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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
58/122

足りないもの

 よろしくお願いします。


 気落ちするような薄曇り。

 太陽の位置も……曇っててよく分かんないや。

 最近、時計の無い生活が当たり前の所為か、お天道様を拝む癖がついてしまった。


 そして今現在、俺達三人は朝食を終えてハト爺の工房を目指しているんだが、歩いているだけで額に汗が滲む、もう既に暑い。


「……あっつ。……帰りてぇ」

「は? あんたの為に付き合ってやってんのよ!」

「ど、どい、がん、がんばれ」


 俺の愚痴に絹さんがいちいち反応してくる。

 しかもあんたの為って……そう言うあんたも用事があるって言ってだろ、恩義せがましい。


「「ジィー、ジワジワジワ、ジィーッ、ジィー、ジワジワジワ、ジィーッ、ジャワ、ジャワ、ジィー、ジワジワ、ジィーッ──」」


 蝉がうるさいな。

 見れば、村道脇に並ぶ木には蝉の抜け殻が幾つもくっ付いており、当然その中身も結構な数が木にくっ付いている。

 イメージ効果と言うか、この鳴き声を聞くと更に暑さ増してくる気がする。


「あ〜、アイス食いてぇ。ガリガ〇君」

「えっ、なに! 愛想がねぇ、ガリガリ女! シバクわよ、あんた!」

「……」


 だからいちいち反応すんなって。

 しかも耳どうなってんだよ。誤変換が過ぎんぞ! 耳ん中にハムスターでも飼ってんのか、お前!


 ケツを叩いてくる絹さんを無視し、うんざりしながら村道を進む。


 思えばこの世界に来てから二週間位たったけど、この不便極まりない生活にも慣れて来たような気がする。


「何かしらアレ。……見て、見て、ねえ」


 それでも毎日色んなことだらけで、刺激的って言えば刺激的で、お陰で最近スマホも見たいと思わなくなった。ただ、未だに冷たい炭酸だけは飲みたくはなるけど。


「ねぇ、モンジ。アレ見てよ、おの子達、可笑しいでしょ。ねえ」


 初めての戦体験はもう懲りごりだけど、こんな俺でも役に立てたことが嬉しかったかな。いい機会だから一旦頭の中を……。


「ほらほら見てよ、曼珠沙華がもう咲いてるよ。でも不思議よねぇ、この形」


「だあっ! ウルセェなぁ! こっちはひとりごちに浸ってんのに、むやみやたらに袖引っ張ってくんな!」


 ぐちゃぐちゃになった頭の中を一旦整理しようした矢先に、蝉はやかましいわ、絹さんはチョッカイかけてくるわで些かイラついた。


 キレた俺に絹さんは一瞬固まり、すぐさま目を吊り上げる。


「なによ! 馬鹿モンジのクセにっ! こっちはあんたに気を使って一生懸命、話しかけ──」


 絹さんは、話しの途中で自らの口を両手で塞いで黙り込む。バツが悪そうに彼女は、黒い瞳を泳がせている。


 そゆことね。


「……ふう。いいよ、絹さんは別に、普段通りで」


「……ゴメン。傷つけたのなら謝ります。ゴメンなさい」


 両手を下ろして彼女がしょげてる。

 珍しく殊勝な態度を見せてるも、俺のこのミイラみたいな姿の所為かも知れない。


 朝のおふざけはお約束みたいなもんで。

 俺の現状は余り芳しくない。左手欠損、全身包帯まみれでハタから見ればかなり痛々しく見えるのだろう。それに唯一と呼べる家族との生き別れだ。

 

 俺だって知り合いにそんなヤツがいたら気を使ってしまう。腫れ物扱いしてしまう。


「……あのさ、繁忠とか土門さんは大丈夫だったの?」


 この沈んだ空気を払拭したくて、俺から質問してみた。実際気になっていた事だし、聞きそびれていた事だから。


「あ、あのね、繁忠は──」


 おずおずと話し始めた絹さん。

 彼女の話しによると、繁忠と土門さんは重症とまではいかずとも怪我はそれなりで、だけど今は動ける状態まで回復しているらしい。

 それと砦から救出した綿姫様と女性達も勿論のこと、他の面子も全員無事とのこと。

 吉報を言い終えた絹さんも普段の調子に戻っている。うん、良かった。


 ホッと胸を撫で下ろす。

 顔見知りに死なれるなんて、かなり来るもんがあるからな。辛すぎるし。もう、二度と御免だ。

 


