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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
52/122

片鱗

 よろしくお願いします。


 森が騒がしい。

 隊列を組んで林道を駆ける騎馬隊。

 前方、北東より林道の脇で、森の中を木々の合間を逃げるよう跳び急ぐ、鹿の群れとすれ違う。


 突然、ビョッと兎が林道へと飛び出してきた。

 あわやの事態。兎は隊列を組む馬脚に蹴られそうになり、慌てて森へと引き返していく。

 先程より野鳥が騒ぎ、何頭もの山犬が遠吠えで仲間に警戒を促している。


 何かがおかしい。

 未だ高速で駆ける騎馬隊。そのほぼ中央で馬を駆る、一際豪奢(ごうしゃ)な出立ちの容貌魁偉(ようぼうかいい)、常之領領主『田之上 厳元』は、鵜の目鷹の目で警戒色を強めていた。


「東堂はいるかっ!」

「──はっ!」


 領主の呼び声に、素早く反応する若武者『東堂』

 さほど離れてはいない前方から、馬の手綱を引きながら厳元の横へと後退、並走する。

 領主、厳元の周りは勿論のこと、常之領きっての精鋭、側近で固められていた。


「東堂、森の様子がおかしい! なんや、木下砦に異変やもしれぬ。隊の速度をはや──」

「ドォオオオオオオオオオ──ン!」


 ギャー、ギャー、と多くの野鳥が一斉に飛び去り、森が震えた。

 厳元は言葉を呑み込み、その渋みのある相貌をさらに渋くする。すぐにグッと、口元を引き締め厳元は爆音のした森の中、北東を睨む。


「クッ、東堂、皆に伝えろ。今から隊を二つに分ける。お前は先頭の第一隊を率いて砦に向かえ。ワシは第二から第四隊を連れ、森に入る。──いけ!」


「っは!」


 即決だった。

 即座に馬を駆る東堂は、伝令を叫びながら隊列の前へと急ぐ。

 すぅっと息を吸い込み厳元は、あらん限りの声を張り上げ(とき)をあげた。


「第二、第三、第四隊っ! これより森の中を進軍するっ! ワシについて参れッ!!」


 前方、後方を走る騎馬武者が一斉に左手を掲げる。了承の合図だ。


「森を抜けるっ! ワシについて参れっ! ──突貫ッ!」


 言うや否や厳元は、手綱を右に切り、森へと侵入する。

 熟練した手綱捌きで木と木のあいだを滑るように突き進む。

 馬もその小柄な体躯を生かし、機動力の衰えはさほど感じさせない。雄叫びをあげ、領主の後に続けとばかりに、続々と森の中へと分け入る騎馬軍団。


 およそ三百騎ほどの騎馬武者を引き連れて厳元は山中、北東へと進軍を開始した。



♦︎



 砦より南東の森林地帯。

 木々に木霊する爆裂音は続いている。

 針葉樹の立ち並ぶ林の中を、目にも止まらぬ速さで移動し、猛然とぶつかり合う二匹の獣。

 紅色の豪傑とカラシ色の少年は、激しい衝突を繰り返していた。

 

「【── ッッッ!!】ッガキン!」


「はあぁ、はあっ!── ド、ドンッ!」


 常人では不可視の殴り合い。

 音が鳴るたびに衝撃波が生まれ、点在する巨木の幹を震わせる、葉が大きく揺らいだ。


 枝を掻い潜る大粒の雨が、森の地表を濡らしていく。

 刻々と嵐は強まり、稲妻が幾重にも重なり合い重唱をあげていた。

 続け様に起こる甲高い雷鳴はあたかも、二人の死闘に熱狂する歓声のようにも聞こえていた。


 この森全体が、闘技場と化したみたいに。


「ッシ!」


 空を貫く。

 振り抜かれた赤毛の豪速、剛拳。

 咄嗟にいなすようモンジは、奴の腕に拳打を撃つ。その軌道を僅かに逸らした。

 と、逸らした剛拳は巨木に着弾、粉砕させ、その巨木は緩慢に倒れていく。

 まさに万事が一撃必殺の攻撃であった。モンジの『中の人』トイチは、超絶に目を剥いていた。

 

