片鱗
よろしくお願いします。
森が騒がしい。
隊列を組んで林道を駆ける騎馬隊。
前方、北東より林道の脇で、森の中を木々の合間を逃げるよう跳び急ぐ、鹿の群れとすれ違う。
突然、ビョッと兎が林道へと飛び出してきた。
あわやの事態。兎は隊列を組む馬脚に蹴られそうになり、慌てて森へと引き返していく。
先程より野鳥が騒ぎ、何頭もの山犬が遠吠えで仲間に警戒を促している。
何かがおかしい。
未だ高速で駆ける騎馬隊。そのほぼ中央で馬を駆る、一際豪奢な出立ちの容貌魁偉、常之領領主『田之上 厳元』は、鵜の目鷹の目で警戒色を強めていた。
「東堂はいるかっ!」
「──はっ!」
領主の呼び声に、素早く反応する若武者『東堂』
さほど離れてはいない前方から、馬の手綱を引きながら厳元の横へと後退、並走する。
領主、厳元の周りは勿論のこと、常之領きっての精鋭、側近で固められていた。
「東堂、森の様子がおかしい! なんや、木下砦に異変やもしれぬ。隊の速度をはや──」
「ドォオオオオオオオオオ──ン!」
ギャー、ギャー、と多くの野鳥が一斉に飛び去り、森が震えた。
厳元は言葉を呑み込み、その渋みのある相貌をさらに渋くする。すぐにグッと、口元を引き締め厳元は爆音のした森の中、北東を睨む。
「クッ、東堂、皆に伝えろ。今から隊を二つに分ける。お前は先頭の第一隊を率いて砦に向かえ。ワシは第二から第四隊を連れ、森に入る。──いけ!」
「っは!」
即決だった。
即座に馬を駆る東堂は、伝令を叫びながら隊列の前へと急ぐ。
すぅっと息を吸い込み厳元は、あらん限りの声を張り上げ鬨をあげた。
「第二、第三、第四隊っ! これより森の中を進軍するっ! ワシについて参れッ!!」
前方、後方を走る騎馬武者が一斉に左手を掲げる。了承の合図だ。
「森を抜けるっ! ワシについて参れっ! ──突貫ッ!」
言うや否や厳元は、手綱を右に切り、森へと侵入する。
熟練した手綱捌きで木と木のあいだを滑るように突き進む。
馬もその小柄な体躯を生かし、機動力の衰えはさほど感じさせない。雄叫びをあげ、領主の後に続けとばかりに、続々と森の中へと分け入る騎馬軍団。
およそ三百騎ほどの騎馬武者を引き連れて厳元は山中、北東へと進軍を開始した。
♦︎
砦より南東の森林地帯。
木々に木霊する爆裂音は続いている。
針葉樹の立ち並ぶ林の中を、目にも止まらぬ速さで移動し、猛然とぶつかり合う二匹の獣。
紅色の豪傑とカラシ色の少年は、激しい衝突を繰り返していた。
「【── ッッッ!!】ッガキン!」
「はあぁ、はあっ!── ド、ドンッ!」
常人では不可視の殴り合い。
音が鳴るたびに衝撃波が生まれ、点在する巨木の幹を震わせる、葉が大きく揺らいだ。
枝を掻い潜る大粒の雨が、森の地表を濡らしていく。
刻々と嵐は強まり、稲妻が幾重にも重なり合い重唱をあげていた。
続け様に起こる甲高い雷鳴はあたかも、二人の死闘に熱狂する歓声のようにも聞こえていた。
この森全体が、闘技場と化したみたいに。
「ッシ!」
空を貫く。
振り抜かれた赤毛の豪速、剛拳。
咄嗟にいなすようモンジは、奴の腕に拳打を撃つ。その軌道を僅かに逸らした。
と、逸らした剛拳は巨木に着弾、粉砕させ、その巨木は緩慢に倒れていく。
まさに万事が一撃必殺の攻撃であった。モンジの『中の人』トイチは、超絶に目を剥いていた。
「【───】」
「(バ、バッ、バッカじゃないの! こ、こんなんマトモに喰らったら死んじゃうよってか、破裂しちゃうよっ! 冗談でしょっ!?)」
次弾ッ、息つく暇もなく赤毛が横薙ぎの拳打を放つ。
モンジは強引に軸足を伸ばして、これをスウェー。ギリギリの所で右フックを躱す。
瞬間の軌跡。
願前、空振りの拳が猛スピードで抜けていく。
