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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
56/122

ひとりぼっち

 よろしくお願いします。


 

 目覚めてまず最初に映ったのは、この天井……。


 天板に穴が無い。

 染み一つない。

 波打つ木目。

 綺麗な天井。


 壁板も新しい。

 独特の爽やかな香りがする。

 襖も破れていない。

 絵が描かれている、水墨画で雲に包まれた山の絵。


 和室。

 十畳ほど。

 畳が青い。

 日焼けしてない。

 い草の香りが清々しい。鼻の奥に染み込む。

 

 枕元には行燈と水差し。

 奥に鏡台と丸鏡。

 衣装箪笥がひと(さお)

 部屋の隅、丸窓の下に机がいっ卓。

 

 これが全部。この部屋の全部。


 分かってる。

 わたしは攫われて知らない場所にいる。

 どうやら監禁はされてないけど、軟禁はされてるみたい。幸いに檻に入れられている様子はないけど。

 だけど……。


 どうしよう。モンジが居ない。わたし、ひとりぼっち。


 イエは布団で顔の半分を隠したまま、ひとしきり部屋を観察し終えると、布団を頭から被ってしまう。


 もう、朝……。

 右手側にある障子から光りが漏れてる。

 彼女は、布団の隙間から見える陽光をただ呆然と見つめている。


 何をされるのかな?

 拷問されるのかな?

 痛いのかな? 苦しいのかな?

 あたしはどうなるのかな?


 負の感情がふつふつと湧いてくる。

 怖い。怖くて仕方がない。

 不安で胸が張り裂けそう。


 イエは布団の中で丸くなり、きつく握り締めた両手を胸に抱く。


 辛くて、寂しくて、わたし。

 モンジ、今すぐあなたに逢いたい。


 モンジ。

 最後に見たあの子の顔を思い出す。


 モンジ。

 別れ際にあの子が見せた、悲しみに滲んだ瞳を思い出す。


 モンジ、モンジッ。

 彼の温もりが恋しくて、わたしは声を殺して泣いてしまった。

 


 トントンと、襖戸が揺れる。

 当然、耳の聞こえ無いわたしは人の気配で気づく。反射的に布団を掴んで体を丸くする。


「おはようございます。お目覚めですか?」


 静々と誰かが和室に入ってくる。


 警戒しなくちゃ。わたしは囚われの身なんだから。

 息を殺してお布団の隙間から覗く、寝たフリをする。


 布団から見えるのは胸元から下だけ。

 顔は無理だと思う。寝たフリがバレちゃう。

 薄紅色の着物に前掛け。……女の子。

 年の頃は十二、三歳くらいかな。

 彼女が大事そうに抱えているのは、白地の布に包まれた荷物。静かな歩調、いい所の生まれかしら。


「お召し物をお持ちしました」


 一旦布団の隣で膝を折り荷物を置いた彼女は、ジッとわたしの様子を窺っている。

 当然わたしも、身じろぎせずにこの時間を耐える。


「あの〜、朝食の準備も整いましたので、お召し替えしたいのですが。……まだ、お休みになられるなら、また出直してきますけど……」


「………」


 首の動きで何となく言ってる意味は分かったけど。


 普通、寝ている人に話しかける?

 完全に寝たフリがバレてる!?

 

