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〔墓守り紋次の物語〕  作者: 猫屋敷 中吉
47/122

悪夢の始まり

 仕事に忙殺されていました。それでは、よろしくお願いします。


「がああああああああああああああああああああッ!!」

「モンジっ!? イエねぇっ!」


 モンジが雄叫びをあげ、絹が叫ぶッ!


 突然目の前で攫われた知己二人に唖然茫然、言葉を無くした絹は、モンジの号哭(ごうこく)で我に返り叫んでいた。

 瞠目する絹の視界に映るもの、その男の風貌。


 ──燃えるような赤毛と、獅子の如く野生的な相貌、真っ赤なド派手な成りをした蓬頭垢面(ほうとうこうめん)男。


「くっ────ッッ!」


 表情を取り戻した絹は途端に眦を吊り上げ、己が手ぶらである事に嘆声、呪詛を吐き捨てた。


 即座に方向転換、荷馬車へ置いた弓を取りに踵を返す。出し抜けに踏鞴を踏み、ビクンッと体を硬直させた。


 振り向きざまに、強烈な勢いの男達とすれ違う。


 驚きのまま絹は、咄嗟に身を守るよう自らの体を抱きしめるも、されど急転、焦燥ににかられて振り返っていた。


 自らを剛速の肉弾とせしめる二人組の姿が、呑気に砂をはらう赤毛に襲いかかるッ!


 ──知ってる。この二人、陰陽師の護衛役『阿と吽』だッ!


 彼女の剥いた双眼には、盛り上がる背中に拳を溜める二つの肉塊が映り込む──赤毛に接敵ッ! 二つの剛拳が同時に炸裂するッ!!


 寸分の狂いも無く噛み合う二発の砲弾に、赤毛の未來を悲観するが、しかし……。


 ニカッと、不敵に笑った赤毛は彼等を一瞥、瞬きの間に絹の視界から消えていた。


♦︎


 イエが攫われたっ、連れていかれるッ! やめろっ、やめろおおおおおおおおおおおおッ! いええええええええええええええええええええッッ!!


 焦心で叫んだッ! 

 半身が引き裂かれるような痛酷に、モンジは悲叫する。


 地べたに這いつくばるモンジは掌に憤りを乗せ、突き立てた指先で地面を(えぐ)っていた。

 

 爪が割れる。両眼を血走らる。あらん限りに眦を吊る。血流に火を焚べたみたいに、体中が燃え盛るッ。


「──────────────ッッッ!!」


 感情が先走ったッ!

 モンジは前のめりで土を蹴り上げ、決河の如く駆け出していたッ!!


「るがあああああああああああああああああッ!!」


 イエを担ぐ黒い背中が視界の全部。それしか見えないっ。モンジは、醜悪に歪んだ悪鬼の形相で奴に迫った。


♦︎♢


 その頃、少し離れた例の先頭で陰陽師『立花四季』は、転がっていた。彼は拘束されて、身動きが取れずにいた。


「してやられたぁ。ねえ、しげ君っ、モンジ君をお願いっ!」


 手枷、足枷を嵌められ、芋虫みたいに転がる四季。拘束される瞬間に、なんとか免れた右手で一矢報いた四季ではあったが、おかげでバランスを崩し、地べたを這いずる結果となっていた。