モンジの頬を掠めた。紙一重の攻防が肝を冷やす。薄皮を切られ、少年の頬に赤く線を描いた。
「【───】」
「(あっぶ、あっぶ、あっぶねえーっ。)」
奴との超速の肉弾戦にトイチは生きた心地がしなかった。驚愕、驚嘆の連続である。
降りしきる雨と雷光は未だ衰えず。
飛沫を弾きながら受けに徹するモンジ。
対する獅子面からは速攻に次ぐ速攻、瞬きすら許さない状況。
しかしながら、四肢を使った赤毛の猛攻に少年の体を酷使する『コイツ』は、何ら平然と対処していた。……コイツ等イカれてやがる。普通じゃない。
未だ死に際の連発、間一髪の応酬が継続する。
森を縦横無尽に走りながら『二匹の怪物』がしのぎを削り合っていた。
そんな中、トイチはひとりだけ置いてけぼりを食らっていた。埒外過ぎて、ついて行けないのだ。
「ドガンッ!! ─── ッドン! バキ、バキッ!」
剛拳ッ、超速回避。着弾、破裂。
何度目だろうか、森林に破砕音が轟く。
怪物が放つ余弾。数えるのも億劫になる。もう何本目かの大木を薙ぎ倒す。
あたかも自らの足跡を示すように、二匹の化け物はぶつかりながら森を破壊し、激戦の爪痕を残していった。
超速の中段蹴りが閃く。
モンジが一瞬速かった、残像を消し去る赤毛の右足。
宙に尾を引く眼光と目線がカチ合う。
血が舞い、汗が飛び散り、その身から弾けた飛沫さえもぶつかり合う。
流れる動きで放たれた裏拳ッ。
スウェーッ、いや、間に合わないッ!
モンジは足を踏み出し半身を切る。頭上スレスレを剛拳が疾走する。強引な回避にバランスを崩したモンジ。
「はあああああああああッ!」
「【─── ッフ!】」
頭上、死角より振り下ろされた足刀。
紫電一閃ッ、回転を利用した超速回転。赤毛の振り下ろした爪先が死角より高速落下ッ。グッと唇を噛み締めモンジは地面を蹴りつけ宙を舞った。
「── っはん!」
「【─── クッ】」
木々の間、草むらに飛び込んだモンジは肩から着地、その身を転がし受身をとった。瞬時に片膝をつき赤毛を警戒する。
一方赤毛は、俺を射刺さすように見据え首を傾げていた。そして、おもむろに……。
「……テメェ、まさか『九郎』か?」
「【…………】」
赤毛は笑みを浮かべ、少年は黙り込む。
目まぐるしい展開の中、不意に訪れた愚鈍なひと時。
「は、は、はっ、ははん! まさかなっ。九郎はもういねぇんだっ! まさかのまさかだっ! はっ、ははん!」
自嘲するように笑った赤毛。
心持ち凶暴さも和らいで見えるのは俺だけか?
「(……おいっ、九郎って誰だ?)」
「【………】」
「(……お前の事か?)」
「【………】」
「(……まぁ、いい。で、どうすんだ?)」
「【……何も変わらん。娘を連れ戻す】」
九郎ってヤツも気になるが、今はイエ姉優先だ。
一旦棚上げ、後で問い詰めてやる。と、気を取り直し。
当初の予定では山中にて赤毛を撒き、イエを連れ去る算段だった。
しかし現実は甘くない。想像の遥か上を行く赤毛の強さに、時間ばかりを窮乏され煩悶を覚えていた。
要はこの獅子面、しつこいのだ。
憑依限界、俺の無敵状態のタイムリミットは終わりが近い。焦る、焦りまくる。しかもイエ姉ともはぐれちまった。くっそ、どうする。
「はっ、はぁー! テメェは面白ぇなぁ、小猿っ。……だがな、なんで受けてばっかなんだっ、テメェはよう、ああ"っ! 舐めてんのかゴラァッ!」
肉食獣の凶暴さを前面に押しやり、赤毛が突っ込んできた。
「【……】」
「(……えっ!?)」
不気味な感覚を覚える。時間が遅く感じる。
びしょ濡れの身体は動くたびに水滴が弾けほとばしり、これが不思議とスロー再生されてるみたいにゆっくりと見え始めた。
雨粒がさながら空中に止まっているようにも見る。
突然の事だった── 何が起きている!?