 舗装の甘い砂利だらけの村道を歩く。

 ハト爺の工房への道順もすっかり慣れたもんで。すれ違う顔触れも見慣れた人ばかり。

 完全に終わった訳じゃないけど、襲撃事件もひと段落ついたし。

 以前にもまして村の人達も気さくに話しかけてくれるようになった気もする。それに一緒にいるおでんにも……。


 おでん君……不思議なのはこいつ。

 元敵サイドなのにこいつときたら、村人達にあまり警戒されてないようにも見える。別に悪いことでは無いけれど、微妙な気持ちにはなる。何でこいつが支持されてる。


 顔がお間抜けだからか? 

 ハゲてるから?

 太っているから? 

 見ようによってはユルキャラに見えなくも無いからかな?

 それとも村の人達に気持の余裕が出来たってことなんだろうか。


 色々考えてみたが、メンドいので辞めた。

 まぁ何にせよ、受け入れられたんだから良かったんじゃないの。おでんはそんな悪い奴でも無いし。


 背筋を伸ばして海の方を眺めてみる。

 波打ち際で遊ぶ子供達がいた。

 黄色い歓声をあげて波に揉まれてはしゃいでいる。

 その近くでセッセこ干物を作りに精を出すママさん達が、我が子に微笑んでいた。


 絵になりそうな幸せそうな風景── 不意に、胸の奥が苦しくなる。


 見慣れた村の人達──見慣れた村の状景──見慣れた海岸の景色──ただ、この中にひとつ足りない人がいる── イエ姉だ。


 肺が痛い、頭が重い。

 堪らず前のめりになる。

 体力が腰から抜けていく感覚だった。

 気持ちが悪い── 胃袋から心臓から全ての内臓を吐き出したい気分だ。


 忘れない。忘れる訳がない。

 逃げてるだけ、考え無いようにしていただけだ、彼女の事を。そうじゃないと俺は──。


「ど、どい。……ぐ、具合、具合悪いのか?」


「……いやゴメン。気分が……つ、疲れただけだ」


 心配してくれるおでんをはぐらかす。


「……どうする、家に戻る? ハト爺にはいつでも会えるし……」


「ハハ、大丈夫、大丈夫。元気、元気」


 しおれた表情の絹さんに、手足をバタつかせて空元気を絞りだす。


 イカンイカン。心身ともに最悪の塩梅だが、こいつらに心配かけるのはお門違いだ。これは俺が解決する問題なんだから。


 強引に沈んだ気持ちを棚上げにして、空気を変えるべく絹さんに問いかける。


「ハト爺にお願いしてた物があるって言ってたけど、何を頼んだの? 結構気になるんだけど……」


「え、あ……。ふ、ふ〜ん。なんだと思う? 当ててみて」


 察してくれたのか、高飛車の態度を装う絹さんは大根役者だった。

 それはさて置き、彼女からの質問に適当に頭に浮かんだ物を答える。


「……たまご〇ち?」


「は? なによそれ?」


「あー、女の子は皆んな好きなヤツで、卵形の入れ物で生き物そだてるヤツ。ウンコ放っといたり、エサあげないと死んじゃうんだ」


「……何言ってんの? 生き物はみんなそうでしょ。って違うわよ! 家畜じゃなくてもっとこう、役に立つもの!」


「……役に立つ物。じゃあ、リリアン? これも女の子は好きだよね。編み物とか簡単に編みあみするヤツ」


「知らないわよ、リリアンなんて! あー、もぅ、聞くんじゃ無かった!」

 