「【───】」


「(バ、バッ、バッカじゃないの! こ、こんなんマトモに喰らったら死んじゃうよってか、破裂しちゃうよっ! 冗談でしょっ!?)」


 次弾ッ、息つく暇もなく赤毛が横薙ぎの拳打を放つ。

 モンジは強引に軸足を伸ばして、これをスウェー。ギリギリの所で右フックを躱す。


 瞬間の軌跡。

 願前、空振りの拳が猛スピードで抜けていく。

 モンジの頬を掠めた。紙一重の攻防が肝を冷やす。薄皮を切られ、少年の頬に赤く線を描いた。


「【───】」


「(あっぶ、あっぶ、あっぶねえーっ。)」


 奴との超速の肉弾戦にトイチは生きた心地がしなかった。驚愕、驚嘆の連続である。


 降りしきる雨と雷光は未だ衰えず。

 飛沫を弾きながら受けに徹するモンジ。

 対する獅子面からは速攻に次ぐ速攻、瞬きすら許さない状況。

 しかしながら、四肢を使った赤毛の猛攻に少年の体を酷使する『コイツ』は、何ら平然と対処していた。……コイツ等イカれてやがる。普通じゃない。


 未だ死に際の連発、間一髪の応酬が継続する。

 森を縦横無尽に走りながら『二匹の怪物』がしのぎを削り合っていた。

 そんな中、トイチはひとりだけ置いてけぼりを食らっていた。埒外過ぎて、ついて行けないのだ。


「ドガンッ!! ─── ッドン! バキ、バキッ!」


 剛拳ッ、超速回避。着弾、破裂。

 何度目だろうか、森林に破砕音が轟く。

 怪物が放つ余弾。数えるのも億劫になる。もう何本目かの大木を薙ぎ倒す。


 あたかも自らの足跡を示すように、二匹の化け物はぶつかりながら森を破壊し、激戦の爪痕を残していった。


 超速の中段蹴りが閃く。

 モンジが一瞬速かった、残像を消し去る赤毛の右足。

 宙に尾を引く眼光と目線がカチ合う。

 血が舞い、汗が飛び散り、その身から弾けた飛沫さえもぶつかり合う。


 流れる動きで放たれた裏拳ッ。

 スウェーッ、いや、間に合わないッ!

 モンジは足を踏み出し半身を切る。頭上スレスレを剛拳が疾走する。強引な回避にバランスを崩したモンジ。

 

「はあああああああああッ!」


「【─── ッフ!】」


 頭上、死角より振り下ろされた足刀。

 紫電一閃ッ、回転を利用した超速回転。赤毛の振り下ろした爪先が死角より高速落下ッ。グッと唇を噛み締めモンジは地面を蹴りつけ宙を舞った。


「── っはん!」


「【─── クッ】」

 

 木々の間、草むらに飛び込んだモンジは肩から着地、その身を転がし受身をとった。瞬時に片膝をつき赤毛を警戒する。

 一方赤毛は、俺を射刺さすように見据え首を傾げていた。そして、おもむろに……。


「……テメェ、まさか『九郎』か?」


「【…………】」


 赤毛は笑みを浮かべ、少年は黙り込む。

 目まぐるしい展開の中、不意に訪れた愚鈍なひと時。


「は、は、はっ、ははん! まさかなっ。九郎はもういねぇんだっ! まさかのまさかだっ! はっ、ははん!」


 自嘲するように笑った赤毛。

 心持ち凶暴さも和らいで見えるのは俺だけか?


