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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
50/122

誰が為に

 よろしくお願いします。


 この世界は優しくない。

 前の世界も大して変わらんが、この世界の方がもうちょい厳しい感じがする。ただ生きているだけなのに、辛い事の連続だし。


 陽気で能天気な奴も確かにいるがそれは少数で、大概はネガティブな奴だらけで、勿論俺を含めてなんだけど。

 

 人なんて所詮、傲慢で強欲で自己保身ばかりのクソしかいない。ルサンチマンだらけだ。

 老若男女関係ない。年を取ったからって、仙人みたいな悟りを開くって訳じゃない。

 家族が死んで、ジジイどもに散々振り回されたからな俺は、だから悟った。


 いや、思い知らされた。あの時に思い知らされたんだ。


 ──誰も赤の他人を助けないって。


 


 ……だけど。


 だけど優作みたいに、希に他人に対して手を差し伸べてくれる、奇特な奴もいた訳で。

 たったひとりの存在だったけど、それでも俺はその変人に救われたのは事実で。

 ともすれば、あのとき頻繁に見ていたイエ姉の夢も……いや、あれは夢じゃないのか。

 とにかく、イエ姉にも救われていたんだ。忘れかけていた温もりや優しくさ、人間味みたいなもんを彼女は俺に示してくれた。だから、彼女は俺の全部なんだと思う。


 唯一の楽しみは、彼女との平凡な日常だったから。

 

 優作やイエ姉の存在があったからこそ俺は、世の中も捨てたモンじゃないなって思えて。

 だからこそ、生きてやるって、前向きになれたんだと思う。

 

 俺は彼等の想いを裏切りたくはない。俺が俺の想いを裏切りたくはない。だからッ。


 拳をギュッと握り締める。

 臆病風に吹かれる自分を思いっきりぶん殴った。眦を吊り上げモンジは、地面を蹴りつけていた。


 ──今度は俺が返す番だろっ!


 踏み込んだ足に力を込める。当然、足先は決まっていた。

 俺は脇差に手を置いて、威嚇がてらに絹さんの前に立ち塞がる。てめぇなんかにこれ以上、彼女の体には指一本触れさせねぇ、と気迫を放つ。


 無感情な眼差し。

 俺を見下す冷めた赤い眼光と視線が交わる。

 無益、無力、無害、まるで植物や小虫でも見るような目付きで俺を見てくる。


 そうだろうな。

 もし俺が蟻だとしたら、こいつはキングギ〇ラ並みに強ぇって事、なんだろうな。そんぐらいの力量差があるって意味で。

 どう頑張っても、敵う相手じゃないのは承知の上だ。それにアイツを呼ぼうにも、簡単に阻止されちまう。

 

 なら、やる事はひとつしかねぇだろっ!

 なけ無しの知恵と勇気を振り絞って、俺が、俺のまんまで、持ってるモン全て駆使して、コイツを殺るしかねぇだろうがよッ!


「はっはあーっ、小猿。一丁前に男を見せつけてくれんじゃねぇか。なあっ! して、ネズミにも劣るテメエが、ワシを止めるってか? ああん、くだらねー。余興にもならんなっ、はっは、はんっ!」


 悠然とした足取りで近寄る奴は、当然の如く俺を小馬鹿にしている。

 奴との距離は十メートル。とはいってもこんな距離じゃあ、奴にとっては瞬きする間に詰めれる距離なんだろうな。


 どうする。小細工なんか通じんだろうし──だったら、自決覚悟でやるしかねぇ!


 不思議と覚悟が決まった所為で、意外と冷静でいられる。

 それでも鋭い眼差しで射竦められ、気持ちとは裏腹に膝がガタガタと震えるのは、ご愛嬌という事で。

 根っからのビビリと自認する俺は、いまだ救えない性分なのは変わらない。


 ── Go for broke, あとは、あたって砕けろだッ。


「ぐ、くっ、モンジ。あ、あんたは逃げなさい」


 ──絹さんっ!