「……分かった! モビルスーツ、とか?」


 本気で欲しい物をチョイスしてみた。


「はあ? も、もびるすーつ? もびるすーつって、なによ?」


「全高、十八メートルの白い人形ロボ。ニュータイプ対応のヤツ。赤い盾持って、頭にバルカン付いてんだぜ」


「はあ? ばるかん? にゅうたいぷ? 何いってんの、バカじゃないのあんた! また別の世界の話しでしょそれ。しかも何、私がそんな訳わかんないもん知ってるはず無いし、頼む訳ないじゃ無い! もびるすーつって、はあ? 意味わかんない」


 俺が別次元の人間だと知ってる絹さんだからこそのおふざけだ。

 久しぶりに向こうの世界に触れて、懐かしさが込み上げてくる。

 闇堕ち寸前だった所を救われた気がした。絹さんのお陰だな、感謝、感謝。



 しょうもない会話で盛り上がっていたら、前からあの時のちびっ子が走ってくる。


「……あっ、モンジだ」


 立ち止まって第一声がこれ。秒でカチンときた。


「おい、そこの子供。『あっ、モンジだ』じゃねぇだろ。『おはようございます。モンジさん』だろう。年上を敬えよ」


 引きつる笑みで諭す。


 しばし硬直するガキんちょ。

 今度はその指を自分の鼻の穴に突っ込んだ。

 そう、こいつは無限鼻くそのガキんちょだ。


「………パク」


 鼻くそ食ってんじゃねぇ、このガキ。しかも完全無視たぁ、いい度胸じゃねぇか! グンッと血圧が上昇する。


「……ほじほじ、パク、モンジいいなあ。ほじほじ、パク」


 鼻くそパクパクしながら、俺を羨ましそうに見ている。

 

「──はぁ、はぁ、はぁ、ごめんなさい、ほ、ほ、ほ。このバカっ! 勝手に走らないのっ!」


 程なくして、母親らしき若い女性が現れた。開口一番で男の子の坊主頭をペチンと叩く。


 首をみょんみょんさせる男の子。

 俺に向けていた羨望の眼差しを母親に向ける。


「いやいや、あんな恥ずかしいし格好は無理。我慢しなさい」


 チラッと俺とおでんを見て、小声で話す。いやいや、まる聴こえだから。


 そっか、側から見れば恥ずかしい格好なんだ。やっぱり。


 何を隠そう俺達は合体していたのだ。

 おでんの肩に俺は乗っているんだ。

 つまりは、幽遊〇書の戸愚呂兄弟みたいになっている。マッチョの弟がヒョロヒョロの兄貴を肩に乗せているアレな。

 冗談抜きで、キツいっしょ。しかも俺は戸愚呂兄貴の方なんだぜ。


 しかもこのハゲ、無理矢理俺の服を着てるもんだからパツパツだし。おまけに、腕が通らないからって袖引きちぎってるし。

 今時のカップルでも見掛けないペアルックだし。

 だもんで、歳の離れた仲良し兄弟にも見えなくも無い、おでんと兄弟か……最悪の気分。


「……どい。お、おで、二人、持てる。よ、余裕。こ、この子、この子乗せる」


 悪人面のおでんが気を効かす。


 ゆっくりと膝を折るおでんに子供は飛びつく。

 おでんは、俺とガキんちょを肩に乗せてゆっくり立ち上がると、わっしょい、わっしょいしてきた。


 キャッキャ叫ぶ男の子におでんは更にヒートアップ。ひとりお神輿の勢いが増し、俺の顔色はみるみる青ざめていく。

 この微笑ましくも地獄の時間が暫く続いた。


「こらこら、いい加減にしなさい。もう行くわよ。ありがとうございました。えーと」


 察した若奥様が止めてくれました。


「ウプッ、このおっさん『おでん』です。見た目はアレですけど、気のいい奴です」


 一応、おでんの紹介もしておく。


「おでんさん、ありがとうございます。ほらっ、もういいでしょ。いくわよ」


 えーって、渋るガキんちょに母親は、笑顔に青筋を立てる。男の子はささっと、おでんから降りた。うん、確かにあの顔は怖いな。


「お手間を取らせてゴメンなさいね。おばちゃんこれから宴会の手伝いがあるからもう行くね。じゃあね、また今夜ね」

 