 布団を被ったままのわたし。暫くして諦めてくれたのか、彼女は小振りな腰を上げた。


 わたしには彼女が何を言っているのか聞こえない。


 顔さえ、口元さえ見えれば言葉も理解できるに。

 いま彼女は一人だ。

 彼女に聞けば、自分の置かれてる状況が分かるかも知れない。

 でも布団から顔をだせない。ただただ恐いんだ。


「失礼します」


 と、彼女は立ち上がり、くるんと踵を返し戻っていく。

 彼女が扉を開けようとしたタイミングで、バンッと勢いよく襖戸が開く。目の前で扉が開き、驚いた少女は硬直する。


「もう、起きた!」


 陽気な声が部屋中に響く。

 どうしよう。気配がもう一つ増えた。

 トントントンと、足音が畳を伝ってわたしの背中を叩く。

 近づく足音。お布団の隙間から、白足袋の細い足首が見える。


 濃い菖蒲色の色留袖、元気を絵に描いたような蒼眼、金髪の女性がズカズカと部屋に乗り込んだきた。

 けれど、すっぽりと頭から布団を被るイエには見えてはいない。


「ぶ、無作法にもほどがありますよっ!」


 肩を怒らせ侵入者を諌める少女。


「ふんっ」


 知らんぷりで鼻を鳴らす誰かさんは、たわわな胸を揺らし、少女の横を素通り、布団まで歩みよる。


「……チビ」


 誰かさんの余計な一言が少女に刺さる。

 ムキーッと、扉の前で地団駄を踏む少女。

 少女に高飛車な態度を見せて、誰かさんは着物の裾を押さえて膝をおる。

 

「ねえ、起きてるんでしょう。……ねえ、……ねえ、……ねえ」


 お布団が揺れる。

 寝ているのに。

 お布団が揺れる。

 最後の砦なのに、察して欲しいのに。

 お布団が揺れる。

 シツコイこの人。

 嫌なのに、起きたく無いのに。


「………」


 しばし無音の時間がすぎる。

 寝たフリを貫くイエ。


 されど彼女の反抗もここで泡と消え去る。

 嫌な気配。一瞬の出来事だった。

「えいっ!」と、誰かさんはいきなり布団掴んで、剥ぎ取ったんだ。


「……っえ!」


 浴衣姿のイエが現れる。

 瞳をパチクリさせて、驚いている。

 徐々に顔を赤らめるイエに、勝ち誇ったように不敵な笑みを浮かべる誰かさん。潤んだイエの緑眼と、弓なりの誰かさんの蒼眼がかち合う。


「あなたね。私のお館様を(たぶら)かしたのは」


 は?

 予想外のことを言われ、混乱してしまう。


 たぶらかした!? は? 何を言ってるの、この人。

 表情を固めたままイエは声を絞りだす。


「わ、わか、わかない。……こ、ここ、どこ?」


 自分の立場は理解出来る。

 分かっている。記憶している。わたしは連れ去られたんだ。あの日、あの場所で。

 最後に見たのは、モンジが酷く虐められている姿で。わたしは彼を助けようとしたけど、すぐに気絶したんだ。

 でも、お館様をたぶらかした? は? そんなの記憶に無い。


「ふ〜ん。お館様の好みって、こんなんなんだ。ふ〜ん」


 彼女にわたしの声が届いていない。

 失笑とも取れる笑みで、わたしを品定めしている。


「……ずん胴」


 は? 

 今、なんて言った?


「胴長……短足。二の腕のお肉。胸はあるけど、あたしの方が大きいわね。顔も可愛い方だけど、あたしの方が美人。髪も短くてクセッ毛、あたしの勝ちね。あたしの方が艶があって長いもん。……全く、お館様ったら、こんな小娘のどこがいいのかしら」


 吐き捨てるように言葉を浴びせてくる彼女。


 ずん胴って言った? 胴長、短足って言った?

 そうだけど、その通りですけど、わざわざ言う必要あるっ!?

 わたしの気にしていることをズバズバとっ! この人、確かに美人だけど失礼な人。久々に腹が立った。


 だけど……。

 わたしをどこかへ連れて行く素振りは見せない。拷問部屋行きでは無いってこと? それなら……。


 それならわたしにだって、色々聞きたい事がある。

 ここの場所もそうだけど、わたしなんかを攫った理由や、わたしをどうしたいのか、何が聞きたいのか。

 知りたい。

 でも、今一番知りたいのは彼の、モンジの安否。別れ際に彼は大怪我をしていたから。

 平然と人を連れさっちゃうような犯罪集団に、常識なんて通じ無いのかもしれないけど。

 それでもわたしは、彼の事を知りたい。無事かどうか確かめたい。


「も、もん、じ。……どう、な、た」


「えっ、モンジ?」


 眉ひそめて訝しむ彼女。

 後ろにいる機嫌の悪そうな少女と、ヒソヒソ話しを交わしてる。


 どんどん不安になってきた。

 あの時の彼は血だらけだったから。

 彼の身に何かあったら──もし、最悪な事態が起きていたら──もし、この世に居ないとしたら──わたしは死んだほうがマシだ。


「あー、結局、邪魔が入ったんですって。お仲間の抵抗にあってね。ホント、お館様もそういうとこ、詰めが甘いのよねぇ。だ・け・ど、そこが、いいんだけどね。なんて言うのかしら、懐が広いって言うか、優しいって言うか──」