「し、しかしっ、四季様を放っておく訳には……」

「いいからっ、早く行ってっ!」


 詰め寄ろうとした繁忠に声を荒げる四季。

 繁忠は体を硬直させて、戸惑いを見せた。

 普段なら飄々とした態度の陰陽師に、彼らしからぬ焦情を感じたからに他ならない。

 口を結んだ繁忠は、側にいた銀(河口兄)にソッと綿姫を託し、河口兄弟と視線を交わす。


「銀、銅、お前達は女達を連れて先に村へ戻れ」

「えっ、やっ、し、しかし、イエさんが……」


 繁忠の指示に、綿姫に肩を貸す銀が悲痛な面持ちで、異議を唱える。

 そんな銀を見据えた繁忠は次に、列の中段にいる少女達に視線を向けた。


 繁忠につられ目線を流した先で銀は、口を硬く閉ざしてしまう。


 怯えて一塊になる少女達の姿に、忘れていたように「あっ」と声を洩らして、臍を噛む。


「銀、銅、女達を頼んだぞ。あとはワシに任せておけ」


 そう言い切る繁忠と、綿姫の哀しい眼差しに見つめられ銀は、グッと奥歯を噛み締めることしか出来ずにいる。


 拳を強く握る銀。

 やるせなさで震える彼の肩に、トンッと手が置かれた。その手は弟、銅の手で、肩に痛みが走るほど指を食い込ませてくる。


 肩越しに弟の心情が伝わる。同じなんだと伝えてくる。銀は、鼻に皺を刻んで、未練がましく小さく頷いていた。


 まかせろと、河口兄弟の信頼を預り繁忠は、彼等に強く頷き返す。皆に「御免」と一言だけの謝罪と、仰々しいまでの会釈を残して走り去った。


 河口兄弟もまた、走り出した繁忠の背中に向かって、深々とお辞儀をしていた。



 まず繁忠の向かった先は荷馬車である。絹の愛用の弓と矢筒を引っ掴むと、急ぎ絹の元へと駆け出していた。

 

 繁忠と入れ替えで、土門が四季の前へと現れる。

 理由は単純に、背中に背負っているおでんを預ける為であった。

 顔ごと繁忠を目線で追いながら近寄る土門であったが、次いぞ前を向き、今日一の驚嘆をして見せた。


「なっ、どっ、どうなされたっ!」

「もうっ! 僕のことはいいからっ! えーと、熊さんっ、君も急いで繁君の加勢に向かってくれっ、頼む!」


 驚愕する土門に、未だ鉄製の拘束具と格闘中の四季が切願する。キッチュな襲撃者に対し彼は、苛立ちを隠さぬままに喚いた。


 おでんを地べたに降ろすと土門は、惻隠の情を滲ませていた。一見、所在なさげに立ち尽くす集落の仲間達に、声を張り上げた。


「おいっ、おまえら! 河口殿等と共闘して、女どもを守りきれ、分かったな!」


「「へいっ!」」「「えいっ!」」


 次に、おでんと視線を絡ませ土門は。


「それと、おでん殿。彼をよろしく頼みます」


 危急故のお願いである。努めて穏やかな語りで土門は、四季を一瞥し、地面に座り込むおでんに頭を下げた。

 静観していたおでんも理解を示し、屈託の無い赤子のような笑みで「あいっ」と快諾してくれた。


 (うれ)いも消し去り「ではっ」と、言葉を落として土門は、二人に背中を向ける。


 走り出さんとした矢先に、荷馬車に置かれた大弓が視界を掠める。携えた大槍と見比べ逡巡、土門は足を止めていた。


 愛妻クロエの姿が脳裏に浮かぶ。


「集落の掟と仲間の命を秤にかけるな、かな……。ふっ、クロエの言いそうな事だな」


 フフッと、笑みを零す。土門は迷い躊躇う自らを鼻で笑った。彼女ならと、妻の言いそうな言葉を呟き、口端を上げていた。


 森での殺人行為は集落の掟では禁忌事項にあたる。仲間達の敢行した援護爆破とは明らかに違うものだった。つまり、明確に殺意を持って相手を殺害する行為は、己の命を代償に犯す罪であると。