「……宴会、また今夜ねって」


 初耳なんだけど。

 絹さんを見る。彼女も首を捻じ曲げ、ソッポを向く。目を合わせようとしない。


「どゆこと?」

「あー、言い忘れていたけど。今夜、村長の所で村人全員で祝勝会するんだって」


 しれっと答えてきた。


「いやいや、先に言ってよ。ほら、みんなでお祝いするんでしょ。俺も祝いたいし……」


 拗ねた表情になる絹さん。


「いま、全員って言ったけど。……全員じゃないし。イエ姉が居ないからあんたも嫌かなって、そう思って……」


 口を尖らせてボソボソ言う絹さんに、顔が綻んでしまう。らしくない彼女の気遣いが素直に嬉しかった。


「……ありがとう、絹さん。えっと、俺は大丈夫だから。祝勝会を兼ねての宴会だろ、せっかくだから楽しもうよ」


 ソッポを向く彼女に、飾らない今の気持ちを伝えた。

 

 一陣の風が彼女の艶めく黒髪をさらう。

 たなびく髪の隙間から彼女の丸みを帯びた頬が覗いた。ほんのり色づいて見えるのは気の所為だろうか。


「あんたがそれでいいなら、文句は無いし……」


 照れてる様子の彼女が思いの外可愛いく思えた。


「か、勘違いしないでよね。あんたと肩を並べて歩くのだって、ホントは虫唾が走るんだから。イエ姉の為に仕方なく(、、、、)あんたと居るんだから」


 前言撤回、ぶん殴りたい。


「はい、はい。イエ姉を取り戻すのだって、仕方なく(、、、、)俺に付き合ってくれるのね。はい、はい.、あんがと」


 こちらをキッと睨み、赤い顔を晒して彼女が主張する。


「だから勘違いしないで。あんたに付き合うんじゃなくて、あんたが私に従うの。この私が(、、)イエ姉を助けるんだから!」


 これにはモンジも譲らない。


「いやいや、俺のイエ姉なんだから(、、、、、、、、、、)、俺が助けるんだよ!」


「いつ、あんたのイエ姉になったのよ!」


「いや、だから。俺の姉ちゃん。解る? 俺の、俺だけのイエ姉なの!」


「俺の、俺のってさっきから言うけど。あんたの中身は違うじゃない。どこの馬の骨とも知れない奴じゃない!」


 暴言が飛び交う。

 人目も憚らず、ギャー、ギャー騒ぐこの二人に、すれ違う村人達も自然と目を逸らす。禅問答とばかりに知らん顔をする。


 罵り合うモンジと絹。

 目的は一緒の筈なのに、ただマウントを取りたいだけの醜い争いであった。


 そんな中、困り顔のおでんは耳を塞ぐ。

 間に挟まれてたまったもんじゃ無かった。

 気持ち彼の歩くスピードが上がったのは仕方がない事だった。


 

 二人のバトルも平行線のまま、ハト爺の工房に辿り着いた。一番ホッとしたのは、勿論おでんではあるが。


(このアマッ、いつかグゥの音もでないぐらいパァパァ言わしちゃる!)

(モンきちのくせに生意気なのよッ、いつかそのデコッパチに馬鹿って刺青彫ってやる!)