 言いながら彼女は、紅色に染まる頬に手を添える。乙女のように恥じらいながら滔々と惚気を語る。


 冒頭の言葉しか聞こえない──彼は生きてる。


 ひとまずの安堵感に浸る。胸から熱いものが込み上げてくる。


 モンジは生きてる── 本当に、良かった。


 涙が勝手に溢れてくる。もちろん嬉し涙。

 両手で顔を隠して、わたしは泣いてしまった。


  彼が無事ならわたしは、それだけで良かった。それが、なによりも嬉しかった。


 涙と笑みがごちゃ混ぜになる。

 さめざめと泣くイエの頬に、薄らと紅がさす。

 泣き笑いの彼女に、

 そんなイエの幸せそうな涙に、美人さんは残念そうに溜息をつく。


「あら、あら、お館様ったら、早速フラれちゃったみたい。とんだ三枚目役を、演じちゃったみたいね」


 穏やかな眼差しの美人さん。大人っぽい彼女に見つめられて、わたしは照れてしまう。

 そして急に思い立ったように、こう告げてきた。


「ねぇっ、私決めたっ、あなたを全力で応援したくなっちゃった! えーとぉ、何さんでしたっけ?」


 グッと身を乗り出し、体ごと距離を詰めてくる彼女に圧倒されてしまう。彼女の両手に右手を掴まれドギマギしてしまう。

 美しい彼女の満開に咲かせた笑顔が眩しい。

 ちょっとだけ、そんなに悪い人じゃ無いのかもって、思えるほどに。


「おいっ、なに言ってんだ胸骨」


 酸味の利いた声が二人の間に割り込む。

 みるみる険しい表情に変わる彼女が尖った瞳で振り返る。襦袢姿のわたしは胸元を隠して赤面する。


「ああ"? なんでアンタが、ここにいんのよ!」


「チッ、俺はその娘の監視役だ。逃げ出さんようにな」


「そんなことは、どうでもいいのよ。私が言っているのは、な・ん・で、男のアンタが『女の園』であるこの屋敷に、土足で入って来てんのかってことよ」


 ……女の園? 屋敷?

 剣呑な彼女の雰囲気に、場の空気も凍りつく。


「阿保か。お館様の命だ。……あー、Zverhit uvahu, duren! shvydshe.divchyna.chytayez rota(気付け、馬鹿!それより、その娘、口を読んでる)」


 わたしに胡乱な目を向けてくる金髪の男性。彼の放つ圧迫感にわたしは身を縮めた。

 後ろで纏めた金髪お団子結びを見せていた彼女は、バッとわたしに振り向くと、こう聞いてきた。


「あなた、言葉が解るの?」


 蒼い目をクリクリさせて、彼女の美顔が間近に迫る。わたしは思わず仰反ってしまう。唇が触れ合う程に顔が近すぎるから。

 萎縮したわたしは彼女の問いかけに、すぐには答えられなかった。


 異国の男性。この金髪の男性に目を奪われてしまう。


 見惚れてしまった? いやいやいや、いやいやいやいや、それは無い。

 この男性に違和感を感じたからに他ならない。

 彼女と同じ金髪、蒼眼、鼻筋の通った、この国では見かけない整い過ぎたお顔立ちと、おじさんが好んで着そうな浅葱色の甚平姿だったから。妙に様になっていたから。

 

 しかも、流暢にこの国の言葉を話している。かと思えば、今度は見たこともない口の動きで、意味の解らない言葉を話す。俗に言う、外国語ってことでいいのかな?

