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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
51/122

届かぬ領域

 よろしくお願いします。


 清光らの、強引な『モンジ姉弟誘拐事件』の二時間前に遡る。


 襲撃に備え、特別警戒中の森山村入り口前。

 夜半過ぎ、仮設門の前では村の若い二人組が門衛を任されていた。

 彼等は簡易的な椅子にだらしなくもたれ掛け、気持ち良さげにうつらうつらと舟を漕いでいる。


 とってもお疲れのご様子であった。

 若い二人のみならず、村の住民はすべからず昼は村の復興作業に追われ、夜は持ち回りなれど村の警戒、警護と、なにかと忙しい毎日を送っていた。

 

 よだれを垂らし、イビキまでかく彼等は、警護とは名ばかりの惰眠を貪っていた。


 当然である。重労働と連日に続く尋常ならざる緊張状態に、ほぼ全ての村民達はかなり疲弊しきっていた。


 ── 全ては、林下砦にいる奴等の所為で。


 篝火に照らされ、こくっ、こくっと、首を上下させている若い二人組。


 そんなおり、右側の若者がパチリと目を覚ました。

 垂れていたよだれを無造作に袖で拭い、ぼぅーと足元を眺めている。


「んんっ?」


 異変に気づいて彼は、おもむろに首をもたげた。


「ん〜〜?」


 視界には暗い森が映る、その手前には道と。

 村の入り口前には見慣れた街道が延びていた。

 村の住人にとっては、町まで行商や買い出しに行く際によく使う、言わば勝手知ったる街道である。


 訝しむ彼は、街道の奥から音のようなものが聴こえた気がした。


「んんん〜〜!?」


「……──ン!」


 て、何か聞こえたッ、こ、これはっ──。



「── って、敵襲?」


 声を張り上げ慌てて動きだす若者。

「あっ!」しかし気が動転、椅子から転げ落ちそうになるも、ぐっとこれに堪えた。


 おののく彼は生唾を呑んで一旦静止。

 聞き間違いかもと、冷静さを装い暗闇へと目を光らせる。


 視線の先にあるのは、木々の枝葉が包み込み、月明かりも届かぬ黒い街道。

 ポッカリと大口を開けた、ただ暗いだけの天然トンネルの、はずだった。


 耳を側立てる彼。


「ヒヒ──ンッ!」


 やっぱりッ。

 馬の(いなな)きが暗闇を貫き耳朶を打つ。


「は、早くっ、みんなに知らせなきゃっ!」


『ッパカ、ッパカ、ッパカ……ッヒーン、ヒヒーンッ! パカッ、パカッ、パカッ……』


 数頭、数十頭!?

