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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
55/122

それぞれの想い

 よろしくお願いします。


 斜陽に照らされ伸びる影。

 村道をトボトボと歩く割烹着姿の少女の側を、元気に子供達が駆け抜け、追い越してゆく。己が我が家へと、脇目も振らずに駆けてゆく。

 彼等とすれ違う大人達は農具や漁具を担ぎ、一応に疲れをまとい家路を急いでいた。


 ジー、ジーと、何処からか聞こえてくる蝉の鳴き声、カエルの輪唱。もうそんな季節なのね、と彼女は一人感慨に耽っていた。


 交互に繰り出す足先から、ゆるりと空を見上げる彼女。一つにまとめた後ろ髪が、肩から背中に落ちる。

 山の稜線には既に陽は沈んでおり、オレンジ色の空から天頂に向かって薄紫から濃紺。グルッと海側は群青色とグラデーションを描いていた。


 溜息はひとつ。

 少女はまた、視線を落として歩き出す。

 気が重い。

 憂慮の原因である、彼のことばかりが気になってしまう。

 もう少し話しを聞いてやればよかったかな、なんて今更に後悔しても始まらない。


 モモは暗い顔で家路を急いでいた。


 結局あのあとモンジさんは、不貞寝のまんま本当に眠ってしまって、彼にゴメンねって言えなかった。

 はあぁぁ。モモはダメだな。ちょっと考えれば、モンジさんの辛い気持ちも分かるのに。はあぁぁー。


 彼女は長い溜息をつくいて、背中を丸め、小さく華奢な体を更に小さくする。


 しばらく歩くと、鳥居が見えて来た。

 喪家の犬のような雰囲気で少女は、伝説の妖怪『雪女』に精気を吸われた人みたいに力無く、石畳に弱々しい一歩を乗せて空を仰いだ。


 天まで伸びる階段のよう。

 本当にあるのかわからない、神様の住まう楽園を想像しながら、ニ歩、三歩、と彼女は石段を登る。


 リィ、リィと、寂しげな虫の鳴き声とともに、段数を重ねるモモ。心無しか静謐な空気が濃くなっていく気がする。


 山肌に沿うよう築造された神社の周りは、杉の木を主とした鎮守の森に囲まれていた。

 その天辺にある神社を目指す彼女ではある。

 されど目の前にある長く伸びる石段に、ひどく疲れた様子でまたひとつ溜息を零した。


 聞いた話しでは、五百段はあろう石段だ。

 ゆっくりと登る石段の脇には、五十段おきに石灯籠が設置されていて、その全てが既に柔い明かりが灯っており、薄暗い足元をぼんやりと照らしてくれている。


 中腹まで来た辺りだろうか、「ビンッ──ダンッ!」という音が、ひぐらしの鳴き声に混ざり聴こえて来た。

 しばし時間をかけ石段を登りきると、境内参道の脇、参道に並ぶ石灯籠の奥に、玉砂利の上で箒を片手に佇む白の小袖と青い長袴姿の中年の男性を見つける。

 そこから二段ほど登ると、同じく白の小袖と紅い長袴姿の絹さんの姿が見えた。


 二人は、参道の横に隣接されている神楽殿のその脇、この神社を囲む鎮守の森との間に空いた狭いスペースを活用し、弓の鍛錬をしていた。


「……ん?」


 首を傾げるモモ。

 耳を側立てると、なにやら罵り合っているようにも聞こえる。


「── のバカオヤジ、バカ、バカ──」

「── に向かって、なんて言い草──」


 親子の間に不穏な空気が流れている。

 けれど、鍛錬に励む二人を無碍にも出来ず。

 少女は、おずおずと様子を窺いながら挨拶に向かう。

 そうなんだ、ここ森山神社でモモは、モンジの看病と称して部屋を間借りしていたんだ。ひとえに、綿姫様の勅命でもあるが。


「お、お疲れさまです。ただ今戻りました。えっと、精が出ますね」


 不器用に笑うモモ。彼女に顔を向けた二人は、等しくお怒りのご様子だ。


「あっ、モモさんお帰り。ねえ、聴いてよ、このオヤジときたら──」

「モモちゃんおかえりぃ。ねえ、聞いてよ、この悪童ときたら──」


 声がかぶる所為で、大音量の二重音声となり聴き取り辛い。けれど似たような文句を言い合う二人にモモは、はぐらかすように苦笑いを返してしまう。


「この、クソオヤジ。わたしが家の事、なぁんにもしないって言うのよ! そりゃあ、最近は忙しくっておざなりにしていた部分も認めるけど。でも、遊んでいた訳じゃなくて、怪我人の看病や村の為にって、走り回っていたのに。このオヤジ、なぁんにも分かってないんだから!」