奴の拳打が、足刀が、この目にハッキリ視える。
掠めた攻撃でその都度、肌は薄皮を切られ、服は破れるも、目だけはしっかりと奴の動きを捉えていた。
今まで以上に視える。
視えるからこそ、尚更に分かる。
ヤツは別格、瞬きなんてする暇は無い。目を逸らした瞬間にたぶん、俺は終わると。
つむじ風から竜巻に変わるが如く、徐々に苛烈さを増す奴の攻撃に、モンジの余裕も欠落していく。
水滴を弾き、奴の拳が眼前に迫る。延々と続く猛攻。
繰り返される呵責のない攻撃。
モンジは砂を噛む思いで抗い続ける。視界に映る乱撃の中から、それでも必死に攻略の糸口を探していた。
「(おいっ、時間がねぇ! イエ姉ともはぐれちまったぞ。……おいっ、聞いてんのかッ!)」
「【……──みつ様】」
「(ぁあっ! なにっ、聞こえねぇ! いま、なんて──ッおわ!?)」
奴が身を捻りながら跳躍したッ。
竜巻然とした回転、強速の空中回転蹴りをかまして来たッ! な、なっ、なんだこりゃあ、竜巻旋風脚!?
モンジが堪らずと言った具合に叫んだところでコイツは、砲身だけの義手で怒涛のような蹴りを耐え忍ぶ。が、結局、弾かれた。
「【── ッグ!】」」
腕を十字に、モンジの体は吹き飛んでいく。
後方に勢いよく弾かれたモンジ。踏ん張る足が草を掻き分け、地面を削り、奴との間合いに綺麗なニ本の直線を掘り残した。
耐えきる少年。組んだ腕が視界を塞ぐ── マズイッ!
その時だった。
眼下、懐に炎の揺らめきが入り込む。
一瞬だった。
奴と視線がカチ合い── 紅い眼光が閃く。
笑ってやがる。そう思った瞬間。
「── ッブォン!!」
仰反るモンジッ! 体前面に剛風を浴びせられる。顎先を奴の足先が、超速で駆け抜けていった。
「(円月蹴りッ、サマーソルトキック!? スト2キャラか、コンニャロォーッ! しかもコイツ、土門さんに昇竜拳出してたもんなっ。あなどれん!)」
「【……】」
モンジのツッコミも虚しく響く。
間一髪、というか常に間一髪の連続ではあるが。
彼は自身の体の変化に気づいていない。どこか他人事のようなきらいで、俯瞰して見ていた。
いつしかモンジの目は、しっかりと『常人では不可視』の攻撃を視れていた。
勿論、視えているだけで反応しているのは『片岡 九郎太郎右衛門』ではあるが。
驚嘆するモンジを他所に、彼の権能『定着と同化』がその能力の片鱗を覗かせていく。
「ッシ!」短い嘆息、紅の視光を放つ赤毛。
躱されるや否や奴は、片足を地面突き立て高速の連続蹴りを放った。まさかッ、今度は──春麗かよッ!?
義手で高速蹴りを弾くモンジ。キッと眦を吊り上げ切り裂く。
「(おいっ、火ぃ、火ぃ吐き出せ! 格ゲーには格ゲーだろっ。手とか足ぃ、伸ばせっ!)」
「【……阿呆】」
馬鹿丸出しのモンジに呆れる片岡。
通常、手足が伸びる筈もなく、ましてや火なんて吐き出せる訳がない。
それが出来るのはヨガの達人でスト2キャラの、ダルシムだけである。
信頼から出る軽口。
モンジは片岡の強さを信用していた。コイツならと全幅の信頼を置いて。未だどこか他人事のように、俯瞰した目線で。
「おいってめぇ、舐めてんじゃねぇぞ」
受けに徹する少年に口を曲げる赤毛。
紅の瞳がモンジを穿つ。
無味乾燥、情緒がない。低級、低俗、味も素っ気もない。要はつまらないと。
「お前は、それでいいのか?」
獅子面の呟きが胸の奥深くに刺さる。琴線に触れた。
「(……それでいいのかだと。ふざけんなッ。それでいいも何も、それしかねぇんだよっ、コッチは! 元から俺には何にもねぇんだよッ!)」
「【…………】」
強襲、驚速のさなか、己の憐憫に触れたこの言葉にモンジは悔しい気持ちを吐き散らす。モンジの体を駆る片岡もまた、旧知との遭遇に本気を出しあぐねていた。
一瞬の隙。
奴は攻撃を切り替え、グルッと高速回転、足刀を袈裟斬りで振り下ろしてきた。
「── ッチ」
「【─── ッッ!】」
半身を切るモンジ。足刀が鼻先を掠める。