 脇差を握り締めたタイミングだった。

 背中越しに絹さんが、苦しそうに語りかけてきた。その喘ぐような声音に俺は、奴に視線を縫い付けたまま眉をひそめた。


「あんたも攫う対象だって知ってんのっ。アイツが言ってたじゃない。だからっ、モンジ、あんたは逃げなさいっ!」


「……」


 ……普通に無視する。


「なっ、な、モンジのくせにっ! 無視すんなっ、馬鹿っ!」


「……」


 ……余裕で無視する。


「聞いてんのっ! ぐうぅぅ。このバカっ、アホ、マヌケ、トンチンカン、アンポンタン……」


 顔、真っ赤の絹さん。

 罵詈雑言を吐きながら彼女は、持っている弓で思いっきりバシバシと、俺のケツを叩いてくる。

 辛そうではあるが、意外にも元気そうで良かった、けども。


 絹さん、マジで痛いっス。

 パンツ履いてないんで、生ケツに竹弓は洒落にならないっス。痛すぎるっス。


 ちょっと涙目になりながら俺は、根っからの天邪鬼でもある俺は、絹さんに振り返り、ドヤ顔でこう言ってやった。


「い・や・だっ!」


 ってね。

 キーって、なりながら目を吊り上げる彼女は、更に強い力でバシバシと叩いてくる。

 痛い、痛い。マジで、マジで痛いっス、冗談抜きでッ。……だけど、そんなことで俺は曲げない、曲げたく無い。


 当然すぎる。


 当たり前だぜ、考える余地もねぇ。


 誰が為に絹さんは土を舐めてる?


 誰が為に繁忠は顔を斬り裂かれた?


 誰が為に土門さんは血を吐いてる?


 誰が為に、誰が為にっ、誰が為にッ!


 誰が為にって、俺達、姉弟の為だろうがッ!


 だから俺は曲げないし一歩も引かない、引きたくないッ。


 絹さんからの激しさを増す痛撃に耐えながら、俺は脳天をチリチリと刺激される感覚を覚えていた。


 明らかに前とは違う。

 以前とは比べ物にならないくらいの繋がりを感じていた。同時にわずかな勝機を見出す。


 もしかしたら、向こうの世界と繋がったままなのか? だったら話しは速いッ。



「ピッ、ギャギャギャ───ッ! ゴロゴロゴロ……」


 夜空に雷鳴が轟く。

 大気を震わす絶叫が自生する草花を揺らす。

 辺りがいっそう暗さを増した気がした。いつのまにか雷雲は、俺達の頭上を覆っていたんだ。


 赤毛ッ。

 眼前の派手な衣装が癪に触った。

 幾度と無く稲光りが重なり、雷音を撒き散らす。

 閃光を背に受け、よりいっそう奴の姿が不気味さを増していく。


 しかも腹立つことにこいつ、笑っていやがる。


「お館様、そろそろお戻りにならねば……」


 黒い影の進言。

 先行していた筈の黒服が戻っていた。なかなか戻らぬ主を心配しての行動だろうか。


「チッ、先に行っとけっつっただろうがっ!」


「はっ、ご容赦を、お叱りは後ほど……。ご覧の通り、天候も下り気味故。お館様、早々に急ぎましょう」


「あー、しゃあないのぉ。おいっ、小猿。テメェには───」

「もうっ、もう! にげっ、もう、もう、にげ、もうっ、にげっ、もう、もう……っ!!」


 イエッ!? イエ姉っ!


 黒服に担がれたままのイエ姉。

 この時ばかりはと、手足をあらん限りにバタつかせ、暴れ始める。

 急に暴れ出した娘を懸命に抑えつける黒服も、ヒステリックに騒ぐ小娘ひとりに戸惑いを隠しきれない。


 イエッ! イエッ!