「ワシが言っておるのは、そんな事じゃない! なんでお前がワシに黙って、戦なんぞに行ってたのかって、そのことだ!」


「うっ、戦って。で、でも、これだって立派に村の為になってんだから。アンタに、とやかく言われる筋合いは無いでしょ!」


「親に向かって、アンタってなんだっ! ぉ、お父様か、父上様とか言いなさい! 大体、お前は神官であって、侍じゃないんだぞっ!」


 親子ケンカは常のようで。

 その間にも絹さんは、参道にある石灯籠の灯りを頼りに弓の鍛錬を継続中。

 父親も箒の柄の部分を使い彼女の姿勢を正したりと、なんやかんやで彼女の鍛錬に付き合っている。……神職なのに。


 仲がいいのか悪いのか、いつ終わるとも知れない親子ケンカに、愛想笑いを浮かべてモモは口を開く。


「あのぉ。……先に戻って、お夕飯の支度をしますね」


「あっ、モモちゃん。いいの、いいの。オジサンもう準備して置いたから。それとも、お夕飯の前にお風呂いっとく?」


 オジサンは基本的に優しい人だ。

 それまでの剣呑な雰囲気を一変させて、モモだけにパァーと明るい表情を作る。

 オジサンこと絹の父親『勘平かんべい』に言われ、モモは笑みを引きつらせる微妙な顔をした。


「気持ち悪いのよ。……幼女趣味の変態オヤジ」


 ボソッと呟く絹。


「ああ"! 誰が幼女趣味じゃいっ、われぇ!」


 絹の言に即座に反応する勘平。

 娘相手に、大人気無く目くじらを立てて声を荒げている。

 バチバチと視線に火花を散らす親子に、またかとドッと肩を落とすモモの気苦労は知れない。


「……それではお先に戻ります」


 付き合いきれないと、そそくさと逃げ出すモモ。

 未だ続く父娘の罵声合戦を尻目に、長い溜息を零す。


「はあ〜……」


 何度目かの重い嘆息を吐いた彼女。

 奥へと続く参道を挟んだ社務所へと足先を向けた。

 道順通り社務所の裏手を抜けると、時期も過ぎ、綺麗に剪定された紫陽花の回廊が目に入る。

 そこを十メートルほど進むと、目指す家屋が見えてくる。そこが神代邸である。

 かれこれ三日目ともなれば、慣れた道筋となっていた。


 森に囲まれた平家造りの神代邸。

 申し訳程度の庭先を通り、彼女は玄関の扉を開ける。

 外から見ても分かる通り、モンジ邸を二回りほど広くした家屋である。

 玄関を潜り土間を抜け、その奥には四つほど部屋が続いており、手前が居間で次にお父様のお部屋。

 ひとつ空いて一番奥が絹さんの部屋となっていた。モモは、その空き部屋を間借りしていた。


『私を救い出して下さったモンジ様がお目覚めになるまで、モモ。あなたがお世話をして、差しあげなさい』


 綿姫様から別れ際に言われた言葉だ。

 彼女は城に戻らず、そのまま森山村に滞在していた。


「はぁぁー」溜息がまた溢れる。

 モンジさんを看病する事事態、藪坂では無いが。

 むしろ喜ばしい事ではあるが……。

 自分が残ったことで何かお役に立っているんだろうか? 

