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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
49/122

紋次

 先週投稿しました『修羅』ですが、内容に納得出来ずかなり手直ししてしまいました。既に読んでくださった皆様、大変失礼しました。すいません。

 それではまた、よろしくお願いします。


 赤毛はモンジを見下ろしている。

 片手には抜き身の刀を握りしめる彼は、足元にいる少年の変わりように警戒心を強めていた。


「おいっ! テメェ、なに企んでいやがるっ」

「……」

 無言の少年に、赤毛の眉が僅かに動く、苛立ちが加算された。


「っおい!」

「……」

 あいも変わらずで、更に苛立ちを増した赤毛は、柄を握る手をギュッと強めた。


「チッ、てっめえっ! はっ、はっ、ふざけやがって!」

「……」

 反応の無い少年に、抑える気の無い苛立ちをぶちまける。

 眉間を寄せて少年を睨みつける奴は、刀を振り上げドスの効いた声で脅して見せた。


「テメェ、小猿。……殺すぞ」

「……」


 応じない、聴いていない、徹頭徹尾、無視をかましてやがるっ! 赤毛の苛立ちは最高潮を迎え、遂に刃の矛先を一本しか無い少年のその腕に狙いを定めた。


「お前に腕なんぞ、必要なかろう……」

 と、そこに──。


 “ ッギュン! ットン ”

 

 ──豪速で飛来した矢が、赤毛の腕を貫く。


 一瞬瞠目するも、鼻を鳴らしてこれを一蹴、赤毛は飄々とした態度を見せている。

 痛みなど微塵も感じさせずに、腕を貫く矢を掴み、これを一気に引き抜いて見せた。


 抜いた側から、赤い飛沫が噴き上がる。


 ミニチュアの噴水みたいなそのさまを一瞥する。

 奴は、蚊ほども気にしていない様子であった。


 赤毛の足元に墓標のように『鴉斬り丸』が突き立つ。

 グッと、拳を握り締める事で止血を図るも、喰らった矢の衝撃で刀は取り落としてしまっていた。


 グゥパァ、グゥパァと、拳を握る事で傷の具合を確かめる彼は、口を曲げてしまう。握力の低下は否めないと。

 顔色ひとつ変えない彼ではあるが、ダメージは確実に受けていた。


些末(さまつ)なことよ……」


 そう呟くも、心中穏やかではいられない。


「何せ、ワシに傷を付けた者は、ここ十年おらんかったからのぉ。のう、『九郎』よ」


 十年前の話である。

 かつての己が臣下を偲び、自然と口元が綻んでいた。懐かしいと。

 同時に彼は胸の高鳴りを感じてしまう──強者が現れたことに。


「はああっ、はぁ────」

 瘴気を含んでいるかのような、奴の愉悦混じりの嘆息が、この場の空気を汚してゆく。

 毒色の吐息は重たく、眼下に霧の如くに這うように広がり、幾重にも重なる。

 自らが吐き出す冥府の吐息に包まれ清光は、じわりじわりと獰猛な笑みを滲ませていく。


 奴は『凶人』から再び『修羅』へと成り下がる。

 

「はっ、は、はん! 面白えな。ワシに矢を当てれる奴がいるなんてなあっ! は、はんっ、はっ! 面白えな、はっ、はっ!」


 独特な笑い声で奴は、傲慢且つ喜色混じりの言葉を飛ばしていた。


 喜悦を滲ませ、飛ばした視線の先には──熊がいた。


 殺気も気配も感じさせず、ましてや十年ぶりに自らに傷を追わせた『強者』の登場である。

 まさしく血湧き肉躍る。いつにも増して赤毛は、上機嫌であった。


 その紅い眼光は炎を湛えている。

 奴は灼熱の眼差しで熊皮を被った大男を、不躾に見据えていた。

 奇色満面、耳まで裂いた口から牙まで覗かせて、荒い笑みを浮かべる。



「モンジどのっ!」

 赤毛に眼光を縫い付けながら、熊皮の大男、土門の嬌声が平野に響き渡る。

 危機的状況の中でモンジを救ったのは、紛れもなく土門であった。

 

 土門は駆けつけてまず目の前の惨状に目を疑い、動かぬモンジを見つけ、すぐさま思考を放棄。恩人を救うべく彼は、無心で矢を放っていた。


「オメエ、いいなっ! おう、いいっ、いいっ! 本気でいい! ははんっ!! ……つうことで、小猿。テメェは邪魔だ。とっとと堕ち、ッろ!」


 豪快な笑みから転瞬、赤毛は振り向きざまにスパンッ!とモンジの顔面を蹴りつけた!