 

 不思議な雰囲気の彼に、どうしても目がいってしまうだけ。それだけ。……だけど、彼からは悪意を感じられない。


 彼と目が合ってしまった。

 イエは慌てて視線をズラして、動揺を隠そうとする。顔が赤くなる。


 違うから、これは違うからね。

 何でもないから。あくまで珍しいってだけで、深い意味は無いから。


 だって、わたしの中ではいつでもモンジが一番だし。

 それ以外の人はあり得ないし。

 モンジはおっちょこちょいだけど、優しいし、ちょと男らしくなったし。

 最近あまり甘えてくれないのは寂しいけど、いっつもわたしを笑わせてくれるもん。わたしは彼のそんなところが大好きなんだから。


 モンジの容姿について一切触れないイエさんでした。


 イエの照れた姿など意に介せず、金髪男性は口を開く。


「Hey, nekazhy nichoho zayvono(おい、余計な事は言うなよ)」


 金髪さんの投げた言葉に美人さんが反応する。キッと彼を睨み返す。


「Shumno! ya rozumiyu! (うるさい! 分かっているわ!)」


「u divchyny yete, shcho yiy potribno dlyanas, takby movyty, vinvazhlyva referentna osoda(その娘は、俺達にとって、この上なく必要な物を隠し持っているんだ。言わば、重要参考人だ。)」


「Diysno shumno! ya znaya !(本当にうるさい! 解っているって!)」


 イエはキョトンとしている。

 何を話しているのかサッパリだった。

 固まるわたしに、金髪さんはこう告げてきた。


「ふんっ。さっさと飯でも食って、お館様様の為になれ!」


 これだけ言って彼は、勢いよく襖戸を閉めてどこかへ行ってしまった。


「可愛くないやつ。あいつ、女の子の扱いがまるで分かってないのよ。あれじゃあ、モテないのも無理ないわ」


 白けた顔で、彼をバッサリと切り捨てる彼女。次にくるっと振り向いて、わたしに微笑みかけてくる。


 彼女の子供っぽい無垢な笑顔に拍子抜けしてしまう。重くなったこの場の雰囲気を、随分と軽くしてくれたような気がする。

 それも彼女の魅力の一つなんだろうなぁ、と一人で納得。

 大人びていたり、子供じみていたりと、ホントに忙しい人です。


「と、言うことで。ささっと、お召し物を代えましょう。あっ、申し遅れましたが、あたしはイエ様の身の周りのお世話を仰せ使っております『杏子(あんず)』と言います。以後、お見知りおきを」


 ペコッと会釈をする少女が場を仕切り出す。


 可愛らしい女の子、杏子って名前も可愛い。


 勢いよく下げた頭で、うなじで纏めた彼女の黒髪がわたしの目の前を通過する。

 (おもて)を上げて微笑みかけてくる杏子さんに、失礼ながら子狸を連想してしまう。もちろん可愛いらしいって意味で。


「あたしの見立てで何ですけど。イエさんはお顔がハッキリしていますから、お着物は地味な物を選びました。派手派手になると、下品な印象にもなりかねますので。もし、お気に召さないようでしたら、遠慮なくおっしゃってください」


 手際よく風呂敷包みを解く少女。

 見た目よりも、しっかりしていそうな印象を抱く。


「あ、昨日、梟を見かけまして。お屋敷の中をジーと見ているので追っ払ってやりました。あたし、苦手なんですよね。鳥って。あの尖ったクチバシが怖くて。イエ様は平気ですか?」


 とりあえず、愛想笑いをしてしまう。

 わたしに気さくに話しかけてくれる杏子さん。

 気取らない彼女の姿に、親近感というか、親しみ易さ感じる。


「鳥なんか捕まえて食べちゃえばいいじゃない。どうせ、馬鹿兄貴の背骨もヒマそうにしてるし、お願いしとこうか?」


「ダメですよ。野生の生き物なんか、どんな病気を持っているか分からないんですから。お肉なら市場から仕入れるので、わざわざ捕まえる必要はありません」


 会話を弾ませる二人。

 ささっと風呂敷から着物を用意する彼女に、自分で着れますと伝えたくて、体を起こそうとした。

 

「……あっ」


 目眩? 体がふらついた。

 床についた手が、不意に肘から力が抜けて倒れそうになった。


「大丈夫?」


 咄嗟に手を差し伸べてくれたのは、美人さんだった。


 彼女と至近距離で目が合う。

 凪いだ湖面のような蒼い瞳に、今のわたしが映る。

 髪はもしゃもしゃ、青白い顔のちんちくりんなわたしが映る。全然可愛く無い。恥ずかしい。


 そんなわたしに比べて、とても綺麗な彼女。

 一流の彫刻師でも唸らせてしまいそうな、精緻かつ整い過ぎた彼女の面差し。

 