 逆に彼を不快な気持ちにさせているのでは無かろうか? 彼女の胸の中で疑問が湧き出す。


「はあ〜〜」


 居間へと続く段差に腰かけるモモは、また深く溜息を溢した。



 その一方モンジ邸では。

 仏頂面のモンジとしょぼくれたおでんが顔を突き合わせている。

 囲炉裏の前でモモの用意してくれた汁物を、無言でモチャモチャと食べていた。

 重たい空気、オッサンの咀嚼音に腹が立つ。


 ってか、なんでこのオッサン。俺ん家にいるんだよ!?


 言いたくても言えない空気感。

 疑心暗鬼になりつつ箸を進める俺。

 無言の時間が無常にも流れてゆく。

 チラッ、チラッと、気づかれないように、おでんの様子を盗み見する。ん〜、俺の看病的なもんで居るんかなぁ?


 お通夜みたいな雰囲気に居た堪れなくなってきた。

 こいつに聞きたいこと山ほどあるし、ここは俺から聞いた方が早いか? モンジは持っていたお椀を畳に降ろし、意を決した。


「あ、あのさ。なんつーか、おでんが俺の看病してくれてたの? ……でさ、それ、それなんなん? 目にくっ付いてるやつ」


 俺は、今一番気になる事を質問していた。

 とりあえず、コイツの顔が面白過ぎて話しにならないと思ったからだ。

 だってこいつ、悪人面の半分を可愛い花柄の布で覆っていたから、ワザと受け狙いでやってるのかと思えて、つい聞きたくなっちまった。


 巨体を縮め、こいつが持つとおママごとサイズにしか見えない普通のどんぶりを畳におろすおでん。まず、小粒な一つ目で俺を捉え、ぬぅと顔を上げた。


 全貌を現したおでんの悪人面。

 いや、それ以上の極悪人面だろ。

 眉毛も髪の毛もない中々の人相、鼻もゴツくて口にはギザギザな歯が覗く。ハッキリいって、怖いを通り越して不気味である。

 そんなヤツが可愛い花柄のバンダナを巻いているんだ。思わず「オモロー!」と、親指を立てて叫びたくなる俺の心情も理解して欲しい。


「ど、どい。こ、これ、モモ、モモがくれた。お、お、お、お詫びだって」


 モ、モ、モモからのプレゼントだとぉー!

 取り乱す俺。

 女子からの貰い物なんぞ未だ皆無の俺からすれば、羨まっ、いや驚きを隠せ無い。

 ぐぬぬぬ、このハゲの何処がいいんだっ!

 世界ブスコンテスト代表みたいなツラしやがって!

 ぐぬぬぬ。力む右手が一つしか無い自分のお箸を叩き折る。


 不細工のクセに、不細工のクセに、不細工のクセに……。

 沸々と殺意が芽生えてくる。

 誰か俺を止めてくれ。でないと、こいつをケチョンケチョンにしてしまいそうだ。

 殺意の沼に浸りながら、俺はグッと堪える。


「お、ぉおお。そっか、そっか、ならよかったな」


 血を吐く思いで出した台詞がこれだった。

 おでんは脳天気に頬を染めて、お箸を持ったままの手で後頭部をさする。

 俺は作り笑顔を固めて我慢する。

 照れてるオッサンの仕草が気持ち悪い。見た目の不気味さを更に際立たせる。

 ぐぬぬぬ、更に自分のお箸を粉微塵に潰してゆく。

 イカン、イカン。冷静になるんだ俺。

 こいつにだって一つ位はモテ要素があるかも知れん。まずはそこを見極めろ。そして取り込むんだ。


 女子からプレゼントを貰える男になる為にっ!


 俺はおでんを観察する。

 こいつの組んだ胡座に、俺が吹き飛ばした足を確認する。

 俺が吹き飛ばしたおでんの左足には、義足が嵌められていた。

 膝から下には鉄製の無骨な足が付いている。見た目はアレだが、頑丈そうではある。

 間違い無くハト爺のお手製の物だろう。

 一目見れば察しがつく、何処となく俺の義手に似ているからな。


 良かったな、おでん。

 ホッと胸を撫で下ろす俺がいた。

 そりゃあ、人様を傷つけたんだ、仕方なかったとは言え俺だって多少の罪悪感は持つさ。

 でも、本当に良かった。

 頭の中にニカッと、前歯の欠けたお茶目なジジイの笑顔が、浮かんでは消える。


 憂いが一つ消えて少し冷静になれた気がする。

 そうだ。俺はこいつに、どうしても確認しておかなきゃならない事があるんだ。

 気持ちを落ち着かせて、俺はおでんに質問を再開した。


「足、ハト爺に貰ったのか。良かったな、直って……。それで聞きたい事があるんだけど、いいかな? あー、何て言うか、おでんはさ。そのぉ、人を殺して、食べてたん?」

 