「(……おいっ、九郎って誰だ?)」

「【………】」

「(……お前の事か?)」

「【………】」

「(……まぁ、いい。で、どうすんだ?)」

「【……何も変わらん。娘を連れ戻す】」


 九郎ってヤツも気になるが、今はイエ姉優先だ。

 一旦棚上げ、後で問い詰めてやる。と、気を取り直し。


 当初の予定では山中にて赤毛を撒き、イエを連れ去る算段だった。

 しかし現実は甘くない。想像の遥か上を行く赤毛の強さに、時間ばかりを窮乏(きゅうぼう)され煩悶(はんもん)を覚えていた。


 要はこの獅子面、しつこいのだ。


 憑依限界、俺の無敵状態のタイムリミットは終わりが近い。焦る、焦りまくる。しかもイエ姉ともはぐれちまった。くっそ、どうする。

 

「はっ、はぁー! テメェは面白ぇなぁ、小猿っ。……だがな、なんで受けてばっかなんだっ、テメェはよう、ああ"っ! 舐めてんのかゴラァッ!」


 肉食獣の凶暴さを前面に押しやり、赤毛が突っ込んできた。


「【……】」

「(……えっ!?)」


 不気味な感覚を覚える。時間が遅く感じる。

 びしょ濡れの身体は動くたびに水滴が弾けほとばしり、これが不思議とスロー再生されてるみたいにゆっくりと見え始めた。


 雨粒がさながら空中に止まっているようにも見る。

 

 突然の事だった── 何が起きている!?


 奴の拳打が、足刀が、この目にハッキリ視える。

 掠めた攻撃でその都度、肌は薄皮を切られ、服は破れるも、目だけはしっかりと奴の動きを捉えていた。


 今まで以上に視える。

 視えるからこそ、尚更に分かる。

 ヤツは別格、瞬きなんてする暇は無い。目を逸らした瞬間にたぶん、俺は終わると。


 つむじ風から竜巻に変わるが如く、徐々に苛烈さを増す奴の攻撃に、モンジの余裕も欠落していく。

 水滴を弾き、奴の拳が眼前に迫る。延々と続く猛攻。


 繰り返される呵責のない攻撃。

 モンジは砂を噛む思いで抗い続ける。視界に映る乱撃の中から、それでも必死に攻略の糸口を探していた。


「(おいっ、時間がねぇ! イエ姉ともはぐれちまったぞ。……おいっ、聞いてんのかッ!)」


「【……──みつ様】」


「(ぁあっ! なにっ、聞こえねぇ! いま、なんて──ッおわ!?)」


 奴が身を捻りながら跳躍したッ。

 竜巻然とした回転、強速の空中回転蹴りをかまして来たッ! な、なっ、なんだこりゃあ、竜巻旋風脚!?


 モンジが堪らずと言った具合に叫んだところでコイツは、砲身だけの義手で怒涛のような蹴りを耐え忍ぶ。が、結局、弾かれた。


「【── ッグ!】」」


 腕を十字に、モンジの体は吹き飛んでいく。

 後方に勢いよく弾かれたモンジ。踏ん張る足が草を掻き分け、地面を削り、奴との間合いに綺麗なニ本の直線を掘り残した。


 耐えきる少年。組んだ腕が視界を塞ぐ── マズイッ!


 その時だった。

 眼下、懐に炎の揺らめきが入り込む。

 一瞬だった。

 奴と視線がカチ合い── 紅い眼光が閃く。

 

 笑ってやがる。そう思った瞬間。


「── ッブォン!!」


 仰反るモンジッ! 体前面に剛風を浴びせられる。顎先を奴の足先が、超速で駆け抜けていった。


「(円月蹴りッ、サマーソルトキック!? スト2キャラか、コンニャロォーッ! しかもコイツ、土門さんに昇竜拳出してたもんなっ。あなどれん!)」


「【……】」


 モンジのツッコミも虚しく響く。

 間一髪、というか常に間一髪の連続ではあるが。

 彼は自身の体の変化に気づいていない。どこか他人事のようなきらいで、俯瞰して見ていた。


 いつしかモンジの目は、しっかりと『常人では不可視』の攻撃を視れていた。

 勿論、視えているだけで反応しているのは『片岡 九郎太郎右衛門』ではあるが。


 驚嘆するモンジを他所に、彼の権能『定着と同化』がその能力の片鱗を覗かせていく。


「ッシ!」短い嘆息、紅の視光を放つ赤毛。

 躱されるや否や奴は、片足を地面突き立て高速の連続蹴りを放った。まさかッ、今度は──春麗かよッ!?