 動くに動けない。絹さんを無防備に出来るワケがない。考えろ、とにかく考えるんだ。

 赤毛は見ちゃいられ無いとばかりに、額に手を起き、数瞬の迷いを見せて決断する。嘆息気味に命じた。


「やれ!」


「──なっ!」


 表情を固めるモンジ。

 声を荒げて暴れるイエに、無造作に手刀を掲げる黒服。イエには聞こえて無い、だから気付けない。


「やめろっ!」


 全身が凍りつく。

 襲われそうな彼女を目にして、この時ばかりは体から吹き出る嫌な汗を感じた。


「やめてくれっ!!」


 俺は叫ぶ。

 一歩踏み出そうにも、あたらガッチガチに硬直するその肉体が、意に反する。


「── トンッ、あっ、うぅ」


 無情にも振り下ろされた黒服の手刀に、彼女は全身を脱力させ、動かなくなった。黒服の肩で、手足をだらりと垂らすイエ。


 一瞬だった。


 一瞬で、度し難い怒りが頂点を超えていた。

 スッとアイツが落ちてきて── 身も心も同化したッ。


「【殺すッ!】」

「(殺すっ!)」


 瞬時に凶暴を纏ったモンジは、荒れ野を蹴りつけ、爆ぜていた。


 縮地。

 速さだけを極めた走法を駆使する。

 視界を埋め尽くすのは『イエ』ただひとりのみ。すべからくモンジは、最速で黒服に迫った。


 脳が沸く。思考が真っ赤に染まりきり、感情のほとんどを消し去っていた──殺意だけを残して。


「───────ッッ!!」


 強風が吹き荒れる。

 モンジの吠声が向かい風を切り裂く。


 癖っ毛、男子然とした髪型がうしろに全部流される。燃え盛る砦の炎が少年の横顔、その剥き出しの獣性を焼いていた。


 少年は醜悪な形相を作り黒服に迫る。

 張り付く前髪から覗くのは、憎悪を燃やした廃色の瞳だった。


「いかせねぇっつっただろうがっ」


 いち早く反応したのは赤毛だった。

 気怠げな声を置き去りに赤毛も爆ぜる。

 湿った強風を突き抜け、瞬足でモンジに喰らいつく。


 切迫する間合い。奴は膨れ上がる剛腕を、背中で搾りきっていた。


 赤毛は尚も笑っていた。


 視界の隅に奴が映る。

 強風に煽られる炎ように、奴の逆巻く赤髪は大きく揺らぎ、猛り出す。

 横並びのモンジに、獰猛な笑みとともに狂喜に孕んだ紅い眼光を向けていた。


 赤毛は膨れた腕に膂力を溜めて、一気に爆破させた。


 振り抜かれた拳の砲弾。

 刹那に早く、獅子の顔面にモンジの義手が向けられていた。

 反射的に動きを止めた奴の誤算に──あからさまに俺は、隙を突くッ。


「ああ"っ」


 赤毛の溢した声が引き金となる。


「パァ、アアァァァァァァァァァ───────ンッ!!」


 突如、白い閃光が弾けた。

 眩い白光が赤毛の視界を塗り潰す。

 目を焼く光度が、驚愕に彩られた奴の顔面を覆っていた。

 眩しすぎるその光りは、有無も言わさず二人の体を飲み込んでいった。


 ── いよっし! 


 ハト爺の粋な計らい、閃光弾なみの空砲である。

 図らずもビビリ故の備えでモンジは、砦から脱出直後に万が一を想定して次弾を装填していた。これが功を奏した結果だった。


「んなっ!?」


 光りが消え去る。

 顔から煙を噴いて奴は急制動。たたらを踏んで止まり、両手で顔面を覆う。してやったりだ。


 俺は地を踏みつけ、足先を返し、立ち尽くす黒服に狙いを定めた。


 ──お前だけは絶対ぇ、許さねぇ。


「モンジさんっ!」


 勢いに拍車をかけたその時、少女の声が耳を刺した。な、なっ、モモッ。


 彼女の悲痛な叫びが足枷となる。踏み切る俺の足を十分過ぎるほど鈍らせた。


 片膝を地に落とし蹲る赤毛。

 眼下に奴を残して振り返ると、絹さんに寄り添うモモの姿が視界に入ってくる。


「(頼むっ、代わってくれ!)」


「【……フンッ】」


 しだいに足も止まる。

 グッと、地面を踏み締めコイツは瞼を閉じた。

 寸秒だけ固まり、次に瞼を開けた時には目の色が変わっていた。

 灰色から緑へと、コイツから俺に、体の主導権を譲ってもらう。

 