 正味、砦での光景がショッキングで忘れようにも忘れられない。未だあの血生臭い部屋の事は鮮明に覚えている。

 聴きたい事は数あれど、確かめずにはいられない事柄だった。

 もしコイツの解答如何では、この平和な森山村にコイツだけは置いとけない。下手な答えなら、絶対に排除すべき対象だ。

 俺が助けたんだ、俺が確かめなくちゃ、ダメなんだ。そう、これは俺の責任なんだから。


 俺の質問に、少したじろぐおでん。

 肩を落として拙い喋り方で彼は、砦での生活を語り出した。


「ど、どい。お、おでは─────」


 吃りつつ、三十分位かけて説明してくれた内容はこうだった。


 おでんは戦災孤児で、幼い頃から兄弟二人で生きてきたとのこと。なまじ剣の腕の立つ兄貴と、怪力の弟で人斬り。つまりは殺しの代行、辻斬り、剣客を生業として生きて来たんだとか。

 ただ、耳に難を抱えるおでんは度々仕事に対し支障が出始め、結局は兄貴任せで日々を凌いでたと。人の高音、断末魔の声が苦手なんだと。

 特に女、子供の断末魔は苦手で、頭が割れるほど痛いらしい。

 確かに、砦でもかなり音に対して敏感だったからな。そこら辺は頷ける。お陰で俺等の付け入るキッカケになったからな。


 で、おでんか人斬りの仕事をしたのは最初の数人だけで、仕事はもっぱら兄貴任せ。おでんは兄貴の帰りをただ家で待つ、ニートみたいな生活をしていたらしい。う〜ん、褒めるべきか叱るべきか悩む所だな。


 徐々にだか、人相も言動もおかしくなっていく兄貴に。

 気付けば食事も、兄貴が殺した人肉が出るようになっていて兄貴が喜ぶならと、それを我慢して食べていたらしい。

 なんだそりゃ、兄貴ヤベーな! かなりイッちゃってんだろっ!


 暫くして、兄貴の悪い仲間からの紹介で厳伍に雇われ、砦の用心棒的な仕事を貰ったんだと。

 用心棒と言っても、やる事は以前と変わらず人斬りの仕事で、砦周辺の集落を襲ったり、チョッカイを掛けてくる野伏供を蹴散らす役割だったらしい。

 

 ふん、ふん。そんで、そんで。


 たまに、兄貴がふらっと出かけ、何処からか連れてきた女や子供を訓練と称し、斬り刻んでいたとか。おでんは兄貴が喜んでくれるからと、それを数日かけて平らげていたんだと。