「拾った命だ、ここで捨ててもバチは当たらんだろ」


 閉じた瞼の裏に、妻クロエと愛娘シロの微笑む姿が映し出される。


 分かってくれるか? 土門は彼女等に問いかける。クロエとシロが顔を見合わせ、考えてる素振りで首を左右に振り合い、こちらに向き直る。


 良かった。二人とも満面の笑顔を咲かせていた。


 無言の彼女達に、それが答えだと告げられる。ほくそ笑む彼は小さく頷いた。


 荷馬車に手を伸ばす土門に迷いは無い。

 大槍と大弓を持ち替え走り出した。鼓膜の裏側で「いってらっしゃい。いってってえー」と、二人の懐かしい声が聞こえた気がした。


「これでやっと胸を張って俺も、アイツ等に逢いに行けるよな……」


 迷いの無い透明な笑顔で土門は、吐いた言霊を自らの体に沈めるよう胸に右手を添えて、しっかりと覚悟を決めた。


♢♢♢


 円な瞳で、土門の走り出す姿を目で追うおでん。でんっ、と腰を落とした格好をゆらゆらと、また視線を彷徨わせて落ち着かない様子を見せている。


 傍では河口兄弟と土門の仲間達が女性達をまとめ、先導、護衛しながら帰路に着き始めている。


 すぐお隣では、むにょ〜と気の抜けた唸り声で奮戦中の男の娘の姿が……この場の緊張感を台無しにしている。


 おでんは元気だった。

 モンジの早急な手当てもさもありなん、持ち前の怪獣並みの体力との相乗効果でおでんは、元気に回復していた。フンッと、鼻息を荒げ気合いを入れ直す。

 土門との約束通り、彼の手助けをすべく四季に近寄ろうとするも……。


「あっ、僕はへっちゃらだから。きみは僕にこれ以上近寄らないでくれるかな? きみ・・・匂うから・・・」


 ガーン!と、この世の終わりみたいな顔のおでんは、秒で拒否られ派手に両手を着いて落ち込む。

 しかも、一番気にしている事を言われた。顔面に縦線でも引かれるほど青ざめ、頭を垂れている。

 終いには、デカイ図体をちんまり縮めて、イジイジとひとり指遊びを始めてしまった。


 そんなおでんに、ふふっと微苦笑を浮かべた四季は、抗う体を放り投げ夜空を仰いだ。


「ふう、それにしても……『木場 清光』だね。でも、なんで、あの子がここにいるのかな?」


 満天の星空の下、月明かりに照らされ四季は呟く。予想外の大物の登場に頭を悩ませている。こぼした疑問は心地のいい夜風に流され、溶けていった。


 静寂が時を止める。沈黙が圧をかけてくる。おでんも目を泳がせながら黙りこくる。


「うふふっ」沈黙から艶っぽい笑みが生まれた。声に合わせビクッと、おでんの肩も跳ね上がった。


 そろりと、覗き見するおでんは陰陽師の動向を伺う。


「ふふっ、でも、確かめるにはいい頃合かも……。ふっ、ふふふっ」


 妖艶に笑う陰陽師は上半身を持ち上げた。そして何事も無かったかのように、ムックリと立ち上がる。すました顔で彼は、体の砂を丁寧にはらい出した。


「!?」一つ目をひん剥き驚くおでん。彼を拘束していた鉄製拘束具は既に外されており、地面に転がっている。どのタイミングで? おでんは首を捻っるしか無かった。


「えーと、おでん君って言ったっけ。君もモンジ君のお仲間のようだから。特別にいいものをあげよう! 特別だよ」


 機嫌も直り楽しげに(のたま)う陰陽師は、幅広の袖の中から栞ほどの紙と小筆を取り出し、筆先をペロリ。


 栞にサラリと何かをしたためる。片手で丸めて丸薬くらいの大きさまで潰すと、鼻を摘みながらおでんに押し付けてきた。


「これを飲むと多少は臭いもマシになるから、君にあげるよ」


 鼻を摘んでいる所為で、おちゃらけた声での説明となった。


「……あんがど」


 馬鹿なのか? うん、馬鹿なのだろう。

 頬を染めながらおでんは何の躊躇いも抱かず、怪しげな紙切れを飲み込んでしまった。

 それを見て満足気な四季は、鼻を摘みながらにいつもの可愛いらしい微笑みでうんうんと頷いていた。


「モンジ君に対する末永い手助けを君に、僕は期待をするよ ♪ 」


 よく分からない事を言われ、小首を傾げるおでん。