 色気もあって、美しい人。

 今更に思ってしまう。別格だなって。

 女としての基本、基準、格の違いにわたしは、劣等感を抱いてしまう。卑しくも嫉妬してしまう。


「あなた、ホントに可愛いのね」


 ボッと、顔から火が出るような思いだった。

 

 嘘でも嬉しかった。お世辞でも嬉しいかった。恥ずかしいけど。

 基本、照れ屋なわたしは目が泳ぎまくって、彼女を直視出来ない。

 ふふっと艶っぽく笑う彼女にわたしは、全身を赤く染めて身を竦めてしまう。


「はい、はい。お戯れもそこまでです」


 パンパンと小さな手を叩き、仕切り直す杏子さん。

 そそくさと、わたしのお着替えの手伝いをしてくれる。


「そうだっ! 私、紙と筆を持ってくるねっ。ふふ、あなたともっとお話がしたいし。お友達にもなりたい」


 杏子さんに支えられ、身を起こすわたし。

 わたしの立ち姿に落ち着いたと見るとや、美人さんは急いで部屋から出ていく。


「ふう、騒がしい方です。……悪い人では無いんですが……」


 小言を溢す杏子さんに共感する。

 だけど、少しだけ幼馴染の絹さんに似ているような気がして、落ち着くのも事実。雰囲気っていうか、性格的なものなのか、あるいは両方。

 


 ややあって。

 杏子さんに助けられて無事にお着替えが済んだわたし。でも、ここでもまた驚いてしまった。


 姿見に映る自分が眩しかったんだ、煌めいていたんだ。

 といいますか、わたし個人では無く、彼女の用意してくれた着物が綺麗すぎなんだ。


 彼女は地味目と言っておきながら、普段着ではあり得ない程の高級そうな絹仕立てのお着物を用意してくれていて。

 それはもう、振袖と見紛うほどの豪華な物で、お花の刺繍も然り着心地もそうだけど、わたしは度肝を抜かれていた。


 どこかのお姫様みたい。率直な感想はそれだった。

 言ってしまえば、孫にも衣装的な? どこか浮世離れしている感じと、らしくない自分に羞恥を覚えてしまう。


「あと、櫛を通してお化粧ですね。そう言えば、イエ様のお召しになっていたお着物ですが。汚れていましたし、安物── う、うんっ。酷くクタびれていましたので、勝手に処分させて頂きました」


 ガーン! 

 しれっと、捨てたなんて告げてくる杏子さんに、とんでも無くショックを受ける。

 だって、一番のお気に入りだったから。

 彼が、モンジが、綺麗な色だねって言ってくれた着物だったから。


 膝から力が抜けていく。

 倒れそうになる。

 フラつくわたしを支えてくれるのは杏子さん、重そうにしている彼女の姿に、更なるショックを受ける。


「ま、まだ、お疲れですか? もう少し、お休みになれますか?」


 心配そうに聞いてくる彼女。

 いや、違うの。あなたの勝手な行いに、ただショックを受けただけなの。

 とは、さすがに言えず。やっとの思いで絞り出したのが苦笑い。平気な自分を装う。


「気分も良くなると思うので、少し空気を入れ替えますね」

 

 彼女はわたしの心情に全然気付いてくれない。

 天然なのだろう、と自分にいい聞かせる。

 気落ちしているわたしは彼女が離れた事でまた、ペタンとお布団の上に腰を落としてしまう。

 窓際の障子に手をかける杏子さん。彼女の背中をうらめしそうに見つめる。


 障子は両開き。勢いよく開ける彼女。

 開いた途端に、眩しい陽射しとともに、涼しい風が舞い込んでくる。沈んだ気持ちと一緒に、ふわっと髪全体が後ろに流されて、気持ちいいと感じた。


 薄暗かった部屋に朝日が眩しい。

 一瞬、陽の光に目を閉じてしまったわたしは、恐る恐る瞼を開く。


 瞳に景色が飛び込んでくる。

 視界一杯に広がった世界はとても美しかった。感動してしまった。朝露に煌めく庭園がとても素晴らしくて。

 