豪快に振り下ろされた奴の蹴りは後ろの巨木を強打──爆烈、爆砕、切り倒す。
揺らぐ真っ赤な閃耀。
すぐさま奴は二打目のモーションッ。
ぐっと足に膂力を込めてモンジは、雨粒を蹴散らしダイブする。倒れゆく巨木のあいだにその身を投じていた。
♢♢
「わあ、出て来た、出て来た ♪ 見づらかったんだよねぇ、木が邪魔してさっ♪」
雨風を避けるよう、大木の頂上付近で身を隠す美少年『立花 四季』は、楽しげに語る。
いつものサラサラな髪を今はべったりと濡らして、男の娘風な髪型はシットリとした、女の子らしい、ショートボブっぽくしている。
強風に白銀の狩衣を揺らしながら見つめる先には、森林地帯にポッカリと空いた円形の広場。かつて土門の暮らしていた『真平集落』跡地である。
未だ焼け落ち黒墨となったテント跡が点在するその場所に、何も知らず飛び込んで来た少年を見つけて歓喜していた。
デート前の待ち人がやっと現れた時の乙女のように彼は、頬を染め、優しくモンジに微笑み掛けていた。
そんな、ロマンティックな雰囲気を台無しにするみたいに、少女のようにハシャグ彼の足元には得体の知れない生き物がいた。
雷光に巨木ほどの体躯を虹色に光らせ、肌色、十メートル級の巨大生物が、彼を持ち上げ台座の代わりをしていた。
誰もが忌み嫌い、嘔吐を催す生物である。
「どうかなぁ? もうちょっとかなぁ? まだ足りないよねぇ? 惜しいけど、しばらく様子見だよね? どう思う『泥入道』♪ 」
「──マァァァァ」
甘える声で楽しげに質問した四季に、不気味な声を発する泥入道。雷光を受け、表皮が七色に艶めく。
ビル三階ほどの大きさのミミズである。
まんまのミミズではあるが、大木を思わす胴回り、大蛇と見紛うほどの巨大なミミズであった。
「う〜ん。君が言うように、僕の監視下に置いて育てるのもアリなんだけどぉ。……お魚ってさ、養殖より天然の方が美味しいでしょう。身が引き締まって、プリップリでさ。そんな感じかな ♪ 変、かなぁ?」
可愛いく唇を窄め、顎に人差し指を着けるあざといポーズの四季に巨大ミミズは。
「マァ、マァァァァァァ」
的確なアドバイスを送ったらしい。
「そうそう、そう言うこと。ふふっ、やっぱり君とは気が合いますねぇ ♪ だから僕は君が大好きなのさ」
「──マアアアア」
照れてる風の巨大ミミズ。怪物と普通に会話をする陰陽師は、愛くるしい顔を満開にした。嵐の中【怪物に乗っている少年』こそ、変と言うより奇異としか言いようがない。
「あれっ、泥入道、あっち向いてくれる」
タンタンと足を鳴らして、南西に指差す四季に泥入道も応える。
「ありゃりゃぁ、これで僕達の出番はなくなりましたねぇ。えーと、ゴメンね泥入道」
「マウァァァ──」
南西を見つめた四季は飄々と語る。巨大ミミズは、弓なりに上げていた尻尾をビビビッと痺れさせ、次には元気なく下げてしまった。あきらかに落ち込んでいるようだった。
「ふふっ、撤収、撤収 ♪ さぁ、帰って森山村名物、『塩温泉』でも入って温まろう。効能は肌にいいらしいからね。あっ、でも、泥入道、君は入れ無いからねっ。塩温泉だから君、死んじゃうから」
「マアアアアァァァ!」
明るい四季の説明に、とうとう尻尾をベタンッと、勢いよく地に落としてしまった泥入道は、本格的に落ち込んでるようだった。
ふふっと頬を緩める陰陽師は、未だ四つ這いのモンジに視線を向け、そのエメラルドグリーンの瞳を細める。そして。
「僕はいつでも君を見ているよ。なにせ君は『賢者の石』になりうる唯一の器だからね。僕は君に、多大な期待を背負わせるつもりだよ。僕だけのね ♪ 」
強風吹き荒れる中、少年へと投げられた声は嵐にかき消され、霧散、消滅してしまう。しかし、怖気を纏ったその熱い眼差しだけは、いつまでも少年を捕らえて、離さなかった。
♢♢♢
巨木が轟音を轟かせ、地面に倒れる。
咄嗟の判断で宙に踊らせた体を前転させて、受け身を取るモンジ。最終、四つん這いの状態となった。