 数日かけて遺体をか。

 だから、あんな強烈な匂いになった。

 ちょっと話しを聞いてるだけでも気分が悪くなってきた。しかも、そんな遊び半分で殺された人等も、堪ったもんじゃなかろうに。可哀想過ぎるだろ。


 で、結局、怪力自慢の弟はイカレポンチな兄貴の玩具のまんま生きてきたと、そう言うことらしい。


 う〜ん。にわかには信じがたいような、とんでも半生ではある。もし本当なら、コイツはコイツで苦労して来たって事なんだろうな。

 話しを聴いてる分じゃ、人殺しも子供の頃に数人だけだとか言っていたし、しかも相手もそれなりの悪党なんだとか。

 う〜ん、悩むなぁ。まぁ、でも、話しの内容より、コイツの人となりなんだろうか、今のコイツからそんなに邪悪なもんも感じられんしなぁ。う〜ん。


 ここで視線に気づき、奴と目線が合う。

 かの名作アニメを思い出す、真っ直ぐな瞳。

 ババ様の目死いた目の代わりに、『青き衣を纏いし金色の野に降り立った聖人』を、瞼に焼き付ける子供達のそれ。

 それと同じくらいの、純粋な眼差しと、曇りなき眼を向けてくるハゲのおっさん、おでんと目がかち合う。


 ジブリスト成らずとも、心が動くだろう。おでんの澄んだ瞳に、嘘偽りは感じられなかったから。


 とりあえずで、要観察って事でいいか。なんか不穏な動きが見えたら、俺が体を張って止めればいいしな。


 まさかの備えの為に念押し、しとく。


「にわかには信じがたいが。……一応は、信じます。だけどもだ! ワタクシから一つだけ忠告をしておきます。もし、貴方が村の人に対し一つでも悪さをしたら、問答無用で貴方には死んで貰います! アーユー、オーケー?」


「お、お、おーけー。わがった。ど、どい、し、信じてくれて、あんがど」


 かなりキツめに釘を刺したった。

 にも関わらずにこの野郎は、捨てられた子犬みたいな弱っちい態度をしてたクセに、話しを鵜呑みにした俺の態度を見るや、散歩前の尻尾ブンブンぶん回すアホ犬みたいに元気いっぱいな態度へと変わりやがった。嬉しそうに、満面の笑みで。ハハ、現金なやつめ。


「そんで、あとは砦の顛末だけど……。あぁ、明日でいいか。明日、絹さんか繁忠に聞くとして。……でも、うまいな、この煮込みうどん。モモって、チビっ子のくせに料理上手いんだな」


 すっかり冷めてしまった料理だが、それでも出汁の効いた煮込み肉うどんは美味くて、遅まきながら感動してしまった。ついさっきまで危惧する雑事が多すぎて、碌に味も判らんかったから。


「う、う、う、美味いな。こ、これ。モモ、りょ、料理、上手だな。ひ、ひ、人、上手く無かっ、あっ、ご、ごめん」


 怒涛の勢いで食べ始めたおでんが思わず本音を漏らし、バツの悪そうな顔をする。


「そうだな、人は食べもんじゃない、愛するもんだ。おでんも覚えておくように」


 したり顔で語ったが。……いかんせん、言ってて、こっ恥なんですど。『愛』ってねぇ。おでんはめちゃくちゃキラキラした目で俺を見てるし。


「ど、どい。『愛』ってなんだ? お、おで、バカだから、わ、わ、わがんね」


 真剣な顔のおでんが、興味深々に聞いてくる。


「ぉおおっ! 愛、愛な。えー、愛、そう『愛』ちゅうもんは、えーと。……慈しみ? 大切にしたいってことかな? 例えば、相手を大事にしたいとか、支えたいとか、側にいたいとか、おでんに分かるかな? えー、どんな状況だろうと相手の幸せを考え、優先するもの、かな? 見方によっちゃあ『自己犠牲』って取られるかも知れんけど」


 おでんが首を傾げてる。だから、もうちょい続ける。


「見返りを求めないもんだな。愛してあげれば良い事があるとか、相手も同じだけ返してくれるとか、そんな見返りを求めないもので。つまりは、『与えて満足するもの』『どんな時でも味方でいてくれる』ってことかな」


 おおっ、と口と目をまん丸にして納得がいった感じのおでん。

 俺はと言うと『愛』を真剣に語りすぎて、顔が熱い。今にも死んでしまいそうな程、恥ずかしい。穴があったら埋めてほしいって感じです、はい。


「そ、そんだら、おで、おで。ど、どいを『愛してる』」


 ガチョーン!

 なんだべこれ、ほろ苦ぇー!

 初めての愛の告白が、ハゲてるおっさんから頂いちまった。ハハ、ハハハ。泣いてもいい?