 な、なっ! 思わず声を漏らして刮目する土門。

 すぐにクルリと反転した奴は土門と対峙、大口を歪めて暴力的な笑みを見せつける。


「──」


 土門は唖然とする。

 何の抵抗も見せずにモンジは、顔から赤い飛沫(しぶき)をあげて背中から倒れてしまった。

 手足を投げ出し仰向けで天を仰ぐ少年は、今度こそ本当に動かなくなっていた。


「───ッッ!」

 何を見せられたッ! 恩人の倒れゆくさまに土門は、声にならない(いきどお)りを叫んでいた。


 (あざけ)る奴に響かぬ独叫。虚しさが募る。細切れな息吐いて土門は黙す。

 息を整え瞼を落とす。目が座り、自らの怒気に敢えて呑まれていく。彼は半目に落とした眼で、浸透を許した冷徹を隠した。


 瞳の奥に青き(ほむら)が燃えていた。

 

 土門は、凍てつく視線で奴を捉える。その眼差しは『狩人の目』『獲物を狙う目』へと変化していく。


 長い嘆息。

 気持ちを鎮めて土門は、やわら背中の矢筒に手を入れた。慣れた手つきで掴み取った矢は計四本。矢を番えた大弓を引き絞る。


 気配も殺気も隠す必要の無い相手である。


 獲物、そう、奴はれっきとした俺の獲物だ。

 明日の糧となる狩じゃない、まるで別ものだった。

 委細承知、分かりきった事よ。慢心は捨て去った、まごう事なき奴は人間なのだから。そして俺だけの獲物に何ら変わりはない。


 俺が奴を──殺す。


 土門はその目に、凍てつく炎の揺らめきを宿す。


 極寒の地、切り裂く風が氷雪を巻き上げ青の焔を昇らせる。


 俺の焔、極寒の炎。

 土門の中で凍てつく炎が燃え盛る。


 脳髄から冷えていく。感情を凍らせる。凍てつく感情が奴を殺せと囁き出す。土門は氷点下の眼差しで赤毛を睨みつけた。


「はっ、はあーっ! いいねぇー」


 刺すような殺気を浴びる赤毛は嘲り笑う。いっそ、もっと抗えと言わんばかりに。


 スッと、奴は眦の角度を増した。

 勘違い甚だしいと、狩るのはワシの方だと、その目が語る。


 おもむろに腕を前に出した赤毛は、手の平を上に、指でチョイチョイと誘いをかけてきた。


 小馬鹿にしている? いつでも来いって意味か!?

 

 一瞬の躊躇い──さもありなんッ!


 面白いッ! 

 剛腕、剛弓、限界まで引かれた大弓はギリギリと悲鳴を鳴らす。(やじり)の先端で赤毛を捉えた土門は、タイミングを測る。


「はっ!」赤毛の浅い息が洩れた。それが合図となる。


 ドンッ! 衝撃音を挙げて地面が陥没した。駆け出した奴の一歩が、大地を足形に沈下させた。


 砂を巻き上げ赤毛は、剛速で土門に突撃したッ。


 紅い稲妻が走る──地を這うような低空で、土門を襲うッ。


 刹那の攻防。

 先手は赤毛が切るッ。

 土門は受けて立つッ。

 かたや『傾奇者』、かたや『熊擬き』であった。異形の二人による瞬きも許さぬ攻防が、今ここに始まりを告げた。



 俺は気を失っていた。


 覚醒と同時に、徐々に瞼を開く。

 霞んだ思考は何も認識しない。見えない。

 額に手をやり、義手を支えに仰向けの体を起こす。気付けば、闇の世界にいた。


 俺はあいつに蹴られ、『あの世界』から強制的に現実に戻されたはず……。だが、どうだ。今度は光りも無い、闇の空間にいる。


 なにが、どうなった!? ……夢、でも見ているのか?