 瞬く間に増えていく(ひづめ)の音、それと鳴き声。

 泡を食った若者は急いで立ち上がり、その拍子に椅子をガタッと倒してしまう。己自身も椅子に足を取られ、ひっくり返ってしまった。

 転げた体で指先と足先を駆使し、彼は地面を漕いて相方へと駆け寄っていく。


「居眠りこいてる場合じゃねえっ、おいっ、起きろッ! また奴等が来たぞっ!!」


 確信に似た思い込みで、未だ呑気に秒針を刻む相方を力一杯揺すった。


「おいっ、おいッ! 奴等が攻めて来たんだぞっ!!」


 起こそうとして、叫び声をあげた瞬間だった。

 暗がりから馬に跨る鎧武者が、矢のような勢いで飛び出して来た。

 間を置かず、次々と暗闇を裂いて姿を現す騎馬軍団。


「なっ、なっ、な──っ!」


 勢いよく街道を駆け抜ける騎馬軍団に、彼はその場でコテンッと腰を抜かしてしまった。


 眼前、一寸先を恐ろしい速さで通り過ぎていく騎馬隊。

 猛烈な勢いの荒くれ武者等は、そんな若者を歯牙にも掛けず走り去る。


 目を白黒させ言葉を無くしてしまった彼は、尻餅をついたまま硬直していた。

 一方、無理矢理起こされた相方は夢うつつで眠気まなこを晒す。目の前の事実をふわふわした眼差しで眺めていた。


「はあ──」


 溜息しか出ない、圧巻だった。


 長蛇の列。

 一目で精鋭と分かる、一糸乱れぬ隊列であった。

 濃緑一色の壮美な騎馬軍団に、若者の表情は疑心暗鬼から羨望の眼差しへと変化していた。


 蹄を鳴らし、砂利を斯き上げ、秩序のとれた隊列が彼等を素通りしていく。これはこれで、彼等にとっては報告事案であった。


 それもそのはず。

 見開いた双眸に騎旗が映る。

 よくよく見れば田之上の家紋が……騎馬武者の背中で、これ見よがしにはためいていた。


 ── 領主様の騎馬隊!?


「「こりゃあ、一大事だっ!」」


 若い二人は顔を青くさせるも、呆気に取られて動けない。

 予想外の援軍、領主様直下、最強騎馬軍団の登場に丘に上げられた魚同様、口をパクパクと開閉させるだけだった。


 愕然とする彼等に何者かが近寄ってくる。

 隊列から離れた一騎が減速しつつ彼等に迫ってきた。

 馬上より眼光鋭く見下ろしてくるのは、鎧を纏っていても判るほどの筋骨隆々の男だった。

 威圧感をともない騎馬武者は、開口一番にこう告げてきた。


「馬上にて御免! 森山村の門衛にござるなっ。村長、川辺元忠殿への伝令をお頼み申す。林下砦の攻略受令致し、領主、田之上厳元様率いる騎馬隊五百騎により討伐致し候。以上、言伝、宜しくお頼み申す! では、火急にて御免ッ」


 血気盛んな荒馬を御しながら、精悍かつ険しい顔つきの騎馬武者が早口でまくし立てる。

 彼は言い終わるとすぐさま反転、疾風のごとく隊列の中へと戻っていった。


 狭い街道を一例で駆け抜ける騎馬軍団。


 急な事に暫し呆然としていた若者二人。

 その前を、大層な兜飾り、一際豪華な甲冑姿、凛とした佇まいの騎馬武者が通り過ぎていった。


 紛れもない、常之領領主『田之上厳元様』そのお方である。


 手綱を握り厳元は、ひときわ渋い表情で先を急ぐ。

 ひとえに領主としての責務を果たす為、そして何より、父としての責任を果たす為と厳元は焦る気持ちを抑えて強く、手綱を握り締めていた。


♦︎


 村長宅。

 夜通し続く年寄り衆の会合に、元忠は出席していた。

 村の復興修繕計画、人員の配置、備蓄物資の分配、医療薬品などの慢性的な不足、等々、ざっと思考を巡らせるだけで際限なく出てくる難問に、年寄り衆を含め皆で頭を悩ませていた。


 と、そこに、扉を蹴破らんばかりの勢いで、転がり込んでくる若者二人組が目についた。


 何事かと、年寄り衆と元忠は両目をひん剥く。

 動揺丸出しで若者二人は、十人程いる村の重鎮等を一瞥。口から泡を吐き出しながら、今しがたの事態と伝令を矢継ぎ早に語った。


「なっ、なっ、なにっ!」


 座敷の中に驚声が響く。

 報告と同時に、間髪入れずにバンッと、豪快に長机を叩いたのは、村長の元忠だった。


 弾かれたように上半身を立ち上げ、信じられんといった表情を見せている。

 けれどそれも一瞬のことで、若者二人を怯えさせた凶暴な面構えをスゥと溶かし元忠は、間を置かず、ほのかにフフッと笑ってみせた。


 村長の和らいだ面差しに、途端に安堵する二人組。

 元忠は先程まで貼り付いていた、疲弊しきっていた顔色を、ゆくりなく明るいものへと変えていく。すっくと立ち上がり、一同をぐるっと見回した。


「……皆の衆、今しがたの此奴等の説明通り、賊の討伐、しいては綿姫様の救出に関して、この上ない吉報がもたらされた。これで村を襲う脅威も潰えたといって、過言ではなかろう。……皆の衆、良く耐え抜いた。大変ご苦労であった」