 どいは? どいは? って、しつこく聞いてくるもんだから「はい、はい、愛してる、愛してる」って、適当に返しておいたけど。なんだろう、このガリガリとマインドが削られていく感じ。俺、ちょっと死にたいかも。


 でも実際、こっ恥の『愛』を語っていた時、イエ姉の顔が浮かんで、スラスラと言葉が出て来ていたのは事実で。


 ── イエ姉。

 泣いてなきゃいいな。

 酷いことされてないかな。

 ご飯食べてるかな。ちゃんと眠れているかな。

 風邪、ひいてないかな── イエ姉、助けられなくて、ごめんなさい。


 彼女の笑顔が脳裏に映る。

 イエ姉を思いだしたら涙が出てきて、止まらなかった。

 彼女を助けられなかった。それだけが悔やまれてならない。── イエ姉。


 折れた箸とどんぶりを放り出して俺は、泣き崩れていた。


 どい、大丈夫か? そう言って、おでんが背中を摩ってくれる。けど、こんなごつごつした手じゃなくて、イエ姉の手で摩って欲しいんだっ!


 イエ姉 ── 今すぐ君に、逢いたい。



 しばらくの間、ただただ泣いていた俺におでんは、馬鹿にするでも無く、ましてや叱咤激励する訳でもなく、何も語らず、ただ優しく背中をさすってくれた。


 正直、嬉しかった。

 今、俺がして欲しい事を(本音はイエ姉にして貰いたいとこだけど)このおっさんはしてくれた。

 でも……。何度目かの、こっ恥ず姿をおっさんに晒してしまった。ほんのり死にたさ倍増する。


 格好悪く突っ伏したこの体。腕の隙間から、おでんを盗み見する。

 

 案の定、おでんは慈愛の籠った眼差しで、俺の背中をさすってくれている。ともすれば、母親ような愛情の篭った表情で。


 はい、はい、降参、降参。

 おでんは俺の中で信頼に足る人物となりましたっ。貴方は優しいひとです。

 まだ条件付きだけどな。

 俺だけにって、条件付きだけどな。そんで、おでんの話しも丸っと信じてあげますよ。はい、はい、私が悪ぅございましたっと。


 泣いてスッキリした俺は脳味噌もクリアー、色々と冷静に考えられる様になった。


 とにかく、泣いてても何も始まらんし。イエ姉を連れ戻さにゃならんからな。


 のっそりと起き上がったモンジは、デンッと胡座をかき、腕を天井にバッと広げると、フンッと鼻息を出して腕組みをする。


 泣いていた事を払拭するよう、大袈裟なモーションで。


「おでんくん、お願いしたい事があるんだが……。聞いてくれるかい?」


 泣いたカラスがもう笑う、そんな感じ。

 神妙な面持ちで告げてきたモンジに、側にいたおでんは生唾を飲み込む。そして、コクッとうなづいた。


「俺は北の大地まで行くつもりだが。おでんくん、君の力も貸して欲しいんだが。う、うんっ、つまりは、俺と一緒に、北の大地に行ってはくれまいか。……お頼み申す」


 変な言い方になったが、素直な気持ちで頭を下げた。


 おでんは、パッと明るい顔になって、クシャッと破顔した。まるで赤ん坊のような表情を作る。


「ど、どい。お、お、おで、どいと一緒に居だい。どいの周り、や、優しい人、いっぱい。おで、どいに助けられて、い、い、いまが、一番、し、しあわせだ。お、おで、どいに、ずっとついてぐ」


 顔を近づけ、堰を切ったように話し出すおでんに俺は軽く圧倒された。

 俺が意識不明の二日間に何があったのやら。

 まずはコイツにとって良い事尽くめだったって事だけは、わかった。


 ちなみに、何でおでんが家にいるのかと言うと。

 あの変態陰陽師の計らいらしい。

 敵であるコイツを無罪放免にし、俺の身の周りのお世話係に任命したのだと。


 まぁ、俺ってば、かなりの瀕死状態だったらしいから、鶴の一声もすんなり通った、とか? 知らんけども。

 俺としては、適当に押し付けたんじゃないかと勘繰るが、いや、今はいいや、よしとこう。

 あの変態も人を見る目があったと言う事にしておこう。どっちにせよ、これで良かったんだから。


 あと、おでんの兄貴。

 ふせん(不全)だか風船(不全)だか、ふざけた名前の兄貴だきゃあ、マジで許せんからな。

 見つけたら鼻っ面にグーパンでもかましてやらんと、気が済まん。ガチで。


 すっかりご機嫌でニコニコ顔のおでんと、しょっぱい笑みを浮かべるモンジ。むさ苦しい、男二人だけのモンジ邸の夜は、そんなこんなで更けていった。



 次の日の朝。

 

