……どうなっても知らんよ」
「ありがとうございますっ!」
満面の笑みで与一郎が勢いよく頭を下げる。
その所為で箱の上蓋が外れ、中身を盛大にぶちまけてしまっていた。 うっかり八兵衛かよ!
慌てて拾い集めているけど、大丈夫なん? この子。ホント前途多難だよなぁ。
後々判明することだが、替えの褌を綺麗サッパリ忘れたモンジ君。お前が言うな、である。
荷馬車に荷物も積み終え、全員乗車を確認。
繋がれるているお馬ちゃんは『ハッチとウサギ』。馬なのに『ウサギ』って。
絹さん専用だそうで、彼女曰く「可愛い名前でしょ」だって。もう、どうでもよくなった。
そんで、御者はワタクシが勤めます。
見よう見まねでやってみたら、あら不思議。以外にも上手く出来たもんで、任されました。はい。
ではでは、これにて出発にしますか。
「出発するよ〜。ハイヨー、シルバーッ!」
「『ウサギ』よっ、バカッ! 名前も覚えらんないの!」
荷台から直ぐさま罵声が飛んでくる。
いつもの事で慣れたもんですからめげませんとも。雰囲気、雰囲気が大事だからね。と、改めて……。
「ハイヨー、ウサギィーッ!」
パシッ! と鞭を鳴らして、俺達は北に向けて出発した。
絹さんとモモの見立てでは、『北の大地』まで一週間ほどほ旅になるとか。
イエ姉救出作戦のメンバーは、絹さん、モモ、おでんと与一郎、あと俺で五人となる。
心許ない感じだけど、愛と勇気とコズルさでなんとか頑張ろうと思う。
ただ思うことは『イエ姉プラスで六人全員で、必ず生きて帰ってくること』と、それだけを目標に俺は、馬車を走らせていた。
朝日が昇る。
「わあー、綺麗!」
荷台から顔を出したモモが、目を輝かせて感嘆の声をあげる。
モモにつられて、他の面々も荷台から顔を覗かせた。
口々に歓声をあげる彼等は、海上を照らす見事な御来光に感銘を受けていた。
昇る太陽が穏やかな入り江の海に、光りの線を伸ばす。あたかも俺達の門出を祝福しているような……って、そこまででも無いか。いつもの景色だしな。
届いた光の束に目を細める俺は「また戻ってくるから」と、眼前に広がる美しい入り江の景色に、泰然自若とした態度で誓いを立てていた。
♢♦︎♢
出発から一時間後、神代邸。
「おいっ、寝坊助! いつまで寝ているんだっ! おいっ、朝だぞっ、いい加減起きろ!」
絹の部屋の前。
襖の前で彼女の父親でもある。森山神社、現神主『神代 勘平』が、いつまでも起きて来ない娘に声を荒げていた。
「おいっ! ったく、返事ぐらいしろって! ……おいっ、絹っ、入るぞっ!」
我慢ならんと襖を勢いよく開けて甚平は、小綺麗に整頓された部屋の中を見渡す。
「布団もたたまれているしな。あのっ、バカ娘がっ、境内の掃除もしないで、どこほっつき歩いてるんだかっ!」
大声で愚痴を吐きながら、ズカズカと部屋へと入っていく。
「おいっ、見るぞっ! いいのかっ、本当に見ちゃうぞっ!」
シンプル且小じんまりした机を前に勘平は大声で、いる筈の無い娘に向けて確認を取る。居ない事を解っていながらの行為、言わば癖である。
「おいっ! 本気で開けちゃうからな! 知らんからなっ!」
父からの最終確認であった。
「……」
「……無言は、了解と見なす」
勘平は机の引き出しを勢いよく開けた。
勢い良すぎて引き出しの留め具が外れ、中身を部屋中にばら撒いてしまった。
「あわわわ、ワシの所為じゃ無いですぅ。ワシの所為じゃ無いですぅ。クソッ、腹立つッ!」
大声で一人芝居をしながら慌てて物を拾い集めた。