 ひとつの完成された世界。

 その庭園は、丸石に囲まれた小池を中心に、奥には松の木が三本、一位(いちい)犬柘植(いぬつげ)の木も見受けられる。梅や(さかき)もあるかしら。

 そのどれもが無理なく配置され、まるで森の中で見つけた神秘的な泉のようだった。

 隙間なく重なるよう植林された木々のお陰で、外からは部屋の中が覗けないようになっている。

 良く考えられたお庭だ。更に奥を覗けば竹垣と、通路を挟んで白い塀に囲まれている。


 ここで、誰かの視線を感じて一瞬たじろく。


 辺りを伺うと……梅の木の上に何か、いる? そう思った矢先のことだった。


 バサバサと音を立てて、矢のような勢いで『何か』が突っ込んでくる。


「あっ、こらっ! このっ、あっちいけ!」


 突然の襲撃者に、杏子さんが身を呈して阻止してくれていた。

 その『何か』に、体当たりを敢行した彼女。しかし、襲撃者は怯む様子を全く見せない。縁側に降り立ちこちらを見ている。

 それならばと杏子さんは駆け出し、外に立て掛けてあった箒を手にすると、襲撃者に一人で立ち向かう。


「どっかに行きなさいっ! 馬鹿とりっ!」


 短い手足を振り回し、勇猛果敢に奮闘中である。


「なにっ、どうしたの!?」

「おいっ、何があった!」


 すぐさま駆けつけてくれた金髪の二人組。 

 状況を瞬時に理解すると、彼女に加勢。お陰で無事に襲撃者は御用となる。しかし良く良く見てみれば……。


 愛らしい(ふくろう)でした。


 イケメンさんに取り押さえられ、キョーと鳴き叫ぶ梟さん。お冠の杏子さんはぐしゃぐしゃになったお姿で、梟に箒を突きつける。


「処分しますっ! まったく、もう」


 プリプリしながら言い放つ。


 苦笑いのイケメンさんが早速、梟の首に手を掛ける──殺すつもりなんだ。


「ねえ、梟って美味しいのかしら?」


 呑気に話し掛けてくる金髪さんをわたしは無視、布団を蹴り付けて走り出していた。


 緑眼の梟!?

 胸騒ぎ? ううん、違う。確信したんだ。とにかく、この子を殺しちゃダメだって。


 呆気に取られているイケメンさんから梟を奪いとり、その子を守るように胸に抱える。わたしは地面に丸くなった。


「ご、ご、ごえん、なさ、い。ダ、エ、ダ、エ。ごえん、さい」


 この子を助けたくて、必死に命乞いをしていた。


 困惑している彼女達。

 気持ちは分かる。わたしだって混乱しているから。

 ただ、理由があるとしたら、この子の目だと思う。この子の緑色の目がわたしを動かす。あの子と同じ目をしているから。


「イエ様ダメですっ、そんな汚い鳥に触ってはっ、イエ様! あー、もう、お召し物も汚してしまって」


 箒を脇に挟み、杏子さんは頭を抱える。

 彼女はわたしの横に屈んで、強引に梟を奪おうとする。


 わたしは、彼女を睨んでいた。あの時のように。


 お婆さんにモンジを拒否されそうになった、あの時のような激しさで。


 一瞬、怯んだ様子の杏子さんに、わたしは更に身を小さくして梟を守る。意地でも渡さない意思表示を示す。


「なぁ。いいのでは無いか? 鳥ぐらい」


「そ、そうよね。鳥ぐらい許してあげれば、杏子ちゃん」


 金髪のお二人がわたしに助け舟を出してくれた。ちょっと泣きそうになる。


「ぐぐぐっ、もう、あたしは知りませんからね! お館様に何か言われたら、背骨様と胸骨様の所為にしますからねっ! あたしっ、新しいお召し物を用意しますっ!」


 ふんっ! と、鼻息を荒げ、肩で風を切りながら杏子さんは、屋敷に戻っていった。


「鳥ぐらい別にどぉってこと。……清光様。ねえ、清光様は、こんな事ぐらいで私を嫌いにならないわよねっ! ねぇ、背骨! 私を嫌いにならないよねっ! 私、清光様に嫌われたらどうしよう。もう、生きていけないぃぃぃ!」