「もも、ごめん、約束守れんかった」


 砦でモモと交わした約束だったから。コイツを呼び込んじまったから。だから、謝りたかったんだ。


「っモンジさん!」


 困惑した彼女の顔に更なる罪悪感を覚えた。

 悲しそうな少女の瞳に、今にも押し潰されそうになる。

 モモに心配かけちまった。しかも、不義理にもこの場を放ったらかして、イエ姉を追いかけようとしている。


 ごめんモモ。……でも、分かってくれ。


 考えたんだ。足りない頭で、俺なりに。

 奴等の狙いは俺達姉弟だ、だから俺達がみんなから離れれば全てが丸く収まるって。そう、俺なりに答えをだしたんだ。


 みんな、ありがとう。あと、本当にすいません。


 心の中で最大級の土下座をしつつ俺は、少女への憂いを断ち切った。必ず報いは受けると誓いを立てて。


 モモから無理矢理、視線を切るモンジ。

 スゥーと、大きく息を吐き、自らに己が意識を落とし込む。


 察してくれたコイツにも、お礼をしなきゃだな。モモの声に足を止めてくれたし。


「わりぃな。体、譲ってくれて」


「【……フッ、元々ヌシのだろ】」


 はは、可愛くない奴。

 ……俺の、か、こう言っちゃあなんだが、そもそも俺の体でも無いんだよな。


 俺も借り暮らしのありえんティだし。

 説明メンドイからしないけど。でも、コイツと多少の軽口が言い合えて、ちょっと嬉しいかも……。


「【……?】」


 苦笑いのモンジに、多分だがコイツはキョトンとしてる。


「何でもない。お前はスゲーなって、思っただけ」


 気恥ずかしさから、茶を濁す。


「あとは、任せてもいいかな。俺じゃあ彼女を救えない。悪い、頼んでもいいか?」


「【……任せろ】」


 情け無いにもほどがある。

 悲しいかな自分自身、実力皆無なのは承知済みだから。

 一縷の望みを懸けて、コイツに身を委ねるしかないのだから。コイツならと、現状打破が出来ると踏んで。


 手も足も要らない、足りないなら命もくれてやる。だから頼む、彼女を救ってくれッ。俺は本心からそう願った。


「【……承知】」


 モンジの願い受けて、緑色の瞳が瞬く間に灰色に変わる。


「背骨ッ! テメェは娘ぇ、連れて先いけッ!」


 なりふり構わず赤毛が叫ぶ。

 両手で顔を覆いながら奴は、モンジの異変に気づいていた。

 異常なまでに膨れたモンジの殺気に、赤毛は己が恐々としたことに、目を剥き仰天していた。


 ゆっくりと顔面から両手を剥がす赤毛。

 焦がした眉と前髪がちぢれている。僅かにも畏れを抱かせた少年に、牙を剥き出し苛烈に笑ってみせた。


「相手してやる、いつでもきやがれ」


 このガキはワシの獲物だと言わんばかりに。


「【……】」


 少年は戸惑う。

 赤毛と数秒間、視線を絡ませ断ち切る。

 少年が視線を流した先には、今しがた逃げ出した黒い背中が映り込む。


 もう一度、赤毛に視線を戻したモンジは声を漏らす。


「【……御免】」


 それだけ残して駆け出して行った。


「ぁああ"っ! 何言ってんだあの小猿ッ、舐めてんのかぁ、ああ"っ!!」


 激高する赤毛。

 彼の存在を歯牙にもかけず走り出した少年に、怒り心頭で猛追する。


 ── そうだっ、ついて来いッ!