 義手で高速蹴りを弾くモンジ。キッと眦を吊り上げ切り裂く。


「(おいっ、火ぃ、火ぃ吐き出せ! 格ゲーには格ゲーだろっ。手とか足ぃ、伸ばせっ!)」


「【……阿呆】」


 馬鹿丸出しのモンジに呆れる片岡。

 通常、手足が伸びる筈もなく、ましてや火なんて吐き出せる訳がない。

 それが出来るのはヨガの達人でスト2キャラの、ダルシムだけである。


 信頼から出る軽口。

 モンジは片岡の強さを信用していた。コイツならと全幅の信頼を置いて。未だどこか他人事のように、俯瞰した目線で。


「おいってめぇ、舐めてんじゃねぇぞ」


 受けに徹する少年に口を曲げる赤毛。

 紅の瞳がモンジを穿つ。

 無味乾燥、情緒がない。低級、低俗、味も素っ気もない。要はつまらないと。


「お前は、それでいいのか?」


 獅子面の呟きが胸の奥深くに刺さる。琴線に触れた。


「(……それでいいのかだと。ふざけんなッ。それでいいも何も、それしかねぇんだよっ、コッチは! 元から俺には何にもねぇんだよッ!)」


「【…………】」


 強襲、驚速のさなか、己の憐憫に触れたこの言葉にモンジは悔しい気持ちを吐き散らす。モンジの体を駆る片岡もまた、旧知との遭遇に本気を出しあぐねていた。


 一瞬の隙。

 奴は攻撃を切り替え、グルッと高速回転、足刀を袈裟斬りで振り下ろしてきた。


「── ッチ」


「【─── ッッ!】」


 半身を切るモンジ。足刀が鼻先を掠める。

 豪快に振り下ろされた奴の蹴りは後ろの巨木を強打──爆烈、爆砕、切り倒す。


 揺らぐ真っ赤な閃耀。

 すぐさま奴は二打目のモーションッ。

 ぐっと足に膂力を込めてモンジは、雨粒を蹴散らしダイブする。倒れゆく巨木のあいだにその身を投じていた。



♢♢


「わあ、出て来た、出て来た ♪ 見づらかったんだよねぇ、木が邪魔してさっ♪」


 雨風を避けるよう、大木の頂上付近で身を隠す美少年『立花 四季』は、楽しげに語る。


 いつものサラサラな髪を今はべったりと濡らして、男の娘風な髪型はシットリとした、女の子らしい、ショートボブっぽくしている。


 強風に白銀の狩衣を揺らしながら見つめる先には、森林地帯にポッカリと空いた円形の広場。かつて土門の暮らしていた『真平集落』跡地である。


 未だ焼け落ち黒墨となったテント跡が点在するその場所に、何も知らず飛び込んで来た少年を見つけて歓喜していた。

 デート前の待ち人がやっと現れた時の乙女のように彼は、頬を染め、優しくモンジに微笑み掛けていた。


 そんな、ロマンティックな雰囲気を台無しにするみたいに、少女のようにハシャグ彼の足元には得体の知れない生き物がいた。

 雷光に巨木ほどの体躯を虹色に光らせ、肌色、十メートル級の巨大生物が、彼を持ち上げ台座の代わりをしていた。


 誰もが忌み嫌い、嘔吐を催す生物である。


「どうかなぁ? もうちょっとかなぁ? まだ足りないよねぇ? 惜しいけど、しばらく様子見だよね? どう思う『泥入道』♪ 」


「──マァァァァ」