 体は感じる。意識はハッキリしている。ただ、自分以外何も無いってだけだ。


 静寂が覆う。手さえ、鼻先さえ見えない暗闇に恐れを抱く。


 静けさに、鼓膜が痺れる感覚を覚えた。無音の音がつーんと頭の中に響いている。やけに鬱陶しいな。


 暗い、マジ、どこ?


 かた言になる。不安に駆られ頭をぶんぶんと思いっきり振った。目を高速で動かし、見えるはずの無い出口を探していた。


 閉じ、込め、られ、た!? 


 動悸、息切れ、眩暈に、救心が欲しくなる……余裕ぶっこいてる場合じゃねぇーし。


 茫洋(ぼうよう)とした闇の空間に、早鳴る鼓動だけが、俺という存在を証明してくれた。


「ゴクンッ」と、生唾を飲み込む。どうすんべ。


「どうするも、こうするも……。も、もしや、あの世的な感じ? 神隠しとか? ……ぜんっ、ぜん、怖くないけどぉ? お、俺っ、暗いのぜんっ、ぜん平気だしぃ? 暗く無いと寝れないたちだからぁ? 逆に良かったぁ、みたいなぁ?」


 強がりが上擦る。

 困ったあげくに『何か』に取り憑かれた所為にする。

 いや、そうでしょう。じゃなきゃ、説明つかんでしょうが。例えば、オバケ的な? 


 愛読書の『ムー』のおかげか、すべからく彼は混乱していた。


 “ トイチさん ”


 突然だった。闇の空間に男の声が木霊したんだ。


「ひっ、ひゃいっ」


 裏声でビビる。

 ビックリ仰天、驚いた俺は、その場に思いっきり尻餅をついてしまっていた。


 腰は抜けちまった。

 見えなくても分かる。指先はガタガタ震えている。

 そうだよ、ビビっているよッ! ビビって何が悪いッ!


「だっ、だっ、誰だ!」


 威嚇気味に声を張る。

 恐怖心を誤魔化しているとも、言えなくも無い。

 いやいや、普通に怖ぇし、暗すぎてなんも見えんしで、とにかくしんどい。


 “ アッ、ゴメンネ、驚かせてしまったね。……僕は『紋次』です。君は『十一』さん、だよね ”


 紋次って、はあ? 同棲同名? 

 コイツの話に一瞬だけ固まってしまった。

 しかも、なんでコイツ俺の本名知ってんだ、って、えっ『紋次』、えっえっ、今コイツ『紋次』って言った!?


「えっ、あっ、『紋次』って、あの『紋次』か!? いやっ、えー、あのって語弊があるな。えっと、この『紋次』ってこと、なのか?」


 “ そうですね。あの『紋次』で、この『紋次』です。初めまして、ですね ”


 キタ──ッ! ご本人登場キタ──ッ!! って、ことは。


「エッ、エッ、じゃあどうすんの俺。元の世界に戻れんのって、えっ、この時点でお役目ゴメンって事なの!? エッ、エッ、こんな中途半端でお疲れチャン!? エッ、なにっ、みんなは? イエ姉は、繁忠は、絹さんは、どうなんのっ!」


 天地がひっくり返ったみたいに、わたわたと体を動かしているトイチは動揺、動転のしまくりである。

 もっとも聞いている紋次も痛々しく感じたのか、努めて優しく語りかけてきた。


 “ トイチさん。とりあえずで落ち着きましょう。あのですね、実は僕はずっとトイチさんと一緒にいたんですよ。僕の体の中でって、そのぅ。黙っててゴメンなさいっ!”


「はあ? 俺と一緒にいた!? じゃあ、何で俺がお前の体の主導権を握っているんだ、おかしいだろっ! どうなってんだ、おいっ! お前……。お前は何なんだ。……俺は、お前は、何なんだっ!」


 半ギレ気味でトイチは紋次に問いかける。

 この世界に来てからの最初の疑問が晴れたというのに、全然スッキリしない。逆に疑問が増している。マジで何なんだ。


 運命なんかじゃ、ない。

 故意に『誰か』が俺をこの世界に縛りつけている。分かる、そんなのとっくに解っている。

 だから理由が知りたい。俺は何でこの世界にいるのか、その本当の理由を俺は知りたい!