 我が意を得たり。

 少年の狙いは、赤毛を絹さん達から引き離すことだった。モンジの狙い通り、散々怒気を撒き散らして赤毛は少年の後を追う。



 湿った強風、ひっきりなしに雷鳴が轟く、嵐の前兆である。

 取り残されたモモは、少年の身を案じることしか出来ない自分に、歯痒さを感じてしまう。


 それもそのはず。モモ自身が自らを、足手まといと自認したから。


 地にひれ伏す絹の傍に、少女は静かに膝を落とす。

 奮戦の証でもある汚れきった巫女装束の彼女に、そっと手を添える。


 いま自分が出来ることをする。

 やるべきことは綿姫様を救ってくれた恩人達に報いる事だと悟って。

 誤魔化すよう自らに言い聞かせて、モモは彼女等への献身を尽くした。


「モンジさん」


 懸命に手当に勤しむも、一方的な彼への想い、初めての異性の友人『モンジ』への想いは止めどなく溢れてくる。


 彼を失いたくない。


 少女の切なる思い。

 彼女は何かに耐えるように、薄い眉をひそめた。

 辛そうにしている彼女の手に、優しい温もりが重なる。小さなモモの手を、大人びた細い指が包み込んでいた。


「大丈夫、大丈夫よ。あー見えてあいつ、やる時はやるヤツなんだから。心配は要らないわ」


 美人の巫女さんがモモを励ましてるっ? 顔に出てたっ? バレバレだったっ!?


 発火しそうなモモの顔色に、痛む腹部を押さえて絹は頬を緩ませる。


「かっ、勘違いされたら困りますから先に言っときますけど、あくまでモモは友人の一人としてモンジさんを心配しているのであって、決してそれ以上の事は何もないですからっ。モモとモンジさんの間に如何わしい事なんて、あるはずないんですからねっ」


 わちゃわちゃと両手をチグハグに振り回しているモモ。

 更に耳まで真っ赤にする少女を前に絹は、悪戯っ子みたいな笑みを浮かべる。


「たくっ! 馬鹿のくせに、こんな可愛い子を引っかけるなんて、まったくっ! あのモンキチ、ほんっと、隅に置けないわね」


 破顔全開で絹は、イジリたくなる可愛い反応の少女に、ついつい悪ノリをしてしまう。


「やっ、やっ、だからそう言うんじゃなくてっ。ほらっ、つまりは、モンジさんとは共存、共鳴、生死を分かち合った仲と言いますか。共存、共鳴、分かち合った。あれ、これも誤解される言い方ですか? あー、もー、どうしよう」


 大きな瞳をまん丸にして弁明を重ねるモモに、悪戯っ子を通り越してガキ大将みたいな顔で絹は、笑みを咲かせていた。


「ありがとう……ももさん? だったわね。わたしは平気だから、先に繁忠を───」

「絹、無事か?」


 絹の声を遮り武骨な声が被る──繁忠っ、生きていた!

 死相を浮き彫りに倒れた繁忠。

 幼馴染でもある彼を案じたその矢先に、その本人からの声で絹は、仰天したまま上半身を勢いよく起こす。


「いたたっ、あ、あんた平気なのっ!?」


「ああ、なんとかな。しっかしお互い、派手にやられたもんだな。ハハハッ」


「ハハハって……。痛くないの? 大丈夫なの?」


「あぁ、痛くは、無い、かもしれん。我慢出来なくも、無くは無い。まぁ、なんだ、傷なんて男の勲章みたいなモンだしなっ。ハハッ、ハウッ!」


「……」


 ただの痩せ我慢である。

 珍妙な男の矜持みたいなもの言われ、絹は呆れ顔を返す。

 痛くない、痛くないと、念仏のように唱える繁忠の奥に、熊が倒れている。


 気絶しているみたいだが、胸のあたりが上下しているさまに絹は、眉を下げ、鼻息をひとつ鳴らす。安心したんだ。

 モンジ同様、素直では無い彼女は、これで本当の意味での安堵を覚えた。


 