 おでんを見据えたまま、微笑みながらクルリと反転した四季は、モンジの行き先へとつま先を向けた。


 おでんから視線を切った四季は後ろ手に、散歩がてらといった軽い感じでトコトコと、歩を進める。


「さぁて、モンジ君はどこまで仕上がっているかなぁ。楽しみだなぁ」


 後頭部に両腕を回し、誕生日の贈り物に期待する子供みたいに、無邪気に笑う陰陽師がそこにいた。



♢♦︎♢



 モモは苦悩する。

 銀とともに、綿姫に肩を貸しながら荷馬車に向かうモモは、暗い表情を落とす。薄い眉を歪め、ひとり無言で苦悩していた。


 目立たぬよう、幾分離れた場所に停めてある荷馬車。モモは荷馬車に綿姫を乗せると、重い溜息をこぼした。


 両目を眇めて綿姫は、モモのたゆたう心情を察する。気丈にも、つつがない態度で声を掛けていた。


「もも、あなたもいってらっしゃい」


 不意にかけられた言葉にモモは、分かり易く動揺する。結んだ髪を揺らして、落とした顔をパッと持ち上げてモモは、栗色の瞳を見開いた。


 ごめんなさい。驚く小動物にしか見えなかった。


 モモの悩む姿にそんな印象を抱いた綿姫は、沢山の謝罪の念を抱きながら、その余りに可愛らしい仕草で、自然と頬を持ち上げてしまっていた。

 失礼よね。そう、失礼よ。自分を戒め真剣な顔に作りかえる。


「心配、なんでしょう? 彼のこと……」


 なっなっなっと、図星を突かれ急速に顔を赤く染める彼女に、からかいたい衝動をなんとか抑え綿姫は、会話を繋ぐ。


「大事なお方、なんでしょう? だったら尚更、後悔せぬよう貴方も行きなさい。わたしは大丈夫だから……女の子ですもん、ひと目惚れってあるよねっ」


 やっぱり抑えきれず、少しからかってしまった。反省ですね。でも……私も女の子ですもん、女の子は恋バナを糧に生きている生き物ですもの。そうでしょう。

 心の呟きに開き直る綿姫は、襦袢姿のたわわな胸を張っている。薄い肌着、双丘からポチッと飛びでた可愛い突起が、お色気を増幅させる。

 綿姫の天然に、それを見つめていた河口兄弟は目のやり場に四苦八苦、ドキマギして、噴火しそうなほど全身を真っ赤にさせた。

 

 綿姫からの『ひと目惚れ』ワードに赤面つつ、必死にスルーしたモモではあったが、今度は男二人を生ゴミでも見るようなジト目で突き刺す。


 気を取り直し、ふうーと疲れたきった様子で溜息を吐いた彼女は「これだから男は」と、落胆とともにもう一つ大きな溜息をこぼした。


 顔の熱を急速に冷まして真剣な眼差しでモモは、未だ悦に入る綿姫に向き直る。


「モモは……。モモは行って来ますっ!」


 綿姫にそう告げた。


 パッと花が咲いたように顔の全パーツを開いた綿姫は、しなやかな所作で口元を手で隠す。


 意外や意外と乙女の表情で固まる綿姫に、ヒョコッと会釈して「綿姫さまをお願いします」と河口兄弟に渋々懇願。

 首を縦にブンブン振る彼等を確認するとモモは、身を翻し一目散に走り出していた。


「無茶だけは絶対ダメよ──」走り去る少女に綿姫は声を飛ばす。けれど、届かなかったかな。


 何の反応も見せず、一直線に彼の元へと向かうモモ。それを見送る綿姫の瞳は、慈愛に満ち満ちていた。


「ふふっ、わたし以外のことであんな顔をするなんて……。すこし、妬けちゃうわね。うふっ、うふふ」


 少女の成長に嬉しさも込み上げる。その上で幾分寂しさを覚えた彼女は、自分に言い聞かせるように囁いた。


 腰まである彼女の髪が風にさらわれる。突然吹いてきた強風に、両手で後ろ髪を抑えながら夜空を見上げた。

 相変わらずの綺麗な星空が夜空を彩る。でも……。綿姫は目を細めてしまう。


 そう遠く無い南の空に、黒い雲が流れ込んで来ていたから。


 黒い雲、雷雲である。


 湿気を帯びた南風に、急な嵐の予感に彼女は、姉妹同然に育った少女の身を案じ、両手を合わせ祈りを捧げる他なかった。

 ありがとうございました。

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