 “ ゴメンなさい。今はあんまり時間が無いから、説明は後で必ずしますから、とにかく、一旦トイチさんを覚醒させます。今まで隠れていてゴメンなさい。……それで、あのっ、イエ姉をお願いします”


 ──イエッ! そうだ、こんなことしてる場合じゃなかった。イエ姉が攫われたんだ! 馬鹿か俺はっ!


 鼓動が速まる。胸に手を添えて俺は、彼女を憂い、この身を焦がす。


 消えかけた灯火。

 頼りなさげに一筋の煙を立ち昇らせ、消えかかっている。

 一陣の風が吹く。終わりかけの燃え(かす)に、『イエ』という風が吹き付け、辺りに散らばる。

 散らばった火の粉は、枯れ草を巻き込んで燃え広がり遂には、山ひとつを呑み込むほどの業火となった。


 焦がし、焦がされ、燃え盛る情愛。


 俺の胸の中で業火となって再び想いを、怒りを熱く(たぎ)らせていく。

 

 俺が彼女を守るって、決めたんだ。この想いは誰にも譲らない、譲る気も無い。


「おいっ、紋次っ! 早くしろっ! 俺を早く戻せッ!」


 焦るトイチ。時間がない。彼女が危ない!

 今は彼女のことが最優先だ! 他のことはどうでもいいッ。


 ──イエは、俺の全部なのだから。


 トイチの鬼気迫る声に、しばし無言の紋次。


「おいっ」


 “ あっ、ゴメンなさいっ。……なんか。なんか、必死だなって、かっこいいなって思って…… 。ゴメンなさい ”


 なんだそりゃ。


 “ 僕じゃあ、敵わないな ”

 吐息混じりの呟き。紋次の呟きは、闇に溶けて儚く消えた。


「なんか言ったか?」


 “ いいんだ、何でもない。何でもないんだ。あっ、起こす前にひとつだけ忠告があるんだ 。いい? ”


「手短にな」


 “ トイチさんの能力は『定着と同化』で、あと、僕とトイチさんは、今だけは『一心同体』ですから、くれぐれも気をつけてくださいね 。じゃあ起こします ”


「ちょ、ちょ、ちょっとまてっ! まてって紋次! 『定着と同化』ってなんだよっ!? 今だけはって、おいっ、まてって!」


 紋次の合図からすぐだった。


 意味不っ! 頭上に疑問符だらけのトイチは混乱中である。けれど時は止まらない。闇の空間がぎゅうぎゅうと狭まっていく。

 視界の四隅から光が漏れ出す。眩しさに負けて俺は目を細めた。


 暗幕が強引に引き剥がされたみたいに、白い光が溢れ出す。


 黒い部分がぐるぐると渦を巻いて小さくなっていく。終いには、点となって消滅していた。


 勢いを増す白光に全身が照らされた。包みこむその光りに身を任す。そして俺は───覚醒した。



「ガボァッ! ゲッ、ハッ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」


 起きた瞬間、ヤバかった。死にそうになった。口に溜まった血で溺れそうだった。

 

「──ッッ!!」いっ、痛えええええええッ!」


 襲いくる痛みに悶える。

 顔の中央、特に鼻が、猛烈に痛いっ! 

 大粒の涙目になりながら、恐る恐る顔に触れてみると。あー、やっぱり。


 止まらない鼻血に、曲がった鼻。そうだろうなぁと思った。


 鼻の骨が折れていた。


 ちょっと触れただけでも激痛が走る。マジやべっス。


 どちらかというと整った顔立ちのモンジである。

 けれど残念なことに現在、顔面血まみれで、鼻は右側にひん曲がり、誰が見ても目を逸らしてしまいそうな『あちゃーな状態』であった。


 でも大丈夫だ、俺は映画で鼻を治すシーンを何回か見たことがあるんだぜ。だから、多分、大丈夫だ。


 なにがっ? と、ツッコミたい所だが、多少弱気を見せるモンジは、意を決する。

 映画の見よう見真似で折れた鼻を指で摘む。やっば、触っただけで涙ちょちょギレそうだ。


 だが、しかしッ。俺は男を見せてやるッ!!