 些か、猟奇的な仕返しの絹さんに引きつつも、険悪なムードの二人を前に、表情を消してるおでんは無の境地。


 なんだかんだで、ハト爺の工房の入り口に立つ。


「ハト爺さん、モンジです。います──」

「ハト爺、入るわよ!」


 有無も言わさず絹さんは、玄関のドアを開け放ちズカズカと入り込む。


「ったく。ひとん家なんですけど、そんなん失礼すぎません?」


 小声で文句を言いながら、さも自分家のように進む絹さんに俺等も続いた。


「ハト爺ぃー、ハト爺ぃー。あれっ、いないのかしら? ハ・ト・爺いー! 変ねぇ、昼前には来るって約束してたのに……」


 首を傾げながら奥へと進む絹さん。俺も工房の中を見回す。


「どい、どい。な、なんか、ある」


 おでんが俺の袖を引っ張り指を指す。

 何かを見つけたようだった。おでんに頭を掴まれ、強制的に視線を向けさせられた。


「いだい、いだい。お、おでんよ、案外人の首は脆く出来ているもんなんだよって、いだいって」


 首もげるかと思ったぜ。あとでしっかり調教しないとな、このバカ牛は! あー、痛かったぁ。


 涙目で首を押さえるモンジ。

 視線の先には椅子がある。

 炉の前に置かれたこの椅子は、以前ここに訪れた際に座っていたやつだ。

 その椅子の上に、鉄塊を重石代わりにしてチョコンと一枚の紙が置かれている。


 首を摩る手を下ろし、紙を手にする。

「いないわねぇ」と、愚痴を溢しながら絹さんも戻ってきた。一応、みんな揃った所で、声を出して読んでみた。


「急用が出来たわい、がっはっは。ワシは暫く留守にするでな。絹よ、頼まれた物は完成はしておるぞ。安心せい。じゃが、かさ張るんでな、先に河口兄弟に村の入り口に運んでもらったわい。あと、モンジの腕も用意してあるでの、遠慮無く使ってくれ。追伸、代金はワシが戻るまでの間、ハトの世話でチャラじゃ。では頼んだぞ絹よ。がっはっは。みんなのハト爺より」


 なんだコレ! 手紙にがっはっは、って書いてるよコエー。しかも、フザケた文面に対して、えらく達筆だし。なんか気持ち悪ぃ手紙。


「なによっ、無駄足になったじゃない! もうっ」


 いやいや、無駄足じゃねぇし。俺は、左手買いに来たんだし。


「ふーん。でも、代金はタダになったのね。ふーん。まぁ、ハトの世話はモンジか河口兄弟に任せればいいっか」


 いやいや、本人目の前にして何言ってんのこのひと。あんたが頼まれたんだぞ、しかも名指しでな!


 それに、俺はイエ姉を迎えに行くんだから、そんな暇ねぇってあんたも知ってるだろ。ってか、さっきまでその事で散々揉めてたじゃねぇかよっ! ったく、大丈夫か? このひと。


 口を開くとまた喧嘩になるので、呪い込めたジト目を送る。


「さてと、他に使えそうな物はないかしら……」


 俺からの悪意に全く動じない絹さん。鼻歌交じりに、壁に飾られている弓を物色し始める。


「これ、もーらい!」


 なにっ、勝手に盗むきだ!?


「……内緒ね ♪ 」


 しかもだ、全く気にしてないだと! 恐るべし絹さん。


 俺は悩む。どうすればこの子を、真人間に更生出来るのかと。

 俺では無理だとサッサと匙を投げて、それならと神様に一番近い人に助けを乞う。


 助けて下さい、三輪明〇さんっ、彼女を『人間』にして下さいッ。さる有名アニメ、妖怪人間〇ムと同じ願いを乞うた。と、これでよしっと。……なにが?


 おフザケもこのぐらいにして、自分の目的を果たす。


 手紙の置いてあった隣りの椅子に麻袋が置いてある。ご丁寧に『モンジへ』と、書かれた紙がくっ付けてあった。ふむふむ、新しい左手だろうか?


 口紐を解いて中身を確認する。

 ズシッと重い印象だったが、中身を見て納得した。

 なんと、義手が二本も入っていた。スペアってことかしら。

 あと、左手の火薬カートリッジが二十発分と……ん、なんだこれ?