 甘える声で楽しげに質問した四季に、不気味な声を発する泥入道。雷光を受け、表皮が七色に艶めく。


 ビル三階ほどの大きさのミミズである。


 まんまのミミズではあるが、大木を思わす胴回り、大蛇と見紛うほどの巨大なミミズであった。


「う〜ん。君が言うように、僕の監視下に置いて育てるのもアリなんだけどぉ。……お魚ってさ、養殖より天然の方が美味しいでしょう。身が引き締まって、プリップリでさ。そんな感じかな ♪ 変、かなぁ?」


 可愛いく唇を窄め、顎に人差し指を着けるあざといポーズの四季に巨大ミミズは。


「マァ、マァァァァァァ」


 的確なアドバイスを送ったらしい。


「そうそう、そう言うこと。ふふっ、やっぱり君とは気が合いますねぇ ♪ だから僕は君が大好きなのさ」


「──マアアアア」


 照れてる風の巨大ミミズ。怪物と普通に会話をする陰陽師は、愛くるしい顔を満開にした。嵐の中【怪物に乗っている少年』こそ、変と言うより奇異としか言いようがない。


「あれっ、泥入道、あっち向いてくれる」


 タンタンと足を鳴らして、南西に指差す四季に泥入道も応える。


「ありゃりゃぁ、これで僕達の出番はなくなりましたねぇ。えーと、ゴメンね泥入道」


「マウァァァ──」


 南西を見つめた四季は飄々(ひょうひょう)と語る。巨大ミミズは、弓なりに上げていた尻尾をビビビッと痺れさせ、次には元気なく下げてしまった。あきらかに落ち込んでいるようだった。


「ふふっ、撤収、撤収 ♪ さぁ、帰って森山村名物、『塩温泉』でも入って温まろう。効能は肌にいいらしいからね。あっ、でも、泥入道、君は入れ無いからねっ。塩温泉だから君、死んじゃうから」


「マアアアアァァァ!」


 明るい四季の説明に、とうとう尻尾をベタンッと、勢いよく地に落としてしまった泥入道は、本格的に落ち込んでるようだった。


 ふふっと頬を緩める陰陽師は、未だ四つ這いのモンジに視線を向け、そのエメラルドグリーンの瞳を細める。そして。


「僕はいつでも君を見ているよ。なにせ君は『賢者の石』になりうる唯一の器だからね。僕は君に、多大な期待を背負わせるつもりだよ。僕だけのね ♪ 」


 強風吹き荒れる中、少年へと投げられた声は嵐にかき消され、霧散、消滅してしまう。しかし、怖気を纏ったその熱い眼差しだけは、いつまでも少年を捕らえて、離さなかった。


♢♢♢


 巨木が轟音を轟かせ、地面に倒れる。

 咄嗟の判断で宙に踊らせた体を前転させて、受け身を取るモンジ。最終、四つん這いの状態となった。


 奴はまだ来ない。巨木を脇に、一時の休息がモンジに訪れた。


 うねる風。雷鳴鳴り止まず、重い雨粒が容赦なく少年の体を打ちつける。


「(あと、どんぐらい時間が残っている?)」


「【……もう、既に、無い】」


 万策尽きるか……。あー、そっか、時間が無いからコイツ、わざと奴から距離を取ったのか。逃げる最後のチャンスってやつか。ハハ、なんだかんだで、いい奴だなコイツ。モンジは苦笑いを浮かべていた。