「うるせぇなぁ。清光様は、そんな細量なお方じゃあるまい。逆にこの娘の機嫌を損ねる方が、あの方の逆鱗に触れるんじゃないのか?」


 いい加減お前も分かれと、イケメンさんは諭すも、混乱の極みといった様子で頭を抱える美人さん。うろたえる彼女は涙目だった。


「そ、そうよねっ。なんたって、私の清光様は海よりも広いお心の持ち主ですものねっ。信じる、うん信じるわ。私は清光様のそういうところに惚れたんだから。なんたって清光様は武術、剣術、全てに秀でてて── 」


 また始まったよと、うんざりするイケメンさん。一方金髪さんは慌てた様子をどこえやら、うっとりした表情で滔々と惚気を語り出す。


 そんな二人を他所にわたしは、胸の中に抱いた梟を覗き込んでいた。

 くるくると元気に首を回す梟さん。良かった、怪我は無いみたい。ちょっと一安心。


 二人の様子を窺いつつ、わたしは梟を抱いたまま立ち上がる。甘えるように身を寄せてくる梟さんに胸が熱くなり、愛着が湧いてくる。


 緑色の瞳に、どうして彼を思い出してしまう。わたしは遠い蒼穹の空を見つめ、思いを馳せていた。


 ──モンジ、あなたに逢いたい。そう願って。


 肌寒さを感じる北の大地にて空を仰ぐ彼女。

 世界と隔絶するように南方に高くそびえたつ山陵を眺める彼女は、その翡翠色の瞳に慈愛と憂いを色濃く滲ませていた。



♢♦︎♢♦︎♢



 本殿回廊にて。


 回廊を急ぐ、赤髪で傾いた格好の男がいる。

 後ろに小姓を一人引き連れ、軍議のためと皆の待つ評定の場へと彼は、大股で回廊を闊歩している。


 ── 北之領頭目『木場 清光』である。


 ふと立ち止まり、天井を見上げる清光。

 急に足を止めた彼にあわや衝突しそうなりながら、目を白黒させて小姓は、背中にじっとりとした汗が流す。


「はんっ! 丸、罰、三角。……あと、四角か。はっ! ワシを試しておるのか?」


 赤毛の一喝で、那須色の忍び装束の三人が天井から降ってきた。

 突然現れた三人に、驚きの声をあげて小姓は床に尻餅をつく。腰を抜かす小姓を横目に、赤毛は言葉を繋げる。


「はっ! まあ、よいわ。お前等らしいからな。……して、首尾はどうだった?」


 忍びの一人が足音も無く赤毛に近寄り、耳打ちをする。


「そうか、大義であった。はっ、ははんっ! ……おうっ! 面白い事を思いついたわ! のう、お前ら。これから『常之領』に向かえ。そこで、モンジなる小僧を見定めて来い。ははあっ! 役に立ちそうにないなら、殺しても構わんからのう」


 一礼し、音も無く消え去る忍びの三人。

 彼等を送り出したあと、背後に振り向き清光は小姓を越えた先に視線を送る。


「おい、四角。お前は別件だ。こっちに来い」


「………」


「イラつくのう! 早う、来いっ!」


 柱の影から現れたのは、ちんまりとした忍び。

 忍び装束は纏っているが、およそ忍びとは思えないドタドタとした動きで、四角は近寄ってきた。


「は、はい。お館様」


「お前には───── 」


「ぎょ、御意です。お館様」


 幼い印象の挨拶を残し、またバタバタと回廊を走っていく忍びもどき。


「よろしいのですか? あのような使えない忍び、って、あっ、失礼いたしまいた。奴なんかに仕事を任せても……」


 話しの途中で睨まれた小姓は更に汗をかく。

 袴の臀部を手で払いながら、おずおずと進言してきた。


「はっ! アレはアレで愉快な技を使いやがる。ははっ! まあ、どうなるか、お楽しみってこった!」


「……はあ」


「はあっ、はああ! 面白くなってきおったな、なぁ! 国取り前のいい余興じゃて、なあ! はあっ、はああっ!」


 高らかに笑い、渋面の小姓を連れて清光はまた、大股で歩み出す。

 策を嵩じた彼の面様は、つい先日、少年と死闘を繰り広げた獅子の面様そのもの。獰猛さと苛烈さを残したままであった。


 ありがとうございました。

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