 南無三ッ!! 一気に鼻を元に──戻した。グキッ!


「クゥ───────ッ!」


 とんでもねえ、痛えっ! とにかく痛過ぎるっ! 俺は次男だから我慢出来ないっ! 泣くっ、もう泣くっ! 涙だか、鼻水だか、鼻血だかよく分からんモンが顔中から溢れてくる。


 だっ、がっ、俺はっ、男だぁああああああああああああッ! 全力の気合いで無視したった。


 まだ痛みの残る顔面を無造作に袖で拭い。恨み辛み、呪いに激怒と、負の感情を全部乗っけてモンジは、今まさに走りだした。


 憤怒に染まるその双眸は、赤い背中を睨みつける。


 必ずお前を潰してやると、叫ぶように。


♦︎


 秒の世界。静と動の対峙。静謐。


 張り詰めた空気の中、紅い長羽織をはためかせ奴は、土門に突貫していた。


 赤い稲妻、炎雷となって、土門との距離を瞬時に喰らう。


 まさしく疾風迅雷。


 土門は瞳孔を絞る。狩人としての狡猾さが、標準を瞬時に補正をさせる。


 もらったッ!「──ッビン!」


 瞬きを忘れ土門は、狙い違わず四本の矢を放っていたッ!

「「ト、トンッ!」」


「──っ!?」


 空を貫き、地表に突き立つ四本の矢に、土門は目を見張る。


 ──っなに、外したッ、!? 奴はッ!


 探すまでもなかった。下腹部から怖気が走った。凶暴な紅い眼が、土門を真下から見上げていたっ!


 奴は俺の眼下ッ!


 ドゴッ! すぐに土門の胸部に衝撃が襲う。

「グッ、ウッ!」


 奴を視認できたのは一瞬だった。

 次に奴が、拳を完全に振り抜いた時には既に、土門の巨体は真後ろへと飛ばされるっ、が、しかしッ!


 土門は耐えたッ。


 意識が持っていかれる。

 激痛の余波が隈なく全身を駆け抜け、白目を剥いていた。


 その時だった。裏返った眼球に朧げな幼女の面影が映った。


 ──しろっ!


 未だ逝けぬッ。土門は愛娘に誓いを立てる。


 俺はお前の『自慢のおどど』でなければ、ならんッッ! と。


 双眼に光を取り戻す。唇を噛み締め、噛み千切ったッ。


「──────ぁん、なあっ!」


 反り返る体を強引に戻し土門は、振り抜いた奴の腕を強引に掴み取るッ。


「ごあぁあぁぁぁぁ──ッ!」


 掴んだ右手に万力を込める土門は、大弓を手放した。

 咄嗟に繰り出した左腕で奴の顔面めがけ、拳を振り抜いていた。


「──ぁあんッ!」


 ほぼゼロ距離からの強襲に赤毛は、首だけズラして拳を躱す。掠めた頬に紅い線を刻んだ。

 薄皮を切られ清光は、目を眇める。反射的に腰を回し、下段蹴りを放った。


「──ッバキン!」


 土門の踏み出した右膝を強打が炸裂──破壊した。


「ぐ、あっ!」


 膝を割られ、堪らず赤毛の腕を離した土門。

 奴は、二転、三転とバク転をかまし、一旦距離をとる。


 “ ッドン! ”