 村長の労いの言葉で、にわかに湧き出す若い二人と年寄り衆。

 領主、厳元様の迅速なる行動に満面の笑みを湛えた年寄り衆からは、絶え間ない賛辞があがる。もとより元忠も上機嫌で言葉を繋いだ。


「これで憂いも消え去り、もう恐れるものは何も無い。我々は心置きなく村の復興に全力を尽くそうぞ」


 座敷の空気が明るく弾ける。

 歓喜の火花に油を注ぐ村長の言葉は、戦勝ムードを更に加速させていった。重苦しかった会合の雰囲気もどこ吹く風で、騒がしい賑々(にぎにぎ)しい場所へと変わる。


 安寧に彩られた彼等の表情ではあるが、瞼の下に未だ残るクッキリとした隈そのものが、何より彼等の極度な疲労のあとを物語っていた。


 喜びに沸く会場。

 年寄り衆の面々から調子に乗って、酒だ、酒持って来いと、騒ぐ輩がいる中、元忠はついつい本音を漏らしていた。


「ふふっ、やりおるのぉ厳元様も。しかし、厳元様も領主である前に人の親であったという訳か、ふっ、行け好かんのぉ。……あとは繁忠、お前は必ず生きて戻って来いよ」


 慎重派で知られる厳元様の、異例とも呼べる迅速な対応に元忠は、覚えず口端を緩めていた。

 年々落魄(らくはく)する己の技量を呪いつつ、領主である御大(おんだい)の行動に羨望(せんぼう)を孕む言葉に皮肉を込めた。

 そして一緒に、普段は照れが邪魔して表に出せない本心。出来過ぎの息子に対して、親としての仁愛を呟いていた。



「ゴ、ゴゴゴゴゴ──────────」


 稲光が重い雲を伝う。

 月を隠した重厚な黒雲が森を覆い尽くしていた。


「ッシ!」


 襲い来る刃をものとせずにモンジは、柄を握り鯉口を切る。

 瞬間の軌跡、直線上に現れた黒い背中にその目を(すが)めた。少年と黒服の間に隔たりが消失した。


 ── ッ今しかない!


 迷いなど微塵も無かった。モンジは前を走る黒い背中に刀を、射出していた。


 超速の刃が直線に閃く。

 風を斬り裂くそれはまるで、銀の閃光、闇を突き破る銀の弾丸のよう。

 鞘より超速で射出された白刃が、奴との繋いだ線をなぞり飛翔、宵闇に光りの白線を描く。


「ッ死ねぇ!」


「── ッ!」


 瞬時に視線を剥がし、白線の結末を見届けること叶わずモンジは、頭上より迫る銀線に半ば強引に身を翻していた。



♢♢


「── しつこいガキだ!」


 飛び道具を無効にする為と、黒服は敢えて木々の合間を縫うよう、高速で駆け抜けていた。


 そこかしこに潜む野党の気配に、彼は覆面の下に笑みを浮かべている。

 森に潜む砦の残党。いい足止めに使えると瞬時に判断した黒服は、わざと奴等の近くを通り過ぎた。


 別に仲間でも何でも無い。いいように使わせて貰う。警戒させたこいつ等を、後から来るあのガキに宛てがう為だ。


 策が(はま)る。


 描いた通り残党共はあのガキを敵とみなし、襲い掛かっている。術中にまんまと嵌る少年に黒服は、鼻を鳴らし、その黒覆面の下に含み笑いを作った。


 上手く逃げ切れる筈、だった。


 不意に、怖気が襲う。背後からの威圧感に黒服はぞっと体を震わせた。そして。


「ットス」


 ──んっ!?


 腰を押された?


「──あっ!」


 にわかに信じられない光景に全身を青くさせた。視線を落とした先で、腹から刀が生えていたからだ。

 視認してから数瞬、いきなりの鋭い痛みが脳天を突き抜ける。


 腹から刀だとぉ!?