奴はまだ来ない。巨木を脇に、一時の休息がモンジに訪れた。
うねる風。雷鳴鳴り止まず、重い雨粒が容赦なく少年の体を打ちつける。
「(あと、どんぐらい時間が残っている?)」
「【……もう、既に、無い】」
万策尽きるか……。あー、そっか、時間が無いからコイツ、わざと奴から距離を取ったのか。逃げる最後のチャンスってやつか。ハハ、なんだかんだで、いい奴だなコイツ。モンジは苦笑いを浮かべていた。
失落する思いで、頭を落とす少年。
落ちた先で、小さな白い花が目に付いた。
雨粒を全身に受けながら、それでも尚、力強く天を仰ぐその小さな可憐な花に、何故か心を奪われた。
──イエ。可憐な白い花に、彼女の面影を重ねていた。
「(なぁ、延長って出来ねぇか……)」
濡れた前髪で瞳を隠して、モンジが懇願する。
「【……死ぬぞ】」
……だろうな。
ぐっと、唇を噛み締めるモンジ。
依代。この体は『紋次』の体だ。多分だが、紋次が死んだら俺も死ぬ。『紋次』も俺達は『一心同体』だって言ってたし。言わずもがなで、そう言うことなんだろう。俺だけ都合よく元の世界に戻れるなんて、夢物語にも程があるだろ。
ゴメンな紋次、この償いは必ず来世で果たす。だから今だけは、こんな俺に付き合ってくれ。
そして、モンジは鎮痛な面持ちで声を絞り出した。
「(あぁ、かまわねぇ。……出来るか?)」
悲哀を塗り固めたようなモンジの表情に、片岡も応じる。
「【……ああ。……承知し──】」
“ ── ッだめえ!! ”
『紋次』の叫び声と同時にパンッと、体から何かが弾き出されたッ!
間をおかず、例の如くに力の反動、蓄積されたダメージと疲労感が容赦なく俺を襲う。
ガアァアッ! 全部痛えぇ! 体が震える、内臓がひっくり返るッ! 頭がッ、心臓がッ、破裂しそうだ。くっそっ、洒落になんねぇッ。泣きそう。
悶え苦しむ。拳を握り締め、蹲り、モンジはこれを必死に耐えていた。
「グボォッ!」堪らず、泥の上に吐瀉物を撒き散らす。
「ぁあ"っ! なに勝手に死に体なんだっ、テメェ!」
森から嫌な声が聞こえてきた。倒れた大木を踏みしだいて、赤毛は悠々と広場へ姿を現す。片手には、首のもがれた蛇をぶらぶらと、ぶら下げて。
ニカッと笑い、もいだ蛇の首、切り口からチュウチュウと生き血を吸って、ポイッとゴミのように捨て去る。
エネルギーチャージ!?
まだまだ収まりそうに無い赤毛のヤル気に、組んだ腕の隙間から覗き見たモンジは、目を見開く。
終わりの見えない激戦と、苦戦確定の自らの現状に戦慄して彼は、その瞳を震わせた。
嵐。
暴風が渦を巻く。
横殴りの雨が奴の体と、弱り切った俺を打ち据える。
強風に煽られ勢いを増す炎のように、奴の紅い髪が逆巻き、天を貫いている。紅い、血を燃やしたようなその目で俺を、射刺してくる。
奴自身が、その姿がまるで。
決して消えない断罪の炎、その炎から溢れ落ちた炎の化身に、俺には見えた。
瞳に恐怖が宿る。歯の根がカチカチと鳴る。
骨が軋み、関節はガタガタ、一ミリだってこの体は動いちゃくれない。
体はボロボロ、勝てる気が全くしない。それでも。
無理で無謀なのは百も承知している。それでも。
ビビリまくって心まで萎縮しちまってる。肝っ玉も金玉もどっかに落っことしちまったみたいだった。
それでもッ!
モンジは眦を吊り上げ、奴を睨んだ。なけ無しの覇気を纏って威嚇していた。
俺はコイツに負け無い武器を一つだけ持っている。
彼女への想いだけは、他の誰にも負けないッ。
俺が彼女を守るって、誓ったんだッ!
血の滴る胸の内に、少年は火を灯す。
彼女への想いが、体の内側から焦がす焔に変える。
火を吐き出しすほどの勢いでモンジは、叫んでいた。
「テメェにだけは、絶対ぇ負けねえーッ!」
勝機なんて一つも見当たらない。それでも猛る衝動をモンジは、奴にぶつけていた。ことさら救えない性分の少年は、その瞳の中に信念という名の炎を燃やしながら。
ありがとうございました。