 赤毛の左肩に痛撃が突き抜ける。

 肩に突き立てたまま、奴は平然と振り返った。

 紅の眼光が射抜いた先には、大弓を構えた土門が片膝をついている。


「はぁー」

 ニィーと、弓なりに目を曲げる奴は、粗悪な笑みを土門に見せた。楽しくて仕方ないのだと。


「はぁっ、はああっ! やっぱ、テメェはいいっ! 気に入った。は、ははっ、はっ!」


「……ぬかせ、チンドン屋」


 ゴキゲンで肩から矢を引き抜く赤毛に、膝を割られた土門は毒を吐く。


 痛みに耐える土門に脂汗が滴る。

 次弾は既に番ていた。あとはこの指を離すのみ。瞬きをしない黒い眼光は、赤毛の動向を探っていた。次こそは、その頭にぶち込んでやると。


「おいっ……戦場で何が一番必要か、テメェに分かるか?」


「……」


 清光からの問いに無言で答える。貴様なんぞに、言葉などいらん。


「はっ! 言葉なんぞは無粋だと、言いたげだな」


 有り体でいえは、土門は怒り心頭だった。


「まぁ、いい。教えてやる。……戦場じゃあ、飛び道具が一番なんだよ。なまじ剣の腕がたったとして、有象無象に集られ、アッサリとおっ死ぬだけだ。半端な腕じゃあ、雑兵となんら変わらん。物量に押し潰されるだけだっ。はっ、はっ、だからだっ、だから、飛び道具扱える奴がいっちゃん役に立つんだっ、テメェみてぇな奴が戦場じゃあ役に立つ訳だっ! 解るか? 分かんねぇか? ……まぁ、いい。ワシはテメェが気に入った。テメェは生かしちゃる」


 こんな場面で、長々と縷々べるとはな── コイツ、イカれてんのか?


 土門は思考を切り捨て、弓を持つ手に力を込める。狙いを定め数瞬、矢を放った──。


 ── また、外したッ!


 隙を突いたつもり、だった。

 

「ッシ!」息を洩らす。同時に地面を蹴り込む赤毛は一段とスピードを上げていた。狙いが狂った、外したッ。


 気付いた時には遅かった。手遅れであった。

 赤の残像が左右にブレだす。早過ぎて、色の認識しか出来ない。紅緋の光点が左右に軌跡を描いた。

 着実に、間近に迫る奴の姿が見えない、見切れないッ!


 先刻とはまるで違う動きに、悟ってしまう── 手加減されていた、と。


「なにっ!」もう、手遅れだった。紅緋の光りが眼前で止まっていた。間髪入れずに──。

 

 ドンッ! 胸の真ん中に大槌を喰らったような衝撃が走る。全身が宙に浮いた。血反吐をこれでもかと、撒き散らす。

 飛びかけた意識の先に、弾き出された巾着袋が視界を掠めた。


 ── こなっ! クソオォォォォォォォォッ!


 地に足を突き刺さすッ。

 砕けた膝からの激痛に、意識を繋いだ。


 足の一本や二本くれてやるッ! こんな、体たらくじゃあ、死にきれんッ!


 土門は父としての気概を見せつけた。

 ガリッと、奥歯を砕くほどに噛み締め、浮き出た青筋は破裂しそうだった。


 土門は強撃を耐え抜いた。


 咄嗟に奴の襟を掴み、足を踏ん張る。

 たった一発の拳打にゴッソリと体力を削られていた。

 握力と足一本のみで、自らの巨体を支える土門は、弾かれる体をなんとか耐えぬく。


 衝撃で彼の心臓は、まともに鼓動を刻んではいない。さりとて土門は意地を見せつけた。


 霞む視界に娘の姿がチラつく、寄り添う妻の姿がチラつく。

 朦朧とする意識の中で彼は、走馬灯のように映る、かつての幸せだった日々を見ていた。


「ああん! まだ、堕ちんのか」


 奴は両目を見開いている。火炎に燃える瞳が瞬く間に熱量を増してゆく。


 ほとんど意識は無い。

 意地と闘争本能のみで立っていた。

 白目を剥き倒れまいと踏ん張る土門は、利き手を背中に溜めている。利き手には大弓が握られていた。溜めに溜めた次の瞬間ッ。


 大振りの横薙ぎで奴をっ、奴の顔面を──薙いだッ!!


 パンッ!と、竹と木で出来た大弓が目付節(めつけぶし)(弓の中央)から真っ二つに折れるっ、飛び散るっ!


 剛腕で動きを封じた清光の、こめかみを切り裂いたッ!

 

 直撃した奴の頭から血飛沫が舞う。

 流れ出る赤い雫に、清光の眼は紅を増す。

 ほほうと、小粒の感嘆を洩らして奴は、灼熱に灯る眼で土門を見据える。土門もうろんな眼でこれに対抗した。

 

 ここでおもむろに奴は、狂獣の笑みを見せてきた。


「はああっ、はあぁぁぁぁぁ───っ!」


 突如、奴の纏う空気が変わる。捨て身の連打、狂ったように高速の連撃を浴びせてきたッ。


「なっ、ガッ、グッ、ガハッ、ゴッ、ウグッ、ガ、ゴ……ッ!」

 脇ッ、腹ッ、脇ッ、鳩尾ッ、腹ッ、腹ッ、脇ッ、腹ッ、鳩尾ッ、脇ッ……ッ!!