 遅れる思考。

 貫いている箇所、脇腹から猛烈な痛みが黒服を襲う。戦慄と懸念に時を奪われる中で彼は、少年の仕業だと本能で悟ってしまった。


「ックソ、ッガキ!」


 あり得ない。何故に、何を失敗した。常人なら私の動きを捉える事など、ありはしない。なら……あ、あのガキが常人では、無いっ。


 『森山村に手練れがいる』厳伍の残した言葉が脳裏をよぎる。あのガキがまさかっ……。いや、しかし、多分、そうなのだろう。


 憶測の域ではあるが、かの少年を『手練れ』であると結論づけた黒服は、無理矢理にも自らを納得させた。

 

「か、かはっ!」


 視界がブレる。足の力が抜けていく。肩に担いでいる娘が、異常に重たい。もう、倒れてしまいたいぐらいだ。


 刃の先から赤が滴る。

 溢れ落ちる血流が膝下にあるシダの葉に落ち、大きく揺らす。朦朧とする視界の中、いつしか黒服は痛みに耐えかね、その歩みすら止めてしまっていた。


 おもむろに膝から地に崩れ落ちた彼は、娘の体を取り落とす。力無く横たわる娘の体。背後では断末魔が重なり、敢えて見ずともその惨状には想像がつく。


 ──『モンジ』。驚愕で歪んだ顔で彼は、少年の名を深く心に刻んだ。


「【……ヌシには死んでもらう】」


 地の底、冥府より聞こえし声に心底震えた。


 音も消え、全てが静止したような寂然たる森の中で黒服は、黄泉へと(いざな)う異界の声に、目を剥き肝を凍らせる。


 自分に歩み寄る少年の気配に寒気立ち、身の毛がよだつ。肌を突き刺す圧迫感に、開ききった瞳孔を硬化させる。


 絶望以外の選択肢は無いと、私は終わりだと、背後の少年に強要される。


 武人の矜持。

 せめて、己を屠る相手を一目だけでもと。

 彼は油の切れた木偶人形のようにギギギと、首と眼球を後ろに回した。

 ぎこちなく振り返った黒服が見た光景、視界に映した光景に、開ききった瞳孔が揺らいだ。


「待たせたな」

「ッピギャギャーッ、ドォオオオオオオオオオオンッ!」


 この声に呼応するかのように落雷が木を貫き、燃え盛る。そびえる杉を真っ二つに断裂させ、稲妻が落ちた。大気に伝播した振動が、容赦なく彼の内臓を震わせた。


 稲光り閃光は、愉悦、憎悪、歓喜と、三者三様の表情を照らし出し、森を震撼させていた。


 歓喜に彩られた黒服。

 落雷が落ちる直前黒服がみたものとは──悪鬼の形相を成す少年、その後ろに──背後にいた人物の顔、己の主の姿を映したからだ。


「待たせた」

「と、殿っ!」

「【──】」


 雷光に怪しい笑みを浮かべる獅子面。

 若干、煤けた相貌、ギラつく紅目。

 眼光より揺らめく赤光の残線を描き、赤毛はモンジの背後から剛腕を振るった。


 瞠目する黒服の眼前で、悪鬼の形相を崩さぬまま瞬時に義手を持ち上げる少年。


「ッパァアン!」


 爆砕するッ!

 振り抜かれた赤毛の一撃。それを受けた少年の義手が、破裂した。


 鉄片、木片を宙に飛び散らせ義手は弾け飛んだ。しかし既に少年の姿はそこには無いッ。


「しゃらくせぇッ!」


 すぐ隣りで聞こえた御殿の声に、息を呑むのも忘れ黒服は視線を滑らす。


 黒服が視線を向けた先。

 まさに横たわる娘を拾いあげようとする少年に、獅子が矢のような蹴りを喰らわす瞬間であった。


 目も反応も振り切られた!?


 ぐっと、奥歯を噛みしめる黒服。暗然たる思いにさせられるには、十分過ぎる理由であった。


 世界がまるで違うと。


 この二人は次元が違うと、自分はまだその域には達していないのだと黒服は、漫然たるやるせなさに貶められていた。


「おいっ、背骨! さっさと血止めして娘ぇ連れて、テメェは戻ってろ!」


 不意に投げられた主の下知。

 蹴りで少年を飛ばした御殿は、自らが時間を稼ぐと仰っる。いいのかこれで。

「しかし、殿っ……」


「はんっ! テメェはワシが見込んだ男だ。こんなとこで、おっ死んじゃっちゃあ困っからな。はっははん!」


 まだまだ働いてもらうと豪快に笑い殿は、懐から掌ほどの薬箱を私ごときに渡してきた。寛大なる殿に報いねばならん。この身を賭しても。但し、今ではないッ!