 見慣れない物を袋から取り出してみる。

 手のひらサイズのY字型の武器。Yの開い部分に分厚いゴムが付いている。

 あー、パチンコだなこれ。えー、スリングショットってやつだっけか。へえー、ゴムってあったんだな。へえー。


 それと、お手紙も入っていたので一読。

『モンジへ。どうせお前の事だから、イエちゃんを迎えに行くんじゃろう。万が一で予備の義手も入れといたから使ってくれ。あと、変わった素材も手に入ったもんで、思い付きで作ってみたぞ。役に立つかも知れんし、試しに待っていけ。あとイエちゃんを頼んだぞ、モンジ』


 マジで感謝しか無いな、人が良すぎだろ。

 早速左手を装着して、面白そうだからとパチンコを持って庭に出た。


「なに、なに、なんなのそれ?」


 興味津々で絹さんとおでんも付いてくる。


「まぁ、ちょっと見ててよ」


 見れば分かると言い残し、準備する。

 地面に落ちている小石を拾ってゴムの中央、五センチほどの皮製の部分に包み込む、これで装填完了。


 手のひらサイズ、Y字型の下部位を持って斜に構える。両足を開き、二十メートルほど先にある樫の木に標準を合わて、力の限りゴムを引いた。


 以外にゴムがキツい。ヤベッ、怪我した脇腹が痛み出した。ほどほどに留めて、摘みを離す。


 ヒュンッ── ッカン!


 見事に命中。軽快な音をあげて、小石は木にめり込んだ。

 ぉおお! 結構な威力っ。これ、人様に当たったら死ぬんじゃないの? ちょとだけ腰が引けた。


 あたしも、あたしもと、絹さんに奪われる。彼女も試射を試みるらしい。


 彼女の場合は──「ッカン!」

 残念ッ、木に弾かれてしまった。途端に不機嫌になる絹さんはギリギリと歯軋りをし始めた。


 次はあんたの番と、ぶっきらぼうにパチンコをおでんに押し付けている。どこかのワガママ令嬢みたいな態度だな。


 硬いのよ、しかも引きが中途半端なのよと、クレームを言い出す彼女。どうやら俺に負けたと感じて悔しいんだろう。


「ぷふっ、初めてだし、ぷふふっ、仕方ないよ」


 小馬鹿にしてくるモンジに、絹は怒りで我を忘れる。

 ダンッと地面を蹴り付けたかと思うと、一目散にハト爺の工房へと逃げ込んだ。

 

 まったく、やれやれだぜ。

 絹さんには黙っていたが、俺の新しい義手の掌にはパチンコ設置用に穴が空いてんだぜ。もう、撃ちやすいのなんのって。HA.HA HA。


 絹さんに一矢報いたモンジは悦に入る。相変わらず小ちゃい男だ。


 次におでんが試す。

 おでんの熊みたいな手で引かれたスリングショット。マジでオモチャにしか見えない。こいつの手じゃあ、ちっちゃ過ぎて扱い辛そうだな。


 それでもゴムは、あり得ないぐらい伸びまくり、限界までいき、ついに射出──ッビョン!