 失落する思いで、頭を落とす少年。

 落ちた先で、小さな白い花が目に付いた。

 雨粒を全身に受けながら、それでも尚、力強く天を仰ぐその小さな可憐な花に、何故か心を奪われた。


 ──イエ。可憐な白い花に、彼女の面影を重ねていた。


「(なぁ、延長って出来ねぇか……)」


 濡れた前髪で瞳を隠して、モンジが懇願する。


「【……死ぬぞ】」


 ……だろうな。

 ぐっと、唇を噛み締めるモンジ。

 依代(よりしろ)。この体は『紋次』の体だ。多分だが、紋次が死んだら俺も死ぬ。『紋次』も俺達は『一心同体』だって言ってたし。言わずもがなで、そう言うことなんだろう。俺だけ都合よく元の世界に戻れるなんて、夢物語にも程があるだろ。


 ゴメンな紋次、この償いは必ず来世で果たす。だから今だけは、こんな俺に付き合ってくれ。

 そして、モンジは鎮痛な面持ちで声を絞り出した。


「(あぁ、かまわねぇ。……出来るか?)」


 悲哀を塗り固めたようなモンジの表情に、片岡も応じる。


「【……ああ。……承知し──】」


 “ ── ッだめえ!! ”


 『紋次』の叫び声と同時にパンッと、体から何かが弾き出されたッ!


 間をおかず、例の如くに力の反動、蓄積されたダメージと疲労感が容赦なく俺を襲う。

 

 ガアァアッ! 全部痛えぇ! 体が震える、内臓がひっくり返るッ! 頭がッ、心臓がッ、破裂しそうだ。くっそっ、洒落になんねぇッ。泣きそう。


 悶え苦しむ。拳を握り締め、(うずくま)り、モンジはこれを必死に耐えていた。


「グボォッ!」堪らず、泥の上に吐瀉物を撒き散らす。


「ぁあ"っ! なに勝手に死に(てい)なんだっ、テメェ!」


 森から嫌な声が聞こえてきた。倒れた大木を踏みしだいて、赤毛は悠々と広場へ姿を現す。片手には、首のもがれた蛇をぶらぶらと、ぶら下げて。

 ニカッと笑い、もいだ蛇の首、切り口からチュウチュウと生き血を吸って、ポイッとゴミのように捨て去る。

 

 エネルギーチャージ!? 

 まだまだ収まりそうに無い赤毛のヤル気に、組んだ腕の隙間から覗き見たモンジは、目を見開く。

 終わりの見えない激戦と、苦戦確定の自らの現状に戦慄して彼は、その瞳を震わせた。


 嵐。

 暴風が渦を巻く。

 横殴りの雨が奴の体と、弱り切った俺を打ち据える。

 強風に煽られ勢いを増す炎のように、奴の紅い髪が逆巻き、天を貫いている。紅い、血を燃やしたようなその目で俺を、射刺してくる。


 奴自身が、その姿がまるで。

 決して消えない断罪の炎、その炎から溢れ落ちた炎の化身に、俺には見えた。


 瞳に恐怖が宿る。歯の根がカチカチと鳴る。

 骨が軋み、関節はガタガタ、一ミリだってこの体は動いちゃくれない。


 体はボロボロ、勝てる気が全くしない。それでも。

 無理で無謀なのは百も承知している。それでも。

 ビビリまくって心まで萎縮しちまってる。肝っ玉も金玉もどっかに落っことしちまったみたいだった。


 それでもッ!

 

 モンジは眦を吊り上げ、奴を睨んだ。なけ無しの覇気を纏って威嚇していた。


 俺はコイツに負け無い武器を一つだけ持っている。


 彼女(イエ)への想いだけは、他の誰にも負けないッ。


 俺が彼女を守るって、誓ったんだッ!


 血の滴る胸の内に、少年は火を灯す。

 彼女への想いが、体の内側から焦がす焔に変える。

 火を吐き出しすほどの勢いでモンジは、叫んでいた。


「テメェにだけは、絶対ぇ負けねえーッ!」


 勝機なんて一つも見当たらない。それでも猛る衝動をモンジは、奴にぶつけていた。ことさら救えない性分の少年は、その瞳の中に信念という名の炎を燃やしながら。


 ありがとうございました。

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