筆やらすずりやら、主に筆記用具を中心に仕舞い込んでいた引き出しの中から、ついぞ見慣れない変わった物が転がり落ちる。
「なんじゃ、こりゃ!?」
紫色の布で包まれた物。
布には家紋のような印が刺繍されていた。絹がイエ姉から託された『アレ』である。
「ま、まさかな」
見紛う筈のない家紋に顔面蒼白となった勘平は、手が震えて箱を包みごと落としてしまった。
「── ゴトッ」
解けた布、中の桐の箱が開いて、納められいた物が顕となる。
「ありえんだろ」
眼球をひん剥き、驚愕の色を貼り付けた顔面で、見つめた先には──。
「……嘘、だろ!」
── 失われた筈の『初代皇帝の玉璽』が、朝日を浴びて鈍く光りを放っていた。
♢♢♢♢
「モンジさんっ、お腹空きませんか?」
モモの元気な声が荷台から届く。
「ありがとね、モモ。俺、もう、お腹ペコリンコ」
「ペコリンコって何ですか! あははっ、おもしろいです!」
「バカと話すとバカが移るから、気を付けなさい!」
真顔で言う絹さんの笑えないジョークに、顔をしかめるワタクシです。
ガタゴトと、道なりに進む幌馬車。
荷台から顔を出したモモが、そのまま御者台に腰を据える。モンジに近づかない方がいいわよって、絹さんからの謎の警告は無視する。
「よいしょっ」
可愛らしい掛け声で更に近寄るモモ。
笹の葉で包まれた朝食を「はいっ、絹さんの手作りですよ」と、手渡してくれた。肩が触れ合うほどの距離に……ドキッとした。
「ど、どいっ、どいっ、絹のおにぎり、う、うまい」
おでんも顔を出す。お前の食レポはテレビ並み当てにならん。何食っても「うまい」しか言わんだろうが!
「モンジさん、美味しいですよ。絹さんのおにぎり、塩かげんバッチリです」
おでんに続いて与一郎も荷台から顔を出して、絹さんを褒めちぎる。
「うるさいっ! 黙って食べなさいっ!」
羞恥に悶える絹さんが、荷台で吠えている。
「ふふ、絹さんったら照れちゃって。……ふう、風が気持ちいいですね」
ポニーテールを風になびかせるモモが、目を細めた。
そして思い出したように、膝に置いた塩むすびを両手で持ち上げ、パクリ。
小さなお口をモグモグ「おいしいです」と、ニッコリ微笑む。おぉ、やっぱ普通に可愛いなモモちん。
「そ、そだねぇー」
ドキマギする俺はカーリング女子の返し
「ぷふっ、何ですかそれ。ふふふっ、あはははっ」
口を押さえてコロコロ笑うモモに、俺もつられて笑っていた。
街道とはいえ、右手は深い杉林で左手は田んぼのいわゆる田舎道だ。辛い事だらけのこの道を、俺達は北に向かって進んでいる。
もう少しで砦跡地が見えるはず。
それなりに、思う所は沢山あるけれど。今だけは前向きに行こうと思う。
テーマ曲でロック系の曲を流したい所なんだけど。しょうがない、カエルの合唱で我慢してやるか。
こうして森山神社では大変な事が起こっているとは露ほども知らずに、モンジ御一行は和気藹々と旅立っていった。
墓守り紋次の物語。
第一章『森山村襲撃事件編』は、これにて終了です。今まで貴重なお時間を割いて頂き、尚且つお読み頂いて、誠にありがとうございました。
二週間ほどの休養を頂いて、第二章『モンジ、火星への旅編』を書こうと思います……。う、嘘ですっ! すいません、嘘つきましたッ。すいません。
第二章は『燃ゆる、北の大地編』です。再開しましたら、また皆様に読んで頂けると私的には、とても嬉しく思います。
最後に。読んで頂き、本当にありがとうございました。また、よろしくお願いします。