 案の定、とんでもない勢いで弾は見当違いな方向へと飛んでいった。ん〜、やっぱ、こいつ等には不向きってことか。このパチンコは俺専用なのね。


 もう一回試そうと、おでんからスリングショットを受け取る。

 すると、消えていた絹さんがドドドドと、勢いよく戻ってきた。工房から弓矢を、勝手に持ち出してやがる。


「はぁ、はぁ、はぁ。モンジ、勝負よ!」


 血走る目で勝負を挑んでくる。

 どこまで負けず嫌いなんだ、このひと。メンドイので軽く流しますよ、もちろん。


「はい、はい。ワタクシは弓は扱えないので、絹さんの勝ちですよ」


 少し棒読みになっちまった。


「なによっ! 男のくせに逃げるのっ!」


 うわっ! 面倒くせぇ。


「そうじゃなくて、絹さんは『常之領、随一の弓取り』でしょ。知ってますもん」


「ふ、ふんっ! モンジのくせに……分かってんじゃない」


 チョロ過ぎ! めっちゃ単純。

 瞬間で赤くなった絹さんは、鼻っ柱をツーンと上げる。次いでに無いお胸もスーンって、張っている。

 はいはい、機嫌がよろしくなったのは何よりです。はいはい。


 機嫌の良くなった彼女は、饒舌に弓のレクチャーを始めた。平和が何よりである。

 コクコクと頷きながら、真剣に聞いているおでんを他所に、俺は絹さんの目を盗んで薄雲の空を仰いだ。


 太陽の位置から北を向く。ギュッと拳を握り締め思いを馳せる。


 ── イエ姉、もう少しだけ辛抱してくれ。必ず、必ず俺が迎えにいくから。


 必ずと、何度も自らの魂に誓いを刻み込んでいた。


♢♦︎♢


 太陽も正中に差し掛かったお昼時。一人の来客がモンジ邸にあった。


 「失礼するぞ。……モンジ、どうだ? 傷の具合の程は……って」


「こんにちは、川辺さん。どうぞ、どうぞ、上がって下さい」


 普段通りモンジ邸に訪れた繁忠ではあったが、見慣れない割烹着姿の少女を前に戸惑いを見せる。……この娘は、綿姫様の侍女。


「……まだ、痛みますか?」


 直立不動の繁忠に少女は、昼食の準備を中断して歩み寄る。この日の繁忠の見た目は少女に言われても仕方がない姿だった。


 ボサボサ髪をつむじらへんで結んだ頭の下、顔面には、鼻を隠すようにグルグル巻きに包帯が巻かれていた。第三者から見れば痛々しい姿である。


「いや、問題無い。……して、モンジはいるか?」


 不安げな栗色の瞳に見つめられて、居心地の悪そうに繁忠はこの少女に問う。


「ごめんなさい。モンジさんはハト爺さんの所に行っていますので、今はいません。……もう少しで戻ると思うんですけど。……どうします? 少し、待ちますか?」


「いや、これから行く所がある故、伝言を頼みたい……うむ、これもお願い出来るか?」


 繁忠は懐から、中身の詰まった皮袋を出して渡して来た。次いでのように、手にぶら下げていた風呂敷包みも。


「……はい。でも、これは?」


「うむ、取り敢えず、領主様から今回の働きに褒美が出ておる。これを渡して貰えんか? あと、四季様からモンジ宛に、これも預かっておったしの」


 手にしているお盆にソレを受け取り、モモは繁忠に労いの言葉をかける。


「繁忠さんも大変でしたね。先日の件で体を労う暇も無く、厳元様に同行されてましたもの。大変でしたね。ご苦労様です」


「……仕方あるまいて。今回の件の責任者はワシだからの」


 もじもじと、少女は何か言いたげな素振りを見せている。口元を緩めて繁忠が言葉を続けた。


「お主に綿姫様から言伝を頼まれておるぞ」


 パァーと、明るい表情を見せる少女に、思わず繁忠も相好を崩す。


「綿姫様の言は『あなたは、好きなことを目一杯して来なさい』だそうだ」


 ありがとうございますと、少女は嬉しそうに頭を垂れる。


 今回の『北之領』遠征の件である。

 当初から『モンジ様のお側にいなさい』と言われてはいたものの。

 彼女は自己判断で勝手に了解してしまった事を気に病んでいた。

 元々はモンジの傷が回復するまでと、期限の決まっていた森山村滞在であったからだ。


「……では、これで失礼する」


「あ、あのっ、ありがとうございました」


 踵を返した繁忠にモモは、深々とお辞儀をしていた。


 一瞥して繁忠は彼女に一礼。

 ふふっと笑みを洩らして彼はモンジ邸を後にした。

 しばし歩いて、もう一度モンジ邸に振り返る繁忠。


「ふうー、厳元様に対して力及ばずだった……スマンな、モンジよ。不甲斐ないワシを許せ」


 大きな嘆息を吐いた繁忠は、家主の居ない家に謝罪する。

 彼はイエ救出を厳元自らに懇願していたが、敢えなく却下されていた。村娘ひとりに兵の命は賭けられんと。


 北を向いて繁忠は空を仰ぐ。

 蒼天の続く先へ、遠い北の大地へと想いを馳せている。

 両目に深い謝意を抱き、哀しみの色で滲ませながら彼は、僅かな希望と願いを乗せて飛ばしていた。


 イエ、頼むから無事でいてくれと。


 ありがとうございました。

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