「我は志大才疎(しだいさいそ)、この場には見合わんようです」


「はんっ! ほざけっ!」


 意気消沈し、深々と頭を垂れる背骨の戯言に短く否定で返す赤毛は不敵に笑う。


 はんっと、嘆息を切って地を蹴り、赤毛は少年へと迫る。黒服が届かぬ領域の決戦が始まる。


 もっと精進せねばならん。いづれ訪れる殿の、遥かなる野望の為にも。背骨は改めて自らに、御殿への忠誠と誓いを立てた。


 いづれくる、いちなる世界の為に。


♢♢♢


 くっそっ! あと少しで届かんかった。指先でも引っ掛かりさえすればっ。くっそぉ!


 奴等の隙を突いて、イエを連れ去ろうと速攻を賭けたモンジではあったが、彼女に手が届く寸前に邪魔をされた。

 無防備を晒した体に渾身の蹴りもらい、豪快に弾かれ、下草を薙ぎ倒しながら十メートルはあろう距離をゴロゴロと転がった。

 果ては木に激突、左肩口をしこたま強打しうずくまっていた。


「ぐ、っぐぐ……」


 強打した肩より腹のほうがダメージがデカい。

 脇腹を押さえて荒い息のモンジは、鼻と眉間に盛大に皺を寄せ苦痛に耐えている。


「(おいっ! だ、大丈夫なのか!?)」


「【……無、問題】」


 問題大ありのコイツの態度に戸惑う。

 今はコイツに頼るしか無いと、半ば縋るような思いでモンジは、一切の懸念を呑み込んだ。


「(イエだっ、イエ姉だけでいいんだ。頼むっ!)」

「【……承知】」


 視界の奥。赤毛が静かに迫りくる。既に戦闘態勢、黒服は自らの治療を始めている。


 まだ間に合うか。

 いや、まて、見覚えがある。

 アイツが使っているあの薬は確か……。麻酔薬!? そうだ、この世界には痛みをゼロにするとんでもねぇ薬があるんだ。俺も散々世話になったやつだ。

 このままじゃあ黒服はすぐに復活して、またイエ姉を連れ去っちまう。くっそ、どうする。どうすりゃいいっ。


 悲壮感を漂わせ、砲身のみを残した左手を見つめるモンジ。彼が考察している間も刻々と事態は動く。

 モンジの意志とは関係なく、コイツの意志で少年の顔が動く。

 コイツはギュッと瞼を閉じて数秒、押し黙る。次に瞼を上げた時には、少年の瞳に覇気が灯っていた。


「【……押し通すのみ。……さき、様を救う】」

「(──さき様!?)」


 押し出されるように、モンジは飛び出していた。

 クッソ、コンニャろう。相変わらずガン無視かよ。まぁ、いい。もう慣れっこだ。


 雷鳴が鳴く。

 ボツボツと顔面を叩いていた雨垂れは、気付けば本降りとなっていた。全身を容赦なく打ちつけてくる雨粒。


「【── ッシ!】」


 大地を蹴りつけるモンジ。

 一触即発であった。まるで放たれた矢のように少年は、彼我の開きを平明に喰らう。


 視界はイエしか映さない。彼女さえ救えれたら何も要らない──たとえこの命と引き換えでもッ。


 腹に据えるは鋭い刃。

 強い信念を抱えてモンジは、孤独に疾走していた。

 当然の如くに赤毛が出しゃばる、行く手を阻む。あぁ、分かりきったことだ、無問題。


 秒速で赤毛が急接近。

 奴の獅子面がハッキリと見える。

 愉悦に染まる笑み、鮮血色の眼球を爛々と輝かせている。


「【── ッ!】」


 モンジはその身を更に低くし、両足に膂力を注いだ。


「はっはああっ! 小猿、ワシを存分に愉しませろやっ!」


「【───】」


 目前、赤毛が吠える。間髪入れずにモンジと赤毛は接触──そして爆発した。


 ありがとうございました。

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