「ど、どい、モモ、モモ、きたぞ」

 

 部屋の格子窓から、こっそり外を覗いていたおでん君。

 バッと、弾かれたように笑顔で振り向くと、小声で俺に知らせてきた。


 一方ワタクシは決戦前夜の武士(もののふ)の如く、畳の上で正座をし、目を瞑り、精神統一をしながらその時をじっと待っていた。

 実際、まだ全身が酷く痛む。ノー、お薬だからな。

 がっ、しかし。そんなことは言っては要られない。俺にはやらなきゃならない大仕事が、待っているからだ。


「どい、どい、モモの後ろ、もうひとり ──」


 緊張でおでんの言葉は、聞いちゃいなかった。

 ヒラリと土間に飛び降りた俺は、誠心誠意の真心を見せつけるべく、準備に取り掛かる。



 ガタガタと建て付けの悪い玄関戸を開けて、誰かが入ってきた。俺はそれを確認出来ない。何故なら──


「おはようございます。モンジさん、起きていましか? ─── て、っえ!?」


 何故なら、俺は土間の土っべたに額を擦り付けて、誠心誠意の謝罪『ザ、土下座』ってヤツをかましていたからだ。

 

「おはようございます、モモ様。昨日は大変失礼致しました。大恩のあるモモ様に舐めた口をきいてしまって、深く、深く反省しております」


 隣りでおでんも俺に合わせて、土下座をしている。殊勝な奴よのう。

 つかつかと、無言で近寄る足音が聞こえる。まだご立腹中なんだろうか? 心なしか足音に力強さを感じる。俺の頬に汗がつたう。そして、いきなり──。


「── っぶ!」


 ガンッと、急に土下座で晒した後頭部を思いっきり踏みつけられた! おでこをしこたま地べたにぶつけ、涙目になる。


 おお、なかなか激しい洗礼ですこと。

 でも、まぁいい。こんな事でモモの気がすむなら、思う存分踏んづけてくれても構わない。空よりも広くて海よりも深い『男気』ってやつを、存分に見せつけてやると決めたんだ。と、そこに思わぬ声が……。


「あら、あら、まだ()が高いようね。愚民ども」


 この声は ── 絹さん!?

 て、ことは……俺の頭踏んづけているのは、この女か! ふざけんなっ! 

 瞬間で苛立ちMAX、限界突破した俺。

 ほぉー、ほ、ほ、ほ、と嫌味な貴婦人のよう高らかなオホホ笑いの絹さんが、更にのたまう。


「ほら、ほら、もっとひれ伏しなさい。その軽い頭が地べたに埋まるほどにね。ほぉー、ほ、ほ、ほ」


 後頭部をこれでもかと、グリグリしてきやがる。


 ── こんのっ、クソアマァー! 絶対ぇ、パンチラ見てやる!


 歯を食い縛りモンジは、サランラップより薄っぺらな『男気』をかなぐり捨て、本能の赴くままに低俗でしょうもない『男の(さが)』を見せつけていた。


 頭を持ち上げようとする俺と、容赦なく踏みつけてくる絹さん。


 目下、左手欠損中の彼は、右腕一本に万力を込めて彼女に抗っている。笑いながら片足に体重を載せてくる絹と、青筋バキバキのモンジは白熱したバトルを繰り広げていた。


 はたから見れば、意地悪そうなキツネと間抜けなサルの、仲のいいジャレ合いにしか見えないが。

 

「ぷっ、ぷふっ、あはっ、あははははっ──」


 徐々に熱を帯びてきたこの空間に、少女の快活な笑い声が響く。


「あはははっ、もう、可笑しいぃー、あはははは──」


 昨日の暗然たる面持ちもどこえやら、モモはとても楽しそうに笑ってくれたんだ。



 ありがとうございました。

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