 痛撃だらけの怒涛のラッシュ! 

 ギアを上げた奴の乱れ打ちが始まった。超速に繰り出される奴の鉄拳は、土門をサンドバッグ状態にせしめる。

 

 一撃一撃が、いちいち重たく、ひたすら痛い。見えない強打の連続に、足元も覚束なくなる。


 堪らずと言ったふうに、土門の顎先が浮いた。と、不意に連撃が凪いだ。

 

 間をおかず、下方から垂直に伸びる奴の拳ッ。カエル飛びからの『アッパーカット』を喰らった!


「ゴアッ!」


 土門の巨体が宙を舞う。

 間延びした時間を経て土門は、グシャリと力無く背中から地面に落ちた。


 全身に駆け巡る激痛に、意識が途切れそうだ。肋骨が数本、持って行かれた。体の感覚が無い、もれなく全身が痙攣している。呼吸が苦しい。


「ゴバァッ!」ほぼボロ切れである。土門は、勢いよく吐血した。


「はっ、は、ははん! やっぱ、テメェはいいな! はっ、はっ、ワシはテメェが気に入った!! ははん、はっ」


 顔を半分赤く染めた赤毛は、高圧的に土門を見下ろす。剛気な笑みで威圧する。土門の眼球奥底に、ほとばしる火炎を轟かす。


「なあ、熊吉よ。国を変えたくはないか? テメェの腕で国を変えたくなったら、いつでもワシの所に来い。ワシは北領にいる。『木場 清光』を訪ねて来い。分かったな、ははんっは、は」


 勧誘までしてやがる。


「ハァ、ハァ、ハァ、おい、まてっ! ハァ、ハァ……」


「ああん」


 立ち去ろうとした奴を土門が止めた。


「ハァ、ハァ、お前。大した事ないな」


 血塗れの顔面。なけ無しの覇気で土門は笑う。


「ぁああんっ! いま何てった、ああ"? もっぺん言ってみろっ、テメェ! この熊吉野郎がっ!」

 

 逆巻く赤い髪が勢いを増す。奴の体から蒸気が立ち昇ってように見える。


「ハァ、ハァ、ハァ、モンジ殿。ハァ、ハァ、モンジ殿の拳はお前なんかより、数倍痛かった。ハァ、ハァ……」


 血まみれの顔を(ほころ)ばせ、空を見つめて土門は語っていた。


「はああ? はっ、はっ、ははっはん、んな訳ねえだろうがよぉっ、ダボがっ! モンジってあの小猿かっ、あんっ? あの小猿がワシより強えってか、ああんっ? テッメェッ、ふざけんのも大概にしとけよっ、この獣風情がっ!」


 目を剥いて、土門を威嚇しながら奴は吠えている。

 

 いずれ分かると鼻で笑った土門を赤毛は、有無も言わさず瞬殺。モンジ同様、顔面を蹴りつけ意識を刈りとった。


「土門さんっ!」

 我慢出来ずに俺は叫んでいた。忌々しげに土門を見ていた奴は、次に俺を見据えてくる。憤怒が体から滲み出ている奴は、マジで怖すぎる。


 でも。


 悠然と歩く奴の後ろには、血濡れた仲間達の姿が──モンジの目に怒りが灯る。


 土門さん。絹さん。繁忠。


 倒れ伏す彼等から目が離せない。危険人物はすぐそこにいる。もはやヤケクソの境地、ともすれば俺は崖っぷちの状況にある。


 だけど。


 奴の存在を彼我に置いて、ひたすらに仲間のことを案じてしまう。気にしてしまう、心配でしょうがないんだ。


 そうだ……。


 この世界の彼等がいつの間にか俺の中で、途轍もなく大事な存在となっていたんだ。

 何者にも変え難い、かけがいのない人達になっていたんだ。

 そんな当たり前なことに俺は、今更気づかされていた。


 そうとも、この身を賭けるほどにな。


 ありがとうございました。

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