 風が前髪を持ち上げた。

 湿り気を帯びた南風が勢いを増している。突然吹いた突風に後ろに束ねた髪を攫われる美少女二人は、髪を押さえ、しめし合わせたように目を細めた。


 途切れた会話に、体の熱を冷ますよう風に身をまかせるモモは、少年の残り香を探していた。

 ひっくり返った短い前髪が、つるりとした形のいい額を晒し、眉間にうっすらと刻んだ皺を強調させた。

 憂いを含んだモモの瞳は、闇に溶けてしまった少年の影をいつまで追っていた。



 無力感に苛まれる。

 誤魔化すよう敢えて軽口を叩いていた絹も、切れた会話で隠した本音が、微かに漏れ出して来ていた。


 わたしは何もしてやれなかった。


 未練がましい無念が彼女を内側から削いでいく。正直、繁忠が倒れた時点で心はポッキリと折れていた。無理だと諦めてしまったんだ。


 わたしは、なにもできない。


 繁忠を救おうと放ったけど。

 簡単に矢は躱されて助けにいく事すら出来なかった。

 この体たらくを惨めに受け入れる事しか、私には出来ない。


 もう、泣きたいのか、怒りたいのか、それすら分からなかった。


 秘めたる感情が絞り出されるように漏れ出してくる。


 ──モンジ、お願い。イエ姉を助けて。


 心からの懇願。初めてみせる彼女の弱さ。

 絹は緑目の少年に託すことしか、彼の可能性に賭けるしか、この現状を打開する術を持ち合わせてはいなかった。


 にわかに信じがたい彼の可能性、武神とも言われた『片岡 九郎太郎右衛門』の存在に、頼るしかなかった。


 少女をなぞるように絹もまた、かの少年の影を追っていた。その潤み始めた瞳を風上へと向けて。


 雷鳴と強風に猛然と抗い続ける少年に彼女は、一縷の望みを賭けて、祈りにも似た思いを乗せて、その黒い瞳をただただ真っ直ぐと向けていた。



 森の中。

 深淵のような暗さの中でモンジは、ひたすらに走っていた。逃げた黒服を追いかけた結果である。


 鬱蒼(うっそう)と茂る下草に足を切り裂かれながらも、モンジは高速で木々の合間をすり抜ける。

 

 燃え盛る砦の明かりが木々の隙間から差し込んでくる。そのせいか、多少の光源は確保してくれてはいるが、けれど逆に木々の作りだす影をより一層暗くしている。


 おそらく、夜目が効いてる!?


 鳥目であったモンジの目が、今夜はばかりは暗がりも良く見えていた。コイツのお陰ってやつか。


 木々の合間をするすると逃げ去る黒服に、モンジも負けじとそれに喰らいつく。じわじわと奴との距離を詰めていく。


 “ ザッザッ!”


 横から草を踏む音が。誰かいる。拳を硬く握る。ッ来る!


「「おらぁっ!」」

 木の影、森の影から踊りだした黒甲冑が刀を振り上げ道を塞いだ。


「【……】」

「(くっそ、じゃまだっ! どけぇええええええっ!!)」


 咄嗟に奴等の直前で踏み込み、宙を舞うモンジ。呆然と天を仰ぐ黒甲冑二人は、その視界に手の平を映して──次の瞬間には意識を飛ばした。

 二人の眼前で跳躍したモンジは、空中で体を翻し奴等の兜を二人まとめて掴むと、叩きつけるように一気に地面に落とした。


 後頭部を土に埋める黒甲冑を歯牙にも掛ずモンジは、また弾かれるように地を蹴りつける。


 森がざわめく。

 砦の残党が潜んでいるのが分かる。モンジは脇差の鯉口を切った。


「んぁあっ!」

 また一人、影から現れた。しかしモンジの視線は真っ直ぐ前を見据たまま、固定されている。

 頭上に迫る銀線。それをまったく意に介さずモンジは頭をすくめ、目にも止まらぬ速さで視線の先に脇差を投擲していた。


 銀線を閃かせる黒甲冑を視界に掠めた瞬間、標的、黒服との間に障害物が消えていたからだ。


 ──もらった。


 体重を掛けた一閃がモンジの頭上に降ってくる。モンジの視線は、黒服の背中に縫い付けられたままだった。


 おい、黒いの。テメェだけは、許さねぇッ!


 ありがとうございました。

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